宮中の奥深くへと入り込んだ賊を討つため 疾く宮内へと参られよ―――
火急の命に従い、数々の罠が施された封珠院の奥深くに安置されていた白珠を取り戻った
頼光を待っていたのは、晴明の姿を模して頼光を謀り、白珠を取り戻そうとした九尾の僕であった。
駆けつけた晴明の機転により、白珠が奪われるのだけは免れたものの―――
「貴様も……我と共に闇へ落ちよ!」
晴明の放った業火に身を焼かれ、滅する直前……妖は事もあろうに、晴明を道連れにするという暴挙に出る。
「!!」
炎に包まれた妖の身体が迫ったその時、衝撃に襲われ晴明の身体がよろめく。……一瞬、何が起こったのか判らなかった。
―――刹那、目に飛び込んできだ光景に晴明は絶句する。
「……頼光!!」
確かに、炎に焼かれるべきは己だった筈。なのに今、炎の内に在るは……頼光。
晴明を捕らえようとした妖の動きを察した頼光がその間合いに飛び込み、
咄嗟に晴明を突き飛ばし、代わりに妖の前へと躍り出たのであった。
「頼光……何という事を……。」
煌々と燃え盛る炎の中、絡み合う二つの人影。
為す術もなく呆然とする晴明の目の前で、頼光と妖は共に灰燼へと帰した。
―――闇の中、頼光の意識がゆっくりと醒めていく。
ここは……何処だ?
『目覚めたか?晴明に惑わされ、その刃となりし源の男よ……。』
疑念が頭を過ぎったその時、辺りに耳に馴染んだ―――だが、どこか媚を売るかのような声が響く。
眼前に、晴明……いや、晴明を模ったモノが笑っていた。
『ふふふ……憎き晴明めを黄泉へと引きずり込む事は出来なんだが、
あるいはそれ以上の痛手を被ったやも知れぬよのう?
御前という傀儡を喪った彼奴らがどう足掻くか、見物であろう……のう頼光?』
妖は晴明の高潔な姿に似つかわしくない笑みを浮かべ、己が道連れにした頼光を見やる。
「……。」
押し黙ったままの頼光にゆうるりと歩みを進めながら、妖は扇で辺りを示す。
『ここは異世―――輪廻の輪を外れたモノどもが行き着く世界―――
かつて死を司っておった御前なら、その存在くらいは耳にした事があろう?』
言われて頼光は周りを見渡す。霞がかった幻想的な眺めも、異世ということで合点がいった。
……ならば己は、再びこの地にて眠りに就く運命であろうか?
四天は……そして晴明は、彼らだけで都を護らねばならぬという重責を負わねばならぬのか?
地の浄化という宿願成就の為に我の力を求めた晴明の意思に反し、志半ばにて斃れるのか?
―――否。我にはまだ為すべき事が残っている。
斯くなるうえは、如何にこの奈落の淵から脱するべきかを思案せねばなるまい。
だが、頼光の思考はからかうかのような妖の声に遮られた。
『……おやおや、折角我と二人きりになれたと云うのに、無粋な男よの。
少しはこの状況を愉しんでみようとは思わぬのか?』
妖は真の晴明ならば決して見せないであろう、遊女の如き艶やかな笑みを湛える。
言外に頼光を誘う妖に、頼光はあからさまに嫌悪の表情を見せた。
「戯言を……我を愚弄するか?早々に去ね。さもなくば……。」
奉魂の剣の柄に手を掛け、憤怒を隠さず言い放つ頼光の言葉に、しかし妖は動じない。
『ふふっ……隠さずとも良い。御前の心など分かっておるわ。』
扇を口元に当て、くつくつと含み笑いを浮かべながら、妖は頼光が思いもよらぬ行動を取った。
『真の晴明と寸分違わぬこの身体……どうじゃ?欲しいとは思わぬか?』
言いながら自ら帯を取り、纏っていた狩衣をゆっくりと脱ぎ捨てる。
月の如く白き肌が露になり、何処か境界が曖昧なこの世界の中で《晴明》の肢体だけが
はっきりとした輪郭を持って頼光の目に飛び込んできた。
「貴様……晴明の姿形で斯様な振舞い、彼女に対する辱めぞ!!その狼藉、許す訳にはゆかぬ!!」
神速で剣を薙ぎ、妖を振り払う……が、《晴明》は、さも可笑しそうに嗤いながら軽やかに避ける。
『おやおや、さしもの御前もこの姿を直視できぬのか?手元が危ういぞ?』
「!!」
いつの間にか背後を取られ、戦慄する頼光の頬に《晴明》が掌を添える。
『存外彼奴も、許されぬ想いに身を焦がしておるやも知れぬぞ?……御前と同じように。』
「その様な事……!!」
『無い、とは言い切れまい?御前が晴明に惹かれたように、彼奴が御前に惹かれる事に何の不思議があろう?』
頼光の首に腕を絡め、背後から抱き締めながら耳元に唇を寄せる。
異世の―――あたかも頼光をこの地に留めようとする意志を持つかの如く心地良い空気は、
《晴明》の妙なる声音と相まって、その思考を曇らせていく。
気を抜けばまどろみ堕ちてしまいそうになる己に困惑する頼光の脳裏に、闇へと誘う甘美な言の葉が響いた。
『ここは異世……現世とは理を異にする場。あらゆる観念は通用せぬ。我が人に非ざるモノであろうと、
御前のその身が仮初の肉の器であろうと何であろうと、……その様な瑣末事、構う必要があろうか?』
耳に注がれる《晴明》の言葉の一つ一つが、呪となって頼光を惑わせてく。
『否……この場に於いて、斯様な懸念は捨てよ。我も御前も、今は同じモノぞ。』
「……。」
頼光に明らかに迷いが生じ始めたのを見て取った《晴明》は、その亀裂に楔を打ち込むべく画策し、言葉を紡いだ。
『……ならば、私と貴方が契りを交わそうと、一体何の障碍がありましょう?』
あたかも真の晴明の口から発せられたかの如き言葉に、頼光が刮目する。
《晴明》は頼光から身を離すと、脱ぎ捨ててあった単を拾い上げて肩から軽く羽織り、俯きながら微かな声で呟いた。
『お願いです、頼光……私を、貴方のものに……。』
意を決したように顔を上げ、《晴明》は白魚の如き手を優美な動きで頼光に伸べる。
「……。」
これは晴明ではない。それは分かっている。
晴明と何一つ違わぬ身体に、真の晴明には決して向ける事を許されるべくもない己の邪なる情欲を受け容れるという。
……斯様な誘い、決して諾する訳にはいかない。だが―――
執るべき道に惑い、場に立ち尽くす頼光に《晴明》は更なる追い討ちをかける。
『女人の私が、斯様に申し上げておりますれば……。それとも、私に恥をかかせるおつもりですか、頼光?』
言葉に込められるは羞恥と、切なさと……憂い。
晴明の姿形で。晴明の声色で。
普段の凛とした、高尚な様と対照的な―――脆く、儚げな眼差しで。
『頼光、貴方に人の心があるならば、……私に、情けをかけては……くれませぬか?』
《晴明》の頬を一筋、涙が伝う。―――操られたかのように、頼光は延べられた手を取ってしまった。
『ああ、頼光……愛しい人……。』
そのまま《晴明》は、頼光の胸の中へとしなだれかかる。
『貴方の情熱の全てを、我が身に刻み込んで下さいませ……!』
頼光の頬を両手で押さえると、《晴明》はその唇に己が唇を重ねる。
薄く開いた唇の隙間から舌を差し入れられ、戸惑う頼光の口腔を《晴明》の舌が蹂躙していった。
『…ふっ……ぅんっ……。』
貪るような口付けを繰り返しながら、《晴明》の手が頼光の鎧に触れ、ゆっくりと外していく。
「晴……!」
頼光は、解放された唇で《晴明》を押し留めようとして言いよどむ。
『これ』を―――『晴明』の、……気高き彼の女の名で呼んではいけない。
しかし《晴明》は、そんな頼光の心の内の葛藤を知ってか知らずか、くすくすと笑いながら言った。
『頼光……何を遠慮する必要がありましょう?今の私は、只の女にございますれば……貴方の呼びたきように。』
《晴明》の纏う仄かな甘き香りが、声色が……そして異世に漂う禍々しき気が、頼光を誑かしていく。
「……晴、明……。」
一瞬の間を置き、頼光は愛しき人の名を口にした。
『はい……。』
名を呼ばれた《晴明》は嬉しそうに答える。―――この男の高潔な魂、確かに捕らえたり。
頼光の衣に手を掛け帯を解き、前を寛げさせると《晴明》はその場に跪いた。
「何を……!」
下肢に顔を寄せる《晴明》の行動に、愕然とする頼光の声に顔を上げ、艶やかに微笑んでみせる。
『良いのです。私が、自ら望んで行う事……。』
零れ落ちる黒髪を耳に掛けながら、熱を持ち始めていた頼光に空いた手を添えると
躊躇う事無く唇を寄せ、その先端にちろちろと舌を這わせ始めた。
「!!」
《晴明》の唇と舌から、えもいわれぬ快感が齎されて頼光が息を呑む。
真綿の如く柔らかく温かな唇が、愛おしむように幹を辿り、舌で嬲りながら唾を絡めていく。
頼光は慌てて《晴明》の身体を己から引き離そうとしたが、《晴明》は構わず其れを口に含む。
仮初の肉体とはいえ其処に与えられる刺激は鮮烈で、ともすれば一息に果ててしまいそうになるを必死に堪えた。
『ふふっ……貴方の斯様な形相、如何に猛き妖鬼すら、見る事叶わぬでしょうに。』
頼光から舌を離すと、名残惜しげに透明な糸を引く。口の端を流れる唾を拭いながら、顔を上げて《晴明》が笑った。
『耐える必要などないのですよ、頼光……。』
硬さを持ち始めた其れを、今度は柔らかな曲線を描く胸の膨らみの狭間に挟み込む。
「……くっ……!」
しっとりと汗ばんだ滑らかな肌に包み込まれる感触に、頼光の唇から呻き声が漏れた。
両の胸に確乎りと押さえ込まれ、張りのある乳房に擦り合わせられた上に鈴口を吸い上げられる。
頼光の背筋にぞくり、と怖気にも似た快楽が走り、そして―――
『っ……!!』
《晴明》の顔に、胸に、白濁した飛沫が掛かり、その清廉な姿を汚していく。
一瞬驚いた表情を見せた《晴明》だったが、顔に伝う精を指先で拭うと、愛おしむように舐め取っていった。
「止せ、斯様な真似……貴女が、穢れてしまう。」
淫猥な姿を直視出来ず顔を背ける頼光だったが、《晴明》はくすりと笑う。
『この一滴一滴が愛しき貴方のものなれば、どうして穢れるなどと思いましょう?』
「……っ……。」
《晴明》は、獣が身繕いをするかのように、丹念に己の身を舐め清めていく。
頼光の残滓を余すところなく飲み込むと、《晴明》はゆっくりと顔を上げ、両の腕を広げて頼光を誘う。
『頼光……次は、その情念を……私の、この身に注ぎ込んで下さいませ。』
それでも頼光は、《晴明》を掻き抱く事に未だ躊躇い続ける。
『さあ、疾く……疾く、我が身を貴方のものに……!』
業を煮やした《晴明》は促すが、しかし頼光は押し黙ったまま煩悶する。
「……やはり……我に、貴女を穢す事は出来ない。」
暫しの沈黙の後、己の中の邪なる願望を振り払うかのように頭を振り、頼光はきっぱりと抗った。
『……頼光……。』
思いもよらぬ拒絶の言葉に、《晴明》の秀麗な眉目が、愁いを湛えて曇る。
『貴方の求めるままに。……そう思いし我が心、裏切るおつもりか?』
「……すまぬ。」
項垂れる頼光に、《晴明》は唇に指を当てて思案する。
『折角貴方の求めるまま、と思っておりますれば……仕方ありませぬ。』
一人呟くと、《晴明》は風の如き素早さで頼光の懐に入り込む。
何を、と思った刹那、頼光の身体は衝撃に襲われ、その場に尻餅をつく形となった。
『ふふふ……最初からこうすれば良かったのですね、頼光?』
《晴明》が、妖艶な笑みを浮かべて頼光の身体に馬乗りになると、先刻精を放ったばかりの頼光の逸物を扱き始める。
「な、晴明……!」
『貴方が私を求めぬと申すならば、私が貴方を求めるまで。』
その意図するところを察して、頼光は《晴明》の身体を退かそうとした。
「止めよ、晴明……斯様な…っ…!!」
制止の言葉は、《晴明》の唇によって封じられる。
自ら進んで舌を絡め取る濃厚な口付けと、下肢に与えられる愛撫は、
嫌が応でも頼光の官能を刺激し、昂ぶらせていく。
『貴方の心は抗えど、貴方の身体は私が欲しいと申しておりますぞ、頼光?』
己の手の内で硬さを増してい頼光を嬉しそうに弄びながら、《晴明》は空いた手で頼光の手首を掴み、
自らの秘部へと導いていく。
「晴、明……っ!!」
頼光に確かめさせるように、しっとりと潤いを湛えている己が女陰を触らせた。
『お分かりになりますでしょう?……貴方と同じく、私の身体も貴方が欲しいと……
斯様に疼いておりまする。』
《晴明》の切なげな言葉が、熱い吐息と共に耳に注ぎ込まれる。
指先に纏わりつくぬるりとした体液の感触……それは紛れもない、情欲の顕れ。
『浅ましき女と思われても良い……今この刻限りでも、貴方と一つになれるなら……。』
言いながら《晴明》は呆然とする頼光の陽根を支え、溢れた蜜を撫で付けるように
幾度か蜜口の周りをなぞった後、ゆっくりと腰を落としていった。
「晴明……!!」
湿った音を立てて頼光を迎え入れた其処は、あたかも別の生き物のように蠢き、奥へと誘っていく。
『……ふぅ…んっ……。』
そうして根元まで飲み込むと、《晴明》は大きく息を吐いた。
『あぁ……頼光、貴方が……私の内に…っ…。』
頼光を見つめる瞳が潤んでいるのは……羞恥の為か、悦楽の為か。
『頼光……ああっ……貴方の熱を、……感じまする…っ…。』
言いながら《晴明》が、ゆっくりと腰を動かし始める。
動きに合わせて長い黒髪が揺れ、彼女の姿を妖艶に彩っていった。
「……っ……!」
久しく味わった事のなかった、女の身体―――しかもそれは、密やかに恋慕の情を抱いていた、晴明その人の姿で。
『…ふっ……はぁっ…あ、ぁっ……。』
その身に雄を咥え込み、常日頃の清廉な彼女からは想像もつかない淫靡さを湛えた表情で喘いでいる。
『…っ……あ、はぁっ……頼光、……らい、こう…っ…!』
耳を擽るは、切なげに甘き声で呼ばれる己の名。
目に映るは、涙を湛え己を見つめる黒曜石の瞳。
手に触れるは、しっとりと汗ばんで吸い付く肌。
蠱惑的な《晴明》の様に、惑わされるなと云う方が無理というものであろう。
湧き上がる衝動を抑えきれず、頼光は《晴明》の腰を掴むと、己が楔を激しく打ち付け始めた。
『頼光……ああっ、貴方が…自ら、私を…っ……斯様に、お求め……くださるとは…っ…!』
清廉たる頼光が己を律し切れず、遂に屈したという悦びに《晴明》が歓びの声を上げる。
しかし、その肢体に惑い、溺れ始めた頼光にとって、《晴明》の言葉に含まれた感慨などは最早意味を持たなかった。
自らの情欲に従って、唯々《晴明》の身体を掻き抱き続ける。
「……晴、明…っ……!!」
『あっ……ああぁっ……頼光っ……!!』
頼光が精を放つのと時を同じくして、《晴明》もおとがいを上げ、歓喜に唇をわななかせながら果てる。
『は…っ……頼光、もっと……!』
荒い息を繰り返しながらも、まだ足りないとばかりに《晴明》は腰を揺らめかせて強請った。
「……くっ……!」
貪欲に絡み付いてくる肉の感触が、胸板にしなだれかかる柔らかな身体の温もりが、再び頼光を煽り、昂ぶらせていく。
『は……あぁっ…あ、あっ……!』
歓喜と快楽の入り混じった、妙なる声に誘われるままに頼光はその身体を求め続ける。
『頼光よ……愛しき女の身体、心のままに貪るが良い……!』
現世の事など捨て、何のしがらみにも囚われる事なき異世に身を埋め、全てを無に帰すが良い―――
『晴明よ、己が手駒の要、確かに我が手に―――奈落へと堕ちたり……!!』
荒ぶる頼光の熱を身の内に感じながら、妖は一人恍惚とした笑みを浮かべていた。
頼光を喪い、都を護る事叶わず落ち延び、地に降る無情の雨に打ちひしがれた晴明が
奈落の淵に封じられし一筋の光明を見出すのは、それより幾年かを経た後になる―――。