「ほらタチヤ、ここからでも見えるわよ。もう少しで着くわ」  
「レナさん、タチヤはには聞こえてませんわよ」  
 
目的の街が、うっすらと黙視できるようになってきた。レナは先ほどからずっと  
ぐったりとしているタチヤにそれを知らせようとする。目に見えて疲労が溜まっ  
ている様子だったのでこうして抱えてやってるのだが、いまさらになってそれが  
逆効果だったのではと思い始めてきた。  
いや、最初からこうなるであろう事は予想していたが、ゆっくりペースがじれっ  
たくて達哉を担ぐ事にしたんだった。達哉の呼吸のリズムや心音からして、そこ  
まで深刻な状況ではない事が、レナには感じ取る事が出来たのだし、結果オーラ  
イと言うヤツだろう。  
クユラもレナの後ろから、苦しむ達哉を眺めて相変わらずの笑顔を浮かべている。  
ガルナはそろそろレナのペースに着いてこれなくなって肩で息をしていた。まあ  
もう少しで目的地に着くのだし、配慮をする必要性はあまり感じられない。  
 
「か、がろうじで……聞゙ごえで、いまずお……ゔぅ…」  
「そのまま吐いたりしたら、明日の日の出は見れないと思いなさい」  
 
口元を押さえてる所為でくぐもった声だが、達哉から返事が返ってきた。限界の  
近い事が読み取れるが、適当に脅しを入れておけば達哉の性格からして、まさか  
本当に吐く事はないだろう。やはりヒトと言うだけあって、精神力だけは並み以  
上にある。命が掛かれば失敗はしないだろう。  
その証拠に、肩に感じる達哉の体が一気に固くなったように思えた。吐かないよ  
うに力んでいる事は間違い無い。  
 
「タチヤが辛そうだし、残りは少し本気で走るわね。  
私たちだけ先に行くから、クユラとガルナは後から着いてきて。  
タチヤ、多分5分くらいで着くから、しばらく揺れるけど我慢しなさい」  
 
レナはそう言うとすぐ、達哉の返事も待たずに地面を蹴って駆け出した。これま  
での道のりが序章としか思えないような加速。スペースシャトルで地球を飛び出  
すときには体に物凄い力がかかるそうだが、そう形容して良いのかどうか、達哉  
にはそんなモノに乗った経験はないが、なんとなくそういう感覚を連想させるよ  
うな状況だ。  
意識が飛びそうになったり、朝食べたスープを戻しそうになったりするのを必死  
に耐えつつ、最後にもう一度クユラとガルナに目を向ける。化粧を直しいたとこ  
ろで達哉の視線に気付き、慌てていつもの笑顔を作るクユラ。そして、もはやカ  
ワイソウなほどに荒い息をしながら、必死にクユラのスクーター(?)のような  
乗り物に着いていくガルナ。なんというか、鬼マネージャーとヘタレ部員という  
言い方がしっくりくる光景だ。まあ、クユラの実年齢を考えると、鬼畜顧問とヘ  
タレ部員と言うのが合ってるのかも知れないが。  
そんなしょうもない事を考えている間に、どんどんと2人の姿は小さくなってて  
いき、最後には完全に見えなくなった。  
 
 
「もう少しの辛抱よ。  
これでもお前に負担を掛け過ぎないよう抑えてるから我慢なさい」  
「そ……な…ッ…ぁッ…!!!」  
 
達哉もレナの言葉に返そうとは思ったのだが、舌を噛みそうなので諦めて口をつ  
ぐんだ。やはりヒトの能力の限界と言うのはわきまえておいた方が良いに決まっ  
ている。身体能力の違いは嫌と言うほど見せ付けられたし、意地を張るような真  
似をするつもりはない。どうやったってスライムが勇者に勝てないのと同じだ。  
元から勝てる様には出来ていないのだから。  
 
(でもいつか絶対に仕返ししてやる……)  
 
無理だと分かってても、そう思わなければやっていけない。  
 
 
 
× × × ×  
 
 
 
ミリアルドはオルスのいなくなった喫茶店で不貞腐れていた。レナたちは一応  
見える範囲にいたものの、もう少し時間が掛かりそうだったので戻ってきたの  
だが、戻ったら戻ったで誰もいない。もう一度レナたちの方を見に行けば、知  
らない奴が一人混じっていて、どうにも自分が飛び込んで行けるような雰囲気  
では無かった。しかも、そいつがみんなと楽しそうにしてたのが余計に腹を立  
たせる。  
 
「うぅ……オルスどこ行ったんだよぉ……。  
俺が頼んだメニューも注文してないし……グス…ッ。  
だいたい、レナ姉たちと一緒にいたヤツ誰だよ。  
馴れ馴れしくししてバッカみてぇ。」  
 
レナに担がれていた男を思い出して、落ち込んでいた気分が更にどん底へと下  
がっていくのを感じる。せっかく見付けた自分の居場所だと言うのに、もう誰  
かに奪われてしまうのではと思うと、不安に押し潰されそうだ。  
頭からそんな考えを振り払おうとしても、中々思うようにいかない。そもそも  
なんであんなのがレナたちと行動を共にしていたのか分からない。だからこそ  
余計にムカツク。あんなのより、自分の方が絶対に凄い筈だと言い聞かせる。  
そんな事を繰り返していると不意に、知っている名前が、誰かの言葉の中に聞  
こえた。  
 
“レナさん、次は事前に酔い止めでも買っておきますから・・・。  
今回のは、もうホント勘弁してください。体中が痛いですよもう……”  
 
情けない男の声、しかしその言葉の中には、間違いなく『レナ』 と言う名前が  
入っていた。今ミリアルドが待ち望んでいる人物の名前に、ハッと顔を上げる。  
そこにいたのは、自分が知っている通りのレナと、あと一人知らない誰か。  
 
「ええ、なるべく今回限りにしたいわね。  
お前にもう少し体力が有ればの話しだけど。  
それより、ここが待ち合わせの場所よ。  
ほら、そこで泣いてるのがミリアルド。タチヤの先輩ね」  
 
ぼんやりと見ていたのだが、レナが自分を指差した事でミリアルドはビクンと反  
応した。『そこで泣いてるの』などと説明されて、顔から火が出る思いに駆られ  
る。目をゴシゴシと擦り、連れの男を精一杯の威圧的な瞳で見た。  
 
「アハハ、ホント可愛いですね。聞いてた通りの子だ。  
確か愛称はミリーだったよね。僕は達哉。  
これから“蛇足” の医者として仲間になるからさ、宜しく」  
 
そう言って達哉はミリアルドに手を差し出す。ミリアルドはまだ喫茶店の椅子に  
座ったままポカンと達哉を見詰めていた。しかし、少し間を置いて、ミリアルド  
の中に沸々と怒りが沸き起こる。コイツの所為でレナたちのところへ行けなかっ  
たし、戻ってきたらオルスもいない。  
コイツが来なけりゃ、レナたちと合流して楽しく話しながら街まで来れたのに。  
 
「ミリーとか言うな!だいたいお前ヒトじゃんか!  
奴隷のクセに俺と対等ぶるなよな!  
お前が一緒にいる所為で俺だって待たされたんだよ!!  
弱っちいクセに俺を子ども扱いしてんじゃねぇよ!」  
 
達哉の差し出した手を跳ね除けて、ミリアルドは怒声を発する。目の前の男が自  
分子どもとして扱ってるのが悔しくて堪らなかった。しかも相手はヒトだ。世界  
で一番弱くて、なんにも出来ない奴隷だ。そんなヤツ子ども扱いされる謂れはミ  
リアルドにはない。  
そう考えると余計に腹が立って仕方が無い。どうしようもなくムカツク。しかも  
いつも自分が嫌がっている、“ミリー”と言う愛称で呼んでくるなんて、馴れ馴  
れしいヤツは好きじゃない。そんな女性名で呼ばれるのを嫌ってるって、レナた  
ちはこいつに話してなかったんだろうか。  
とにかく沸き起こる怒りを隠しもせず、思いっきり険悪な表情で達哉を睨み付け  
た。しかし、あろう事か達哉はそのミリアルドの表情を見て、プッと吹き出す。  
 
「な、何がオカシイんだよ!俺は本気でお前なんか大ッキライだ!!」  
 
その達哉の反応に、当然ながらミリアルドは激しく激昂する。拳を握って振り回  
しながら、駄々をこねる子どものような態度で達哉に突っ掛かる。達哉はそのミ  
リアルドの逆鱗に触れてしまった事に苦笑しつつ、一歩退いて言った。  
 
「君さ、目が赤いよ。さっきまで泣いてたんだろ?  
それに目の周りの羽毛が不自然に濡れた跡があるし」  
「――ッ!!!」  
 
さっき咄嗟に目の周りを擦ったが、それだけでは涙が拭き取れなかったらしい。  
ミリアルドは慌ててもう一度目の周りを両手で擦る。初めて会う奴に泣いてた  
のがバレて、それを笑われてしまうとは思わなかった。  
そんなミリアルドの慌てふためく姿を見て、今度は2人のやりとりを傍観して  
いたレナが楽しそうに笑った。  
 
「フフフ、相変わらずねミリアルドは。  
オルスに置いてきぼりにでもされて泣いてたんだろうけど、  
新入りの前でそんな様子じゃ、流石に情けないわよ」  
「うううううるさぁ〜い!!俺は絶対に泣いてなんかない!!  
あ、タチヤも笑うな!!新入りだったら先輩に気を遣えよ!」  
 
大声を出してレナに反論しいたミリアルドだが、不意にその矛先が達哉へと向か  
った。何処の世界でも生意気な子どもはいるものだ、と笑みを浮かべながら見て  
いた達哉だが、いきなり名指しで呼ばれてビックリしてしまう。  
ヒトと言う事でミリアルドは自分を見下している思っていたが、さり気無く達哉  
を新入りと認めてまでいる。その事実に驚いてしまった。目を丸くしてミリアル  
ドを見ていると、その視線に気付いたミリアルドがまた睨み付けてきた。  
 
「なんだよ」  
「あ、ごめん。君ってヒトが嫌いそうだったから、  
名前を呼んでくれた上に新入りと認めてくれたのに、ちょっと驚いてた」  
「〜〜〜ッ!!  
・・・・別に、お前を仲間って認めてやったワケじゃないからな」  
 
ミリアルドは、顔を赤くしつつそっぽを向いてそう言った。あまりの分かり易い  
反応に、達哉はまた苦笑した。ツンデレってこういうのを言うのだろうなと、も  
う2度と見る機会のないであろう、元の世界のアニメやらマンガやらを思い浮か  
べた。毎週見ていた番組が今頃は最終回しているのだろうと思うと、少し切なく  
なってしまう。  
その表情が何か癇に障ったらしく、ミリアルドはまた怒り出して、達哉をがなり  
たてる。  
 
「さ、自己紹介は終わったわ。次はオルスを捜しに行くわよ。  
勝手に待ち合わせの場所から移動するなんて、良い度胸してるわね」  
 
しばらくは傍観していたレナだが、ミリアルドの服を掴んで達哉から引き離すと、  
2人を交互に見てそう言った。ミリアルドはレナを相手にする気は流石にないよ  
うで、渋々ながら引き下がる。達哉の方は、一方的に絡まれていた側なので、今  
回はレナが有り難いと思った。  
 
「ミリアルド、オルスは何処へ行ったか分かる?」  
「分かってたらここで不貞腐れてねぇよ」  
 
レナの問いに、ミリアルドはムスッとした表情で答えた。確かに、分かっていれ  
ばミリアルドもオルスがいる場所に付いていった筈だ。それが予想できたからこ  
そ、オルスもミリアルドがいない隙に場所を移動したしたのだし。  
しかしそれは、場所を変えてもレナならば直ぐに気付いて、自分のところまで来  
るだろうと予想しての事でもあった。狭い街の中に場所を絞ってしまえば、レナ  
にもオルスを探す事は容易だ。後でどやしつけてやろうと計画しながら、レナは  
静かに目を瞑った。  
 
「あれ、どうしたんですかレナさん」  
「少し黙ってなさい。今、オルスの匂いを辿ってるところだから」  
 
達哉がレナの行動の意味を計り兼ねてそう聞くと、レナはピシャリと言い放つ。  
レナに言われてようやくそれに気付き、達哉はレナの挙動に注意を払ってみる。  
そうすれば成る程、クンクンと匂いを嗅いでして、髭がピクピクと動いていて、  
達哉が知っているネコ科動物の仕草そのものだ。  
レナのそんな様子を、達哉は不覚にも可愛いと感じてしまい、頭を垂れた。確  
かに獣医を志していたが、別にそっち方面の属性があるわけではない。今は別  
れてしまったが、今までも2人くらい彼女がいたし、女性の獣人なんてマイナ  
ージャンルもいいところだ。  
 
「・・・・あっちの方か。思ったよりも匂いが近いわ」  
 
レナは目を開くと、匂いを感じた方向へ目を向けながら言った。辺りにはオル  
スの残り香が漂っていて、割と簡単にだいたいの方向を導き出す事が出来た。  
後は匂いのする方向へ歩き続けて、匂いが強くなったところにオルスがいるわ  
けだ。  
 
「あっちなら、酒の匂いはあまりしないし、酒場は少ないわね。  
タチヤ、あの道を真っ直ぐ行って、  
途中にある酒場を片っ端から調べてきなさい。  
そしたら、コートを着て隻眼で片耳の掛けたイヌがいるから、連れてくるのよ」  
「え、僕がですか?」  
 
レナは素っ気無くそう言ったのを、達哉はウソだろと言わんばかりの口調で聞  
き返した。全員で迎えに行くとばかり思ってたし、この世界でヒトが一人でう  
ろつくのは危険ではないだろうかと不安になる。思えば、こちらの世界に来て  
から、一人で行動した事が一度も無い。  
そんな達哉の不安を察したのか、ミリアルドが嬉々とした口調でレナの援護射  
撃をする。  
 
「頑張れタチヤ。初めてのおつかいだろ?」  
「上手い事言ってくれるね・・・」  
 
子どもからこのような事を言われてしまえば、成人している身として黙ってい  
られない。良いように乗せられている気がしなくもないが、達哉は勢いに任せ  
てレナに言った。  
 
「分かりました。僕が迎えに行きますね」  
「ええ、よろしく頼むわ。私たちはここで、ガルナとクユラを待つから」  
 
達哉は直ぐに歩を進めた。BGMがミリアルドの達哉をはやしたてる声なのは  
気に入らないが、相手は子どもだと自分に言い聞かせて我を保つ。ここで戦い  
を挑んだところで、相手は子どもとは言えヒトとは違う。達哉の力では倒す事  
はできない筈だ。  
 
(くぅ〜っ、あんなテンプレートな生意気小僧なんて、  
物語の中だけの存在だと思ってたよ。あ〜〜!!ムカツクっ!!)  
 
口に出す事のできない文句を心の中で叫びながら、達哉はその喫茶店を後にし  
た。レナが示した方向へと歩いて行く。これが終われば、今日は久しぶりにベ  
ッドで熟睡できる筈だ。しかも、この街には大きな温泉が湧いてるそうで、ほ  
とんどの宿屋には露天風呂や大浴場が備え付けらしい。風呂に入る機会など、  
それこそこちらの世界に来てからほとんど無かった。  
出来るとしても、濡れたタオルで体を拭いたり、川で水浴びする程度。この機  
会を絶対に逃す事は出来ない。  
達哉は鞄の中からこの街の地図を取り出すと、この付近の酒場をチェックする。  
そして一番近くにある酒場を目指して、足を速めた。  
 
 
 
 
× × × ×  
 
 
 
 
「はぁ、この瞬間こそ至福の時だな」  
 
一人でのんびりと酒を飲んでられる。その幸せを噛み締めつつ、オルスはホッ  
と一息ついた。できればレナたちが着くのは、あと1日くらい待って欲しい気  
分だ。もう2週間近くミリアルドと2人っきりで仕事に就いていたので、ここ  
まで癒される時間など、一時も無かった。  
こうやって酒場のカウンターで頬杖をついて一人で酒を飲んでられる、その時  
間を少しでも多く味わっていたい。どうせレナたちが来れば、勝手に待ち合わ  
せ場所から移動した事をどやされるのだろうし。ミリアルドからもしつこく小  
言を言われる事も予想できるし。  
 
「・・・!」  
 
そんな事を考えていると、自分の近くに誰かが近寄ってくるのに気付いた。コ  
ツコツと言う規則正しい足音がオルスに近付いてくる。それは間違いなく自分  
を目指して近寄っている事が、音の方向やら背中に感じる視線やら諸々で感じ  
取る事が出来た。この街に自分を知っている相手はいない筈だが、何故こうし  
て近付いて来るのだろうか。  
オルスはそれを考えながら、バーカウンターに立て掛けられている槍を掴んだ。  
 
「えと、あなたがオルスさんですか?」  
「・・・相手に尋ねる時は、自分から名乗れ」  
 
名を呼ばれた事で、オルスは一層警戒を強めた。裏ではそれなりに名の通って  
いると言う自負はあるが、普段は待ち合わせにも使わないような、小さな村に  
知ってる奴がいるとは考え難い。  
そしてオルスが振り向くと、疑問は更に膨れ上がった。自分を呼ぶ声の主は、  
ヒトだったからだ。ヒトに名を知られるような機会は、オルスが今まで生きて  
きた中で、数えるほどしかない。しかも、今会っている相手はオルスの知らな  
い相手だ。記憶を掘り返してみるが、会った事は一度も無い。  
オルスが不機嫌(傍から見ればそう見える)そうな表情で思考を巡らせている  
と、素直な相手のようで、オルスの言う通りに自己紹介を始めた。  
 
「僕は達哉と言って、“蛇足” に入れて貰える事になったので、それで挨拶をと・・・」  
「ふざけるなっ!!」  
 
酒場の中に、オルスの怒声が響いた。ガヤガヤと騒々しくも和やかだった場の  
空気が一気に凍り付き、酒場の中がシンと静まる。布に包れていた槍はいつの  
間にかその刃を煌かせて、達哉の喉元に向けられていた。突然の出来事に達哉  
は反応しきれずに硬直していた。まさかいきなり刃物を向けられるとは思って  
いなかったし、オルスの腕の動きを追いきれる動体視力も、ヒトである達哉は  
持ち合わせていなかった。  
何がそこまでオルスを怒らせているのか、達哉は分からないまま呆然と立ち尽  
くしている。  
 
「貴様のようなのが、軽々しく口にして良い名ではないんだよ」  
 
槍の先っちょで喉を少しだけ突付かれた。血が一筋流れ、槍を伝って行く。ま  
さかこんな目に遭うとは、夢にも思っていなかった。どうやってこの状況を抜  
け出すか必死に考えた。イヌ科動物の弱点は鼻面で、そこを強打されれば簡単  
に倒せるらしいが、こんな相手に戦いを挑むほどバカじゃない。  
どうせ死ぬならこんなコワモテのむさい男に殺されるんじゃなくて、実年齢が  
外見年齢と合致するクユラの胸の谷間とか、妖艶な魅力漂う20代半ばの女性  
の胸の谷間とか、90代になってから老人ホームのベッドの上で眠ってる間に  
ポックリとか、そんなのがいいのに。  
とにかく、その他諸々あってこんなところで死ぬわけにはいかない。と言うよ  
りもただ死ぬのが嫌なだけだ。誰だってそれは嫌な筈だ。達哉はこの状況を切  
り抜けるための唯一の方法は、会話の交渉だけだと悟り、オルスの誤解を解こ  
うと話し掛ける。  
 
「僕は、元の世界から落ちてきたばかりのところをレナさんに拾われたんです。  
医療の心得があって、レナさんも丁度良いって言っていました。  
今はミリー君とあなたがさっきまでいた喫茶店で待ってます」  
「・・・・」  
 
槍を喉元に突き付けられて、両腕を挙げながら達哉が言った。その達哉の言葉  
にオルスは依然として疑わしそうな表情を向けつつも、半分ぐらい達哉の言い  
分を信じ始めている。ミリーと言うミリアルドの愛称を知ってるのは、“蛇足”  
のメンバーぐらいのものだ。部外者が知ってるとは考え難い。  
それを目の前の“タチヤ”と名乗る人間は言ったのだし、信憑性は高い。そし  
てオルスとミリアルドが、さっきまで喫茶店にいた事も知っている。そして何  
よりも、このヒトがレナに対して敬意を払っている事が、言葉の中に感じ取る  
事ができた。  
 
「分かった。すぐに行くぞ」  
 
オルスは槍を下ろすと、また槍を布に包んでバーカウンターに立て掛ける。周  
りの客はそれを合図と言わんばかりに一気に騒ぎ出した。今さらだが、あんな  
話しを人前で堂々として良かったのだろうかと、達哉は不安になってしまう。  
挙動不審になりながら辺りを見回していると、それを察したオルスが達哉に言  
った。  
 
「気にするな。意味が分かる筈が無い」  
「あ、そうですか・・・・」  
 
オルスの答えに納得したように相づちを打ちながら、達哉はオルスを上目遣い  
で見た。オルスの身長は2メートルを超えていて、達哉と比べてずっと大きい  
のだが、その所為で話す時に上を見上げなくてはならない。しかしオルスから  
威圧的な視線を向けられて見下ろされると、どうしても怖いと思ってしまう。  
 
(ガルナはこんな相手をオッサン呼ばわりしてんのか……。  
ミリー君も思いっきり呼び捨てにしてたし、分からない・・・・)  
 
何と言うか、ゲームやアニメにでてくるような、典型的な傭兵と言った風貌を  
している。顔に大きな傷、隻眼、荒々しい態度、そしてビックリするほど血の  
気が多い。本当にそれっぽい相手だ。  
しかし、そこまでそれっぽいヤツならばきっと、実は人情深い性格とか、仁義  
に厚い熱血漢だったりとか、そんな隠れた性格を期待しても良いかも知れない。  
達哉はそんな事を考えて、もう一度だけオルスに話し掛けた。  
 
「あの・・・、よろしくお願いし……」  
「ウソだったら、貴様の思惑を全て吐かせた後、俺が殺してやるからな」  
 
言い終わらない内から自分に向けられた言葉に、達哉は冷や汗を流して身震い  
した。やはり今まで会った誰よりも怖い。こちらに来てから最初に会ったオオ  
カミの傭兵たちなんかとは、比べ物にならない。全身の雰囲気が洗練されてる  
と言うか、場数を踏んだだけのオーラを纏っている感じがする。  
それはレナやクユラもある意味で同じだが、オルスの場合はコワモテの外見が  
それをさらに引き立てていた。それに状況が状況だから仕方ないが、オルスは  
達哉に向かってプレッシャーを与え続けている。視線や態度などその方法は様  
々だが、その効果は絶大で達哉は軽く震えてさえいた。  
しかし、達哉の反応にオルスは分からなくなってしまう。オルスの名を知って  
いる者の中で、これほど威圧的な態度を取られて逃げ出さないヤツなど、数え  
るほどしかいない筈だ。ましてヒト奴隷など武器や魔法を使わなくても一瞬で  
ケリが付く。  
オルスを騙そうとしているのなら、絶対にこのプレッシャーに耐えられる筈が  
ない。そう思うのだが、かと言って初対面の相手を信用する事など出来るワケ  
がない。結局考えても切りがない問題なので、オルスは細心の注意を周囲に向  
けながら、酒場の外へと足を進める。  
 
「あ、待ってくださ」  
「あまり俺に近付くな。  
ただでさえ寿命が短いクセに、さらに縮める気か?」  
 
後ろから、慌てた様子で達哉が追い掛けてきた。ヒトならば背後を取られよう  
とどうにでもなるが、後ろから近寄られるのもいい気がしないので、オルスは  
そう言って達哉に脅しを掛けた。  
効果はてき面で、達哉はオルスの半径3メートル以内に入ろうとしない。これ  
だけ距離があれば、よしんば短銃や呪符を持っていようと、そんなモノで手傷  
を負うつもりはない。それにヒトが相手ならば、取り出す前に首を刎ねる事も  
容易い。  
それにしても、もしも達哉の言う事が本当ならば、ヒトを“蛇足” に入れる  
レナの気が知れない。医者の心得があると言っていたが、直接命に関わるよう  
な怪我を負う事などオルスには無い筈だ。ましてそれほどの困難な任務にヒト  
が同行できるとは考え難い。考えれば考えるほど、達哉を仲間として受け入れ  
た理由が思い付かない。  
ヒト奴隷の最もポピュラーな利用法だろうか、色恋沙汰に縁の無いレナはとも  
かく、クユラはいつだったかヒト奴隷が欲しいと言っていた記憶がある。しか  
し達哉を拾ったのはレナだと言う話しだし、もしかするとレナの一目惚れか何  
かだろうか。  
 
「……いくらなんでもそれは有り得ないか」  
 
酒場の外へ出て、レナの匂いがしないか鼻をクンクンと言わせつつ、オルスは  
苦笑した。しかしその表情は達哉から見ればどう見ても笑いとは見えない代物  
で、意地の悪そうなその顔に達哉は身震いした。  
待ち合わせの場所はここから風下なので、レナたちの匂いはする筈が無い。だ  
が、何故かレナの匂いを近くに感じた。微かに匂うそれの匂いを辿っていくと、  
その匂いを放つのは達哉だった。さっきまでは酒場の酒臭さに邪魔されて匂わ  
なかったようだ。  
 
「どうやら本当の話しらしいな」  
「え、信じてくれるんですか?」  
 
達哉が付けている首輪から、間違いなくレナの匂いを感じた。それだけでなく、  
全身からさっきまでレナに抱えられていたかのように、レナの匂いを発してい  
る。もしかしてレナは本当にこのヒト奴隷を愛玩具として側に置くつもりなの  
かも知れない。レナの意外な一面を見たような気がして、オルスは唖然として  
しまう。  
そんなオルスの動揺を達哉が知るよしもなく、話しを信じてもらえた事に嬉し  
そうな表情を見せた。話せば分かる相手なのだと、自分を信じてくれた理由も  
分からないまま、自身に交渉の才能があるのではと、一人思ってみたりする。  
 
「じゃ、早く行きましょうか。  
みんなを待たせるのも気が引けますしね」  
 
そんな気の緩みからか、達哉はオルスにそんな場を仕切るような事を言っての  
けた。オルスの隻眼がギラリと光を放ち、次の瞬間にはオルスの拳骨が達哉の  
後頭部へ飛んだ。  
 
「うぁあいたっ!?」  
「調子の乗るのもいい加減にしろ。  
自分の立場が確定した瞬間、手の平返したようにはしゃぎやがって」  
 
オルスは相当に加減したつもりだが、ただでさえヒトの達哉が、この世界の住  
人の中でもかなり上の腕力を持ったオルスに殴られたのだ。これまで受けたど  
んな拳骨よりも痛かったのは確かだ。もっとも、平和馴れした日本の中で典型  
的な優等生だった達哉が、誰かに拳骨される機会などそう無かったのだが。  
達哉は後頭部を両手で押さえながらしゃがみこみ、目尻に涙を浮かべてその痛  
みに耐えていた。しかし、オルスは立ち止まってはくれずにさっさと先に進ん  
でいる。達哉は歯を食い縛って立ち上がると、走ってオルスを追い掛けていっ  
た。  
 
(やっぱりあの人って怖いよ。あーヤダヤダ)  
 
口に出して文句を言う勇気など有る筈もなく、またも心の中で不満を漏らした。  
早くレナとミリーが待っている喫茶店に向かわなくては。思ったよりもオルス  
を探すのに時間が掛かったし、案外クユラとガルナももう来ているかも知れな  
い。最後に見たガルナはかなり息が上がっていたが、あそこからあのまま走ら  
されてるのなら、どんな顔で待っているか楽しみだ。  
 
 
 
 
 
    ×    ×    ×    ×    ×  
 
 
 
 
 
「ゼェーハァー・・・、つ・・・、疲れた……」  
「が、ガルナ、ホントに疲れてるだけかい?  
医者じゃなくても、絶対に苦しそうに見えるよ」  
 
達哉とオルスが待ち合わせの場所に着いた時、やはりもうクユラとガルナの2  
人はレナたちに合流していた。達哉の予想通り、ガルナは今にも失神せんばか  
りに消耗しきっており、着いた時にはクユラに引き摺られていたらしい。  
今も口を大きく開いて細長い舌を垂らしながら、テーブルに突っ伏して肩で息  
をしている。余程疲れたのか、たまに咳き込んだりしていた。達哉もそれを心  
配して気遣うが、ガルナ本人は疲れただけだと言っているし、ヒトと同じ尺度  
で考えるなと、他のみんなも言っている。  
しかし、ガルナはそんな(あくまでこの世界の中での話しだが)人間離れした  
身体能力は持ち合わせていない。レナもオルスもあくまで例外なのだ。そんな  
中に比較的一般人に近いガルナがいては大変だろう。  
少なくとも、ミリアルドは飛ぶ事が出来るのだし、クユラは道具を使って移動  
する事ができるのだから。達哉がガルナに向かって同情の視線を向けていると、  
レナに肩を叩かれて我に返った。慌ててレナの方に向き直り、次に出てくる言  
葉を待つ。  
 
「それじゃ、今日はこの街に一泊するわ。  
オルスとミリアルドが泊まっていたところがあるでしょう。  
温泉付きだと嬉しいところだけど、どうかしら?」  
 
田舎の村で唯一の観光スポットが温泉だったり、よくある話しだなと達哉は思  
った。昔、そんな感じの小さな村へ家族旅行で行った事が会ったと思う。ロク  
にTVも見れない生活に初日で嫌気が差し、見たかったアニメも見れずに泣い  
ていた記憶がある。  
そんな懐かしい記憶を思い出しつつも、達哉は現実的な問題に歓喜の表情を浮  
かべた。これまでの道程で、靴擦れは起こるし足にマメは出来るしで、随分と  
苦しい思いをするハメになった。しかも連日歩き通した所為で、足が慢性的な  
筋肉痛の状態だ。  
それでなくても体中に疲労が溜まって、あちこちの間接がギシギシと悲鳴を上  
げている。達哉にとってレナの提案はとてもありがたいものだった。しかし、  
オルスとミリアルドの2人は不服そうな様子でレナの話しを聞いていた。そし  
てオルスが、その不満をレナに伝える。  
 
「待て。俺とミリアルドは、もう5日もここで待ち惚けを食らってるぞ。  
早くアジトへ帰って、次の仕事を引き受けたいんだがな」  
「だったら1人で帰りなさい。私とクユラはともかく、  
そこの2人を見たらこのまま出発だなんて言えないわよ」  
 
オルスの言葉に応えながら、レナは達哉とガルナを指差した。そこにいたのは、  
目を潤ませながら、期待を込めた目でレナとオルスを見詰める2人の姿だった。  
意地でもここに居座ると言わんばかりにテーブルに抱き着き、「行かないで」  
と目で訴えかけている。このまますぐにここを立ち去ってしまうなど、疲れき  
った達哉とガルナには耐えられない事だった。  
せめて一泊はしないと、次の街まで歩き続けるなんて無理な相談だ。しかし、  
そんな達哉とガルナを見ながら、オルスが呆れたような表情で言った。  
 
「なあ、そもそもこいつら、特に達哉は何でここにいるんだ?」  
 
女々しい態度の2人を睨み付けながら、これ見よがしにそんな事を聞く。このよ  
うな経験は、ガルナはもう慣れてしまっているが、達哉はそれを真に受け、ギク  
リと言う擬音を立てて冷や汗を流している。  
 
「ガルナはあれね、これで結構役に立つところもあるじゃない。  
自分の身ぐらいは自分で守れるし、戦い以外の工作も手際が良いし・・・」  
 
レナがガルナを褒めているところを、達哉はあまり見た事が無い。それは偶然で  
はなく、本当にガルナが褒めてもらえる事などほとんど無いらしい。達哉の横で  
ガルナは少し震えて目に涙を浮かべていた。  
 
「わぁっ!姐さんてば感激っスよ!!!  
いつも扱いが酷くて不安だったんスけど、安心しt」  
「お前は黙っていろ」  
 
さっきまでの疲れは何処に行ったのか、ガルナは飛び上がって喜んでいた。だが  
オルスにギロリと睨まれてそんな事を言われると、たちまちの内に意気消沈して  
またテーブルに倒れ込む様にして突っ伏した。  
そんな一連の出来き事をレナは奇麗にスルーして、続きを話す。次は自分の事が  
話されるのだなと、達哉は意味も無く身構えてしまった。  
 
「それと達哉は、そうね。気に入ったからよ。  
医者だし家事も出来るって言うのもあるけど、  
それと前々から思ってたけど、ヒトが一人いた方がメリットが多いのよ」  
 
それを聞いて、なんとなく達哉は気分が落ち込んだ気がした。確かにメリットが  
あると言うのは嬉しいかも知れないが、達哉本人によるものではなく、あくまで  
もヒトだからのメリットなのだから。達哉が売りにしてた、医者と言う職業と、  
家事の技能はあくまでオマケ程度の扱いだ。  
現実逃避も兼ねてヒトのメリットと言うのを考えていると、ここまで傍観を貫い  
ていたクユラが、口に出してもいないのに何故かそれを察して、ヒトを仲間に入  
れる事のメリットを、前と同じく何処からか取り出したホワイトボードを使って  
説明してくれた。因みにミリアルドは、先ほどからずっとマンガの本に夢中にな  
っていて、話しに加わろうとすらしていない。  
 
「まずですね、ヒトと言うのはこの世界でも貴重な存在ですから、  
誰かに対して近付く必要があるとき、“貢ぎ物” とでも称して、  
密偵として遣わせたりできますのよ」  
 
クユラが指差し棒でホワイトボードをポンと叩くと、達哉が檻に入れられて、犬  
人の女性にプレゼントされてる様子が浮き出てきた。自分が売り買いされている  
絵と言うのは、想像以上にシュールな感覚だ。ブラックユーモアは結構好きだが、  
こんなのは余り笑えない。  
どんな顔をすれば良いか分からず達哉が苦笑していると、またクユラが指差し棒  
でホワイトボードを叩いた。そうすると、再度そこに描かれている絵が変わった。  
今度は、達哉が手紙を伝書鳩に付けて飛ばしている後ろで、犬人の女性が寝てい  
る絵だ。  
 
「ヒトと言うだけで大抵の人間は油断してくれますし、  
そうなればこっそり情報をやりとりするのも容易い事ですわ。  
世の中には、政治家を傀儡にして贅沢三昧してるヒトだって存在しますのに、  
なんで皆さんはいつまでもヒトを甘く見てるのか、  
わたくしには理解に苦しむ事ですわ。  
いつまでもこの調子なら何千年か先に、  
この世界をヒトに乗っ取られてしまっても文句は言えませんことよ」  
 
最後の方では、クユラの口調は半ば嘲りを含んでいた。その嘲りの対象は、安穏  
と暮らすのんきな人間に向けられたのか、それともそんな事態を傍観するクユラ  
自身へと向けられたのか、どちらにせよゾッとする冷たいものを、その笑みの中  
に秘めていた。  
達哉は一瞬それに鳥肌を立てたが、すぐに気を取り直してクユラの言葉を頭の中  
に反復させた。それはつまり、いつか分からないが自分がそんな仕事をさせられ  
る事になるのだろうか。出来れば願い下げしたいところだが、断れば自分はここ  
に居てはいけなくなるのだろう。必要とされるから居場所があると言うのは、ど  
この世界に居ようと絶対に変わらない世の中の法則なのだから。  
 
「・・・うん、ありがとう。  
僕がここに連れてって貰えた理由が、やっと分かったよ」  
 
達哉は力無い笑みを浮かべながらクユラの説明に対してのお礼を述べるが、誰の  
目にも達哉がダメージを受けている事は明らかだった。しかし、強がって笑顔を  
作れるだけまだマシだ。レナは達哉の表情をチラリと伺うと何かを言おうとした  
が、何も言わないまま口を噤んだ。  
達哉とて、これくらいの事で慰めてもらうようでは、この先のためにもならない  
だろうし、何よりも今この場で達哉を慰めるのが、何処か照れくさい気がしてな  
らなかった。それは、レナの恋愛経験の稀薄さに寄るところが大きかった。  
場に居心地の悪い雰囲気が蔓延する。苦しい笑みを浮かべるコウヤに、それを愉  
しんでさえいそうなクユラ。まだマンガを読んでいるミリアルド。この手の面倒  
事には顔を突っ込みたくないらしく、だんまりを決め込んでいるオルス。そして  
達哉に掛ける言葉が見付からず、内心の焦りを表に出さないで居る事に精一杯の  
レナ。しかし、その雰囲気を打ち壊せる人材も1人だけ残っていた。  
 
「まあまあ、さっさと宿屋へ行って温泉浸かって、  
美味しいもの食べて寝た方がいいっスよ。  
こんな重苦しい雰囲気は俺、苦手っス!  
それにホラ、タチヤはタチヤだから拾って貰えたんスよ。  
ヒトだからってのが有っても、  
タチヤはヒトだって事のメリットを、理解して使いこなせるから拾われたんス!」  
 
ガルナが達哉の背中をパンパンと叩きながら、いつも通りの笑顔でそう言ってく  
る。多少無理してる感が否めないが、それでも場の雰囲気を打ち壊すには十分な  
効果を発揮した。  
 
「そっか。それもそうなんだよな。  
僕も仲間に入れて貰えたからには、それなりの資質があるんだよ」  
 
ここぞとばかりに達哉も便乗し、白い歯を見せ付けるような笑みを浮かべつつ、  
調子に乗った発言をする。その笑顔からさっきのような暗さは消え去りはして  
いないものの、随分と緩和されていた。  
 
「そこ調子に乗ったらダメね。おまえはまだ新米なのよ。  
役に立ちたかったら、せめて感情を表に出さずに  
いる事ができるようになりなさい」  
「うへぇ・・・それ自身無いですよ」  
 
考えてる事を隠すつもりも無い達哉は、情けない声で頭を垂れた。レナはそれ  
を見て笑ってしまいそうになるが、それを必死で堪えて平静を保とうとする。  
だが、耐えられなくなってついつい顔に笑みが浮かんでしまう。最後には我慢  
するのも面倒に感じて、堪えるのを止めてしまう。  
 
「フフフ、ハハ、・・・・ほら、拾ってきて良かったでしょう?  
少なくとも、これだけ楽しい思いができれば言う事無しだわ」  
 
オルスとクユラに目配せをして、レナはそんな事を言ってしまう。本来ならば  
傭兵としてどうかと思う発言だが、今の雰囲気はその発言にも違和感を与えな  
い。ちょっとした事で随分と急変するものだ。  
オルスとクユラはと言うと、特にオルスがだが、急変した場の雰囲気に付いて  
ゆけず、置き去りにされている。クユラは比較的すぐにその場に合わせる事が  
できるが、オルスは頑固で融通が利かないところもあり、相手に会わせて自分  
を変えると言うのは苦手分野以外の何物でもない。ただ、少しくらいなら達哉  
というヒトを認めてやっても良い気分になってきた。少なくとも、嫌な性格を  
した相手ではない事は確かだし、中々こちらを笑わせてくれるのだから。  
 
「まあ、中々の拾い物かもな」  
 
人差し指で耳の裏をポリポリと掻きながら、オルスは達哉を見て言った。もう  
随分と長い間、感じの良い青年になど会ってなかった。こういう職業に就いて  
いると、他人との出会いを楽しめる事が少ない。だが、たまにはこういう面白  
い出会いもあるものだと、少しだけ嬉しくなった。  
そんな会話を繰り広げつつ、一行は宿屋へ足を進めた。その宿屋は今いる場所  
から少し遠い様で、途中の交通機関を使っても40分ほどの時間を要してしま  
った。  
 
「うわぁ、オルスさんも随分ボロっちいところ借りるなぁ・・・。  
こんな寂れまくりの宿屋、元の世界でも見たこと無い・・・」  
「実際に潰れてるんだ。ここは。  
温泉の規模も小さいし、建物自体もみすぼらしいしな。  
売りに出されてたのをを貸し切って、ここ数日ここに泊まっていたんだ。  
買い手も付かない物件だが、格安で借りられる」  
 
温泉付きの宿屋に泊まれると聞いてやってきたのは、街の端っこにある古ぼけ  
た建物だ。元々は宿屋として経営されてたらしいが、いたるところに温泉の湧  
くこの街では、こんなみすぼらしい宿屋がやって行ける筈も無く、あっさりと  
潰れて売りに出されていたそうだ。  
達哉が露骨に嫌そうな表情をすると、オルスが説明して、「諦めろ」とばかり  
に経緯を説明してくれた。お金があるならもっと高いところに泊まろうと言い  
たかったが、新米の分際でそんな事も言えず、達哉は黙るしかなかった。  
周りを見ると、レナとクユラとガルナの三人も、露骨に失望の表情をしていた。  
特にクユラは凄まじく失望しているようで、汚らしいモノを見るような目で、  
建物を見ている。そしてとうとう、達哉の言いたかった台詞を代わりに言って  
くれた。  
 
「こ、こんな古臭くてみすぼらしい宿屋など、わたくし耐えられませんわ!!  
わたくしは一人で高級ホテルに泊まってきます。  
お金は自分で払いますし、それでいいでしょう。  
わたくしは醜く劣化したものが何よりも嫌いだと、  
貴方たちも知っているでしょうに、  
こんな宿屋で十分だなんて考えられるなど、  
わたくしに対する侮辱としか思えませんことよ!」  
 
そう言って、誰かの返事を聞く事も無くクユラはその場を立ち去ってしまった。  
達哉は追い掛けようと思ったが、レナに服を捕まれて止められた。振り返って  
レナの方を見ると、困ったように顔を横に振って言った。  
 
「いいのよ。止めて戻ってくる相手ではないし、  
無理に呼び戻そうとしたら、タチヤ程度は返り討ちよ」  
「・・・・それもそうですね」  
 
レナの言葉に達哉は納得してクユラを追い掛けるのを止めた。よっぽど不満だ  
ったらしく、達哉が呼び掛けたところでどうこうなる問題ではなさそうだ。割  
と冷静に見えるクユラだが、意外なところで怒りだすものだ。  
 
「それよりもさ、今日は早く寝ようぜ。  
明日出発なんだろ、もうこの街は飽きたし、楽しみだよ」  
「はいはい、ミリーは一人部屋で寝れるように  
なってから発言した方がいいっスよ」  
「か、カンケーないだろ!!それに俺は一人でも寝れるかんな!!」  
 
クユラの後ろ姿をなんとなく見詰めていると、ミリアルドがそう急かしてきた。  
やはり暇を持て余しているようで、退屈そうな表情であさっての方向を向いて  
いた。  
そんなミリアルドをからかうように、ガルナはワザとミリアルドの嫌がる名を  
呼んで、更にミリアルドが触れてもらいたくないであろう部分に、土足で上が  
りこむような事を言ってのけた。  
当然ミリアルドは顔を赤くしながら見え見えの強がりをする。しかし図星を突  
かれて動揺しているのは誰に目にも明らかで、もはや微笑ましいくらいに子供  
らしい反応をしてくれている。  
 
「いーから早くいこーぜ!!!」  
 
ミリアルドが一人で建物の中へと駆けてゆく。苦笑しながら他の大勢もそれを  
追い掛けていった。  
 
 
 
 
 
× × × × × ×  
 
 
 
 
(あれ・・・・ここはどこだろ?・・・・)  
 
気が付くと、見覚えのあるような無いような、懐かしくも恐ろしい空間の中に突  
っ立っていた。そこに居たいとも思うが、一刻も早くそこから抜け出したいとも  
思う。そんな自分の心の動きを理解する事が出来ない。  
 
(・・・なんか怖い。・・・気持ち悪い)  
 
全身に鳥肌が立つような感覚を覚え、この場から逃げ出したい衝動が、そこに留  
まりたい衝動を遥かに上回った。達哉はすぐに走ってそこから逃げ出そうとした。  
長い長い廊下を走り続けていると、その先にドアが見える。何も考えずにその扉  
のドアノブを握って捻る。ぎぃーっと音を立てて扉は開き、達哉は更にその先へ  
駆けていった。  
しかし逃げていた筈なのに、達哉の一番見たくないものがそこにある。  
 
(なんだよ・・・コレは)  
 
達哉の目に入ってきたのは、あの日の光景。院長室で父親から暴行を受けている  
達哉自身の姿。達哉が唖然としてその光景を見ている内に、父から暴行を受けて  
いるもう一人の達哉が床に落ちているカッターナイフを掴んだ。  
あの時の光景が再現されるのかと思うと、達哉はどうしようもなく気持ち悪くな  
り、現実感のまるでない脆弱な世界に、現実以上の恐怖を感じて立ちすくむ。な  
んの反応もできずにいると、もう一人の達哉は持っていたカッターナイフで父親  
を刺した。  
それで正気に戻った達哉が駆け寄ろうとした時、今度はペーパーナイフを握った。  
達哉は必死で駆け寄るが、間に合わずにもう一人の達哉はペーパーナイフを振る  
う。同時に父の断末魔が聞こえ、吐き気がするほどの悪寒が全身に走った。  
 
「・・・・ッ!!!……夢か」  
 
次に気が付いた時には、自分に割り当てられた部屋の床の上に寝転がっていた。  
せっかく忘れようとしていた記憶がまた蘇った感覚に戦慄を覚え、全身がガクガ  
クと震える。  
震える体を鞭打って立ち上がると、この部屋のベッドを占領しているミリアルド  
の姿が目に入った。何故こんなところで達哉のベッドを奪っているのか思い出そ  
うとし、すぐに答えを思い出した。  
『タチヤが一人では眠れないだろうから』とか言ってズカズカと入ってきたのだ  
った。恐らくレナにもオルスにも部屋に入れて貰えなかったが、ガルナと相部屋  
というのも嫌で、消去法で残ったのが達哉だったのだろう。  
 
「ミリー君も寝顔はナマイキじゃないんだね。て当然か」  
 
大抵の動物の寝顔は可愛いモノだが、鳥の寝顔も中々の可愛い。まあ大きくなっ  
てしまえば、オルスのようにむさ苦しいだけの、ただの羽毛になってしまうのか  
も知れないが。  
ミリアルドの寝顔を少し覗くと、達哉は鞄を漁ってタオルと着替えを取り出して  
部屋を出て行く。結構な量の寝汗をかいてしまったので、ここについている温泉  
でサッパリしておきたい。  
寝る前に入った時は、ミリアルドが湯船で泳ぎ出したり、ガルナがのぼせたり、  
オルスの傷だらけの身体を見て驚いたりで、あまりくつろぐ事ができなかった  
し、明日にはこの街を発ってしまうのなら、今の内にもう一回くらい湯船に浸か  
っておかなくては。  
 
「夜中に起きた時1人になってても、泣いたりするなよ?」  
 
音を立てない様にゆっくりとドアを閉めながら、達哉はボソリとそう呟いた。ミ  
リアルドを起こさない様に気を遣いつつ、足音を立てずに廊下を歩き、階段を下  
ってゆく。  
それなりに長い距離のある廊下をずっと行った先に、露天風呂があった。やっと  
着いたと溜め息を吐きながら扉を開けて脱衣室へ入って行く。ここの露天風呂は  
男女兼用だが、貸し切りだしこの真夜中の時間帯なら遠慮は要らないだろう。  
 
「フンフ〜ン♪」  
 
ドラゴンクエストのテーマをハミングしながら、服を脱いでゆく。今度はタオル  
を腰に巻いたりはせず、生まれたままの姿で温泉へと向かっていった。たまには  
誰にも遠慮せずに、こういう自分だけの時間も必要だ。  
天然温泉から出る独特の匂いを持った湯気を大きく吸い込んで深呼吸し、ここに  
来る途中に街の雑貨屋で買った桶を使って、お湯を頭から被る。辺りにはザパァ  
と言う音が響いた。少し熱めのお湯なので、最初に馴らさないと入る時に辛い。  
 
「はぁ・・・・極楽だなー」  
 
足から少しずつ湯船に浸かってゆき、肩まで浸かったところでそう漏らした。や  
はり風呂と言うのは、日本人にとって心休まる場ナンバー1だなと、ふにゃけた  
表情でそんな事を思った。  
歌でも一曲歌いたいような気分になりながら、温泉の中から突き出る大きな岩に  
背をもたれて全身の力を抜いた。こんなに心から脱力できる事など、この世界に  
来てからは滅多に無い事だ。今の内に思う存分味わっておかなくては、後で後悔  
する事は確実だろう。  
 
「はあ、やっぱり一人で入る風呂が一番落ち着くかな・・・・」  
「まったくね。でも邪魔をされてしまったわ」  
 
達哉が頭上に広がる星空を眺めてそう呟くと、一人しかいない筈なのだが、達哉  
の言葉に返事があった。慌てて立ち上がって辺りを見回すが誰もおらず、どうな  
ってるのか分からず混乱しそうになってしまう。  
そんな達哉の様子が面白かったのか、今度は笑い声が上がった。その声を聞いて  
ふと気付いたが、それは達哉にも聞き覚えのある声だった。と同時に、女性が同  
じ空間にいると思った瞬間、急に恥ずかしくなってしまう。  
 
「れ、レナさん!意地悪してないで出てきてくださいよ!!」  
「出ていっていいの?2人とも裸よ」  
「あ、それは・・・!」  
 
慌てている所為で忘れていたが、ここは露天風呂で2人とも裸だ。女性相手に何  
を言ってるのだと、達哉は無性にやりきれない気分になり、また湯船の中に体を  
沈めていった。鼻の直ぐしたまで湯船に浸かり、口でブクブクと泡を作る。その  
行動を見ていたかのように、もう一度レナの笑い声が聞こえた。  
今度はその声の聞こえる方向が達哉にも感じ取れた。さっきまで自分が寄り掛か  
っていた岩の裏側にいるようだ。  
 
「やっぱり、タチヤは面白いわ。  
タチヤのように純真な男って、滅多にいないと思うのよ」  
「な、何を言ってるんですか。僕なんか最低のヤツですよ」  
 
レナから向けられた予想外の言葉に、達哉は照れ隠しも含めてそんな風に返した。  
だがそれ以上に、自分がそんな言葉を受けるのに相応しい人間には思えなかった  
事がある。言葉の最後の方が少し自嘲気味になってしまったが、それでもいいや  
と達哉は黙ってしまう。  
レナは、達哉の反応に何かあるなと思いつつも、しかしその達哉の様子に何か危  
ういものも感じた。そう言えば初めて会った時、元の世界に帰りたくないと話し  
ていた。それも関係があるのだろうか。悪いとは思いつつも、好奇心を抑える事  
ができず、レナは達哉に尋ねてみた。  
 
「そうかしら。私が今まで見た中では、  
タチヤのように好感が持てる男は、そういなかったわ。  
自分が最低だという理由が、何か有るの?」  
 
そのレナの質問に、達哉は何か返す言葉はないかと、必死に考える。本当の理由  
を言うのが怖くて堪らず、ウソでもいいからこの場を切り抜けたい。しかし中々  
次の言葉が見付からず、時間だけが経っていく。  
達哉は結局、黙って時間が過ぎるのだけを待つ事にした。そうすればレナも最後  
には諦めるか飽きるかするだろうと思っての事だ。しかし、重苦しい雰囲気を残  
したまま、時間はゆっくりと流れて行く。  
その時間の流れの遅さにイライラしていると、不意に後ろで温泉からあがる音が  
聞こえた。そのまま音は達哉の方へ近寄ってきて、真正面まで移動すると、達哉  
のうつむいた顔に両手を添えて、無理矢理に上を向かせた。  
 
「話し難いなら話さなくていいわ。でもあまり感心はしないわね」  
 
レナの言葉が達哉に届いているのか、ハッキリ言って微妙だ。なぜなら達哉の目  
にはレナボディラインが現在進行形で焼き付いている途中なのだから。普段なら  
毛皮に包まれている所為で目立たないが、今は温泉に入っていた所為で身体のラ  
インに毛が引っ付き、芸術的とも言える身体のラインをハッキリと見る事が出来  
た。  
これで全身がヒトと同じような柔肌なら言う事無いのにな。意外に冷静な達哉の  
脳内で、そんな声が聞こえた。しかし冷静でいられたのは最初の数秒だけ。その  
後、時間が経つと共にどんどん顔の色が赤みを帯びてくる。  
それを分かっていて、レナは達哉の顔に添えた手を離さない。くっくとのどで笑  
いながら、達哉の頬から顎にかけてを指でなぞった。毛皮で包まれた指先はむず  
痒いようなくすぐったいような微妙な感触で、快感というには心地良いとは言え  
ず、不快と言うには嫌悪感も無い。  
 
「なななな、ナンデスカ・・・?」  
「フフフ、別になにも。ただ、タチヤの反応が面白くて」  
 
達哉を見下ろしながらそう言ってくるレナに、一抹の薄ら寒さを覚えた。達哉の  
ような一般的な大学生(元)が、年上のお姉さんから温泉でこんな事をされるよ  
うな経験など、ある筈が無い。それを知っているかどうかは分からないが、どち  
らにせよ達哉には少々刺激が強い。  
無理矢理でもそっぽを向いてしまいたいのだが、この状況を少しだけ美味しいと  
感じてしまっていて、今は達哉の頭の中で2つの感情がせめぎ合っているところ  
だ。  
その一方で、レナの方も自分が何故こんな事をしてしまっているのか、自分自身  
の感情が、どうにもよく分からなくなってしまっている。実はレナには男性経験  
は2度か3度ほどしかなく、この手の感情を自分で推し量るのはどうにも苦手だ。  
 
「な、なんでもって・・・・。  
そんな態度を取ってたら、僕が本気にしても知りませんよ」  
 
なんとか視線だけでもあさっての方向へ向けながら、それでもまだレナの胸元を  
チラチラと見てしまいそうになるのを堪え、達哉はそう言った。昼間、自分とい  
う個人の無価値さを自覚した後でもあったし、どこかでそれを期待していた。  
レナは達哉の言葉に、一瞬だが目を丸くした。まさかこんな大胆な事を言ってく  
る相手だとは思っていなかったし、そう言われた後の返答も見付からない。こん  
な格好をしていては、どんなに毛並みに艶を出そうがスタイルが良かろうが、モ  
テるなんて事はない。  
幼い頃『男みたいだ』とよく言われた。女性で半獣の外見をしている人間などは  
そういうのが多い種族を覗いて滅多になく、男性のマダラが生まれる可能性より  
も更に少ない。だから偶にそういった女性が生まれると、そんな嘲りの対象とな  
ってしまうのは当然の流れだ。マダラの男性のように“中性的な魅力”とかそう  
いうのを売りにしてモデルになるような事もなければ、良い意味で注目を集める  
ような事も無い。  
 
「そうね。本気にしてもらえたら嬉しいかも知れないけど、  
冗談はほどほどにしておかないと、身を滅ぼすわよ」  
 
レナは達哉の耳をつまんで軽く引っ張りながら言った。精一杯、表情を平静に保  
つ努力をしながら、内心での動揺を悟られないよう祈る。達哉に限ってそこまで  
鋭いと言う事は無いと思うが、こんな経験が今まで無かったので、安心して対応  
する事はできない。  
そしてレナの不安は適中した。達哉はレナの顔を黙って見詰めた後、思いっきり  
吹き出した。  
 
「くく…ッ…。……レナさん。尻尾がピンと立ってるし、表情もぎこちないですよ。  
なんかこういうところは、普通の女性と変わらないんですね」  
 
達哉に言われて、照れ隠しの為に下を向くと、水面に映ったのはいつに無く慌て  
ている自分の表情。その表情をなんとかしたいとは思うのだが、なんとかしたく  
てもなんともならない。慌てて達哉から顔を背けると、自分の尻尾を掴んで強引  
に緊張をほぐす。  
 
「い、今のは見なかった事にして。  
冗談でここまで反応しちゃったなんて、知られたくないの」  
 
動揺した口調で達哉に語り掛けてくるレナを、達哉は可愛いと思ってしまった。  
いつか動物園でライオンやら虎やらの診療をしてやるのが、子どもの頃からの夢  
だったなと、なんとなく懐かしい気分になる。  
今、達哉の目の前のライオンは、クールビューティを気取ってるクセしてどこか  
初心で、全てを達観したような事を行ってても、中身は意地っ張りなだけの普通  
の女性。ちょっと見た目が達哉の中の普通と言うか、この世界の中での“普通”  
からもちょっと外れてるだけだ。  
そして、こことは別の世界から来た達哉にとって、この世界での普通はどう見て  
も“異常” だ。レナのような外見の女性を見ても、それを珍しいとは知識で知っ  
ていても、思う事はそれだけ。  
そもそも達哉がこの世界に来て一番初めに会った女性がレナなのだから、最初の  
3日間くらいはこの世界の全ての獣人が毛皮やら羽毛やらウロコやらに包まれい  
て、ヒトのような柔肌の人類など誰もいないと思っていた。  
ようするに、達哉から見ればレナのような女性も、その他の“一般的” な“普通”  
の女性もそこまで大差があるわけではない。そして、達哉の心の声が叫ぶ。『今  
このまま放って置いたら、男が廃る』と。  
こちらに来てからは散々自分自身の無力さを思い知らされて、今さら廃る男もな  
いのではという疑問はあるが、心だけはまだヒトの尊厳は失っていない筈だ。  
 
「でもレナさん。僕から見てもレナさんは奇麗ですよ。  
そんな奇麗な毛並みをしてるのは、レナさん以外には知りませんし、  
レナさんみたいにカッコ良くって、強い女性も知りません。  
それに、レナさんみたいに優しい女の人も、今まで一度も会った事が無いですよ」  
 
最後の以外は女性に求める事じゃないかも知れないが、それでもレナのそんなと  
ころが気に入ってたりする。そして最後の一つは、達哉の本音だった。  
今まで何度か女性と交際した事もあったが、全員が達哉がお金持ちの子どもだと  
言う事を前提にアプローチしてくる相手だった。それが嫌だったし、それ以外に  
なんの魅力も持ち合わせていない自分がもっと嫌だった。  
 
「僕は、頼り甲斐のある女性が好みなんですよ。  
守るよりも守られたいタイプ」  
 
レナの背中に向かって、満面の笑みを浮かべながらそう言った。何か反応を貰え  
たらいいのだが、空振りだけは何としても勘弁して頂きたい。沈黙を保ったまま  
レナの返答を待っていると、不意にレナがこちらへ振り向いた。そして反応が貰  
えた事に喜ぶ暇も無く、手を掴まれて立ち上がらせられた。  
 
「そこまで言っておいて、冗談でしたじゃ済まないわよ?」  
 
そう言って意地の悪い笑顔を浮かべるレナの表情からは、完全にいつものペース  
に戻っているのが分かった。そしてそれはつまり、ここからはレナが絶対的優位  
に返り咲く事を意味していた。  
自分よりも少し背の高い獅子の両目を見詰めながら、もしかしてレナから怒号で  
も飛ぶのではないかと恐れてしまう。よく考えれば、リーダーのレナに随分な口  
を利いてしまったかもしれない。  
 
「そりゃ、冗談でそんな事を言う筈――ッ!!?」  
 
目を見開いた。こんないきなり口付けされるとは思っても見なかった。そして今  
さらだが『冗談でしたじゃ済まない』の意味を理解する事ができた。ホントにな  
んて鈍感でバカで女性の気持が分からないヤツなんだと、自己嫌悪に陥りそうに  
なる。  
だがそんな達哉の理性とは裏腹に、レナは腕を達哉の背にまわしきつく抱き締め  
てくる。少し強く抱き締められ過ぎて苦しいとも思ったが、そんな事を言ってし  
まってはムードが崩れそうだなと思い、黙っている。  
そして何より、達哉がレナの魅力に気付いてしまったような気がした。小さい頃  
に母親が蒸発してしまった達哉にしてみれば、レナのように心も身体も強く、頼  
りになる女性は好みに100%合致する。まあ、あくまでも中身の問題であって、  
外見で言えばクユラのような色白でネコミミの美人だったりするのだが。  
 
「ぅ……」  
 
半ば自棄になりながら、達哉はレナの口の中に舌を差し込む。こんな積極的に誰  
かにアプローチするなんて、達哉には初めての経験だ。少し恥ずかしくもあるが、  
それでも誰かに求められると言うのは心地良い感覚だ。  
ザラザラした感触のレナの舌と口の中で絡み合い、相手はヒトとは違うなと、改  
めて実感した。しかしヒトでなくとも、達哉と同じように考えて同じように感じ  
て、何も違わない。この世界での“人間” だ。  
言葉が通じて意志の疎通ができる限り、恋愛はできるんだろう。そもそも、それ  
さえなくたって恋愛感情が生じる事だってあるかも知れない。昔、イルカと結婚  
した女性のニュースを見た事があったと思う。  
 
「僕も、本気にしちゃいましたから」  
「フフッ、いいわよ。私は絶対に放してやらないから覚悟してなさい」  
 
レナからそんな事を言われてしまうと、猛獣に狙われるガゼルの子どもみたいな  
気分になってしまう。レナは笑っているんだろうが、動物の顔で笑われると牙を  
剥いているように見えて仕方が無い。  
実際は愛情を持って接してくれてるのだろうし、それを雰囲気とか、レナの表情  
以外の挙動で感じ取る事はできる。尻尾がゆっくりと誘うように振れてたり、こ  
ちらを見る瞳にはいつもと違う光が宿っているように見えたり。  
 
「タチヤは、何回くらい経験があるの?」  
「・・・・3回」  
 
情けないが、初めて彼女ができた高2の夏から数えてこれだけだ。やろうと思え  
ばもっとやりたい放題できるのだろうが、そんな事をする度胸も甲斐性も達哉に  
は無かったし、自分から求めた事は一度も無かったと思う。  
今回も、キッカケは作ったとは言え似たような感じだ。  
 
「そう、私も似たようなものだわ。よろしく頼むわね」  
「そうですね・・・、よろしく頼みます」  
 
互いにぎこちない仕草で、温泉の水位の浅い場所へ移動しながら、互いの目を見  
詰め合い、もう一度だけ確認を取った。この世界でもっとも脆弱な筈のヒトは、  
この世界でも屈指の強い女性と惹かれ合って。ちょっとした偶然が折り重なり、  
こうしてお互いの気持を確かめ合っている。  
 
――最も弱くて脆い存在だからこそ、誰の心にも入り込んでくる。  
それは本当みたいね。入り込まれた後じゃ、気付いても遅いけど――  
 
獅子の女性は想った。  
 
――僕一人じゃ何もできない。けど、こうして守ってくれる相手がいる。  
大切に思ってくれる相手がいる。元の世界よりも、幸せかもしれない――  
 
ヒトの青年も想った。  
 
「奇麗ですよ。レナさんて」  
 
今度は達哉がレナの頬に手を添えて、余裕を強調した微笑を浮かべて言った。思っ  
ていたよりもスムーズに体は動き、レナの前で情けない姿は晒さずに済んでいる。  
そのまま勢いに任せて再度レナと唇を重ね、互いの舌を絡ませ合う。  
そろそろ慣れてきた事もあり、最初の口付けよりは2人のぎこちなさがとれてきた。  
レナはまるで壊れ物を扱うかのように、優しく達哉の背中に腕を回し、唇を重ねた  
ままの状態で抱き締める。達哉も同じようにレナを抱き締めた。  
達哉がレナの背中をゆっくりと撫で上げると、レナはネコ科特有のゴロゴロ声を出  
した。相手がリラックスしてくれていると思うと、達哉も気が楽になる。  
 
「お世辞なら・・・ッ、いいわよ」  
 
また唇を離すと、すぐにレナからそんな言葉が返ってくる。やはり自分の容姿に対  
して自信が無いと言う事が、達哉にも窺い知る事ができる。そんな謙遜することも  
なかろうにと達哉も思うのだが、そうもいかないらしい。  
 
「お世辞なんかじゃなくって。レナさんに惚れましたから。  
自分からこんなに行動したのも初めてだし、  
誰かがこんなに素敵に見えたのだって、初めてですよ。  
レナさんの所為で元の世界への未練とか、吹っ切れました。  
医者ならこっちでもできるし、  
元の世界だったら、僕みたいなのなんてごまんといるし。  
もう、こっちで暮らす方が幸せかもって。」  
 
本当に、元いた現代の日本で手に入らなかったような事が、こっちに来てから一気  
に手に入る。悩みの種だった運動不足も、最近は解消されてる。愉快な仲間たちと  
の旅は、さながらRPGの世界のような気もして、慣れれば楽しかったりする。  
なによりも、少し早合点だがレナみたいな女性が恋人なんて、幸せじゃないか。  
 
「タチヤ、言ってくれるわね。  
まあ、そこまで言ってくれるんなら安心できるわ。  
・・・こっちも、ウソ言ってるとは思えないしね」  
「ちょ、レナさん!!」  
 
レナは達哉の下半身に手を伸ばすと、歳相応の大きさをもった達哉の肉棒を掴んで  
軽く刺激する。こんな事を自分からしたのは、やはりレナの方も初めてだ。しかし  
達哉になら何をしても嫌われるような気がせず、思い切った行動がとれてしまうか  
ら不思議だ。  
それは、達哉が自分に依存していると、ハッキリ分かっているからだろうか。達哉  
は面白いほどに正直者で、少し読心術に長けた人間なら、簡単に心の内を読み取る  
事ができる。  
レナからの刺激に耐え兼ねて、今にも絶頂に達しそうになっているのも、手に取る  
ように分かった。いや、これは読心術とかそれ以前の問題だろう。レナはそこで手  
の動きを止めて、達哉をイかせない。  
 
「一人だけ気持ち良いなんて、不平等よね?」  
「そうですけ・・・どぉっ!?」  
 
レナは言いながら、達哉を押し倒す。レナの言葉に応えていた達哉だが、自分の体  
がどんどん傾いていくのに驚いて、すっとんっきょうな悲鳴を上げた。今いる場所  
の水位は足首くらいまでだが、ばちゃんと音を立ててお湯が飛び散る。  
水がクッションになって痛かったりはしなかったが、それでも達哉は心臓が飛び出  
るような思いだった。トキメキとは違う意味で高鳴ってしまった鼓動を落ち着かせ  
て、深呼吸した後で目線を上げた。そこにはやはりレナの顔があって、達哉を見下  
ろしていた。  
こういうのは普通、男が上になるべきなんだろうが、このシチュエーションも中々  
捨て難いかもしれない。女性から押し倒されるなんて、そうある事じゃないだろう。  
・・・・よく考えたら、この世界のヒト奴隷♂にとってはこれが普通か。  
 
「何ブツブツ言ってるの。続きよ」  
「わ、分かってますよ」  
 
少々ながら考え事にのめり込んでしまった。レナの声で我に返って、現実と向き合  
う。考え事をしたのが少し勿体無く感じた。  
そのままレナの胸に手を伸ばし、前に大学の悪友から借りたアダルトDVDの一場  
面の如く揉みしだく。レナは経験が少ないだけあって初々しい反応を示し、それが  
達哉を更に昂奮される。やっぱ理数系を狙っても男は男で、原始的かつ強大な欲望  
に逆らう事は無理っぽい。  
 
「うぁっ・・・!」  
 
いつの間にかツンと立っていたレナの乳房を、軽く歯を立てて口に含む。当然だが  
乳房に毛皮はついておらず、口の中に毛が入って嫌な思いをする心配はない。胸の  
その他の部分を舌で刺激しようとでも思えば、動物の毛が口の中に入るという微妙  
な不快感は避ける事ができないのだろうが。  
とかなんとか考えていると、その隙に今度はレナの方が達哉の首筋を舐めてきた。  
首筋にゾリゾリした感覚を覚え、達哉は微かに身震いした。予想はしていたが、ラ  
イオンの舌はネコよりも強烈だ。前に家で飼っていネコに耳を舐められた事がある  
が、その時とは比べ物にならない。レナが本気で力を込めたら、多分首の肉が抉れ  
るだろうなと、グロテスクな妄想をしてしまった。  
まあ、舌で殺されるなんて某オカマ超能力者の大佐みたいな事にはならないだろう。  
ちゃんとレナは加減してくれている。しかし、女に力加減されるのも男として非常  
に心苦しいモノがある。  
レナの胸を揉んでいた手を、体の表面をなぞるようにして下腹部まで持っていく。  
まず最初にレナの恥部の周りを刺激し、返ってくる反応に確かな手応えを感じつつ  
も、今度は中心を押し広げて指を少しだけ入れた。すでにそこは濡れ始めている。  
 
「暖かいですね・・・」  
「温泉よ。…ッ…当然でしょう」  
「そういう意味じゃなく。レナさんの、ここがって意味」  
 
そう言いながら、強調するようにレナの恥部の中を指で掻き回した。レナは体全体  
でそれに反応し、弓なりに身体をしならせた。その姿はやはり色っぽく、何故レナ  
がモテないのか、達哉にはイマイチ分からなくなってしまう。  
普段あんなに強くて、達哉他“蛇足” の男性メンバーをコキ使いまくってるレナ  
が、非力な達哉の指先でこうも乱れているのが楽しくて、更に何回もレナの中を  
掻き回しては、淫らに乱れるレナを見てついつい笑みを浮かべてしまう。日頃から  
100%抑え込まれてる、サディスティックな面が表に出てしまう感じだ。  
 
「気持ち良いですか?」  
 
ニヤニヤと笑顔を浮かべながら、達哉はレナにそう尋ねてみた。答えは分かってい  
るが、あえてそう尋ねてしまうのは、やはり意地悪だろうか。レナは何か答えよう  
とするが、達哉がレナの恥部に差し込んだ指を動かせば、言葉はぶつ切れになって  
しまい、何も答えられない。  
 
「いっ・・・加…ッげんに!!」  
 
達哉からの思わぬ反撃に、レナは達哉の頭を叩こうとした。だが、身体に力が入ら  
ず思ったようにいかない。繰り返される刺激に耐えながら、やっとの思いで達哉の  
頭に手を置いたが、ポフポフと叩く事しかできない。  
普段の自分との違いに苛立つが、それさえも快感の波に攫われて、徐々に頭の片隅  
に追いやられていく。いつも心に着込んでいた鎧が一枚、また一枚と剥がされ、強  
く振る舞わなければならない筈の、“蛇足”のリーダーとしての自分ではなく、た  
だの女としての自分を引きずり出されていく。  
 
「タ…チヤぁ……!!」  
 
レナがひときわ大きく身体をしならせ、恥部に入れられた達哉の指を大きく締め付  
けた。一瞬だけだが頭が真っ白になり、イってるところを達哉に見られてしまった  
かと思うと、顔から火が出る想いだ。しかし想いとは裏腹に、口から出るのは甘っ  
たるい声だけ。そのまま達哉に抱き着き、身体の力を抜いてもたれかかった。  
達哉はレナの恥部から指を抜くと、自分にもたれかかるレナを優しく抱き締めた。  
指を抜くときにレナはビクリと震え、恥部からは愛液が滴り落ちる。達哉はレナの  
頭から背中にかけてをゆっくりと撫でた。レナが落ち着くのを待つ事にする。  
 
「大丈夫ですか・・・・・?」  
 
レナが中々反応を見せてくれないのが不安になり、達哉はレナの顔を覗き込んでそ  
う尋ねた。もしかして背中を撫で過ぎて、気持良くて寝てしまったのではないだろ  
うか。何せ相手はネコ科なんだから、簡単に寝てしまってもオカシくない。  
しかし、達哉の不安とは裏腹にレナの意識はハッキリとしている。ゆっくりと身体  
を起こすと、達哉の肩に手を置いた。そして達哉の瞳を真っ直ぐ見詰めながら。  
 
「……大丈夫なワケないわよ。  
ああもう! いつもは無害そうな態度のクセに、  
なんでそんなはっちゃけてるの?  
ここまで来る中で、そんな片鱗はチラとも見せなかったのに」  
 
達哉を激しく揺さぶって不満をぶちまけた。達哉から上手に出られるなんてやはり  
悔しい。達哉だけは無条件で自分の言葉に絶対服従だと何処かで思っていた。その  
勘違いを後悔してももう遅く、達哉の非力な腕に抱かれて幸せを感じていると言う  
事実は変えようも無い。  
 
「もう、今さら隠し事しても仕方ないから素を出すけど、  
誰にも話したらダメだからね。  
私はクールビューティなお姉様で通ってるんだし、  
これからもそのスタイルを崩すつもりはないの。  
それをアンタはもう……!! あっさり私の心へ入り込んできて、  
白状するけど、本気で誰かを好きになったのは初めてよ。  
それにこうやって親以外の前で素を出すのも初めて。  
親はもういないから、正真正銘タチヤは世界でただ一人だけ、  
素の私と話した相手よ。私は虚勢を張る事でしか保身ができないけど、  
タチヤの前でならそんな事をする必要もないわ」  
 
口調は今までよりもずっと軽いもので、普段からは想像もつかない口数の多さと、い  
つもとは全く違う雰囲気を放っている。その豹変ぶりは、女性には裏表があるという  
話しを実話だと実感できるものがあるのだが、達哉にそんな事を思っている余裕はな  
い。  
先ほどからずっとレナに肩を掴まれて、物凄い勢いで揺さ振られているのだ。そろそ  
ろ意識が朦朧として、昨日の晩御飯を戻してしまいそうな気分だ。  
 
「れ、レナさん・・・。分かりましたから、参りましたからぁ〜・・・・」  
 
今度は達哉がいつもの調子に舞い戻る。レナやクユラに良い様に使われてる情けない  
達哉に。その情けなさを象徴したような声を出してレナに揺さ振りをやめるように求  
めた。それでようやくレナは我に返ったらしく、達哉を揺さぶるのをやめだ。  
 
「あ、大丈夫? ごめん。少し慌てちゃってね」  
「大丈夫じゃありませんよ、まったく・・・・。  
ムード打ち壊しじゃないですかもう。  
さっきまでなんか物凄く良い雰囲気だったのに」  
「小さい事を気にしてると、器が知れるわ。さ、続きよ続き」  
 
レナはまた達哉を押し倒すと、達哉の下腹部へと手を伸ばし、イかせないまま放置し  
ていた達哉の肉棒を掴んだ。それから逃れようと達哉はもがいているが、手を少しだ  
け上下に動かせば、その抵抗も完全になくなる。さっきとは、完全に形成が逆転だ。  
さっきの仕返しとばかりに、焦らしながら少しずつ刺激していく。  
 
「れ、レナさぁん・・・・、そんな、中途半端に・・・ッ」  
「ん?どうして欲しいの?口で言わないと分からないわよ?」  
 
またもや情けない声を上げてレナを見るが、返ってくる言葉はテンプレートな濡れ場  
の台詞。それは男が言う台詞ではないだろうかと思いつつも、ライオンに捕まえられ  
た赤ちゃんガゼルそのものの自分の状況は、そう言われて然るべきかもしれない。  
レナが一度握った主導権を放すとは思えないし、達哉は観念してレナが望むように動  
こうと思った。  
 
「うぅ・・・・入れたい・・・です」  
「え?ナニをナニに入れたいの?」  
 
もはや、レナが悪鬼にしか見えない。こちとら恥じらい深い年頃の男性だ。レナの望  
むようなセリフを素で言えるワケが無い。せめて酒でも入ってれば勢いで言ってしま  
えそうだが、今のままではかなり難しい。  
願いを乞うような視線をレナに向けるが、レナは不気味な笑みを返すだけだ。どう見  
ても獲物を狙う猛獣の表情にしか見えない。というか実際に獲物を狙う猛獣なのだ今  
のレナは。  
逃げ道がどこにも無い事を、達哉はイヤでも理解しなければならなかった。  
 
「僕の生殖器をレナさんの膣内に挿入した後、  
オーガズムに従って行動したいです」  
 
これは大学の講義だ。抗議のときの、そういう性に関する問題の時だ。射精だの膣内  
分泌液だのオーガズムだの、実務的な堅苦しい言葉に当てはめてしまえば、少しは恥  
ずかしさも緩和される。  
レナは難しい言葉を使われた事に不満そうだが、それでも構いはしない。達哉は死ぬ  
ほど恥ずかしい想いで先ほどの言葉を吐き出したのだから。それはレナも察してくれ  
たらしく、未だに満足はしていないようだが、それでも言葉責めから解放してくれた。  
 
「そうね、今はそれで許してあげるわ。じゃ、行くわね」  
 
レナは達哉の腰までズリズリと移動すると、膝を視点に立ち上がり、手で掴んである  
達哉の肉棒を真っ直ぐ上に向け、その上に腰を落としてゆく。  
 
「うっ・・・!」  
 
まず最初に先の方が少しだけ入る。充分にレナの恥部は馴らされていたので、予想よ  
りも簡単に入った。  
 
「タチ…ヤ……」  
「レナさん……」  
 
少しずつ少しずつ、ゆっくりと挿入を続けていく。お互いに不慣れな所為で、一気に  
奥まで突き入れるとか、そういう発送はあるものの実行に移せない。しかし確実に奥  
へと入っていく。少しすれば、レナと達哉の腰が完全に密着した。  
 
「すっごい、気持ち良いですよ……」  
「そっちこそ…ッ…、ヒトとするのが一番気持ち良いって、ホントね」  
 
根元まで入ったところで、一息つきながらの休憩。笑いながら言葉を交わして、その  
後で口付けを交わして、そのまま抱き合って。何度も何度もそれを繰り返す。  
 
「そろそろ、動きます?」  
「・・・・そうね。タチヤはへなちょこだから、  
本気でかかってこないとダメよ」  
「うわっ。言いたい放題ですね・・・」  
 
いくらなんでも“へなちょこ” はないだろう。さっき達哉の事を好きだと言ったばか  
りなのに、その相手に対して”へなちょこ” は。それ以前に、レナと比べられたらほ  
とんどの男は“へなちょこ”だ。機嫌を損ねるだろうから言っていないが、レナの体  
は筋肉質で、結構重い。それを上に乗せてるのだから、達哉だって“へなちょこ” じゃ  
無い筈だ。  
しかし反論したとして、レナが取り合ってくれなければそれまでだし、実際レナの視  
点から見れば、達哉がへなちょこだと言うのは動かし難い事実なのだろう。ここまで  
の道程で散々情けない姿を見せてきたのだから。  
とにかく、レナからのへなちょこ発言への反論は、行動で示す事にした。体位を変え  
て達哉が上になるようにすると、後は普通の男女間のやりとり。ギリギリまで引き抜  
いて、また根元まで突き入れるの繰り返し。しかしその間にも、運動に合わせて揺れ  
る、胸の膨らみを掴んで揉みしだき、唇を重ね合わせるのは忘れない。  
ヒトとかその他一般的なこの世界の女性と、レナとでは口の形が違うので、キスする  
のにはちょっと考えてやらなくてはならない。まず最初に唇を舌でなぞり、開いた口  
に舌を差し込む。方法は普通と変わらないかもしれないが、形が違うので大変だ。  
この世界の男女は、こんなんで苦労しないのだろうか。男と女でここまで外見が違う  
と、色々大変だと思うのだが。  
 
「ふっ、あっ…あっ、うぁっ…ん!」  
「レナさん。ホント、奇麗です……!!」  
 
レナの嬌声が耳を刺激する。達哉が腰を打ちつける度、レナの秘所がビクビクと達哉  
の肉棒を締め付け、さっきまで焦らされ続けてた事もあり、今にも絶頂に達しそうに  
なってしまう。それを必死に抑え込むのだが思うようにいかない。  
一旦腰の動きを止めて仕切り直ししようにも、もう勝手に動いて止ろうとしない。そ  
もそも止めようと言う気が怒らない。もういっそ欲望に逆らわずに出してしまいたく  
なる。  
 
「レナ…ッ…さん! ……レナぁ!!」  
「――ッ!!」  
 
結局そのせめぎ合いに負けて、達哉はレナの中に精液を吐き出した。いきなり溢れ出  
してきたそれに、レナもビクリと反応して、今までで一番強く達哉の肉棒を締め付け  
た。達哉の背中にまわしてた腕に力を込め、力いっぱい抱き締めた。がしかし。  
 
「ぎぎぎ、ギブ!ギブ!!身が出るぅ〜〜!!!!」  
 
レナの背中をパンパン叩いて、達哉が有らん限りの声で叫んだ。しかし、胸を獅子の  
力で抱き締められていては、息が詰まってしまい、そこまで大きな声は出せない。し  
かし流石に達哉の異変に気付き、レナは腕の力を緩めた。  
レナの中に入れていた肉棒も一気に萎えてしまい、小さくなったそれが音も立てずに  
結合部から抜け出し、その後には白い液体が垂れ流しになっていた。  
 
「あ、ごめんなさい。そうだわ。タチヤはヒトなんだし、  
私が全力で抱き締めたりしたら、ひとたまりもないのよね」  
「えぇその通りです・・・・、女性に抱き締め殺されるなんて、  
見る人から見れば贅沢な死に方でしょうけど」  
 
肋骨がギシギシと痛むのに耐え、なるべくレナに心配をかけないよう気丈に振る舞お  
うとする。だが、やはり痛みに慣れてるワケでもないし、あっさりと表情へ出てしま  
った。もう少し精神力があればと思ったが、もう仕方が無い。  
レナは心配そうに達哉を抱きかかえ、次からは今のような事を無くそうと、堅く誓っ  
た。今の達哉は息も絶え絶えで、よっぽど苦しかった事が伺えた。それを見ていると、  
今さらながら自責の念が込み上げてきた。  
今度は力加減を気を付けながら、できうる限り優しく抱き締める。レナから見れば疎  
ましいだけの毛皮だが、この時は達哉を包んであげられるようで、なんとなく役に立  
つようで嬉しい。  
そのまま達哉の顔に頬擦りをして、この世界においては特徴的な耳に、吐息がかかる  
ほどに口を近寄せる。やはり息がくすぐったかったようで、達哉は軽くもがいた。だ  
がそれを気にせずに、達哉にそっと呟いた。  
 
「好きよ・・・・」  
「・・・・ッ」  
 
こんな事まで言われて、達哉の顔は一気に赤く染まっていった。素で言われるとやは  
り照れてしまう。顔を背けてしまいたくなるが、雰囲気的にそれは無理っぽい。やめ  
てくれ。そんな真っ直ぐ期待を込めた目で見ないでくれ。もう言う以外の選択肢が何  
もないじゃないか。  
 
「・・・・僕って、落ちてきたヒトの中で、一番運が良いかも知れませんね」  
「……?」  
 
少し間を置いてから達哉が語り出すが、脈絡のない言葉にレナは首を傾げた。そんな  
レナの様子を見て、達哉はクスリと笑い、続きを話した。  
 
「この世界に落ちてきて、速攻で捕まりそうになったけど、  
その時はレナさんが助けてくれたし。  
しかもそのまんま連れてって貰えて、僕を奴隷扱いもしないで。  
そいでもって、トラウマになるような酷い目にも遭わないまま、  
まだ短い間だけどみんなと旅して、笑いあって。  
今じゃレナさんに好きだって言ってもらえて。  
苦労も知らずにこんな幸せになれるなんて、  
ホント何万分の一の確立なんでしょうね」  
 
言われてみれば、達哉はかなり運が良い事になる。まず、落ちるときに死んでしまっ  
たり、落顎病を患ったりしなかった。そして奴隷として責め苦を受けたりなんて事と  
も無縁だ。ヒトにできる範囲で家事などの無い様でこき使われる事はあるが、それだ  
けで済んでるなんて、この世界では珍しい。  
元の世界で学んだ医学知識を、こちらで役立てる機会にも恵まれ、自分が自分である  
事を許されている。それは、ヒトにとって最も欲しいもので、だがどんなに欲しくと  
も手に入るかは運に寄るところが大きい。達哉のように、理解を示してくれる人間に  
拾われるか、脆弱な身体で精一杯の主張を続けるか。  
後者には命の危険が伴う上に、相当の苦痛を味わうのだろうが。  
レナは達哉が言おうとしている事の全容が分かり、レナを褒めるような内容も少し入  
っていた事もあり、気を良くして微笑んだ。  
 
「そうね。達哉は私がいなければ、あのまま売られてたわ。  
じゃあ、恩人の私に一生尽くしてくれるのも道理よね?」  
「まあ、できる限りレナさんの期待に添えるよう頑張ります。  
僕じゃできる事なんてあまりないでしょうけど」  
「そんな事ないわよ」  
「じゃあ何ですか?」  
「それはまた明日にでも答えるわ」  
 
人差し指で『チッチッ』と相手をたしなめるような仕草をしつつ、レナはそんな事を  
言って話しをはぐらかした。達哉も落ち着いたようだし、そろそろさっきの続きをし  
ても良さそうだと思う。達哉も体力の無い人とは言え、男は男だ。一回出したくらい  
では満足できない筈。  
またまた達哉を押し倒すと、口付けをしてザラついた舌で優しく刺激する。  
 
「さ、タチヤ。続きよ、続き」  
「なんか、すんごいデジャヴな光景です」  
 
達哉は観念したように目を瞑る。多分明日の朝は、疲れで立つ事ができなくなってる  
んだろう。今だって全身の筋肉痛と戦っているというのに、この上で夜通し行為を続  
ければどうなるか、予想するのは簡単だ。  
大学の受験勉強で、3日間ぶっ続けで徹夜した事もあったが、ここまで疲れたのはそ  
のとき以来だ。いや、そのとき以上だ。もう何日も歩き尽くめで、やっとベッドで眠  
れると思ったら悪夢を見て、温泉に入ってリラックスしようと思ったら、夜の世界へ  
突入。  
 
「もう好きにしてください・・・・」  
 
もう諦めた。一生この相手の奴隷でいいや。もう抜け出せないだろうし、抜け出した  
いとも思えない。幸せ感じちゃってるから。  
なんでレナに惚れたのかも分かんない。男女の関係なんてそんなモンだろうけど、そ  
れでもハッキリと分からないのは、どこか釈然としない。  
ああでも、そんなんどうでも良くなってきた。ありのままの自分を必要としてくれる  
んだから。  
 
 
 
 
 
× × × × ×  
 
 
 
 
 
「おらぁ〜! タチヤ起きろ〜!」  
「ぐみゃ!?」  
 
カーテンの隙間から光の射し込む部屋の中、深い深い眠りから、ミリアルドの体当た  
りで叩き起こされた。子どもとは言え相手の力はヒトと比べ物になるようなものでは  
なく、疲れた体に追い討ちをかけられ、達哉は苦悶の表情を浮かべた。  
全身の筋肉痛はもはや悪化しており、昨日はほとんど眠れなかった所為で、疲労もあ  
まり回復していない。昨夜レナに強く抱き締められ過ぎたダメージはまだ残っていて、  
ミリアルドの体当たりは、その身体にかなりの負担を掛けた。  
 
「うお〜い。タチヤ、朝飯作れよ。昨日買って来た食べ物があるだろ?  
タチヤの料理は結構美味いって、ガルナが言ってたぞ」  
 
うわ。またいらん事を教えちゃって。こっちは凄く疲れてるのに、ここまでワクワク  
モード全開のミリアルドを相手にごり押しされては、最後には達哉が折れるしかない  
じゃないか。ホントもう後生だから、お願いだから寝かせて。  
 
「後でミリー君だけに作ってあげるから、今は寝かせて。  
僕はすっごい疲れてんの。ヒトの身体で何日も歩き続けてるんだからさ」  
「ミリーって言うなぁ!! それと“君”とかもやめろ!むず痒い!」  
 
ああっもう、ちょ、頭叩かないで。キミは加減してるつもりでも、僕はすっごい痛い  
思いをしてるから。ほんとやめて。死ぬ。本気で死ぬ。僕を殺したらレナさんがいき  
なり未亡人になっちゃうよ。それでもいいの?  
あ、一回しただけでいきなりそこまで期待してたら駄目か。うん。なんか頭の中がこ  
んがらがって、そいでもって少し暴走。ろくな恋愛経験が無いんだから、仕方ないで  
しょ。若い内から運命の相手に出会っちゃったとか、そんな事を本気で思っちゃって  
る僕の愛読書は、ベル薔薇といちご100%さ。  
ああ、うん。21にもなって流石に痛いか。気にしないで。僕は気にしてないから。  
 
「じゃあミリー。僕は疲れてるの。  
今日出発しちゃうんだから、  
少しでも長く布団で寝られる喜びを謳歌したいの。  
分かったら寝させて。僕を寝かせて」  
 
それだけ言って、頭から毛布を被った。そのまま目を瞑ると、瞼の裏に昨晩の情景が  
蘇る。多少は妄想の中で美化してしまってるかもしれないが、やっぱりレナは奇麗だ  
と思う。いいじゃないか見かけが獣人でも。奇麗って感じれるし。  
 
「もういい!タチヤなんかここに置いてってやるからな!  
そしたら、こんなボロっちい建物に一人っきりだぞ!  
そんで一人で淋しくて泣いちゃえ!」  
 
あはは。ミリー君は可愛いね。僕は君と違って夜中に一人でトイレに行けるよ。だか  
らそんな心配はしないで。泣いたりしないから。それにレナさんも僕を置いてったり  
しないよ。2人でお互いの気持を確かめ合ったばかりだから。  
 
「とにかく、僕はいま幸せなんだよ。・・・・だから、オヤスミ」  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
第五話 終  
 
 

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