ゆるりと、双扇が緩やかに凪ぎ、晴明が舞い始める。  
その舞は、彼の者を起こし刻の霊現の舞とは異なるもの。  
 
―――それは身を焦がす恋炎の舞。  
己の手で再び眠りについた彼の者の安らかなる眠りの為に。  
晴明は、徒、奉魂の場で舞い続ける―――。  
 
 
 
 
 
 無限の命を持つ晴明にとって、己の命の使い道は己で決める事―――それは、  
この地に白き珠を持ち降り立った時から息ついていた信念であり、宿願でもあった。  
 
 晴明が九尾から奪い、地にもたらした白き珠は、都に栄華と繁栄を齎す。  
 夢現に酔いしれる千年ノ都。  
 …が、強い光は、同時に深い暗闇も呼び込む。  
 白珠を巡って、力を奪われた九尾は勿論の事、数多の妖かし達が都に攻め入ろうとした。  
 様々な妖鬼達が狙っていたこの宝珠を守るには、己の身の中に珠を宿すのが一番。  
 ――そう判断した晴明は、自らの左目に巫術で白珠を埋め込んだ。  
 
 だが、いくら晴明が九尾の落胤とは申せ、強すぎる気は徐々に身を蝕み、  
人の身となった晴明の命を吸いとってゆく。  
 力が序々に衰え始め、身に白珠の毒気の影響が滲み出し始めていた。  
 それでも、この力を封印されている状態では、九尾も無用に儀式を押進める事は  
出来ない。  
 力を封じられた九尾を一気に屠る為に、自らの刃の代わりとして古の巫術士たる  
頼光を現世に甦らせた。  
 
 頼光と四天王は、晴明の言うままに命を聞き、妖鬼達を掃討してゆく。  
 だが、後少しで九尾との決着を―――という時になり、状況が一変する。  
 封印が緩んだ蟲達を再度水底に封印した直後、白珠の毒素が身体中を蝕んだ影響  
が深刻化し、晴明はとうとう血を吐いた。  
 周りが心配する中、晴明は努めて平静を保とうとしたが、唯一人――巫術士たる頼光  
の目は誤魔化せるものでなく。  
 
 晴明の命を救おうとする頼光と、命を捨てる覚悟を決めし晴明。  
 
 お互い一歩も引かなかったが故に、終いには無益な争いにまで発展してしまったのだ。  
 
 (何故…この男は私を救おうとするのだ?)  
 地の者が決して使う事の出来ない大巫術を以ってしても、己を押し止めようとする頼光  
の勢いは止まらなかった。  
 正に、神をも屠る恐るべき破壊――死の力。  
 「何故、その力を彼奴に向けぬのですか?!」  
 「………。」  
 頼光の答えを得られぬまま、双方ともに荒い息を吐き、全力でぶつかりあう。  
 天の麓―――晴明の隠れ住まう美しき地は、互いの力で地が抉れ、笹竹が割られ、  
花々が散り乱れた。  
 頼光が、この身から白珠を取り出し、己の命を救おうとしている――が、それは、絶対に  
させてはいけない事。  
 この力が九尾の元へ戻れば、世の終り。  
 (絶対に、引く訳にはゆかぬ…!!)  
 札を出し、手早く印を唱える。  
 「刮目なされませ。…これぞ、真の巫術!!」  
 青嵐―――月の者しか使う事叶わぬ、天の羽衣の如き風の巫術を纏い、近付く頼光を  
突き飛ばすように直撃するが、彼はものともせず己に突き進んできた。  
 「何故……頼光、何故に…そうまでして……」  
 身を捕えようとする頼光の手をすり抜け、天の断崖へと舞う様に走り去る。  
 
 
 頼光は元々寡黙な上に、閉じられた瞳からは意思を読む事が出来ない男だった。  
 ―――だが、晴明は何時しか…そんな頼光に強く心惹かれていた。  
 その感情は仲間に対する親愛や友愛の情ではなく。  
 彼を一人の男として見つめる、女としての、浅はかな恋情だと言う事に気がついたのは、  
何時からだったか。  
 心の何処かに。  
 今の彼の行動が、己が為である事が嬉しいと喜ぶ卑しい女の心が住みついていた。  
 己が使命を全うしようとする心と、女としての心。  
 二律背反の想いに、晴明の心は散々に乱れる―――許される想いでない事は、痛い程  
分かっていた。  
 「……愚かな…」  
 天の麓の中でも最も美しき場所と言われる断崖に立ち、月輪に近い月を仰いで一人呟く。  
 故郷の光は、今は優しく――晴明を包み込む様に淡い光を放っていた。  
 
 晴明を追い、断崖に来た頼光は、もはや限界が近いのか…息が上がり始めているのが分かった。  
 (……後少し…もう少し…)  
 もう少し耐えれば、巫力を失った頼光は動けなくなる―――かりそめの肉体と生を与えられた  
頼光は、巫力無しではこの現世を動く事すらままならない。  
 ―――だが。  
 「……ぐっ………!!」  
 突然の喉が詰まるような苦しさに眩暈を覚えたかと思えば、咳が喉を焼き、血を吐く。  
 白い狩衣に、朱い血飛沫が降り掛かる。  
 (いけない…斯様な所でっ…)  
 揺らいだ身体を叱咤し、体勢を整えようとするが、刻既に遅く。  
 気が付けば、目の前に己を追っていた頼光が立っていた。  
 「!!っ…くっ…」  
 血を吐いた為に術の威力が既に消えていた身に触れようとした手を、咄嗟に扇で弾く。  
 だが、それが限界だった。  
 力を失った身体は、そのままふわりと谷底に吸いこまれるかのように。  
 月に最も近いと言われる場の崖の上から身を躍らせる事が何を意味するのか。  
 (…死。…ようやく死す事ができるのか…)  
 死の直前だというのに、晴明の心は妙に晴れやかだった。  
 このまま己と共に地表に叩きつけられ、白き珠の力が霧散してしまえば良し。  
 後は、残った者が九尾を倒せば全ては収まるのだ。  
 ―――そして、愛する男の手で死す事の出来る満足感も…。  
 地表が近付き、意識が遠のく感覚にゆっくりと瞳を閉じた。  
 
 しかし、晴明を襲った感触は身を叩きつけられる激痛ではなく。  
 浮遊感と、力強い男の腕に抱きとめられる温かい感触だった。  
 (…頼…光……?!)  
 最後の最後まで、頼光は、晴明の命が散る事を拒んだ。  
 (…何故……)  
 するりと、頬に手甲の冷たい感触が触れる。  
 「…っ……」  
 白珠を埋めてある左目に印を唱えているのが分かったが、既に力無く、抗う事の  
出来ない身ではそれを止める事は出来なかった。  
「…ぅっ……」  
 印が結び終わった瞬間、身体から何かを抉り出されるような激痛に身が大きく震え、  
頼光の手によって左目の白き珠を抉られる。  
 白珠はゆっくりと空に上がったかと思えば、瞬く間に彼方へと飛び去ってしまった。  
 主の―――九尾の元へと戻ったのだろう。  
 (…なんという…事を……)  
 己の命を賭け守っていた白珠を、この男は己を助ける為に主に還してしまったのだ。  
 本来の力を戻した九尾は、止まる事無く儀式を押進めるだろう。  
 都に、星の雨が降る。  
 我が子の様に慈しみ、育てた都。  
 ―――既に妖鬼達に散々蹂躪され、廃墟と化した都に、更に無常の雨を降らせようというのか。  
 (貴方は何故……何故斯様な事を…なさるのか…)  
 その言葉は紡がれる事無く、晴明は頼光の腕の中で気を失った。  
 
 
 「………。」  
 頼光は完全に意識を無くした晴明を抱き上げ直し、息を確かめる為に顔を覗きこむ。  
 白珠を身に取りこんでいた時より幾分穏やかに戻った息に胸をなで下ろしつつ、  
その顔を見つめた。  
 ―――少々気が強めな眉ではあるが、雪の如き白い肌に整った貌。  
 夜の闇よりも深い、艶かしき黒髪。  
 (…美しい……)  
 それは、彼女の姿を見て出た、率直な感想。  
 白珠を隠す為とは申せ、髪で左半分を隠していたのが惜しい程に。  
 腕の中の麗人は美しく、正に天女の如き容貌だった。  
 
 
 「頼光さま。」  
 おっとりと指先を床につき、貞光が礼を取る。  
 「頼光さま……晴明さまの意識が戻りましてございまする。」  
 「……。」  
 「晴明さまが頼光さまを御呼びになっておりまする。」  
 「………。」  
 思ったよりも早く晴明の意識が戻った事に、頼光は安心しつつも溜息をつく。  
 争った時の傷に関しては思った程酷くはなく、どちらかといえば白珠を取り込んでいた為  
の身の衰弱の方が深刻であり、月輪となっても意識が戻らぬ可能性の方が高いと卜部が  
答えていたのを思い出す。  
 月輪は明日の夜―――  
 このまま、晴明を置いて一人で九尾の元へと戦い赴くつもりだったが、早々に意識を取り  
戻し、自分を呼んでいる以上は、赴かない訳にもゆかない。  
 「…あの―――…」  
 仕方がなく立ち上がり、そのまま晴明のいる寝屋に向かおうとした頼光を、貞光はゆるりと  
した口調で制止する。  
 「……如何した?」  
 「女人の寝屋にお通りになりますのに…厳めしい鎧着をお付けになったまま入られるので  
ございまするか?」  
 「………。」  
 確かに、晴明は女人。  
 鎧着のまま寝屋に入るのは、本来無作法極まりない行為となるだろう。  
 「…だが………」  
 「わらわが、頼光さまのお召し物を御用意致しました。御召し替えを手伝いまするゆえ、此方に。」  
 「……いや……」  
 「お手間は取らせませぬゆえ。」  
 有無を言わさぬ貞光の言葉に、断る言葉を見出せないまま、頼光は隣の間に通された。  
 
 現世で存命だった頃、頼光は使いの者に装束を整えさせるのをあまり好まなかった。  
 この位は己で付ける事位出来ると思っていたのだが、周りは決してそれを許さない。  
 ―――貴族と言うのは何とも堅苦しいものだ、と当時も思ったが。  
 仲間―――しかも、四天王の一人たる女人に使用人の如く召し替えをさせるという居心地  
の悪さもまた格別だった。  
 そんな頼光の気も知らず、貞光は丁寧に装束を着せてゆく。  
 「まぁ、とてもゆたかでお綺麗な御髪。羨ましゅうございます。」  
 普段はあまり感情が表に出ない貞光の、ひょっとして楽しんでいるのか?と疑いたくなる  
くらいの上機嫌声。  
 「あまり時間もありませぬゆえ、一つに束ねるだけにしておきまする。」  
 時間があったら、一体何をするつもりだったのか…と言う問いは敢えて口に出さず。  
 貞光は楽しそうに頼光の長い髪に櫛を通し、ゆったりと一つに束ねてゆく。  
 「…良く御似合いにございます、頼光さま。―――実は晴明様の装束の一つなのですが。」  
 「……なっ………」  
 その言葉に流石の頼光も面食らうが、普段から晴明が男の装束を纏っている事を考えれば、  
今纏った狩衣装束は男物という事で無理矢理納得する事にする。  
 
 らしくもない混乱をしつつも、全ての準備が終った頃。  
 貞光は、頼光に深く頭を下げた。  
 「……頼光さま。晴明さまを助けて頂き事、真に感謝いたしまする…」  
 「貞光…?」  
 「晴明さまが喪ってしまわれたら、わらわの帰る場所は本当に無くなってしまいまする。」  
 その言葉に含まれる哀しみの感情に、頼光は少なからず驚く。  
 『元より、わらわに帰る場所などございません。』  
 無音の里での、彼女の感情のない言葉。  
 己の故郷である里にも関わらず―――同じ一族の者だというのに、石となった人々を無表情  
に打ち砕き、地を浄化する。  
 頼光は、貞光はその幼さ故に感情に乏しいのか、と思っていたのだが。  
 だが、あの時の彼女とは全く異なる哀しみの声に―――貞光が如何に晴明を慕っているのか  
を垣間見た気がしてならなかった。  
 「晴明さまの事、努々、お身捨て置きなさらぬよう…お願いいたしまする。」  
 再度、ゆっくりと貞光が礼をつく。  
 その姿を、頼光は複雑な思いで見つめた。  
 この少女は、一体何処まで己達の情念に気がついているのか。  
 (我が身は―――かりそめの身。この戦が終れば、黄泉路へと帰すが定め…)  
 晴明も…己を甦らせた彼女だからこそ、それは分かっている筈。  
 だが、時折垣間見せる…己を見つめる切なげな瞳。  
 強き、凛とした女性だからこそ、瞳の奥に密やかに息衝く、脆き儚い恋情が浮き彫りになる。  
 何時しか、その炎は頼光自身の心情をも突き動かし―――気が付いた時には、自身も  
無限地獄に堕たかのような恋情の虜になっていた。  
 (いっそ…己が心無く、只の使役されるだけの傀儡であったなら…斯様な想いを抱く事など  
無かったであろうか。)  
 既に死している身ながら…このような穢れた身でありながら。  
 よもや現世の男女の柵に囚われてしまうとは―――不覚以外の何物でもなかった。  
 
 
 貞光に導かれ、晴明の寝屋へと通される。  
 晴明の住まう場は小さく簡素な作りの庵であり、調度も質素なものではあったが、  
そこかしらに趣が凝らしてある屋内は、彼女が知識も教養も高く、やはり宮人である  
事を物語っていた。  
 「晴明さま。頼光さまをお連れ致しました。」  
 「………。」  
 几帳に隔たれた向こう側に、晴明がいる事は―――張り詰める怒りの気配で分かった。  
 「―――では、わらわはこれにて。」  
 貞光は礼を取ると、早々に部屋から退出してしまった。  
 場に残ったのは、頼光と晴明。  
 貞光が去った後は互いに言葉を紡ぐ事も無く。  
 …苦く、重々しい沈黙が続いた。  
 
 
 「……。」  
 「頼光―――貴方が行いし事の重大さ、真にお分かりでありましょうか?」  
 どのくらいの刻が経ったか。  
 永遠に続くかと思われた沈黙を先に破ったのは晴明の方だった。  
 凛として怒りに震える…苦しさを含んだ声。  
 「何故に、四天の魂を捧げてまで…貴方をこの現世に甦らせたとお思いか?  
あまた現世に蔓延る妖鬼を掃討し、最終的に都に仇成す九尾を屠る――その為だけに、  
貴方を甦らせたと言うのに。」  
 「……。」  
 「貴方は、あろう事か…私から彼奴の力の源たる白珠を取り上げ、返してしまった……  
………私の命を、救う為に……」  
 最後の呟きは震え、消え入りそうな程小さな声だったが、頼光の耳にははっきりと届く。  
 晴明は、また、あの苦しく、切なげな瞳をしているのだろうか?と思うものの。  
 几帳に隔てられ彼女の表情を伺い知る事は出来なかった。  
 ―――そして、そんな晴明の様子も気にはなるが。  
 頼光は、ずっと疑念に思っていた事を口に出す。  
 …この場でなければ、決して聞く事が出来なかったであろう疑念を。  
 「晴明。我は貴女にずっと聞きたい事があった。」  
 「……何でござりましょうか?」  
 突然の頼光の問いを怪訝に思いつつも、晴明が返事を返してくる。  
 「貴女は、あの九尾の関係が有りし者なのではないか?」  
 「…っ!!」  
 
 思ってもみなかった頼光の言葉に晴明は驚く。  
 「此度、貴女と手合わせをして分かったのだが…貴女の使う巫術は基本は同じであれど、  
上位巫術は全てこの地のものにあらず…異邦の地の巫術。」  
 「………。」  
 「――言うなれば、貴女はこの地の者ではないという証。そして、貴方の気は…あの巨妖  
に恐ろしいほど似通っている。」  
 頼光がこの疑念を持ったのは、先に天の麓で手合わせした時以外にもあった。  
 かの将門が閉じ込められていた石牢、封珠院において偽の晴明が出現した際。  
 仮にも大巫術士と言われていた頼光ですら騙されていたのだが、それは、偽者の気の流れ  
が晴明とあまり変わらぬ所為もあった。  
 後に、あの偽晴明が九尾の作りし式――傀儡であった事が明らかになったのだが。  
 一方、晴明の方は改めて、頼光の勘の良さに驚く。  
 そして、こうなっては、もはや隠し様が無いと観念する。  
 「…流石、古の大巫術士と謳われた御方……その通りです。我は、人にあらざるもの。」  
 「………。」  
 「我は天に在りし月の住人。そして、あの九尾も。私は……九尾の、落胤と言えば宜しい  
のでありましょうか。」  
 落胤―――隠し子。  
 なれば、九尾と晴明は、血の繋がる親子と言う事になる―――己の手に触れる事すら  
畏れ多い、天人という事にも。  
 だが、頼光が最も懸念していた事は―――  
 「では、そなたが九尾を屠る事は――その手助けでも即ち『親殺』となる。」  
 自らを生み、育んだ親を殺す事は、現世でも最も重い大罪と言われ、来世までその罪を  
背負い贖う事になると言われていた。  
 「わかっております。」  
 「では……」  
 「今の貴方に、完全に力を取り戻した九尾を止める事は出来ぬでありましょう。  
それに…今更、私の罪が一つ増えたとて、何の苦しみがありましょうか。」  
 
 あまりにも事も無げに答える晴明に、流石の頼光も苛立ちを覚える。  
 彼女は、何故そうまでして罪に固執するのか。  
 天人たる女人が、地の者に命を賭してまで――自らの親を屠るという大罪を犯してまで。  
 「貴女が、一体何の罪を犯したというのだ?!」  
 珍しく弁舌で荒げ声の頼光に晴明は驚き、心の何処かで嬉々とする。  
 ―――彼が己の為に、怒りをぶつけてくれる。それだけ想っていてくれていると。  
 浅ましい女の心に晴明は懊悩する。  
 「私が月から齎し、都に献上した白珠は、恵や繁栄を齎すだけではなかった。  
結果として闇を呼び込み、ついには都を崩壊させてしまった。」  
 「……。」  
 「大勢の地の人々の命の火が、私の齎した白珠によって散った。自らが救う事叶わず  
消えていった灯火。…これを、大罪以外の何と言えましょうか?」  
 自らが良き事と考え、齎した物は破壊をも招く力だった。  
 『過ぎた力は身を滅ぼす』――以前、李武が呟いた言葉が、痛い程に晴明を責め苛む。  
 「その罪を贖うべく、命をかけて彼奴の力を身に封印し、共に死す事こそ己の宿願だった。  
されど…一人の男が、それを阻んだ。」  
 晴明の声が震え始め、頬を涙が伝う。  
 「私から罪を贖う機会…死を奪った、憎き男を―――私は愛してしまった。」  
 最後の告白は小さく、既に涙声で震えていた。  
 「……。」  
 「……貴方は彼奴を倒す事より、私の命を救う事を良しとした…それを、嬉しいと思った  
卑しき女心も―――また罪深きでありましょう。そうは思いませぬか、頼光。」  
 
 晴明は一つ大きく息を吐く。  
 「――これは卑しい女の戯言にござります。」  
 「晴明…」  
 「どうか…これ以上、私を惑わせないでくださいませ。―――哀れで浅ましい女と嘲笑い、  
このまま地に捨て置きなさいませ。」  
 淡々と答える晴明の声は凛々として美しく―――儚い程、痛々しかった。  
 「…話は以上です。明日は、月輪。全ての決着は、我のこの手で。貴方の力では、完全な  
力を取り戻し九尾にはとうてい敵いませぬ。」  
 「それはゆかぬ、晴明。これは我の責。九尾と刃を交えるは、我の―――」  
 「…何故、貴方は斯様な事をおっしゃるか…!」  
 あくまで引こうとしない頼光の態度に、今度は晴明の方が怒りに震え出す。  
 「貴方は、何故私から贖罪を果たす機会を奪うのか…っ!何故、斯様な…っ…私の身や  
命など、貴方には関係の無き事でござりましょう!!」  
 慕っている―――心から愛す女の心無き言葉に、蟠っていた頼光の怒りが頂点に達する。  
 何時の間にか頼光が互いを隔てていた几帳を跳ね除け、そこに立っていた。  
 「………頼光?!」  
 そこにいた晴明は普段の狩衣姿ではなく、黒髪を解き、夜着に肩から単と言う簡素な姿。  
 静かに涙を流す憂いた表情を、慌てて扇で隠そうとする―――哀しくも艶かしい、姿。  
 「………!!」  
 扇を持つ手を掴み、逃げようとする身を引き寄せて感情が赴くままに強く掻き抱く。  
 男物の狩衣を身につけてる時には分からなかったが、事の外、細い身体。  
 その華奢な肩に、全ての罪を背負おうとする――逞しく、そして脆き女。  
 高潔なまでの魂に、亡者たる己が強く惹かれた。  
 …それが、許されぬ想いだと知りながらも。  
 
 「お止めなさい、頼光っ…これ以上は…なりませぬ…っ」  
 するりと髪を梳き、身を優しく撫でる掌の動きに、耳に掛かる温かい息に、頼光が何を  
しようとしているのか。  
 それに感づいた晴明は驚き身を突き放そうとするが、そんな身を頼光は殊更強く抱き  
締めかえす。  
 「何故…御分かりになって頂けぬのですか?貴方と私が交わり、契りし事は、現世の  
理に反する事にございますれば…」  
 月の天人――言うなれば穢れない天女と、生前は死を司りし死神、死して一度黄泉へ  
と降り――かりそめの肉体を持って甦った地の男が愛しあい、契る。  
 真に神をも恐れぬ行為。  
 「我は既に亡きたる卑しい身でありながら、神にも等しい天女に心奪われ、その身を  
辱めようとしている。これ以上の大罪はあろうか?」  
 愛おしそうに晴明の黒髪を梳き、額に、頬に、優しく触れるような口付けを施しながら  
頼光は恍惚と答える。  
 「貴女が罪で地獄に堕ちるというのであれば、この大罪を持って我も共に堕ちようぞ。  
それに…我が身は既に浄土に逝く事など出来はせぬ。」  
 その言葉に突き撥ねようとしていた晴明の手から力が抜け、身を成すがままに頼光の  
腕に預けてきた。  
 「理に反する恋情に身を焦がすか。…真、愚かで浅はかなり。……私も、貴方も……」  
 諦めに近い独白。美しい瞳からは絶え間なく涙が伝っていた。  
 「愚かでも卑しくとも浅はかでも構わぬ。貴女をこの手に抱く事が出来るのであれば、  
天の神にも地獄の閻魔にも逆ろうてみせる。」  
 その鮮烈な男の物言いに、晴明の心は決まる。  
 「もはや…貴方も、私も…後戻りは出来ませぬ―――それでも宜しいか?」  
 頼光の肩にゆるりと腕を回し、頼光の唇に触れる程度の口付けを儀式のように施した  
晴明を強く抱きしめる。  
 「何度も斯様な事を…我の心は初めから決まっておる。」  
 
 
 触れるだけの口付けは、何時しか深いものに変わろうとしていた。  
 ―――男と女の情交や睦みあいの過程を、晴明は知らない訳ではない。  
 今まで、幾度か身の危機が迫った時は全て式に身代わりをさせていたのだ。  
 男が、欲望のままに己の形を掻き抱き、弄ぶ。  
 その光景を、蔑み、嫌悪の目で見詰めながら、自身は絶対男に触れさせまいと  
心に誓っていた。  
 それ故に、深く重ねた唇に―――頼光の舌が口内に侵入する感触に驚き、咄嗟  
に離れようとする。  
 頼光は、そんな晴明の頭を優しく押さえ、逃げ様とする舌を捕らえて絡めた。  
 「…っ…ふ…んぅ………」  
 互いの舌が湿った音をたて、厭らしく絡み合う――生々しい感触。  
 それでいて頭の芯が甘く、ぼぅっとするような。  
 頼光の手によって少しずつ己を変貌させられる感覚に。  
 これから行われるであろう行為に、晴明は恐れ慄き、身を凍らせる。  
 その震えを頼光は感じ取ったのか。  
 「…我に、全てを委ねられよ…」  
 重なっていた唇が離れ、心地のよい低い声と熱い息が晴明の耳元を擽る。  
 「………はい……。」  
 きつく衣を掴んでいた手が離れ、しなりと腕が肩に回された。  
 それを合図に、再度唇を合わせ、互いにゆるりとその場に倒れこむ。  
 
 襟を開き、露にされた胸元は雪の様に白く、その清らかな美しさに頼光は暫し見惚れた。  
 「…ぁ……」  
 今だかつて、まだ誰にも見せた事も無ければ、触れさせた事もない身体を、自らの意で  
彼の前に曝け出す。  
 その行為の恥ずかしさの余り、晴明は瞳をきつく閉じ、朱に染まる顔を腕で隠した。  
 「……あまり…凝視しないで下さいませ…」  
 そんな恥じらいの姿すらも、今は頼光の欲を刺激し、誘発させる材料の一つになっていた。  
 両の胸に触れてゆるゆると揉みしだき、指先で紅い胸の飾りに触れ、舌を絡ませる。  
 「…は……ぅ…っ…」  
 舐り、吸い上げてやれば、晴明の口から、吐息のような喘ぎが漏れ。  
 裾を割り、滑らかな大腿を撫上げてやれば、大きく身を震わせ。  
 互いの絡み合う素足の感触が、思いの外恥ずかしいのか…もぞりと動かして閉じようとする。  
 そんな初々しい晴明の艶姿に急く欲を抑え、己を受け入れる準備の為に、膝を開き、  
身を割り込ませ、白い両の足を肩に抱えあげた。  
 「あっ………!!」  
 己でも凝視した事の無い秘所を曝け出される――恥ずかしい事この上ない。  
 「お、おやめ下さい…っ…」  
 慌てて手を伸ばし秘所を隠そうとするが、その手は頼光にやんわりと掴まる。  
 「…男を受け入れるのは初めてであろう…しかと慣らさねば、御身を苦しめる事となる…」  
 彼の言っている事が分からないでもないが。  
 その行為の恥ずかしさの余り、まるで子供の様に嫌々と首を振る晴明―――普段の凛と  
した彼女からは露程も想像がつかない。  
 頼光から見れば、そんな様がまた愛おしく、更に情欲を掻き立てる事に彼女は気が付いているのか…。  
 
 嫌悪感を露にする顔に触れ、甘い吐息を吐く唇を塞ぐ。  
 「ふ…っ…んん……」  
 そのまま、片方の掌を股間に滑らせ―――  
 「…ん…っ!!…んん……」  
 密やかな花弁に、無骨な指の感触が触れ、花芯を嬲る。  
 そのまま、既に愛液を滴り始めていた秘所に、つぷりと一本の指が押入った。  
 「っ…つっ………」  
 塞がれた唇が離れたと同時に、晴明から苦痛の声が上がる。  
 初めての痛みと異物感に、ひくりと身を震わせるが、首筋から胸を伝う頼光の舌が下腹部を伝い  
――ぴちゃりと濡れた音が耳につく。  
 移動した頼光の頭が、信じられない個所に…。  
 「や…頼光……ふっ…あぁ……っ!!…くっ……」  
 己の穢れた部分に、ぬめった温かい―――舌の感触が這い回る。  
 「や…やめ……あっ……く…ぅ……」  
 引き剥がそうと頼光の髪の毛を掴むが、閉じようとした己の膝に挟まれた頭は一向に動かない。  
 「ふ…うぅ…ん…っ…」  
 ともすれば高く上がりそうになる喘ぎ声を抑えようと唇を噛んで耐えようとするが、もどかしいような  
愛撫と、秘所を開かれるほんの少しの甘い苦痛に、身が蕩かされてゆく。  
 だが。  
 女性の慣れた扱いと愛撫に、晴明の心は、熱を持つ身体とは裏腹に暗く曇った。  
 頼光の外観年齢から見ても、都人の貴族の営みから見ても、彼が生前において妻の一人や二人  
は娶っていたであろうという考えが脳裏を過る。  
 (…嫉妬…この私が………)  
 彼を強く想う度に、受け入れる度に…こうして、1つ1つ、己に女の脆さと醜さを見せつけられる。  
 恐ろしいまでの情念と独占欲。  
 こんな自分は知らない―――いや、知りたくなかったというのが正しいのか。  
 
 「っ…くぅ…っ…!!」  
 晴明の思考の深さを遮ったのは、秘所を掻き回していた指が増えた事による苦痛と感覚からだった。  
 だが、慣らすように掻き回していた動きから、深く押し広げるような動きに変わるにつれ、少しずつ、  
もどかしい感覚よりも…初めて男を受け入れる恐怖の方が大きくなってゆく。  
 一方、頼光の方は逸る心と溢れ出さんとする欲を押さえ、丁寧に己を受け入れる狭き個所を慣らす。  
 苦しめないよう――出来るだけ負担をかけぬよう。  
 「ぁっ……くっ………っ」  
 だが、幾ら丁寧に慣らし、唾液と愛液が滴り滑るようになってきたとはいえ、晴明の苦痛に喘ぐ声と  
憐れな表情を見るにつけ、これ以上無体な真似は出来ないとさえ思えてくる。  
 そして、この眩しい程に清浄な肉体を、穢れた我身で散らしても良いのかという不安も―――  
 だからこそ、白き足の間に身を割りこませ、己が凶器を密やかな秘所に押し付けた時。  
 晴明がびくりと大きく震えたのを見て、最後の理性が頼光に歯止めをかけた。  
 「晴明……貴女が辛いのであれば、これ以上の無理強いはせぬ。」  
 「……っ…頼…光……」  
 ―――怖い。  
 初めて、恐怖というものを感じる…が、その先にあるものを晴明はまだ知らない。  
 見聞きでは知ってはいても、己が身には体感した事など無く。  
 それ故か…行為の最中にも関わらず、少々の好奇心を捨てる事が出来ない事を苦々しくさえ思えてくる。  
 男と一つになるという事が、一体どういう事なのか―――ここまでして、愛し慕う男に身を委ねる行為に  
果して悦びはあるのかという疑問。  
 …彼は今まで見てきた欲深き男達とは違っていた。  
 己が欲情を抑えてまでもこの身を労ってくれる――――優しい男。  
 ――この欲魂を受入れる事で純潔を捨てる事に関しては…この男と一つになる事に対しては、  
己の心に異存も後悔もなかった。  
 
 それが、この現世で許されざる罪としても。  
 
 ――――なれば。  
 一つ息を吐き、己を心配して顔を覗き込む男を見つめ直す。  
 「……構いませぬ…私を、この身を…貴方のものに……」  
 逞しい背に先を促すように二の腕を回して抱きつき、美しく延びる艶やかな黒髪を手に絡める。  
 「…晴明……」  
 その言葉に、促すような行動に―――細い糸一本で繋がっていた理性は崩れ去った。  
 細腰を固定すると、負担をかけないように狭き個所に頼光が進入してゆく。  
 内を慣らしていた指とは比べ物にならない大きさの塊が、淫靡な音を立てて秘所に進入する。  
 「…くぅ…っ…!!」  
 ゆっくりと慣らす様に動きながらの進入であったが、未通である晴明にはそれすらも苦痛になった。  
 「…少し、楽にすると良い…体に力を入れては、内を傷つけてしまう……」  
 「ぁ…っ……」  
 だが、初めて受け入れる身体は、晴明が思うようには動いてはくれない。  
 考えれば考える程、痛みと緊張から身を強張らせさせてしまう。  
 晴明の負担と苦痛を少しでもやわらげ様と、豊かで柔らかい乳房を愛撫し、指で花芯を嬲る。  
 「…んっ…ふ…ぁあ…っ…」  
 舌や掌、指の動きに浅ましくも快楽を見出した晴明は、意識を出来るだけ其方に集中しようとする。  
 緩やかな愛撫に、少しだけ身体から力が抜けた瞬間。  
 濡れた音と共に、頼光の物が一気に晴明を貫いた。  
 
 「―――っ!!」  
 声にならない悲鳴が晴明から上がる。  
 痛い。  
 身に負う外傷など比べ物にならない程の、身の内から割り裂くような激痛。  
 かつて味わった事の無い…これが、破瓜の痛み。  
 「辛いか…?やはり…」  
 「大丈夫に…ございますれば…っ……」  
 痛みを堪え、必死に受入れようとする様がまた愛おしく。  
 惹かれるように、荒く息を吐く唇に触れ、深く重ね。  
 そのまま、ゆるりと腰引き、再度最奥まで突き上げる。  
 「っ…!!あっ……」  
 裂いた楔が、己の身体の浅き深きを突き抜きする―――苦痛の中にある、おぞましくも、蕩けるような  
甘美な感触に、晴明は訳も分からずに悶えた。  
 繋がった個所から突かれる度に溢れ立ちあがる濡れた音は、晴明の唇から漏れる苦痛の喘ぎと混ざり、  
淫蕩な調和を醸し出す。  
 苦痛を耐える晴明の表情は痛々しくも酷く艶かしく、被虐的な欲さえも掻き立てる。  
 美しい黒髪は乱れ、仄かに紅く染まる白き肌の上に散らばり。  
 普段の清凛とした彼女からは想像もつかぬ程―――艶やかに花開き、色めく淫らな姿。  
 だが、相反して、苦痛に、欲に―――快楽に恥じ、必死に耐えようとする切なげな姿。  
 今まで見た事が無い彼女の様を見るにつけ、頼光は…己が欲が暴走して止まらなくなる感覚を  
初めて味わう。  
 もっと奥深くへ、花開きし身の彼女の全て侵食するが如く。  
 無意識に、貪欲なまでに彼女を求め、掻き抱いた。  
 
 欲のままに汗で纏わりつく寝着を肌蹴け、耳や首筋に舌を這わせ、頬を伝って唇に触れ。  
 片方の掌は柔らかな胸を揉み上げ、紅く立ちあがる果実を弄る。  
 その間も身を突き上げる動きは止む事無く、繋がった陰部からは、絶え間無く濡れ湿った  
音が厭らしく響く。  
 「あ…っ…あぁっ…く…っ…」  
 快楽より先に苦痛を享受する身体は、つい先程までは男を知らなかった穢れ無き肉体。  
 だが、頼光が齎す熱の篭る愛撫は、苦痛と共に、身の奥からぞわりと駈け上がる甘美な  
感覚を呼び起こした。  
 熱に浮かされる表情を曝け出す恥ずかしさに、顔を背けて両の腕で隠すが、即座に取り  
払われて唇を深く重ねられてしまう。  
 「んんっ……ふ…ぅ…っ…ぁっ…」  
 行き場を失った腕は、無意識に床を掴み、激しい男の動きから逃げ様とするが、頼光は  
それを許さず、逃げ様とする身を押さえ、更に深く――最奥を抉られる様に突き上げた。  
 「くっ…や…っ…ああっ……!!!」  
 突かれる度に無意識に喘ぎが上がり、身が打ち震える程の痛みと――淫靡な感覚を味わう。  
 奥深くを突かれる事は今だ苦痛ではあったが、それ以上に何かしらもどかしく。  
 頼光の荒々しいまで動き、愛撫に翻弄され、苦痛に涙を流しながらも。  
 晴明の身は、この男に激しく弄られ、辱められ、征服される事を待ち望んでいた。  
 (…何とも愚かしい女の肢。自ら、貪欲に男を望む様になるなど―――)  
 だが、そんな嘆きすらも―――今は心地良い程に、晴明の身も心も蕩かしてゆく。  
 
 「はっ…あぁっ…!!ぁっ…くっ……」  
 突き上げる動きはいよいよ激しくなり、互いに限界が近付いている事を知らしめていた。  
 晴明は床を掴んでいた腕を頼光の背に回し、翻弄される身を繋ぎ止め様と必死にしがみ付く。  
 「…晴明……」  
 「ぁ…っ…頼…光……頼光っ…!!」  
 心地よい低い声と息が耳から吹きこまれれば、頭の芯まで響き、官能を刺激され。  
 自らも愛おしく名を呟いて自らの唇を頼光の唇に押し当て、舌を絡ませる。  
 激しく身の内を抽出する動きに、晴明は何時しか自らも貪る様に腰をうねらせていた。  
 (…なんと浅ましい事か…こんな……私は……っ…)  
 心は軋むが、身は歓喜で打ち震え―――瞬間、激しかった動きが止まる。  
 「……くっ………!!」  
 「…っ…ぅ…っ…ああぁ…!!」  
 熱を放たれる感触に晴明は瞳を見開き、大きく身を震わせた。  
 内に注ぎこまれる大量の男の「気」に、晴明の意識が朦朧としてゆく。  
 必死に頼光にしがみ付いていた腕が滑り―――力無くはたりと落ちた。  
 
 
 月輪に近い月の光が戸の隙間から差込み、まどろむ2人を淡く映し出す。  
 「…真に…辛くは無かったか?」  
 やはり、初めての情交は晴明の身には酷だったのか―― 一度気をやった後、晴明が目覚める  
までに少々時間を要した。  
 身をゆるりと抱き寄せ、子をあやす様に髪を梳き様子を窺う。  
 「……大丈夫に…ございます…」  
 儚い笑みを浮かべ、頼光の胸に顔を埋めてくる――そんな仕草すらも頼光にとっては愛おしく。  
 そんな甘く淡い時間の中、晴明がひっそりと言葉を紡ぐ。  
 「…頼光……私は貴方にお聞きしたい事があります。」  
 「…何なりと。」  
 「貴方は何故、私に九尾を屠らせたくないのでございますか?」  
 「……。」  
 「先に申した通り――私は、今更、罪の一つや二つ増えようと恐るるに足りませぬ。  
…ですが、貴方の物言いには、何故か掛かるものがあります。」  
 ―――やはり、晴明は賢しく、そして酷く勘の鋭い女人だと頼光は思う。  
 大切だから、愛する者だからこそ、これ以上、現世の罪に捕われて欲しくない。  
 だが、それ以外にも、あるとすれば―――  
 「我は―――その昔、時の朝廷の定めた「寿命帖」に従い、人々に死を齎す任に着いていた。」  
 「…人の死なぬ結界有りし陽の都。時の朝廷で、唯一不死の人々に死を齎す事の出来る一族。  
…貴方が、その一族で在った事は存じ上げております。」  
 一族の贖罪を果たす為、黄泉津比良坂姫の命に従い、妖鬼を掃討する宿命を背負った源の男。  
 尤も強い力を持って生まれたが故の、彼の不幸…。  
 そんな彼の存在を知り、自らの刃の代りとして甦らせたのは他ならぬ晴明自身。  
 尤も、それが全ての始まりだったのだが。  
 「死が失われた世で、己のみが誰よりも「死」に身近であった。何時しか、我は、常にこの身が  
穢れていると感じるようになった。」  
 「……。」  
 「斯様な時、何時もの様に寿命勅令が朝廷より宣旨された。  
…―――勅令は実の父の寿命を果たす事だった。」  
 「…それは…っ…」  
 
 時の朝廷自らが、子に親を殺せと言う。  
 ―――真に罪深き人の業。  
 晴明は驚き、秀麗な表情を曇らせた。  
 「…我に、父の命を奪う事は出来なかった。任を放棄し、逃げた我を朝廷は許しはしなかった。」  
 「頼光…。」  
 「しかし、例え任とて、我が父の命を奪う事など出来ようか…っ」  
 「頼光…もう良いのです…」  
 慟哭する男を自らの胸に抱き寄せ、先に頼光が己に施した様にその頭を優しく撫でる。  
 彼が、何故あれ程までに『親殺』に拘ったのか。  
 過去の彼に起こった出来事を考えれば、晴明が行おうとしている事が、如何に浅はかで愚かな  
行為に写っただろうか。  
 だが、この地に浄化と言う名の滅びを齎そうとする九尾――月の神を、晴明は許す事は出来なかった。  
 永遠の命を持つ者が、限りある小さき命を滅ぼすなど―――  
 「……晴明…貴女は、真に天女なのだな。」  
 「…え?」  
 思いもかけない頼光の言葉に、晴明は少し驚く。  
 「斯様な黒き穢れ…死を纏う男を、その清らかな御身に刻み受け入れ―――心をも慰めるか。」  
 頼光の物言いに、晴明はゆるりと笑みを浮かべる。  
 「貴方は、現世でも来世でも唯一人…私の背の君になられた御方にございます。」  
 「晴明……」  
 「だからこそ、私は…貴方を斯様な形で失いとうございませぬ。」  
 頼光の顔に掛かる乱れた黒髪を、白き指が丁寧に掻き分ける。  
 そのまま両の掌で頬を固定すると、強き眼差しを頼光に向けた。  
 「…これは、私の一の願いにございます。私に我が神…母を、九尾を屠る行為を何卒お許しくだされませ。」  
 「晴明……」  
 
 「何度も申し上げている通り…完全に力を取り戻し九尾は貴方の身に重すぎますれば。  
それに―――私は、貴方がお父君に持たれていたであろう親愛の情を、彼奴へは持ち合わせては  
おりませぬ。」  
 気貴く、凛々しく、美しく――儚くも眩い光を放つ月天の女。  
 頼光が心奪われた天女は、己が信念と目的があらば自ら神を――親を屠る事さえ厭わない。  
 その身に降り掛かる災厄など心にも留めない、逞しい女だった。  
 「……最早、何を言っても、貴女が引く事はあるまいな…」  
 「頼光…」  
 己の行動を認めてくれた事が嬉しかったのか。  
 晴明は、憂いの表情から一転して凛々とした表情で頼光に微笑む。  
 その表情にしばし見惚れ、頼光は頬に触れている白き掌を取り、その指に唇を寄せる。  
 「晴明…貴女には、やはり憂いの貌よりも、凛々とした貌の方が気貴く美しい。」  
 その言葉に、ふと…晴明の表情が曇る。  
 「私は、貴方が思う程強き女ではありませぬ…」  
 「晴明……」  
 「貴方は何れ深き眠りに就く――私は貴方を追う事も叶わず、死す事も叶わぬ…死を齎すという  
貴方の力、何故か我が身には通じませぬ。」  
 何時かは来るであろう別れの刻。  
 身を蝕む苦痛すらも凌駕する切ない想いに、晴明の瞳から涙が伝う。  
 「ならば、せめてその眠りを私自らの手で賜ろうと思ったまでの事。彼奴に、貴方の命は奪わせませぬ。」  
 「……晴明……。」  
 愛する男を自らの手で眠りに導く―――  
 愛する女の手で賜る冥々たる眠り―――  
 「正に、罪深かき愚か者達が歩むにふさわしい…永遠に続く煉獄への標灯とは思いませぬか、頼光。」  
 「………真に。」  
 触れ合わせていた互いの指を絡ませ、深く重ね合わせて強く握り締める。  
 どちらとも無くゆっくりと唇を触れ、貪る様に舌を絡めた。  
 
 汗で艶かしく乱れる黒髪と共に、柔らかな身を逞しい腕が掻き抱く。  
 儚き身を貫く度に上がる、苦痛の混ざる甘い吐息と声。  
 頼光の長き黒髪が、晴明の細き白き足に絡まる。  
 ―――深く肌を重ね逢えば、別れの刻が苦しくなるのを分かっていても。  
 月は沈み、真の宵闇がきても、飽く事無く互いを求め合い睦みあう。  
 永遠に来ないであろう想い人との逢瀬を、互いの身に、心に刻み付ける為に―――  
 
 
 
 
 
 度重なる睦みあいに気をやり、晴明が頼光の腕の中で深き眠りに入った頃。  
 頼光は一人で戦いの終止符を打つ為にひっそりと立ち上がる。  
 何時の間にか傍に置いてあった清め水と衣布で、己の全てを受け入れた晴明の身を清める。  
 ―――彼女が起きないよう、細心の注意を払いながら。  
 ある程度清め終わった後、安らかな眠りを浮べる晴明に自らが付けていた衣を掛け、まろい額に  
そっと口付けを落す。  
 「…許せ………。」  
 代りに晴明の掛けていた上着を身に纏い、音も立てず閨から退出する。  
 
 庭に通じる渡廊下に出ると、そこでは貞光が鵺と戯れていた。  
 「…貞光……。」  
 「……頼光さま…往かれるのでございまするか。」  
 腕に止まっていた鵺をそっと放し、ゆるりと頼光に顔を向ける。  
 「寝屋に清め水を置いておいてくれたのはそなたか。…真に感謝する。」  
 …それは、この幼き少女に己達の情事が全て筒抜けだった事を示すのだが。  
 当の貞光と言えば、相変らず、感情の読めない顔でおっとりと笑みを浮かべ、礼をとる。  
 「…いえ。これもわらわのお役目の一つにございますれば。何卒、御気に留めなさらぬよう。」  
 そのまますっと立ち上がると、先に着替えを施した部屋に頼光を導く。  
 「頼光さまの鎧と剣はここに。」  
 側に置かれていた鎧を自ら付け、奉魂の剣を手にする。  
 「……晴明の事、しかと頼む。」  
 最後に、入り口で黙って控えていた貞光に声をかけ、そのまま外へと飛び出す。  
 
 
 「御意にござりまする。―――御武運を。」  
 
 
 一人、九尾の待つ月の御座に向かいながら頼光は考える。  
 晴明は、怒り乱れるだろうか―――  
 (…いっそ、苦しみ憎んで、我の事など忘却の彼方に押遣れば良いのだ…)  
 それが、彼女にとっての幸であれば。  
 ―――ふと、脳裏に響く軽やかな鈴の音。  
 『残されて生き続けるという事は、果てのない苦しみよな…ライコウ。』  
 「………。」  
 遠き昔に聞いた黄泉比良坂姫の言が、何故か脳裏に思い出された。  
 ――永劫の刻を生き続けなくてはならない彼女の傍に、己は居てはやれぬというのに。  
 残されし者の苦しみは、己自身も嫌という程味わっているというのに。  
 それでも。  
 愛する女に、これ以上現世の罪に捕われて欲しくないと願うのは只の男の我侭か。  
 これからも生きて、幸せになって欲しいと願うのは虫が良過ぎると言うものなのか―――  
 (…神よ…罪を背負うは…地獄の淵へ堕さるるは、我の魂のみで十分。)  
 罪の無い数多の人々を死に至らしめてきた罪。  
 晴明から甘美な死という選択を奪ったのも―――清凛な天女を穢れた己が身で辱めた事も罪。  
 そして、愛しき人の親に死を齎すのも。  
 ―――あまりの滑稽さに、口元に微かな笑みが零れる。  
 (…我も晴明と同じ。『罪』に固執し、陶酔しておるのだな。)  
 彼女に罪に捕われるなと答えておきながら――――。  
 
 
 晴明が気が付いた時、既に夜は明け、月輪の夕刻を迎えていた。  
 (斯様な深き眠り…暫くはなかったものだ……)  
 寝返りをうち、ふと、身を抱きこんでいた温もりがない事に気が付く。  
 ゆっくりと瞳を開きけば、共寝をしていた筈の頼光の姿は無かった。  
 「…頼光……?」  
 乱れた黒髪を掻き上げ、気だるげに身を起こす。  
 身に掛けられていた衣が肩からするりと落ち、白い肢体が冷たい空気に晒される感触に  
びくりと身を疎ませる。  
 己の姿が、衣一つ着けてない裸体と分かるや否や、慌てて衣で身を包み隠す。  
 (そうだ…私は……)  
 昨晩、頼光によって身に刻まれた濃厚な情事を思い出して頬を染めるが。  
 それと同時に瞳から涙が溢れ出す。  
 ―――想いが通じた嬉しさと共に、苦しみに項垂れる。  
 (愚かな…私は、真に愚かで卑しい女だ……)  
 抗おうと思えば、跳ね除ける事など容易かった。  
 それを受入れたのは――徒ならぬ、晴明の女としての恋情から。  
 (…頼光…は…何処に……)  
 彼に、この恨み辛みを聞かせるつもりは無かった。  
 だが、周りを見ても姿の見えない―――気配が無い男に、不信感を覚え…ふと、身を包んだ衣を見やる。  
 身に掛かっていたのは、頼光が着けていた己の衣。  
 「…っ!!」  
 『後朝』の意味合いを含むその行為に、晴明は絶句する。  
 頼光は彼女を置いて一人往った。  
 最後まで、この世で最も深き大罪―――親殺しを、晴明に背負わせない為に。  
 「…何故…っ…斯様な……!!」  
 堕ちるなら、共に。  
 あの言葉は嘘偽りだったか。  
 残された衣を握り締め、彼を追うために立ち上がろうとするが、腰の辺りを痛みが襲い、  
その場に崩れ落ちてしまった。  
 
 「……く…っ……」  
 たった一夜の交わりで。  
 彼の手で、真に女に開花した身体。  
 身はある程度清められていたが―――  
 床に付く微かな血。  
 身に染みつくほのかな頼光の匂い。  
 何より、身の内に蟠る…女である己とは異質の、男の気。  
 それらが全て―――昨晩行われた濃密な情事を物語っていた。  
 だが。  
 今は、そのような余韻に浸る暇も無く。  
 鈍痛を訴える身を叱咤し、即座に衣の袖を通し、乱れた髪を櫛通し束ねて身支度を整える。  
 穢れなき清らかだった身を男に触れさせ、その気を体内に取りこんだ事で月の巫術を使えなくなる  
かもしれないと思っていたが―――巫力は衰えるどころか、以前よりも増しているのが分かった。  
 (身を交じらせる事で、霊力が上がるという話を聞いた事があったが…)  
 異教の教えだと嘲笑っていたが、いざ己が身にかかってみると成程、と思えてくる。  
 尤も――彼以外の男に身を任せる事など、考えたくも無かったが。  
 
 
 足早に廊下に出れば、そこには貞光が控えていた。  
 「貞光、頼光は…」  
 「頼光さまは、彼奴が居りしの月の御座へ向かわれましてございまする。」  
 ―――やはり。  
 彼は、自分を置いて、一人で九尾の元へと向かったのだ。  
 「…何故、頼光を止めなかったのですか、貞光。」  
 「わらわに、強き意思を持ちて往かれた頼光さまを止める事あたわず。」  
 「頼光が、彼奴に屠られても構わぬと?」  
 貞光を責めるのは間違っている。  
 責めるべきは、自分を置き唯一人で戦いに赴いた頼光―――そう分かっていても、晴明は  
沸き上がる苛立ちを押える事が出来なかった。  
 だが、貞光は思いもかけない言葉を晴明に向ける。  
 「…晴明さまは、頼光さまの御力を信じておられぬのでありましょうか?」  
 「貞光……」  
 あくまでおっとりと―――だが、強い意思で答える貞光の声に、晴明は羨望さえ覚える。  
 「晴明、それ以上貞光を責めるでないぞよ。」  
 「李武……」  
 何時の間にか、その場に李武が立っていた。  
 李武は、やんわりと、諭すように晴明に語りかける。  
 「あの男は、自らの心で、都を――御主を救う為に往ったのじゃ。」  
 分かっている。  
 己が大罪を自ら被ろうとする、優しき彼の者の心。  
 ―――分かっていても、晴明の心の動揺は静まらなかった。  
 「晴明さま!」  
 貞光が慌てて叫ぶが―――晴明は何も言わず、その場を駆け出す。  
 
 
 晴明までも往ったか…やれやれ、月輪の星降に脅かされておる残された都人達を、  
誰が避難に導くのか。」  
 「李武さま…庇い盾して下さり事、真に感謝いたしまする。」  
 「気にするでないぞよ、貞光。晴明は、身を置き捨てされた上に、恋焦がれる男の危機で  
散々乱れておるだけの事じゃ。」  
 「御意にござりますれば。」  
 李武はかっかと高く笑い――――大きく息をつく。  
 「天津の光と命を纏う天女は甘美な死に焦がれ、宵闇の死を纏う亡者の男に魅せられた。  
男もまた、死というものを寄せ付けぬ気貴き女に惹かれた。」  
 その先にあるのは、永遠にも似た別離と言う名の『絶望』  
 分かっている事だろうに。  
 光闇の対極に在る男女は、まるで磁石の様に惹かれ合い、恋焦がれ―――世の大罪とも  
言うべき身の契りまでをも交してしまった。  
 「真、哀れなり。頼光と晴明…。」  
 「李武さま…」  
 想いというのは…殊、男女の恋情の深さと言うものは。  
 神も、人も、妖鬼も、亡者も詮無き事なのか――――  
 永きを生きた神木の英知を手に入れた李武にさえも、人の…殊、『恋心』というものは、今だ  
理解に苦しむ範囲であった。  
 2人の事は心配であるが、それ以上に―――今、己達には成すべき事がある。  
 「さて……我等も、先の事を考えて都人を避難させる準備に入るかの、貞光。…先に発ちし  
綱と公時も、痺れを切らしておる事じゃろうての。」  
 「はい、李武さま。」  
 
 
 禍禍しいまでの月輪の光の中。  
 九尾によって星降の儀式が行われんとする月の御座。  
 桜花が咲き乱れるその場で―――白き巨妖と一人の武士が刃を交え、閃光を散らす。  
 互いの力は五分と五分…九尾の方がその巨大さ故に、少々上か。  
 
 ―――場に辿りついた晴明は一心に九尾と戦う頼光を見つめる。  
 もし、彼が敗れるようであれば、己の全生命力と巫力を以って九尾を屠る為に。  
 『…晴明さまは、頼光さまの御力を信じておられぬのでありましょうか?』  
 貞光の言葉を思い出し、唇を噛み締めて瞳を伏せる。  
 彼を、頼光の力を信じていない訳ではない。  
 数多の妖鬼達や、死を知らぬ黄泉の番人すら屠り、月人である己をも倒して心をも救った。  
 彼の持つ強さは、力押しのものだけではない、真の心の強さ。  
 ただ――― 一夜の情けと温もりを与えてくれた彼を、このような形で失うのが怖いのだ。  
 己の手で、彼を眠りに導くと言っておきながら。  
 本当は、失う事が…胸が押し潰されそうな程に苦しく、恐ろしく。  
 何とも矛盾な想いと願い。  
 ―――何れにせよ、頼光のかりそめの身と命は尽き果て、己を残して深き眠りに就くというのに。  
 「…何時から、我が心は斯様にも弱くなったか…」  
 それは、あの男を慕い、愛した時から―――  
 晴明は自嘲の笑みを浮かべ、力無く桜花の樹に凭れ掛かる。  
 愚かな事。  
 愛は、人を強くも弱くも変えてしまう。  
 最早、失うものなど己の命以外は何も無いと思っていた。  
 だが…愛し慕い、情けを交した者との別離が、これ程までに切なく、苦しく、身を裂かれんばかりの  
心の軋みを齎すとは。  
 「頼光……」  
 ――――どうか。  
 知らず手に持つ符を強く握り締め、祈るように手を併せる。  
 
 
 頼光はその気配と視線から、この場に晴明が来た事を悟った。  
 (…晴明……)  
 やはり、追って来てしまったかと溜息をつく。  
 こうなっては、もはや九尾に敗北する事は絶対に許されない。  
 ―――ここで己が朽ち果てれば、彼女は自らの命を以ってしても、九尾を屠るだろう。  
 それだけは、成させてはならぬ事。  
 そして、晴明がこの場に現れた事は、九尾にも分かっているだろうと確信を持つ。  
 九尾は、まるで二人の想いを嘲笑うかのように、戯れに晴明の居る方向へと攻撃を仕掛けてきた。  
 その攻撃を、自ら盾となって弾き防ぎ、己が最高の剣戟と巫術を駆使して九尾に反撃する。  
 (今まで、死を扱いしこの能力、疎ましく思いし事はあれど…)  
 神をも死に導く力―――強すぎるまでの死を司る力を持った己が身を、どのくらいの永さで疎み続け、  
憎み続けただろうか。  
 だが…その力が、結果として地を守り。  
 己の全てを受入れし、愛しき者―――晴明を守る為の力となっている事に。  
 初めて、この力を持っていた事に頼光は喜びすら覚えた。  
 
 
 何時終るとも知れぬ激しいぶつかり合いに、どれだけ刻が経ったのか。  
 長かった戦いは、あっけなくも一瞬で決着が付く。  
 
 奉魂の剣の閃光―――頼光の一撃が、遂に九尾の急所を斬り上げる。  
 九尾から叫が上がり、地に叩きつけられる音と振動が辺りに響き渡った。  
 「……!!!」  
 頼光が、九尾を倒した。  
 晴明は、倒れ墜落した九尾にゆっくりと歩み寄ってゆく。  
 夥しい量の血を流し、息も絶え絶えの九尾は近付いてきた晴明を憎らしげに見やる。  
 『…口惜しや。虫けらの如きニンゲンに斯様な目に合わさるるとは…』  
 「我が神よ。これも、世の定めにございますれば。―――潔く現世をお去り成されませ。」  
 凛として言葉を紡ぐ晴明に、九尾は目を細め―――晴明の傍らに飛び降りた頼光を見やる。  
 『……我が落胤…ぬしの身体から…その男の匂いがするのう……ふ…ははは……所詮は女よの…  
…晴明…』  
 「………。」  
 『月女ともあろう者が卑しきニンゲン―――それも…かりそめの肉体を持ちし亡者に清身を許すとは  
…御身は必ず地獄に堕ちようぞ……。』  
 「私は自らの心に従ったまでの事。今までも、これからも変わりはありませぬ。それに、今更罪で  
地獄に落ちる事など、何を恐るる事がありましょうか。」  
 強い眼差しを向けながらも心穏やかに答える晴明に九尾は毒付く。  
 『世迷言を…真…愚かなり、我が落胤……己が後継でありながら……卑しいニンゲンに身も心も  
奪わるるとは……ふふふ……』  
 九尾がゆっくりと瞳を閉じる。  
 その姿に晴明は一息付くが――――――  
 「己が身、朽ち果て様とも…浄化の星降は、果そうぞ!!」  
 「…!!!」  
 いきなり鎌首を擡げた九尾に、頼光は慌てて晴明の身を引く。  
 倒れていた九尾の姿はみるみる岩へと変貌し、巨大な隕石へと変わってゆく。  
 宿怨の岩―――殺生石と成り果てた九尾の姿を見て、晴明は絶望に膝を折った。  
 
 「殺生石と成り果てたか…こうなっては最早、誰にも止められぬ…」  
 我等の行って来た事はすべて無へと帰すのか――  
 限りの無い絶望が、晴明の身と心を締め付ける。  
 (…最早、全巫力と命を持ってして殺生石を打ち砕くしか道はないか…)  
 意を決した晴明は、ゆっくりと懐から符を出そうとするが。  
 「…頼光?」  
 頼光は一瞬の間、晴明を見つめ―――そのまま、殺生石を追い飛び降りてゆく。  
 「頼光!!!よもや…あの岩を打ち払うおつもりですか?!」  
 
 何と無茶無謀な事を―――と、心底驚くが。  
 頼光が向けた目線と強い意思に、共に飛び出そうとした己が身が止まった。  
 (…貴方の力を信じろ、という事ですか…頼光)  
 実際の所、ここに至るまで―――実際彼が九尾を倒すまでは、その力の程を見誤っていた  
ように思えてくる。  
 「頼光…貴方のその力、見届けさせて頂きましょう。」  
 
 
 そして頼光は、晴明のその言葉に十二分に答える。  
 
 
 驚異的な大きさと破壊力を持った九尾の化身たる宿怨の岩は。  
 眩い閃光を放ち、頼光の死の力で悉く粉砕された。  
 
 
 砕けた殺生石と共に地に落ちた頼光を、駆け付けた晴明は一心に探す。  
 実際に殺生石が落ちていれば、この程度では済まなかっただろうとは思うが―――辺り一面、  
壮絶なまでの破壊の光景。  
 巨大な隕石が地表に叩きつけられるのは免れたものの、大き小さきとと砕けた殺生石の残骸が  
ばらまり、土煙を上げていた。  
  「………頼光………」  
 かなりの高度から落ちたのだ…彼は最早―――  
 不吉な考えに瞳を閉じる。  
 ただあてもなくふらふらと歩き。  
 ――――ふと、前方に見知った「気」を感じる。  
 「…頼光…っ」  
 昨晩の事もあった為か晴明の身は既に限界だったが、そのような事も気にかけず、晴明は走り出す。  
 少しして。  
 風によって流れる土煙の中から、長い黒髪と、白い鎧と、穏やかな表情の男が現れる。  
 「…頼光―――……」  
 既に亡者の彼に、生きていた…という表現は些か違っているかもしれないが。  
 「……晴明……」  
 見つめあう瞳と、己が名を囁く声と―――  
 目の前に立つ男は、真にゆめまぼろしでなく。  
 安堵から身から力が尽き、ゆっくりとその場に崩れ落ちる晴明の細い身体を、頼光は支え。  
 そのまま折れんばかりの強さで抱き留めた。  
 風で土煙は全て流れ、元の清浄な光に戻った月の光は淡く場を照らす。  
 上空からは破壊した御座の桜花が泡雪の如く舞い落ち、強く抱き合う二人を包むように降りそそいだ。  
 
 この刻、この瞬間。  
 果て永く、苦しかった宿願は――― ただ一つを残し、全て終ったのだ。  
 
 

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