「うう…あの野郎、ちょっと肩をぶつけただけなのにこんな目に合わせなくても」  
 
痛そうに顔をさすりながら、顔面に青あざを作った幽霊が呻く  
元々そういうキズありの幽霊ではないらしく、青あざ自体は死後につけられたもののようだ。  
 
「復讐したい…けどあいつ凄く強くて怖かったし」  
 
すぐに謝ればよかったのだろうが、相手を一方的に呪う事になれていた幽霊は  
自分の事が見える相手にも強気な態度で応対し、結果としてこのような目にあわされたのだった。  
 
「お困りのようじゃの」  
「…あんたは?」  
 
ふと気が付けば幽霊のうしろに一匹の妖怪が立っている。  
全ての事情を察してるがごとく幽霊の恨みごとに相槌を打った。  
 
「あのガキはここらへんの界隈では有名での…  
 幾人の幽霊や妖怪が些細な事で酷い目にあわされているのじゃよ」  
 
人を呪い殺そうとするだけでもあのような目にあわせるらしい。  
幽霊はそんなに恐ろしい相手だったのかと肌を震わせた。  
 
「なぁに、わしにかかればあんなガキはイチコロじゃ  
 お主と幾多の妖怪の恨みを晴らしてやろうぞ」  
 
 
 
「ん、なんだありゃ」  
 
耳雄と委員長、留渦とみつ子が共に下校していると  
道路の真ん中を陣取っている妖怪とはち合わせた。  
 
「なんだよお前、邪魔くさい奴だな」  
「お前が日野耳雄だな。妖界隈を騒がせる糞ガキめ  
 幾多の同胞の恨みを晴らしてくれる」  
 
どうやら目的は耳雄のようだ。  
早速臨戦態勢に入る耳雄を前にし、それでも妖怪は不敵な笑みを浮かべている。  
 
「馬鹿め、お前はわしに勝つことはできぬ」  
言うが否や懐から手鏡を取り出し掲げると、まばゆい発光現象が起きた。  
 
「わしは妖怪『トラウマ起こし』、お前が最も苦手とするものを呼び出してやる  
 恥ずかしいトラウマとか生ぬるいものではないぞ  
 お前が手も足も出なかった最強のトラウマを掘り起こしてやるわ」  
 
――――でろでろ妖怪図鑑――――  
 
 トラウマ起こし  
 
相手のトラウマを掘り起こすのを生業としている  
恥ずかしい思い出、悲しい過去、恐ろしい体験などを記憶から掘り起こし突き付けてくる  
時には具現化すら行うという恐ろしい妖怪  
――――――――――――――――  
 
「なにぃぃ、おい馬鹿、止めろ!」  
(あの耳雄がここまで慌てるか。いったいどんなものが出てくるんだろう)  
 
少しの好奇心を交えながら様子を見守る三人  
発光が収まり、そこに現れたのは……  
 
「―――――留渦?」  
思わずみち子はそう呟いた。  
 
手鏡を手にしているトラウマ起こしの前に現れたのは紛れもなく日野留渦であった。  
俯き、前髪で表情を窺う事は出来ないが親友を見間違うはずが無い。  
念の為、隣に初めから居た留渦の様子を窺うと、  
彼女はそこに存在し、驚いた表情をしていた。  
 
「私がお兄ちゃんのトラウマ?」  
思いがけない事態に内心混乱しているのは留渦も同じであった。  
 
(今まで私がお兄ちゃんを支えてるつもりだったけど、もしかして傍にいるのが迷惑だったのかな  
冷たい態度をとった事はたくさんあるけど…疎ましく思われてたのかな)  
 
「いやいや、有りえねぇから!!耳雄のシスコンは本物だぞ  
 留渦ちゃん、こんな妖怪の怪しげな術なんて気にしない方がいい!」  
 
思わず委員長が声を荒げる。  
有りえないものを目にしてパニック状態になっていた。  
そして渦中の耳雄はというと、ただ全てを察したように無言で震えていた。  
 
意外だったのはトラウマ起こしもそうだったらしく、しばらく唖然としていたが  
震える耳雄の姿を見て気を取り直したようだ。  
 
「ふぅむ、シスコンの心を裏返すとこういった事になるのかの  
 まぁ良い、おい!この娘に怪我させたくなかったら何をされても無抵抗に――」  
 
そう言って留渦弐号の肩に手を触れようとした時にそれは起こった。  
突如、留渦弐号の身体がぶれたかと思うとトラウマ起こしに強烈な頭突きを浴びせたのだ。  
続いて留渦弐号は鋭い角度のひざ蹴りを入れ、のたうち回っているトラウマ起こしを尻目に  
妖力の源である手鏡を踏み砕いた。  
 
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」  
断末魔を残し、トラウマ起こしは消滅  
後に残ったのは呆気にとられる留渦、委員長、みち子の三人と震え続ける耳雄  
そしてトラウマ起こしが消滅しても消えなかった留渦弐号である。  
 
「・・・・・・・・・・」  
一同が何も言えずに沈黙を守るなか、口火を切ったのは留渦弐号であった。  
 
「…おい」  
「はいぃぃ!」  
とても留渦と同じ口から出たとは思えないドスの利いた呼び声に  
耳雄は躾けられた犬の如く、即座に返事を返した。  
 
「これから食材を買いにいくが…」  
「はい、荷物持ちでも何でもお供させて頂きます!それか買う物を教えてもらえれば買い出しに行ってきますが」  
「いいよ、そっちの方が面倒くさい。…ついて来い」  
 
ついていこうとする耳雄の腕をがっしりと掴むと引きずるように留渦弐号は歩き始めた。  
「大丈夫ですよ!ちゃんとついていきますから放して…いえ、御免なさい」  
 
耳雄と留渦弐号はそのままその場から去って行った。  
後に残されたのは事態を飲み込めない三人である。  
 
「一体何がどうなっているんだ」  
「…もしかしてあれって」  
「みっちゃん、心当たりがあるの?」  
「以前に毒出しエステに行ったの覚えてる?」  
 
前に留渦とみち子は毒出しエステなるものを利用した事があった。  
人間の体から毒気を吸い出す事により、心身共にリフレッシュするというものだったが  
留渦の場合には手違いで毒出しではなくプラスになるものを吸い取られてしまった事があった。  
 
「性格の変わった黒留渦とは話した事無かったけど、お兄さんの様子があの時とそっくりだから多分…」  
「黒留渦……あんなことになっていたのね」  
 
とりあえず事情は呑み込めた。  
普段の自分がトラウマになってるわけではない事と今日の夕飯の買い出しに行かなくてもよいという事だ。  
 
 
黒留渦と耳雄は帰宅後、夕食を作り、その後片付けも率先して行った。  
 
留渦が手伝おうとすると黒留渦が「たまにはゆっくりしてろ」と助力を断り、二人で家事を行っていった。  
といっても協力し合ったわけではなく、耳雄が行動して黒留渦が注意を飛ばすという形であったが  
 
黒留渦と少し話してみたが口調は粗いものの邪険にされるわけではなく、  
何故だが同じ自分のはずなのに、留渦は頼りになる姉ができたような気分になるのであった。  
 
(それにしても)  
 
三人とも風呂に入り終え、就寝しようという時間  
耳雄の膝を枕にしてソファの上でテレビを見ている黒留渦を眺める。  
 
(傍から見れば甘えてるように見える…)  
 
脅えきっている兄の様子から、兄自身にはその様に受け取られていないようだが  
膝枕を強要している姿は第三者から見れば度を過ぎて甘えているようにも映る。  
 
(いやいや、日頃の騒ぎを起こしてる罰を与えてるだけだよね)  
 
方向性が違っているとはいえ自分の事なのだから素直に本心として受けとめれば良いだけなのだが  
留渦はわざと曲解するよう、無理矢理にそう結論付けた。  
 
(今日はもう寝よう。黒留渦の事はまた今度考えよう)  
 
「お休み。あまり夜更かししないようにね」  
「留渦ぁ、おやすみぃぃ…(二人っきりにしないでくれ!)」  
「…オヤスミ」  
 
そうして居間に黒留渦と耳雄の二人が残された。  
 
 

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