柔らかなる風が…頬を撫ぜ、漆黒なる髪と戯れる。
他者との接触を拒んで早くも一月が経とうとしていた。
それでも時折都から遣いの者が訪ね来ては居たのだが
…今日もまた…。
「頼光、ここに居られるでしょうに…」
表門より凛と響く声に思わずわが耳を疑った。
「頼光…、どうか会っては頂けまいか?」
いつもの様に遣いの者であったなら、立ち去る迄捨て置こうと思って居たのだが、
如何なる事か、晴明自ら罷り越した様だ。
「裏へ回られよ」そう告げると、静かに立ち上がり、裏門を僅かに開け彼女が来るのを待った。
程なくして、姿を見せた彼女を見留めると、嬉しさに思わず顔が綻んだ。
「よくぞ参られた」晴明を迎え入れると、辺りを伺った。
「共は…?」
「いいえ、私一人にございます。」
首をかたげ微笑んで見せるが、それはどこと無くぎこちなく思える。
「もしや…」
「はい…、皆に言えば引き止められましょう」
視線を逸らし呟く様に答える
「何と無茶を…」
溜め息と共に吐き出された言葉で有ったが、責める風もなく言葉を紡いだ。
「御身は…?しばらく臥せっていたと言伝に聞いたが」
「はい、でも今はこうして歩く事もできます故、ご心配なさらぬ様」
頼光は彼女の纏う巫力の薄釈なるを感じ、庵の内へと通した。
「如何致した?其方が直に赴かねばならぬ程に重大な話が有る様には見て取れぬが?」
晴明は一つ息を吐くと、
「使者を遣わし、館に呼ぼうとしておりましたが…貴方は会おうとなさらなかったでは無いですか?」
「それは……あい、すまぬ事を」
「まぁ良しとしましょう。こうして内に招いて頂けた事ですし」微笑み言葉を紡ぐ
「本心を言えば、…突き帰されると思うて居りました。貴方に強いた任、わが過ちの為に犠牲となった人々…、
何とお詫びして良いものかと」
憂い、袖で顔を覆う。
何と儚き事か…この人は。責を負うには余りに小さい。
「晴明…、私は元より詫びて貰おうとは思うておらぬ。皆の元を離れたは、来るべき時に備えての事…しかし、
其方とは……一番会いとうなかった」
突き付けられた言葉に、晴明はただ愕然とした。
憎まれて居ようとも仕方の無い事と思ってはいた、が、いざその口から告げられると、こうも苦しいものなのか…
気を吸い下す事もできない。
一方 頼光の方は、己の発した言霊がどう取られ様が構わなかった。
言葉の上辺だけなら、彼女を傷つけてしまうで在ろう。
なればそれで良い…距離をおけば名残惜しさも消えよう。
だが、もし言葉の内に秘めた真なる意を汲んだのならば……否。
晴明の頬を雫が伝う。
気付いてはいまいか…。
「すまぬ…」
手を延べたき衝動を抑え込むと、目を伏せ視線を庭へと向けた。
時折吹く強い風に、草木が揺れ、葉の擦れ合う音が聞こえる。
それと、彼女が静かに啜り泣く声も…。
音が途絶え 頼光が視線を戻すと、彼女は頭を深く下げ伏していた。
「頼光…貴方のお気持ち、充分に判っておるつもりでおりました。もう言葉で赦しを請う真似は致しませぬ。
生尽きる時迄、この身を都の再建の為に……全てはわが責に…」
頼光は座したまま、一歩彼女の方へ進み寄るとその肩へと手を延ばし…止める。
(触れてはならぬのだ。この儚い人は、…触れられれば脆く壊れてしまうだろう)
「晴明、面を上げられよ。何も其方を責める気はござらぬ…が、今の言葉を聞き安心致した。
御霊を捨てる気が無いので在れば、何を気に掛ける事無く眠りに就けよう」
「頼光っ…」
嗚咽混じりに言葉を吐く。
「わ…私は…」
頭の中に繰り返し響く言霊は、次に発する言さえも封じてしまうのか…。
「晴明、面を上げられよ」
そっと肩に手を掛けると、微かに彼女が疎んだ
「や…優しさなど、無用に…ございますっ、いっそ……憎まれていた方が…」
最後の言は消え入りそうな程に小さく…
「そうで在るな、確かに憎んで居るかも知れぬ…だが、それは其方に向けてでは無い、己に向けた自身の感情だ」
その言葉に、彼女は伏していた体を僅かに起こし、問う。
「それは…如何なる事で?」
「この仮初なるわが身、如何に憎く恨もうとも、その事実は変わらぬ。
否…違うか、其方に起こされねば沸かなかったであろう感情、その意味では 憎く思えるやも知れぬな…」
晴明はその言葉の意味する所が判らず、首を傾げまじまじと見つめた。
(此の人は私を憎くいと言いながら、微笑んでおられる…。何故に…)
頼光は軽く下唇を噛むと、彼女の肩に添えた手を退けた。
晴明はその身を起こし姿勢を正すと再び問いかけた。
「頼光、貴方の言葉の指す意味が判りませぬ…」
詰め寄る彼女から視線を外し眼を閉じると
「判らずとも良い…」
溜め息と共にそう呟いた。
投げ掛ける疑問符に答えは返って来ない…。
晴明は次第に苛立ちを感じていた。
「私は…貴方と語るべく為に此処へ来ました。…貴方に会う為に…。ですが…」
両手を揃え、頭を下げ暇の意を示すと、静かに身体を起こした。
(ああ…行ってしまわれるのか…)
彼女の仕種の一つ一つを徒ぼんやりと眺めて居たつもりで有ったが…
「頼光、どういうおつもりですか!」
やや怒気を孕んだ声に、ふと我に返る
「手を!お離し下さい!」
無意識のうちに晴明の腕を掴んでいたらしい。
彼女はその拘束から逃れようと、必死に抵抗している様だが、元より力で勝てるはずがない。
(その弱き力で、罪の枷を外そうとなさるか…?)
(何れその身も、儚く散ってしまおうに…)
頼光は掴む手に更に力を加した。
「っ…!」
苦痛の表情を浮かべる彼女を気にも留めず、振り払おうとしているもう片方の腕さえも捉え、押し倒し、組み敷いた。
「頼光っ!何をっ」後に続く言葉ごと唇を奪う。
気を吸う事さえ許さぬとばかりに激しい口接け…。
晴明はどうにか逃れようとするが、身体で押さえ込まれたその身は床より離れる事もできない…が、
「くっ…」
低い呻き声と共に、彼の上体が離れた
頼光が己の口に手をやると、端から流れる朱…。
抗う事が出来ぬと判断した彼女なりの拒絶であった。
晴明は渇望していた気を吸い込むと必死に身を起こした。
「な…っ!何を!斯様な振るまい、赦しませぬぞ!」
叱責されるも、動じず、唇の朱を静かに拭い取ると彼女の方に腕を延ばした。
晴明は咄嗟に逃げようとするが、袴の裾を踏まれてそれも叶わない。
「戯を!お止め下さい!」
身を捩り這いずる様に身体を背ける
頼光は彼女の背より片腕を回すと、軽く耳朶を噛んだ。
「あぁ…お止め下さい…」
床を掴む様にもがくが腰を捉えられており、手は空を切るばかり。
「お放し…下さい…」
懇願するかの様に吐き出された声に、普段の気丈さは微塵も感じられない。
「晴明…」耳元で囁き、抱え上げる様に彼女を起こすと、両の腕できつく抱き締めた。
「放して…っ」回された腕を解こうと、手を掛けると
「暫し…そのままに…どうか拒まれるな…」
口調は常と同じであるが、憂いを帯びている様にも感じる。
「頼光…一体どうしたと言うのですか?」
彼の顔を伺おうとするも「見られとうはない」と言い、抱く腕に更に力を込める。
「言うて頂けねば判りませぬ。」
「聞いて如何致すか?」やや冷めた口調で問う
「如何様にも…。」宥める様にそう答えると、僅かに腕が緩められた。
晴明はその腕を優しく撫でると
「頼光…どうしたと言うのです?」今一度問う。
「私は…自身が恐ろしい…。」
ぽつりと、語り始めた
「何と…」
「戦の中に身を置けば、まだ己は穢れておらぬのだと、例え偽りで在ろうと感じる事ができる…だが…平安の世には…!」
知らず内に首元へと運ばれた手に、思わず身を強張らせた。
「晴明、我が面が見えるか?」
顎をしゃくられ顔を上げると、自分を覗き込む様に見下ろしている彼の顔が有った。
「真、醜き面であろう?」
蒼白では在るが、整ったその顔立ち
「いえ…決してその様には見えませぬが?」
「そうか…」頼光の指が、脈を取るかの如く首筋を這う
「世が清く白くあれば、我が身の穢れは更に濃く色を落とす。それは人に対する事とて同じ…。判らぬか?」
張り詰めた気の中、紡がれる言の意味を辿る…
(それは…妬む心?羨む心?…己を憎み…恨む心?)
「其方の如く清く白き者を晒されれば、否が応でも己の黒き部分を引き摺り出される」
首に這わす指を狩衣の襟に掛けると、力を加しそれを引き裂いた
「!!何をっ?!」
あまりに咄嗟の出来事に、晴明は動く事もできなかった
「だから…其方には…会いとうなかったと…」
単衣の襟を引き広げ、雪肌を露わにするとその双丘を掴んだ
「白きを見れば色を落とし、清きを見れば穢したく思う。…判らぬか?」
掴む手に力を込め、強く揉みしだき、宿る実を摘んだ
「痛っ…!」
晴明は身を庇う様に背を丸めるが、襟足より覗く項に 彼の欲を更に煽ってしまう。
頼光は手を腰へと滑らせ帯を解いた。
「やっ…」晴明は嫌々と首を横に振るが聞き入れられない。
そして、項から背にかけて唇を、豊かなる房より曲線を巡り手を下肢へ…
「お願いにございます…これ以上は…」手を付き背を向けたまま懇願するも
「斯くも易く弱き姿を見せるな!」
苛立ちに任せ、彼女の白い背に爪を立てた。
「うっ…!…どうか…お止め…下さい…」
消え入りそうな微かな嘆き…だが、
「聞けぬ!」
そう吐き棄て、細腰を抱え上げると
徐に足を割り入れ秘裂を探り、蜜を絡め花芽を擦りあげる
「嫌…ぁ…」与えられる刺激に身を捩り、ただ首を横に振るしかなかった
そして彼女の耳元へ口を寄せ、低く囁く
「何れ程想い、焦がれ様とも…共に在るを叶わぬは……最早諦めておる……
だが…美しき其の身…他者に穢され散らされるのだけは…耐えられぬ!」
「ならば、我が刃で斬り裂き 踏みにじるまでの事!」
そう言うと、彼女の身体を深々と貫いた。
「くっ…あぁっー…!!」叫ぶ様に発せられる声
「晴明、斯様に声を上げれば表に聞こえようぞ」
そう言い、彼女の口に自らの指を差し入れた
押し込められた指に吐き気を覚えながらも、そこに牙を突き立てる
「抗うか…それも良かろう」
激しく突き抜きを繰り返される度に揺れ動く肢体、耳を擦る水音…そして…大腿を伝い落ちるは鮮やかなる朱。
頼光は、衣を緋に染め上げる様を見ながら「今 己が手により壊して居るのだ」と…心の内で自身を嘲笑った。
それはどことなく愉悦にも似た…。
昂る気をそのままに楔を穿ち、そして内に溜まった濁りをただ欲望と共に解き放つ。
(ああ…これで良い…)
まるで己に言い聞かす様に、頭の中で繰り返す。
楔を抜くと同時に流れ伝う精と血…。
晴明の身を開放し、徒呆然と立ち尽くす。
彼女は力なく倒れ込むも、衣を手繰り
「私の気持ちを知ろうともなさらず、真、惨い事を…。もう…気が済んだでしょう?」
と、冷ややかに言葉を吐く。
責める様な眼差しを向けた彼女を見やると
「否…」静かにそう呟く。
……悲しげなる瞳……
(何故その様に悲しげな眼をなさる?それでは…私が悪いみたいではないか…)
「晴明…其方の気持ちとは如何に?」
思わず漏らした心の声に、二人は息を飲み込んだ。
「いえ…もう…良いのです。」
(せめて私の心は封じてしまった方が良かろう。互いの想いが通じ有っておらぬと思って居れば、
喪う時も差程辛くは有るまい…私も…貴方も…)
「晴明、此程までに我が想いを伝えても、其方は答えては下さらぬのか…」
縋り寄り 投げかけた言の葉は、何処か諦めにも似た音を含んでいる
「理を…曲げる事は…許されないのです…どうかその気持ちをお汲み下さいませ」
潤ませた瞳に全ての想いを託し、頼光に向けた。
「判り申した…」眼を閉じ俯くと、彼女を抱き寄せた。
((あぁ…愛しい人よ…どうかこのまま……私の元に…))
彼の人の背に腕を回し、そっと抱き締め返す。
…どれだけの時が流れたのだろう……。
晴明はゆっくりと身を起こすと頼光の頬をなぞる。…が、指に触れる暖かいものを感じ首を傾げる。
「泣いて…おられるのですか?」
その言葉に我に返ると、頼光は彼女の漆黒の瞳を見つめた。
視界がぼやけ、きちんとは見えないが 優しげなる表情。
「後悔…なさっておられるのですか?」
「否…」おそらく、そうでは無い。
「自分を…責めておられるのですね」そう言うと唇に触れ、そっと口接ける。
「何を!?」驚きで動く事もできない…。
そして、頼光の頭に手を延ばすし、自分の胸に抱え込んだ。
「晴明…私が其方に致した事、咎めはせぬのか?」
眼を閉じ身を委ねる。ふくよかなるその身が心地好い。
「貴方が私を咎めなかった様に、私も貴方を咎めはしませぬ。…それに…貴方の気持ちも判りますゆえ」
その言の葉は頼光の心の奥底に染み入り、呪と成る。
(あぁ…始めから穢す事などできぬのだ…この人は…)
胸に顔を埋めると、腕を回し強く抱き締める。
「ら…頼光、痛い…」慌てて力を緩め身を離す。
「あいすまぬ。…そう言えば、先ほど傷を付けてしまったか…。真、我が愚かしさを憎く思う」
「頼光…人とは元より愚かな者にございます。
それでいて…弱く、脆く、儚い…。そして少なからず穢れを内に秘めて居るものです」
晴明は、尚も言葉を紡ぐ
「九尾の落胤たるこの私が…どうして清いと言えましょうか?」
そして頼光の横髪を優しく梳る
「…すまぬ。」
「いえ…、でも…私には貴方が醜く穢れている様には思えませぬ。寧ろ、その逆…。
御霊が清いからこそ、穢れを祓う力が有るのだと…」
彼の人の身を起こし、晴明は微笑んだ
「頼光、陰陽道には寿命を司る神が居ります。それは決して疎われる存在では有りませぬ。
それに、死とは新たなる生を受ける為には必要不可欠なのですよ。その為に、貴方の力が
必要だった…」
まるで幼子に言い聞かせるかの如く、諭す。
「其方も…生まれ変わりたいと?」
「…」頼光の問掛けに、言葉を詰らせる。
確かに…晴明は心の底から「死」する事を望んでいた。
(己の存在を無に帰し、新たなる「己」として生を受ける…)
否、これは寧ろ「生まれ変わる事」に対する憧れなので在ろう。
彼女はゆっくりと頷く。
「でも…、『泰山府君』に好かれてしまったのなら、もはや死する事も叶わぬでしょうね」
顔を綻ばせて笑う。
「晴明…私はその様な大それた神と並べて良い者では無い…」
すまなさげな表情で、視線を逸らす。
彼女も、頼光の視線に合わせ 庭に目を向けた。
「いえ…。私からすれば、どちらも同じに尊き者にございます。」
開け放たれた格子戸より、二人の間を風が抜ける。
仄かに運ばれるは 梅の香…。
「風が幾分か暖かくなって来ましたね」
衣を整えながら彼女はそう呟いた
「ああ…。其方の卦によれば、私が黄泉へと還る日はそう遠く有るまい?」
「はい…」静かに頷く。
頼光も、その様に納得し、諾とばかりに頷いた。
再び庭へと目を向け、視線を彷徨わす。
「梅の次は桃が…そして……。貴方が眠りに就く頃には…見事な…」
晴明のくぐもった様な声に怪訝ながら視線を向けると、彼女はそれに気付いてか目を伏せ俯いた。
「晴明…如何致した?」
微かに震える肩と、啜り上げる音…
「いえ…少し風が冷たくて」
わざとらしくも衣を手繰り、肩を抱くと顔を上げ微笑んでみせる。
「寒い…か…?そうではあるまい。」
頼光は、すっと立ち上がり、開け放たれた格子を閉めた。
そして彼女の前に歩み寄ると、片膝を付き顔を覗き込んだ。
「これで風は入らぬ、寒くはなかろう。では…」
そっと彼女の頬に触れる
「次は…その泪の意味を問いたい…」
彼女は眼を見開き、ただただ眼前の彼の人を見詰める。
頼光は、晴明が己の口からは決して内なる声を吐き出す事は無いと知っている。それは先に然り。
一旦は退いたものの、時折向けられる慈に満ちた気…。
故にもどかしく、そして、故に何としても彼女の口からその気持ちを聞き出したかったのだ。
「頼光…、何故判っては下さらないのですか?
貴方は!最早現世に存在しては居らぬ御方…。何れは理に従い…っ」
「判っておる。それ故に尚更…。」
晴明の言葉を振り払う様に口を付く
「今の我が身は…例え仮初とは言え、こうして触れる事もできる…。
この一時に情を交わすに何を躊躇われるか?
先の事とて…真に拒んだのならば…聡い其方の事だ、逃げ仰せただろう。
それをしなかったは…其方も…私と同じ想いを抱いているものと…」
射抜く様な眼差しに耐え兼ね、彼女は視線を逸らそうとするが、頼光は其れを許さない。
「我が眼を見ても、異を唱えるか?」
「頼光…でも…」
頑なに心の内を閉じる彼女に、深く溜め息が漏れる
「やはり無理であるか…」
彼女は謝する様に、やや上目遣いな視線を送った。
「なれば…」
「あっ!」
頼光は彼女を抱え上げると
「晴明、真に拒まれるのであれば抗ってみせよ。さすれば無理強いはせぬ。
が、もしそうで無いのなら…」
「…無いのなら?」
怖じ気ながらも聞き返すと、頼光は子供じみた笑みを浮かべて答えた
「諾したと受け取る迄の事」
晴明はその言葉に半ば呆れ返ってしまった。
「な、何と勝手な…!」
彼女を閨へと運び、夜具の上へと下ろす。
「斯様に大人しくしているとは、如何なるつもりか?」
晴明の面に、さっと朱が差す。
「このまま黙っておると…」
彼女を抱き締め、奪う様に口接けると、頼光の胸元に添えられた白い手が僅かに抵抗した。
が、強引ながらも優しく施される口接けに、次第に酔わされ
そして更なる快楽を得ようと、無意識に彼の人の襟を引いていた。
深く重なる唇…。
時折吐き出される、苦しくも甘い吐息…。
思考は蕩かされ、逆らう事なく流されて行く…。
頼光はそのまま彼女を夜具へと横たえた。
「良いのか?」
ふと唇を離し問いかける。
しかし彼女は頷く事も「諾」とも言わない。
代わりに、続きを促す様に潤む瞳を向け眼を閉じた。
(難いな…)頼光は心の奥でそう感じながらも、応じ、深く唇を重ねる。
薄く開いた唇に舌を這わせ挿し入れると、晴明は僅かに身を疎ませた。
それを感じてか、頼光は逃がさぬ様にと彼女の顔を両手で包み込んだ。
晴明の心を、身体を解きほぐす如く、ゆっくりと優しく柔い唇を味わう…。
想いが通じたかは定かではないが、晴明も彼の背に腕を回し、縋った…。
その仕種に、頼光の内にわだかまっていたもどかしさが、
まるで潮が引いて行くかの様に遠ざかり消えていった。
「晴明…」彼女の髪を掻き、その名を紡ぐ。
閉じられた瞼より流れる雫。それを指で拭ってやれば、熱にうかされた様に彼の名を呼ぶ。
「頼光…」雫はとどまる事無く零れ落ちる。
頭を撫で、宥めてやると 縋る腕に力が込められた。
今一度唇を重ね、頬に瞼にと口接ける。そして耳朶を軽く食み、舌を這わせて行く。
彼女は湿った舌の感触に身を疎ませるも、拒もうとはせず
ただ何かを堪える様に眼を閉じ、唇を噛み締めた。
「辛いか?」思わず顔を上げ問いかけるが、応えは首を横に振るだけ。
(斯様に優しくされて、どうして拒めようか?)
顔を背け微かに嗚咽する。
そんな晴明の様子に募る罪悪感…。
先に無理やり奪ってしまった時には、微塵も感じ無かったのだが…。
身体を離し横たわると、震える彼女の腕に触れそっと擦る。
「すまぬ…まさか怖じ気で拒む事もできぬとは…」
晴明はその言葉にハッとし上体を起こす
「ちっ…違います!だって頼光、貴方が!!」
頼光はマジマジと彼女を見詰め、続く言の葉を待つ。
「…貴方が…拒めば止めるとおっしゃるから…」
顔を赤らめ俯く姿に頷くと、手を差し延べる
「晴明、こちらに…」
そっと彼の手に手を添え、引かれ、その胸に抱かれる。
早まる鼓動に戸惑いながらも、彼の人にその身を預けた。
(あぁ…やっと応えて頂けたか)
彼女を強く抱き締め組み敷くと、ゆっくりと衣を剥いで行く。
露わになった胸元に口接けを落とすと、時折きつく吸い上げ紅く色をつけ
指は武骨ながらも雪肌を滑り、その豊かなるを愛でる。
ぞくりとしたものが、彼女の身体を走り、粟立つ。
「あぁっ…」
思わず漏らした己の声に恥じ、指を噛む。
「晴明、戸は閉めてある故、表には聞こえぬ。声を殺す事はなかろう」
そう言い彼女の手を取り、噛んでいた指をそっと舐めた。
「頼光、くすぐっとうございます」気恥ずかしげに笑い、手を引く。
頼光も微笑み返し、彼女の手の甲に軽く口接けると、再び柔い肢体に触れ慈しんで行く。
晴明は施される愛撫に、内から溢れる熱を感じ、
しかし それをどうする事もできず、ただもどかしく思っていた。
「頼光…」
囁き僅かに身じろげば、そんな彼女の気持ちを汲んだのか、頼光は触れる手を下肢へと運び、よき所を探る。
そして身体を割り入れると、彼女の両脚を抱え上げ内股に舌を這わせていった。
「あぁ…嫌っ…」
秘部を晒された羞恥と、舌の這う感覚から逃げようと必死に身を捩る。
「晴明、真に拒まれるか?斯様に濡れて居るというのに…よもや前戯のみで満たされたと言うのでは有るまいな?」
恥じもせず生真面目に問うのが、彼らしくは有るのだが、それが返って卑猥に響く。
「いじめないで下さいませ!」頬を朱に染め、拗ねる様に顔を背けた。
初めて眼にする常とは違う彼女に(己は特別な存在なのだ)と感じ、否が応にも気が昂る。
頼光は急く気持ちを抑え込むと、誘うように色付いた花弁に口を寄せる
「あぁ!なりませぬ…斯様な所にっ」
頼光の髪を掴み 止めようとするも、与えられる刺激が鮮烈で力では敵わなかった。
花芽を吸い上げ、花弁を寛げ蜜を啜る。
手指や舌で内を弄られ、ただ、されるがままに流されて行く。
(拒む事など、抗う事など…初めからできはしないのだ。
元より心の奥底で、こうなる事を望んで居たに違いないのだから)
「頼光…」縋る様な声でその名を呼ぶと、脚がビクリと跳ね達する。
「あぁ先に行ってしまわれたか」
きつく締め上げるそこから指を引き抜くと、蜜が溢れ銀糸を引いた。
頼光は、指に纏わり付いた蜜を丁寧に舐め取ってゆく。
その様を眼前に晒され、彼女は眉根を寄せた
「穢れを含む真似は、なさらないで下さいませ…。貴方が…」
繋ぐ言葉を遮る様に、頼光が口を突く
「私が穢れるとでも申すか?否、其方の言葉を借りるなら これは清めている事になるが…。」
淡く笑い、彼女を覆った。
「頼光…、では…私の内に宿る穢れも、清めて下さいませ…」
晴明は、彼の肩に手を添え 誘った。
「諾した」とだけ応え、自身をそこへ宛てがうと「良いか?」と許しを請う。
「…はい…」晴明は小さく静かに頷いた。
頼光は己に蜜を纏わせゆっくりと挿入していく。
一度は交わったものの、まだ慣れぬ彼女を気遣う様に、始めは浅く…。
「御身は辛くはないか?」
悲痛な面持ちの彼女に問い掛ける
「辛くは有りませぬ。貴方が心から慈しんで下さるのなら、寧ろ…嬉しゅうございます」
痛みに耐えつつ、精一杯微笑んで見せる姿が何ともいじらしい。
頼光は徐々に深く、激しく彼女を穿ち、そして晴明は痛みの中に潜む別の感覚にその身を任せた。
((心を通じ、身を繋ぐが 斯様に心地好いとは…))
次第に早まる鼓動、押し寄せる悦…。
共に絡み、繋ぎ、そして一つに…。
「あぁ!頼光!!」愛しき彼の肩に縋り、肢体が僅かに跳ねると 彼女は緩急した。
時を同じく、頼光も一端動きを止めると、晴明の内で跳ねそこに想いを解き放った。
低く呻き、繋がったまましばしの余韻に浸る。
眼を閉じ、荒く息をする彼女に、厭う様に口接ける。
「晴明…」身体を起こし、己を引き抜くと互いの体液が混ざり流れ落ちる。
「しばしそのまま待たれよ、衣と清水を用意致そう」
簡単に衣を整えると、彼女にそっと口接けた。
頼光が退室した後もその身に残る熱、彼の人の匂いに 我が肩を抱き悦びに震える。
「頼光…」
(だが…果たして良かったのだろうか?理に反す、斯様な行い…)
眼を閉じ、頭の中で自問自答を繰り返す。
頼光が閨に戻ると、彼女は夜具の内に身を丸め、横たわっていた。
(眠ってしまわれたのか…)
起こさぬ様にそっと身体を拭き清め、新しい衣に袖を通す。
このまま寝かせて置くべきかとも思ったが、濡れた夜具の上では身体に障ると、抱き起こした。
「晴明?」
ゆっくりと眼を開けると、彼の人と視線が絡まり気恥ずかしさを覚える
「頼光…。…すみません、着物まで…」そう謝すると、軽く身を整えて横へいざる。
「狩衣と袴は如何致すか?」晴明は己の着ていた衣を差し出され、言葉が詰まる。
「…」
裂かれた狩衣、血に染まった袴…。
これでは皆に何と言い訳をすれば良いのやら。溜め息が零れる。
「頼光…貴方が始めから気持ちを打ち明けて下されば、この様な事にはならなかったでしょうに…」
諦めにも、呆れともとれる彼女の言葉…
「否、それは其方も…。あぁ、否…すまぬ」
これは女人を責めるべき事では在らぬと、言葉を飲み込んだ
「いえ、私も…。まぁ良いでしょう。頼光、確かここには行李が一つ有りましたね?」
「あぁ、ここを使う時に貞光が用意してくれた物だが…しかし、其方の身体に合う衣が有るかどうか?」
意を察し、首を傾げる彼の人を、クスリと笑うと
「頼光、あれを用意させたのは私ですよ。それに、衣は元々私の着ていた物にございます」
その応えに唖然となる
「…そうであったか」
衣を着替え、元より着ていた着物を布に包んで現れる。
「そろそろ暇を…。日が暮れれば、流石に皆が心配致します故」
「判った。では送ろう。途中で何か有ってはならんのでな」
晴明は、コクリと頷き礼を述べた。
「晴明…また逢うて下さるか?」
一歩遅れて歩く晴明に、振り向かずに伺う。
「はい…。でも、次からは頼光、貴方が私を迎えに来て下さいませ」
「?」
言葉の意味するところが判らずにいる頼光に、彼女は言葉を紡いだ
「本来、妻問いとは、殿方が女の閨にいらっしゃるもの、ですが、皆も居りますから…。だからせめて…。」
晴明の、女としてのささやかな我侭であった。
そんな彼女を愛おしく感じ、頼光は深く頷いた。
「判り申した…」
紅く染まる空の下、長く伸びるは寄り添う二つの影。
そよぐ風も次第にまろみ、草花も競いて咲き誇り、彼の人の還り行くを見守ろうて…。
あぁ、私も其等の如く彼の人を……と。