8.アイ・ワナ・デート! 
 
「はい、お疲れ様でした。これで身の安全はほぼ確保、後はデートをするだけです。相当な強運 
ですね、藤沼さんは」 
 まるで花畑にいる少女が花輪を差し出すかのような目映い笑みを見せ付けられ、情けなくも 
それを脱力したまま譲られた椅子の上から見上げた。 
一ノ瀬に言われても、賞賛されたというより馬鹿にされた気しかしない。 
視線をよく見ると、ありありと罠に掛かった虫ケラを褒め称える時に出るような微量の恍惚成分を 
観測した。 
「そりゃどうも。過分なるお褒めの言葉、痛み入ります」 
虫ケラは、せめてもの腹いせにと皮肉で返した。 
「ここ、閉めるので出てください」 
どっと疲れが湧いて椅子に沈み切っていたこちらの事情と皮肉など全く無視で、一ノ瀬はさっさと 
上履きを履いて出て行く。 
……まだ使い道のある人間のアフターケアに気を使わないのはいかがなものだろう。 
鍵を閉める後ろ姿に念波を送るが、何事も無かったかのように振り返られ、告げられた。 
「では、行きましょうか」 
俺は見えない鎖に引っ張られるが如く、よろよろと一ノ瀬の後を追った。 
「それで、デートしろってどこへ行かせる気だ」 
 足音が奏でる滑り止めが鳴るだけで、人の騒ぎ声すら聞こえない階段を降り、俺のクラスに 
戻ると同じく人っ子一人いなかった。 
一瞬薄い西日に目を眇め、俺は自分の席へと戻る。 
「わたしが決めちゃってもいいってことかしら?」 
声が驚喜を孕んでいる。 
上目遣いの視線に思いっきりノーの返事を眼光で示すと、悪魔はくすくすと笑い声を立てた。 
「いくら取引でのデートとは言っても、デートするのはあくまでもあなたと鈴音なんですから 
お好きなところへどうぞ。でも、出来れば鈴音の希望通りに」 
俺は最近サンドバッグと化してきた、うっすらと足跡の付いた鞄の汚れを払い、一ノ瀬へと 
向き直った。来週以降は彼女の弁当箱をこの上に掛けておこう。 
「で、どこで待てばいいんだ?」 
「わたしのクラスで」 
 続いて入った教室にも、人の姿は見当たらなかった。 
「――待っている間にでも、これ、読んでおいてください」 
そう言って渡されたのは、A4のレポート用紙5枚くらいを纏められた薄い紙束だった。 
相川鈴音・傾向と対策、その分析―― 
「部外秘の判子が押してあるけど?」 
「ああ、別に構いませんよ」 
構うんじゃないか? 
「そうだ、いけない。肝心な事を言い忘れてましたが、勿論、この話は鈴音には」 
「秘密だろう」 
「そうです」 
俺が遮ったことで宙で止まっていた人差し指を、わざわざ見せ付けるようにして唇に当てた。 
くすりと笑ったその顔は、いつの間にやら今朝見た雰囲気に戻っている。 
「さて、と。話の通り、これから生徒会で校内新聞の件を片付けます。でも、これであなたも 
新聞部に乗り込むような真似をして、無為な議論で時間を潰さずに済むでしょう?」 
今更俺の行動を知られていた事くらいで驚くか。 
俺は返事の代わりに鼻を鳴らした。 
「では、そろそろ行かなければならない時間ですので」 
「なるべく早く終わるように取り計らってくれよ」 
「ええ、そのつもりです。――何か疑問があれば、そちらの連絡先へどうぞ」 
そちらの連絡先?と気が逸れた間に、一ノ瀬は立ち去っていた。 
再び手元のレポート用紙に目を落とし、一枚一枚捲っていくと、最後のページに手書きで携帯 
番号とメールアドレスが付け足されていた。 
確かに、手紙と一ノ瀬の関連は無いようだな。 
一ノ瀬の字は、習字の手本のように見事な書体だった。 
 
 黄昏が迫り来る中、俺はいつもよりいい景色であるはずの教室のほぼ中央で、ぼんやりと 
暇を持て余していた。 
校内に響いていた部活動での掛け声や音なども、気が付けば止んで静かになっている。 
初めて知ったが、生徒会ってこんなに遅くまで仕事してるんだな。遅くまでご苦労なこった。 
ぼすりと自分の鞄に顔を埋め、何度目になるか分からない退屈から来る溜息を吐く。 
大層な表題のレポートは、何の事は無い、言わば相川鈴音・取り扱いマニュアルだった。 
……実はロボットだったりしないだろうな。 
それから、一ノ瀬が去った後の双方の行動確認。部外秘とは、俺が外に漏らさないため用に 
押されたものだったらしい。それと注意事項。所謂、口裏合わせだ。 
本当に何手先まで読んだんだか、行動の無駄の無さに感心しきりだよ、まったく。 
予定では、彼女は生徒会の仕事を終えるとこの教室に立ち寄るらしい。 
そして、その後―― 
カシャン、と微かな音を耳が捉えた。 
断続的に続く、甲高く鳴り響くそれはやがて終わり、ラバーソールの足音がこちらへと近づいて 
来ている。 
これで見回りの教師やその他だったらこの覚悟や緊張は全て無駄になるな。 
しかしこれは予定通りだし、間違いないと決め付けてしまうぞ。よし! 
決心した振り向きと同時にドアは開いた。 
「……藤沼くん?」 
予想通りのきょとんとした反応を見せ、それから彼女は信じられないとでも言いたげに、俺と席と 
を交互に見つめた。 
「良かった、戻ってきて。遅かったな」 
「もしかして、生徒会が終わるのを待っていてくれたんですか?」 
「まあな」 
席を立ち、近づいていくと慌てた様子で後ずさる。何でだよ。 
仕方ないので、俺は数歩下がってみせた。 
やや小走りに目の前を通り過ぎ、ロッカーから何かを取り出すと、せかせかと鞄に仕舞った。 
ヂヂヂヂ、とファスナーの音が教室を支配する。 
それきり沈黙すると、辺りは再び静まり返った。 
彼女はゆっくりと目を合わせないようにこちらを振り向いた。躊躇うように唇が幾度か空気を 
泳ぐのを眺め、言葉が紡がれるのを待った。 
「……もしかして、いっ 一緒に帰ってくれるのでしょうか?」 
「ああ、勿論。――話があるんだ」 
行こう、と促すとようやく顔を上げ、俺達は教室を後にした。 
 
 教室の電気を消して廊下に出ると、景色が夕闇に沈んだ中、中央階段のところだけが皓々と 
照らされて浮かび上がる。 
歩くのに支障を来たす訳ではないが、何となく気のいいものでは無いな。 
「相川」 
「はいッ」 
予想外の反射的な返事に、思わず噴き出しそうになった。緊張しすぎだろう。 
「生徒会の仕事っていつもこんなに遅くまでやってるのか? 冬はこんな時間じゃ真っ暗だろう」 
「ええ、でも真歩も役員なので、真歩と……あ、そうでした、真歩は何て言うでしょう」 
「出来れば、二人きりで話したいんだけど」 
機先を制し出来るだけ穏やかに言い放つと、期待と不安がない交ぜになったような視線を 
向けられた後、電話します、と数段先の踊り場へ先に降り立った。 
背中を向けた彼女を見て、俺は階段上で気付かれないように息を吐く。 
しかし、このアドバイス通りの「俺」は疲れる。 
誘えなかった場合、全ての状況が元通りになるばかりではなく、それ以上の事態に見舞われると 
書かれている以上、そうなるのだろうし、そうはされたくない。 
 携帯を切った彼女が振り向いた。 
「何だって?」 
我ながら空々しく尋ねてみる。 
「そう、良かったわね、と言われました」 
向こうも空々しいな。 
「なら、帰るか」 
1階まで降りると既に昇降口は閉められており、重苦しいほど静かな空間に靴箱の開閉する音 
だけが響いた。 
 
 「痴れ者!」+ビンタのイメージがあるせいか、朝会うと、「おはようございます」と待ち侘びた 
嬉しさのままに微笑まれる姿にギャップがあり過ぎて、どうしても今はこっちだ、という考えに 
なかなか頭が切り替わらない。 
俺は氷の溶ける様を見ていないのだ。 
「それで、お話とは何でしょうか?」 
「ああ、うん――」 
と、言ったきり言葉が続かない。 
一ノ瀬との鉢合わせをいかにして避けるか、という事ばかりをシミュレーションし過ぎて、肝心の 
誘う文句を俺は考えていなかった。と言うより、何となく簡単だと思っていた。彼女に会うまでは。 
時間は余るほどあったのに、有意義に使えなかったのは無様としか言いようが無い。 
「えーっとだな……」 
「はい」 
いちいち相槌打たなくていいから。 
見つめられて気ばかりが急く。 
真っ白な俺の言語中枢よ、何か使えそうな言葉を編み出してくれ――! 
「あ、明日……に、でもデートしないか? 誘ったんだから勿論、全部奢る」 
ああああ、もうちょっと気の利いた言い回しをだな、情報を詰め込んだだけの言葉で喋っても―― 
「……あの、でも、今朝も昨日も、お誘いした時は断られましたよね?」 
その時は毒牙に掛かる前だったからな。 
何だこれ、予定と展開が違う。何が二つ返事でオーケー貰えるだよ、責任者! 
「それがだな、よくよく考えてみればこれからも作ってもらう事に…なるのかも知れないし――」 
笹川あたりならもう少しマシな事を言えるのだろうが、残念ながら俺は俺でしかない。 
避け捲っていた男が手の平を返したようにデートに誘うのは変じゃないのか、一ノ瀬よ。 
「――どうせならデートしたいと言われている事だし、やっぱり弁当代くらいは礼をしないと、と 
思ったんだが、駄目か?」 
駄目だろうな。我ながら怪しすぎる。 
彼女の沈黙が続く間、俺は一ノ瀬がらみの単語が出て来ないことをひたすら祈った。 
沈黙は鉄屑、雄弁は金だぞ、何とか言ってくれ。 
ちょうど街路灯のスポットの真下に来た辺りで、彼女は囁くように呟いた。 
「……喜んで、お誘いお受けします」 
途端に脱力感に襲われる。良かった。絶対的な危機は回避された。 
「あ、言っておくが、うちにいらっしゃいませんか、みたいなのは無しな」 
「ええっ 無しですか?」 
「駄目だ。それから俺の家も駄目」 
「そんな! お家の前まで行ったことはあるのに……」 
「それは勝手に調べたから知ってるだけであって、俺は人を家に招かない主義なんだよ。 
――それで、どこに行きたい?」 
 
 
 穏やかな晴れの日だった。 
柔らかな風は暑さを相殺させる役目を果たしており、心地よい気温を保っている。 
これで雨が降ろうものなら、デートは急遽、「代わりに家へいらっしゃいませんか?」となって 
いたかも知れない。そういう事にならない点において、俺は天気を撫で回して褒めたくなっていた。 
窓の外を見ながら、俺は何度目かの欠伸を噛み殺す。 
急に「春眠、暁を覚えず」と声を大にして叫びたくなり、危うく喉元まで出掛かって、自分のいる 
場所が電車の中だと我に返り、キャップ帽を目深に被り直す。 
いかん。色々と自分がおかしくなっている。 
決して浮かれているからでは無い。嫌な汗を掻く意味での緊張を強いられているからだった。 
同じ車内には、同方向らしいカップルや家族連れ、中学生くらいの少女達のグループがいて、 
きゃいきゃい言いながら眩しさを振り撒いている。 
こんなにも気が乗らない気分で遊びに行くのは俺くらいのものだろう。羨ましい。 
 
 結局、金曜日の帰宅途中、彼女は俺が提案した「デート」をどこにするか決められなかった。 
曰く、綺麗にデコレーションされたケーキを山ほど銀のトレイに敷き詰められ、その中から 
「お好きなものをお選びください」と言われている状況――だったのだそうだ。 
仕方なく、連絡を取るために携帯番号とメールアドレスを交換する羽目になり、その日の夜、 
掛かってきた電話の向こうの声は、「ドリームランドに行きたいです」と告げた。 
個人的には「映画・飯・駅で解散」が理想だったけれども、今回俺に選択権は無い。 
承諾し、細かい話を詰め、色々唐突だったので一日空けて、本日日曜日にデートは決行される 
運びとなった。 
 
 揺れる電車は、華やかな世界まであともう一駅というところまで来た。 
『――まもなく、ドリームランド前、ドリームランド前。お降りの方は、お出口右側になります』 
アナウンスに、若さ溢れる集団が色めき立つ。 
最初に絶叫系ー!とか言ってて可愛いのう。 
カーブを曲がりながら電車はホームへと滑るようにゆっくりと進入し、一度大きくガタンと揺れて、 
人々を吐き出すべくドアが開いた。 
到着を待ち侘びた乗客達が、ホームへと飛び込むようにして降りて行く。 
俺もその波に続いて改札口へと向かった。 
 
 待ち合わせは9時45分。入場が10時からなので、それほど待たない時間を見積もればそんな 
ものだろう。一応、俺はその15分前に到着した。 
誘ったのはあくまでもこっちだし、前回の待ち合わせではアクシデントで遅刻している。 
 改札前で、何とも生意気な年頃のガキの嘲笑的眼差しと時折視線が交差するのを確認している 
と、改札の人込みの中にいる、こちらへ向かって来る黒髪日本人形を見つけた。 
俺に気付くと、人波を掻き分けていそいそと駆け寄ってくる。 
どうだガキ、ちゃんと連れは来たぞ。相手は学年どころか学校一モテる奴で――って、いない! 
慌てて視線を泳がすと、入場口へと向かう群れの中にあの眼差しがあった。 
今度は妙に覚めた眼で、時々こっちを振り返りつつ、去っていく。 
おまえは親と友人と一緒か。俺より楽しめそうじゃないか。楽しんで来いよ。 
という、一切言葉を交わすことの無かった目線通信を終了した後、本来迎えるべき人物の声で 
俺は意識を右45度方向へ戻した。 
「おはようございます…! お待たせしてしまったでしょうか?」 
「……いいや」 
しまった。 
俺はまじまじと彼女を見た。 
鎖骨の周りを飾るレースがアクセントになっているトップスに、滑らかな線を描く真っ白なスカート。 
紺色のニットの上着と、その肩に掛かるのは、大きなリボンがポイントになっているバッグ。足元 
には白地のローヒール。 
ふわふわにひらひら〜。 
それはデート服だろう!という叫びが喉元まで来ていた。 
そう、忘れようとしてしっかりと忘れていたが、これはデートなのだ。 
ちょっと考えれば彼女が気合を入れてくるくらい予想できただろうに、こっちは何でもないTシャツに 
カーゴパンツと履き慣れたスニーカー、全部普段着ですよ。 
ああ、人として最低限、こいつと並んでも恥ずかしくない格好をしてくればよかった。 
見つめたままひとりたじたじになっていると、彼女も俺を見返している事に気付いた。 
「ど…どうした? さっきから黙りっ放しで」 
「い、いえ、私服で会うと、何だかいつもと違って見えて…いいですね」 
違って見えて、までには同感。 
照れを全開にして目を逸らされた辺り、彼女に掛かるフィルターは今日も絶好調のようだ。 
早く外そうぜ。 
「藤沼くん!」 
「はい?」 
「わ、私の、今日の私の服装はどうでしょう? この格好で、どこか嫌なところはありますか?」 
ある、と言ったら着替える気だろうか。 
「あー、イヤ。……ニアってルよ」 
一択しか無い答えにしどろもどろな自分が心底情けない。 
しかし相川、こんな常套句で喜ぶなんて単純すぎやしないか。高嶺の花っぷりが台無しだぞ。 
「……じゃ、行くか」 
「はい!」 
入場ゲートの方を指し、先を促す。 
かくて、俺達は列をなす方へ向かって歩き始めた。 
……後を付けられてないだろうな。 
 
 一応、雇われデートといえども、それなりにファンタスティックな乗り物に揺られる事を楽しんだり、 
ゴーカートでちっとも速度の出ない運転に文句を言ってみたり、コーヒーカップを回し過ぎないように、 
けれどもスリリングさを失わない程度に回し捲り、絶叫系に乗るか否かで揉めてみたりもする。 
遊園地に罪は無いし、チケットは俺持ちなのだから、つまらなそうにしているのは損だ。 
普段の憂さ晴らしに持って来いだな、遊園地は。 
 そして、今日のデートの名目のためにも高いものでも食わせて、弁当の礼に変えるとしよう。 
「何が食いたい?」 
入り口で受け取ったパンフレットを捲りながら俺の候補を幾つかに絞っていると、いつの間にか 
彼女が視界の端から消えていた。 
振り返ると、数メートル後ろで立ち止まっている。 
「相――」 
俺が声を掛けかけた時、何やら複雑そうな表情を見せ、俺に向かって自分のバッグを突き出した。 
「……お弁当、作ってきました」 
俺はしばらく、ぽかんと立ち尽くしていた。 
 
「大体、弁当の礼に誘ったのに矛盾してないか?」 
 空いているテーブルと椅子を探し出し、せめてもと思い買ってきたお茶のペットボトルを渡した。 
まあ、食費代は浮いて嬉しいけど。 
「しているのかもしれませんが、私にとって今日は2回目の挑戦です」 
「何の?」 
「木曜日に手痛い指摘をいただいたので……」 
「……ああ、あれか」 
確かに俺は、好き嫌いが分からないなら最初は無難なものを作ってくるべきだったのかもな、と 
初日分の感想を述べたが、それは取るに足らない重箱の隅しか突けない、注目を浴びたがための 
悔し紛れの一言で、その後すぐに、食べられない物は無かったけど、と付け足した。 
「どうぞ、召し上がってください」 
テーブルに並べられたのは、サンドイッチ各種と鶏の唐揚げ、卵焼き、ウインナーと庶民的な 
おかずがお目見えした。 
「じゃあ、いただきます」 
用意されていたおしぼりで手を拭いてから、まず目に付いたチーズとハムとレタスのサンドイッチを 
取って、口にした。 
チーズはいつも食べているようなスライスチーズでは無く、何かの粒が入っていてチーズ本体が 
口の中で融けていく。俺には粒の正体が全くもって分からない。 
続いて唐揚げも摘んで咀嚼する。 
柔らかい鶏だこと。味付けも絶妙だ。弁当の時から思っていたが、良いもの食ってるよな。 
「……それともう一つ、理由があるんです」 
俺がライ麦パンにスモークサーモンとチーズのサンドイッチを手に取った辺りで、黙って俺が 
食べるのを見ていた彼女は、懺悔でもするような声色で呟いた。 
「好きな人と一緒にお弁当をいただくのが夢だったんです。…子供っぽい我儘で、誘っていただいた 
理由を台無しにしてしまってすみません。軽蔑なさっても結構です」 
白い天板を見ながら深刻に、思い詰めた感じに言うものだから、何と返すべきなのか数瞬悩んだ。 
「別に……、これくらいの事で」 
「――ありがとうございます……! …あの、味はいかがでしょうか」 
これくらいの事で泣きそうになるなよ。 
「美味いよ、普通に」 
 
 和やかに時が過ぎるこの状況が自分の琴線に触れたとは思いたくないのだが、今日のデートが 
ここで良かったと思い始めていた……のは、早急すぎる考えだろうか。 
普通なら断ったであろう、カップルで乗る定番の観覧車に彼女が乗りたいと言うのにも、素直に 
了承してしまった。 
まあ、食後だし、丁度いい。 
 ある程度並び順番が来て乗り込むと、観覧車はガコン、と一度大きく揺れて空へと上り出した。 
「やっぱりウォーター・フォールは乗るべきだろ」 
「絶対、嫌です! 駄目です。濡れちゃいます」 
何度目かのやり取りなためきっぱりと言い切られたのに苦笑し、俺は段々と同じ目線の高さに 
なっていくウォーター・フォールへと視線を移した。 
目の前で甲高い悲鳴が筒の中に吸い込まれていく。 
「あの、藤沼くん」 
悲鳴が上がるのをぼんやり見ていると、まんじりと座っていた彼女から息苦しそうな声で呼ばれた。 
まさかの酸欠? 
「何?」 
「そちらへ行ってもよろしいですか?」 
あーあー。そんなにぎゅっと握ったらスカートが皺になるぞ。 
「ん。ああ、どうぞ」 
失礼します、と直立不動気味に立ち上がり、俺の脇へと移り座った――彼女の脇をすれ違って、 
今し方彼女が座っていた方へと移動した。 
箱の中が、不快に感じない程度に揺れていた。 
呆然とした表情が面白い。 
「……どうしてそちらに移動されたんですか?」 
「え、場所を交換しようって意味じゃないのか? ほら、見える景色も違うだろうし」 
あくまでも真面目腐った顔で言ったつもりだったが、彼女は内側から滲み出てしまう揶揄成分を 
感じ取ったらしい。 
「違います! 隣、よろしいですか!」 
彼女は返事も待たず、跳ねるようにして立ち上がった。 
その時、ガクン、と大きく観覧車が揺れ、足を取られた彼女が俺に向かって倒れ込んできた。 
 
 
(つづく) 

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