蛇足のアジトは、驚くほどあっさりとしたモノだった。  
生活に必要最低限の品物だけが置いてあり、それぞれの個室が割り当てられている。  
あまり使っていないのか、生活臭は感じられず、妙に印象に残らない場所だった。  
いや、ガルナとミリアルドの部屋だけは、生活臭に溢れまくる汚い部屋だったが。  
達哉は空いている部屋を一つ割り当てられ、そこを軽く掃除して、アジトを後にした。  
 
達哉がそこへ行った理由は、アジトを取り囲む魔法を上書きするためらしい。  
アジトの周りには魔法が掛けられていて、来るモノの方向感覚を狂わせるが、  
“蛇足” のメンバーだけは、例外として魔法の効力を受けないそうだ。  
そして今回は、達哉の存在を、アジトを包む魔法に対して、上書きするの必要があった。  
もちろん、アジトの金庫に、この前貰った報酬を貯め込んだり。  
今任務が入っていない者は、そのままアジトに居残ってくつろいだり。  
そんな理由もある。一番近くの街まで、獣人の足ならそれなりの時間でいけるらしい。  
クユラのように乗り物を使ったり、ミリアルドのように飛べば、もっと早い。  
“蛇足” のメンバー並みに体力があれば、そんなには不便ではないようだ。  
 
そして達哉は、驚くほどのスピードでアジトを後にした。  
現在は、虎国の中を走る蒸気機関車に、クユラと2人きりで乗り込んでいる。  
最初こそは、日本ではほとんど残っていない蒸気機関車に、楽しいと思っていた。  
しかし、新幹線とは比べ物にならないくらい遅いし、乗り心地も悪い。  
レトロな雰囲気を楽しむのも良いが、やはり現代日本の科学が達哉の好みだ。  
 
更に、虎人は魔法が苦手なので、虎国では魔法も滅多に見る事ができないのも痛い。  
クユラは先ほどからずっと、何やら本を読み始めて、達哉を相手にしてくれない。  
達哉は暇を潰す本も持っていないし、何よりこちらの世界の文字が、まだ読めない。  
 
「ふぁあ………」  
 
大きな欠伸を一つすると、今この状況になった経緯を回想する。  
 
 
 
 
 
 
 
達哉は、アジトの地下室へ連れて行かれ、意味の分からない魔法陣のようなものに投げ込まれた。  
気がつけば、知らない部屋の中で、投げ込まれたのと同じ魔法陣の上にいた。  
そのままキョトンとしていると、今度は達哉の上にクユラが降ってきた。  
下敷きになった達哉は、ぐみゅうと情けない声を出した。  
 
「タチヤ、すみませんわ。下敷きにしてしまいまして。  
移動した後、魔法陣から出てくれませんと」  
「え、そもそも何が起こったのか説明して……」  
「あら、言うのを忘れていましたわね。  
良くてよ。わたくしが説明してあげますわ」  
クユラは達哉の上からどくと、もはや恒例になっている、ホワイトボードと指差し棒を構える。  
達哉が腰を擦りながら立ち上がるのを待ち、自分の方を向いたのを確認して、説明を開始した。  
「まず、そうですわね。今タチヤとわたくしがいるのは、虎国ですのよ。  
あの魔法陣は、空間と空間を繋げる効果がありますの」  
「へえ、もう何にも驚かないって自信が有ったけど、やっぱり驚くよ……」  
 
クユラの説明に、達哉は驚いた表情で返した。  
流石にここまで来ると、魔法の偉大さを目の当たりにして、呆気に取られてしまう。  
ようするに、瞬間移動をした訳だ。最早、どう反応すれば良いかも分からない。  
今までにも、充分に元々持ち合わせていた常識は破壊されていたが、もう跡形も無く壊れた。  
グッバイ僕の常識。  
 
「いえ、これはかなり大変な魔法ですのよ。  
わたくしでも、虎国のダンジョンで発見した文献を頼りに、  
この魔法陣を描くのには、200年も掛かってしまいましたわ。  
まあ、おかげさまでわたくし意外に、この魔法を使える方はいませんけど。  
ですが、この魔法陣のある場所にしか移動は出来ませんし、  
膨大な魔力を消費しながら、三日三晩寝ないで、飲まず食わずで描き続ける必要がありますのよ。  
若い頃のわたくしも、随分と無茶をやったものですわ。  
魔力を大量に消費するのも、徹夜も、過度なダイエットも、全部お肌の天敵ですのにね」  
 
ホワイトボードに次々浮き出てくる絵柄を、指差し棒を使って補足しつつ話すクユラ。  
達哉は感心して、頷いたり相づちをうったりしながら、そのホワイトボードを凝視していた。  
なんでも、魔法陣と魔法陣を移動する事しか出来ないらしい。  
だとすれば、今まで行った事のある場所でないと行く事はできない。  
クユラの、先ほどの嫌がりようから見ても、行ける場所は少なさそうだ。  
その証拠に、犬国から狼国への移動も、あの魔法陣は使わなかった。  
単に、魔法陣を使えるクユラが、一緒にいなかったからなのかもしれないが。  
 
タチヤは、クユラの補足に相づちを打ち、所々で歓声を上げる。  
RPGゲームなんかは好きだったが、この世界は、本当にそんな感じの世界観だ。  
そんな中で、ヒールを演じる傭兵集団の一員に、自分はなっている。  
子どものような想像を、どうしてもしてしまう。  
これは、幸運なヒトである達哉だからこそ言える事だろうが、元の世界にいるよりも楽しい。  
それは顔に出てしまったのか、クユラは少し呆れた表情をすると、指差し棒で達哉の頭を軽く小突いた。  
 
「そんな楽しそうな顔はしないでくださらない?  
わたくしは、この魔法陣を描くのに、大変な苦労をしましたのよ。  
オマケに起動させる度、かなりの魔力を消費しますし、  
“蛇足” 中でも使えるのはわたくしと、オルスがなんとか出来るだけですの。  
この魔法の所為で、私がどんな思いをしているか、  
魔法の使えない方には、一生分からない事ですわね」  
「あはは、ごめんなさい……」  
 
逆ギレされてる気もしなくないが、クユラの口調につい謝ってしまう。  
それでも、苦笑しながら謝られた事に、クユラはまだ満足がいかないようだ。  
クユラはもっと誠心誠意謝って欲しいと思ったが、  
後で代償を支払ってもらおうか、自分の中で結論を付けた。  
 
「まあ、いいですわ。それよりも、今回の仕事に参りましょう」  
「あ、うん。今日は仕事でここにきたんだよね」  
「他にどんな理由がありまして? しょうもない理由で、大事な魔力は使いませんわ。  
この若々しい身体を維持するには、あなたには想像もつかない苦労があるのですよ」  
 
達哉は、またも苦笑しながら謝った。クユラも結構セコいなと思いながら。  
実年齢は500歳を超えると言っているが、達哉から見れば15前後の少女にしか見えない。  
それを若々しい体を維持する努力や、苦労を語られても、イマイチ実感が湧かない。  
だから、魔力をケチる姿に対しても、あまり肯定的に受け止められない。  
しかしいつまでそれを考えているのも、達哉の性に合わない。  
そこでその考えは停止して、別の事を考える。  
他にも聞きたい事はあったし、それを尋ねようとした。  
だが、クユラはもうホワイトボードと指差し棒をしまっている。  
今さら聞くのもどうかと思い、疑問を口にする事はなかった。  
もう一度頼んでまで、答えて欲しい疑問でもない。  
それに物事を教えているときの、クユラからの上から目線は、あまり気持ちの良いモノではない。  
ヒトとかそれ以前に、達哉の無知に対しての上から目線であろう事は、せめてもの救いだが。  
 
「ボーッとしてないで、行きますわよ。  
目的地はここから結構離れていますし、まずは駅に行って蒸気機関車に乗りましょう」  
 
言いながらさっさと先へ進み、クユラは部屋の外へ出るドアを開けた。  
すぐに先に進んでしまうクユラを追い掛けて、達哉も部屋から出る。  
そうすると、薄汚れた廊下に出る。クモの巣が張ったりして、随分と古めかしい。  
クユラはその惨状に、露骨に嫌な表情をしていた。  
 
「手入れを怠っていましわ。少し目を離すと、すぐ汚れてしまいますのね」  
「少し掃除をサボるとすぐに散らかるのは、何処の世界も共通だなぁ」  
 
元の世界の達哉の部屋も、今頃は散らかり放題なのだろうかと、不安になる。  
もしかしたら、警察の家宅捜索なんかで、もっと散らかっているかもしれない。  
まあ、いくら心配したところで、もう帰る事もないのだろう。意味が無い。  
現実的なところに目を向けなくては。そう思って達哉は、クユラに目を向ける。  
 
「ちょ、クユラさん待って」  
 
達哉はスタスタと先に進むクユラを追い掛けて、小走りになった。  
少し油断すると、一気に引き離されてしまう。  
クユラはあれでも達哉の倍以上の体力を持っていて、ヒトとは違う存在なのだ。  
華奢な体付きからは想像もつかないが、ヒトのプロレスラーとケンカしても負けないのだろう。  
 
「タチヤ、少しこちらに来てくださらない?」  
「あ、うん」  
クユラは、廊下の突き当たりのドアの前で立ち止まると、達哉を読んだ。  
達哉が慌てて近寄ると、クユラは薄汚れたドアノブを指差している。  
「これはちょっと、触りたくありませんの。  
申し訳ありませんが、達哉が開けてくださると嬉しいのですが」  
「ああ。今開けるよ」  
 
達哉はドアノブに手をかけ捻る。そしてドアを開けると、そこには大勢の虎人たちが歩いていた。  
その光景に圧巻されつつも、ここが虎国だと初めて実感した。  
道行く人間たちは、虎のシマシマ毛皮の男や、虎の耳と尻尾のついた女性。  
こちらに来てから、まだ虎人を実際に見た事はなかったので、素直に関心を持った。  
 
「さあ、行きましょう。依頼人との交渉は、私が済ませておきました。  
後は、仕事の場所へ移動するだけですわ」  
 
 
 
そして駅まで連れて行かれて、クユラが予め予約していた、個室付きの寝台車に乗って、今に至る。  
蒸気機関車では目的地まで1日以上かかるとの事で、こうして無意味な時間を消化している訳だ。  
達哉はもう一度大きな欠伸をすると、背もたれに寄り掛かって、目を瞑る。  
やはり、元の世界の電車の背もたれの方が、フカフカで気持ち良い。  
 
「退屈そうですわね」  
「やる事がなくってさ。暇で暇で」  
「そうですか。ならわたくしが落ちモノの本を持っていますが、読んでみますか?  
あなた達の世界の本は、文章の構成力や発送など、  
こちらの世界の本よりもレベルが高くて羨ましいですわ。  
それに絵もとても綺麗で、平和だからこそ、娯楽が発展するのでしょうね」  
 
クユラは、そんな事を言って笑いながら、本を一冊取り出した。  
ブックカバーをしてあるので、どんな本かは分からないが、サイズはA5版くらいだ。  
達哉はクユラにお礼を言いつつ、その本を開いてみる。  
これでやっと、消化しきれない虚無の時間から解放される。  
それを喜びながら、本の内容に目を通した。どうやらマンガのようだ。  
 
『リョ○マ君、挿れるよ……!』  
『あ、不○先輩……ッ!!』  
 
達哉はヒトとは思えないほどの速さで腕を動かし、本を閉じる。  
見てはならないモノを見てしまった。そんな感覚に頭を支配される。  
絵だけでなく、文字も少し読んでしまった事で、ダメージは数倍になる。  
どうやらクユラは、こちらの文字に翻訳せず、元の文字で読んでいるようだ。  
 
「なんてモン読ませようとすんの?」  
「ウフフ、どんな反応をするか気になってしまいましたの。  
美少年同士が愛を語り合うと言うのも、中々面白いものでしてよ」  
「僕はオトコ! そんなの見ても面白く無いし、寧ろ気分が悪いよ!!」  
 
18禁同人本をクユラに叩き返して、達哉は叫んだ。  
あんなものが落ちてきていたなんて、ヒトの世界の文化を誤解されたりしないのだろうか。  
なんでもかんでも落ちてくると聞いていたが、これは想定の範囲外だ。  
本屋の絶対に避けて通るコーナーの商品が、こうして落ちてきている。  
なまじ原作を知っているだけにダメージも大きく、達哉は鳥肌を立てた。  
 
「もう、そんなに露骨に嫌がる事もありませんのに。  
すみませんでしたわ。わたくしとした事が、少し調子に乗ってしまいました。  
気を取り直して、仕事のお話でもしましょう」  
「う〜ん……、元の話しをはぐらかされてるようで、なんか腑に落ちないな……」  
 
達哉はイマイチ釈然としないまま、疑わしげな視線をクユラに向ける。  
しかし、まだ仕事の内容を聞かされていなかった事も有り、一応は興味をそそられたりしている。  
これは、達哉にとって初めての“蛇足” として仕事だし、レナの役に立てそうだと思うと、やる気も出る。  
達哉は訝しげな表情を崩さないまま、クユラの言葉に耳を傾ける。  
 
「まあ、お気になさらずに。わたくしは気にしていませんわ。  
それよりも、仕事の話しですわよ」  
「OK、話して」  
達哉は訝しげな表情を維持する事を諦め、真面目な表情になっていた。  
「まあそう焦らずに。順を追って話しますわ。  
まず今回の依頼主は、虎国のとある領主ですわ。  
虎国では、無数の領主がそれぞれの領地に点在しているのを、知っていますわよね」  
「ああ。レナさんと2人のときに、この世界の事情は大体教えてもらったし」  
「なら話しは早いですわね。今回の依頼主は、ちょっとヘマをしてしまい、  
悪どい別の領主に騙されて、自分の領地を失ったお馬鹿さんですのよ。  
残った全財産を掛けて『アイツを破滅させてくれ』と、依頼されましたの」  
「うっわぁ……」  
初めての仕事と意気込んでいたが、これでもかと言うほど私怨の依頼だ。  
「あまり傭兵と言う仕事を美化しない方が良いと思いますわ。  
5割方は私怨の依頼で、4割も国の間での小競り合いやら、薄汚い事ばかりですのよ。  
最後の1割がその他諸々。悪意無しに依頼される事など、滅多に無いと思ってくださいな」  
 
サラッと理想の傭兵像を打ち壊され、後に不快感だけを取り残される。  
達哉が自分の中で、傭兵を美化し過ぎていたのは確かだ。  
突き付けられた現実に、達哉はがっくりと肩を落とした。  
しかし、これもレナの役に立てると自分に言い聞かせる。  
達哉は自分を奮い立たせて、クユラの言葉を待った。  
具体的に、達哉が何をすればいいかを、まだ聞いていない。  
 
「それでタチヤには、以前わたくしが言った通りの仕事をしてもらいます。  
今回の目的は、相手を殺す事ではなくて、社会的に破滅させる事です。  
だから、“蛇足” で一番頭の良いわたくしと、  
ヒトである事を利用して相手の懐に潜り込める、達哉が依頼を受けるのですわ。  
その男ですが、かなり悪どい事をしているそうで、  
内部から粗を探せば、簡単に破滅させられると思いますの。  
ですから達哉は、まずその男の一人娘に近付いて、徐々にその男に近付いてください。  
疑り深い男だそうですが、流石にヒトを警戒したりはしないでしょう。  
本当は、最も警戒すべき存在だと言いますのにね」  
 
クユラの言った事を、達哉は自分の頭の中で整理し直す。  
つまり、ターゲットの一人娘に近付いて、警戒心を解かし、徐々にターゲットに近寄る。  
なんと言うか、詐欺師みたいなやり方だと思った。  
あまり気の進む仕事ではないが、さっきもクユラから傭兵を美化するなと言われたばかりだ。  
仕事なんだと、割り切らなくてはならないところなのだろう。  
 
「分かったよ。じゃ、女の子を口説く練習でもした方が良いかな」  
 
達哉は、レナが聞いたら、その瞬間に張り倒されそうな冗談を言ってみる。  
しかし、まずは一人娘の女の子に近付くのだから、冗談を抜きにしても、練習の必要があるかもしれない。  
そう考えを巡らせながら、レナと恋人として過ごす時間が、ほとんど無かった事を悔やんだ。  
まさかあそこまで周りに関係を知られる事を嫌がるとは、達哉も予想外だ。  
結局、誰も見ていないところで、少しだけいちゃつく程度の時間しか無かった。  
達哉としてはイマイチ不完全燃焼な調子だが、レナは今のままで満足だろうし、我慢しようとは思ってる。  
そのうち、レナと2人きりの仕事の機会などもあるだろうし、それまでの辛抱だ。  
 
そうやって、今の仕事とは全く関係の無い方向へ、思考がリープしていく。  
そんな中で、クユラは達哉が言った冗談に、珍しく真面目に対応した。  
 
「そうですわね。タチヤは女性の扱いが下手そうですし、少しくらいは学ぶ必要があってよ。  
せっかくわたくしが送り込んであげても、機嫌を損ねるようならそれまでですし。  
…………わたくしが、直接教えて差し上げます。しっかりと覚えてください」  
「え……、クユラさんが?」  
 
15かそこらの少女に、女性の扱いを教えられる。  
いくら中身は500歳でも、あまりしっくりくる感覚はない。  
それは、達哉がクユラの事をあまり知らず、彼女の本質を全く理解していないからだった。  
彼女の事をよく知るものなら、淑やかな態度は演技で、本質的には猫人なのだと知っている。  
そして今回も、クユラは達哉を手込めにして楽しもうと考えていた。  
 
「そう。わたくしが直々に。  
20を過ぎたばかりの若造が、わたくしに教えて貰えるなんて、とても光栄な事でしてよ」  
「……ッ!?」  
 
ガタンと音を立てて、クユラが手に持っていた本が床に落ちる。  
その横で、クユラはタチヤの肩を掴み、押し倒していた。  
電車の中とは言え、ここは高級の個室だから、見られる事を心配する必要も無い。  
達哉は抵抗しようともがいているが、そこはまあ、ヒトが相手だ。取るに足らない問題と言える。  
クユラは、達哉の両腕を片手で抑え込むと、空いてる方の手を達哉のズボンへ潜り込ませる。  
 
「いきなりこんな事をしてしまって、すみませんわね。  
ですがタチヤはこれから、女性の元へ“貢がれる”訳ですし、練習の必要がありますわ。  
分かっているでしょう? あなたはヒト。  
それをこの仕事に活かそうとすれば、こうなるのです」  
「うっ……、それは……ッ」  
 
クユラの細い指が達哉の性器を掴み、慣れた手付きで弄り回す。  
男に何かを吹き込むときは、こうしながらに限った。  
しかし達哉は、それでも何処か後ろめたそうな表情をしている。  
単純に嫌がっている訳ではなく、誰かに申し訳ない。そう思っている表情に見えた。  
達哉の様子に、クユラは自分の推測を確信へと変える。  
 
「レナさんの許可なら、もう取ってありますわ。  
彼女も、元々はこういう仕事に使うつもりで、あなたを拾ったのですしね。  
まさか恋仲になってしまうのは、予想外だったのでしょうが」  
「――なッ!!?」  
達哉の呆気に取られた表情を見て、クユラはニンマリと笑った。  
思った通りの反応に、思わず頬がほころんでしまった。  
「2人とも初心で、隠してるつもりでも、少しぎこちないと思いますわ。  
これじゃ、闘うしか能の無い犬狼とか、精通を経験してるかも微妙なお子様鳥や、  
盛るだけで、女心を1%も理解できないヘビぐらいしか、騙せませんわよ」  
 
クユラには、気付いているのは自分だけだと言う自信があった。  
伊達に500年生きてる訳ではなく、恋愛も性交渉も、人並み以上に経験はある。  
色恋沙汰に関する洞察眼には、かなりの自信を持ち合わせていた。  
今回も、口ではああ言ってるが、レナと達哉の関係は、かなり巧妙に隠されていた。  
レナも開けっ広げにしてしまえば楽だと言うのに、  
恋愛の経験が欠如していると、妙に気恥ずかしくなるんだろう。  
 
いつの間にか、達哉の性器がかなり堅くなっている。  
乗り気ではなくとも、男性と言うのは体で反応してしまうものだ。  
クユラはタチヤのズボンのファスナーを開けると、ズボンをパンツごと、少しずつずり下ろす。  
すると、窮屈な場所から出る事の出来た肉棒は、嬉しがっているかのように、天井を目指して反り立った。  
中々綺麗な形だなと思いながら、クユラはその肉棒を口に含んだ。  
先走りの液がもう出始めていて、少ししょっぱい味が、口の中に広がる。  
 
「ちゅ……はぁ……。ん……ちゅ……  
……レナさんにこんな事をされたら、再起不能になってしまうのでしょうね?」  
「や、やめてくれよッ!!」  
 
達哉は初めて味わうフェラチオの感覚に、背筋がゾクゾクするのを感じた。  
元の世界にいるときは、彼女とだってそんな事をする勇気はなかった。  
達哉の控えめすぎる性生活が反感を買い、自然消滅した記憶がある。  
そしてレナのザラザラの舌でそんな事をされれば、一生使い物にならなくなってしまう。  
 
みるみるうちに、達哉は絶頂への階段を上り詰めていくのが分かった。  
クユラもそれに気付き、どうするか考えたが、結局フェラチオを中断せず、口の中に出させる事にした。  
最後の仕上げとばかりに、亀頭の先を舌でなぞり、陰嚢を手で軽く揉む。  
そうすると、今まで相手をした全ての男は簡単に果てた。そして、今回も同じだ。  
 
「あっ、うぁッ!」  
 
達哉の口から声が漏れ、勢いよく射精した。クユラはそれを全て飲み干す。  
出された精液を飲み込んだ後も、口の中に入れたままの肉棒を舌で舐め、軽く吸う。  
それと同時に達哉の口から、再度うめき声が漏れた。  
達哉の射精の速さが自分の技量を表していると、クユラは得意そうな笑みを浮かべた。  
ちゅっ、と音を立てて肉棒を口から出すと、透明の糸が後を引き、そして切れる。  
 
「随分と早漏れですわね。  
もう少し我慢出来るようにならないと、満足させてあげられませんわよ」  
 
クユラはそう話しながら達哉を寝かせ、その腹の上に座る。  
しかし、達哉が諦めずに抵抗しようとするのが、少し気になった。  
クユラは右手の指先に、ふっと息を吹きかける。  
そしてその指先で、達哉の両手首をなぞった。  
すると、達哉の手首は床に張り付き、身動きが取れなくなる。  
 
「これはっ!?」  
「魔法ですわ。もう少し大人しくしてくれたら、使う必要もありませんのに」  
 
達哉が身動きを取れなくなった状態で、クユラは達哉の上着を脱がし始める。  
ボタンをプチプチと外し、下着をまくりあげた。  
男の上半身なんて、さして隠す必要も無い筈だが、それでも達哉は恥ずかしそうな顔をした。  
自分は遥か昔に忘れてしまった、初心な恥じらいに、クユラはフフンと鼻を鳴らす。  
こういう男性を調教して、正真正銘のプレイボーイにしてしまうのは、中々面白い。  
 
「まあ、今回は程々にするので、タチヤも楽しんでください」  
 
しかし、クユラとて節度はわきまえている。他人の持ち物を、勝手に調教するつもりはない。  
あくまでも、少しこういう事に慣れさせて、この先の仕事に支障が無いようにする。  
今回は、その為にこうして押し倒しているだけだ。  
 
だが、クユラ自身がこの行為を楽しんでいるのは事実だ。  
思えばヒトとの性行為など、かれこれ100年ほど御無沙汰だ。  
その時は、養うつもりも無かったので、数回した後に売ってしまった。  
そして今は、レナが近くにいるときは、こうして押し倒す事もままならないだろう。  
今の内に、目一杯楽しんで置くのが得策だ。クユラは、そう判断した。  
 
「タチヤを楽しませてあげますわ。  
ですが、わたくしも楽しませて頂きますわね」  
「やめ……、僕は――うぅッ…!」  
 
達哉の口から出る言葉は、クユラにはあまり心地良いとは思えなかった。  
だから、聞こえるのが嬌声だけになるようにする。  
尻尾を使って肉棒を扱きながら、達哉の乳首を指先で弄ぶ。  
乳首は、女性だけでなく、男性にとっても性感帯だったりする。  
案の定、達哉は体を震わせて、素直に反応してくれる。  
慣れた男と言うのは、こちらを気持良くさせてくれていいが、  
達哉のように慣れてない男は、こちらから攻めた場合の、手応えが堪らない。  
まるで操り人形のように、クユラの思い通りの反応をして、身悶えてくれる。  
 
「ウフ、気持が良いのですね。今、もっと良くしてあげますわ」  
「ひっ、ぅあ……ッ」  
 
指先で軽く弄ぶだけだった乳首に、今度は爪を立てた。  
痛みとも快感ともとれない、微妙な感覚に達哉はうめいた。  
クユラはそのまま、達哉の胸に顔を近付けると、次はもう片方の乳首を舐め上げた。  
数回舌でぺちゃぺちゃと刺激し、次はそこに口をつけて吸い上げる。  
達哉はなんとかして逃れようとするが、手首は床にくっ付いて離れない。  
それ以前に、絶え間無く送られてくる刺激の所為で、全身に全く力が入らない。  
そんな中でも、なんとかクユラを振り払おうと、慢心の力で胴体を揺らそうとする。  
だが、それは察知されてしまったのか、達哉が体に力を込めたその瞬間、乳首に歯が立てられた。  
そしてそれと連動して、先ほどから肉棒を弄っていた、クユラの尻尾が、動きをいっそう激しくした。  
 
「さ、早く出してください。  
恥ずかしがらなくても、男だから仕方ないと、割り切ってくだされば良いのですわ」  
 
クユラが一旦顔を上げ、達哉の目を覗き込みながら、そう言った。  
そして今度は、達哉の耳に顔を近寄せ、口に拭くんで舐め上げた。  
もはや達哉の体は出来上がっていて、迫り来る絶頂に抵抗するすべはなかった。  
そのまま一気に射精して、クユラの尻尾を白濁色の液体で汚した。  
 
「はっ……はぁーッ…」  
「あら、もう息が上がってしまいましたの。  
まだ2回しか出していませんのよ」  
 
肩で息をしている達哉に、クユラは詰まらなさそうに言った。  
まだ達哉を気持良くさせてやっただけなのに、と思ったからだ。  
少し慌てながら、体の向きを変えて、肉棒をまた口で咥える。  
肉棒に吐いた精液を舐め取り、舌先で突付いてやれば、萎えかけた肉棒は、また堅くなる。  
 
「さてと。次はわたくしの番ですわね」  
 
息を整えている途中の達哉を、横目で見ながら、クユラは自分の着ていたローブを脱ぐ。  
その下にあるシャツのボタンを外し、下着を脱ぐと、大きさ、形、共に申し分のない胸が露わになった。  
見せ付けるように、その胸の自分の手で揺らすと、達哉の視線が向けられるのが、クユラにも分かった。  
達哉も目線を逸らそうとしたが、他に目のやり場が無いと言うか、  
ここで視線を逸らせば、オッパイの神様に怒られそうな気がしてならなかった。  
そんな達哉の反応に、クユラは満足そうに頷く。  
長い時間を掛けて、最も理想的な形に仕立てた、自慢の胸だ。  
 
「胸ばかり見ていても、仕方がありませんわよ。  
もっと重要なのは、こっちでしょう?  
タチヤがあまりに良い反応をするので、わたくしも昂奮してしまいましたわ」  
「こっち……?」  
 
『こっち』と言う言葉に違和感を覚えながら、次の瞬間には達哉もそれを理解した。  
達哉のお腹の上に座りながら、クユラはローブの下に着ていたスパッツを脱ぎ始めた。  
達哉がクユラの大胆の行動に驚いている内に、あっという間にクユラは裸になった。  
股間の隙間に覗くのは、薄く毛の生えただけの、外見年齢と遜色の無い、ピンク色の恥部。  
相手が500歳を超える女性だという考えは、完全に達哉の頭から消えた。  
そんな中で、クユラのテクニックだけが、外見とは不相応に高いモノだった。  
 
「ほら、もうこんなになってしまいましたの」  
 
クユラは達哉に向けて大股を開き、指を使って自分の恥部を広げて見せた。  
当然の話しだが、その恥部の中に、処女膜は無い。  
ぱっくりと口を開いて、愛液を垂れ流していた。  
指に着いた愛液を舐め取ると、達哉の腹に恥部を擦りつける。  
ぬちゃぬちゃと卑猥な音が鳴り、愛液は達哉の肌を伝って、床に落ちる。  
そんな焦らすようなクユラの行動に、達哉の肉棒は痛いほどに反り立ち、精一杯の自己主張をする。  
当然ながら、それは達哉の意志ではなく、男としての生理的反応だ。  
 
「んもう。こんなに堅くして。  
さっき2回も出したばかりでしょう?  
そんなに挿れたいだなんて、タチヤも色魔ですわね」  
「ち、違ッ……!」  
「あら、テンプレートな反応ですのね。  
ええ、あなたは色魔などではないですわ。ですが、男です。  
わたくしも、我慢するのは好きではありませんし、そろそろ挿れますわ」  
 
クユラは立ち上がると、達哉の肉棒の上まで腰を持っていき、そして腰を下ろす。  
自分の指で充分に馴らしておいたので、なんの抵抗も無くあっさりと入った。  
 
「んっ……、素敵ですわ。とても気持良くてよ。  
ほら、わたくしが締め付ける度に、こんなにビクビクいって」  
「あ……ッ!」  
 
クユラが腰を上下に動かしながら、緩急を付けてタイミングよく肉棒を締め付ける。  
どのタイミングで刺激すれば相手が気持良くて、自分も気持ち良いか、それを見極めて体を動かす。  
達哉に乗っかって上下に動きながら、クユラは自分の胸を掴んで揉み解す。  
達哉にして欲しいところだが、先ほどクユラが魔法を掛けて動けなくしたばかりだ。  
 
「いつでも出していいんですのよ。  
どうせ妊娠はしないのですし、下腹が膨らむまででもどうぞ……ッ。  
ほら、もう先走りが出てる筈ですわ。  
出したくて堪らないんでしょう? 我慢する必要など、これっぽっちもありませんわ」  
「で、でも……ッ」  
「……仕方がないですわね。 すぐに出させてあげますわ」  
 
クユラは達哉と自分の腰を完全に密着させて、肉棒を自分の一番奥までおさめる。  
そして動きを止めた後、持てる限りの力で肉棒を締め付けた。  
ピッタリとくっ付いて、逃げ場など全く無い中で、とうとう我慢できずに、達哉は射精した。  
 
「あぁん…ッ! ……ふぅ、これなら何処へ出しても恥ずかしくありませんわね。  
あなたの行く先のお嬢さんも、さぞ喜ぶでしょう。  
タチヤの所為で、自分の父親が破滅するとも知らずに」  
 
楽しそうな笑みを浮かべて達哉の方を見ると、クユラの話しは聞いていないようだ。  
やはり休み無く行為を続けられて、疲れてしまったようだ。  
あんまりここで長引かせて、仕事のときに響いてくるのも避けたいので、ここで終わりにする事に決める。  
クユラが立ち上がると、その恥部からは愛液と精液が混ざったもの、そして萎えた肉棒がずるりと出た。  
 
「タチヤは、そのまま寝ていて下さってもいいのよ」  
「だ…けど……ッ」  
裸体の上に、直接ローブを纏いながらクユラが言うが、達哉はそれに応じない。  
クユラは少し考え込んだ後、達哉の顔を見て、しゃがんだ。  
「今は、眠ってください。わたくしが後で起こして差し上げますから。  
オヤスミ……、タチヤ」  
 
クユラは達哉の胸に指を当てて、そっと何か図形の形をなぞった。  
すると、達哉は急速に意識が遠のいていくのを感じた。  
最後に見たのは、クユラの外見とは不相応に妖艶な微笑み。  
21歳にして、初めて女性の恐ろしさと言うのを、目の当たりにした瞬間だった。  
 
「ウフフ、こんな格好で寝てるタチヤを見るのも、良いですわね。  
窓の外の風景を見てるよりは、いくらかマシですわ」  
 
ガタゴトと蒸気機関車は進み続ける。  
いつの間にか外は夕暮れになっていて、差し込む日の光が眩しくて、クユラはカーテンを閉めた。  
窓の外の風景など、見ていたところでつまらない。  
それよりも、あられもない姿で床に転がり、寝息を立てている達哉の方が、随分と見応えがある。  
そしてそれを見ながら、達哉がオルスに犯されていると所や、ミリアルドを犯している場面を想像した。  
中々笑える光景だ。自分の想像に、クユラはくすりと笑った。  
 
蒸気機関車の度はまだ続く。  
目的地までは、まだ半日ほど掛かるだろう。  
 
 
 
 
終  
 

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