今宵も月明かりに晒されぬ木の陰で、あるいは仲間の意識の届かぬ岩陰で。  
 頼光の襟元を掴み顔を引き寄せ、晴明は唇を押し付ける。  
 僅かの隙間も許さぬかの如く、更に片手は頼光の後頭部に回し確りと固定する。  
 舌を絡ませ、唾液を馴染ませ彼との繋がりをより強く、より濃密に。  
 頼光もその密なる処から貪欲に全てを絡め取ろうと、逃さぬ様に腰を強く抱き  
寄せられた体を繋ぎ止める。  
 頼光の喉がごくり、と鳴った。ようやく唇を解放すると、互いを繋ぐ濡れた細い糸が  
名残惜しげに途切れ、空気を得ようと薄く開かれた口端から淡い光の粒が零れ落ちた。  
「妖鬼の勢いは未だ衰えず戦況は過酷ゆえ、十分な休息を差し上げられませぬ。お許しを。」  
 頼光の口端を袖で拭うと、晴明は取り出した扇で口元を隠しそっと体を離した。  
 毎夜交わされるは濃厚な口付けのみ。  
 それは決して恋情から求められたものではなく、一つの儀式であった。  
 
 
「今は目覚めた貴方の魂から成る巫力で保たれておりますが、やはり仮初めの体。  
現世では回復が追いつきませぬ。そのまま酷使しておれば朽ちてしまいましょう。」  
 頼光の不調に気付いた晴明は、その晩四天達が寝静まると頼光を少し離れた木陰へと  
連れ出した。  
「私の巫力は夜に満ちますゆえ、その間に譲渡致せば回復は補えまする。……ただし」  
 晴明は語るうちに少しばかり眉根を寄せ、言葉を濁し、やがて諦めたように溜息を吐く。  
 袖から覗く晴明の細い指が頼光の顎に添えられ、軽く下に引いて唇を開かせる。  
「辛抱なさってくださいませ。斯様な方法しかございませぬ。」  
 静かに目を閉じた晴明の柔らかな唇が、頼光のそれをしっかりと塞いだ。   
 
 口移しでの巫力の量には限界があったが、媒介を要せず直接譲渡する為純度は高く、  
一夜に一度の口付けで十分と思われた。  
 が、妖鬼の勢いも増し必死に修祓に向かう四天と共に頼光が修祓に赴く回数も日増しに増え、  
豪剣と巫術を自在に操り多くの妖鬼掃討を成し遂げてみせるが、その体は目に見えて疲弊していた。  
 その度、重ねられる唇の数は増す事となった。  
 
「四天は現世の者ゆえ、日が昇るまでに自らの生命力で力を取り戻しましょう。」  
 岩を背に寄り掛かるように座する頼光の膝を割り、しなやかに体を滑り込ませて晴明は言う。  
「明日の修祓も腕を振るって頂きますよ。」  
 酷い事を言っている、と自覚があるのだろう。更にそれでも成し遂げよ、と。晴明はまた深く口付けて  
ふと顔を離し首を傾けた姿勢のまま、少しだけ意地悪に笑って見せた。  
 常の凛とした高貴な姿に見惚れる程であった。その清廉な姿を湛える晴明が、己だけにかしずき  
少しばかり緊張解かれた、甘えた表情を見せる。  
 注がれているのはこの剣への絶対的な信頼と、戦を共にする仲間への親愛の情。  
 頭では分かっていても、晴明の不意に見せる無防備な表情に心は強く揺さぶられる。  
 この行為のうちに、頼光の心身に晴明への情欲の念が湧き上がるようになるのは、些か仕方の  
無い事であった。  
 
 ぴったりと寄せられた体により触れたいと欲が高まるも、衣と鎧に隔てられ叶わない。  
 直に触れるは指先と頬と唇。  
 指先で輪郭をなぞり顔を傾け、深く絡み合う。晴明の長き睫毛が頼光の頬を擽った。   
 身体の内に火が燈る。  
 熱に浮かされるままに、晴明を支える腕に力を込めた。  
 
「……足りませぬ。」  
 頼光が奈落から帰還した夜、晴明は習慣とばかりに連れ出した頼光の顔を両手で軽く挟み  
まじまじと見つめたかと思えば、急に顔をしかめて呟いた。  
「二度三度の口移しでは補えませぬ。十分にすればふやけてしまいましょうぞ。」  
「……。」  
「ふやけてしまえば巫術の印も上手く唱えられますまい。」  
 元々無口な性質ではあるが、頼光は次から次に放たれる余りに色情の欠片もない言葉に閉口する。  
 奈落より戻ったあの時、潤んだ瞳で己をじっと見つめていたのは、その眼の奥から強く訴える  
情念を感じたのは……気のせいであったか。  
 そう内心肩を落としつつ晴明を見やると、考え込むように俯き指先を顎に添わせ益々顔を険しくしている。  
 頼光は(余り思い詰めるな、ふやけるまでせずとも出来る範囲で構わぬ。)と気遣う言葉をかけようと  
したが、まるで催促のように思えて憚られ、只々一言彼女の名を溢すしかなかった。  
 
「……晴明。」  
 頼光の声を聞いて、晴明は弾かれたように顔を上げた。  
 険しい表情は解かれ、戸惑いの混じる不安げな表情で頼光を見つめる。  
 今にも泣き出しそうなその表情に、頼光が思わずこの胸に掻き抱いかんと衝動に駆られた瞬間。  
 晴明は身体ごと向きを変え、目を反らすと再び俯く。  
 また顔を上げた時にはいつもの強い意志を湛える表情に戻っていた。  
「仕方ありませぬ。頼光、一時の辛抱です。」  
 出鼻を挫かれ、更に掛けられた言葉の真意も掴めぬまま晴明の次なる行動も読めず、  
頼光はその巫力の尽きかけた体を一瞬にして晴明に組み敷かれた。  
 
「気を循環させ一度に大量の巫力を譲渡できましょう。  
貴方より気をいただき、かわりに私の巫力に満ちた気を差し上げまする。」  
 言いながら、晴明は仰向けの頼光に跨ったまま有無を言わせずてきぱきと頼光の鎧を剥いだ。  
 我が身に降りかからんとする状況に危機感を覚えた頼光は、反射的に晴明の腕を掴んで抵抗しようとするが  
腰紐を解く手は止められぬまま怒気だけが激しく放たれ、脆くも遮られる。  
 そうこうしているうちに頼光の下肢は露わにされ、晴明も彼の体を器用に押さえつけたまま自らの袴をも取り払う。  
 頼光は唖然としながらも、視界に入った晴明の晒された肌に息を飲んだ。  
 月には雲が掛かり、深々と夜の帳が降りた薄暗い陰の中でもその白さははっきりと映る。  
 晴明の下肢を象る曲線は美しいまでに女の肉感を以って頼光を昂ぶらせる。  
 肌の白さに反して深い、中心の陰もまた目を誘う。  
 晴明の細い指は羽毛の如く、足に内腿に頼光自身に柔らかく触れて翻弄し、瞬く間に硬さを持たせ  
自らの中心へとあてがった。  
「お覚悟の程を。」  
 最早なされるがまま、どちらが泣きそうであったか分からない。  
 それでも女陰に沈められる感触に湧く己の快感とそれを悦ぶ浅はかさに眩暈を覚え、頼光は額を押さえた。  
 
 そのまま変化が訪れぬ事を不信に思い、ふと頼光は上に跨る晴明を見やった。顔色は蒼白である。  
「……上手く、できませぬ。」  
 唇をわなわなと震わせ、頼光から手を離して後ずさり力なく座り込んだ。  
「私は未通ゆえ。……然しとてこの程度の痛みも耐えられぬとは。不甲斐ない!」  
 
 
 頼光は一度に起きた余りの出来事に無意識の内に止めていた息を整えながら、  
ゆっくりと身を起こし項垂れる晴明の髪を撫でた。  
 自然と、晴明は頼光の胸に頭を寄せる。高ぶった気を落ち着かせようと、大きく息を吐く。  
 その場に満ちていた荒ぶる気配は次第に納まり、互いの呼吸が静かに重なっていくのを感じた。  
 確かに、晴明は誰もが容易くその腕に抱く事は叶うまい。が、気品と共に匂い立つような色香を  
持ち合わせる彼女が未通であるとは意外に思われた。  
 (それとも、己の邪な欲で歪んで見えていたのか)  
ふいに面を上げた晴明と目が合う。  
「申し訳、ございませぬ……。」  
理由があってのこととはいえ、自分の暴挙を恥じた晴明は所在無さげに顔を逸らし、目を伏せて  
弱々しく呟いた。  
 
 闇夜に掛かった雲が薄くなり、千切れた合間から月明かりが零れる。  
 目に飛び込むは幾度となく合わせようと味わい尽くせぬ薄紅色の唇。  
 照らされた晴明の頬に落ちる、長き睫毛の影。  
 色彩に明るみが出され、頼光はその頬が朱に染まっていることに気付いた。  
 指先が雷の走ったかのようにちりちりと痛み、そこから逆流するようにぞわりと体中の血が流れる。  
 儀式の際にも己から先に求めることが出来ずにいた晴明の唇を、衝動のままに強引に奪う。  
 合わされた唇から注ぎ込まれるは巫力ではなく、情欲の絡む男の気。それに感づいた晴明は  
身を強張らせ逃れようとするが、背に回された頼光の腕は晴明の自由を奪い固く押さえ込む。  
 たちまち舌をも絡み捕られ、頼光のあまりの激しさに晴明は思考さえも奪われる。  
 そのまま頼光は晴明を己の胸に掻き抱き、その場にゆっくりと倒れ込んだ。  
 
 朦朧とした晴明の抵抗が緩んだと見ると、頼光は衣に手を掛け肩を露わにさせ  
そこに、鎖骨にといと愛しむように口付けを落としながら囁く。   
「通じるには手順というものがある。」  
 晴明は息を上げながらも、辛うじて顔が見える程に上体を引き離した。  
「これは情交ではございませぬ。」  
 そう言い放ち、きつく頼光を睨み付ける。  
「承知しておる。……だが身が整えば、如何ばかりか痛みも和らげよう。」  
 鋭く放たれた拒絶に頼光の胸は鈍く痛んだが、表に出さず淡々と語って口実に漕ぎつける。  
 半ば無理矢理手折る様な真似に、罪悪感が無いわけではなかった。  
 しかし想いを寄せる女の斯様な半裸の艶かしい姿を前に、最早我慢が出来る状態ではなかった。  
 段々と唇の触れる箇所が下がり、露わになった乳房に手が当てられる。掌から伝わる熱さと  
先端に触れる刺激にびくりと身体を震わせる。  
 晴明は内に広がる痺れに身体を強張らせたまま潤んだ目を細めた。  
「ならば」  
 一層厳しく頼光を睨みつけ、上気して頬を朱に染めた顔を反らして、不機嫌そうに  
口を一文字に結んでしばし沈黙する。  
 が、ついに諦めたように瞼を閉じた。  
「致し方ありませぬ。貴方に……お任せしましょう。」  
 先程の激しい口付けで濡れた晴明の唇が薄く開かれ、吐息と共に苦しげに許しを溢す。  
   
 その姿は扇情的に映り、頼光の視界を揺らめかせた。  
 
 晴明は内心、情の無い言葉とは裏腹の潜めた想いを気取られないかと気が気ではなかった。  
 頼光の愛撫に翻弄され、固く引き締めた身も無駄な抵抗とばかりに忽ち力を抜かれてゆく。  
 無理にでも耐えようとするが、施される予期せぬ刺激に、湧き上がる感覚に平静でいられる  
はずも無く、頼光にしがみつき震えを抑えようとした。  
 その力強く逞しい身体に安堵する己に歯軋りをする。  
 封珠院で彼を喪った時感じた落胆は刃を失った心許無さと思っていた。  
 だが、奈落よりその刃を振るい舞い戻ったかの男の姿に目を離すことが出来ず、己の胸は  
高鳴り身体は芯より己が身を焼かんまでに熱を持った。  
 今は唯々彼が眩しく、触れ合えば愛しく、想うだけで身も心も切なさに軋む。  
 しかし、知られてはいけない。そのような想いを抱くなど天の理からも許される筈も無く、なにより  
全身で感じ始めたこの己の脆さを認める訳にもいかず、また許せないでいた。  
 
 晴明の葛藤をよそに、頼光の指はするすると下肢に及び女陰の中心を這い、己を受け入れる  
備えを施していく。水音が晴明の耳まで届き、羞恥に肌を益々紅くする。  
 仮初めの身故に肌は女の己が恥じ入る程白いが、刃を自在に扱う鍛えられたその手は男のもの。  
 絡み合う腕、擦れ合う大腿、添わせた掌が感じる背肉の固さ。  
 直接指で弄られた箇所のみならず、肌が触れ合うだけで熱を帯び眩暈を覚えるものの、それに  
溺れ官能を刺激される心地良さ。  
更に欲そうと彼の名を呼んでしまいそうになるが、それを口にしてしまえば己の彼への想いごと  
溢れてしまいそうで、恐れのあまり必死に抑える。  
 最早言葉にならぬ、自ずと零れ落ちる己の驚くほど甘い嬌声に晴明は恥じ入り顔を背けた。  
 
 頼光が身を圧し掛からせると、晴明の豊かな乳房が押さえつけられる。  
 柔らかな晴明の肢体と官能に耐える艶かしい表情、溢す吐息に頼光も最早欲を抑えられないでいた。  
 掌を晴明の面に優しく添えると、頬に首筋にと口付けを落とし、肩に熱の篭る息を吐きかける。  
 蕩けるような愛撫に全身が弛緩した途端、頼光の滾りが挿し入れられ、その内をゆっくりと掻き乱す。  
 晴明は貫かれた激痛に瞬時に思考をも奪われるも、己の発する荒げた声に驚いて唇を噛み締める。  
「んん……っ」  
 次第に痛みを覆い押し寄せてくる官能の波が、荒い呼吸に混じって頼光の耳を擽った。  
 頼光は呼応するかの如く一層激しく内を貪るように動く。  
 繋がった箇所から零れる淫猥な音が、鮮明に耳に響くように思えた。  
「あ……、や……あぁ……っ……」  
 頼光が上体をやや起こし、押しつぶされていた晴明の乳房が元の美しい形へ弾力を以って戻る。  
 晴明が大きく息を吐いて力を緩めると、頼光の指が豊かな柔肉に触れるか触れないかの距離で  
その形をすっとなぞった。  
 こそばゆさに驚いて、晴明が一瞬身を硬直させ小さく声をあげると、その拍子に頼光が  
苦しげに呻いた。  
 晴明は相手を気遣う余裕の無さに気付き、心配そうに頼光を伺い見る。  
「すまぬ。余りにその……、良いのでな。」  
 晴明の慌てぶりが愛しく、頼光は己でも長らく忘れていた表情を溢した。  
 感情の見て取れぬ男が己に優しく顔をほころばせるを見て息を飲んだが、同時に  
悪戯心に弄ばれたを察し、晴明の顔は益々紅潮した。  
「こ、事もあろうにそのような! 戯れが過ぎ……っ」  
 
 頼光に乳房の先端を舌先で擽られ、晴明は叱咤の言葉も言えぬうちに背を弓なりに反らせた。  
「斯様な、振る舞い……っ、いずれ……ぁっ……後悔なさりますぞ……!」  
 息も絶え絶え、挑むように脅し文句で噛み付く。  
 鬼を打ち払うかの如き眼光を放ち、立場を譲らぬ晴明の強情さに頼光は一瞬気圧されるが、  
乳首を吸い上げてみせれば途端に甘い喘ぎを溢し、切なそうに顔を崩し己にしがみ付いて来る。  
 頼光の内にえも言われぬ感覚が湧き上がり、恐れも忘れ豊かな膨らみに顔を埋めた。  
 己の恋情に気付いているのかいないのか、想う相手の思惑は霧のように掴み所なく。それは  
互いとも抱く心であったが今の二人は知る由もない。  
 唯、絡み合う肌の蕩けんばかりの感触だけは確か、とそれに縋るのも同じであった。  
 
「や……ぁ……」  
 頼光は唇と指先で膨らみの柔らかさをじっくり味わうように愛撫を続ける。頂に息が掛かり、  
晴明は無意識の内により敏感な箇所への刺激を欲し、自ら求めるように鼻を鳴らす。  
 艶かしい声に頼光が見上げると、しまったとばかりに片手で口を押さえながらも、晴明は  
伏目がちに潤んで揺れる眼差しを向ける。  
 顔を背け上向きになった晴明の頬に口付けし、頼光は指で乳房の先端の実を弄った。  
片手で大腿を撫で上げ己の肩に膝を乗せると、秘所を一層深く貫く。  
 晴明の肢体の味に頼光の高まりも限界が近づく。己を引き抜き、また激しく腰を打ちつけた。  
「んっ……ふ、ああっ……!」  
 嬌声が欲情を促す。頼光は熱で蜜が溶け出す箇所をゆるゆると侵し、全身で晴明を貪り続けた。  
 
 触れられる嬉しさと身を焦がすもどかしさに、晴明は震えそうになるをひたすら堪えた。  
 ふと、この行為は彼にとって想いを遂げる男女の睦み合いになり得ないという事を思い出し、  
胸の奥を捩じ切られそうになる。  
 それでも、己への肉体への欲情の証で果たされる交わりに、浅はかと思えど喜びを感じてしまう。  
「晴明……」  
 身を深く沈めながら、不意に己の名を呟かれる。  
 言葉にならぬ入り混じった想いの代わりとばかりに止め処なく溢れる涙で、視界が霞んだ。  
 いつの間にか己からしがみ付くように頼光の首に回していた腕を外し、晴明は突かれる度に  
揺れる身をそのままに、目尻より零れ続ける涙を拭い必死に身を繕う。  
 この涙が体の痛み故のものであると、頼光に思わせておかねばならない。  
 己の想いが操れぬなら、せめて、気付かれぬように。  
 熱に浮かされる内に頼光の気が弾け、身の内に奔流となって注ぎ込まれた。  
 
「く……」  
 決して言うまい。  
 都に懇々と尽くした長い年月よりもずっと僅かな間しか共に過ごしていないというのに、  
彼の温もりが己の胸をここまで満たすという事など。   
 そのような悔しさも、掠れた声で名を囁かれただけで瞬く間に打ち蕩かされ、最早彼を  
求めて止まず疼きを覚えるこの身があるという事を。  
 
 
 澄んだ空気も爽やかに、晴れやかに登る朝の日がゆっくりと地を温め始める頃。  
貞光は鴉に餌をやっていた手を止め、さり気無さを装いやたら緩慢な動作で姿を見せた  
主人に声を掛けた。  
「あら、晴明様。何やら今朝はお肌のつやがよろしゅうございますね。」  
 晴明は思わず扇で面を隠した。貞光は気にした風でもなく、おっとりと言葉を繋げる。  
「頼光様は先ほど勢い良く綱様の救出へ向かってしまわれました。わらわも追って  
加勢致しましょうか、それとも別の地へ出向いて参りましょうか。」  
 晴明は扇をやや下げて口元のみ隠し、憮然として目を細める。  
「良いのです。ここのところそなたは動きどおしでしたから、任せて休んでいなさい。  
 頼光は今、力が有り余っておりますゆえ。」  
 巫力が尽きるまで戦ってもまた儀式を行えば済むこと、と改めて昨夜を思い出して  
眉根にしわを寄せた。  
 頼光との交わりが不快ではなく寧ろ喜びと感じる我が身に晴明は顔を引きつかせる。  
(しかし、度々そう深く交わる必要はあるまい)  
 その思考を嘲笑うかのように、彼に肌を触れられる心地良さが甦り、背筋が震えた。  
 更に、交わりの最後の記憶が脳裏を掠め、追い討ちを掛ける。  
 
 晴明はふと意識を取り戻したが、内に篭る熱に思考は霞みがかったように不鮮明で、  
しばしぼんやりと惚けていた。  
 しかし、そのうちにぴったりと肌を寄せ合い共に穏やかな呼吸をしている存在を認識する。  
 寝惚けたふりをしてその顔を確かめようと、少しむずがるように身を捩りながら面を上げると、  
それに気付いた頼光はさも当然のように顔を近づけた。  
 口移しの巫力譲渡の時と同じ仕草であったが、今は二人とも衣をはだけ直に触れ合う  
状態であることに、晴明は途端に焦りを覚える。  
「もう、巫力は十分……」  
 言いかける晴明の唇に、頼光は巫力も何も含まず、やさしく触れるだけの口付けを落とし  
「心地良いな……」と呟いて晴明の髪を指でいと愛しげに梳くと、満足げに顔を緩ませて  
寝入ってしまった。  
 
 晴明は呆気に取られるも、己の醜態に嫌気がさした様子ではないと感じ取り安堵する。  
 男女の事は知識はあっても、いざ己の事となると応用も利かない。初めて味わう事ばかり  
とはいえ、思いの他心を乱し、斯様にままならぬものとは。  
(私ともあろうものが)  
 最早すっかり全身から力が抜けてしまい、気だるさも手伝って思考を放棄した。  
 暫く惚けた後、頼光の寝息を確かめるとそっと頼光の頬を撫でる。  
 小さな声で、その名を口にしてみた。  
 
「頼光……」  
 
 晴明はとても見せられないであろう顔をしている己に気付く。  
 最中にうっかり口にせず本当に良かった、と眉をひそめ、頬に添わせた手を  
ささ、と引っ込めた。  
 
 ――思い出せば出す程、己の身も心も翻弄する頼光に、幼稚な八つ当たりと  
知りつつも苛立ちが湧き上がる。  
 同時に湧き上がる許し難い情に、それを覆い尽くされ消えてしまうその前に。  
 晴明は頭を振って震えを払う。  
 苛立ちの矛先は、やはりそれを知らしめた頼光に向けて気を晴らすのだった。  
 
 
「さあ、しっかり働いて頂くとしましょう。」  
 
 
 
 

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