安寧を取り戻した都に、幾度目かの桜の季節が訪れる。  
昼間でも霞がかって足元が覚束ない幽玄の地を、  
夜の帳が下りようとしている中、晴明はゆっくりと、  
しかし確実な足取りで進んでいく。  
 
―――誰も訪れる者のない、眠りの場……奉魂の場。  
彼の者が封ぜられし、静寂が支配する地に晴明は一人佇んでいた。  
晴明の目の前には、満開の桜の大木。  
奉魂の剣をその幹に封じ込めたあの時以来、この木は毎年艶やかに咲き誇る。  
そしていつしか晴明は、その桜が最も盛りになる時分にこの場を訪れ、  
舞を奉じるようになっていた。  
……この地に眠る、ただ一人の男の為だけに。  
 
晴明がその身に纏うのは、白の水干に緋袴。  
宮仕えの際に常日頃身に着けている狩衣ではなく、女である事を前面に出したその姿は、  
普段の凛とした『稀代の陰陽師・安倍晴明』とは明らかに趣を異にしていた。  
 
それは―――ひとえに、彼の者への想い故に。  
かつて晴明は、彼の者の腕の中でほんの一刻、その性《さが》を取り戻した。  
そして、彼の者が封ぜられし時に、晴明の女人としての感情も共に心の内に封ぜられた。  
……今となっては、舞の奉納に訪れるこの時のみが、晴明の本来の性を露にする場であった。  
 
彼の者を封じし苔生した巌に歩み寄ると、晴明は抱きしめるかのように両腕を広げ、  
その冷たき岩肌に顔を寄せ、愛おしげに口付ける。  
「頼光……都には、また麗らかな春が訪れておりまする。」  
静かに立ち上がった晴明は、おもむろに双つの扇を取り出すと、優雅な動作で開き  
ゆうるりと舞い始めた。  
あの時と変わらぬ、頼光に対する狂おしいほどの恋慕と、別離への寂寥を込めた舞。  
母たる月の淡き光に照らされて、ただひたすら彼の為に舞う、神々しいまでのその姿。  
誰も見る者のないのが惜しまれる程に、それは美しかった。  
 
舞が終わると同時にざあっ、と風が一陣通り抜け、桜の花弁が舞い散る。  
あたかも晴明に対する謝辞のように、薄紅色の花吹雪が彼女に降り注いだ。  
髪に、衣に付いた花びらをそっと払い落としながら、晴明は大木を見上げる。  
その妖艶なまでの美しさに、とくん、と心の臓が打った。  
次第に、熱病にうかされたかのように呼吸が荒くなり、頬も上気していく。  
ともすれば倒れそうになるのを辛うじて堪え、晴明は木に縋りついた。  
その太い幹にしなだれかかったまま大きく息を吐くと、  
額に浮かぶ玉のような汗を拭いながらひとりごちる。  
「……やはり、今宵もまた……当てられたか。」  
舞の奉納の後は、いつもこのように苛まれる。  
それは、普段秘め続けた感情の―――情欲の吐露。  
 
彼の男の陽の気が、微かに残る場の空気に当てられて。  
彼の男の剣を幹の内に宿した、桜花の姿に当てられて。  
 
あの刻の……たった数度の逢瀬で目覚めさせられてしまった女の性が、  
身も心も女に戻るこの日を待ちわびたかのように、貪欲なまでに反応する。  
 
「……頼光……。」  
桜の根元に腰を下ろすと、その太い幹に背を預ける。  
きつく瞳を閉じ、水干の脇から忍ばせた手を単の襟元から差し入れた。  
「……っ……。」  
既に硬く勃ち上がっている胸の頂に指が触れただけで、ぞくり、と背筋が震える。  
彼の男の指の動きを思い描きながら、ゆるゆると揉みしだいていった。  
「はっ……っ…。」  
身体の奥が徐々に熱く、蕩けていくかのような感覚。  
辺りに立ち込める桜花の妖艶なる気は、晴明の理性を少しずつ喪わせていた。  
空いた手を緋袴の裾に伸ばしてたくし上げると、露になった白い大腿へと掌を這わせる。  
そのまま脚の付け根へと撫で上げ、そっと秘部へと辿っていった。  
「…んっ……。」  
しとどに濡れそぼった其処を焦らすように、周りを指でなぞり、溢れた蜜を撫で付けていく。  
淫猥な水音を奏でながら、彼の者がその身に施した愛撫の記憶を甦らせていった。  
指に愛液を絡めて秘所に押し当てると、ゆっくりと力を込める。  
かつて彼の男を迎え入れた其処は、さしたる苦痛もなく晴明の指先を呑み込んでいった。  
恐る恐る指を動かして己が内を探ると、彼の男に齎された悦楽とは異なる、  
もどかしいくらいに鈍い快感が、さざ波のように押し寄せる。  
「……は、っ……あ…っ…頼、光……っ…。」  
絶え絶えに紡ぐは、愛おしき彼の者の名。  
指の挿出は次第に激しさを増し、粘着質な音は晴明の官能を刺激するに過ぎない。  
「あぁ…頼…光……あ、あっ……頼光…っ…!!」  
最早記憶の中にしか存在しない、彼の男の声を、姿を想いながら、晴明はひたすら己を高めていく。  
「はっ……あ、ああぁっ……!!」  
刹那―――何かが、晴明の内で弾けた。  
おとがいを上げ、唇をわななかせ、甘やかな嬌声を上げて果てる。  
そのまま晴明は脱力し、木の幹に凭れ掛かったまま心地良いまどろみへと誘われていった。  
 
荘厳の地に差し込む陽光の眩しさに、晴明は目を醒ました。  
狂おしいばかりの劣情に身を焦がした夜は明け、昇った朝日は彼女を再び現世へと引き戻す。  
晴明は乱れた衣を整え、烏帽子を被り直すと顔を上げた。  
桜花は何事もなかったかの如く美しく咲き乱れ、舞い散る花弁は朝日の光を受けてきらめいている。  
「頼光……また、参りますゆえ……。」  
零れ落ちそうになる涙をそっと拭いながら、ぎこちなく微笑んで背を向けた。  
 
そうして振り返る事無く、晴明は再び来た道を引き返し始める。  
過ぎ去りし年と変わらぬように。そしてまた来る年も、きっとそうであるように……。  
 

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