闇に沈んだ自然公園、その暗い木立の中を一つの人影が駆け抜けていく。  
 
「セナ、公園に入ったわ………60m先を右ねっ、了解!」  
 
人影は誰かに応えるようにアルトボイスを奏で、木立の途切れ目を目指す。  
木立を抜け、石畳の広場に飛び出た人影。その広場には街路灯の灯かりの下、恐るべき情景が広がっ  
ていた。  
頭は豚のようだが直立し身の丈は2mに届かんとする異形の怪物が5匹、身体を揺すらせている。それらは  
幾人もの裸の女性を抱え、その陰部に己の巨根を突き入れていたのだ。  
 
「ウグッ!!クハァ」  
「ゴフッ!!ググフ」  
 
女性の中には膣のみならず尻穴、口さえ犯されている者もいる。彼女らは悲鳴をあげる力すら奪われ尽く  
されたのか、あたりにはくぐもったうめき声しか響いていない。  
そのような場に乱入した人影、街路灯の白光の下にその姿形が照らし出された。  
肩まで伸ばしたボブカットの黒髪、やや鋭い卵顔の目元は薄い青色のバイザーで隠され、その下のツンと  
した形よい小鼻と桃色の唇が艶やかさを醸し出していた。  
彼女のスレンダーな身体を覆う衣も奇妙なものだった。首から下、爪先まで全身白いタイツのようなもので  
包まれ、張り出した双乳やムッチリとした太腿に支えられた陰部、肘や膝といった要所はバイザーと同色の  
青いプレートで護られている。  
 
「蒼月の乙女、ブルームーン参上。豚鬼ども、地獄に送ってやるわ!」  
 
響き渡る美声。その声を聞いた怪物たちは女性らを振り捨て、宴を邪魔する彼女-ブルームーン-に対峙し  
ようとする。だが彼女が右腕を横に振った途端、手前にいた2体の怪物の首がポトリと落ちた。  
血を噴出しながら崩れ落ちる怪物。残された3体の怪物は突然のことで反応できない。対して彼女は今度は  
両手を突き出した、すると血を噴出す怪物の死体の上から赤い線が2本、残った怪物に向けて空中を突き  
進む。避ける間もなく胸を刺し貫かれる2体の怪物。彼らを貫いた赤い線は引き戻され、ブルームーンの手  
中に収められた。  
幻妖な飛び道具によって仲間を瞬く間に失い1人残された怪物はブルームーンに向け走り出す。その巨体か  
らは想像も出来ぬ速さだ。彼女は両手を振りぬく、だが先ほどとは違い手から放たれる時点で赤く染まってし  
まっている線は怪物に軌道を読まれ避けられてしまう。彼女に迫る巨体、と次の瞬間彼女の姿がかき消えた。  
戸惑う怪物、その上空に彼女の姿が!超人的な跳躍を見せた彼女は  
 
「ムーンブレイド!!」  
 
と叫ぶ。すると彼女の右手に光り輝く剣が現れ、それを怪物に振り下ろす。怪物の巨体は見事に両断された。  
その前にスッと降り立つ彼女。  
 
「豚鬼を5体、全て始末したわ。被害者の数は3人よ。いつものように”処理”はお願いね。これで帰還する。」  
 
彼女はバイザーと一体化した耳当てに手を添えそう呟くと、倒れている女性らには一瞥もせずその場から姿を  
消した。  
 
 
 
人々の知らぬ戦いから数時間後、一人の女性が自室のシャワールームから出てきた。  
湯を浴びたことによるものか、やや桃色に染まった白肌をTシャツと丈が短いジーンズ地のパンツというラフな格好  
で隠して居室に出てきた彼女の容貌はよく見ると先程の戦いでムーンブレイドと名乗り、怪物を倒した女性と同一  
のものだった。  
その鋭いもののぱっちりとした目は戦いの時にはバイザーに覆われていたが、今はノーフレームの眼鏡がかけら  
れている。彼女はその瞳を机の上のノートパソコンに向けると何かに気づいたのかその前に座り、マウスを操作す  
る。  
すると画面に桃色の髪をした少女の顔が映し出される。  
 
『雅さん!いつも、ちゃんとブレスレットは着けていてください。連絡が取れないじゃないですか!』  
 
声を張り上げ、かわいらしい顔をむくらせる画面の向こうの少女。  
それに雅と呼ばれた風呂あがりの女性は、パソコンの横に置いてあった青いブレスレットを右手首に嵌め、  
 
「わかった、わかったって。ちゃんと今嵌めたから怒らないでよセナ。」  
 
右手を示し、苦笑しながら応じる。  
それを見ても顔をむくらせたままの少女だったが、「あっ」と声を上げ何かを思い出した表情になると真剣な口調  
で告げる。  
 
『豚鬼の死骸の回収は終わりました。保護された3人の女性も命に別状はありません。ただ……』  
 
言葉に詰まる少女-セナ-、口ごもってしまった彼女に雅が言葉をかける。  
 
「いつもの事でしょ、セナ。自分達の力の及ばないこともある。なんでサポートオペレーターのあなたに私がこんな  
こと教えなくちゃいけないの?オペレーターがウジウジしてたら背中預けられないじゃない。」  
 
辛辣な口調、だがその言葉を発する彼女の顔は優しく、諭すような表情を浮かべている。  
それに誘われたのかセナは言葉を続ける  
 
『……精神の状態は芳しくないとの事です……そうだ!雅さん、戦闘中モニターした情報によると”月光糸”の能力  
が落ちてしまっていたようですが!?』  
 
気落ちした口調から一転、たたみかけるように雅に問いかける。  
 
「気の利くオペレーターさんにはもっと早くに気づいて欲しかったな〜。大丈夫よ、シャワー浴びる前に念入りに洗った  
から。血汚れはカンペキに落ちたわ。」  
 
茶目っ気たっぷりに答え、右手首のブレスレットから引っ張り出した糸をヒラヒラさせる。  
その答えの前段に恥じて、顔を真っ赤にさせるセナ。  
 
「身体じゃ敵わないんだから、せめて頭は”おねーさん”より良くなくちゃねー。」  
 
雅は自分の胸を両手で見せつけるように寄せ上げながら、悪戯っぽさを増した表情で追い討ちをかける。  
ブラを着けていないのか彼女の美乳はくっきりとシャツに乳首の形を写し出すほど存在感を表している。  
対するセナの胸は膨らみなどほとんど感じさせない。より顔を赤みが増す彼女。  
 
「クスッ、ちゃんと寝ないと大きくならないよー。私から伝えることはないから。このあと少しは寝なさい。それじゃ明日  
キャンパスでね。」  
『…はっ!はい!…お、おやすみなさい。』  
 
もう顔色が茹蛸のようになってしまったセナを放免し、通信を切る。  
 
何が原因なのか、さまざまな怪物が闇の中を跋扈するようになってしまった世界。それに人類は様々な手で抗おうと  
している。この国では政府の秘密機関が怪物に対抗できるバトルスーツを開発した。だがそのスーツは怪物から採取  
した未知なる技術を元に作られてたため装着者には遺伝上の特性を必要とした。そのため今現在は両手で数えられ  
る程の数しかバトルスーツを着た”守護者”は存在しない。  
彼女-瀬原雅-はその一人だった。蒼きバトルスーツを身に纏う彼女のコードネームはブルームーン。装着者であるこ  
とを隠し、昼間は女子大生として暮らしている。だが怪物の活動が活発になる夜、彼女は『月光糸』という刃を持った  
糸、『ムーンブレイド』という剣、そしてバトルスーツに護られた身体を武器にして”守護者”、いや”狩人”として彼らと  
闘っていた。  
 
そんな雅と秘密機関との窓口になるのがセナだ。年少にもかかわらず雅のサポート、戦闘時のバックアップなどをこなし  
ている。彼女と雅は年が近いこともあるのかプライベートでも親密な関係を結んでいる。彼女も昼間は雅が通う女子大の  
附属高校の生徒として過ごしていた。  
 
セナとの通信を終えたノートパソコンを畳んだ雅は、椅子から立ち窓際に向かう。カーテンを開けた彼女、窓の外のベラ  
ンダの向こうにはこの高層マンションの周りを囲む灯かりの消えたオフィス街、そしてその上、手が届くかと錯覚させられる  
程近くに満ちた月が浮かんでいた。彼女はその月をしばらく見つめた後、再びカーテンを閉めた。  
その雅の姿を彼女が気づくはずも無い小さい蜘蛛が、上階のベランダから垂れ下がった糸に捉まりながら凝視していた。  
 
 
 
ベットに仰向けに寝そべり、雑誌をめくる雅。  
あの後寝ようとしたもののなかなか寝付けず、仕方なく徹夜することにしたのだ。そうして彼女は気だるい時間を過ごして  
いた。  
とその時、  
 
「……!?」  
 
部屋の空気が変わった、何かの気配がカーテンの向こうのベランダにある。  
いぶかしげに身を起こし、足のほう、頭から見たら正面にあたる窓に雅は目をやる。  
 
すると、暴風と共に窓が砕け散った。はためくカーテンの向こうから黒い何かが彼女目掛け突っ込んでくる。  
とっさに両手を構え、せめて顔だけは守ろうとする雅。  
 
ドゴッッ!!  
 
鈍音、彼女は弾き飛ばされた。背後にあった本棚に突っ込み、大きな破壊音と共にそれを突き崩す。  
侵入者は半ば本に埋もれた彼女に追い討ちをかけようと右腕を振る。その隙をつき雅は彼の顔めがけ、ちょうど掴めた  
独和辞典を投げつける。  
再び鈍音、顔に思いがけぬ反撃を受けよろめく侵入者。その間に雅は立ち上がる。両腕と背中に痛みを感じるものの  
骨には異常は無いと判断し、構えを取りながら侵入者の姿を見て取る。  
侵入者はまさに異形と呼ぶのがふさわしい怪物だった。数時間前に彼女が倒した豚鬼を一回り大きくした身体、それだ  
けでなく、その怪物の背にはまるで亀の甲羅のように、身体からはみ出すほど巨大な蜘蛛が結合していたのである。  
おもわず息を呑む雅。そんな彼女にようやく体勢を取り戻した異形の怪物が口を開く。  
 
「よくも先程はわが息子達を殺してくれましたね。その罪、あなたの身体で償ってもらいに来ました。」  
 
その身に似つかわしいほど理性を感じさせる口調で話す怪物。それがますます雅の警戒心を高める。  
大抵の怪物は人間の言葉など発せない。それが出来るほどの知能を持っているということはその個体は種の頂点に近い  
存在だということを彼女は秘密機関からの情報で知っていた。そして…  
 
「おや、驚かれているようですが複合体を御覧になるのは初めてですかな?」  
 
怪物が発した複合体という言葉。それは世界でほんの数例しか確認されていないレアケースである。己の体に別の種の  
個体を結合させ、それを使役することで能力を相乗させた怪物。結合を成功させるには母体となる個体の知力、体力が  
一般の怪物に比べはるかに高い水準で無ければいけない。  
その複合体が目の前にいるのだ。それも雅はバトルスーツを装着していない、しようとした僅かな隙を複合体は見逃すこと  
は無いであろう。彼女の頬を冷や汗が流れる。  
 
「女性を前にして名乗らないのも失礼、我が名はテルトグラス。ブルームーン嬢、息子たちとの戦いも遠方から拝見させて  
頂いたがあなたは素晴らしい。これまで数多の女性を母体にしてきたが、複合体のどちらか一つの遺伝子しか子には継承  
されず残念に思っていました。だがあなたのような優良な遺伝子をお持ちの力強い女性なら複合能力を持った子が作れる  
かもしれません。この希望を叶えるためにもお付き合いしていただきましょう。」  
 
そう自らの目的を語り、近づいてくるテルトグラス。それに身構える雅は…  
 
ダッ!タッタッタッタッ!  
 
振り返り、テルトグラスに背を向け脱兎のごとく玄関のドアを目指し走り出した。  
意表をつかれたのかやや間を置いて追うテルトグラス、だがその巨体はマンションの廊下には大きすぎた。雅がしなやかな脚  
で駆け抜けた廊下を彼は身を突っかからせ、壁を壊しながら進む。その隙に雅はまるで扉を突き破るようにして共用廊下に飛  
び出て、廊下の手すりに手を懸けその身を空中に投げ出し、飛び降りた。  
さすがに顔に驚きの表情が浮かぶテルトグラス。彼は部屋のベランダまで蜘蛛の糸を懸け登ってきたが、この部屋は20数階  
だったはずだ。そこから何のためらいも無しに生身の女性が飛び降りたのである。  
 
落ちる雅、その視界から急速度でビルの壁面が下から上に去っていく。だが彼女は取り乱すことなく右手を水平にして。  
 
「我が名は蒼月の乙女、ブルームーン!。腕輪よ、我が身に蒼き鎧を纏わせよ!」  
 
その彼女の叫びに応じるように右手首の腕輪が蒼き光を放つ、その光は右腕から身体全体に伸び全身を覆った。  
数瞬後、彼女を覆っていた光が弾ける。そして現れたのは純白のスーツに身を包み、体の所々そして目元の青色が清く、凛  
とした強さを感じさせるバトルスーツを身に纏った雅-ブルームーン-の姿だった。  
そしてブルームーンは類まれなバランス感覚を活かし、体を180度回転させ脚を地面に向ける。僅かな間のあと地面が迫る、  
彼女のピンとした脚が垂直に地面に触れ、タイミングよく膝が曲げられた。80m余りの高さから飛び降りたのにも関わらず彼女の  
バトルスーツの能力が発揮され、まるで平行棒から着地した体操選手のように落ち着いて着地したのである。  
続いてテルトグラスも飛び降りてくる。彼は背中の蜘蛛の脚から糸を出し、それを道路を挟んだ向かいのオフィスビル、こちら側  
の高層マンションに互い互いに懸けることで落下速度を殺しながら降りてくる。それでも着地の瞬間、破砕音があたりに響き渡り  
アスファルトに彼の足がのめり込み、ひび割れを生じさせた。  
そうして再び対峙した雅とテルトグラス。  
 
着地したテルトグラスに息つく間も与えず、ブルームーンは右腕を横に振る。そう、月光糸を繰り出したのだ。視えない糸がテルト  
グラスの肉体を切り裂こうと伸びる。が彼の右腕から同じように繰り出された蜘蛛の糸に巻きつかれその動きを止められてしまう。刃  
のような糸でも束になった蜘蛛の糸は切り裂けない。ピンと張ってしまった月光糸を束縛から引き離そうと右腕の力を込めるがビク  
ともしない。  
 
「くぅぅっ!うっくっ……」  
「どうしました、綱引きですか。それなら……ムンッ!」  
 
嘲笑うかのようにテルトグラスは糸を引っ張る。その巨体の力にスレンダーなブルームーンが敵うはずも無く、身を崩し身体ごと前に  
引っ張られそうになる。  
 
(くっ!…仕方ない。)  
 
すると彼女は左腕から新たな月光糸を繰り出し、それで右腕の月光糸を自ら断ち切った。反動で後ろに流れる身体、それを活かし  
て背後に飛び去り、距離をとる。それを追うかのごとくテルトグラスが蜘蛛の糸を繰り出すが、たおやかにそれを避ける。その彼女の  
耳に耳当てからの声が入る。  
 
『雅さん!!どうしたんですか!?』  
「どうしたもこうしたも、私さっきの戦いの時から目をつけられていたみたいね。複合体サンが我が家にお見えになられたわ。」  
 
切迫したセナの声に応じるブルームーン、その声の調子は先ほど通信したときと変わらない。だがセナはその答えに息を詰まらせる。  
 
『!?……り、了解しました。雅さん、直ちに近隣のの”守護者”に支援を要請します。それまで持ち堪えてください!!』  
「りょーかい、待ってるから早くしてねー。」  
 
変わらぬ口調で返事をするブルームーン。だが彼女も状況の深刻さは理解していた。”守護者”が逆に怪物に奇襲される事態など  
前例は無い。複合体がこの街に出現するのも初めてなのだ。  
だがまだ彼女には幾つもの武器が残されている。理知的な思考力、スーツによって格段に能力をアップさせた肉体、それを使って  
導き出された答えに従い彼女は風のように走りビルとビルの合間、人がやっとすれ違えられる様な幅の路地に走り込む。  
狭いところに逃げ込んで敵を翻弄させ、隙を見て反撃。倒すことは彼女一人の力では無理だろうが、負けない戦いに持ち込むことは  
出来るだろう。そうして救援を待つ。今まで負けなしの彼女のプライドがその作戦を邪魔しようとしたが、頭の芯の部分で割り切らせる  
ことが出来た。それが彼女が”狩人”たる所以だった。  
 
彼女は薄暗い路地を駆け抜ける。  
だが突如その脚が止まる。彼女の行く手には蜘蛛の糸が縦横無尽に張り巡らされていたのだ。とても飛び越えられる高さではない。  
左右はコンクリート打ちっぱなしのビルの壁が立ち塞がる。何か窮地を脱する手段を探し、揺れ動いていた彼女のバイザーの下の瞳  
はやがて動きを止め。意を決したかのように背後に振り返る。  
 
そこにはゆっくりとした足取りで近づく獣の姿があった。やがて彼女と10mほどの距離をとり立ち止まる。  
 
「おやおや、もう鬼ごっこはおしまいですか。部屋をお訪ねする前にこのあたりにちょっと細工させていただきましたので。」  
 
まるで嘲笑うかのように言葉をつむぐテルトグラス。その彼に視線を向けたままブルームーンは「ギリッ」と歯を噛み締める。おそらく初  
めから仕組まれていたのだろう。自室から逃れても彼女には逃げ場は無かったのだ。  
 
「ではそろそろ、おとなしくしていただきましょう。」  
 
静かにそう言い、テルトグラスの姿が掻き消える。ブルムーンが構えを取る間もなく、  
 
ドゴッ  
 
一瞬の後に彼の剛腕が女戦士の細い腹に横から叩きつけられる。竹ひごのように吹き飛ばされたブルームーンは左横のビルの壁に  
めり込み、それを突き崩して屋内まで身体を転がされていく。  
 
「……う…うっ…うぐっ!ゴホッ!…ゴホッ!」  
 
向こうから呻き声が伝わる土煙をかき分け、テルトグラスもビルの中に歩みを進める。  
重い瓦礫に身体を埋もらせ、ブルームーンは全身の痛みに耐えていた。逃れられないと感じたほどの厚さの壁を自分の身体をもって  
壊されたのである。バトルスーツがある程度防いだとはいえ彼女の身体には重い衝撃となった。  
 
『…さん!。みや…いえブルームーン!大丈夫ですかブルームーン!!。』  
 
耳元で必死に問いかける声が彼女を苦悶から引き戻す。  
 
「……え、ええ、大丈夫よ、ぐっ…サキ。ゴホッ!……ちょっと、ドジった…だけ、だから…」  
『でも!スーツの損傷度が!…今、私もそちらに向かってます。ですが敵の妨が……………』  
 
呻きながらサキに応えるブルームーン、だがサキの返信からは背後に爆音、銃撃音が聞こえ、やがて途切れた。  
 
「……サキ?、どうした、うくっ!…の。サキ!?」  
 
自分自身耐え難い苦痛に襲われている中、相棒の身を案じ呼びかけるブルームーン。とそこに。  
 
「お仲間さんですか、宴の邪魔にならぬように部下に足止めさせていますよ。2人きりの時を過ごしたいので通信も妨害させていただき  
ました。」  
 
淡々と告げながら土煙の中からテルトグラスの巨体が現れる。ブルームーンはよろめきながら立ち上がり、左手で脇腹を庇いながら、必  
死に力を込めた瞳で敵の巨体を見据える。だが、その体は傷つき、立ち上がる動作だけで荒い息をつく。それでも彼女は残された武器  
を使い、最後の賭けに出た。  
 
「ムーンブレイド!!」  
 
腹へのダメージと咳きこんだために吐き出した血や涎で汚れた唇がコマンドを叫ぶ。出現した光り輝く剣を掴み、テルトグラスに向かって  
力を振り絞って駆ける。だが  
 
「これでおしまいです。」  
シュゥーッ!  
 
風を切る音が響く。テルトグラスの左手から糸が放たれた。先程よりはるかに太い束である。それは瞬時に女戦士の剣を持った右掌に巻き  
付き、反撃の手を止めてしまった。  
痛む脇腹を押さえていた左手をも使い、なんとか縛めを解こうとするブルームーン。  
 
パキッッ!!  
「ぎィッ!!……いっ…」  
 
部屋に乾いた音とくぐもった悲鳴が響く。その声を出したブルームーンは保っていた凛とした表情を崩しその優美な頤を震わせている。バイ  
ザーの裏にうっすらと見える凛としていた瞳は大きく見開かれ、糸に覆われた彼女の右手首を見つめている。  
 
カラン  
 
その右掌から剣が落ちる。彼女は自ら武器を手放した、いや手放さざるを得なかった。  
 
「私の糸の素晴らしさ、知っていただけましたか?あなたの武器と同じ美しさ、あなたの武器には無い力強さを兼ね備えた最高の一品です。  
あなたの華奢な骨などバラバラに出来ますよ。」  
 
テルトグラスの勝ち誇った宣言と共に巻き付いていた糸が解かれる。現れた彼女の右手首は無残に折れ曲がっていた。テルトグラスの糸に  
引っ張られ壊されたのである。バトルスーツもこの強大な力には無力だった。  
 
「あっ……ひぃ、ぃい…いっ」  
 
ブルームーンは左掌で壊れた右手首を包み、かすれ声を上げる。左手で落ちた剣を拾うこともしない。賭けに負けた彼女には戦う気力はもう  
残されていなかった。それはあまりにもレートが違いすぎる賭けだった。その事実も今まで無敵を誇ってきた彼女の心に大きな傷を与えた。  
瀬原雅は多少は秘密機関から訓練は受けたものの普通の娘だった、強大な怪物を打ち倒すことが出来たのはバトルスーツとその武器のおか  
げだと彼女自身も理解していた。そしてその全てがテルトグラスの力には抗えなかったのだ。もはや彼女は敗北を悟るしかなかった。  
 
月の光が届かぬ薄暗い部屋で、敗れ去った蒼き乙女を肴に獣宴の幕が開こうとしていた。  
 
 

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