「お嬢さま,そんなにゲームがお好きでございますか?」  
「……」  
「もう爺は止めませぬ!むしろゲームにおいても大野財閥の人間らしくトップを目指しなさいませ!」  
「…!」  
「不肖この爺、お嬢様のためなら例え火の中水の中、協力を惜しみませんぞー!」  
「………」  
「というわけで僭越ながらこの爺めが、お嬢様のゲームの上達のためこういうものを探してまいりました!」  
じいやは腰のあたりに小さな長方形の箱を持っている。やや不自然な持ち方だ。  
「これはホラ電子のリアルアーケードディックプロ(通称RAD)といってアーケードゲームのスティックを再現したゲームのコントローラーでございます」  
「アーケードゲーム、なかでも対戦格闘ゲームにはスティックさばきが何よりも重要、お嬢様、これを使って訓練なされい!」  
「………!!」  
ゲームに無理解だとばかり思っていたじいやの意外な行動に大野は戸惑いつつも胸を打たれた。  
「さあ、お嬢様、遠慮なくスティックを握ってくだされぃ!」  
じいやが腰を突き出すと持っている箱から棒状のものがにょきりと突き出た。  
「……?」  
普段行くゲームセンターで見慣れているスティックとはずいぶん形が違うようだ。  
先端の玉こそ一緒だが棒の部分はごつごつと節くれだち、筋のようなものがはしっているのが見える。  
このようなスティックもあるのだろうか?  
大野はおずおずと手を伸ばした。  
なぜだか本能がそれに触るのを躊躇ったが、やがて指先がそっと先端の玉にかかる。  
「ふぁォっ!?」  
じいやは軽く身震いした。  
「さ、さあ、お嬢様、しっかりとお握りなさいませえ!」  
じいやに促され、大野の小さな手は先端の玉から竿の部分にしなやかな指を滑らせていく。  
白い指が一本ずつ棒に添えられていくたび棒はびくびくと脈打つような反応を示す。  
なぜだかじいやの息も荒い。  
「…?」  
「温かい?そ、それは、爺めが懐で温めておいたからでございま…うう!」  
「… …?」  
「びくびく動いてる?そ、それは最新のバイオ技術と人間工学を組み合わせた…はう!」  
レバーは芯のあるように固く、それでいて弾力に富む素材で出来ているようだ。  
大野はその感触を確かめるように棒を握ったり開いたり指を滑らせたりしている。  
それにあわせて爺は体をのけぞらせたり身をくねらせたりしていることには気づいていない。  
 
「お、お嬢様、それでは実践編に参りましょうぞ」  
鼻息を荒くしたじいやは大野の手をとり逆向きにスティックを握らせた。  
愛らしい二本の指の間に挟まれたスティックはより一層びくびくと脈打っている。  
「これが、”ワイン持ち”、高貴なお嬢様にふさわしい名の上品な持ち方ですじゃ!  
繊細な動きが可能で複雑なコマンド入力を要する格闘ゲームに向いておりますのじゃ」  
さらに今度は手のひらを返し、スティックを上から握らせる。  
先端の球の部分も先ほどより熱を帯びているようだ。  
「これは”かぶせ持ち”、滑らかな動きを必要とするシューティングゲームに向いておりますのじゃ」  
「… … …」  
大野はじいやの言葉を確かめるかのようにスティックをさまざまな角度で握っていく。  
ぎゅっ ぎゅっ ぎゅむ、ぎゅむ…  
興奮したじいは大野の手をとったまま上下に動かしはじめた。  
 
しゅっしゅっ  
 
じっとりと湿り気を帯びつつあるスティックを大野はされるがままに上下に擦りあげる。  
 
ぎゅっ しゅっ しゅっ しゅっ…   
 
「ふぁああああ!お、お嬢様、もっと早く!もっと大胆にスティックをしごきなさいませえええ!」  
大野は両手で挟み込むようにスティックを持ち、懸命に上下にしごきあげる。  
顔はスティックに触れる直前まで近づき、少女の甘い吐息がスティックを刺激する。  
 
ごしゅっ ごしゅっ ごしゅごしゅごしゅごしゅしゅしゅしゅ…  
 
「ふぁ、ふぁねっふううううううぅ!!!」  
「…!?」  
スティック先端の球がポロリと落ちた瞬間、中から出てきたパーツの先端から何かが噴出した。  
びゅるんっ びゅくっ びゅっびゅっ…  
先端の裂け目から勢いよく飛び出した白い液体が目の前にあった大野の顔にぶちまけられた。  
どろりとした液体は大野の顔をべっとりと覆い、糸を引いて垂れ下がっている。  
鼻から垂れた液体が唇にかかり、茫然とした大野が息を吸った拍子にちゅるんと口内へ吸い込まれた。  
「… …?」  
顔も、髪も、ドレスまで白濁した液体にまみれた大野は、指にかかって糸を引くそれをぼんやりと眺めている。  
じいやが突然すっとんきょうな声をあげた。  
「ああーっ!?なんだこのスティックは!?機械油がこんなに漏れてるじゃないか!けしからん!  
とんでもない不良品だ!お嬢様申し訳ございません!じいいやが今からすぐ返品してまいります!」  
なぜかズボンのベルトをがちゃがちゃ言わせながらじいやは逃げだす部屋を飛び出していった。  
大野はそれをぼんやり見送りながら口内に広がる液体の味をこくりと飲み込んだ。  
 
「ふぁははは、無知で無垢なお嬢様の手コキはたまらぬわい!こりゃパチンコよりも中毒になりそうじゃて♪」  
揚々と屋敷の廊下をスキップしていくじいやの襟首を不意に誰かがつかんだ。  
「なんじゃ!?」  
振り返ったじいやの目に映ったのはお嬢様の家庭教師、剛田先生の姿であった。  
必殺の一本拳を構えたその姿はドス黒い殺意の波動につつまれている。  
「…じいや、ちょっとそこの拷問部屋でお話ししましょうか?」  
「ひ、ひいいいい〜!!!!」  
 
その日以降じいやの姿を見たものはいない。  
 
そして、最近の大野のスティックさばきを見るたびになぜかドキドキするハルオであった。  
 
 

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