「何故おまえは分かってくれない!私の医院を次ぐのがおまえの仕事だろう!!」  
 
「父さん!いい加減にしてくれ!僕の未来を決めるのは僕だろ?  
僕が目指してるのは父さんじゃない!!自分と同じモノを僕に求めるな!!」  
 
 
耕也は感情を爆発させながら、目の前の自分の父親に向かって叫ぶ。  
普段は温厚な達哉がここまで感情を高ぶらせている事に、達哉の父親驚く。  
達哉は父親の求める事に逆らった事はなく、父親の言う通りに生きていた。  
 
(これからもずっとそうだ。逆らわれる筈が無い。)  
 
そう思っていた父親は、少なくないショックに見舞われる。  
常に自分が思う通りの成績を残し、自慢の息子と胸を張って言えた。  
その達哉が、自分の医院を次がずに獣医を目指していた。  
それを裏切りと感じるのは、器量の狭い男からすれば、当然の事かもしれない。  
 
 
「僕の好きにさせてくれ!僕は父さんのような人間にはなりたくない。  
自分の事しか考えられないから母さんにも逃げられるんだよ!!」  
 
 
その言葉に、達哉の父親の動揺は、一気に怒りへとシフトチェンジする。  
近くにあった灰皿を掴むと、迷う事無く達哉に投げつける。  
咄嗟の出来事に達哉も避ける余裕は無く、それは達哉の額に赤い色を滲ませた。  
そのまま額を押さえて蹲る達哉を、自分の息子を容赦無く蹴りつける。  
 
 
「おまえにとって、そんな夢は『蛇足』だ!!必要ない!俺の言う通りにしろ!!」  
 
「…ッ…!!!」  
 
 
達哉は、口の中に血の味が広がるのを感じる。  
蹴られた表紙に口内を切ったようで、手の甲で唇を拭うと、薄っすらと血が付いていた。  
このままでは何をされるか分からない。と言う恐怖に駆られ、達哉は必死に逃げようとする。  
だが、痛みと恐怖で身体が思ったように動いてくれない。  
何か助かる方法はないかと辺りを見回しても、ロクなモノは見当たらない。  
 
 
「おまえの存在自体が蛇足なんだ!おまえのようなヤツならいない方が良かった!!」  
 
「ぐぇッ……!」  
 
 
鳩尾に爪先蹴りを入れられて、達哉は返るの潰れたような声を出す。  
その拍子に側にあったテーブルに達哉の父親の仕事机にぶつかり、その上の道具がバラバラと落ちる。  
そして達哉は目にした。カッターナイフが一つ、 刃を出したままで落ちている。  
しかも父親は達哉への怒りで頭がいっぱいで、それに気付いていないようだ。  
達哉は、迷わずそのカッターナイフを掴むと、父親の方向へ突き出した。  
大学でやった、動物の死体相手の手術の練習とは、違った手応えを手に感じ取る。  
カッターナイフでは思ったようには行かず、冷静にもメスの便利さを意識した。  
 
 
「あっ…!」  
 
 
父親は、五月蝿い悲鳴などは上げなかった。  
達哉が見たのは、自分の太股に突き刺さった凶器に脅える、ただの人間。  
医者なら何とかしてみせろと思うが、父親の震える手を見て、それは無理だなと納得する。  
達哉は父親が動揺している内に立ち上がると、他になにか武器になりそうなモノはないか辺りを見回す。  
すると、父の机の上にはまだ刃物があった。ペーパーナイフだ。  
達哉はすぐにそれを掴むと、その頼り無い切っ先を父親に向ける。  
それは真っ直ぐに父親の首へと向かい、そして串刺しにする。  
思ったよりもすんなりとペーパーナイフの刃は首に刺さった。  
動揺し過ぎて、返って冷静になってしまっている思考の中、達哉は父親に向かって何かを言った。  
 
 
「…大嫌いだ」  
 
 
 
 
「あら、達哉さんお出かけですか?」  
 
「……」  
 
 
走りながら病院を出ると、見回りに出ていた看護婦に声を掛けられた。  
達哉はそれを無視して、自分のスクーターが置いてある駐車場に走る。  
達哉は、父親を殺したその後、すぐに部屋を立ち去った。  
あと30分もすれば、父親の死体は見付かってしまうだろう。  
そして、カッターとペーパーナイフには達哉の汗と指紋がベッタリ付いてる筈だ。  
つまり、達哉はすぐに逮捕される。逃げたって意味はない筈だ。  
だが、  
 
(コレは間違えだ!僕が人殺しなんて、悪い冗談だ!!)  
 
自分の過ちを認められるほど、今の達哉は冷静ではない。  
スクーターの前で、上手く刺さらないキーをガチャガチャとやりながら、達哉は泣き始める。  
スクーターの鍵穴にキーを刺そうとする度に、父親の首にめり込むペーパーナイフがフラッシュバックする。  
耐え兼ねた達哉はキーを投げ捨てると、自分の足で走り出す。  
 
(そうだよ。家に帰って一晩寝れば、全部が元通りになってる筈だ…!)  
 
様々なモノが、自分の横を通り過ぎていく。  
たくさんの車や、人前でイチャつくバカップル。塾帰りの小学生。  
ストリートダンサー、ホームレス、とにかくたくさんのモノ。  
ガムシャラに走る達哉の肩が、その中の一人の肩とぶつかった。  
その相手は持っていた缶ジュースを自分の来ているシャツにぶちまけた。  
 
 
「テメッ!なにすんだよコラァ!!」  
 
 
しかし、その相手の手が達哉に届く前に、達哉は遥か向こうへ走り去っていた。  
回りは何も見えず、ただ走る。見えない恐怖から逃げて、ただ走る。  
 
(こんなのは全部ウソだ!ウソだウソだウソだ!!ある筈がない!!)  
 
有り得る筈が無い事でも頭に言い聞かせて、必死に現実から逃げようとする。  
次第に、辺りに響いていた都会の喧騒も、自分の足音も聞こえなくなる。  
全てが無音の、真っ暗闇の世界に放り出される。  
だが今は、それすらも奇妙だと思う余裕は無い。  
何も考えられない。何も考えたくない。怖い。これから先の人生が怖い。  
いっその事、どこか別の世界に行ってしまいたい。  
だけど、どこに行こうと自分の犯した罪は消えない。  
後悔しながら生きていく。そして、後悔しながら死んでいく。  
『生き地獄とはこんなモノだろうか?』頭の中にそんな言葉が浮かぶ。  
思考は際限無くリープして行き、もはや何が何だか自分でも分からない。  
いつの間にか、地に足を付けている感覚さえも無くなる。  
足を動かしていても、前に進んでいるような気はしない。  
風などは微塵も感じず、目を開けている筈なのに何も見えない。  
そして異変に気付いた時には……  
 
 
 
 
「うわぁ!?」  
 
 
何か大きな物体にぶつかった。ある程度の弾力はあり、ぶつかった時に生物の体温も感じた。  
動物の毛皮もあったように思える。達哉は、混乱する思考回路をなんとか落ち着かせて、顔を上げる。  
そこにいたのは、どう見ても人間には見えない異形の存在。  
 
 
「テメェ!何処から入ってきやがった!あぁッ!!?」  
 
「なっ…なに…?」  
 
 
目の前に居たのは、世間では獣人と呼ばれる存在だろうか。  
しかしそれは、空想の産物でしかない筈で、目の前にある筈も無い。  
だけど、達哉の目の前に居るのは見紛う事なきモノホンの獣人。  
大きな剣を背負って重そうな鎧を着込んだ、リーダー格っぽいオオカミが一人。  
他にも数人のオオカミの獣人達が居る。そちらは、如何にも子分と言った風貌だ。  
そして後ろの方に、小太りの犬の獣人。それも明らかに年寄りが一人。  
何故か分からないが、達哉に対してエラク警戒心を剥き出しにしている。  
状況から判断すると、オオカミ達は護衛だろうか?  
頭の中ではそこまで考える事ができたが、身体は言う事を聞かない。  
達哉は口をパクパクさせるだけで、言葉を発する事が出来ないで居る。  
 
 
「テメェ!どこから入ったかって聞いてるんだよ!!!」  
 
「ひっ…!!!」  
 
 
今度は牙を剥き出しにして、オオカミ獣人が達哉に叫んだ。  
慌てて後ずさりしながら辺りを見回すと、明らかな密室だった。  
遥か上の方に、明かりを入れる為の小窓と、天井に通風孔があるモノの、どうやって自分がここに入ったか分からない。  
達哉は頭を抱えて、今の状況を考える。だが、答えなんて出る筈も無い。  
そこにいる全員の視線が自分へ向き、これでもかと言うほどの息苦しさを感じる。  
犬の年寄りを覗いて、全員が武器と防具を装備し、構えている。  
いつ死んでもおかしくない。いつ殺されてもおかしくない。  
動揺を隠さずに固まっている達哉に、オオカミの男はふと気付いた。  
 
 
「そういやおめぇ……ヒトじゃねェか。尻尾も毛皮も無い。  
それに、そんな服装の奴なんざ、こっちじゃ見た事もねェ」  
 
「そう言えば、そうっすね!コイツを売れば当分は食ってけますぜ!」  
 
 
達哉の身体をねぶるように見詰めながら、オオカミの男が言った。  
それに続いて、子分の一人が嬉しそうな声を上げた。  
達哉にはそれが何の話しだか理解する事は出来ない。  
ただ、『売る』と言う単語はハッキリと聴き取る事ができた。  
その言葉に、達哉は戦慄を覚える。人身売買など、遥か遠い世界の話しだと思っていた。  
自分には関係の無い、社会の裏側で起こっている事と。  
しかし、それもよく考えれば不思議ではない気もしてきた。  
自分はいつの間にか人殺しになっていた。…いつの間にか売られてても、そこまで驚くほどの事ではない。  
結局の話し、人生なんて何が起こるか分かる筈がないのだから。  
オオカミたちは、相変わらず達哉の事で楽しそうに話している。  
「新しい武器を買う」とか「美味いものをたらふく食べる」とか「しばらく遊んで暮らせる」とか。  
自分に随分と高い値段が付いている事に、達哉は場違いながら、自分に価値を見出した気がした。  
 
 
「ま、待て!」  
 
 
そんな中、オオカミたちの後ろにいた犬の老人が声を張り上げた。  
杖を振り上げてオオカミたちに向け、振り回す。  
その姿から、自分の事しか考えない父の面影を感じ取り、達哉は嫌悪感をおぼえた。  
老人は達哉から見ても明らかな虚勢を張り上げ、オオカミたちに言った。  
 
 
「そいつはワシのだ!ワシの敷地に落ちてきたからには、ワシの決まっとろうが!!  
孫もペットを欲しがっていたし、ヒトが一匹欲しいと思ってたところなんじゃ。  
ワシの家の敷地に偶然落ちてくるなんて、なんと幸運な!」  
 
「あぁ!?…じいさん、雇い主だからって図に乗るなよ。  
アンタが出した報酬よりもよっぽど高い金が、コイツを売れば手に入るんだ。  
なんなら、今すぐ契約を打ち切ってもいいんだぜ?」  
 
「な、なんだと!雇ってやった恩をアダで返すのか!!?」  
 
 
オオカミたちのリーダーと、犬の老人の間で口論が始まる。  
達哉がどっちの所有物かで争ってるようで、この世界でのヒトとは愛玩動物である事が窺い知れる。  
落ちてくると言う言葉もあったし、恐らくたまにヒトが元居た場所からやってくるのだろうか。  
この隙に逃げたいとも思ったが、一つしかない扉の前にはオオカミの一人が立っている。  
しかも、リーダーと雇い主の口論が続く中でも、2人のオオカミは達哉に視線を向けたままだ。  
達哉は逃げ出す事を諦め、尻餅ついたまま壁に寄り掛かって天井を仰ぐ。そして驚いた。  
天井にある通風孔の蓋が、少しずつ開いている。音も立たない程度にゆっくりだが、少しずつ確実に。  
達哉は、自分を見詰めるオオカミ達に悟られないよう、顔を向けずに目だけでそれを見る。  
やがて蓋が完全に開いて、中から女性の足が出てきた。  
そのまま勢いをつけて全身も通風孔から飛び出し、オオカミのリーダーの頭を蹴りつけて着地する。  
 
「ッ!!!」  
 
 
達哉は目を見張った。体つきや鬣が無い事で女性だと分かるが、他の獣人達と同じ姿をしている。  
しかし、唯一違うのは、その女性が犬科の獣人ではなく、ネコ科のライオンだと言う事だろう。  
女性はしなやかな動きで腰のベルトに付けてある短剣を鞘から引き抜き、犬の老人の元へ直進する。  
達哉が何が起こったのか分からないでいると、犬の老人の首が刎ねて、達哉の元へ飛んできた。  
ゴトッと音を立てて達哉の前に落ち、身体は首から血を吹き出しながら倒れ込む。  
そして、犬老人の生首と達哉の視線が、一瞬だけ交差した。  
あまりの恐怖に、達哉は叫び声をあげたいと思った。  
 
 
「ッ…!!ぁ……ッ!!!」  
 
 
だが、声帯が押し潰されてしまったかの様に、声を出す事ができない。  
後ろに下がろうと思うが、壁を背にしている所為でそれ以上下がれない。  
回りを見ると、今度は女性の方に全員の視線が集中している。  
その中で、女性は表情に変化も見せず、詰まらなさそうな表情をしていた。  
 
 
「こんな楽な仕事は久しぶりね。貴方たちも傭兵なら、もっと真剣に仕事に挑みなさい」  
 
「…ッ!んだとテメェ!!…ふざけやがって!」  
 
 
余裕の表情を見せるライオンの女性に、リーダーは背中の剣を抜き放って切り掛かる。  
雇い主を殺されたのだから、もう報酬はもらえない。  
達哉を売った金と、老人から受け取った報酬の両方で、  
しばらくは遊んで暮らそうと思っていた彼にとって、ライオンの女性の行いは許せるモノでなかった。  
相手が同じ傭兵で、あくまで依頼をこなしただけと言う事が分かっていても。  
 
 
「チッ…、任務外の仕事をするなんて、よっぽど暇な傭兵ね…」  
 
 
ライオンの女性は軽く舌打ちすると、手にした短剣でオオカミのリーダーの人達を受け流した。  
大剣は女性の横を通って床に突き刺さる。  
それによって出来た隙を利用して、女性はリーダーの腹部に膝蹴りを入れた。  
 
 
「ッ…!!」  
 
 
先ほどよりも更に大きな隙が出来る。そして今度は顔面にかかとをめり込ませた。  
オオカミのリーダーはその衝撃に吹き飛んで、壁に叩き付けられる。  
他のオオカミたちも、自分達のリーダーが一瞬でやられた事に、戦意を喪失しているようだ。  
達哉はと言うと、ジャッキー・チェンの映画でも見た事の無いような鮮やかな格闘戦に、唖然とするだけだ。  
自分の前に転がっている生首も忘れて、ライオンの女性に見とれていたその時、  
女性が達哉の方を向いた。達哉はビクンと硬直して、女性の視線を受け止めた。  
 
 
「貴方のお陰でいいタイミングが取れたわ。有り難う。  
金のなる木を見れば、誰だって仕事どころじゃなくなるものね。  
――――さあ、おまえ達もそろそろ帰りなさい。私に勝てないのは分かったでしょ?」  
 
 
「ひっ…、ひぃ!!」  
 
 
残りのオオカミたちは、女性の視線を受けて一人残らず逃げ出した。  
リーダーも他のオオカミに担がれて行った。気絶していたようだ。  
最後に達哉は女性と2人きりになり、少なからず恐怖感に囚われる。  
だが、自分から何かを話す事も出来ず、ただ女性を見詰めていた。  
すると、女性の方から何かを話そうとしてきた。達哉は一瞬驚く。  
女性は呆れたような表情と口調で話し始めた。  
 
 
「そう怖がらないで。貴方に敵意はないわ。ただ、この世界の事を教えようと思っただけよ」  
 
「この……世界…?」  
 
 
この世界。つまり、達哉が生きてきた世界とは、別の世界と言う事だろう。  
ヒトが高値で取り引きされて、獣人達の暮らしている世界。  
達哉にはその程度の情報しかなく、女性の言葉は素直に有り難いと思った。  
だが、口から出る言葉はまだ微かに震えていた。  
 
「貴方のお陰で私も楽を出来たし、お礼にね。  
……まず、ここは貴方の居た世界とは別の世界。  
そして、貴方は自分の居た世界からこの世界に落ちてきたのよ」  
 
「落ちる…」  
 
 
女性は饒舌に語り出す。ヒトの世界の物が、たまにこの世界に落ちてくる事。  
それらは“落ち物”と呼ばれ、希少価値が高い事。  
中でもヒトは、ペットとして非常に高値で取り引きされ、数年は遊んで暮らせる金が手に入る事。  
達哉が尋ねる事全てに、女性はすぐに答えてくれた。  
あらかた質問を終わらせて、一息つく達哉に女性は不思議そうな声色で質問した。  
 
 
「元の世界に戻る方法は質問しないのね?…ほとんどのヒトは、落ちてきてすぐそれを質問するらしいけど」  
 
 
女性の言葉が胸に刺さる。自分はもうあちらの世界には戻れない。  
あちらに行けば自分は犯罪者で、父親を殺した罪で投獄されるのだろう。  
残してきたモノは数え切れないほどある。獣医になりたいと言う夢も潰えた。  
だが、あちらの世界には戻りたくない。戻るのが怖い。  
達哉は、消え入りそうな声で女性の質問に答えた。  
 
 
「帰りたく…ないですから…」  
 
「そう…なにかしら訳ありのようね。……じゃあ、私もこれでお暇するわ」  
 
 
女性は達哉の言葉に返すと、すぐにドアの方へ歩き始めた。  
達哉は立ち去っていく女性に焦りを覚える。  
この世界の事はあらかた教えて貰ったが、ここのままでいたら自分は奴隷商人にでも捕まってしまう。  
見たところこの女性は安全そうな印象を受けたし、売られるくらいならまだこの女性に付いて行きたい。  
達哉は慌てて立ち上がると女性に向かって走り出す。  
その時、犬老人の生首を蹴飛ばしてしまったが、今はそれ所ではない。  
 
 
「ま、待って下さい!!」  
 
 
達哉の呼び掛けに、女性は立ち止まる。  
 
 
「僕は、元の世界に居たとき医者を志していました。  
この世界の方たちよりは高い技術を持っている自信はあります!  
それに、一人暮らしをしてたから炊事洗濯掃除なんでもできます。  
だから、僕を貴女の奴隷にして下さい。貴女なら信用できる」  
 
 
志していたのは獣医であって、人間相手の医者ではないが、それくらい大丈夫な筈だ。  
それに獣人の外見をしているのだし、もしかしたら獣医の方が適任かも知れない。  
女性は振り返ると達哉の方へ振り返ると、口を開いた。  
 
 
「…貴方、名前は…?」  
 
「達哉です。姓は……ありません」  
 
 
名前だけで十分な筈だ。今はまだ、父親と同じ姓を名乗る気にもなれない。  
達哉はそう思いながらも、祈るような視線を女性に送り続ける。  
女性は達哉を見てしばらく考え込んでいたが、おもむろに口を開いた。  
 
 
「タチヤね。分かったわ。私はレナ。“蛇足”のレナ。  
医者は丁度欲しいと思っていたし、貴方を“蛇足”のヒト奴隷にするわ。  
言った通り、炊事洗濯掃除、雑用は何でもしてもらうわよ」  
 
 
「は、ハイ!!…レナさん」  
 
 
達哉は笑顔を作ると、レナの直ぐ横まで移動する。  
近くでよく見てみると、ライオンの顔立ちの中にも女っぽさがあり、レナを可愛いと思った。  
それが伝わったのかレナは「あんまり見るな」と言って達哉の頭を叩く。  
達哉は頭に出来たタンコブをさすりながら、顔を上げた。  
 
 
「タチヤ、宜しく頼むわね。“蛇足”の一員として」  
 
 
密室の扉を出て、その先に広が無世界に見とれていた達哉に、レナはそう言った。  
達哉はイマイチ聞こえていないようだったが、レナは仕方ないとばかりに肩をすくめた。  
達哉はまだ、月明かりの照らす世界に見とれていた。  
 
 
「おまえもある意味、元の世界から放り出された“蛇足”…。  
そう、私たちと同じ……」  
 
 
 ヒトの耳では聞き取る事の出来ないほど小さな声でレナは言った。  
もちろん、達哉がそれに気付くはずもない。  
 
 
 
 
 
第1話完  
 
 

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