どうも幼虫の時と成虫の時とで違いがありすぎるので、トールは二つの姿で呼び方を変えるようにしている。 
言葉に詰まりがちで、言いたい事をはっきりと言えない幼虫の時は、名前を縮める形でベス。 
対して、例の、何と言おうか。まあそんなものである成虫の時は、名前どおりべすぺ。 
一文字しか違っていないと言われそうだが、まあ、トールとしては区別が出来るので結構な事ではあった。 
 
それはさておき、今二人は昼食を摂っている。 
ここはキツネの国。あまり田舎暮らしをした事のないトールも、何となく日本らしさを感じ取れる場所である。 
そして、そんな国らしく、食べているのはキツネうどんだ。 
これが中々に美味で、ダシのきいた汁が実によく油揚げに染み込んでいるではないか。 
「これは美味いね。隠れた名店かな、ここ」 
「お、美味しいですか? これ」 
ところが、そんな美味なるうどんだというのに、ベスの箸が妙に遅い。 
「凄く美味しいよ。何と言ってもダシがいいね。 
 これは鰹節から取られたもののようだけど、まさに絶妙な味わいを醸し出している。 
 あっさりとしていながら、それでいて体に染みるような温かさがあって、これはもう達人芸だね」 
「……あ、あの。トールさん、そ、そんなことまで解説してもらわなくていいです」 
「いや解説っていうか感想っていうか……正直に言っただけだよ。 
 ……で、ベスはこのうどんの何が気に入らないんだ?」 
ちなみに彼女の箸の使い方はこれが妙に上手だから困る。いや困る事はないのだが。 
何でも、スズメバチ族ではあらゆる食器の使い方を叩き込まれているらしい。 
あくまで食器の使い方であり、テーブルマナーではないところに庶民性があるのだそうだ。 
「これ……だって、具が、ですね。あ、油揚げしかないですよ?」 
「……キツネうどんって、そういうものだろ? 月見とか、オプションつけてないんだから」 
そう言うと、ベスは頬を膨らませながら、箸を置いた。 
「お、お肉がないと食べた気がしません。私、お肉大好きなんです」 
「……若いなー。肉ばっかり食べてると栄養バランス悪くなるよ?」 
「ス、スズメバチだからバランスとかいらないんです。栄養が第一なんですよ」 
拳を握り締めて力説する。 
普段、彼女は異様な食欲を発揮して、成人の数十倍の食べ物をたいらげてしまう事も多い。 
が、考えてみれば、そんな時に犠牲になる食べ物は大抵が肉や魚といったたんぱく質ばかりだったようにも思う。 
「それにしたって、このうどん美味しいのに」 
「お腹に溜まれば食事はそれでいいんです」 
「心が貧しい食事だよ、それ」 
その言葉に納得したというつもりもないのだろうが、何も食べないよりはマシと判断したのかベスはまた箸を取る。 
トールは何事もなかったかのように、汁の絡んだうどんをすすり、その程よい塩に感動していた。 
そしてベスがようやく油揚げを食べ終え、トールが残り汁の半分を飲み干した、まさにその時である。 
 
暖簾をくぐり、店に入ってくる姿が三つあった。 
「親父、かけうどん二つと肉うどん一つくれい」 
「あいよ」 
慣れた様子で注文を入れ、その三者はトール達から少し離れた席に座る。 
どうも今の声、どこかで聞いたなとトールは思った。が。 
「トールさん、トールさん」 
「ん?」 
ベスが、目を輝かせてこちらを見ている。 
「い、今ですね。あのお客さん、肉うどんって言いましたよね?」 
「言ったね」 
「お、お肉が入ったうどんがあるんなら、それも頼んでいいですか?」 
「……財布握ってるのは君だから。好きにしたらいいと思うけど」 
口調こそ気弱そうに聞こえるが、この中身は最初に出会った強力なるスズメバチのクイーン候補なのである。 
一度決めた事はテコでも動かさない、強靭な意志が彼女にはあるのだ。 
それが食欲へと向けられた場合、方向を修正するのはほとんど不可能に近いと、トールはここ一ヶ月で理解していた。 
「あ、でも、どれくらい肉が入ってるか分からないし。 
 あっちの人が頼んだのがどんな感じか、ちょっと見てからにしたらいいと思う」 
「そ、それはそうですね」 
肉を想像したら食欲が湧いてきたらしく、ベスは残りのうどんも一気に食い尽くした。 
その上で、三人の客の方を見る。 
まだ肉うどんが届いた様子はないが、見る。 
――見ていると、その三人の会話も聞こえてきた。 
「さて、ここからどうするかだな。お前ら、知恵はあるか」 
「そうですねえ。キツネ国に入ったってことまでは掴めたんですが……」 
「片っ端から尋ねて回れりゃいいんじゃないですかい、長兄」 
最初に注文をした男がまとめ役のようだ。 
次に、やや背の低い男は、知恵の回る子分であろうか。 
最後に、大きな男がいて、これはどうも単純に見える。 
そしてこの三人、いずれもネコ族だ。 
「……ベス。あの三人、どこかで見たことなかったっけ?」 
トールには、つい最近、どうもこんなものと顔を合わせたような記憶がある。 
「そ、そうですか?」 
だが、ベスはあまり感知していないようだ。 
早く肉うどんが運ばれてこないかと、そればかりを気にしている。 
曰く、幼虫の時はエネルギーを蓄えるのが何より優先だというから、その姿勢も正しいのだそうだが。 
それにしても、こうやって注意力散漫になるのは、あまりいい事ではないのではないか。 
「そんなアホな手を打てば、先に怪しまれるのはこっちだろうがよ。 
 奴らに気づかれちまえば、変態でもされてまた負けることになるぜ」 
「そ、そうか。すまねえ、長兄」 
「……しかし兄者。仮に変態されたところで、教団から頂いたあれを使えば……」 
三人は何やら怪しげな話に興じているので、覗き込んでいるベスに気づいていない。 
しかしこの会話を聞くにつれ、トールの警戒心はうなぎ上りに上昇していく。 
「変態されるってことは……ベス、やっぱりあれは怪しいって」 
「……まだ来ないですね、肉うどん」 
主はもう放っておいて、トールは会話を聞く事に集中する。 
「そりゃあそうだが、あれに頼りすぎるのもよくねえ。 
 幼虫なりサナギなりの時に襲えば、こっちは無傷で勝つことも出来るんだ。 
 そうなりゃ教団の連中にだってでかいツラはさせねえ、俺達の好きなようにやれるんだよ」 
「さ、流石は兄者……そこまでの考えがおありだったとは」 
多分、これは確定的だ。 
変態に幼虫にサナギと来た。しかもネコの男である。 
この一ヶ月間の旅の中、べすぺが叩きのめした悪党はそれなりにいる。 
が、あんなネコの悪人は、ほぼ一人くらいしか心当たりがない。 
山奥の村にいた、あの偽領主。村で捕縛されていたはずだが、逃げ出しでもしたのか。 
そしてその目的は、どうやらべすぺへの復讐らしい。 
あれだけ派手に叩き潰されれば、復讐したくなる気持ちも十分に理解は出来る。 
理解できるからといって、素直にそれを受けてやる義理もないのだが。 
 
「まずいな。今のベスじゃ、戦えないぞ」 
「あー、あれ、お肉がいい感じで入ってますねー。や、やっぱり追加注文しちゃっていいですか?」 
「いや、それどころじゃないって」 
復讐のターゲットである本人は、しかしよだれなど垂らしながら肉うどんに見入っている。 
エネルギーの補給は何より大事なのだと本人は語っていたが、この姿を見る限り怪しいものだ。 
だが、主人の弱みを嗜めるのもマスコットの仕事である。 
トールは、うどんに見入っているベスの顔を無理やりそらした。 
「あ、う、うどん……」 
「それどころじゃないんだって。よく見ろよ、あいつら」 
「……肉うどん、美味しそうですね」 
「そっちじゃないッ!」 
もう一度無理やり顔を動かす。 
「ほら、君が殴り倒した連中じゃないか、あいつらは」 
「……そうでしたっけ?」 
首を傾げ、きょとんとした様子の少女である。 
あれだけの大立ち回りを演じたというのに、頼りない事おびただしい。 
「そうだよ。しかもあいつら、俺達を探してるみたいなんだ。 
 見つかったらマズいって、絶対。今の君には戦う力ないだろ?」 
「あ、あの人達にはいまいち覚えがないですけど。……でも、そ、そうですね。 
 戦う力がないって事は確かです」 
「それならすぐ逃げなきゃ。肉うどんはこの次にしよう」 
「で、でも、お肉は食べないと変態だってあんまり……」 
「だからそういうことを気にしてる場合じゃないんだって!」 
トールも思わず声が大きくなる。 
人が食事をしている場で、そういう好意をするのは一般的に迷惑な事だ。 
従って、当然怒られる事にもなるだろう。 
「おい、そこのヒト! うるせえぞ!」 
こんな具合に。 
そしてこういう場合には良くある事なのだが、注意をしたのは。あの肉うどんを食べていたネコだったりする。 
ベスが見入っていたせいで、その視線を感じて敏感にでもなっていたのだろうか。 
視線そのものの魔力について考えたくなる一事である。 
それはさておき、注意されたなら謝るのが一般的な態度であり、そうするのならば注意者に顔を向けなければならない。 
トールもそのようにしたので、結果として。 
「あ、すみません」 
「おう。あんまり騒ぐんじゃねえぞ」 
素直に謝ったトールと、うどんを食べていたゴルバスの目線がまっすぐぶつかる。 
「……いやあ、その。なんというか」 
「…………」 
こんな時にどう反応すればいいのか。研究する価値のあるテーマであろう。 
「お、おま、お前は、おま……」 
「あ……その。なんというか」 
大ごろつきと小ごろつきは、立ち上がって驚いている。 
ベスは、また肉うどんに興味を惹かれ始めたようだ。 
この微妙な沈黙。トールは、なるべくなら早く過ぎ去ってほしいなあ、と思う。 
そしてゴルバスは、深くため息をついて。驚いていた顔が、ニヤリとした悪い笑顔になった。 
「どうも……運が向いてきたらしいな」 
本当に嫌な笑顔である。 
よほど悪い事をしてこなければ、なかなかこんな笑顔は作れないだろう。 
「それじゃあ、ちょいと表に出て話をしようか。スズメバチの嬢ちゃんに、ヒトの兄ちゃんよ?」 
ごろつき二人も悪い笑顔になって、余裕まで見せている始末だ。 
「……あ、あれ? ト、トールさん、この人達、前に殴り倒したッ」 
「……だからさ。遅いよ、気づくの」 
 
 
 
魔法少女ホーネットべすぺ 
 
第3話「復讐戦!? ゴルバスの再挑戦!」 
 
 
考えてみれば、店を出た時点で大声を出して騒いでおけばよかったのだ。 
何もこんな状況になるまで黙ってゴルバスらに従う必要もなかったのではないか。 
今更後悔しても遅いのだが。トールはつくづくそう思う。 
「むーむー」 
隣には縄でぐるぐる巻にされ、口には猿ぐつわをかまされたベスが転がされている。 
トールも似たようなところではあるのだが、とりあえず口だけは塞がれていない。 
「天下のスズメバチも、そうなっちまったら形無しだな!」 
「まったくだ。こんな奴らにやられたとは、信じられませんぜ!」 
「こんなにあっさり捕まえられるなんて、流石は長兄!」 
三人の悪党は、そんなトール達を見下ろして高笑いの連続である。 
 
――あの後。 
意外な事に、ゴルバスは正々堂々たる決闘など申し込んできた。 
問答無用で襲い掛かってくるかと思ったので、それには驚かされたのだが、もっと驚く事には。 
「わ、わかりました。決闘を申し込まれたなら、う、受けない訳にはいきません」 
と。ベスがそれを即座に承諾してしまったのである。 
幼虫で戦うなどあまりにも無謀であるし、せめて変態する時間をとってからにしようと説得はした。 
したのだが。 
「に、逃げたと見なされては、クイーン候補の名折れです!」 
言い張るとなかなかきかないのが彼女の困ったところである。 
それに、またゴルバス達も。 
「まぁ待ってやってもいいぜ? 勝てる状況じゃねえと戦おうともしない、そんな情けない相手ならむしろ楽に勝てるってもんだ!」 
「わ、わたしはそんな、ひ、卑怯者じゃありません!」 
売り言葉に買い言葉――は少し違うだろうか。 
まあそんなこんなで、ベスはゴルバスと決闘に望んだのだ。 
 
そしてこの有様である。 
「むー……むーむー」 
口を塞がれているので、彼女の言いたい事は聞こえるものではない。 
が、何となく、謝っているのだというのは伺える。 
「さて……どうしたもんかな。とどめを刺しちまってもいいが……」 
ゴルバスの目がぎらりと輝く。 
あの村での戦いと同様に、大きな刀を携えているようだ。 
あれを使われれば、トールもベスも一刀のもと首と体が泣き別れになってしまう事だろう。 
「ここが死後の世界でも、そういうのは嫌だなぁ」 
「あん? 何を良くわからねえ事を言ってやがる。 
 ……フン、ま、安心しな。ここで殺しはしねえさ。ここではな」 
「ここでは……?」 
思わせぶりな言葉に、仕方なくトールは反応した。 
「そうとも。お前らは、さる連中に引き渡すことになる。 
 俺が言うのもなんだが、あの連中も相当に外道だからな……ロクなことにはならんだろうよ。 
 敵ながら同情するぜ……しかしそもそもの原因はお前ら、特にそのスズメバチの嬢ちゃんにあるんだ。 
 せいぜい自業自得を噛み締めながら、覚悟を決めるんだなぁ!」 
そう言うと、ゴルバスだけでなく大小のごろつきも下品な笑いをたてた。 
どうもゴルバスの笑うタイミングにあわせて、手下も笑っているらしい。 
細かいところで気のつく連中のようだが、まあそれはどうでもいい。 
「よし。それじゃあ連れていくぞ。おい、お前ら!」 
「へい!」 
「へい!」 
大ごろつきの方がトールを担ぎ上げ、小ごろつきの方はベスを担いだ。 
ゴルバス本人は特に触れようともしないようだが。 
 
などと観察している場合ではない。 
このまま静観していれば、どうも面白くなさそうな場所に連れていかれてしまう。 
「ま、待った!」 
とりあえず声を出して見るトール。 
「待たねえよ。ほら、さっさと行くぞ」 
それをあっさりと素通りするゴルバスである。 
なかなかの悪党だけに、こういう場面の対応にも慣れているのだろう。 
「いやいや、でも、こういう場合は冥土の土産とかさ、そういう話が出てくるものだと」 
「そういう話をすると確実に負けるんだよ。俺の経験がそう言ってるんだ」 
まったく隙がない。このゴルバス、ただの悪党でもないようだ。 
そうこうしている間に、大小のごろつきはトールとベスを担いでどんどん進んでいく。 
なだらかな傾斜の丘を歩いているのだが、木々も多く、あまり人の目につくような場所ではないようだ。 
このまま、彼らの言うところの危うい場所へ連れて行かれてしまうのだろうか。 
そしてその後に待っていそうなのは、あまり想像もしたくない事柄だと予想できる。 
「むー、むむむー」 
ベスはもがいているようだが、小ごろつきの運び方も手馴れたもので、効果はほとんど上がっていない。 
トールも暴れようと思えば暴れられるのだが、 
「余計な気起こしたら何本か折らせてもらうぜ」 
と。大ごろつきが、間近で見ると随分迫力のある顔で凄んでくるものだから、あまり暴れられない。 
もっとも、暴れたところで、トールも昔から非力だった男である。どうにもならないだろう。 
「……うーん。絶体絶命だな」 
「何を他人事のように言ってやがる。前もそうだが、お前は当事者意識って奴が足りないんだ」 
これを言ったのは小ごろつきである。あの廃小屋での一件を覚えていたものか。 
いずれにせよ、トールもベスも、両者ともに手も足も出ない状態である。 
魔法少女ホーネットべすぺ、ここで終焉を迎えるのであろうか。 
 
 
 
「痛てッ」 
「痛ッ」 
その時である。 
トールとベスを担いでいた二人のごろつきが、揃って声をあげた。 
「ん? どうした、お前ら」 
「い、いえ、兄者。急にちくっとしやがって」 
トールを片手で抱えなおし、大の方は首筋に手をやった。 
その部分で痛みを感じたのであろうか。 
「なんですかねえ、虫にでも刺されたような」 
「虫だ? なんだお前、そんなもん気にしやがって、情けねえなぁ」 
「へ、へえ。面目次第も……」 
トールは、そのごろつきの言葉が終わるか終わらないかというところで、不意に来る浮遊感を味わう。 
担がれていた状態から、そのまま空中に投げ出されて――そして、落下する。 
「……だッ」 
当然、受身など取れない状態だから、まっすぐ地面に激突してしまう。 
顔から落ちてしまったので、相当に痛い。 
「きゅ、急に離すなん……ん?」 
「むぐッ」 
近くでどさりと音がした。 
無理やり首を動かしてそちらを見ると、ベスも同じように地面に投げ出されている。 
大と小のごろつきが、揃って人質を投げ出したようなのだが、しかし唐突な事である。 
「なんなんだよ、もう」 
不満を言いながら、後ろの方を見てみる。すると――随分、状況は変わっているらしい。 
「い、痛てええええ! あ、兄者! 首が! いや首だけじゃなくて……い、痛てええ!」 
「ぐあああ! い、痛い! 体中がいてえ! ぐぎゃああ!」 
「な、ど、どうしたんだお前ら!?」 
ゴルバスのうろたえ振りからして、奴にもこの異常事態の原因は分からないようである。 
何しろ、二人の手下が急にもがき苦しみ始め、この世の終わりかと思う程の苦痛を訴えているのだ。 
揃って首筋を押さえているので、そのあたりに原因がありそうだと検討はつけられるのだが、だからといってどうしたものか。 
「た、助けてくれえ兄者! い、痛てえよぉ!」 
「そ、そう言われてもだな……一体どうしちまったんだ、そんな、ハチにでも刺されたような……」 
――ハチにでも刺されたような。 
自分で言ったその言葉に反応し、ゴルバスはベスを睨む。 
「むーむー」 
けれども、相変わらず彼女はぐるぐる巻きにされたままだ。 
それに、幼虫の時のスズメバチでは、針はおろか毒さえ出せるものではない。 
今のベスはどう見ても幼虫で、しかも完全に無力化された姿である。 
手出しの出せるような状態ではない。 
「く、くそ……どうしちまったってんだよ……」 
さしものゴルバスも恐れおののき、きょろきょろと周囲をうかがう。 
なだらかな丘の上だが、木々はそれなりに生えている。 
そこに隠れて魔法か何かを使われれば、対応にはいささか困る場所だ。 
ベスとトールは、二人で行動する姿しか目的されておらず、助っ人がいるとも考え難いのだが。 
だとしても子分が倒れ、のた打ち回っているのは事実である。 
このままにしていれば、最悪自分もまたこんな姿になってしまうかもしれない――ゴルバスは考える。 
「……二度目のハチ毒だけは勘弁だぜ、いくら俺でもよ……」 
こめかみに冷や汗が流れる。 
つい先日のべすぺの一撃を思い出せば、それがどれだけ恐ろしい事か想像するのもおぞましい。 
「ぐ……く、くそッ!」 
それらの全てを勘案して、ゴルバスは素早く決断を下した。 
すなわち、悶え苦しんでいる子分を連れ、その場から遁走するという選択である。 
「畜生、覚えていやがれよ! そもそも俺は成虫相手にするために来たんだからなぁ!」 
そんな捨て台詞だけ残して。 
 
 
 
「た……助かった?」 
残されたトールはそう呟く。 
拉致されそうになっていて、その相手が消えてしまったのだから、一応は助かったという事になる。 
ただ、連れ去られるという危険は消えたものの、この人通りのほとんど無い獣道に放置されたのは痛い。 
というよりは、それこそが危機そのものだ。 
「……誰も通らなかったら、このまま飢え死に……凍え死にかな。 
 死んだ後ももう一度死ぬってこと、あったりするのかなあ」 
「むーむーむー!」 
もがいているベスを自由にさせる事すら出来ないのだ。 
さてどうしたものかと考えて、どうにもならないなとトールは諦めようとした。 
そこに。 
 
「危ういところでしたわね」 
 
木々の陰から、そう言って出てきたのは―― 
 
「え……ベス?」 
 
トールの隣で転がっているはずの、幼虫少女と寸分違わない顔であった。 
ただ、ベスが白を基調とした装束であるのに対し、全身黒尽くめであるところが違うようだが。 
 
 
「むむむむ!」 
その声を聞くや、その隣で転がっている幼虫少女が騒ぎ出した。 
それなのに、新しく出てきた少女は、それを無視して、 
「はじめまして。貴方、姉さまのマスコットでいらっしゃいますわね?」 
と。優雅にも挨拶をする。 
「はじめまして……って、姉さま? え?」 
「そう。わたくし、名前をべすぱ、と。そう申しまして…… 
 そこに転がっているべすぺの、双子の妹なのです」 
「妹――」 
「まあ、そうやってぐるぐる巻きになっていては、話をするのも一苦労でしょう。 
 すぐ解き放って差し上げますわ。……不甲斐ない姉さまも。嫌とは言わせませんからね」 
「むむーむー!」 
どこか皮肉めいた笑みを浮かべながら、べすぱなる少女は小刀を取り出し、トールとベスの縄を解きにかかる。 
器用な手捌きで巧みに縄を斬り捨てるべすぱを見ながら、トールは考えていた。 
 
べすぺだから「ベス」だったんだけど。 
べすぱなんて子まで来ちゃったら……これは使えないなあ…… 
ようやく慣れてきたところだったのに。 
 
意外に、これが死活問題だったりする。 
 
 
 
「べ、べすぱちゃん。どうしてここが?」 
猿ぐつわから解放されて、最初にべすぺが聞いたのはそれであった。 
「どうして、も何も。わたくし達クイーン候補は、意識の根源の部分で繋がっていますでしょう? 
 わたくし、この国で善行を積んでいたのですけれど、数日前から姉さまの気配が近づいたのを感じ取りましたの。 
 それで久方ぶりに挨拶でも……と思ってこちらへ来てみたら、この騒ぎ。驚きましたわよ、流石に」 
「う……ご、ごめんね」 
こうして並べて見ると本当によく似た二人である。 
服装の色の違いで見分ける事は出来るが、これが同じ服だったら完全に分からないだろう。 
「……と、ところで。どうやってあいつらを倒したの?」 
「ああ……当然、その疑問は出てきますわよね……」 
不敵な笑みを浮かべつつ、べすぱは懐から筒のようなものを取り出した。 
その形状に、トールはピンと頭に閃きが走る。 
「吹き矢!」 
「……そ、そう。吹き矢ですわ。これに……」 
「――吹き矢は扱うのに力を必要としない武器だが、そのまま使っても効果は薄い。 
 従って、その矢に毒を塗り、貫通力ではなく毒の浸透を狙って使用するのが一般的だ。 
 そしてあの、ごろつき達の苦しみ方からして、その毒はスズメバチのもの。 
 つまり――スズメバチ毒を塗った吹き矢によって、あの二人を倒した。 
 ……と睨んだんだけど。どうかな」 
気づけば、すらすらと口から言葉が走っていた。 
トールはそんな自分に半ば驚きながら、解説役って事で色々鍛えられたからなあと納得する。 
「そ……その通りですわ。ちなみにその毒液は、わたくしが成虫の時に自分で分泌したものですの。 
 幼虫時の戦闘力の無さをフォローするための、わたくしなりの工夫なんですのよ」 
得意げに語るところは、べすぺに若干似ていなくもない。 
「す、凄いです。べすぱちゃん、昔から頭良かったから」 
「……まあ、そうですけれど。それにしても姉さま、その喋り方はどうにかなりませんの?」 
「え、う、そ、それは、肉体に精神の容量が見合っていなくて、その過負荷が……」 
「そんなに言い訳にもなりませんわよ。わたくしのように、肉体に合わせて精神をスペックダウンすれば済む話でしょう」 
何気なくとんでもない事を言っているように思えて、トールは眉をひそめた。 
パソコンでもあるまいし、どういう理屈なのだろう。 
「そ、そんなやり方知らない……」 
「クイーンが仰られていた事でしょうに……本当、人の話を聞いてませんのね、姉さまは」 
ふう、とため息をついて、べすぱは冷たく笑う。 
「まあいかに姉さまとは言え、クイーン候補としてはライバルというもの。 
 不甲斐ないことは、わたくしにとっては結構ですけれど…… 
 それでは、せっかくマスコットを手に入れても宝の持ち腐れというものですわ。 
 ……そう、持ち腐れなのですから、とどのつまりは」 
そして冷笑から穏やかな笑みへと形を変えると、彼女はトールの両手を握って、 
「姉さまなど見限って、わたくしの下に仕えませんこと?」 
などと言ったものである。 
 
 
 
「ト、トールさんだけはいくらべすぱちゃんでも渡せないです!」 
「……無論。マスコットがどれだけ重要かなど、今更問われるまでもなく明らかなこと」 
 
いわく、マスコットとは、クイーンとなるべき魔法少女が何よりも必要とする代物。 
前回のクイーン決定戦においても、最後の最後まで競り合ったのはマスコット持ちの候補だけだったという。 
すなわち現在のクイーンもまた、かつてマスコットとともに善行を積んだのだ。 
マスコットと共にある事は、善行の積み具合に大変なブーストがかかるものなのである。 
 
「……て、わ、わかってるんならそんな要求しないでください」 
「分かっているからこその要求ですわよ。……そんな重要なマスコット。 
 確保するのがどれだけ困難なことか」 
 
マスコットとなりうるのは、力なき小動物のみである。 
それも、ちゃんと人語を解し、主人とよくやりとり出来るものでなければならない。 
そしてもう一つ。 
マスコットは、金銭でやりとりされてはならないのである。 
従って、一般的なヒトの調達方法である、商人からの購入という手段は――取れないのだ。 
 
「金銭でのやりとりが出来なければ、ヒトの確保手段など偶然に頼って『拾う』ことしかありませんわ。 
 そんな物語のような話、そうそう転がっているものでないでしょう? 
 それなのに……姉さまと来たら。こんなクイーン決定戦の序盤からマスコットの確保に成功するだなんて」 
「う、運命です」 
「運命なんて便利な言葉は聞きたくありませんわ」 
 
ただ、偶然に頼る以外にも、マスコットを確保する手段はないでもない。 
他の所有者から奪うのもまた禁止されるところである――その所有者が悪党でも、だ――が、唯一例外がある。 
それは、同じクイーン候補の間でマスコットのやりとりをする事だ。 
この時だけは例外と見なされ、マスコットの自由意志によって仕えるべきクイーン候補を取り替える事が出来るのである。 
従ってこの場合、トールがべすぺを見捨て、新しくべすぱのマスコットになるのは、一族の掟に認められるものになる。 
 
――などと。 
言い争いなんだか説明なんだかよくわからなかったが、べすぺとべすぱが語ったところはこの通りである。 
「……それで、ト、トールさんはど、どうするんですか?」 
「どうするったってなあ」 
元々べすぺのマスコットになった事からして、勢いで決めたようなものなのだから、あまりこだわりというのはない。 
が、まあ、それでも一ヶ月と少しの間一緒に旅をしてきたのだ。愛着だってある。 
急に乗り換えろと言われても、戸惑うばかりというのが正直なところだ。 
「急に言われても判断できないし……遠慮させてもらう、かなぁ」 
「ほ、ほら。べすぱちゃん、わたしの方が好かれてますよ」 
「トールさんは、単純に判断材料が足りなくて態度を留保していらっしゃるだけでしょう。 
 わたくしの方が仕えるのに良いと判断されましたら、それはもう即座に乗り換えるに決まっていますわ」 
自信満々に言い切るものだから、姉のべすぺは頬を膨らませて抗議の意を示した。 
それには一瞥するだけで反応も示さず、べすぱは続けて言う。 
「まあいずれにせよ姉さまもトールさんもお疲れの事でしょう? 
 近くに宿を取ってありますから、そちらで休息と、そして主の交代について話し合うと致しましょう」 
嫌な空気ではあった。 
 
 
 
「え、えっと、まず空から落ちてきたヒトを助けて……これが一つ。 
 それから渇水に悩むイヌを助けたり、不治の病に苦しむウサギの子のため、高山にのみ生える薬草を取ってきたり…… 
 他にも色々ありますけど、あと、ネコの村を支配していた悪党を成敗しました」 
べすぺの積んできた善行、である。 
トールもこのほとんどを一緒に経験しているので、その大変さはしみじみと理解できる。 
まあ、べすぺは成虫になりさえすれば自在に飛行もできるので、移動についてはさして苦労もしなかったのだが。 
「なるほど。流石に姉さまもそういうところは卒がありませんのね。 
 今のままだと、ポイントとしてはわたくしが負けていますわね」 
意外にすんなりと負けを認めた妹の姿に、べすぺは薄い胸を張って威張ってみせる。 
「トールさんがいてくれますから」 
「……それはやはり有利なんですのよね。一人旅だと変態もままなりませんし…… 
 しかし姉さまでもマスコットがいればそれだけの成績を出せるのですから、わたくしにマスコットがいたなら……」 
「で、ですからトールさんは渡しませんッ」 
問題点はそこに帰結するらしい。 
なので、トールも控えめに意見など出して見る。 
「まあ、でもやっぱり先に俺を助けてくれたのもベス……べすぺだから。 
 そうやって、べすぱ……さんに欲しがってもらえるのは光栄だけど」 
「さんではなくて、ちゃん、あるいは呼び捨てでよろしいですわ。マスコットですもの、貴方」 
「……じゃあ呼び捨てにする。で、だからそういう理由なんだし」 
「ですから」 
またトールの両手を包み込むように握って、微笑みかける。 
こういう仕草は、べすぺには出来ないものだろう。 
「これからその差というのを示してさしあげるのです。 
 そう……丁度良いことに、先ほど逃げていったあの三人の悪党、『成虫を相手に戦いに来た』と言っていましたでしょう。 
 これは明白なるスズメバチ族への挑戦なのですから、わたくしも、姉さまも、受けて立つほかありません」 
「つまり……二人とも成虫にならなきゃいけない、ってことかな」 
脇で聞いていたべすぺはぽんと手を打って、なるほどと納得している。 
「まさしくその通りですわ。そして成虫になるには―― 
 ……そういうところでの差って、殿方には重要なものでしょう」 
 
 
 
べすぺの口中に溢れる、栄養物質を舐めて受け取る。 
交わる前に必ず行われるこの行為によって、トールは精力を枯渇させるという事が無くなるのだ。 
ただ副作用というべきなのか、一つ困った事がある。 
「……あうぅ。トールさんのキスはいつも刺激的すぎますよ」 
これだけでほとんどべすぺが準備を完了してしまうのだ。 
まあ、それ自体は困った事とは厳密に呼べないが。しかし、どうも歯ごたえがないというか、なんというか。 
「それはいつも君が敏感すぎるだけだと思う」 
「そ、そんなこと無い……って思うんですが」 
唇を離すと、べすぺは荒い息をつきながらベッドの上に横たわる。 
既に邪魔なものは脱ぎ捨ててあるから、彼女のそこから液体が出始めているのも見えた。 
「姉さまって敏感ですのねー」 
脇で見ているべすぱが呑気にそう言う。 
こちらは、「ひとまず姉さまのお手並み拝見、ですわ」との事で、こうして見学をしているのである。 
トールもべすぺも見られながらはちょっと、と抗議はしたのだが。気づけば押し切られてしまっていた。 
「……とにかく。もうちょっと準備はしないと」 
「も、もう、入れてもらっても大丈夫です」 
あえて無視して、トールはべすぺの両足をつかみ、広げてやる。 
「あう……ま、またそんな」 
「いいからいいから」 
そうして彼女の膣口に、舌を這わす。 
既にとろとろと言っていいほど濡れていて、あまりそういう事をする必要もなさそうではある。 
が、そこをあえてやってやるのが、トールの愉しみでもあった。 
「ひゃう、ひゃうんッ」 
一舐めするごとに、べすぺの足はつま先まで伸びて震える。 
その上で尖るように膨れている、小さな突起にも刺激を与えると、 
「ひゃうううッ」 
これまた大げさなくらいの反応だ。 
 
「あう……ひゃ、あ、ああ、あ――……」 
それらを繰り返すうちにべすぺの声は高く、細くなってくる。 
その頃合を見計らい、トールは一度顔を離した。 
「あ……あう、え……トールさ……」 
刺激が止まった事に不審を覚えて、べすぺが閉じていた目を開けて見る。 
が、その隙を逃さずに。 
「じゃ、いくよ」 
自分のものをひくついている彼女の入り口に押し当て、余計な前兆など素振りも見せずに―― 
「え……あ、ひああああッ!?」 
一気に。 
ずぶずぶと、膣肉を掻き分けて。 
「くう……ッ」 
何度貫いても変わらない、強烈ながら儚い抵抗を捻じ伏せて―― 
ぐちゅ、と、一番奥を叩く。 
「あ……あ、ああ……」 
入った瞬間に大きく痙攣した後、べすぺは体を弛緩させていた。 
どうやら、挿入と同時に達したようだ。 
「……不意打ち、成功したかな」 
「ひ……卑怯、です……はぁ……」 
少し怒ったような顔になってそっぽを向くべすぺに、トールはまた正攻法で対応する。 
すなわち、腰を使って、直接彼女の内側に問いかけること。 
「あ、あん……ト、トールさん……ひゃ、あッ」 
仰向けのべすぺに、覆いかぶさる形で突き入れる。 
顔が向き合うから、それが照れくさいのかべすぺは必死で横を向こうとしている。 
けれど。 
「ん……キツいよ」 
「あう、あうあう……よ、幼虫なんだから当たり前ひゃあんッ」 
問いかけもそのまま来てしまう訳だから、逃げようと思っても難しいものだ。 
そして言葉を交わすのも億劫になる程、勢いが強くなってくると――遂には。 
「出すッ……出すよ、べすぺッ」 
「は、はいぃ……ちゃんと、受精させてッ……わたしを、オトナにしてくださいッ」 
確実に精を受けられるよう、限界までペニスを突き刺し、そこで―― 
びゅッ。びゅるッ。びゅッ。 
べすぺをオトナにする、(ある意味)魔法の液体を、幼い彼女のなかに注入していく。 
――完璧なる受精の手順だ。これによって、べすぺはオトナになってしまう。 
 
オトナ、とはまあ、要するに成虫の事であり。それ以外の意味はないのだが。 
 
 
 
それで。 
「……んッ」 
「はあ、あ……ん……すぅ」 
今日は効果が早めに出たのか、まだトールが身体の中にいるというのにべすぺは寝息を立て始めた。 
これが成虫になる過程の始まりで、こうなってしまうと梃子でも起きる事はない。 
「今日は早いなぁ……もうちょっと待てばいいのに。ムードないよ」 
ぶつぶつ言いながら腰を引き、己のものを抜き出していく。 
栄養物質のおかげで、まだまだ硬度は保ったままだ。 
 
「なるほど。姉さまのやり方、存分に拝見させてもらいましたわ」 
「……ああ。今日は君もいたんだっけ」 
 
満を持して、べすぱがトールに歩み寄ってきた。 
「ふふふ。なかなか愉しんでいらっしゃったようですわね?」 
「ま、まあね」 
「しかしながら、わたくしの見る限りでは……トールさん。 
 貴方ばかりが手を尽くして、姉さまはあまり何もしていなかったようですけれど」 
言われてみれば確かに、である。 
「……あー。そういえば、べすぺから何かしてもらうことってあんまりないね」 
「そうでしょう。姉さま、そういう知識ってほとんどないようですから」 
「わかるんだ?」 
「昔っからそうでしたもの。姉さまったら、やる気だけは人一倍あっても知識が伴いませんの。 
 で、結局何も出来ずに終わってしまう、と。幼い頃からそうでしたわね」 
しみじみとした語り口には、長い時を共に過ごしたという裏づけが感じられる。 
「そっか。べすぺってずっとそうだったんだ」 
「ずっとこうでしたわ。治せ治せと言ってはいたんですけれど……生来のものなのでしょうか」 
ふう、とため息を一つ。 
「……でも、まあ。そのお陰で、わたくしがより引き立つというのもまた事実。トールさん?」 
「うん?」 
名前を呼んでから、べすぱは自らが纏う黒の長衣を脱いでいく。 
「姉さまでは出来ない、わたくしなりの精一杯のもてなし。 
 ……嫌と言っても受けてもらいますわよ?」 
そうして裸になる、と。 
べすぺとまったく同じ顔で、まったく同じ体型の―― 
完全に幼児体型な。幼虫少女が、艶然とした顔で微笑みかけてきた。 
「う……」 
どうもべすぺに関わるようになってから、こっちの趣味が開発されかけている気がして、トールは少し眩暈を覚える。 
こういうのに惹かれるようではちょっと危ないのだけれど。でも。 
「……こ、公平に判断しなきゃ……いけないんだよな。マスコットとして」 
「正しい判断が出来ているようで何より、ですわ」 
そうして、べすぱが唇を重ね――どころか、舌を差し入れた頃には。 
トールの自制心も、あっさりととろかされてしまっていた。 
 
鈴口を小さな舌がちろちろと蠢く。 
舌先を巧妙に動かし、触れるか触れないかというもどかしいような快感を与えてくる。 
「うわッ……」 
ぞくぞくとしたものが背骨を走り、トールは僅かに悶えた。 
「姉さまは、こんなこと出来なかったでしょう?」 
どこか誇らしげに、べすぱは笑う。 
彼女からは栄養物質の供給は受けていないのだが、もうこの時点でトールのものは前以上に滾ってしまっている。 
今までにない刺激というのは、やはり効果も大きいのだろう。 
べすぺを弄るのも、あれはあれで味はあったのだが。こうして自分が受けるというのは新鮮なのだ。 
「それから、こんなことも」 
今度は裏筋に沿って舌を這わせてくる。 
ペニスの全体にゆっくりと唾液がまぶされて、いやに生々しくなって見えるようだ。 
その内、堪えられなくなる――と、トールが思ったその時に。 
「では、もう準備もよろしいようですから。参りますわよ」 
「え……あ、うん」 
こちらの思考を読み取っていたかのようなタイミングの良さだ。 
そんなべすぱに導かれるまま、トールは仰向けに寝かされる。 
「わたくしの方からさせて頂きますから。トールさんは、そのままで結構でしてよ」 
射精の寸前で止められて、どこか不満そうにぴくぴくと震えているトールのものを、べすぱは跨ぐ。 
右の手で、その滾ったペニスを掴むと、割合にスムーズに――腰を下ろした。 
「ほら、頂いてしまいますわよ……ッ」 
べすぱは―ー相変わらず余裕のある素振りだが、この時は流石に顔を僅かに歪めている。 
膣口の狭さは姉とほぼ同じだ。つまりは彼女もまた、そこに受け入れるとなると抵抗も大きい。 
「ん……ふふ、いつも姉さまはこれを受け入れていましたのね……ッ、ふぅッ」 
「その。大丈夫?」 
「……も、問題ありませんわ。わたくし経験するのは初めてですけれど、知識ならクイーンから沢山頂いていますもの」 
「……って、初めて!?」 
さらりと凄い事を言うべすぱである。 
「初めて……ですわよ? ……ん、はぁ……入りましたわ」 
一杯にトールのものを受け入れて、これより奥はないというところまで来た。 
そこで一息ついたべすぱに、トールは困った顔を見せる。 
と、気づいてべすぱが言う。 
「……わたくし、貴方のようなマスコットが見つかりませんでしたから。 
 近場の適当な殿方で済ませるというのも……ちょっとどうかと思いますでしょう?」 
「まあ、それは確かに」 
スズメバチの貞操観念というのは、べすぺを見ている限りではどうもよく分からなかったのだが。 
こちらの話を聞く限りでは、相応にあるようだ。 
「ですから経験の機会もなくて。まあ幸い、獣の人のように初めてだから痛む、だとか。そういうことはありませんの」 
「なるほどなぁ。そういや、べすぺも痛そうな顔したことなかったっけ」 
「姉さまも身持ちは固い方でしたから、多分貴方が初めてだったとは思いますけれど……そういうものなのですわ。 
 ……それはそれとして、動きますわよ?」 
ゆっくりと腰を上げて、また下ろす。 
動き始めると、べすぱの狭い膣肉の締め付けが強く感じられて、トールは悶えた。 
「う……く」 
「き、気持ちいいんですのね? それじゃあもっともっとしてあげますわ……」 
トールの胸に手をついて、べすぱは上下動の勢いを激しくする。 
ぐちゅぐちゅと、湿った音は強く響く。 
「は、あ、んッ……姉さまったら、こんなものを咥え込んで……ッ」 
「く……ぅッ」 
「んッ……や、やっぱり、わたくしも欲しいですわ、トールさんがッ……あ、んッ」 
時折、横で眠っている姉に目を走らせながら――やっぱり、意識はしているようだ――。 
べすぱは勢いよく腰を動かして、トールを精一杯歓待する。 
 
「こっちからも……いくよ」 
べすぱの動きを耐えるばかりだったトールは、そう言って下から突き上げを始めた。 
「え……あ、ひゃッ!?」 
丁度、彼女が腰を下ろしたところである。 
落下の勢いと、突き上げがかみ合って、彼女の奥に痛烈な一撃が響く。 
「ト、トールさんッ、そんな急……にぃッ」 
「い、一方的に受身なのって……慣れてないからッ」 
「今日は別にいいですのに……ひぁ、あうんッ」 
そう言ってはみても、お互いの動きが合わさった方が快感が大きいのも事実である。 
従って、べすぱも自然とトールにあわせ、一撃一撃が深まるよう、タイミングをあわせていく。 
「ひゃッ……あ、あ、んッ」 
喘ぎ声も、姉と似ているようだ。 
そう、ぼんやりと思いつつ、トールもべすぱの奥を貫いて―― 
そして。 
「あ……あ、トールさん、わたくしッ……――!」 
「んッ」 
びゅくッ。びゅるるッ。 
姉と、ここだけは同じように。 
べすぱの奥へ向かって、トールは精を撃ちこんで行った。 
 
「う……あ、ん……」 
「……はぁ、はぁ……」 
余韻に浸るべすぱとトール。けれど、彼女は一足先に立ち直り。 
「で、では、わたくしも……眠りにつきますから。三日後を……お待ちに、なって……」 
絶頂の後で、力が入らないのだけれども。べすぱは、どうにか起き上がって、トールのものを引き抜く。 
そしてそのまま、べすぺから少しだけ離れた場所に寝転がって、呟く。 
「……わたくしの……勝ち、ですわよ……ね……?」 
「え……」 
そういえば、これは勝負だったのだ。 
判定をするのがトールとなれば、さて、どう告げたものか。 
「それは……ん、べすぱ?」 
しかし。 
「……ん、すう……」 
既に眠りについてしまっている。 
これでは、べすぺとべすぱ。二人が変態を終えるまで、判定はお預けという事になるのではないか。 
「……参ったな。どうしよう」 
三日間の間に、その答えが見つかるものかどうか。 
トールは、随分と悩み続ける事となった。 
 
 
 
今回も、その三日の間は特に何も起きなかったので省略である。 
 
 
 
「魔法少女ホーネットべすぺッ! またの名を変態少女ホーネットべすぺッ! 
 誇りあるもの、尊きものとなる為にッ! この地に今こそ炸・裂・推・参ッ!!」 
めきめきと、己を包むサナギを蹴散らし、魔法少女は降臨する。 
頭から跳ねた二房の髪に、飛び出さんばかりの乳房など、相も変わらず激烈な個性を放ったものだ。 
「おはよう。ご主人さま」 
「おはよ」 
サナギを破った時の勢いはあっさりと消えて、べすぺは普通に挨拶をした。 
まあ、宿の中でそんなに勢い込んで登場しても意味がないというのはある。 
「んー、なかなかいい目覚めね。やっぱ、私達って変態してナンボよねー」 
「そんなものかな。俺は変態したことないからわかんないよ」 
「マスコットだからねー」 
言いながら、べすぺは伸びをして体を解きほぐす。 
ぐるぐると腕を回したり、軽く飛び跳ねたりする――と、部屋の片隅にあるサナギに目が止まる。 
もちろん、今しがた彼女自身が突き破って出てきたものではない。 
よくよく見ると、べすぺのサナギとは色合いも微妙に違っているものだ。 
「あー。そっか。あの子もいたんだっけね」 
「……そうだね」 
「あの子にも受精させたって訳ねー」 
「……そ、そうだね」 
ふむ、とべすぺは頷く。 
「まぁマスコットだし、それに何よりあの子だからね。いもーとだし。 
 それは別にいいけど――ふふん」 
「な、何だよ?」 
なんだかニヤニヤとした笑いを浮かべる主人である。 
「何にせよ、べすぱの覚醒ももうちょっとね。待ちましょっか」 
「だ、だから何なんだよ?」 
 
 
 
そうこうしていると、べすぱの眠るサナギから音がし始めた。 
未だにどうも座りの悪い気分でいたトールだったが、ひとまずそちらに注意を向ける。 
釣られてべすぺもサナギに向いて、二人揃ってじっくりと眺めてみる。 
べすぺだったなら、サナギから登場する時は無意味に笑い声を立てたり、爆発的な演出など入れるところである。 
さて、その妹はどんな演出で来るのか。少しばかりトールは楽しみになる。 
「あの子の演出って地味なのよね。魔女っ子っぽくないっていうか」 
それをべすぺは余計な言葉で妨げたりする。 
半ば無視して、べすぱのサナギにだけ注視している―ーと、それは起こった。 
 
 
サナギの中心部に、一筋の閃光が走る。 
それは中央を縦から正確に両断する、刃物の光だ。 
かくして真っ二つに割れようとするサナギの、内部から更なる光が溢れ始める。 
今度は横に光が走り、これでサナギは四つに切り開かれた。 
瞬きもせぬ間に四つが八つへ、八つが十六、十六が三十二、三十二が六十四、六十四が百二十八―― 
極めて正確に分割され、内側から切り刻まれるサナギが。 
やがて木っ端微塵となり、殻としての用を為さなくなった、その中から―― 
 
「魔法少女ホーネットべすぱ。あるいは変態少女ホーネットべすぱ。 
 誇りあるもの、尊いものになります為に――今宵この時、この地に推参」 
 
白銀の髪がさらりと流れる。 
背中の羽、股間の針。そして下半身の毒々しい黄と黒のストライブ。 
種族の特徴たる部分は、まさしくべすぺと同じスズメバチのもの。 
だが、幼虫の時はほぼ同じだったその姿にも、成虫となると違いがあるようだ。 
髪の色もそうだが、やや控えめな胸なども姉とは違っている。 
それから――両手に、光るものが握られている。 
指と指の間に一本ずつ。片手には四本、両手にあわせて八本の――それは、針。 
腕半分ほどの長さのその針は、ぎらりと光って禍々しい気配を出していた。 
そう、その気配は、まさしくべすぱの股間にある毒針と同じもの。 
徒手空拳で戦う姉とは違う、長針によるバトルスタイルをはっきり示した代物であった。 
サナギの殻を切り裂いたのも、その針によるものであろう。 
それは、貫通だけではなく、多少のものなら斬る事も可能な証である。 
 
「まあ今宵って言っても今は夜じゃないんだけどね。おはよ、べすぱ」 
「その辺りは姉様の炸裂と同じで特に意味はございませんの。……おはようございますわ、姉様。 
 それからトール様も。三日の間見守って下さって、ご苦労様でした」 
「大したことはしてないよ」 
挨拶を交わすと、べすぺもべすぱも、ついでにトールもしばし笑った。 
意味のない笑いである。間を持たせるための緊急手段というか。 
 
「で」 
笑い終えた後、べすぱが切り出す。 
「で、って?」 
それをべすぺが切り返す。 
微妙に不穏な空気が流れ始めたな、とトールは感じる。 
「まあ聞くまでも無い事ではあるのでしょうけれど。 
 トール様、三日前のわたくしと、姉様の体。 
 率直に言って、どちらが上でしたの?」 
「こ、答えづらい言い方だね、それ」 
案の定である。目覚めてすぐにこれだから、トールも少し疲れた。 
しかし、べすぱは非常に期待に満ちた目で返事を待っているものだから、答えない訳にもいかない。 
べすぺの方は――と伺うと。 
「……ふふん」 
どうも不敵な笑みを浮かべている。 
それに不穏当なものを感じながら、どうにか言葉を絞り出す。 
「その……と、とりあえず、色々してくれたのはべすぱ……かな?」 
主観を抜きにして言えば、これだけは確かなのだ。 
何しろ、べすぺの方は栄養補給だけでとろとろになってしまい、後はトール任せなのだから。 
「聞きましたわね姉様! わたくしの方が上と、トール様はそう仰いましてよ!?」 
その言葉で勝ち誇ってしまうべすぱもべすぱだが。 
「聞こえてはいたわよ。でも、それがどうしてあんたの勝ちになるの?」 
対するべすぺは――意外に、冷静なものだ。 
あくまで事実を述べたが、べすぱ有利な言葉だからべすぺには怒られるかも――と、そう思っていたトールは少し驚く。 
「それは、わたくしの方がサービスが上と」 
「サービスが上ね。それなら……」 
股間の針を無意味のそらして、べすぺは胸を張って宣言する。 
「それなら、やっぱり私の勝ちよッ!」 
 
相手のサービスが上だから、勝ち。 
 
「……いや、ちょっと、それ、おかしくないかご主人さま」 
「べすぺちゃんって呼びなさい」 
「それは恥ずかしいから嫌だって」 
呼称についてのやりとりは脇に置いても構わないが、この無茶な理論をべすぺは是としている。 
すると、即座に物言いが入った。妹から。 
「おかしいですわよ! わたくしの方が上なのに、それでどうして姉様の勝ちになりますの!?」 
「そこでおかしいって思っちゃう時点であんたの負けなのよ、べすぱ。 
 ……トール。解説頼むわ」 
ここで振られても困るのである。 
「それは無理」 
「……だらしないマスコットね。じゃ、いいわ。私がやるから。 
 『そもそも、マスコットとクイーン候補の関係とは何なのか。 
  共に支えあい、善を助け悪を挫く。それが理念である。 
  しかしながら、その関係は対等のものであるのか――否。そうではない。 
  マスコットは、クイーン候補の――魔法少女のマスコットであるのだ。 
  魔法少女が主にして、マスコットは従。この関係を忘れてはならない。 
  そしてマスコットは、魔法少女の心の渇きを癒し、明日の戦いへと繋ぐ存在である。 
  ならば、マスコットに魔法少女が奉仕を行う――これは正しいと言えるだろうか。 
  そうではない。そうではないのだ。 
  マスコットであるならば、魔法少女を癒してしかるべし。 
  それを忘れた魔法少女と、そしてマスコットは、最早理想の関係ではないのだッ!!』」 
トールとしては、まあ、一理はあるような気もする話だ。 
最初の日の説明からすると、トールのようなヒトはこの世界にあって下のものらしいのだから。 
しかしながら、トール自身はそれでいいとしても、べすぱがそれに従うかというと―― 
「……ま、負けましたわ……」 
――凄まじい勢いで崩れ落ち、敗北を認めていた。 
「その理屈、通っちゃうのか……」 
トールもなんだか負けた気分である。 
無論、残った一人が敗北した気分になど、なる訳もない。 
「はっはっは。またしても勝利を収めてしまったわ」 
Vサインなど出して勝ち誇る、その姿は無邪気と言っていいものであろう。きっと。 
 
 
 
と。そんなところに、宿のものが姿を現した。 
「あ、あの。よろしいでしょうか?」 
中の騒動にいささか腰が引けている様子である。 
妙な三人がいる部屋なので、一般人ではそうなってしまうのも詮無い話だろう。 
「さ、先ほどお客様あてに渡してくれと、こんなものを託されまして。 
 何やらやつれきったネコの方でしたが……と、とにかく確かにお渡し致しました。で、では」 
そして宿のものは、用件を果たすとたちまち遁走してしまった。 
なんだか一方的だったが、怯えていた様子なので責める訳にもいくまい。 
「書状ねー」 
「何ですかしらね」 
渡されたのはトールだったが、姉妹が先を争うようにひったくって中身を確認する。 
ひとまずマスコット争いの勝負はついたようなので、気分の転換も兼ねているのだろう。 
「うわ、汚い字」 
「学が感じられませんわね」 
などとツッコミを入れられた、その書状にあったのは。 
 
「過日の土地にて再戦を申し込む。貴君に戦士の心あるならば必ずや受けるべし。ゴルバス」 
 
書状をくしゃりと握りつぶし、べすぺは口の端だけで笑った。 
「……なるほど再挑戦ね。面白いじゃない」 
べすぱは、そんな姉を見て少しばかりため息を零す。 
そしてトールは。 
「また解説やらなくちゃいけないのかな」 
自らの役割を確認するばかりであった。 
 
 
 
「逃げずによく来たなぁ! その度胸だけは褒めてやるぜ!」 
 
正直なところ、それはこっちの台詞だ。 
決闘場に辿り着いた途端にゴルバスが放ったその言葉に、トールは胸中でツッコミを入れていた。 
「逃げるべきなのは貴方達でしょ」 
そのツッコミとほぼ同義な言葉を、彼の主人が放つ。 
主従の心が見事に重なった瞬間であった。 
「……ああ、あの時の方たちですのね。確かにただのごろつきがクイーン候補に挑もうだなんて」 
べすぱにまでツッコミを入れられる始末である。 
「う、うるせえ! 今回は武器が違うんだよ、武器が!」 
叫び返したゴルバスは――確かに。目新しいものを備えていた。 
人一人分にもなろうかという、大きな鉄の塊を、傍らに設置しているのである。 
「そうだ! こいつがあればなぁ、お前らなんぞ兄者の敵じゃねえや!」 
「……こ、この痛みの借り、必ず返してやるぜ!」 
小と大のごろつきも一緒である。ただ彼らはべすぱの毒にやられて三日しか経過していない。 
その為か、ひどくやつれ、杖をついて必死で立っていた。 
「おう。この俺に任せておけよ、お前ら。 
 いいか! こいつこそは、スズメバチを倒す切り札、虫殺しだ。 
 恐れを知らねえってんなら、かかってきやがれ!」 
その鉄塊からは管が伸び、先端が風呂場のシャワーのような形になっている。 
ゴルバスは、その管を手に持ち。先端をべすぺ達に向けて、威嚇するような体勢を取っているのだ。 
「なんかよくわかんないけど、どうせ下らないものなんでしょ。 
 べすぱ、あんたは手出さなくていいわよ。これくらい簡単に片付けられるわ」 
「ま、そうでしょうね」 
「だろうね」 
気にする風もなく、べすぺは鼻歌混じりでゴルバスの方へと歩き始めた。 
「ほ、本当に恐ろしい武器なんだぞ! そんな余裕、かましてられねえぞ!」 
「はいはい」 
もうほとんど聞き流しながら、べすぺはのんびりとした足取りで進む。 
手負いのネコ三人である。畏れる理由など、何もない―― 
「……馬鹿め。かかったな」 
――はずなのに。 
ある程度近づいた、その刹那。 
「…ッ!?」 
「近づくのを待ってたのさぁ……くらえぃッ!」 
ゴルバスの持つ、管の先から。 
白く、熱を帯びた――蒸気、が。 
べすぺを包み込むように、急激に噴射された。 
 
「なッ……これはッ!? って熱ッ!」 
不意を突かれた事もあり、べすぺはものの見事にその蒸気を全身に浴びる。 
「ね、姉様ッ!?」 
「べすぺッ!?」 
べすぱもトールも、これには慌てて声をかけた。 
「ははははッ! 見事に引っかかってくれたなぁッ! さあ喰らえ! 毒が手前らだけの武器だと思うなよッ!」 
「すげえや、流石兄者!」 
「やっちまえ、長兄!」 
ゴルバスは、子分の声援を受けながら蒸気の噴射攻撃を続けている。 
「ぐ……な、舐めるんじゃない……わよ……」 
べすぺの動きが明らかに鈍ってきた。 
どうやら、この蒸気。ゴルバスの言葉にある通り、毒を含むものだったようだ。 
歩みを進め、べすぺもゴルバスを止めようとするが――そこまで辿り着けるものかどうか。 
「……殺虫剤だ」 
「殺虫剤!?」 
その光景に、トールはピンと来るものがあった。 
夏場などよく使っていた、以前の世界で馴染み深いアレである。 
「虫に効く毒を、ああやって霧状にして散布する。 
 ハエやカが出た時なんかはあれを使うと、たちまちポロポロ落ちてすっきりしたものだったよ」 
「……ハエやカと一緒になさらないで下さいな」 
しかし見抜いたところで、ゴルバスの行動が変わるというものではない。 
毒の蒸気はべすぺを包み込み、絶え間なく衝撃を与えている。 
「ぐ……くう、こんな攻撃、で……」 
「ふはははははッ! スズメバチ、恐れるに足りずだぜ! 
 ……ちゃんとこうして武器さえ用意してりゃあ、この間だって負けることはなかったんだ」 
べすぱの不意打ちを受けた一件であろう。 
ともあれ、これは痛烈な武器だ。べすぺの歩みも、止まってしまった。 
 
そして、とうとう―― 
「く……この……ッ」 
べすぺが――膝をついた。 
最早歩く事も出来ない。その明白な証ではないか。 
「勝ったな。ちょろいもんだぜ」 
それでも、ゴルバスは蒸気を止めようとしない。 
このまま蒸気と毒で燻し殺すのだろうか。 
「姉様……」 
「べすぺ……」 
見守っていたべすぱとトールは、その光景に言葉が発せないでいる。 
まさか、あのホーネットべすぺが。魔法少女が、地に膝をついてしまうなどと。 
「こいつを倒したらそっちの兄ちゃんと……ん? もう一人いたのか? 
 まあいい、スズメバチが何人いようとこの蒸気さえあれば勝てるぜ。 
 首を洗って待ってな!」 
「……下衆」 
べすぱは不快そうに眉を顰めると、手を軽く振った。 
すると、その指の間にくだんの針が出現する。 
「それならばわたくしが相手をするまでですわ。姉様の命も、どうやら危ない――」 
 
「待ちなさい」 
その妹に。膝をついていたべすぺが―― 
「……私だけで十分って、言ったでしょ? べすぱ。 
 そこで、あんたは、黙って、見てなさい」 
「ね、姉様ッ……」 
未だ、蒸気に包まれているというのに――彼女は。 
崩れ落ちた膝を建て直し。 
「……この、スズメバチのクイーン候補に。毒……を、使うなんて。 
 百年……いや。千年……まだ、足りないわ。万年……早いわ」 
毒によって、蝕まれた体を――堂々と。誇らしげに。 
立ち上がって、ゴルバスを睨んでいるではないか。 
「き、貴様……!?」 
慌てて、悪漢ネコは毒蒸気をべすぺに吹き付ける。 
しかし、それでもなお。我らが魔法少女は、確実な歩みを再開したではないか! 
「な、なんだ!? 毒は効いてるはずだ、どうして歩ける!?」 
「どうして……?」 
蒸気によって髪がしんなりとし、べすぺの片目が垂れた髪によって隠されてしまっている。 
それがより凄絶な表情を作り出しているのだが、彼女はなお不敵な笑みを浮かべるのだ。 
「簡単よ……毒なんてものは……げふッ。毒なんてものは、神経を害する……すなわち意志を阻害する代物。 
 ……げふぁッ。ならば己の意志さえ確固として持っていれば……毒など」 
べすぺの歩みは遅い。毒によって体の機能がボロボロにされてしまっているのだ。 
しかし。しかし! その足取りは確実に、ゴルバスへと向かっている! 
「だからこそ、毒は使い手と受け手の、意志の勝負になるもの。 
 私の毒は私の意志のあらわれ、貴方の毒は貴方の意志のあらわれ。 
 ならば、私の意志が確固としてある限り――毒など!」 
「そんな、そんな無茶苦茶な理屈が――!」 
ゴルバスは半狂乱になって、機械の出力をあげようとする。 
そうだとしても。べすぺの歩みは、止まらない! 
 
「……姉様」 
「……べすぱ?」 
見守っていたべすぱがくず折れた。 
毒蒸気は届いていないのに。 
「いつも……いつも姉様は、そうやってわたくしを圧倒する…… 
 ……高い壁ですわ。本当に、貴方は」 
 
そして。 
べすぺは、ついにゴルバスを捉えた。 
「本当の毒がどんな、ものか――」 
「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿なッ!?」 
「あ、兄者ぁッ!?」 
「長兄ッ!?」 
股間の毒針は、蒸気で湿ってもなお、禍々しき光をたたえている。 
そして。そして、ついには――! 
 
ぶすっ。 
 
……決着である。 
 
 
 
「でも、まだ勝負を捨てた訳ではありませんわよ。姉様」 
「あんたもしつこいわねー」 
先日の宿に出戻りである。 
ああやって勝ってはみせたが、べすぺの受けたダメージもなかなかに大きかったのだ。 
しばらくはこうやって休まねばなるまい。 
「……ほら、ご主人さま。リンゴ剥いたよ」 
「ん、ありがと、トール」 
横になって休むべすぺに、トールはとりあえず看病らしき事をやってみる。 
――べすぱも、何故だかここに留まっていて。 
「トール様を貰い、それから姉様を超えるまでは、わたくしご同行させてもらいますからね」 
「あー、はいはい」 
などと、そんな事を言っている。 
 
ゴルバスは、毒針によって倒れた。 
それと同時にべすぺも崩れ落ちてしまったので、ある意味では引き分けかもしれない。 
が、倒れたゴルバスを抱えて、子分どもは揃って逃亡してしまった。 
べすぱとトールは健在だったから、その意味では勝ちは勝ちだろう。 
 
「しかしそれにしても、あの機械。毒の蒸気って、また妙な代物だったな」 
べすぺを苦しめたあの武器である。 
蒸気を主とした奇妙なる攻撃は、いかにも不思議なものであった。 
「まあ、変な代物だったけど。でもあれ、ちゃんと戦えば余裕で対処できるわよ。ね、べすぱ?」 
「ですわね。わたくしは針の投擲がメインウェポンですから、近寄らずに攻撃できますし」 
まあ、つまりはあの時べすぱに手出しさせなかったのは、いささか無意味でもあったのだが。 
それをトールが指摘すると、べすぺとべすぱは何故か揃って笑い、 
「それが理解できないんじゃ、トールももっともっと修行してもらわなきゃいけないわね」 
「ですわ」 
と言われてしまった。なんだか理不尽である。 
「……それに、空飛んで戦えば、ねえ。 
 いくら蒸気が広がるって言っても、超スピードで飛び回ればどうとでもなるでしょ。 
 だから今回は初見だったからしくじっただけで、これからあんなのが出てきても怖くないわ」 
すっかり余裕を見せている。確かに、それはその通りだろう。 
「だといいけどね。……しかし、蒸気ってのが何か気になるんだよな」 
トールは窓の外を見る。 
爽やかな青空に、雲が出始めていた。 
 
 
 
――部屋中に、むしむしとした嫌な湿気が漂っている。 
こんな場所にはあまり長くはいたくない。尻尾がしなってしまうではないか。 
それに、自慢のヒゲもだ―― 
そんな取りとめのない事を、小ごろつきは思う。 
思いながら、平伏して眼前の人物に許しを請う。 
その人物は、小ごろつきに背を向けて、壁面に映る無数の文字に目をやっている。 
「……と、といった訳でして。兄者……ゴルバスは、その、し、失敗を」 
「そうか」 
眼前の人物。先日、ゴルバスと子分を救出した、謎のタコだ。 
「や、奴らは……あ、あの機械でも、つ、通用しねえって有様でして、それで」 
「構わない。最初から戦果など期待していなかった。そう伝えたはずだが」 
「は……」 
ゴルバスが敗れてから、慌てて小ごろつきと大ごろつきはここに逃げ込んできた。 
蒸気の機械を与えてもらったのも、ここ――この部屋、という狭義の意味ではない。 
どこか秘密の場所にある、恐るべき要塞である。 
「スズメバチの力は予想以上だったようだな。それでいい。それでこそこれからの計画も期待できる」 
「こ、これから……?」 
謎のタコが、小ごろつきの方を向いた。 
その瞳は、深い海の底の色だ。 
髪の色もそれに同じく。深海の恐るべき静けさを表す色なのだ。 
そして――彼女は。 
そう、彼女、なのだ。冷徹で、深海の如き威圧を纏ってはいるのだが。 
タコの女は、変わらぬ調子で言葉を紡ぐ。 
「そう。これからだ。我らタコ秘密教団の偉大なる実験はこれから始まる」 
「じ、実験……」 
女は、ゆっくりと立ち上がった。 
「世界同時産業革命の偉大なる始まりだ。スズメバチを標的としての革命的実験が始まる」 
「な……な、何を……」 
そこで、ついに女は笑みを浮かべた。 
感情を示す仕草は、これが初めてである。 
「私、エイ=ティ・エールの作り出す蒸気機械とスズメバチ。 
 争う事で実験は進められる。我がエール式機関によって時代は動くのだ」 
「あ、ひ……」 
小ごろつきは、何故だか声も出せないでいた。 
感情を見せた途端、この女。ティ・エールがはるかに異常に見えたのだ。 
「実に楽しみだ。蒸気の夜明けの訪れは最早間も無く。 
 我らが秘密教団の聖典のもと、必ずや革命を」 
「は……ははッ」 
最早、小ごろつきは頭を下げるしかなかった。 
自らの尊敬する義兄、ゴルバスが手を組んだこの集団。 
それがあまりにもおぞましいものであるように、彼には思えてならなかったからだ。 
 
 
そして。 
 
部屋の隅。複雑に入り組んだパイプが、ところどころで蒸気を吹き出すその場所で。 
 
不気味に輝く、鋼鉄の塊が―― 
 
僅かに、「身じろぎ」していた。 
 
 
第3話 終わり 
 
 
次回予告! 
 
改めてトール争奪の狼煙をあげるべすぱ! 
そこで巻き起こる大火事、人助けにて再勝負! 
ところがそこに現れたのは……!? 
次回魔法少女ホーネットべすぺ第四話、「姉妹の絆! 炸裂、ワスプコンビネーション!」 
誇りあるもの、尊きものを目指して、次週も炸裂推参ッ! 

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