××××年×月××日  
「彼女」の調子はいい模様。  
誕生から一年が経ち、既に人間で言う十五、六歳と言えるほどまで成長している。  
急速な成長によって骨格、筋肉等にかなりの負荷がかかっているらしく、眠っている最中に激痛に魘される事以外は良好。今日も鎮痛剤と安定剤を投入した。  
知能も恐ろしい速さで発達していく。犬の声帯では喋ることはできないようだが、我々の言葉を完全に理解しているようだ。  
ここ最近そわそわするような素振りも見せる。今後それに関しても観察していく必要があるだろう。  
 
 
私は完全に閉鎖された空間の中で目を覚ました。  
床はつるつるとした素材。壁はぴかぴかしている光を反射する素材。それ以外の表現は見つからない。  
生まれたときから私はずっとこの空間しか目にしてはいない。それ以外に目にできるのは知らないうちに置かれている粗末な食事と、たまにくる白衣を着た誰か達だけだ。そして私はたまにする運動と食事以外は惰眠を貪る生活だった。  
私の物心がついた頃には既にその生活が続いており、未だにそれは変わらない。ここ最近はなぜか身体が痛いこともあったりして眠れないことも多いが、そのたびに彼らが打ってくれる注射がそれを中和する。  
部屋には幾つかの生活用具やトイレといったものが備わってはいるが、どうもそれは未だに使いづらい。が、しかしそれを使わなければ何か訳の分からない注射を打たれてしまったりするので、仕方なく使うしかない。  
しかし、それを使われると頭がぼんやりして、彼らのされるがままになってしまい、あとから気分が悪くなるから嫌なのだ。  
ここ最近は手と足を使って歩くことも禁じられて、足だけで立つことを強制させられていた。注射を打たれたときに刷り込まれるとどこか逆らいがたいところがあるのも、私が注射を嫌う要因だった。  
この歩き方だと、彼らのように何も衣服をまとっていない私の胸は邪魔なものでしかない。激しく動くたびに衝撃が来るし、重いので肩がこる。四足歩行だったらこんなことはなかったのに。  
座って周囲を見渡してみるといつもと変わらない光景。天井から私をてらす光が私の目を焼き、散乱したタオルやらトイレやらを照らす。  
知能を高める「るーびっくきゅーぶ」だったかの玩具は面白くないので投げ捨てたのだが、今でも恨めしそうに私を見ている。恨むならくるくる動かすだけの箱を私に渡した白衣の奴らを恨んでほしい。  
ここ最近身体が熱いことが多く、彼らにもそれが悟られているようだった。けれどもただそれ以外はなにもやる気が起きず、時折暇つぶし程度に疼く股間を指で弄ってしまう程度だった。  
おしっこがでる割れ目をなぞったり、そのあたりの小さいくりくりを弄ると気持ちがいい。時々涎を垂らしながらその行為に浸ってしまうこともある。  
 
けれども、生まれてこの方ずっとこの部屋の中には監視カメラが私のことを覗いているので何も思うところはない。むしろ、排泄をするときに気張っている姿や食事をしているところを見られた方がずっと恥ずかしかった。  
特に前者は便器の中にもカメラがついていたので肛門の一挙一動すら補足されてしまう。自分で見れない姿を見られるのは生まれてこの方監視を受けていた身でも確かに恥ずかしかった。  
けれども、今では最早それにも慣れてしまっている。  
だから股間を弄り、そこから自分で自分に与える感覚に酔っているのを見られるのもそう恥ずかしいことではなかった。ただ、股間から漏れたぬるぬるとした汁まで採取されるのはどうも嫌だった。余韻に浸っていたいときにそういうことをされても抵抗できないからだ。  
更に上り詰めて疲れきっている時に、更に刺激しようとするときもある。そういう時はなんとか抵抗しようとするのだが、しかしそれができない。気だるさが上回ってしまい、そのまま寝付いてしまうことも少なくない。  
今もそうだ。  
行為の後、水道で身体を洗わなかったから私の股間周辺の獣毛は私の出した汁が固めていて、がびがびになってしまっている。後で全身をシャンプーで洗わなければと思いながら、私は重い身体を引きずって水道へと四つんばいで歩いていく。  
彼らは私のことを「獣人」と呼んでいたが、今の私は獣そのものだ。今日はもう注射を打たれてしまっても構わない。悶々とした気持ちは晴れないままで、また手が股間に伸びてしまう。  
ゆっくりと割れ目に肉球を這わせ、少しずつ込み上げてくる快感を享受する。  
微くんと身体が跳ねるのにも構わず、いつものようにゆっくりと解すように刺激していくと鈍い疲れの中に戻ってくる高揚。快感が私を虜にしていく。  
刺激をしているうちに塗れてくるそこはさらに潤滑を増し、私を快感の淀みへと落す。そのまま指を僅かに入れると全身を貫くような快感。小刻みに動かすだけでよがり、私は狂ったように指で刺激を続けていってしまう。  
初めて行為をした頃よりも確実に感じやすくなっていた。これだけが楽しみといっていい程に肉体は高揚し、絶頂へと向かっていく。  
くちゅくちゅと音を立てながら指を立てようとしたとき、  
「食事だ」  
ドアが開き、白衣の奴が邪魔をして、結局高揚はそのままに気分はしぼんでいってしまった。  
 
 
 
××××年×月××日  
やはり「彼女」の調子はいい模様。  
しかしエストロゲンが増加。既に成体になっていると言っていいいだろう。  
ここ最近は我慢できないようで性器を弄るような行為が多い。かなりそういったことに興味は持っているようだが、羞恥心というものがまるでない。どうやら生まれたときからの監視体制が仇になっているようだ。  
「彼」の方と会わせてみるのもいいだろう。おもしろいものを見ることが出来るかもしれない。  
食欲は旺盛。本日は四回ほど達してから眠りについた  
 
 
身体の調子がおかしい。  
昨日からずっと身体が火照ったままだ。  
排便をして座って適当に玩具を手にするが手につかない。気がつけば股間に手を伸ばしてしまい、僅かでも快感を得ようとしてしまう。  
他にすることがないのが原因なのかもしれない。何かするようなことがあれば股間を弄らなくてもいいかもしれないので、昨日まで投げ出してあったのだが、一応昨日食事を持ってきた奴が教えてくれたルービックキューブを取り出してみる。が、一面も揃わない。  
難しいので適当にまわしてみると少し揃ってきたが、しかしそれ以降は進まないので投げ捨ててしまう。確か昨日解法があるみたいなことをいってはいたが、そこまで考える気にもならない。  
床にはねとりとした水溜りが出来ていた。指で掬うとまだ暖かい。と、よく考えればかなり喉が渇いている。だるい身体を動かして蛇口を捻るといつものように水が流れる。それにコップをあてて中に注いでから飲む。  
相変わらず面倒な手順だが、刷り込まれているので何となく習慣化してしまっていた。  
こぼれた水が渦巻くのを見ながら収まらない火照りを考える。ここ暫く身体を洗っていない。昨日も結局シャンプーをせずに眠ってしまっていた。ヒトのように汗はかかないが、それでもさすがに臭いがきつくなってきているだろう。  
身体がだるくて動かしづらいが蛇口から頭に水を被る。よく考えれば、どうせ自分とたまに来る白衣の奴らしかこの臭いを嗅ぐ者はいないのだからべつにいいか。がびがびなのがよっぽど気になり始めたら洗おう。  
うん、そうしよう。  
ぽたぽたと床に水が滴って弾ける。弾けたところでまとまって小さな水たまりを作った。  
その水溜りはいつもの行為でできるようなそれとは違って、するりとした透き通る水。とろとろのそれではなく、しかしなぜかその行為を連想させてしまう。  
甘美なその快楽に身を委ねてしまいたくなる衝動に駆られる。しかしそれを振り払おうとした。  
昨日の食事のときにどうやらまた注射で刷り込まれたらしい。  
「お前は獣じゃない。獣から進化した新たな哺乳類、犬人。獣人なのだ。だからもっと文明的な生活をしろ」と。  
文明的な生活とは一体どんなものだろう。  
そう考えながら私はそのまま横になる。  
 
なんと言うか、異様なほどに気分が高揚してしまって逆に気持ちが悪い。  
疲れているのかといえばそうかもしれないが、しかしこれは本当に異常だ。行為に耽っている以外は普段の生活と変わらないのだから、やはりあれに原因があるのだろう。  
火照った身体を覚ましてしまおう。結局私は立ち上がり、シャワーを浴びにいく。蛇口を捻るとホースの先端からぬるめのお湯が降りかかってくる。一瞬びくんと身体が震えたが、我慢して浴びる。  
どうやら犬から進化したためか、こういうものに未だ恐怖を感じる節があるらしい。私の祖先である犬という生物はシャワーを嫌がることが多いと聞いたが、何となく比べられると嫌な気分だ。  
頭の先端、耳を通って顔、マズルから、大き目といわれた胸を滴って股間を濡らす。尻尾もびっしょりと濡れた所でシャンプーを手にとって身体にまとわりつける。どうもこの手に取る作業が嫌いなのだけれども我慢するしかない。誰も手伝ってくれないのだから。  
もしゃもしゃと指と毛を絡めていくと少しずつ水と馴染んでいき、泡になる。シャワーは嫌いだけれども、この瞬間だけは好きだ。  
泡は広がっていくが、しかしその早さは緩慢だった。何回寝た分かはわからないが、何十回という行為の後放置していたのだ。ごわごわでがびがびの獣毛を補修しようとする健気なシャンプーは、いつもの量では足りず、何倍かの量を使うことでようやく全身をカバーするに至った。  
丹念に揉むように洗っていくと後ですっきりするので大量の泡を出して、いやいやながらシャワーで洗い流す。上空から落下する水滴に恐怖を覚えながら、自分に大丈夫だと語りかけながら泡を流していく。  
一角だけタイル張りになったそこから水が排水溝に向かって流れていく。  
頭部の髪の毛が邪魔だ。他の毛みたいに短ければいいのに。  
そう思いながら蛇口を捻ると水が停止。俯いた私の髪の先端から水滴が膨らんで、落ちる。ぱた、という音と共に弾けて他の水に馴染む。そのまま排水溝へと流れていく。  
なんだか疲れてしまった。身体を拭いて、乾かしたらもう今夜は寝てしまおう。  
排水溝に濁流となって流れていく泡と、私の毛を眺めながら私は思った。  
 
 
 
××××年×月××日  
もう一人の方の担当者と話がついた。  
今日の午後には「もうひとり」を連れてくるらしい。  
彼女がどんな反応をするかが楽しみだ。初めて自分と同じ人種に会うのだ。克明に撮っておきたいと思う。  
今日は睡眠を多くとっている様で、まだ食事はしていない。だが、健康状態から見て食欲に関しては問題ないだろう。  
 
 
いつもと違うにおいで目を覚ます。  
いつの間に眠ってしまったのだろう。眼前には完全に冷めてしまっている食事が用意されていて、強い臭いを放っている。  
しかしそれ以外にどこか。扉の向こうから完全には遮断されていないがために隙間から漂ってくる僅かな匂いが鼻を突く原因だった。どうも嗅覚で優れすぎているような気がする。先祖が先祖だけに仕方がないことかもしれないが、妙な不安も背負ってしまうので何となく嫌だ。  
警戒しながら、しかし扉が開く気配がないので食事をとり始める。よく考えたら、昨日は食べないで寝てしまっていた。  
焼かれた肉と、完全に栄養改良をされた炭水化物を練ったもの。いつもと同じ食を済ませて、私は昨日放り出していたルービックキューブへと取り掛かろうとして、しかし手を止めることになった。  
「アイ。今日は友達を連れてきてやったぞ」  
開かれる重い扉。  
私の名前を呼んだのは白衣を着たものたちの中でも一番偉い人間。ハカセと呼ばれている奴だった。が、私はこの男の子とは好きではなかった。注射をした私に刷り込む内容を決めるのはこの男らしいし、時折自ら私に指示を下すときもある。  
その殆どが私に痴態を晒すようなことであるため、この男の下品な顔を見るだけで反吐が出そうになる。  
だが、それをしてはいけなかった。すればまた私を弄くる要素を与えてしまうだけだと理解しているからだ。  
と、この場にある香りが奴だけのものじゃないことが分かる。視線をその先に向けると影。ぎこちない歩き方を見せる者が私の前に現れる。  
「ウェルだ。お前の仲間だな」  
にやりとしたハカセの表情が気になりはしたが、しかし私はウェルと呼ばれた少年に悪い印象は抱かなかった。  
寧ろ逆だ。はじめて見る、私と同じような犬の口。耳。鼻。そして獣毛とそれが包み込んでいる肉。何処を見ても私と同じ種族。獣人と呼ばれる、私の仲間だった。  
「ウェル。挨拶をしなさい」  
ハカセの傍らから出てきたのは、また別の白衣を着た男。こちらもハカセと同じように髭を生やし、どことなく偉そうな雰囲気を持っている。ハカセと同じように嫌な臭い。多分、あの注射の中の薬だろう。  
『ウェ…ル……です。はじめ……まして』  
それは唸り声にも似たたどたどしい言葉。  
しかし同じ種族の私にははっきりと聞き取ることの出来る言葉だった。  
 
しかし私は返答しなかった。  
正面に彼らを向かえながら、しかし警戒心を解くことはできなかった。ハカセの仲間が連れてきた奴だ。そう簡単に信用なんて出来るはずがない。ましてや外見が私と同じというのが怪しい。同じ外見ならおなじ部屋に閉じ込めてもいいはずなのに。  
「ほら、アイ。挨拶はどうした?」  
挨拶なんて、普段しないのだからするわけがない。それに加えて、この男も仲間の前で見栄を張りたいというのもあるだろうから、あえて私は反抗した。ハカセはそんな私を見て苦笑いをしてみせる。  
「そちらと違って、うちは躾がなっていなくて。どうやったらこの仔みたいに礼儀正しい仔ができるかじっくり教えていただきたいですな」  
「あははは。それはまた食事のときでいいじゃないですか」  
談笑する二人を、私とウェルと呼ばれた少年は別次元のことのように眺めることしか出来なかった。  
私達を「飼う」ことについて話しているのだろうけれども、私達はそれに関してはもう何の感情も抱かないようになってしまっているようだ。多分、これも知らないうちに刷り込まれているのだろう。それも、最優先事項で。  
「アイ。この仔は一週間ほどここに泊まる。仲良くしなさい」  
私を見たその表情は、しかし私にとって恐怖になり得るものを孕んだものだった。一瞬身体が竦み、動けなくなる。ほとんど反射で彼の言葉に頷いてしまった自分が情けなかった。  
それを見てもう一人が笑う。  
「ちゃんと躾けてあるじゃないか」  
「いやいや、君のところみたいに立派なことは出来ないよ」  
それが謙遜であり、私への非難であることは薄々と感じられた。感じられたけれども嫌いな人間からそんなことを言われようともなんともない。  
ただ、恐怖だけが。彼のことを恐ろしいと思わせる、私に刷り込まれた感情がそれを捻じ曲げようとする。それを何とか押さえて、私は彼に視線を向けていた。  
「じゃあ、また迎えに来るよ」  
にこりとしたハカセの知り合い。しかしそれもハカセと同じように表面に張り付いているだけのものだということが、ここで初めて分かった。  
彼らにとって私たちは何なのだろう。ただの家畜だろうか。  
扉が閉まり、彼と閉じ込められて。唐突に怖くなって、私は震えた。  
 
 
 
××××年×月××日  
ウェルの担当者と食事に行き、その後の経過を今ビデオで見ている。  
しかしやはり互いに互いを恐れているようで会話もない模様。しかし眠る頃には少し打ち解けてきたようで部屋の端と端で寝るような反応は見られなかった。  
アイの方も落ち着いてはいるものの、ウェルに見られないように行為を隠している模様。  
だが、ウェルも彼女から発せられているフェロモンには気がついている模様。今後が楽しみだ。  
 
 
彼が来て一晩が過ぎた。  
彼は私に危害を加えるようなつもりはないらしい。むしろ、私から何かをされると思って酷く怯えているようにも見える。  
よくよく見ると、腕に無数の注射の跡。それに加え、全身に何かで叩かれたような痣と蚯蚓腫れが広がっていた。  
多分、彼はハカセの知り合いに「躾」と称されてそういった行為を受けてきたのだろう。それでいてあの笑顔ができるなんて。本当に嫌な奴だ。  
それと比べるのならハカセはまだいいほうなのだろうか? いいや、それは違う。ただ、私のほうがマシだっただけ。それだけだ。  
恐る恐るの彼に私は近づいていく。これまで半日の間保たれていた一定の距離が私の手によって破られる。  
と、彼がびくりと震えた。まるで私を畏怖するかのように震え、後ずさりする。  
「いや……いやっ……」  
その目に映っていたのは恐怖。きっと私と同じように生まれたときからそういった環境に生きてきたのだろう。だからこそ怯え、逃げようとするのだ。  
「大丈夫よ。私は叩いたりしない」  
腰の抜けたように後ずさっていく彼と同じ視線にするため、四つん這いになる。壁にぴったりとくっついてしまった彼は完全なパニック状態に陥っていて、手先がぎゅっと握られていた。  
覆いかぶさるように彼に向かい、彼が目を閉じた瞬間。  
「大丈夫よ。約束するわ」  
私は彼を抱きしめた。  
多分、これはとても勇気がいることだったと思う。私にとっても。彼にとっても。  
それでも私は抱きしめた。抱きしめなければいけないのだと思った。  
触れるウェルの肌は傷つき、いくつも折檻を受けた後がついている。従うまで付けられただろうその傷は、彼の人生そのもののように思えた。傷つき、従わされ。恐怖を植えつけられながら生きてきたのだ。  
だったら、私といる間は。あの男と離れている間は、もう少しだけまともに思える境遇の私が彼を暖めてあげなければいけないような気がした。いや、そうするべきだった。  
「がんばったものね。大丈夫よ。大丈夫」  
そう口にしていた私にとって、彼はとても愛おしい存在に思えていた。傷一つ一つを撫でるように触り、抱きしめる。強く。  
「もう痛くないわ」  
肩が濡れた。人間が悲しいときに目から出るもの。  
しかし人間に飼われる獣人の私たちは一体何なのか。人なのだろうか。獣なのだろうか。  
答えはルービックキューブよりも難しくて、解けない。  
 
泣いて、落ち着いた頃、ようやく彼は私から離れる。  
暖かな、私よりも筋肉質な感触が離れ、恥ずかしそうに彼は俯いていた。  
私もまた俯いていた。何処か気恥ずかしくて。  
誰かをあんな風に抱きしめるのは初めてだった。いや、ああしてよかったのかは分からない。私はいままで生きてきて決してあんななことはしなかったし、されなかったから。ただ、何となく身体がそう反応していたのだ。  
同じ境遇の私が、同じ境遇の彼にぬくもりを伝える。それだけのために。  
そこで初めて私は彼らにこれまで感じたことのない殺意を覚えた。薬で擦り込まされた本能など吹き飛んでしまうくらいに怒りが熱湯となって湧き出し、拳を握り締める。  
こんな私達を見て、あのカメラの向こうでハカセとウェルの主人はほくそ笑んでいるのだろう。弱い者同士が擦り寄ることに。温もりを感じたことない同士の二人が初めてそれを感じた瞬間に。  
あまりの嫌悪感で胃が締め付けられる。それを止める手段はなかった。だが、許したくはない。許せない。  
私の中の獣が目覚める。犬を祖先に持つ私の血が騒ぐ。  
殺してしまえ。  
感情が煮えたぎる。衝動が私を突き動かし、カメラを、そして彼らが入ってくるドアを睨む。  
殺してしまえ。  
本能の言葉が私を支配していき、そして。  
「だめっ」  
その私の頭を彼の身体が覆った。  
「だめ。そんなことしたらあいがころされちゃう」  
彼の悲痛な叫び。彼が虐げられ、それから生まれたものを彼らが見ているから私は怒っているというのに、彼自身がそれを止める。私のために。  
今度は彼が私のことを抱きしめる。私の中の凶暴な感情が静まっていく。  
彼といるのなら私は安心できる。理屈ではなく、そう思う。彼と一緒なら例えどんな実験を受けようとも耐えられる。だから彼を守りたい。守り、守られたい。  
抱きしめられるその感覚はやはり暖かい。しかし冷たい獣のような私は彼と一緒にいてもいいのだろうか? 先ほどまでの私と、今の私は違う。ただの獣の私は彼に守られる資格などないのかもしれなかった。  
だが、それでも。  
この抱きしめられる感触は私の中で強く締め付ける。願わくば、ずっとこうしていたい。  
ずっと。  
 
 
 
××××年×月××日  
どうやら二人は仲良くなったらしい。今夜は寄り添うように寝ている。  
一瞬アイから発せられた殺気はきっと私たちに向けられたものだ。昼食をとりながら様子を見ていたのだが、どうも気取られたらしい。  
映像を見ているだけで殺されてしまいそうな印象を受ける。まだ野生が残っているらしい。食事を与えるときにはもう少し警戒をした方がよさそうだ。  
アイ。ウェル。共に体調は良好。ただ、アイの方が少し食欲がなくなってきている模様。よい兆候だ。  
 
 
結局私たちは寄り添うように眠ることになった。  
彼はいつもこうして眠っているのだろうか。膝を抱えて眠っている。多分、寝ている間に腹へ攻撃されないように自然と身についたのだろう。蹲った彼の表情を見ながら私は目を覚ました。  
こんなに安心して眠れたのは、もしかしたら生まれて初めてのことかもしれない。相変わらず無機質な部屋だったけれども、一人増えるだけでこんなにも落ち着く空間になることに驚きだった。  
安心感の中に、しかしひとつだけ。彼が眠ったままなので股間に指を伸ばす。  
おかしくなってしまいそうな身体に篭もる熱。昨日は結局彼とのコミュニケーションで一日が潰れてしまったため、行為をする時間がなかった。ただ、彼の前で見せるつもりはなかったけれども。  
指を這わせ、荒い息と共にゆっくりと割れ目をなぞる。昨日しなかったせいで随分焦らされてしまっていたようだ。触っただけでも割れ目から溢れ出して来る愛液。それを撒き散らしながらぬぷぬぷと指を沈み込ませていく。  
じわりと塗れた指が口に当たるだけで言いようのない快感。高揚した気分が私をそのまま官能の世界へといざなってくれる。  
荒い息で仰け反りながら今度は少し早めに動かしていくと更に気持ちがいい。くりくりとしたところを弄ると全身がはじけてしまいそうな快楽。まるで溺れてしまいそうだった。  
その心地よさに思わず涎を垂らしていた。床からはじけた音で初めて気がついたが、しかし拭う必要もないだろう。この場での快感の方がそういうどうでもいい行為よりも優先順位が上だ。  
ちゅくちゅくと水っぽい音ががらんとした部屋に響き、蹲ったままのウェルはそれにすら気付いていないようだった。  
とろけてしまいそうな悦楽が私の中で反芻され、そしてその勢いを増していく。これまで想像したこともないような、異様のない快感と充実感が私の中に広がり、満たしていく。  
いつもの込み上げる感覚。一日ぶりのその感覚が嬉しくて。  
「ぁはああっ!」  
仰け反り、そこに達する瞬間、思わず叫んでしまった。  
びくりと身体を震わせて起きたウェルは何がなんだか分からない様子だったが、私は舌を出して熱を逃がしながら行為の余韻に浸っていた。  
 
「なにしてたの?」  
「なんでもないわ」  
うまくはぐらかせたとは到底思えない返答だったけれども、ウェルはそれで納得したようだ。  
といっても、行為の後の残り香が明らかに残っているのだが。一応換気口というものがついてはいるのだけれども、その動きは緩慢で、すぐにそれを消すようなことはしてくれないようだ。  
くんくんと臭いをかぐ彼に僅かながら動揺を感じて私は立ち上がる。今日も多く眠ってしまっていたのだろう。既に食事が用意されている。  
いつもと代わり映えのしないメニューだけれども、それでも楽しみの一つになりえるのは味がいいのに加えてそれ以外の楽しみがほとんどと言っていいほどにないからだろう。あったら多分、このイベントももう少し価値が下がると思う。  
「食べましょう」  
「うん」  
そっけない返事だったが、昨日の朝のときのようなよそよそしい雰囲気でない分、食事は楽しく思えた。  
一口食べて、少しだけいつもと違う濃い味付けだと思ったけれども、それもあまりに気にはならなかった。二人で向かい合って食事を食べることは、たぶん一人でのときよりも全然違うのだと実感した。  
何が違うのかと聞かれれば多分答えに詰まってしまうだろうけれど、きっと気持ちが違うのだと思う。一緒に誰かがいるというだけで満たされる気持ちが。  
「おいしい……」  
ウェルが一言だけ言ったのが聞こえた。もしかしたら彼が暮らしている場所では食事も満足なものが与えてられいないのかもしれない。  
やっぱり私が苦しいと思っていた世界は、小さかった。そんな気持ちが強くなる。  
「私の分も食べていいよ」  
「でも……」  
「いいの。私はお腹いっぱいよ」  
嘘ではなかった。半分ほど残してはいたがここ最近、食事の量はかわっていないはずなのに多いような気がする。多分、身体が火照り始めた頃からだ。  
「きをつかわなくてもいいんだよ?」  
「いいの。お姉さんの言うことを聞きなさい」  
「でも、たぶんぼくのほうがとしうえだよ?」  
突っ込んだウェルに、私は一瞬だけきょとんとした。年下だと思っていたけれども、実は違うのかもしれない。  
「いくつなの?」  
「なんかぼくのごしゅじんはね、にねんとかいってたよ」  
……なんとなくだけれど。  
ショックだ。  
 
 
 
××××年×月××日  
彼女の自慰を見て少し興奮しすぎてしまったのだろう。私自らが彼らを観察し、躾けるということを誓ったはずなのに。  
ウェルの担当者は嬉々としているのだが、私は気分が重い。どうも彼女に気が移ってきているのかもしれない。研究者としては失格だ。  
これから見ることが出来るのは恐らく世界で初めての獣人の交尾。どのようになるかは分からないが、恐らく激しいものになるだろう。なるに違いない。  
私自らがここに消えないように記載し、その事実を包み隠さず語ろう。  
私はアイの食事に媚薬を含めた。ウェルの食事に強力な精力剤を入れた。  
あまりの自己嫌悪で吐き気がする。だが、観察は続けなければいけないだろう。  
例え結果が分かっていたとしても。  
二人の体調は良好。アイは発情期だと確定した。  
 
 
体調がおかしい。  
身体に全く力が入らず、溶けてしまいそうなほどに身体が熱い。性器が燃えるような熱さを伴って私の心を侵食していく。指を入れたい。深く突き込んでかき回してしまいたい。ぐちゃぐちゃに動かして狂い、悶えてしまいたい。  
唐突に襲ってきた欲望は瞬時に私の中の理性を食いつぶしていく。ここ最近の衝動を遥かに越えるそれは私の手を無意識に股間へと伸ばさせ、弄らせていく。  
「アイ?」  
ウェルの言葉が、存在が目に入らなくなる。衝動のままに欲望を満たしたいという気持ちだけが強くなり、ただそれを満たすだけになってしまう。  
以前比べて格段に脳を痺れさせるような快楽を与えてくれるこの行為は、一気に私の中での優先順位をあげ、全ての行動よりもそれを優先させてしまう。  
食事も、睡眠も。ウェルとの会話ですら、この行為の前では塵同然だった。  
割れ目をこすりつけ、溢れる愛液を嘗め取る。甘酸っぱいそれを口の中に含み、味わい、そして指は再び割れ目へと向かう。  
この行為をとめることは私には不可能だった。少なくとも自分の意思では無理だっただろう。何をしても足りない。満たしたい欲望が私となり、私はそれに突き動かされる人形になる。  
指を突き入れていくとすぐに何らかの衝撃。膜の様な何かが私の侵入を邪魔する。だめだ、私の欲望はこんなものでは止まらない。私はそれを突き抜けようと力をこめる。  
刹那脳へと伝わる痛み。これまでの快感の中に唐突に発生したそれに私は驚き、しかし指の動きを止めることはできない。  
「ぁあうっ!」  
唸り声とも突かない声が私の口から漏れる。突き破りはしなかったものの、ぎりぎりまで張力を保ったそれが私の中にじんじんとした痛みを残す。  
「アイ、いたいの?」  
訊いてくるウェルは私を覗き込んでいたけれども、私には答える力がない。早く。もっと深く。  
私の中の欲望は更に凶暴なものとなり、理性は完全に解け切る。  
彼を壊してしまいたい。可虐心ともいえる気持ち。  
彼の子供を孕みたい。  
体中から放出されるフェロモンが語りかける。私を犯せと。  
それを唖然と眺めていたウェルの表情が一変。僅かばかりでも私のしている行為に興奮を覚え始めたようで、頬を赤らめる。  
その股間には、ねっとりとした液を垂らす一物。  
 
一目見た瞬間私の本能が理解した。  
これは私の中に子種を植えつけるために存在するものなのだ、と。  
臆病で、蹲っていたはずのウェルの股間の肉棒は、しかし圧倒的な存在感と強い雄の匂いを放ち、私の前に突きつけられる。浮き出た血管と、瘤と睾丸。びくんびくんと脈動するそれは、私の手の動きを少しだけでも留める材料には十分だった。  
「アイ……」  
ウェルの表情は、既にこれまでの彼のものではなかった。ここまで血の通った自らの肉棒を見るのは初めてなのだろうか。それに怯えながら、しかし触れるねっとりとしたメスの情気を孕んだ空気がそれを刺激し、その度にびくんとしゃくりをあげる。  
目を奪われていたそれが目の前から唐突に消失。と思ったときにはウェルの口が私の口を貪り、しづらいはずの口づけで私の脳は思考を停止する。  
ウェルの筋肉質な肉体を抱きしめ、蹂躙し、されたい。この身体を手に入れるためなら、今の私は何だってしてしまうだろう。  
舌を絡ませ、涎が交じり合うのも構わずに唾液が交換されていく。噛みあわないはずの口を無理矢理合わせて歯の裏をなぞっていく。  
彼の息は生臭く、そして異様なほどに気分を高揚させる何かがあった。私を獣にし、貪りあうための人形にするような香り。そして雄の臭いが私の嗅覚を刺激し、乱させる。  
口が離れ、鼻が付き合わされる。目線が交錯して、二人の口の間には銀色の糸が垂れる。  
「アイ、ぼく…なんかおかしい……」  
息を荒げ、恥ずかしがるウェルに、何も考えられないまま私は、  
「ウェル。大丈夫よ」  
言って、そのまま彼の股間へと顔を伸ばす。いきり立ったものが私を待ち構え、我慢しきれないように先端から透明な汁を床へと落していた。  
「私もおかしいの。我慢できないの」  
まるで口が勝手に喋っているかのように私は彼を見上げ、そして肉棒に貪りつく。ウェルはくぐもった声を上げ、その感覚に夢中になってしまったようだ。自ら腰を動かしながら快楽を享受していく。  
ただ、私は雄の味に耽ったあとはすぐにそれを離す。不満そうなウェルの表情を見ながら、私は獣の本能のままに彼の前で股間を開く。  
彼もそれを見ただけでそれを理解した。  
自身の性器を、私の性器に突き挿れるということを。  
 
それからの彼の行動は早かった。  
私が我慢できないといった風に腰をくねらせている間に彼は私を押し倒す。私自身が望んでいたことの筈なのに、一瞬だけ私の中に生まれたのは恐怖。  
それはこれまで私の目の前にいたウェルのあどけない表情ではない。雄の本能に目覚めた獣の荒々しい息遣い。表情。そして快楽の喜悦に浸る欲望の権化だった。多分、今の彼なら肉欲を満たすためなら私を壊すことも出来てしまうだろう。  
だが、心のどこかでそれを望む自分がいることに気がついてしまい、更に私は戸惑う。戸惑いながら身体を密着させ、互いの息遣いを感じながらまるで挿入前の儀式のように腰を擦り付けあう。  
私も彼も、我慢が出来なかった。股間からは透明な汁を零し、床を汚す。それが全身の毛に付こう、尻尾に付こうと構わなかった。欲望を満たせるのなら、後にどうなろうとも構わない。そう思った。  
遂に雄の象徴が私の中心を捕らえる。その圧倒的快楽を予想して、私の中の彼に対する恐怖は期待と入り混じり、本能の中に埋没していく。  
欲しい。欲しくて仕方がない。  
「はやくぅっ」  
確かに異様な彼の雰囲気に恐怖を感じているはずなのに、私の身体はそれでも彼を求め続ける。  
欲しい。中に入れてぐちゃぐちゃにかき回して欲しい。壊れるくらいに腰を振って、溢れるほどに子種を放って欲しい。  
それは獣と化した雌の本能。尻尾を振り、彼のされるがままになる私は、どちらかというと被虐的な嗜好があるのだろう。  
私の言葉に刺激されたウェルは最早何も言わず、私の口を再び口で塞いでから、  
ぶっ  
刹那、私と彼の口の中に悲鳴が木霊する。あの膜がウェルの逸物によって一気に突き破られ、そこから駆け上ってくる激痛が快楽との波の中で少しだけ正気を取り戻させる。  
私はウェルと今この瞬間繋がった。繋がってしまった。私が誘惑し、私がウェルを獣に堕としたのだ。  
背徳感と達成感。私の中の感情が入り混じり、そして後悔の念を覚えたときには再びウェルが腰を振り始める。痛みの中に生まれる快楽。それが再び私を獣の色に塗りつぶしていく。  
鼻からの息が私の行きと交じり合う。私の中では多分、膜を破られたときに出来た傷から溢れる血が、私の愛液と彼の前液と交じり合っているのだろう。  
それを想像したころには、私は再び理性を失う。  
 
私の中は、かなりきついのだろう。私にもそれは分かる。動きづらく、しかしねっとりと絡みついていく。愛液がぬらりとした潤滑さをつくり、雄を自身の中に導いていく。  
ぞろりと中を動いていく感触は私の中の痛覚をかき乱し、代わりに快楽を余計に感じさせる。  
もう私にはウェルの表情は見えなかった。完全に私の上に跨ったウェルが腰を私の中をかき回すように動かしているのを感じ、至福だと思いながらただ喘ぐことしか出来ない。  
「あっぁあっっぁっ」  
消え入りそうになりながら、何とか耐える。  
もっと感じていたい。この感覚を。ずきんずきんと脈動しながら痛む傷口に与えられる雁からの刺激。  
その痛みも私の中で快感に変換されていき、彼が体重を支えるために掴んだ尻尾の痛みは私の膣を締め付けて彼を更に私の深くへと誘う材料になる。  
欲しい。もっと。奥へ。  
膣を締め付けて彼を追い詰めると更に血液が集まってウェルのものが大きさを増す。満足げに私は腰を振り、淫らに喘ぐ。  
刹那、湧き上がってくるのはあの感覚。奥底から呼び起こされるように私を上り詰めさせていくあの感覚。  
「んぁあっあうっぁうっっ」  
大きくグラインドさせられるウェルの腰の使い方は明らかに私に対する快楽と彼の快楽を両立させながら、確実に私を追い詰め、そして満たしていく。  
その動きはきっと、今私が止めようとしても止まらないだろう。私を蹂躙しつくすまでこの行為は止まらず、激しさを増していく。  
それを想うだけで私は壊れてしまいそうな幸福感に包まれる。  
ぐちゅっぐちゅっぐぷっ  
異様な興奮によって分泌される液は水音になり、衝撃で泡を作る。粘り気を帯びたそれは私と彼の動きを更に滑らせる。  
そして来る。追い詰められきた私が達する場所が見えてくる。  
突かれ、突かれ、何度も感じる部分を突き込まれ、手が痙攣する。これまで自分でしていたときなど比べ物にならない劇的な世界がちらつき、  
そして背筋を走る寒気!  
「ぁあっぃっはぁあっっぅぁあああっ!!」  
何か言おうとして、しかし呂律が回らず、  
視界が一瞬白に染まり、脳がはじけるような感覚。  
そして私は無意識に、未だ腰を振るウェルの体毛を握り締めて、達してしまった。  
 
下半身ががくがくと痙攣し、膣が収縮する。真っ白になってしまった思考で身体が自動的に彼を悦ばせていることが不思議であり、ある意味幸せでもあった。  
私はそうしながら、しかし止まらない彼の動きに自分の身体の限界を感じていた。  
狂ってしまいそうなほどに断続的な快楽。しかし止まらない彼の動きは本当に私の身体を丸ごと壊してしまいそうで、再び私の中に恐怖が芽生える。止まらない。腰を打ちつけ、その度に濡れた音。そしてウェルはそれを材料に更に私を追い詰め、自らも絶頂に向かっていく。  
刹那、再び全身を駆け巡る快楽。絶頂間。  
尻尾の感覚が痺れ、体中に鳥肌が立つ。首を振って耐えようとするが、なんら効果はない。寧ろそれが体中の血液のめぐりをよくしているかのように、胸から込み上げてくる懐かしくも思える感覚。  
まるで遺伝子がこの行為を覚えているかのようだった。突き上げられ、腰を振る一連の動作。絶頂を向かえ、喘ぎ、それでも快楽を貪るそれらがまるで刻み込まれているかのように、私たちは自らを、相手を諌めるためにただただ肉と肉をぶつけ合う。  
「ふっぁあっんっくぅふっっ」  
喘ぎ、舌をだれんと出しながら私は彼にされるがままに突かれ、何度も何度も絶頂へと上り詰める。限界などないようにウェルは機械のように腰を振り続け、そして私の口を塞ぎ、時折胸に顔を埋める。ちろちろと這う感触。  
肌が露呈している部分を丹念に愛撫され、そして更に私は高みへと上り詰める。肩が、腰がよじれ、痙攣する。それでも行為は止まらない。  
ぐちゅぐちゅっぐちゃっぐぷっくっ  
音がわたしの耳の中で喘ぎ声とウェルの呼吸と重なる。心音が聞こえるほどに密着して下半身を動かすウェル。その行為に幸福感を覚えながら更に腰を振る。  
腰に痛みを覚えながらも、私は確かに彼と交わることに幸福を感じていた。おかしくなってしまいそうなほどに愛しい。狂おしいほどに愛しい。  
私の中で彼の存在は大きくなり、膨れ上がり、それが行為へと変換され、そして更に激しい交わりとなって私は絶頂のまま無意識に彼を招きいれ続ける。  
耳にまで到達する性感。弾ける彼の肉棒。かき乱し、壊れ、私は肉人形となる。  
と、唐突にウェルの動きが変わる。私をひっぺ返すようにして、尻を突き出させる。  
「ぁああっ…?」  
声も出せないまま、状況に流された私の視線に入ったのは彼の尻。  
 
それは交尾の体勢。これまでの互いが互いの体温を感じることの出来る体勢ではなく、後ろへと尻をつき合わせる体勢で並んだ状態。  
これは恐らく、人間の交尾の体勢じゃない。獣。きっと私たちの祖先である犬の交尾の体制だ。  
そして刺さったままの彼の腰が再び動き始めて、再び襲い来る劇的な快楽。  
これまでとは違う。これまでのを至上とするのなら、それ以上の表現がないほどの悦楽。堕ちる快楽だった。  
獣の腰を振られるたびに私は断続的に絶頂へと達し、そして彼の肉棒の根元の瘤が私の中の液をせき止める。  
この厚意に一体何があるのだろうと思ったときには更に速度が上がり、何もかんがえられなくなる。  
気持ちがいい。おかしい。おかしくなってしまい、しまう、しまいそうだった。  
わたしの中でなにかがはじける。けだもののいでんしが私を支配し、そしてきもちよくしていく。  
もっと。もっと。  
ほしい。もっとわたしをめちゃくちゃにっ。  
あついっ、っ。  
刹那、急速にその速度が上がったと思ったとき、ウェルの尻が私のしりに密着したとおもったとき、放たれる熱さ。中に注ぎ込まれていく飛沫は私の心をかき乱しながら絶頂の快楽の中で最高のものとして思考に刻み込まれる。  
それはウェルの子種。ウェルの口から絶頂の唸り声が上がる。  
長い。熱く、何度も注がれる。私の中はもういっぱいのはずなのに、それでも注ぎ込まれる。  
そして私の膣の中が満たされたとき、初めて気がついた。瘤が線の役割をしている。確実に雌が孕むように。私が確実に彼の子供を生むように。  
ぶるぶると震えて、ようやくウェルの射精が止まる。私の中は異様な満腹感に満たされながら、ある種の幸福を感じていた。  
しかし。  
ぐぷっごぷっぐちゅっ  
再びウェルの腰が動き始める。しかも射精したときにはち切れんばかりに大きくなったままの肉棒で。  
「ウェっっ……っ!」  
イってしまった状態で全く呂律が回らず、そしてそれが言葉になっていてもウェルは腰の動きを止めはしなかっただろう。  
純粋だった彼を性行為に溺れさせたのは私。  
そして私自身もそれを望んでいた。  
そして圧迫感を増した膣から無理矢理、彼の放った精液が床へぼたぼたと落ちる。濃厚なそれは青臭く、ひどく興奮させる香りを放ちながら再び私を獣の世界へと誘っていく。  
 
突かれ、何度も何度も膣へと射精される。  
私はなんどもイき続ける。満たされた白濁とした子種は彼と体位を変えるたびに私の身体に纏われ、そして更に肉欲に狂わせていく。まるで魔法のように私の心はかき乱され、彼の攻めに応じながら喘いでしまう。  
腰ががくがくとして力が入らない。しかし彼の行為を受け止めたいが一心にそれでも腰を振る。あまりの激しさと気持ちよさに私からも滴り落ちる愛液。  
いつの間にか零れていた涙と、涎がそれに混じる。ぐちゃぐちゃにまみれながらも、あまりに幸福で官能的な交尾は延々と繰り返される。  
「アイ…………スキ…あい……」  
ウェルの口から幽かに漏れるその言葉は、私を再び絶頂へと突き上げる。  
「はぁっんっぅっ」  
もう何度目になるだろう。考えたくない。考えられない。  
これからもずっとこうしていたい。ずっと。何があろうと。  
どくんどくん  
あまりの量が注ぎ込まれてしまったためにもう私もウェルも股間の周りは白濁とした粘液塗れになってしまっている。それでもいいとおもえるのは、多分これがウェルが私にくれた子種だからだろう。  
快楽の印が目に入って、遂に私は崩れ落ちる。  
ふと後ろを見ると、既にウェルも力尽きたようでなんとか快楽を得ようとしながらも、身体が言うことを利かず、そして眠気で瞼がとろんと落ちてきている。  
私も限界だった。  
塗れたままの身体を引き摺る。彼の肉棒はそうしても外れず、結局私は力尽きる。  
鼻先が僅かに視線に入り、そしてぼやけた。  
完全に疲弊した私とウェルは、  
互いの汁に塗れ、獣の格好で繋がりながら、そして眠りについた。  
 
 
 
××××年×月××日  
彼らはあれから三日間、目を覚ませば交わり続けていた。  
今日は流石にその気力もないようだが、しかしあの精力はやはり獣の血の所為だとも思う。  
結局彼らは交わりあうことを幸福としている様に見える。だが、私の後悔は消えない。もしかしたら感情移入のしすぎなのかもしれない。科学者失格だと思う。  
正気を取り戻した彼女に全てを打ち明けて、殺されるのならそれでもいいと思った。  
彼らの交尾の持つ意味を、私は軽んじていたのかもしれない。それで許されるとは思ってはいないが、そうしよう。  
最後になるかもしれないが、記録しておくことにする。  
二人とも疲弊状態にあるが、体調は良好。アイのエストロゲンは減少。ウェルも興奮状態から醒めたようだ。  
 
 
まどろんだ思考。何かを考えようとして、しかし頭が働かないので考えることを止めた。  
ウェルのものが未だ秘部に差し込まれたままだったので、いい加減抜き去る。一瞬雁が引っかかる感触。と思ったときには、何度も吐精したはずなのにあまりにも濃厚な白濁液がどろりと零れ落ちた。  
あまりにもだるい身体を引き摺りながらようやく動くと、ウェルが起きていることに気がつく。  
「いや、なんかおこしちゃいそうだったから」  
そういったウェルに私は微笑み、そして口づけをする。交尾のときの荒々しい獣と化したウェルはそこには居らず、初めて会ったときの様なもじもじとした態度をとる彼が横になっていた。  
むせ返るような暑さはないが、雄と雌の交じり合った香りが部屋に充満している。換気扇が空気を吸い取ってはいるが、精液や愛液から放たれる臭いは吸い取れてはいないようだった。  
と、開くドア。  
ハカセがこちらへと歩いてくる。私を見ながら、神妙な面持ちを見せた。  
私は股間から精液を垂らしている自分がいきなりとてつもなく恥ずかしく感じた。今更のことだが、いきなりこんな格好を見られたのが要因だと思う。  
が、私の慌てようとは裏腹にハカセは表情を崩さなかった。どこか悲しい。なにかを覚悟する目のように見えたのは私の思い違いだろうか。  
「アイ」  
そして私はハカセの言葉の感じから、それが正しかったことを悟った。  
「すまない。お前が発情期だったことを知っていて、私はお前達を一緒にした。そして煮え切らないお前達に性欲を増進させる薬を使い、行為に及ばせてしまった。お前達が進化すること、交尾をすることが楽しみで、自分を見失ってしまった。  
弁解しようとは思わない。お前達が行為に及び、理性を失って交わり続けたのはその所為だ。だから」  
ハカセは言葉を区切る。  
「卑屈な言い方になってしまうが、これしか責任をとる方法が思いつかないんだ。もしお前達が私達を恨むのなら、ここで私を殺してしまって欲しい。それが私たちがこれまでにしてきた罪の、償いになってほしい」  
私はハカセの顔を見て、俯いた。  
そして口を開く。  
 
「私は……正直、貴方を恨んでいるわけじゃない。嫌いだけど、殺したいんじゃない」  
それはあの時、私を突き動かそうとした殺意とは全く逆の感情。あのとき確かに恨んでいたはずのそれはいつの間にか氷解し、私に柔らかな理性をもたらしてくれていた。  
それはきっとウェルのお陰だ。そしてウェルを私のそばに置き、より親密な存在にしてくれたハカセを、過去の私ならともかく、今の私は恨む事など出来そうもなかった。  
少なくともウェルを育てたあの男よりは優しく、そして何処か素直だ。私が人間的になるようにしようとしたのはある意味彼がそう望んだからだ。  
だが、それも裏を返せば私が獣に戻ってしまうのを危惧していたのではないかとも思う。だから知能を擽るような玩具を与えていたのかもしれない。  
少なくとも、彼は酷い人間だとは思えなかった。寧ろ理想を求めすぎて、それを他者に押し付けてしまうような、そんな人のような気がした。  
「何度も注射されて、いろいろなことを刷り込まれて。本当に恨んだときもあったけれども、私は貴方を殺したくはない」  
それはある意味自己保身だ。博士を殺してしまえば、私もただではすまないだろう。あるいは永遠にウェルと離れさせられ、実験体になり、無残な死を遂げるかもしれない。あるいはそのまま打ち棄てられてしまうかもしれない。  
それが怖い。だからハカセに手を掛けられない。  
自分が自分を分析して、そして嫌になる。  
「だからふたつだけ、お願い。それを叶えてくれたら私はあなたを許せると思うわ。どちらにしても殺しはしないけれども、少なくとも恨むことはなくなる」  
この言葉はある意味賭けでもあった。ただの私の希望。しかしそれは確かに博士にも届くと思う。でなければ、きっと私は永遠に彼を恨み続けるのだと思う。  
「聞くだけ、聞いてみよう。どうできるか、私に出来る限りのことでしか出来ないが……」  
俯き加減に。しかしハカセはどこか安堵した表情を見せた。  
本当に私に殺される覚悟でここまで来たんだと実感する。だからこそ、応えてくれると信じたい。  
私の口は要望を告げる。ハカセの答えは短い。だけれども、  
応えは、それで十分だと思った。  
 
 
 
××××年×月××日  
胎内の赤子はゆっくりと、しかし確実に成長している模様。彼女との約束は守ることが出来そうだ。  
結果的に何とかなりはしたが、ウェルの担当から二人を番にしたあとも一緒に暮らさせるというのには猛烈な反論を受けたのは痛かった。が、これだけは譲るわけにはいかなかった。  
少し手荒な手を使いはしたが、ウェルも担当を私に移すことで落ち着いてくれたのは幸いだ。  
アイの提示した要求は結局、二人を少し幸せにする程度のものだったが、少なくとも実験動物として「飼われ」ていたときよりも、今の「暮らし」ている時の方が、よっぽど幸福に見える。  
少なくとも、ウェルと出会う前の彼女と比べるのなら、格段に調子はいいようだ。  
それをもたらしたウェルに少しだけ嫉妬しながら、今日も日誌を書き続ける。  
 
今日も二人の体調はよい模様。寄り添うように眠っている。  
 
 
 
あのときのようなまどろんだ思考。繋がってはいないけれども、私はウェルの体温を感じながらゆっくりと大きくなったお腹を撫でた。  
中で感じる、ウェルと私の子供の鼓動。ハカセが私の願いを聞いてくれると約束してくれたお陰で、不安に感じることもなく、私はウェルと一緒にその成長を見守り続けている。  
唐突過ぎた変化。しかしそれは確実に私に穏やかさを注いでいったように思えた。ウェルの暖かさ。ハカセの情。そういうものがあるということに気がつかなければ、私は一生ささくれた気持ちのままで一生を終えていただろう。  
過程の話を頭において、そして私は暖かな、少しだけ無機質ではなくなった部屋でゆっくりと毛布に包まった。  
この先、何があってもこれだけはなくしたくない。そう思う。  
逆にこの束の間の夢のような時が永遠に続くことはないのだろうと思い、そして少しだけ怖くなる。  
けれどもウェルが後ろから抱いてくれる。お腹の子供が脈動し、私に存在を伝えてくれる。  
約束どおり、ハカセがこの子供をとり上げてくれれば嬉しい。三人で暮らす様を見守っていて欲しい。  
ほんの少しだけ。これまでに比べてすこしだけ幸せになっただけだけれども。  
私は永遠にこの暖かさが続いてくれればと、  
そう思い眠りについた。  
 
 
<了>  
 
 

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