午前十一時
日野家の休日の朝は遅い。
「るかー! おはよ〜お兄ちゃんだよ〜!」
そして何よりうるさかった。
日野家の長男、耳雄、異常なまでに妹を溺愛する中学三年生。
「何処だ〜、るか〜、はやく出てこないとお兄ちゃんキスしちゃうぞ〜」
ドカドカと慌ただしく走りながら部屋のドアを開けていくと、
「あっ……、おは……」居間に黒髪を長く伸ばした大人しそうな雰囲気の少女がいた。
「なんだ此処に居たのか探したぞ、お仕置きとしてキスキス攻撃を受けるがいい〜」
「えっ!? ちょ……」 少女が驚き嫌がるのを無視し、蛸のような唇をむちゅーと近づける耳雄。
「い、いや、やめ……!」
「お兄ちゃん!!」
「え!?」
突然後ろから声をかけられてはっと我に帰る耳雄。
慌てて後ろを向くと其処には自分の妹の留渦が立っていた。
「えっ!!? あれ? る、るかが二人?」
「何やってんの!! その子は、私の友達!!」
「は、はれ? …………何ぃぃぃぃ!!!!!!!」
「す、すいませんした!!!! もう煮るなり焼くなり好きにして下さい!!!!! 」
「あ、あのう、もう気にしないで下さい」
耳雄が変質者的に抱きついたのは隣町からこの街に遊びに来ていた
小学五年生になる姫路若葉と――――――
『ヘンタイメー!!』
「うう、まさかこんなピンク色でフカフカした生き物にまで口汚く罵られるとは……」
「ちょ、ちょっとポーちゃん、留渦さんのお兄さんに失礼だよ」
その横にいる小さくて、まるくて、フカフカして、見る者を安心させる生き物(?)
―――――― プピポー君だった。
「ううう、知らなかったとは言え、よもや妹の友達に破廉恥行為を働くとは……」
『スケベメー』
「ちょ、ポーちゃ……」
「う、うわあああああ!!! スケベ兄きでごめんよー!!!!」
プピポー君の情け容赦のない一言に、耳雄は泣き叫ぶと、二人と一匹を置いて家の外へと猛ダッシュして行った。
「もう、馬鹿兄……」 その後ろ姿を見ながら、さらに容赦のない一言を浴びせかける妹の留渦。
「あ、あの、私、気にしてませんから……」
「いいの……お兄ちゃん本当に馬鹿だから少しは反省してもらわないと」
『プピポ―』
「ふふ、ポーちゃんもそう思うみたいね」
ナデナデとプピポー君を撫でながらクスリと留渦が笑う、その様子を見て若葉はびっくりした顔で留渦を見つめる。
「留渦さんはポーちゃんの言う事が解るんですか?」
「んー、少し……だけだけど、なんとなくわかる……」
少し不思議な感じのする少女はプピポー君を見つめながらポソリとつぶやく。
そんな留渦の横顔を見つめながら若葉はドキリとする。
どこか自分と似た感じのするこの少女に初めてあった時から心が引かれつつあった。
「え、ええと、留渦さん……」
と、その時
『サガシニイクー!』
「「えっ!?」」
ピョン。
突然プピポー君は飛び跳ねるとポテポテと玄関まで走って行ってしまった。
後には同じようにぽかんとした顔をした少女二人が残った。
「どこまで行ったのかな……お兄ちゃん」
ぽそりと留渦が呟く。
二人で編み始めたリリアンはもう部屋一杯にまで成っている。
「えっ! あ、ああ、そうですね、おいしかったですクッキー」
じっと留渦の顔を見つめていた若葉ははっと我に返り慌てて見当違いのコメントを送る。
「? …………っ!! 若葉ちゃん……ちょっといい?」
「? は、はい?」
すっと、留渦は若葉のあごをその白く細い指先で軽く支えるとそのままゆっくりと自分の顔を近づけ始めた。
(えっ!?ル、ルカさん!?)
「しっ、静かにして……」
真剣な顔でじっと見つめられ若葉はそれ以上は何も言えなくなる、
自分とよく似た顔がゆっくりと近づいてくる、無意識的に若葉はその時を待つ様に
ゆっくりと目を閉じた。
(あっ、シャンプーまで同じだ)嗅ぎ馴れた匂いが鼻をクスグり、遂には留渦の温かな体温がすぐそこまで感じられる。
少し胸がドキドキする。
(私このまま留渦さんに……) 先程の光景が思い浮かぶ、先ほど制止が入らなければ初めては……。
(初めてがまさか私と同じタイプのそれも女の人となんて……)
段々と緊張が高くなって来る。
心臓の音が全て聞かれているのではないだろうか?
(パパとママなんて思うかな)
ママ 「まーオメデトウ、じゃあお祝いをしないと!!」
パパ 「な、なんという事だ!! パパの娘が!! マサカ!! ギャース!!」
(パパ……ごめん……)
若葉が心の中でパパに謝った時、すっと柔らかな唇の感触が感じられた。
そんな気がした。
「え、ええと、」
「ごめんね……驚かして」
「い、いえ、でも少しびっくりしました」
留渦の手の中で小さな生き物がピーピー鳴いている。
「この子酷い悪さとかしないけど……ほって置くとちょっと面倒だから」
――――― でろでろ妖怪図鑑 ―――――――――――――――――
ドキドキ坊や
人間に取り付いてドキドキする気持ちを増幅させる
心臓の悪い人は注意が必要
人の口から口に移動する、よく言う心臓が口から飛び出しそうと言うのは
この妖怪から来た表現。
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「こんな物がいたなんて……」
若葉は感心するのと同時に
少し残念な気持ちになるのだった。
外伝奇っ怪の零 おしまい