■■「再会」〜にくらしいあなたへ〜■■  
 
■■【1】■■  
 彼女が、実は15年前に別れたきりの「乳姉弟」の「義姉」だと、現領主シ  
グフィス=フォルモファラスが気付いたのは、彼が“仮母”適正のために彼女  
の三代前まで遡る『血統書』を統合府から取り寄せたことによる。  
 
 恥ずかしながら、彼はそれまで彼女が自分の「義姉」だとは、これっぽっち  
も気付かなかった。  
 そもそも、彼女は『フォルモファラス家』に、既に一年前ほど前から身を置  
いていたのに…だ。  
 地球統合府の「機関」から送られてきた“仮母”候補に、自分から強く望ん  
で入った者がいた…とは聞いていたが、よもやそれが同じ乳で育ち、幼い自分  
の面倒を見て可愛がってくれた義姉だとは、たとえ自分と同じ立場の者がいた  
としても、普通は考えないに違いない。  
 
 思えば、この『城』に来た時から何か言いたげだった彼女の態度が、目に見  
えて硬化した事に気付いたのは、当時6人いた“仮母”候補に、それぞれシグ  
フィスが「名前」を聞いてからだと記憶している。  
 感情のわかりにくい人類の、しかも女性体ともなれば、『セグネット』族の  
彼には、その心の内を窺い知るのは不可能と言っていい。  
 ただ、彼女が告げた「ティファ=ローニィ」という名前に引っかかりを感じ  
た以外、特に問う事も無かった自分に、全く非が無かった…というわけではな  
いのだと、彼だとて今になってみれば思いもする。  
 
 それ以来、彼女からは笑みが消え、彼女の「主人」たるシグフィスには、現  
在に至るまで常に刺すような視線だけが向けられているのだ。  
 かと思えば彼の死角(…と、彼女は思っているらしいが、哺乳類と違いシグ  
フィス達『セグネット』の視界は、複眼の感知範囲を入れれば、ほぼ360度  
をカバーするため、そもそも「死角」というものが存在しない)から、何か、  
ひどく物言いたげ視線を向けてくるのだから、いくら鈍感なシグフィスとはい  
え嫌でも気に留めてしまうというものだ。  
 彼女を“仮母”の正式な候補にしたのは、それが原因…というわけでは決し  
て無かったが、肉体面でも精神面でも、そして教養面でも思想面でも、さらに  
は礼儀作法から『セグネット』の慣習の理解度に至るまで、適正としては全く  
問題の無い3人の最終候補者から結果的に彼女を選んだその理由に、「より興  
味をそそる存在だったから」という理由がカケラほども心に無かったと言えば、  
嘘になるかもしれない。  
 
 そして“仮母”として確定し、彼女に意思確認をした後で取り寄せた、あく  
まで形式的な血統書に、かつてシグフィスの“仮母”であり乳母だった「セラ  
ン=ウィバ=ローニィ」の名が記されていた…というわけだ。  
 
 シグフィスの種族『セグネット』と比べ、非常に“のっぺり”として凹凸の  
少ない人類の顔は、彼らには咄嗟に判別しにくいし、逆に昔は凹凸(おうとつ)  
が全く無かったのに今ではやたらと凸凹(デコボコ)した体のラインからは、  
昔の…まだ幼かった頃の面影を想像するのは難しかった。  
 体長が全体的に伸びたのは過ぎた年月を考えれば良しとしても、頭部の毛髪  
が長く伸び、胸部の『乳房』(哺乳類型生物特有の、幼生体のための授乳器官  
だ)が巨大に膨らんで『臀部』(交尾の際に行う摩擦運動で、互いの体の衝突  
を和らげる緩衝材となる、脂肪層が厚く付いた腰の後部)が大きく張り出し、  
それを更に顕著にするかのように腹(ウエスト)が絞り込まれていては、その  
体型から、かつてとても幼かった義姉を想像しろという方が無理な話だろう。  
 たとえ彼女…「ティファニア=リィド=ローニィ」が、地球人の尺度で言え  
ば「眩しいくらいに美しい」としか言いようの無い女性だとしても、シグフィ  
スには簡単には見分けはつかないのだ。  
 
 『セグネット』族は、現在の地球に住む知的生命体の中でも、寿命が非常に  
長い部類に入るだろう。  
 だが、成体までの成長は、とても早い。  
 人間の約2倍の速さで成長し、地球公転での5周期(5年)に1回の脱皮を  
3回経ると、社会的責任を負い、権利を行使する立場としての自由を審議会よ  
り与えられ、一族の間で「成人」と認められる。  
 15周期(歳)は、人類ではまだまだ“子供”の域を出ないが、『セグネッ  
ト』の母星の公転周期は地球の約半分のため、母星年齢では30齢となる。肉  
体的にも生殖機能が十分に成熟して、晴れて交尾(子孫を残す権利)が許され  
るのだ。  
 
 そして、シグフィスは一年前に3回目の脱皮を終え、交尾可能な30齢となっ  
ていた。  
 
■■【2】■■  
 『セグネット』が地球を「併合」し、既に600年が経とうとしている。  
 
 知的生命体同士のいつ終えるともしれない「衝突」が終結して500年が過  
ぎ、現在の地表は数十メートルを越える大樹で覆われ、緑は地球の陸地のほぼ  
全域に広がっていた。  
 
 シグフィスが一年前にこの領地の統括を父より任されてから、彼の住む大樹  
の『城』はずいぶん賑やかになったと思う。  
 祖父の代より、フォルモファラス家は『セグネット』としては人間に寛大で  
あり、他の土地では考えられないほどの権利を与え、街(コロニー)ごとの自  
治統括さえさせてきた。もっとも、『セグネット』の統治区では、人間は『セ  
グネット』に仕え、奉仕する事が最大の喜びとして教育されるため、反乱など  
起きようはずも無いのだが。  
 
【あれから一年…か】  
 彼は、執務室のデスクの上にあるカップを前肢で持ち上げ、細長い副口吻で  
中身を吸い上げて、その芳醇な香りと甘みを楽しみながら呟いてみた。惑星連  
合の広域文化圏共通翻訳機は、そんな独り言さえも律儀に拾い上げて、金属を  
こすり合わせるような音ではなく、第12銀河公用語に訳してくれる。  
 『セグネット』の前肢に「指」と呼べるものは2本しか無い。だが、彼の腕  
には執務用として、細かい作業が出来るように人のものと良く似たマニピュレ  
ーターが装着されている。4本ある「指」の中に実際に指が入っているのは2  
本だけだが、筋肉の動きで全て思い通りに動かす事が出来るため、人間が行え  
ることは全く遜色無く行う事が出来た。必要なら、卵を割らずに持つことも、  
小さく切ったゼリーを崩さずに摘み上げる…などという繊細(デリケート)な  
作業さえ、苦も無く行えるのである。  
 背後にある窓からは、母星のものと非常に良く似た恒星「太陽」の光が部屋  
いっぱいに差し込んで来ていた。  
 この、大樹の内部の空洞を利用して作られた『城』は、『セグネット』にとっ  
てはとても快適だった。  
 そして、領地の治安も経済状態も、今は申し分無い。  
 だが…。  
【義姉(ねえ)さん…】  
 今、彼を悩ませているたった一つの悩みは、  
 一向に彼に馴染まない義姉――ティファニアの存在だった。  
 
 シグフィスが乳母の子宮で生まれ、この世に生を受けた時、義姉は6歳だっ  
たと記憶している。  
 それから2年間という短い間ではあったけれど、義姉は自分とは似ても似つ  
かない『セグネット』のシグフィスを(最初の脱皮を経るまで、『セグネット』  
の様態は地球で言う芋虫のような形をしている)、本当の弟のようにとても愛  
してくれた。満足に動くことの出来ない「幼体」だった彼を、人間の赤ん坊の  
ように扱い、蜜を飲ませ、遊んでくれたのだ。  
 
 急速に周囲の情報を取り込み、2ヶ月も経たないうちに翻訳機を介して意思  
の疎通を行う事が出来るとはいえ、「人の形をしていないもの」をよくぞ愛し  
てくれたものだと、彼は思う。  
 そして彼も、義姉が大好きだった。  
 種族は違えども、自分を愛してくれる者を憎めるほど、『シグネット』は非  
情ではない。  
 けれど、ある日突然、乳母のセランはこの『城』をティファニアと伴って出  
て行った。  
 最後の別れも何もなかった。  
 人間の子供であれば、2歳の幼児の記憶などあっというまに風化し、忘れて  
しまえただろう。  
 だが、シグフィスは『セグネット』なのだ。  
 高密度な記憶野には、ティファニアの姿や声が、まるで昨日の事のように記  
憶されている。  
 忘れられるわけもなかった。  
 
 この屋敷に再び義姉がやってきたのは、シグフィスの3回目の脱皮の直後、  
成人を迎え、審議会から「交尾」を許されて、隣の領地から『セグネット』の  
雌体を「伴侶」として迎えることを半ば強制的に決定されてすぐのことだった。  
 その時、義姉は地球年齢で21歳になっていた。  
 あれから、地球時間で1年。  
 義姉は今、22歳になっている。  
 人間の女性体は美しく成熟して、人生で最も輝く時期だろう。  
【おかしなものだな…】  
 地球年齢で言えば、自分は義姉の6つ下の「弟」なのだ。  
 けれど種族的な差異によって、肉体年齢は8つ年上の「弟」という事になる。  
 
 年上の弟…。  
 
 今更ながら、自分と義姉は全く違う種族なのだと思い知らされる。  
「シグフィス様」  
【なんだ?】  
 ふと音も無く扉が開き、一人の女性が執務室に入ってきた。  
 ノックは必要ない。  
 この扉は、シグフィスに許された者しか開けられないように出来ているからだ。  
 そして、今、この『城』の中でそれを許されているのは、唯一、彼のプライベ  
ートの世話を任されている、一人の召使いだけだった。  
「約束の御時間です」  
【時間?】  
 それは、蜂蜜を太陽に透かしたような、上等の樹液を糖蜜でキャンディにし  
たような…美しい頭髪の女性だった。  
 
 その艶やかな頭髪はとても長く、左右の集音器官…耳の横の所でそれぞれ縛っ  
て、はちきれんばかりに前方へと豊かに張り出した胸元に自然に垂らしている。  
シグフィスの外羽と同じ色をした、濃い黒檀色の制服は、彼女の豊満な体を禁  
欲的に包み込んでいるが、おそらく同族の人間の男が見れば、それすらもたま  
らない興奮材料となるのだろう。ただ、服装は膝下20センチの長いフルレン  
グススカートの黒いワンピースであり、真っ白なエプロンドレスと相まって、  
全体の印象は決して映えるものではない。  
 いやむしろ、一言で言えば「地味」だった。  
 首元まで覆う襟と、深紅の宝石がはめられた金具で上品に留められたネクタ  
イ、そして手首までキッチリと覆う袖は、肌を露出することを良しとしない召  
使い(メイド)としては典型的な、昔の地球に存在した「英国」の、ヴィクト  
リアンスタイルだ。  
 袖は「パフスリーブ(ふくらんだ袖)」ではない。ヴィクトリアンスタイル  
としては当時の流行の最先端だったその形状は、召使いには許されていないも  
のだからだ。当然、頭にはカチューシャもヘアバンドもしていなかった。  
 これらは、人類の民族学的服飾研究を趣味とするシグフィスの曽祖父が、わ  
ざわざ100年以上前に再現させたものだったが、彼はそれについて特に何も  
感慨は抱いていない。  
 ただ彼女は、その地味な服装をしていながら、それを補って余りある美貌と  
髪の美しさ、そして際立つスタイルの良さをしていた。  
 しかしただ一点。  
 一切の表情を消し、無感動、無関心を貼り付けた冷たい顔が、全てを台無し  
にしている。  
「サレディアナ様がお越しです」  
【そうか…もうそんな時間か…】  
 サレディアナとは、シグフィスの正式なフィアンセであり、「交尾」相手で  
あり、そして“仮母”の子宮に産み付けられる卵の母親となる予定の、遠く隣  
の領地から一年前に輿入れしてきた雌体の名前だ。  
 内羽が虹色に輝き、胸から腹にかけて走っているオレンジ色の2本のライン  
の発色とバランスは、この辺りでは随一の美しさだといえた。  
 『セグネット』の雌は、輿入れするまで領地から決して外へと出ることは無  
い。だが、輿入れを済ませた今、彼女はここから数キロ離れた大樹の離宮に住  
んでいて、こうして定期的に訪れては暗に交尾を要求してくるのである。  
 そしてそれは、一向にティファニアを“仮母”として起用しない、シグフィ  
スへの牽制でもあった。  
「それでは…」  
【あ、ね…義姉(ねえ)さん…】  
 
 用だけ告げて、一礼し立ち去ろうとする召使いに、シグフィスは咄嗟に声を  
かけた。  
 そんな彼に抗議するかのように、顔を上げた義姉は、無言で彼を見つめる。  
 
 …氷のような眼差しだった。  
 
【………ファニー…】  
「……」  
【ティファニア】  
「なんでしょう?シグフィス様」  
 その声は、何の感情も込められていない、ただの音の震えだった。  
 彼女が、「一向に彼に馴染まない」シグフィスの「義姉」だ。  
 けれど彼女は、シグフィスが自分を「義姉さん」と呼ぶ事を許さない。  
 子供の頃のように、親しく愛称で呼ぶ事も許さない。  
 触れる事も許さず、何かの拍子に少し触れただけでも、まるで火傷でもした  
かのように離れてしまう。  
 そして、まるで汚らわしいものでも見るように見る。  
 そのたびに、シグフィスの心は少しずつ傷付いていた。  
【……いや、なんでもない。下がっていい】  
「………」  
 シグフィスは落胆し、義姉に背を向けた。けれど、頭部後方にある3つの小  
さな複眼は、彼女の表情を捉えていた。  
 だから、彼女の顔が一瞬だけ、何かを堪えるような、今にも泣き出してしま  
いそうな顔に歪むのを、全て見ていた。  
 
 全て、見ていた。  
 
■■【3】■■  
 ――――彼女は私を憎んでいる。  
 
 それを、この一年間というもの、シグフィスは毎日のように感じていた。  
 そしてその理由を、シグフィスはわかり過ぎるくらい良く理解している。  
 
 シグフィスの種族『セグネット』は、人間の体(胎)内で産まれ、人間の体  
(胎)内で育つ。  
 雌体が産んだ卵を雄体が体内の受精嚢で受精し、人間の女性の胎内(子宮)  
に生み付けて着床させるのだ。  
 そして、着床した卵膜内である程度成長した「幼体」は、体長が30センチ  
程になると子宮内で孵化し、卵が着床した事で形成された「擬似胎盤」を“食  
べ”て、膣道を通り外界へと出る。  
 「擬似胎盤」には外界で生きるために必要な免疫抗体や、人工的に合成出来  
ない必須栄養素がたっぷり含まれていて、だからこそ人工子宮などではなく、  
今に至っても人間の子宮を使っているのだ。  
 
 また、“仮母”の擬似胎盤を最初の「食事」とするのは、祖先が哺乳類型生  
物の体内に卵を産み付け、内部から“食って”育った名残りだとも言われてい  
るが、『セグネット』自体は特に肉食というわけではない。  
 「出産」により外界に触れた後は、『調整』により分泌を促された“仮母”  
の母乳(血液から体内精製される、本来であれば人間の胎児の栄養液となるべ  
き白濁した液体)と、卵の母である『セグネット』の雌体が角状管から分泌し  
た栄養液の『混合蜜』によって育てられる。  
 だから、ティファニアの母、セランの子宮を使って産まれたシグフィスは、  
セランの乳と『セグネット』の母の蜜によって育った、ティファニアの「乳姉  
弟」ということになるのだ。  
 
 ならば、なぜそんな「乳姉弟」をティファニアが「憎む」のか。  
 
 ――それは、“仮母”の腹から出て来る際に、「幼体」は往々にして母体の  
子宮も膣もズタズタに傷付け、その結果、ほとんどの“仮母”は二度と自分の  
腹で子供が産めなくなるためであり、そしてそれはセランも例外ではなったか  
らだ。  
 そして、これはティファニアの「血統書」を取り寄せ、その出自を調べた際  
に知った事ではあったが、その時の傷が元で乳母のセランはこの城を出た1年  
後に亡くなったと聞いた。  
 ならば、ティファニアが自分を憎むのは当然だ。  
 そう、シグフィスは思う。  
 自分がセランを「殺した」も同然だからだ。  
 
 けれど、だからといって彼女が自分には大切な義姉であり幼馴染だという事  
には変わりないのである。  
 “仮母”として取り寄せた人間の女性を、“仮母”として使うこともせずに  
一番身近に置き、身の回りの世話をさせている「変わり者の領主」。  
 たとえそう呼ばれ、他の『セグネット』から陰口を叩かれようとも、シグフィ  
スはティファニアを、まるで受光器官を触るように手厚くしていた。最近では、  
「ちゃんと同族のフィアンセがいるにも関わらず、人間の女性体に“懸想”し  
ている」…という噂まで立つ始末だった。  
 
 昆虫型生命体が、哺乳類型生命体に「懸想」する…。  
 
 恋い慕う…。  
 
【いや、違う…私は義姉さんに恋など…】  
 サレディアナの相手に疲れ、ベッドとなる止まり木にうつ伏せに掴まって、  
シグフィスは頭の逞しい触覚をゆらゆらと揺らした。  
 時刻は夜の8時を過ぎたところだった。  
 いつもならまだ執務室で、上告された領地の問題を評議会に提出する前の文  
書へとまとめている頃だ。  
 
 たが、今日はもうそんな気力も無い。  
 先ほどのサレディアナの「言葉」が、耳に残っているのだ。  
 
【シグフィス様は、その地球人の「節無し」に恋していらっしゃるのね】  
 
 「節無し」とは、『セグネット』が地球人類を揶揄して使う時の侮蔑用語だっ  
た。そんな言葉を「淑女」な婚約者が使う事にも驚いたが、それよりも、そう  
面と向かって言われた言葉を、自分が決して不快に思わなかった事に驚いたの  
だった。  
 
【恋していらっしゃるのね】  
 
 ――『セグネット』が地球人類に恋をする。  
 
 それは、地球人類がペットの犬や猫を異性として恋い慕うより、もっと遠い  
感情だろう。  
【そんな…ばかな…】  
 だから、彼の理性は否定をしてみせる。  
 けれど…。  
 
 本当にそうか?  
 本当にオマエは、あの義姉に恋していないと言い切れるのか?  
 
 そう、心の奥底に押し込めた感情の囁く声が聞こえる。  
 同じ知的生命体であれば、種族は違えども理解しあう事は出来る。  
 今はまだ確立されていない「ゲノム転写」が可能となれば、それぞれの資質  
からデザインされた双方の「子供」を作ることだって…。  
【こども…???子供だって…!?】  
 シグフィスは自分の思考の飛躍に、思わず全身の気門を開いて気管の空気を  
全て吐き出した。  
 
 
 昆虫型知的生命体『セグネット』を、地球上に生息する下等生物の「虫」に  
例えたなら、どれに当てはまるだろう?  
 そう考えた時、やはり脳裏に浮かぶのは、その生態や肉体組成などは全く違  
うものの、外観的には多くの類似点が見受けられる「カミキリムシ」だろうか?  
もちろん、『セグネット』は直立して歩き、昆虫のように地面を這ったりはし  
ない。ローブ状の衣服も身に着けているし、高度な知性を身に付け、言葉も話  
す、立派な銀河広域文化圏に加盟する惑星国家の民だ。  
 だが、彼等は地球人類とは明らかに違う『種』であり、美的感覚も180度  
違う。  
 『セグネット』が「美しい」と思うのは、頭部から張り出した多目的感覚器  
官の太さや長さであり、頭部後方や腹部などにある多数の小さな複眼の位置バ  
ランスであり、または硬質なキチン質の体表に浮かび上がる虹色の紋様であり、  
3対ある肢(人間で言うところの「手」と「足」の他に、腹部には「副肢」と  
呼ばれるもう一対の肢がある)の形であったりするのだが、地球人にはそれは  
到底理解されないだろうということも、シグフィスは理解している。  
 
 その証拠に、シグフィスも地球人の「美しい」と思う外見は理解出来ない。  
 
 ―――だのに、どうしてシグフィスはティファニアをこうも気にかけるのか。  
 
 『城』には、他にも地球人類の召し使いが、何人も住んでいる。だが、シグ  
フィスがそばに置くのはティファニアだけだった。ティファニア以外は、全て  
同じに見え、全く興味が無い。「どうして気にするのか」という問いには「ティ  
ファニアだから」としか言いようが無かった。  
 それでも問われたら「わからない」と答えるしかない。  
 彼女の、頼りなくやわらかそうで、触れるだけで破れてしまいそうになる白  
い皮膚も好きだと思えた。  
 太陽に透かした蜂蜜色の頭髪も、突出して前方に大きく張り出した、実に重  
たそうな乳房も好きだったし、『セグネット』とは元から発声方法の違う声も、  
決して嫌いではなかった。  
 シグフィスが纏うマント状の衣服の下に隠された外羽は、深みのある青味が  
かった黒だが、その色とそっくりな濃い黒檀色の制服を身に着けたティファニ  
アは、人間がサラブレットの競走馬を見る時と同じくらいの「美しい」という  
感覚を彼に抱かせた。  
 
 そう。  
 
 彼女は「美しい」。  
 
 『セグネット』とは同列に扱えはしないが、それでも人間という種の中では、  
抜きん出て「美しい」のだ。  
 だから…だろうか?  
 「美しいもの」を見ると気持ちが高揚するのは、人間と『セグネット』とで  
あっても変わらないはずだ。そして、その「美しいもの」を手に入れたい…自  
分のものにしたいと願うのも。  
 シグフィスは思う。  
 だとすれば、これは決して「恋」などではない。  
 
 これはただの「独占欲」だ。  
 
 そう。  
 自分は、ただティファニアの全てを自分のモノにしたいという、ただそれだ  
けの話なのだ。  
 シグフィスはそう結論付けると、思考を断ち切って休眠モードへと主脳を切  
り替えた。  
 
■■【4】■■  
 彼には珍しく、その日は深夜に目が覚めた。  
 昼間、サレディアナに付き合って、グラビスの樹液カクテルを何杯も飲んだ  
のが原因かもしれない。  
 彼は止まり木から身を起こしローブを身に着けると、寝室を出て、入り組ん  
だ大樹の廊下を歩き階下へと下りた。昼間と違い、トランスポーターは起動し  
ていないため、夜はこうして自分の肢で歩かなければならないのが少々面倒だっ  
た。  
【…1時過ぎか……義姉さんはもう眠っている頃だろうな…】  
 
 そんな事を思いながら調理場で水を飲み、それから何の気なしに召使い達の  
居住エリアに足を踏み入れた時、ふと、貯蔵庫の方から声が聞こえ、シグフィ  
スは立ち止まった。  
「…だ……んな……………ってのに………」  
「………て………た……しょ?……」  
 一人は男だった。  
 そして、もう一人は、滅多に聞けないけれど聞けばすぐにそれとわかる、忘  
れようも無い義姉の声だった。  
 この城の…というより、『セグネット』の領地に住む人間は、内耳に広域文  
化圏共通翻訳機を埋め込む事を義務化されている。そのため、『セグネット』  
に対しての「密談」というものも成立しなかった。召使いに対してのプライバ  
シーは、この『城』において一応は守られているものの、それも各自の自室に  
おいてのみであり、その自室内でさえ、2人以上の人間が同席した場合、侍従  
長によってモニターされる事が告知されていた。  
 深夜に自室を出る事は基本的に禁じられているが、排便などの生理的欲求ま  
では規制の対象になっていない。  
 ティファニアと男は、持ち場が完全に異なる。  
 そのため、深夜にこうして会っているなどとは誰も気付かなかったのかもし  
れない。  
「いいかげんにして」  
 厳しい姉の声に、シグフィスは思わず足音を潜めて物陰に身を隠した。  
『…なにを隠れているんだ私は…』  
 そうしておきながら、自分の行動に心の中で自嘲した。  
 自分はこの城の主(あるじ)だ。  
 召使いが何を話していようが、それを気にする必要など何も無いはずではな  
いのか。  
 頭の多目的感覚器官を闇の中で伸ばし、彼等の死角から貯蔵庫を覗く。  
「…だからよ、いい加減あきらめて、俺の女になれよ」  
「……どうしてそこで『だから』となるのか、意味がわからないわ」  
 ティファニアはこちらに背を向けて、弱い光に対して逆光気味になっている。  
 着ているものは、いつもの黒いメイド服ではなく、自室用の私服であった。  
 そして、一見すらりとしてスレンダーに見えるその体躯の、両腕のシルエッ  
トから胸部の乳房がわずかに顔を出して見えた。体のラインどころか腕の太さ  
さも考慮しても、彼女の乳房がとんでもなく豊満だということがわかる。乳腺  
の発達具合も、「機関」から送られた資料では申し分無かったのだ。「幼体」  
にとって非常に栄養価の高い乳を、十分に分泌してくれるに違いない。  
 そして、やわらかく丸みを帯びながら“キュンッ”と上向く尻は、とても形  
が良い。骨盤の張りも申し分無く、膣道を「幼体」が通り抜けるには十分の幅  
があるだろう。  
 
 “仮母”として望む適正は、全て適えた上で選別したのだから、そのどちら  
も当然と言えば当然なのだが。  
「いつまでここにいるつもりだよ?未練たらしいったらないぜ」  
 彼女に相対している男は、名前は覚えていないが、確か『城』の剪定(せん  
てい)係の頭のはずだ。もっとも、ティファニア以外は人間に全く興味の無い  
シグフィスにとって、たとえ名前を聞いたとしても覚えておく価値など無いと  
判断して消去してしまう可能性の方が高いのだが。  
 ただ、シグフィスの副脳にあるメモリーは、人間年齢で34歳だったと記憶  
している。  
 男として熟成し、脂ののる時期だろう。  
 肉体労働を主としているためか、全身の筋肉量は相当なものだ。それでも、  
自分の体重の数倍の重量を軽々と扱うことの出来る『セグネット』には、到底  
及びはしない。もし彼が手に得物を持ち向かってきても、前肢一本で組み伏せ  
る事は可能だった。  
「あの蟲野郎はお前を“仮母”にする気なんか最初から無いのさ」  
「……自分の主人を『蟲野郎』だなんて、よく言えたものね」  
「蟲野郎は蟲野郎だろうが。それともカミキリ野郎って言った方がいいか?」  
 近くに『セグネット』がいないと思って、好き勝手言っている。  
 もちろん、シグフィスはこの『城』に住む召使い達の思想まで縛ろうとは思っ  
ていないし、種族的な差異からなる嫌悪感や敵意というものを充分に理解し、  
理性的に感情を処理しているため、こんな言葉を聞いたからといって男を処罰  
したり処刑したりするつもりはない。  
 これは、昆虫型知的生命体『セグネット』が哺乳類型知的生命体を征服・使  
役するにあたって、どうしても避けられない齟齬だと言えた。  
「…旦那様を侮蔑することに快感を覚えるなんて、貴方の頭の程度が知れるか  
ら他の人の前では控えることね」  
「口の利き方に注意した方がいいぜ?蟲野郎のお手付きになったら、二度と人  
間社会じゃ生きていけねーのは、お前が母親を見て一番良く知ってるだろうが」  
 男の言葉に、ティファニアの背中が“ぴくっ”と震えた。  
『母親……セランのことか?』  
 この『城』からティファニア共々出て行ってからの消息は、再び彼女の娘が  
ここを訪れるまで途絶えていた。『城』を出た1年後に、シグフィスを「産ん  
だ」時の傷は元で亡くなるまで、セランは人間社会から受け入れられることな  
くティファニアを育てたのだろうか?  
 では、義姉は…ティファニアは、8歳から21歳までの13年間、どんな人  
生を歩んできたというのか。  
 
「蟲野郎に味見された女は、二度と人間の男と一緒にゃなれねぇ」  
「……『床見の儀』のこと?」  
 『床見の儀』とは、大切な卵を産み付ける前に、“仮母”の膣と子宮内を  
『セグネット』の雄体が直接確かめる、いわば“仮母”のための「最終検査」  
の事だった。  
 通常、1時間から2時間もかけて執拗に胎内をまさぐられる事に加え、痛覚  
麻痺の目的で注入される『セグネット』の体内生成物の効果と相まって、『床  
見の儀』を受けた人間の女性体は、人間の男性体のペニスでは決して満足出来  
ない体にされてしまう…と言われている。  
 そのため、人間社会ではそのように“異種生物によって淫らにされた女性体”  
を「忌み女」として排除してしまうようになるのだ。  
 そこには、同族の女を「化け物」に奪われてしまった男の、歪んだ嫉妬が垣  
間見える。  
 だから、『セグネット』にとって大切で必要不可欠な儀式である『床見の儀』  
を、人間の男は「味見」と言って侮辱するのである。  
「一度味見された女は、蟲野郎のそばでしか生きられねぇ体になるっていうぜ?」  
「……くだらない男の情婦になるより、はるかにマシだって聞こえるんだけど?」  
「へっ…俺の下でひーひー善がってたくせによ」  
 男の瞳孔が拡大し、脈拍が早くなり、酸素を求めて鼻腔が広がって全身の汗  
腺からの発汗が増している。  
 この男性体がティファニアと「交尾」したがっているのは、節操無く放出し  
ているフェロモンでシグフィスにはすぐにわかった。  
「昔のことをいつまでも引き摺ってるなんて、貴方って本当にしつこいわね」  
 “ふう…”と大仰に溜息を付いて、ティファニアは腕を組んだ。巨大な乳房  
が寄せて上げられ、男の視線はその盛り上がったふくらみに引き寄せられる。  
「たった一年しか経ってねぇだろうが」  
 “ぐびっ”と喉を鳴らし、男はティファニアの何倍もありそうな腕で彼女の  
細い腰を強引に引き寄せた。  
「…ねえ、『気の迷い』って言葉、知ってる?」  
 それに対し、彼女はいつものクールな態度を崩す事無く、ニヤついた男の顔  
を下からねめ上げた。  
「“初めての男”が俺だってのが…そうだっていうのか?」  
「私には消したい記憶だわ」  
 物陰に隠れて多目的感覚器官で二人の様子を「識(み)て」いたシグフィス  
は、ティファニアが男と「交尾」していたという事実に、自分でも驚くほど驚  
愕し、落胆し、ぶつけようの無い怒りを感じている事に気付いた。  
 
 それは全く、驚くべき事実だ。  
 
 彼女が誰と「交尾」しようとも、妊娠さえしていなければ“仮母”としての  
役目が果たせなくなるわけではない。  
 ましてや、彼女は「義姉」であり、その上、種族も違うのだ。  
 
 これではまるで、誰よりも早く彼女と「交尾」したかったみたいではないか。  
 彼女の「初めての男」になりたかったみたいではないか。  
「へっ…なんべんもヤッて、最後にゃ狂ったみたいに善がってたじゃねーか。  
もう俺ナシじゃあいられねえんだろ?」  
「…おめでたい男ね」  
「もうアソコも濡れ濡れなんじゃねーのか?」  
「確かめてみる?」  
 彼女の言葉を聞いた途端、男は左腕で軽々とティファニアを抱え上げ、右手  
を彼女のスカートに潜り込ませた。  
「湿ってるぜ?」  
「女のアソコは、湿ってない方がおかしいわよ」  
「クソッ」  
 舌打ちして、男は彼女を背後の貯蔵樽の上に座らせると、今度は両手をスカ  
ートに突っ込み、頼りないくらい小さな下着を一気に引き下ろした。シグフィ  
スからは、今度は男の背中とティファニアの顔が見えるようになる。ここに至っ  
て、ようやく彼女が涼やかな水色のブラウスと膝丈のスカートを身に着けてい  
る事に気付いた。  
 一瞬、闇にまぎれた感覚器官を彼女に気付かれたかと思ったが、ティファニ  
アは全く気の無い様子で天上を見上げた。それは、心底つまらないものを見て  
いるような、冷え冷えとした表情だった。  
「…ねえ、明日早いんだから、するなら早くしてくれる?」  
「クソッ…クソッ…」  
 彼女の首元の青い紐タイを解き、白くてやわらかそうな首筋を露出すると、  
男はそこにキスを繰り返し、野卑にべろべろと嘗めた。  
「……服…汚さないでくれない?」  
 男の右手はスカートに潜り込み、彼女の股間の性器を執拗に嬲っていた。  
「へっ…へへっ…濡れてきたぜ?」  
「女の生理を、もっとよく勉強しなさいよ」  
 ティファニアは、観察対象の動きを解説する科学者のように、冷めた目で男  
を見た。  
 その目には、何の感情も込められていない。  
 
 ――これはただの生理現象だ。  
 ――男の無遠慮でデリカシーの無い動きに粘膜が傷付かないよう、  
   自然と膣液が潤滑液として分泌されているだけなのだ。  
 
 彼女の目は、雄弁にそう語っていた。  
 覗き見ているシグフィスは、それを見て、いつも自分が向けられている刺す  
ような視線が、実はまだまだ全然優しいものだと思い知った。  
 
 
 そこにあるのは、男に対する明らかな無関心…。  
 
 好意の反対は嫌悪や敵意ではない。  
 
 完全なる無関心なのだ。  
 
「おい。ふざけるんじゃねーぞ」  
 何をやっても冷めた反応しか返さないティファニアに、男は苛立ちを隠そう  
ともせずに身を起こした。甲に毛がもさもさと茂った手で彼女のブラウスを強  
引に押し開き、下着をずり上げる。  
 たっぷりと豊かで真っ白で滑らかな肌の乳肉が“ぶりゅんっ”とまろび出て、  
光の下で跳ねるように大きく揺れた。  
 彼女はそれにすら動じず、小さく溜息を吐く。  
 実に退屈そうだった。  
「乱暴にしないでよね」  
「うるせぇっ」  
「おおこわ…」  
 男がティファニアの巨大な右乳を左手で掴み、捏ね回す。男は空いている左  
乳に取り付くと、首筋にしたようにべろべろと嘗め回した。  
 ティファニアは目を瞑り、ただじっとしている。  
 この下らない退屈な時間が、早く過ぎるのを待っているかのように。  
「下りろ」  
 男はそう言いながら貯蔵樽から彼女を下ろすと、強引に後を向かせた。そう  
してスカートを捲くり上げ、たくし上げてウエストに裾を押し込むと、優美な  
曲線を描くつるりとした白い尻を剥き出しにして、そのやわらかい尻肉を右手  
の指で分ける。  
 深い狭間からは、赤く充血して“てらてら”と濡れ光った性器が、ハッキリ  
とシグフィスの目に見えた。  
 
 ――ここまでか。  
 
 シグフィスはそう思い、頑強な顎を噛み合わせて、『セグネット』特有の錆  
びた鉄をガラスに擦り付ける「警戒音」を鳴らした。  
「なっ…」  
 そうして、ことさらに時間をかけ、のそりと貯蔵庫へと入り、驚いて硬直し  
ている男をじっと見詰める。  
 ズボンを下げ、下半身を剥き出しにしたままの男の男根が、たちまちのうち  
に萎縮して垂れ下がってゆくのを、ただ見詰めた。  
「そ…な…だ、旦那様…」  
【邪魔をしたか?】  
 “キシキシキシキシ”と間接を鳴らし、シグフィスは人間がユーモアを込め  
る際によくやるように、前肢を左右に広げ背をわずかに逸らせてみせた。  
「い…いえ…お、俺は…」  
【彼女に話がある。席を外してもらえないか?】  
「は……も、もちろんでさ…」  
 あたふたとズボンを上げながら、男は転ぶようにして貯蔵庫を出てゆく。  
 シグフィスは何もせず、ただ脇を通り抜ける男を複眼で追った。  
 
 猛烈な「怒り」を感じる。  
 
 焼けるような「怒り」だ。  
 
 左手を振るって男の首を胴から飛ばしてしまいたい衝動に駆られる。  
 だが、我慢した。  
 こちらに背中を向けたまま、手早く大きく重たげな乳房をブラに押し込んで  
仕舞い、服を調え、スカートの裾を正してネクタイを締めるティファニアが、  
その間中ずっと背中でこちらを伺っているのが、その雰囲気でわかったから。  
 彼女の前で、彼女の同族を殺すわけにはいかないのだ。  
 小さく息を吐くと、彼女は床に落ちていたパンツをのろのろと拾い上げ、脚  
を通す。  
 引き上げて尻を包みながら、それでもこちらを一向に見ようとしない義姉。  
 その義姉の耳が、まるで熟れたリンゴのように赤く染まっているのを見なが  
ら、シグフィスは男の足音が遠くなってゆくのをじっと聞いていた。  
 
■■【5】■■  
 夜の執務室は、月明かりで十分に明るい。  
 けれど、彼は最小に絞ったライトを2つほど点ける事にする。  
 “キチキチキチキチ”と顎を打ち合わせると、音声認識によってその長さと  
音域の高低を判別したライトが1つ…2つ…と点いてゆく。  
 そうしてからシグフィスはデスクの前に立ち、  
【かけてくれ】  
 側にある人間用のソファを指し示すが、これまで無言で彼の後を付いて来た  
ティファニアは、先ほどから扉の前に直立したまま身動き一つしなかった。  
 その顔が赤く紅潮しているように見えるのは、果たして彼が覗いていた事に  
対する怒りか、それとも羞恥か。  
「……何かおっしゃりたいのでは?」  
 弱り切って、自分からデスクの椅子に座り窓から外を見やったシグフィスは、  
彼女の言葉に頭の触覚を揺らめかせた。  
 こうしていても、後頭部にある複眼で彼女の姿は目に入っている。美しい義  
姉の顔は無表情に見えるが、その実、親に構ってもらえなくて寂しい子供のよ  
うな目をしていた。  
【……あの男は】  
「もう終わったことです。シグフィス様には関係ありません」  
 取り付く島も無いというのはこういうことを言うのだろう。「聞きたいこと  
があるのだろう?」と問うておきながら、問えばこの答え。まるで彼を拒否す  
ることが目的のような仕打ちではないか。  
【………………】  
 彼の心情を反映して、頭の触覚が力無く垂れる。  
【…義姉(ねえ)さん…】  
「シグフィス様」  
 彼女の顔が、彼の口にした言葉によって、“さっ”と咎めるものへと変わっ  
た。  
 「私を義姉と呼ばないで」と言っているのだ。  
 それを理解出来ないシグフィスではない。  
 
【もう、そういうのはやめにしないか?義姉さん】  
 それでも彼は、ティファニアを「義姉」と呼ぶことは止めなかった。  
「そういうこと…とは、どんなことでしょう?」  
【…そういう態度のことだよ】  
「何のことか、わかりかねます」  
【…ファニー義姉さん…】  
 感情を押し殺した義姉の言葉に、椅子から身を乗り出し、シグフィスは正面  
から彼女を見た。  
「…シグフィス様。御言葉ですが、フォルモファラス家の御当主様に、義姉な  
ど」  
【いる!そして、義姉さんは義姉さんだ!後にも先にも、私には義姉は貴女し  
かいない!】  
 理性的な『セグネット』には珍しく、強い口調でそう言うと、シグフィスは  
イライラとした様子で椅子に座り直した。  
 
 ――なぜだろう。  
 
 彼は自分でもわからなかった。  
 彼女の、他人行儀な言葉遣いが、どうしようもなく腹立たしい。  
 なぜ昔のように…。  
「…忘れていらっしゃったくせに」  
【え?】  
 不意に聞こえた声に、シグフィスは顔を上げた。  
「私(わたくし)のこと…忘れていらっしゃったくせに」  
 ツカツカとこちらに歩み寄り、じっとこちらを見詰める義姉の顔が、彼は急  
に恐くなった。  
 思わず、無意識に顎を打ち鳴らし「警戒音」を出してしまう。だが義姉はそ  
んなことはお構いなしに、たっぷりと重く実った乳房を揺らしながら“ズイッ”  
とデスクに身を寄せる。  
【忘れてなんか…】  
「一年前、私の名前を御聞きになったのは、すっかりキッパリしっかり綺麗に  
忘れていらしゃったからではないのですか?」  
 眉根を寄せてデスクに両手を付き、“ずいっ”と身を乗り出したティファの  
巨大な胸が、ものすごい圧迫感で迫る。  
 彼は無意識に身を逸らし、おろおろとしたまま急に態度の変わった義姉を見  
上げた。  
【いや、その、忘れてたわけじゃないんだ。ただ、『セグネット』と違って人  
間は見分けがつきにくくて…】  
「ほら。忘れていらっしゃったんだわ。覚えていらしたのなら、顔の特徴ぐら  
いすぐに見分けつくはずですもの」  
【…ムチャ言わないでよ】  
 肉体の構造そのものが異なる種族が、その同族内から特定の個体を正確に判  
別するのは非常に困難だ。しかも、幼体から2齢脱皮して以後は、基本的に変  
化の無い成体へと肉体形成する『セグネット』とは違い、年月は容易に人間の  
外観を変えてしまうのだ。  
 
 実際、シグフィスだとて一度も義姉を探さなかったわけではないのだ。『ティ  
ファニア』という名前が領地内に登録された使役用人類には該当者がいないと  
知ってから、シグフィスは記憶に残る幼い頃の外観から探させていたのである。  
 もっとも…だがやはりそれにも限界があり、いつしか彼は義姉と再会するこ  
とを諦めていた部分があった事は否定出来なかった。  
「…私は…忘れたことなどありませんでしたわ。…ずっと…覚えていました」  
【…じゃあ…なぜあの時…一年前にそう言わなかった?】  
「覚えていてくださると、信じていましたから」  
【義姉さんは…『セグネット』を過大評価してるよ。人間は変わるんだ。私も、  
義姉さんがこんなに綺麗になってるなんて思いもしなかったし】  
 実感として『綺麗』かどうかはともかくとして、ティファニアは人類の美観  
においてはとんでもない美女である事に変わりは無い。だから、この場ではこ  
う言っておくのが無難だろうと思いながらシグフィスは言った…のだが…。  
「そんなこと、これっぽっちも御思いになっていないくせに」  
 “ぴしゃり”と切られて、頭の触覚が再び“へにょ”と下がった。  
 それを見てティファニアが初めてその涼やかな口元に笑みを浮かべる。  
 
 ――そして。  
 
「どうして、私を“仮母”に選びながら、『床見の儀』をなさりませんの?」  
 おそらく彼女が最も聞きたいと思っていた疑問を、直球で放ってきた。  
【それは…】  
 言葉を濁すシグフィスを、彼女は今にも泣き出しそうな目で見詰めた。  
 
■■【6】■■  
 “仮母”に選ばれた時、嬉しくて泣き出しそうだったと、驚くシグフィスに  
構わず彼女は言った。  
 けれど、彼がいつまで経っても自分を“仮母”として使おうとはせず、ただ  
大切に、まるで腫れ物を触るみたいに扱うようになり、ひどく落胆したとも。  
【義姉さんは…私を憎んでいるじゃないのか?】  
「…どうして?」  
【どうしてって…それは…】  
 『私がセランを殺したから』だとは、どうしても言えなかった。  
「一つ、教えて差し上げますわ」  
 そう言って、彼女がこの『城』にやってきてから“仮母”として使いもせず、  
かといって他にやるでもなく一番身近に置き、ただ一人で身の回りの世話をさ  
せている変わり者の領主に向かって、優しく微笑んでみせた。  
 
 彼女は最初、義弟が自分の事をすっかり忘れていることに腹を立てた。  
 それでも“仮母”にさえ選ばれれば、きっと何らかの動きがあるに違いない  
と思い、ずっと耐えた。  
 
 自暴自棄になり、強引な男の口車に乗って処女を散らしたのはその頃だった。  
ずっと前から捨てたいと思っていたからちょうど良かったけれど、それからし  
ばらくは、自分の体を求める男のしつこさにうんざりしたという。  
【なぜ…そんなことを…】  
「ヴァージンを捨てたこと…ですか?」  
 ティファニアは、まるで明日の天気を口にするように軽く告げると、やわら  
かく微笑んだ。  
【いや、まあ…】  
「いつか御学友と話してらしたでしょう?交尾を経験していない地球人の雌の  
血は臭いって。処女性器の臭いには臭気細胞が壊死するって」  
【あーあれはー…】  
 成人して審議会から交尾を許され、“仮母”相手に『床見の儀』を行うとい  
う事が現実味を帯びてくる年齢になると、自然と話題はそのことでもちきりに  
なる。どんな年齢の女性体がいいか、交尾を経験している方がいいのか、して  
いない方がいいのか、太っていた方がいいか痩せていた方がいいか…下世話な  
話は、人間のティーンエイジャーとなんら変わりは無かった。  
「処女であるか、そうでないか。それに意味などありませんわ。貴方が嫌がる  
ものならなおさら」  
【私は…嫌がってたわけでは…】  
「ですから…“捨てた”の。それ以上でもそれ以下でもありませんわ」  
 これ以上そのことについて話すことは無い…と、彼女の笑みが語っていたか  
ら、シグフィスは開きかけた口を閉じた。  
 あくまで、あの男と交尾…寝たのは、「処女を捨てるためだけ」というスタ  
ンスなのだろう。  
 では、あの男は「ゴミ箱」代わりにされたということか。  
 本人が知ったら、さぞがっかりするに違いない。  
【でも、学院(アカデミー)時代の私は、君は知らないだろう?】  
「…やはり気付いていませんでしたのね」  
【?】  
「学院(アカデミー)には、私も通わせて頂いていましたのよ?確かに別のセ  
クタでしたし、階層も違いましたけれど…」  
【義姉さんが私と同じ頃に学院(アカデミー)へ…?】  
「十数年ぶりに見た貴方は、もうすっかり大人になってましたわね。すごく凛  
々しくおなりでしたわ」  
【そ、それはいつ…】  
「その話は、また後で…」  
 
 そうするうちに果たして事態は動き、けれどそれは彼女には予想外なことに、  
彼は“仮母”として取り寄せたはずの人間の女性を、“仮母”として使うこと  
もせずに一番身近に置き、まるで客人のように大切に遇したのだった。  
 シグフィスが、自分を「義姉」だと気付いたのは、彼の発した「ファニー」  
という言葉で明白だった。  
 
 「ティファニア」と「ファニー」と呼ぶのは、まだ小さかった頃のシグフィ  
スの癖みたいなものだったからだ。  
 ところが彼は「なぜ自分が“仮母”候補に望んで立ち、この『城』に再びやっ  
てきたのか」を考えもせず、“特別な召使い”として身の回りの世話をさせ始  
めたのだった。  
 彼女は焦った。  
 このままでは、悪い噂が立ってしまう。  
 案の定、「“仮母”として取り寄せたにも関わらず身の回りの世話をさせて  
いる変わり者の領主」という噂が立ち、その上、「ちゃんと同族のフィアンセ  
がいるにも関わらず、人間の女性体に“懸想”している」という噂まで立った。  
 自分がなんと言われようと構わなかった。  
 だが、義弟が悪く言われるのは我慢出来なかった。  
 かといって、出て行くことも出来ないのだ。  
 なぜなら、“仮母”になることは死んだ母に、そして惨めだったかつての自  
分に誓ったことだったから。  
 
 だから、彼に冷たくした。  
 
 早く自分を見限って、早く“仮母”にして欲しくて。  
【気付かなかった】  
「本当に鈍感ですよね」  
【そうならそうと言えば…】  
「言えば、“仮母”にして下さいました?」  
【……】  
「ほら」  
 押し黙るシグフィスに、彼女は“くくくっ”と可愛らしく笑った。  
「私は“仮母”になるのなら、絶対に貴方の子供のだろうと思ってました。そ  
のために健康に気を付け、ふさわしい教養と礼儀作法を身に付けましたのに」  
【……乳姉弟だった人を“仮母”には出来ないよ。そんな危険な事はさせられ  
ない】  
 セレンはそのために死んだ。  
 ティファニアも同じように死ぬようなことがあれば、今度こそシグフィスは  
自分を許せないだろう。  
「―貴方は…本当に優しいんですね。…でもその優しさが、時に人をどうしよ  
うもなく傷付ける事もあるのだと、貴方はもっと早く気付くべきだわ」  
【痛いんだぞ?すごく】  
「承知しています」  
【『セグネット』の流儀は、決して優しくない】  
「好きになさって構いませんのよ?」  
【どうしてそこまで…】  
「貴方の奥様の卵を私が孵すの。それはとても誇らしいことですのよ?」  
【…それがどんなに危険な事かわかってるのか?もう二度と子供を産めなくな  
るかも…下手をすれば君も…】  
「ええ。承知しています」  
【まだわからないのか!?…私は…セレンのような思いを、君にさせたくはな  
いんだ!】  
「…やはり…それを気に病んでらしたのね」  
 気付けば、ティファニアはデスクを回り椅子に座るシグフィスの前に跪いて  
いた。  
 
 両脚を床に付け、まるで祈りを捧げるよう両手を彼の後肢に乗せている。  
【ファニー義姉さん…】  
「もっと教えてあげる。…ううん。聞いてほしいの」  
【…何を…?】  
「シグ。貴方は、決して自分が産まれた事を気に病む必要はないの。いいえ。  
むしろ、誇って欲しいのよ」  
 そう言って、彼女は語る。  
 
 この一年、胸の奥に仕舞い込んで決して誰にも語ろうとしなかった物語を。  
 
■■【7】■■  
 協会の懺悔室で神父に語るかのような口調で、義姉はとつとつと語った。  
 
 6年前、母セランに連れられて『城』を出た後、母と二人で故郷の集落へと  
帰ったこと。  
 その出奔は、セランが、当時の領主であるシグフィスの父が、自分を大切に  
囲うことで受ける非難に耐えられなかった事が原因だったこと。  
 故郷で「忌み女」として蔑まれながらも、母は自分を愛し、そして“仮母”  
となったことを決して後悔しなかったこと。  
 出奔して一年後、セランが流行病にかかり、十分な治療も受けられないまま  
死んでしまったが、それは決してシグフィスを“産んだ”ことが原因ではない  
こと。  
 シグフィスの父はセランの居場所をすぐに突き止めたが、母の強い意向で決  
して姿を見せなかったこと。  
 けれど、生活に十分な金は毎月送られてきたこと。  
 病に倒れても、母は一度もシグフィスの父には知らせなかったこと。  
 そしてそれを知らせようとするティファニアを厳しく叱ったこと。  
 死ぬ直前まで、「忌み女」のセランを治療してくれる医者は一人もいなかっ  
たこと。  
 母が亡くなり、セランはその事を事後に知ったシグフィスの父によって、地  
球統合府の「機関」に保護されたこと。  
 そこは『セグネット』が“仮母”のための使役用人類を育成し教育する場所  
だと、その時初めて知ったこと。  
「13年間、私はそこで教養や礼儀作法、あなた方『セグネット』の本能から  
慣習に至るまで、全てを学びました。苦しかったことも哀しかったこともあり  
ましたが、自分の運命を呪った事は一度もありません。良き友にも良き師にも  
巡り会えましたし、何より、シグ…」  
 義姉はそこで初めて彼の前肢を取り、両手でやわらかくマニピュレーターを  
包み込んだ。  
「貴方に再び会えた」  
【義姉さん…】  
「貴方を愛しています」  
 一瞬、彼女が何を言っているのか、シグフィスにはわからなかった。  
 自分とティファニアは、『セグネット』と『人類(ホモ・サピエンス)』な  
のだ。  
 その間に、愛など…。  
 
 いや……そうか。  
 
 違う。  
 
 義姉は、家族的な愛情について話しているのだ。  
 一瞬高揚しかけた心が、急速に鎮まってゆく。  
 けれど、そのせいで気付いてしまった。  
 知ってしまった。  
 
【シグフィス様は、その地球人の「節無し」に恋していらっしゃるのね】  
 
 サレディアナの「言葉」が、耳に蘇る。  
 ああ、そうだ。  
『私は、ファニー義姉さんを愛しているんだ』  
 種族的な差異にこだわって、本当の心を…気持ちを知ろうともしなかったの  
は、私の方ではないか。  
 でも、だからこそ種族を超えて「家族的な愛情」を向けてくれる義姉に、こ  
の気持ちを知られるわけにはいかなかった。  
【…私も義姉さんが好きだよ】  
「…違うの。私は貴方を『愛して』いるのよ。シグ」  
【…え?…】  
 だが、義姉は彼に思いもよらない言葉を投げかけた。  
 そうしてゆっくりと立ち上がり、キチン質に覆われた鎧のように硬いシグフィ  
スの頭を、触覚を傷付けないようにしながら優しく抱き締めた。たっぷりとし  
た大きくてやわらかくていい匂いのする乳房が、彼の顔を包み込んでくれる。  
 そのあまりの気持ち良さに、シグフィスは意識が飛びそうになった。  
 匂いと体温と感触が、時に『セグネット』の感覚器官を大きく狂わせるとい  
うけれど、まさに今がその時なのだろう。  
「私がここに来た最初の理由を、思い出して」  
【義姉さん…?】  
「私は…シグ…貴方の『子供が産みたい』の」  
 そして彼は、今度こそ本当に、頭が真っ白になって何も考えられなくなった  
のだった。  
 
 
「…母さんは本望だったと思うわ。地球人と『セグネット』…決して結ばれぬ  
種族………ならばせめて…と思うのは、『女』なら当然のこと…。母は貴方の  
御父様の事を、心から愛していました。今なら…わかるの。私も……」  
【で…でも…】  
「“仮母”に選ばれた時、嬉しくて泣き出しそうだったって…言わなかった?  
たとえそれが自分との子供でなくても、愛する御方の子供である事に変わりは  
ない。その御子を自分のお腹を痛めて産めるということがどんなに幸せか……  
きっと殿方には理解出来ないかもしれないわね」  
 当たり前だ。  
 自分との子供でもないのに、自分が傷付くことを承知で産むなど、シグフィ  
スには…いや、『セグネット』族には想像も出来ない。  
 
「母は貴方の御父様を愛し、そして御父様は母を受け入れた。ただの“仮母”  
ではなく、一人の『女』として。だからこそ、母は御父様のために身を隠した  
の。ただの“仮母”なら、そんな必要無いし、する意味も無い。全ては、貴方  
の御父様を心から愛していたからこそ。だから、貴方にもそうして欲しかった。  
貴方は貴方。御父様とは違う。私は義姉かもしれないけれど、貴方にとっての  
『女』にはなれないわ。私が愛するように私を愛して欲しいと思っても、貴方  
は私を家族以上のものとして見られないはずだもの」  
【……なぜ?】  
「なぜ?それは、貴方が『セグネット』だからよ。そしてそれは『セグネット』  
として当然の感情。むしろ、異種族の雌性体を『異性』と感じられる貴方の御  
父様が特別なの」  
 猛烈に腹が立った。  
 どうしようもない怒りだった。  
 義姉と交尾していた男に対するよりも、もっと激しい…そしてもっと切ない  
怒りだった。  
【何もかも勝手に決めないでくれ】  
「え?」  
【義姉さんは、そういうところ、小さい頃からちっとも変わってないんだな】  
「シグ…」  
 ティファニアは戸惑ったように彼の固い頭を乳房から解放して、カミキリム  
シのような顔を見詰めた。  
【さっき、私がどんな気持ちで見てたのか、知りもしないで】  
「…貯蔵庫での…こと?」  
【…義姉さんが…君がヤツに孕まされるかもしれないと考えた時、私は理性が  
吹き飛ぶかと思った。私は、小さい頃は君を孕ませるのは私だと、ずっと本気  
で信じていたくらいだからね…。そんなの絶対に無理な事なのに…】  
「シグ…」  
【君を誰かに盗られるなんて、考えるのも恐かった。義姉さん……私は、君を  
私のものにしたい。私だけのものにしたいんだ】  
「ああ…シグ…」  
【たぶん…いや、私は…義姉さんを愛してるんだ】  
 義姉の瞳から透明な水分がきらめきながら零れ落ちる。  
 涙だ。  
 感情が飽和し、抑えきれない奔流となって彼女の精神を揺さぶっているのだ。  
「…最初から有無を言わせず、強引にでも自分のモノにすれば良かったのに。  
私はいつも…いつでも待ってたのよ…」  
 椅子から立ち上がり、自分を見下ろしてくるシグフィスにしがみつくと、彼  
女は全身の力を抜いてゆったりした口調で呟いた。  
 
■■【8】■■  
 彼女の体は、どこもかしこもがやわらかかった。  
 乱暴に扱えばすぐに壊れてしまいそうだ。  
 外骨格構造の『セグネット』が、内骨格構造の人間を力いっぱい抱き締める  
ことは出来ない。そんな事をすれば本当に潰れてしまうからだ。  
 だから、シグフィスは義姉が自分を抱き締めるに任せて、自分は前肢と中肢  
を彼女の体に添えるだけにした。  
【良い匂いだ…】  
 彼女の体から立ち上る芳香は、とても素晴らしかった。  
 まるで花のように、蜜のように、熟れた果実のように、シグフィスの集香器  
官を刺激し、理性を揺さぶる。  
「いや…」  
【なぜ?】  
「…いや…」  
 腕の中で、義姉が子供のようにいやいやと首を振る。  
 そのたびに、髪からは優しい香りが、首筋からは芳しい香りが立ち上る。  
【どうして?】  
「どうしても」  
 興奮状態に置かれた彼女の発汗と共に、汗線から微量のヒトフェロモンが滲  
んで空中へと漂っているのだ。  
 そして首筋や脇、乳房の下や内腿に溜った汗からは、濃厚な甘い体臭が立ち  
上り、シグフィスの感覚を狂わせる。赤外線感知による体表面の熱分布では、  
耳朶、頬、首筋、胸元、乳房の先端に突出した「乳首」と呼ばれる発乳部位、  
下腹、そして内腿に血液が集まっていた。体温も摂氏0.23度程も上昇して  
いる。  
 髪に隠れた滑らかな額は汗ばみ、頬も耳朶も真っ赤になっている。  
 とても、これが先ほど貯蔵庫の中で、冷めた顔のまま男に好きに体をまさぐ  
らせていた女性とは見えなかった。  
 まるで初めて男に体を開く生娘のようだった。  
 シグフィスは人間の女性体の生理は、一応知識として知っているつもりだっ  
たが、それが自分に近しい者…それも、自分が好意を寄せる者となると別だっ  
た。なぜこうなるのか、どうしてこんな反応をするのか、まったくわからない。  
 彼はただ、彼女に抱き付かれ、軽く腕で支えているだけなのだ。  
 義姉の、とんでもなく豊満でやわらかな乳房が、自分の胸で“くにゅり”と  
歪み、形を変えてその重さとあたたかさを伝えている。  
 ふと疑問に思い、彼は体を離して彼女の乳房をじっと見詰めた。  
「おっぱいに興味があるの?」  
【うん。『セグネット』には無いものだからね】  
「…もうちょっと口篭ったり照れたりしたら可愛らしいのに」  
【…なぜ?】  
「…いいわ。…見る?」  
【…いや…その…義姉さんが嫌でなければ】  
「………そういうところは、昔から可愛いのに」  
【…??…】  
 
 きょとんと首を傾げるシグフィスに“くすり”と笑うと、ティファニアは紐  
タイを外し、ブラウスのボタンを外していった。  
 そうしてそのまま上半身をはだけると、ブラの留め金を外し、ストラップを  
肩からずらす。  
 “ゆさり”と、南国の果実を思わせる巨大な乳房が、圧倒的な重量をもって  
光のもとで揺れる。南国の果実とは言っても、パパイヤやマンゴーなどではな  
い。西瓜か椰子の実くらいの豊満さだ。  
【重くないか?】  
 じっくりと観察するシグフィスの素朴な疑問に、彼女はおかしそうに笑みこ  
ぼれた。  
「もちろん、重いわよ?…シグは…大きいおっぱいは好き?」  
【好きか嫌いかと言われても…その…】  
「興奮なさいます?御主人様?」  
 ティファニアはわざと召使いの言葉遣いに戻り、シグフィスのローブに重た  
い乳房をこすりつける。  
【…君は…孔雀の羽が綺麗で立派だからといって、それに性的興奮を覚えるの  
かい?】  
「なるほど……それは残念。私としてはこの胸…結構自慢だったりするのです  
けど」  
【……だが…それが美しい形なのかそうでないのかは、わかるつもりだ】  
「あ…」  
 “ひた…”と彼の前肢が乳房に添えられ、“さわっ”と撫でた。  
 前肢に装着されたマニピュレーターは、4本の「指」でとても繊細な動きを  
する。ティファニアの滑らかな肌を愛しむようにして指腹で撫で、その重みと  
やわらかさを確かめるようにして“ぷにぷに”と押す。  
【こんなにやわらかいものなんだな…】  
「んっ…」  
 『いとしいひと』に乳房を触られ、ティファニアは激しい快美感を感じてい  
た。あの男との仮初(かりそめ)の交歓などでは到底味わうことも出来ない、  
満ち足りた幸福感だった。惜しむらくは、彼が『セグネット』のため、熱い口  
付けも優しい抱擁も期待出来ないことだろうか。それだけが、今の彼女を、ほ  
んの少しだけ哀しくさせる。  
「……どう…?」  
【うん。美しい形だと思うよ】  
「嬉しい…」  
 シグフィスは義姉の乳房を右前肢で“くにくに”と揉んだ。もちろん、細心  
の注意を払って…だ。  
 人間の指と遜色無く動くマニピュレーターの「指」は、その先端に微細なセ  
ンサーを高密度で備えている。圧力、温度、PH濃度、ナトリウム濃度は言う  
に及ばず、電圧、光、弾力、赤外線、測距、果ては磁気、渦電流式近接センサ  
まで備えていて、それぞれが多角的に対象物を分析する事が出来る。  
 
 今、シグフィスはティファニアの乳房を硬軟(弾力)、大小、汗腺分布、内  
部構造にまで至って情報集積し、それから導き出した分析結果において感想を  
述べていた。  
【それに君の乳房は、とても巨大でやわらかく、それでいて乳腺の発達具合も  
申し分無い。きっと牛のように良い乳が出るだろう】  
「………」  
【………】  
「………」  
【…どうした?】  
「……なんだか誉められてる気がしませんわ」  
 拗ねたのか、召使いの言葉遣いに戻っていた。  
 どうやら、あまり好評とは言えなかったようだ。  
【…では…こういうのはどう?『君の乳房は地球人の大多数の男性体にとって、  
非常に好ましい軟度と形状をしている』】  
「………もっと、砕けた言い方はできませんの?」  
【…では…『君の乳房はやわらかくて男を惹きつける良い形をしている』】  
「もっと」  
【では…『君の』】  
「お前の」  
【『お前の乳房は』】  
「おっぱいは」  
【…『お前のおっぱいは…とても綺麗でやわらかくて美しい形をしている』】  
「…もっと」  
【…では…『男好きしそうなイヤらしいおっぱいしやがって、この雌豚が』】  
「………」  
【………】  
「…調子に乗るな」  
【…ごめん】  
 謝りながらも、シグフィスの「指」はティファニアの体温変動と発汗具合、  
そして体積変化と乳房の軟度の変化を細大漏らさずモニターしている。それに  
よると、血流が活発になり、汗の分泌が増し、乳房のゆるやかな膨張が始まっ  
ていることから、彼女が性的に興奮していることは確実だった。  
「…ねえ…そういう…の、どこで覚え…る…の?」  
 いつしか両手で背後からゆったりと乳を揉まれながら“ふうっ…”と熱い吐  
息を吐き、ティファニアは悪戯っぽく微笑んだ。  
【そういうの?】  
「男好き…とか…んっ…雌豚…とか…ぁ…」  
【前に、地球の文献で見たことがある。男性体が性器を使用可能にするための  
猥雑な、しかし非常に興味深い性情報が溢れていた】  
「…そ…んな情報…ん…捨てちゃっていいの…よ…ぁ…」  
 
 それは『愛撫』と呼ぶにはあまりに機械的ではあったが、ティファニアの声  
の変化や体の震えなどの情報を蓄積することで、シグフィスの指は彼女の弱い  
ポイントを的確に突いた。揉み方、揺らし方、突付き方、摘み方そして撫で方。  
乳房への性刺激だけでこんなにもヴァリエーションがあったのか。そう思わせ  
るほど、シグフィスはティファニア自身が驚くようなポイントを探り当てる。  
 初めても、そしてそれからも彼女の「男」はあの粗野で無神経な男しかいな  
かった。  
 あの男はいつもティファニアの都合などお構いナシに、自分勝手に掴み、揉  
み、嘗め、しゃぶる事しかしなかった。  
 それに対してシグフィスは、ティファニアがどうすれば声を上げるか、身を  
捩るか、甘えた鼻声でねだるか、それを最も重視し、彼女が気持良くなる事こ  
そのみを最優先しているように思えた。  
 
 ――翻弄される。  
 
 ――おっぱいだけで。  
 
 シグフィスの召使いであるという服従心。  
 シグフィスの義姉であるという自尊心。  
 そしてシグフィスの「女」になれたという充足心が、ティファニアの快楽密  
度をどんどん高めてゆく。  
「…ぅ…す…好きにして…いいの…よ?…」  
【ん?】  
「シグが…したいように…すれば…」  
 背後から脇を通し、下から掬い上げるようにして乳房の“ずしり”とした重  
量感をマニピュレーターでたっぷりと感じていたシグは、血が集まり充血して  
硬く勃起した乳首を「指」で摘みあげながら“チッチッチッ”と下顎を噛み合  
わせた。  
【義姉さんが気持ち良ければ私はそれでいいんだよ】  
「そ、それズル…んぁっう〜〜…ぁ…んうっ…うっ…う〜〜……」  
 マニピュレーターの「指」は4本しかないのに、どうしてこんな繊細で技巧  
的な動きが可能なのか。  
 乳を揉み、乳首を“ぴるぴる”と弾きながらその付け根を同時に優しく何度  
も擦る。乳房の中に発生した熱い疼きは、そのまま子宮に直結してしまってい  
るかのようだ。そうしておきながら時々“きゅきゅきゅ”と乳首を摘んで捻っ  
たりするものだから、ティファニアは何度も腰砕けに崩れ落ちそうになってし  
まう。  
 

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