「ふわーあ。」  
とても眠い。いつものことだが、今日の朝は格段だ。  
「どうしたの孝ちゃん、とても眠そうだけど。」  
「いや〜、ちょっと友達に借りたゲームが面白くて、つい徹夜を。」  
「もぅ、来年から孝ちゃんも受験でしょ。そんなことで大丈夫なの?」  
「た、ぶん大丈夫だと思う。」  
そんな会話をしながら、俺はいつもの通り、幼馴染の香奈と一緒に登校していた。  
幼馴染といっても、俺より1歳年上なのだが、俺のほうはそんなことは昔から  
別段気にしたことはない。  
「ちゃんと、規則正しい生活を送ること。わかりましたか?」  
「・・・、はぁい。」  
まぁ、香奈の方は多少お姉さん顔をしているみたいだが。  
「ねえ、今日も学校終わったら門で待っててね。」  
校舎に入ると、いつもの通り香奈がそういって、自分の教室に走って行った。  
俺も自分の教室に入ると、  
「おいおい、いいなぁ孝市。あんな綺麗なお姉さんと毎日一緒に登下校できて。」  
いつものように悪友の健が俺に茶々を入れてくる。  
「そうか?別に俺はそう思わないけどな。結構細かくて疲れるぞ。」  
「ばーか。お前は何もわかってないな。その美貌のために、今まで何人もの野郎どもに  
告白されたという話だぞ。」  
「ふーん、そんなもんかな。」  
俺は、小学校から今の高校までいつも一緒に通っているせいか、どうもそういうことには関心がもてない。  
「もったいないなぁ、おい。」  
 
昼休み、俺はいつも通り購買でパンを買いに行くことにした。ここの購買所では生徒のみならず、教師までも大量にパンを買っていくので、すぐ売りきれてしまうことも多い。  
「おい孝市、早くパン買いに行こうぜ。売りきれちまうぞ。」  
「すまん健、ちょっと、催して来ちまった。先に行っててくれ。」  
「じゃあ、先に行くからな。」  
遅れて購買所につくと・・・、そこはもう祭りの後。すでにパンは売り切れていた。  
(くっ、遅かったか。)  
失意と空腹まま、教室への帰途へとついていると、布に包まれた箱を二つ持った香奈が  
俺を見つけると、駆け足で近づいて来る。  
「あっ、孝ちゃん。何やってるの?」  
「いや、ちょっと購買でパンを買いに行った、けど売りきれてた。」  
「あっ、ちょうどいいね。私今日ちょっとお弁当作り過ぎて困ってたの。」  
「いや、遠慮するよ。なんだか手作り弁当なんて恥ずかしいし。」  
「じゃあ、屋上で食べよう、ね。」  
結局、そのまま押し切られて屋上で食べることになってしまった。  
 
「さっ、遠慮無く食べてね。」  
すでに空腹に耐え兼ねていた俺はすぐに弁当に手をのばした。  
「もう、誰も取らないから、もっとゆっくり食べなさいよ。」  
「はぁい。」  
 
その弁当を食べている間、俺の顔をじっと見つめる視線に気がつく。  
「な、なんだよ。俺の顔に何か変なものでもついてるか?」  
「いや、そんなことじゃないの。あの・・・、お弁当美味しい?」  
俺はそんなことを言う香奈をからかってやろうかと思ったが、思いのほか、  
弁当が美味しかったので、ここは素直に答えることにする。  
「うん、美味しい。」  
「良かった!」  
香奈のこの眩しい笑顔をみて、なんだか嬉しいような、恥ずかしいような、  
なんだか複雑な気分だ。  
「ほら、顔にご飯粒ついてるよ。」  
「いいって、俺もう子供じゃないんだし。」  
はたから見れば、恋人同士のようなこの光景に俺は少し恥ずかしくなった。  
その後、食べ終わって教室に帰ったとき、健に文句を言われたのは言うまでもない。  
 
放課後、帰宅の用意をしようと机の中を片している時、机の中に手紙が入っているのを見つけた。  
『放課後、体育館の裏で待ってます。』  
(なんだこれ、これだけじゃ何だかわからないな。)  
俺は、門で待たしている香奈に申しわけないとは思いつつ、どうしても真相が知りたくて、体育館の裏へと向かう。  
体育館裏につくと、そこには1人の女の子がいる、確か同じクラスの月見さんだ。  
「ごめん、待った?」  
「そ、そんなことないよ。私も今来たところだから・・・。」  
月見さんはなんだか妙にもじもじしていて、俺の顔を直視しようとはしない。  
「俺、なんか月見さんに悪いことしたかな?」  
「そうじゃないの。そうじゃなくて、あの・・・。」  
気のせいか、何だか顔が妙に赤くなっているような気がする。  
「好きです!」  
「えっ!?」  
意外な展開に、俺は思わず声にもならない声をあげると、その場で硬直してしまう。  
「あ、あの・・・。」  
俺があいづちを打つ間もなく、月見さんはその頬を赤く染めて、続ける。  
「わ、私と付き合ってくだ・・さい。」  
クラスメイトから呼び出しを受けて突然の告白。そんなドラマでしか見たことの無い光景に立ち会って、俺は頭が真っ白になるような感覚になる。  
俺は急な出来事に戸惑いながらも必死に言葉を紡ぎ出す。  
「ご、ごめん。正直、君のことをあんまりよく知らないんだ。都合の良い返事ということはわかっているけど、少し考えさせて欲しい。」  
「そう・・・、ですよね。ごめんなさい。私、江見君の気持ち考えずにこんなこと言って、  
本当にごめんなさい。」  
そういって、月見さんは走って行ってしまった。その顔からはうっすら涙がしたたっていたような気がした。  
 
(やばい、香奈との約束の時間を20分も過ぎてる。)  
俺は怒りに身を震わせている香奈の姿を想像しながら、急いで門に向かう。  
「ごめん、ごめん、大分遅れた。」  
「う、うん・・・。」  
あれ、俺は違和感に気が付いた。いつもなら、レディを待たすのは失礼だの、鞄を持てだのと文句を言うはずなのに、今日に限ってそれがない。  
俺達は会話も無く、そのまま妙に気まずい雰囲気のまま下校していく。  
そしてそんな雰囲気のまま、公園に来たところでようやく香奈が口を開いた。  
「ねぇ・・・、今日、クラスメイトの子に告白されたんでしょ。」  
「えー!何で知ってんだよ。まさか、見てたのか?」  
どこから見られていたのだろうか、と思っていると  
「で・・・、どうなの?」  
「は?」  
「受けるの?交際。」  
「うーん、どうしようかな?結構可愛い子だったし。」  
「どっちなの!?」  
いきなり香奈が声を荒げて俺に迫る。  
「おい、一体どうした・・・、んぐ!」  
言葉を言い切る前に、俺の唇は、香奈の温かい唇によって閉ざされる。  
その急な出来事に俺はバランスを崩し、唇が重なったままベンチに倒れこんでしまう。  
突然の出来事に俺は抵抗することさえ忘れて、ただ香奈の行為に身を委ねていた。  
「うぷっ・・・、はぁはぁ。」  
唇が離れると、俺が質問をする間もなく、  
「なんで、私の気持ちに気付いてくれないの?やっぱり私じゃ駄目なの?  
私はずっと、孝ちゃんの側にいたのに。」  
香奈は俺にそう言った。その顔にはうっすら涙を浮かべている。  
「はっ!・・・、何言ってるんだろ私。ご、ごめん、今のことは忘れて。」  
そういって、香奈はそこから走り去って行ってしまった。  
俺は、急な出来事で頭の中が混惑し、そこに立ちつくすだけだった。  
そんなどぎまぎした状態で家に帰ると、今日あった、あまりにも非日常的な出来事に  
ついて整理し、自分を落ち着かせると、現実逃避とばかりに、夕食も取らずに寝てしまった。  
 
 
窓から差し込む眩しい日差しを感じて目を覚ます。  
どうやら、知らない間に寝てしまい、朝になってしまったようだ。  
昨日、色々あったせいか、妙に頭が痛い。  
(あーあ、何だか学校に行きづらいなぁ。)  
正直、学校であの二人と遭うのは気が引ける。  
そう考えると、ますます頭が痛い。視界までぐらぐらしてくる。  
(目の前が、ぐらぐら・・・。)  
俺はどうやら本当に風邪をひいたらしい。  
運が悪いことに両親ともに出張に出ていて、今はいない。  
母の、「香奈ちゃんがいるから大丈夫だわね。」が印象に残る。母はよっぽど香奈を信頼しているらしかった。  
とりあえず俺は、香奈が来てくれる事を願いながら、ベッドに横たわった。  
・・・、香奈は一向に来なかった。いつもは予鈴の20分前には、家のチャイムが鳴るはずなのに。  
(まあ、当然か。昨日の今日だし。)  
俺は寂しくも、自分で自分を看護することにした。  
「ゴホッ、ゴホッ、えーっと、氷枕は、っと。」  
こうして家を回っているうちに、ますます風邪が酷くなるように感じられる。  
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ。」  
(駄目だ!もう、歩いていられない。)  
俺は極度の発熱と頭痛のため、とりあえず近くのソファに横たわることにした。  
ピンポーン!  
酷く耳障りな音、今の俺の耳にずきずきと響く。  
 
(くそう、誰だよ。こんな朝っぱらに、勘弁してくれよ。)  
チャイムはそれから何回も鳴っていたが、しばらくすると止まった。  
ガチャッという音がした気がしたが、そんなことはどうでもいい。  
寝ている場所が不安定なソファで、しかも布団もかけていない状態なので、  
風邪は酷くなる一方だ。なんだか意識も曖昧に・・・。  
「孝ちゃん!」  
香奈の声が聞こえた気がする。  
「ゴホッ、ゴホッ、いるわけないか。こんな時間に・・・。」  
今は、10時50分。本来なら3時間目の授業の真っ最中だ。  
真面目で、成績の良い香奈が来てくれるはずがない。  
そう思いながら俺は眠りの床に入った。  
 
次に目がさめると、俺はベッドの上にいて、ちゃんと毛布もかけられている。  
「あっ、やっと目が覚めた。全く、あれほど規則正しく生活しなさいって  
言っていたのに・・・、でも良かった、無事で。」  
そこにいたのは紛れも無い香奈だ。なんだか目がうるうるしている。  
「あれ、香奈。何でここにいるんだ。香奈、学校は?」  
時計を見ると13時10分。もう、昼休みも終わり、5時間目の授業が始まる頃だ。  
「へへっ、サボっちゃった。」  
サボった、ということは、あの時の声は紛れも無く香奈だったということになる。  
香奈が言うには、孝市がまだ来てないと健が通告してきたのだと言う。  
そして、心配になってそのまま学校を抜け出してきたとのことだ。  
「香奈、お前なぁ・・・、痛たたた。」  
「あっ、孝ちゃん。まだ起きちゃだめだよ。え〜っと・・。」  
香奈はそういうと、俺の顔に自分の顔を近づけて行く。  
俺は急に香奈に接近されて、思わず赤くなってしまう。  
俺の額と香奈の額が触れる。香奈の額はほんのり冷たくて気持ち良い。  
「ほら、まだ熱があるよ。何だか顔も赤いみたいだし。」  
どうやら風邪のおかげで香奈は勘違いしてくれたみたいだ。  
「今日1日看病してあげるからね。お姉さんにまかせなさい。」  
「はぁい・・・。」  
どうやら香奈は、こういう人を介護するということが好きらしい。  
 
「いいよう、自分で食べるから。」  
香奈は俺の口におかゆを給仕してくれようとしたが、俺は漢として、  
そんなことは許せない性質だ。  
「もう、孝ちゃんは病人なんだから、今日は私に甘えていればいいの。  
わがまま言うと食事抜きだよ。」  
「うー。」  
反論するのは無駄だと思い、俺は香奈に食べさせてもらった。  
(くーっ、情けない。)  
次に香奈は栄養があるからと、りんごをむいてくれた。まさに至せり尽くせりだ。  
(・・・何だかいいなぁ、香奈のこういう姿。このまま抱きしめてみたいなぁ。)  
はっ、と俺はいけないことを考えている自分を必死に否定する。  
「あれ、何だか顔が赤いよ。」  
「はは、熱がぶりかえしたかな?」  
それから、香奈は色々俺を助けてくれた。  
やっぱり持つべき者は女の幼馴染だなと思う。  
そして、日が暮れてきた頃、  
「今日、孝ちゃんの家に泊まって良い?」  
俺は一瞬、ドキっとした。  
(もしも香奈がここに泊まれば・・・、いや、俺は何を考えてるんだ。)  
「いや、もう帰れよ。俺はもう大丈夫だから。」  
「・・・、そう。でも、もし何かあったらよんでね。」  
「はいはい、わかりました。」  
香奈が帰り支度をしている間、俺は安心したのか、急に眠気が襲ってきた。  
「・・・昨日、あんなことがあったけど、私本当に孝ちゃんのことが・・・。」  
そう聞こえて、俺の唇に何か温かくて、柔らかいものが触れた気がした。  
そして、俺はそれが何であるかを深く考えもせず、眠りに入っていった.  
 
 
「ふわーあ。」  
朝の日差しが眩しい。  
昨日あんなにも調子が悪かったのに、今日は嘘みたいに絶好調だ。  
今日、香奈と一緒に登校する時、お礼を言っておこう。  
・・・、あれ、いつまで経っても香奈が来ない。  
(・・・まだ、前のことを引きずっているのかな?)  
ついに俺は予鈴10分前になると待つのをやめ、さっさと学校に行くことにした。  
しかし、香奈が来たのは俺が出てからすぐ後のことで、俺達は擦違いだったみたいだ。  
(こうやって、1人で登校するのは久しぶりだな。)  
久しぶりに1人で登校するのは新鮮だったが、何か淋しさを感じる。  
(江見く〜〜ん)  
・・・ん?誰かに呼ばれたような気がする。  
「江見君、おはよう!」  
声の主は月見さんだ。走ってきたのか、少し息切れをしているようだ。  
「あっ、月見・・さん。おはよう。」  
俺はこの前のこともあり、少し気まずさを感じた。  
 
しかし、月見さんの方は別段それを気にする様子も無く、  
「あれっ、香奈さんとは一緒じゃないのね。」  
「う、うん。まあ、俺もたまには1人で登校したい時もあるよ。」  
「ふ〜ん。ね、どうなの?」  
「へっ、何が?」  
「あの、香奈さんのことよ。幼馴染なんでしょ。好き・・・なの?」  
どこから調べてきたのやら、俺と香奈が幼馴染だなんてことを。  
まあ、いつも一緒に歩いていれば、例え学年が違っても、そう思うのは当然だ。  
「う〜ん、確かに小さい頃からいつも一緒にいたけど、好き,嫌いとかの感情はあんまりなぁ。  
まあ、腐れ縁みたいなものかな。あっちもそう思ってるだろうし。」  
確かに、香奈のことを時々可愛いとか、手と手が触れた時にはドキドキすることがある。  
でもそれは、あくまで可愛い女の子に少し目が奪われる。  
そんなようなものなのだ・・・、と思う。  
「ふ〜ん、じゃあ今は彼女・・・みたいな人はいないんだ。」  
「え!?それは・・・。」  
その時、キ―ンコーン、カーンコーン。  
予鈴がなった。  
「あっ、やばい。月見さん、急ごう。」  
「あっ、う、うん。」  
俺達は急いで学校に駆け込む。  
(もう、予鈴のばか・・・。)  
 
教室に入るといつもの通り、  
「こういち〜、お前、昨日香奈さんと何があったんだよ。」  
「えっ、何がどういうことだよ?」  
「しらばっくれるなよ。俺がお前の不在を知らせてあげると、  
すぐに飛んで行っちまったぞ。」  
「ああ、昨日はね・・・。」  
ふと、俺は気付いた。興味無い素振をしながらも、月見さんがこちらのやりとりに  
耳を傾けていることを・・・。  
俺は一通り、風邪のこと、香奈に看病してもらったことを話す。  
「な、だから昨日は何もなかったんだって。香奈は日暮れ前に帰ったし。」  
健はそれを聞いても尚、悔しそうだ。  
「くそー、うらやましいぞ。香奈さんにそんなことをしてもらって。  
お前みたいな奴には、豚に真珠、猫に小判なのになぁ。」  
「ほっとけ。」  
「おい、お前ら早く席につけ!」  
気がつくと、すでに先生が来ており、立っていたのは俺達だけだった。  
ふいに月見さんの視線を感じた俺はそちらを見る。  
すると、月見さんは俺と目が合うと、ばっと顔をそらした。  
 
昼休み、いつも通り俺は購買に行こうと廊下に出る。  
その時、月見さんが俺に近づいてきて、  
「江見・・くん。あの、お弁当持ってきてないの?」  
「いやー、ちょっと両親ともに出張でさ、お弁当は持ってきてないんだ。  
自分で作るのも面倒だしね。」  
「あの・・、私、ちょっとお弁当多めに作り過ぎちゃって・・・。」  
どこかであったような会話。  
「いや、いいよ。女の子の手作り弁当を食べるなんて、何だか恥ずかしいし。」  
「・・・そう、・・・なの。」  
(や、やばい。何だか酷く落ち込んだぞ。)  
「あっ、そういえば屋上はめったに人が来ないから、そこで食べても恥ずかしくないかも。」  
「・・・・、うん!」  
月見さんはそれを聞いて眩しいくらいの笑顔を浮かべる。  
俺は思わずその笑顔をみて胸が熱くなってしまう。  
(へーっ、月見さんってこんな可愛い笑顔ができたんだ。)  
 
「はい、召し上がれ。」  
そのお弁当はとても彩りがよく、とても作り過ぎれるようなものには見えない。  
俺達はしばし、団欒を楽しんでいた。  
すると、屋上のドアがガチャリと開いて、誰かが屋上に出てくる。  
それは、丁寧に布で包まれた弁当箱をもった香奈だった。  
「孝ちゃん、今日もお弁当持ってきてないんでしょう。ちょっと今日も作りすぎた  
みたいだから一緒に・・・。」  
香奈は、仲良さそうに弁当を食べている2人に気がつくと、  
「はっ、はは、何だ。先客がいたんだ。じゃあ、仕方がないね。これ1人で食べるよ。」  
そういって、香奈は足早にそこを離れようとする。  
「ま、待てよ、香奈」  
追いかけようとする俺を月見さんが制止する。  
「あの人、1人で食べるって言ってたじゃない。それともやっぱり香奈さんのことが好きなの?」  
俺は、香奈を追うことができなかった。いや、追うことをしなかったんだ。  
 
(何で、孝ちゃんとあの人が一緒にいるの?しかも彼女のお弁当で楽しく・・・。)  
私は、動揺する自分を落ち着かせようとする。  
(そ、そうよね。元々私が作り・・・過ぎたのが悪いんだから。  
孝ちゃんに迷惑かけちゃ駄目だよね。)  
香奈はそう言いながら、今朝作ってきた弁当をトイレに捨てている。  
(でも、でも、何でこんなに悲しいんだろ。悔しいんだろ。)  
気丈になろうとしながらも、私のその瞳から涙があふれ出ていた。  
 
 
月見さんと一緒に教室に戻ってくると、  
「おい、孝市。香奈さんが倒れて保健室に運ばれたらしいぞ。」  
「えっ、香奈が!今、何処にいるんだ!?」  
「だから、保健室。」  
俺は妙な胸騒ぎがして、そこにいる月見さんをおいてけぼりにして、  
一直線に保健室に向かって行く。  
(香奈!香奈!香奈!)  
 
(・・・江見君。やっぱり香奈さんのことが・・・。)  
その時月見さんは、心の中から何か大事なものが抜け落ちる、そんな空虚感になった。  
「おい、月見。お前泣いてるんじゃないのか?」  
「違うわよ。これは、これは・・・。」  
そう否定する月見さんの瞳からは、はっきりと涙がしたたり落ちていた。  
 
 
「まったく、驚かせるなよ。」  
「ごめんね、孝ちゃん。」  
何か重大な怪我でもしたのかと思い、急いで保健室に行った俺だが、結果はなんてことはない、ただの風邪だそうだ。しかし、一応大事をとって香奈は家に帰ることにする。  
今、教員の中には手が空いている者はおらず、近所に住む俺が香奈をおぶって帰ることになった。  
「ありがとう、孝ちゃん。」  
「はっ?何が。」  
「だって・・・、私の事心配してくれてたんでしょ?」  
「ば、ばーか、そんなんじゃねぇよ。」  
「ふーん、そういうことにしといてあげる。うふふっ。」  
香奈のその言葉を聞いて少し恥ずかしくなった俺は、少し歩みを早める。  
「ねぇ、孝ちゃん。」  
「な、何だよ。」  
「孝ちゃんの背中、大きくなったね。」  
「そうかなぁ?」  
「そうだよ。昔はあんなにちっちゃくて、いつも泣いてばかりいたもん。」  
昔のことをふと顧みたら、確かにそうだ。今と違って俺は気が弱くて、小さい頃は  
香奈にいつも守ってもらっていた気がする。  
 
 
そういえば、あの時・・・。  
「やーい、やーい、孝市の泣き虫!」  
「うっ、うっ、うっ。」  
そうだ。俺はいつもの通り、学校の同級生にいじめられて泣いていたんだ。  
「コラー!孝ちゃんをいじめないで!」  
「うわっ、香奈が来た。逃げろ!」  
そうやって、俺はいつも香奈に守ってもらっていたんだ。  
その帰り道、俺は泣きながら  
「うっ、うっ・・・ごめんね、香奈姉ちゃん。」  
あの頃はまだ、香奈のことを「姉ちゃん」と呼んでいたなぁ。  
いつ頃ぐらいからだろ、そのまま呼び捨てにするようになったのは・・・。  
「えっ、何が?」  
「僕が弱いばっかりに、香奈姉ちゃんに迷惑ばかりかけて・・・。」  
「ううん、そんなことないよ。今はまだ、孝ちゃんがちっちゃいから。  
これから大きくなれば、あんな子達なんて目じゃないくらい強くなるわよ。」  
「本当?じゃあ、僕強くなる。そして、その時は香奈姉ちゃんを守ってあげる。」  
「うん、ありがと。・・・・(でも、もう少しこのままでもいいかな。)」  
「香奈姉ちゃん、何か言った?」  
「何でもないよ。」  
そうだ、俺はあの時決めたんだ。いつか強くなって香奈を守ろうって。  
 
「おい、家に着いたぞ。」  
香奈の家につくと、香奈は俺の背中ですうすう寝息を立てて寝ていた。  
「しょうがないなぁ。」  
うちの母同様、香奈の母も働いているため、今の時刻には誰もいない。  
俺は昔、香奈から教えてもらった鍵の隠し場所から鍵をとって、中へと入る。  
(公認だからいいものの、端から見れば泥棒だな、これは。)  
家に入ると、俺は香奈を部屋まで運び、ベッドに横たわらせる。  
その静かな部屋の中で俺は1人考える。  
(俺は香奈のこと、どう思ってるんだろう?香奈が倒れたと聞いたとき、  
なぜか胸がしめつけられるような、そんな気がしたんだ。)  
「なあ、香奈。俺は本当はお前のことが・・・。」  
そう言いきる前に、  
「お前のことが・・・、何?」  
急に香奈が起きた。どうやら寝たふりをしていたようだ。  
「うわ!香、香奈。お前起きていたのか?」  
「いや、起きたのはさっきだよ。で・・・、お前のことが、何?」  
「いや、だから・・・。」  
いつまでも素直になれない俺を見て、香奈は  
「もう、言いたいことがあるなら・・・、ゴホゴホ!」  
「おい、大丈夫か?やっぱり俺の風邪が移ったんだな。」  
「違うよ。これは私が不規則な生活をしていたから、ゴホゴホ。」  
「まったく、ちょっと待ってろ。氷枕を作ってきてやるからな。」  
 
そういって、用意のために部屋を出ようとした時、香奈の鞄につまづく。  
がらっと音をたてて、香奈の鞄から弁当箱が2つころがる。中は・・・空だ。  
「おい、俺のために作ってきたもう一つの弁当はどうしたんだ?」  
「えっ、違うよ。作り過ぎたんだよ。で、孝ちゃんに食べさせるのは迷惑そうだったから、  
頑張って、2つとも・・・。」  
「嘘をつくな!」  
俺はつい、嘘をついてまで気丈に振舞おうとする香奈を怒鳴りつけてしまう。  
「ご、ごめんね。」  
理不尽な怒鳴られ方をしても尚、俺に対して遠慮する香奈がとても健気にみえる。  
俺は思わず、香奈を抱きしめる。  
「こ、孝ちゃん・・・。」  
「何で、何でいつも俺にそんなに優しいんだよ。俺は、そんな香奈の気持ちを  
何も考えずに傷つけてばかりで・・・。」  
香奈の胸ですすり泣く俺の頭を、香奈はそっと、優しく撫でてくれる。  
「そんなことない、そんなことないよ。私うれしいよ、孝ちゃんが私のことを  
大事に思っててくれる。それだけでうれしいの。」  
「香奈・・・。」  
どちらからともなく、顔が近づいていく。  
俺達の唇の距離はどんどん近くなっていき、ついに唇が重なる。  
唇を重ねた途端、何ともいえないような幸福感が全身を満たすような気がする。  
長い、長いキス。そのお互いの気持ちを確かめ合うような深い口付けは、  
いつまでも終わることが無く、永遠に続くようにさえ思えた。  
 
「・・・・んっ、ぷはぁ。」  
「うふふ、こんなキスは初めて。」  
「お、俺も初めてだよ。」  
「うれしいな。」  
「も、もう、恥ずかしいからあまり言うなよ。」  
キスの余韻に少し恥ずかしがりながらも、香奈は幸せそうな顔を浮かべている。  
その後、風邪が本格化してきたのか、香奈の熱が高くなり始めたので、  
それ以上のことはせず、安静にさせることに決める。  
少し残念だったが、香奈の体のことを考えると、そう、わがままばかりは言っては  
いられない、と自分に言い聞かせる。  
しかし、本当は俺に度胸がなかったからなのかも知れない。  
 
(うーん、これでいいのかなぁ。)  
看病というものは初めてするので、すこし戸惑ったが俺なりに香奈を看病した、つもりだ。  
途中で、「少しおかゆが固い」やら、「枕がぬるくなってきた」やら、色々クレームをつけられたが、そこは病人。我慢して、はいはいと従うことにする。  
日が暮れてくる頃になると、  
「孝ちゃん、なんだか氷枕がぬるく・・・。」  
俺は今日、色々あって疲れたのか、気がつくと香奈の寝ているベッドを枕代わりにして  
眠っていた。  
「・・・孝ちゃん、今日は色々なことがあったね。孝ちゃんが月見さんと仲良くお弁当を  
食べていたり。そしてそれに嫉妬して、私、その場から思わず逃げ出してしまったんだ。  
ふふ、私って大人げないね。けど、私が倒れたって聞いて、すぐに駆けつけてくれた時、  
本当にうれしかったよ。  
孝ちゃん、これからは、単なる幼馴染としてじゃなくて、その・・・恋人として、  
これからもよろしくね。とりあえず、今日はお疲れ様。」  
そう言って、香奈は俺に優しくキスをした。  
(今度は、キスだけじゃなくて、孝ちゃんと、ちゃんと・・・したいな。)  
微睡んだ意識の中で、俺の耳にそう聞こえた気がした。  

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