都を覆い尽くさんとする闇の元凶を絶つため、獰悪たる鵺を討ち滅ぼすべし。  
 
常闇の淵へとやってきた晴明が見たものは、旧知の者の変わり果てた姿であった。  
「その姿……闇に魅入られたか、道満!」  
妖へとその身を変じた、かつて朝廷の巫術士であったモノ―――芦屋道満へ言い放つ。  
共に都を守護すべき存在たる巫術士が、よもや仇なす存在に堕ちようとは……。  
晴明は失望を禁じ得なかったものの、今はそれを嘆く暇すら惜しいと思い直し、  
道満の待つ闇の内へと足を踏み入れていった。  
 
かつて晴明がこの場に奉じた光り岩すら封ぜられ、苦戦を強いられる晴明たちであったが、  
九尾の力により凶悪な鵺となった道満をもってしても、彼女らを屠るには荷が勝ち過ぎた。  
諸共掃討され、窮地に立たされた道満に、晴明が歩み寄り静かに尋ねる。  
「道満……何故人を捨てた?」  
最期にどうしても、理由を知りたかった。……共に都を護る立場であった者として。  
だが―――  
「力よっ!!」  
高名な巫術士でありながら闇に魅入られた理由は、あまりに即物的で……純粋な欲望。  
「そなたの如く、儂も、高みへと……。」  
己への敵愾心は以前より薄々感じていたが、真逆ここまでとは……。  
晴明の秀麗な眉目が曇り、侮蔑の感情を込めて鵺―――道満を見やる。  
獣と化したその手を晴明の方へと延べる道満は、彼女の髪に隠された左目に宿る光に気付いた。  
 
―――それは、九尾の下僕たる妖鬼が求め続けた物。  
九尾の落胤たる晴明が謀り奪い、その力を以てこの地に栄華を齎した―――白珠。  
 
「御方よ、探し当てましたぞ!まさか御身がこのようなところにあろうとは!」  
歓びに震える、くぐもった耳障りな声が辺りに響く。  
「そうか、晴明……そなた、御身より溢れる毒気に蝕まれておるな?このままではもうもつまい?」  
堕ちたとはいえ秀でた力を持つ道満には、白珠の力が如何なるものか、  
人の身には過ぎた強大な力を持つ其れを人が身に宿せば、それが喩え晴明であろうと  
どのような事になるかは察しがついた。  
―――明らかに、彼女は御方の……母たる九尾の瘴気に当てられ衰弱している。  
都に降り立った時の、皆が縋った神々しいまでの陰陽師としての力は、其処には感じられない。  
我が欲望を果たすのは、今か―――  
醜悪な妖鬼と化した口で舌なめずりをし、道満は最期の力を振り絞って晴明の身体を掴み上げようとした。  
「なっ……まだ、斯様な力が……っ!!」  
既に力尽き、滅するのみと思っていた道満の行動に、晴明は虚を突かれた形になる。  
逃れる暇もなく捕らえられ、凄まじい力が晴明の身体を締め上げる。  
「くぅっ……離せ道満!」  
双扇を取り出し、穢らわしき手を祓おうとするが、道満は意に介さず不快な嗤い声を上げた。  
「無様なものよのぉ晴明!蝕まれた身では我が手から逃れる事も叶わぬか?」  
掴んだ晴明の顔を、道満がその禍々しき舌で舐め上げる。  
「くっ…!」  
あからさまに嫌悪の表情を見せる晴明の態度に、道満の嗜虐的な欲望が膨らんでいく。  
「その顔……何時の日か屈辱に歪ませてみせようぞと思っておったが……  
我が積年の恨み、今こそその身にとくと味わうがよい、晴明!」  
 
「っ!!」  
延ばされた両手が、力任せに晴明の衣を引き裂く。  
男物の狩衣の下に隠されていた白き肌が、柔らかな曲線を描く膨らみが露にされた。  
「傀儡として踊らせている彼の男、この身体にて惑わせたのか?」  
「ひあっ……!!」  
べろり、と胸元を這ったおぞましい舌の感触に、晴明が思わず声を上げる。  
「晴明……まさか己が斯様な辱めを受ける事になるとは、露ほども思わなかったであろう?」  
道満の舌が、月の如く清らかな晴明の身体中を這いずりまわる。  
「止せ、道満……っ……!」  
ねっとりとした唾液に塗れ、晴明が苦悶の表情を見せて抗うが、道満はそれに構わず貪り続ける。  
「…ふっ…ぅんっ……!」  
舌先で両の胸の膨らみを嬲り、その中心を絡め取ると、晴明の唇から微かに艶を帯びた声が漏れた。  
それを聞き逃さず、道満の舌が執拗に胸の突起を舐め上げる。  
「あっ…はぁっ……っ……!」  
おぞましさとは別種の感覚が晴明を襲い―――身体の奥深くに眠っていた筈の『女』の部分が目覚め始める。  
「や、……はっ……ぁ…。」  
眉根を寄せ、切なげな吐息を漏らす晴明の様が、道満の情欲を煽る。  
「ほぉ……随分と甘い声で啼くものだのぉ。もっと乱れて見せるが良い!」  
「いや、…あっ……やめ…っ…!!」  
懸命に逃れようと身を捩る度に、乱れた黒髪が白い肌に貼り付き、彼女の肢体を艶かしく彩っていた。  
「稀代の陰陽師たる『安倍晴明』のこの姿、朝廷の者共が見たら如何思うかの?」  
胸を舌でねぶっている間にも、袴の裾から入り込んだ節くれだった木の如き手が、晴明の下肢を探っていく。  
「ひっ!!」  
蔓草の如く絡みついた手が、ゆっくりと大腿を伝い上っていくおぞましさに、晴明の全身が粟立つ。  
未だ穢れを知らぬ秘部へと延びるその動きが意味する所を悟り、晴明が刮目した。  
「っ……何を、道満っ……!!」  
思いもよらぬ行動に狼狽える晴明の様に、人に非ざる顔を歪めて道満が嗤う。  
「なぁに、苦痛を感じるのは初めのみよ。一度その身に快楽を味わえば抜け出せぬわ。」  
「!!道満……!!」  
「共に堕ちようぞ……晴明!!」  
晴明の秘所に押し当てられた手に力が込められ、そして―――  
「いやあぁっ……!!」  
 
悲鳴に近い叫びが辺りにこだまするかと思った刹那……晴明の身体が掻き消える。  
後に残るは一枚の札―――式。  
 
「仮初の我が身への蹂躙……満足なされたか?」  
蔑んだ眼差しを向ける晴明の言葉に、道満が我に返る。  
「晴明……我をたばかりおったか!!」  
憤怒を露に叫ぶ道満と対照的に、晴明は冷ややかに言い放つ。  
「かつての同胞たる者が死出の旅路へと赴く餞別にと、泡沫の夢を奉じたまで。  
真逆そなたが斯様な邪な振舞いに出ようとは、我も些か驚きを禁じえなかったが……。」  
道満に向けられるのは、あからさまな嫌悪の感情。  
―――最期まで女狐にしてやられたか。己の不甲斐なさを嗤いながら、道満は呪詛の言葉を紡ぐ。  
「晴明よ……黄泉にて待っておるぞ……!」  
その時こそ、其の身を斯くの如く屠ってみせようぞ……  
断末魔の声を上げながら、かつて道満であったモノは石へと変じ……そして、崩れ落ちた。  
 

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