感情を持たない、低い音を立てて機械が鳴いていた。  
それは留まる事の無い水のように流れ続ける。  
「…」  
暗がりの一室。  
その中に、一人の少女が立っていた。  
歳は14,5歳。肩より長い黒髪を真直ぐに伸ばし、服はそれと同じ黒いワンピース、瞳は深い瑠璃色をしている。  
その名の通り、彼女の名は瑠璃といった。  
――その少女、瑠璃は深夜たった一人で、その暗い部屋に立っていた。  
部屋の唯一の光源を見て。  
それは、翡翠色の溶液で満たされたカプセル。  
2mほどあるだろうか、時折不安定な泡を吐いて、それが動いていることを示している。  
カプセルの中には、一人、少年が眠っていた。  
痛々しいまでに、頭から繋がれた細いコード。背中から何かを吸い取るように生えるチューブ。  
揺らめく髪は見ているだけならとても美しかったが、生気を全く感じられず、まるで精巧な人形のように佇む。  
「翡翠…」  
瑠璃は悲しみを込めて彼の名を呼ぶ。もう二度と目覚めないことを知りながら。  
 
―恋人の翡翠がこのカプセルに入ってもう1年になるだろうか。  
高度に成長しすぎた街を維持するための人柱。選ばれた者に拒否権は無かった。  
「会いたいよ、翡翠…」  
どんなに叫んでも、泣いたとしても、もう届くことは無い。翡翠の意識はあると言われているが  
瑠璃にその存在を確かめる術は無かった。  
ただ姿だけも見たくて、ひっそりと忍び込み、こうして目覚めない翡翠とともに闇夜を過ごしている。  
 
今日も、何も変わらないはずだった。  
翡翠は何も語らない。眼を開くことも無い。瑠璃だけがこうして一人過去を引きずっている。  
まだ鮮明に覚えているのに。自分に触れてくる感触、体温も全て。  
「…」  
いつの間にか、瑠璃はうたた寝をしていたらしく、ぼんやりと眼を開けた。  
(私…眠っちゃったんだ……)  
カプセルを背にするように、座り込んでいた自分に気がつく。  
手を床について起き上がろうとすると、細い感触がしてそれを握り締めた。  
まだ覚醒しきっていない思考回路で、顔の前まで持っていくと、黒くて太さ1cmほどのコードだった。  
先端はどこかに差し込むであろうソケットになっていて、丸みを帯びている。  
「…寝ぼけて、抜いちゃったのかな」  
呟くと、コードがぴく、と蠢いた気がした。  
「…」  
瑠璃は不思議そうに首を傾げる。見ている間にも、コードは蠢いて、瑠璃の指の間を交互に縫うように滑る。  
親指に到達し、コードはコブラが立ち上がるがごとく、瑠璃の目線までソケットを持ち上げた。  
ちらちらと、先端が揺れる。  
「…翡翠?」  
意味も無く、瑠璃は呟いた。ソケットは瑠璃の唇に触れて、少し躊躇うように離した。  
「ふふ…」  
キスまで躊躇うことは無いのに、と瑠璃は思った。こういうところは、昔と変わらない。  
どこを思えばこのコードを翡翠と思うのか、瑠璃自身もわからなかったが、本能、というものだろうと勝手に納得する。  
戸惑いながら口を開けた。コードが口腔を弄り、舌を器用に絡めとった。  
「ん、んっ…」  
少し噛むと、独特のゴムを噛む味が広がって、瑠璃は顔をしかめる。  
右手で伸びたコードを口元に持っていく。決して喉を突かないように、瑠璃を労わるように。  
やがて、ソケットとコードの連結部分からじわっと液体が溢れ出した。  
「んんっ……」  
少し甘いような、けれどとても苦い。喉を通って胃に滑り降りる。嫌悪感と違和感が同時に襲う。  
液体は瑠璃の口から零れ、端から筋を伝って床に落ちた。  
それがどれだけ続いただろうか。  
コードはようやく瑠璃の口から離れた。  
「…はぁっ……はぁっ……」  
自分の唾液も、コードの液体も混ざったモノがソケットと瑠璃の唇を繋ぎ、細い糸を引いて垂れた。  
床を見ると、翡翠色の液体が円を描いていた。  
見慣れた、後ろのカプセルを満たす液の色。  
離れたコードは瑠璃の腕に巻きついて、様子を伺っているようだった。  
素肌に巻かれた、黒いコード。  
思わず、自分の両腕を肩に乗せ、眼を閉じて自分を抱きしめた。  
 
くるっと、蛇が動くようにソケットの先端が動く。  
それを合図に、ざわわっ、と周囲の空気が一瞬で変わった。  
波が震える。黒いもの、灰色のもの、青いもの、その全てが鈍い色合いで統一された太さも用途もばらばらなコードたち。  
生き物のようなその触手は、座った瑠璃の周りを囲み、波のように揺らめく。  
ようやく眼を開けて、周りを見ると、黒い波が瑠璃の視界に広がった。  
「………」  
こぽん、と後ろのカプセルが泡を吐いた。  
抱きしめていた黒いコードが離れ、波の一歩手前に這い、首を傾げるようにコードが曲がった。  
瑠璃は微笑んだ。ようやく、翡翠は逢いに来てくれたのだ。  
両手を広げた。黒いコードが巻きつく、それだけでなく、波が静かに、身体を覆った。  
背中を預けていたカプセルからゆっくりと横にずれ、瑠璃は仰向けに倒れた。  
身体を覆う触手は、電気が通る独特の温かさを持ち、薄いワンピースの下から直に感じ取れる。  
触手は簡単に瑠璃の服の中に入り込み、二本の触手で乳首を挟み込んだ。  
「ひゃうっ……!」  
瑠璃は息を呑む。  
もう片方も同時に挟まれ、器用に乳首を捏ね回した。  
「ひうっ、は、あうっ……」  
動くたびに身体が勝手に反応し、背中が反り返った。腕も足も触手に絡め取られ、思うように動かない。  
ワンピースのスカート部分が、腰まで持ち上がると、白いショーツが露わになった。  
瑠璃は羞恥心に身悶えたが、どうしようもなかった。乳首を捏ねられる感触に慣れ、浅く早い息を繰り返す。  
とろり、と乳首に温かい液が零れた。白く小さな胸が、翡翠色で濡れる。  
それだけではなく、腕や、腿に巻きついていた触手も、次々に繋ぎ目から染み出し、瑠璃を汚した。  
少し粘液質のそれは、ことさらゆっくりと瑠璃の身体を滑る。  
声に出さずに、ぱくぱくと口を動かすと、一本の触手は瑠璃の口に滑り込み、ディープキスでもするかのように、口腔をまさぐる。  
やはり苦いそれは、けれど酒のように満たされ、瑠璃は翡翠色の液を飲み込んだ。  
「はあ……ああっ……」  
熱に浮かされ、瑠璃は喘いだ。  
その間にも、触手たちは愛撫を施した。細いコードは指の間にまで絡みつき、太いものは蛇のように太ももを這う。  
白いショーツはしっとりを濡れ、薄く染みを作った。  
触手は染みを作った部分からゆっくりと這い、輪郭をなぞり、敏感な恥部に触れた。  
「うあっ…」  
瑠璃が上に手を伸ばそうとした。黒い触手が絡んだ自分の手が、わずかに見えた。  
それでも止まらず、触手は下着ごしになぞり、そこから液が溢れて、また動くという悪循環に成り果てていた。  
「ひや、いやぁぁっ…んっ!!」  
びくん!と身体が跳ねた。触手の一本が硬い部分に触れたのだ。  
「いや、やめ、いあああっ……」  
そこばかり執拗に捏ねられる。自分の声とは思えない、高い声が喉から零れた。  
びくびく身体が痙攣する。何かが湧き上がる感覚から瑠璃が抗う術は無かった。  
ショーツが触手によって下ろされたことに一瞬動揺したが、それから直後、硬い部分を直接掴まれた。  
目の前が、真っ白に染まった。  
「はああっ―――!!」  
高い悲鳴があがり、瑠璃の身体が反り返る。  
 
身体が震えた。初めて達してしまったことの驚きと開放感がそこにはあった。  
脚の間はしどとに濡れて、とろとろと床に染み出す。  
「……」  
瑠璃は放心状態で倒れていた。長い髪が顔に掛かってもお構いなしに。  
触手が蠢いて、瑠璃の髪を優しく掻き上げた。  
「…何、を……」  
太い触手は瑠璃の背中を持ち上げ、なすがまま、瑠璃の身体は床から完全に離れた。  
白濁と翡翠色で濡れた脚から、白いショーツが滑り落ちる。  
膝裏と、肩を抱きかかえるように触手が白い手足に巻きついた。引っ張られるように、両手が広げられる。  
頭だけ重力に従い、喉を反らせて上を見る。  
完全に触手に拘束され、動くこともままならない。  
「ど、どうするの……?」  
瑠璃が呟くと、膝裏を抱えた触手の片方だけが、高々と上にあげた。下着を着けてないその部分はもろに曝されて、  
ただ幼く生えた黒い毛だけが覆う。  
「い、いやっ…」  
羞恥心に、瑠璃は拘束を解こうとするが、何度やっても一本も解くことはできなかった。  
その間に、また別の触手が、脚の間で波打った。  
先頭は灰色の細いコード。びっしょりと濡れた桃色のその場所へ、ソケットがめりこんだ。  
「うあっ……!」  
異物感に瑠璃は声を上げた。熱くなったその場所がひく、と痙攣する。  
細いが故に柔軟に動き回り、柔らかいその壁を押して、なぞる。  
「いや、ああっ」  
その動きをダイレクトに感じ、瑠璃は呻いた。先ほど出してしまった液のお陰で動きやすくなり、  
動くたびにまた液が溢れ出す。まだ入れると感じたらしい触手たちは、次々とその場所へ移動していく。  
「や、やめ…やめてぇ……」  
掠れたような瑠璃の声は、懇願になっていたが、触手たちは耳を貸さない。  
灰色のコードが既に伸びたその口に、それより数倍大きなコードが先端だけ埋まった。  
そして、狭い入り口を無理やり押し開いた。  
「きゃああっ――!」  
入り口を広げられ、瑠璃は悲鳴をあげた。ずるるっ、と液が滴る音が片隅で聞こえ、  
中で激しくのた打ち回る。  
「ひゃ、あううっ……ああっ……!!」  
びくびくと身体が意思に反して動き回っても、コードは決して振りほどけることはなく、  
さらに激しく瑠璃の身体を包み込み、下腹を這うことで中のものをより感じてしまう。  
「はああっ!」  
中の触手を締め付け、瑠璃は喘ぐ。体内に入ったコードはすでに5本になっていた。  
そんなことは瑠璃にはわからず、ただ怒濤のように襲う快感に身体のほうが耐え切れずに悲鳴をあげている。  
”これ”が本当に翡翠なのかさえ、瑠璃にはもうわからなかった。  
 
「ひぐっ…あううっ……」  
くちゃっ、くちゃ…  
幾本のコードを呑み込み、代わる代わる犯される。抜き出たコードには、瑠璃の赤い色が厭らしく付着している。  
蕩けた入り口から、下を伝い、床にぽたぽた雫が落ちる。  
「ああっ……く、あ…」  
瑠璃はもう掠れた声しか出すことは出来なかった。  
身体は触手によって宙に浮き、さらに足を開かれる。溶けそうな意識は、乳首を咥えられることで再び戻される。  
なすがままだった瑠璃は、違う場所に訪れた感覚に眼を見開いた。  
「ひうっ…、そこ、は……」  
翡翠色の液は瑠璃の股間をびしょびしょに濡らし、もう1つの蕾さえも抉じ開けようとしている。  
ずずっ…ずるるっ…  
窄まった皺をものともせず、親指ほどのコードがいっきに突き刺した。  
「あああっ――!!!」  
瑠璃は精一杯の悲鳴を上げた。後ろも真ん中も、コードによって満たされる感覚に涙が落ちた。  
ぐちゃっ…  
中に入ったコードから翡翠色の液が溢れ出す。体内で2本のコードが自分を通じて擦れあう。  
「あ、やめ……なか……」  
一本入れば、あとは簡単だった。  
もう一本、もう一本と下の口もコードを咥えて、その度に突き上げられる衝撃に身体が跳ねた。  
がくがくと震える。瑠璃の意識は次第に乳首の刺激だけでは収まりきれない陶酔に変わっていく。  
「は、ぁ……ひ、…すい…」  
霞の向こうの、彼の名を呼んだ。  
ごぽん…  
後ろのカプセルが大きく泡を吐いた。とたん、ずるり、ずるりと全てのコードが瑠璃の体内から出てきはじめた。  
「あ、ああ…」  
満たしていたものが一本一本失う、瑠璃は懇願するような熱い吐息を出した。  
「ひ、すい……欲しいよ……、ひすい…」  
もうそれが何であろうとどうでもよかった。恋人の名を呟き、おぞましい触手に呼びかけた。  
ぶるるっ、とコードたちが電流を帯び、ざわめく。  
「はあっ…はあっ……」  
溶けた視界、壊れた思考。もうどうにでもなってしまえばいい。  
これが無くては生きてはいけない。瑠璃はそう思った。  
 
「お願い…来てよ―――!」  
 
それは確かに、麻薬だったのだろう。  
くちゃっ、ねちゃっ――  
「ぐあ、ひうっ、うああっ――」  
その深さは先ほどとは比べ物にならないほどに、深かった。  
子宮口を越え、本来男性器が到達できない場所までに突き刺さり、激しく動き回った。  
「うあぐっ…ああっ――」  
ずるっ、ぐちゃぐちゃっ――  
瑠璃の入り口は限界まで広げられ、1分の隙も無くみっちりとコードが埋まっていた。  
それは出てはまた次のコードが刺さり、まるでピストン運動でもするかのように。  
「ひゃうっ……あぁ…」  
長い黒髪を振り乱し、瑠璃は叫び続けた。  
時折、瑠璃の下腹が薄く浮き、それが触手により持ち上げられたことを示している。  
「ああっ―」  
コードが捻じ込まれ、口からは涎がこぼれて、眼は充血するまでに赤い。  
くちゃっ…  
瑠璃の腰が、合わせるように揺らめいた。  
「ああっ、いい……い…いっ……」  
もっと奥深くに、もっと、もっと――!  
触手によって覚醒した女としての身体。  
狂喜しそうな、誰も味わったことの無い快楽を全身で受け止める。  
もはや痛みなど感じなかった。  
瑠璃の喉が反り返る。がくがくと身体が振るえだす。  
境界の果てまで、一気に上り詰めるために。  
「ああ、らめっ……うああう…い、すい……ああっ――!」  
瑠璃の体内に入り込んだ、一番太いコードが、じりっ、と震えた。  
体内の奥深く、認知できない部分に入り込み、その一点目掛けて。  
弱く、電流を流した。  
 
「ぎっ…やあああっ――!!!」  
瑠璃の喉から絶叫が響いた。同時に、入り口にみっちり入り込んだコードの隙間から白い液がどくどくと溢れた。  
「あ、ああっ…」  
痙攣した身体に感じたのは、あの翡翠色の液で満たされていく自分の腹。  
瑠璃が達したと同時に、体内に入っていた全てのコードが内部に通っていた液体を吐き出していた。  
こぽん…  
自分の子宮から、恋人の眠るカプセルの泡と、同じ音がした。  
一本、また一本とコードが瑠璃の胎内から出て行く。出て行くたびに、ひく、わずかに瑠璃が振るえた。  
床に下ろされ、ワンピースの間から染み出していく翡翠色と白濁の液を、瑠璃はわずかな思考で見ていた。  
「……」  
眼前に、最初の黒いコードがいた。  
その先端を両手でゆっくり挟むと、瑠璃はそのソケットに口づけをした。  
 
 
3ヵ月後、瑠璃はまたカプセルの前に居た。  
しかし、そこに翡翠の姿は無い。  
空のカプセルだけが、瑠璃の姿を半透明に映し出していた。  
「…とうとう、あなたに会えるのね」  
薄い白いワンピースを纏った瑠璃がカプセルの中に入る。  
眼を閉じると、足元からゆっくりとその液体が上昇を開始した。  
とうとう、瑠璃にもそのときが着たのだ。選ばれるときが。  
(電気信号だけで交わったら、それは永遠なのかな)  
そんなことを思い、それが最後だった。  
瑠璃は翡翠色の胎内で眠りについた。  
 
※   ※   ※  
 
「瑠璃の様子はどうだ?」  
「順調です。子宮内に満たされた溶液は新しい成分を生み出しています」  
「よし、ではそのままで」  
「はい」  
研究員が二人、眠った瑠璃のカプセルを見ていた。  
「しかし、あの溶液を子宮に入れるなんて、よく考えましたね」  
「まぁな。これで瑠璃も浮かばれるだろう」  
研究員の一人が、部屋を出て行く。  
残った一人は、愛しそうにカプセルに触れた。  
「愚かで愛しい瑠璃。君は永遠に……そのままの姿でいてくれ」  
半透明に映し出された研究員は、瑠璃が翡翠と呼んだ少年そのままの姿だった。  
「君が胎内から生み出す物質は、この街を永遠に起動させてくれるだろう  
僕のように”交代で”カプセルに入らなくても、君がいれば永遠に僕はこのままでいられる」  
翡翠は微笑んだ。  
 
「―――愛しているよ、瑠璃」  
 
翡翠は瑠璃のカプセルに口付けた。  
しかし、それは決して、瑠璃には届かなかった。  
 

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