一昨日から降り続く雨は一向に止む気配を見せない。  
長かった冬も終わりに近づき、雪は氷雨に変わり都に降り注ぐ。  
夕刻過ぎから風も強まり、ようやく新芽をつけたばかりの木々を容赦なく煽る。  
屋敷の中は凍てつくような寒さであったが、この閨の中は未だ熱気が篭り  
素肌に掛布を纏っていてもさほど寒さを感じなかった。  
 
「…雨がやまぬな」  
外の気配を探るように頼光が伏せていた身を上体だけ起こすと  
彼の下にいた晴明の身体がひくり、と微かに身動いだ。  
御簾に隔てられた上、雨戸を締め切っているので外の様子は窺えないが、  
叩きつける雨の音から相当の風雨になっているようだ。  
頼光はもう一度身体を伏せ、腕の下にいる晴明の上に覆い被さった。  
無論、体重はかけないよう、注意を払いながら。  
「この様子では明日もやまぬ」  
「…李武が、この雨は明後日までやまぬと申しておりました…」  
腕の中の晴明は人形のように四肢をだらりと投げ出したまま、頭を動かすのも  
億劫なのか、目線だけを動かして傍らの御簾を見やり、消え入りそうな小さな声で答えた。  
「そうか…では明日は朝寝をしても構わぬな…」  
彼女の耳元で囁きながらその身体を抱きしめ、頬を摺り寄せると  
晴明が微かに掠れた呻き声を洩らし、身体を震わせた。  
 
「頼光…今宵はもう…お許し下さいませ…」  
泣き腫らして赤くなった目に涙を滲ませながら懇願するが、頼光は己の  
唇で彼女の濡れた唇を塞ぎ、黙らせる。  
二人の身体は先程情事を終た後、未だ繋がったままだった。  
一度は共に果てたものの、結合部分は未だ蜜を蓄え二人の身体が動く度に  
湿った音を立てて名残が零れた。  
「此の侭辞めても良いのか?」  
揶揄するように問いかけながら浅く腰を引くと、晴明の身体が強張り  
頼光を心地よく締め付けてくる。押し寄せる悦楽から逃れるようにゆるゆると  
首を振った拍子に涙が一筋零れた。  
「辞めよ、と申すのならば致し方ないな…」  
「!!頼光…」  
頼光はわざとらしく嘆息しながら身体を離そうとするが、晴明の腕が首に絡み、  
離すまいとしがみついてくる。  
「…見捨てないで…下さい…」  
泣きそうな声でそう呟き、頼光の唇に何度も口付け、誘いかける。  
遊女のように淫らに腰を振ってみたり、肢を絡ませて深く繋がるなどと大胆に  
なれないのは彼女の性分を考えればよく判る事だが。  
 
ほんの少し、頼光に加虐心が生まれる。  
「では…如何しろというのだ?」  
ぎりぎりまで己を引き抜き、蜜口周辺を探るかのように指先でなぞり、花芯を  
そっと撫でると晴明の足ががくんと震えた。  
「っ……ぁ……っお願い…に……御座い、ます…っ」  
「如何して欲しいのか言わねば判らぬ」  
熱を待ちきれず、小刻みに身体を震わせる晴明に、あくまでも  
知らぬふりで焦らし続ける。  
「あぁっ……!…虐めないで……っ…下さい…ませ……!」  
「虐めるなどと人聞きの悪い…斯様に愛でているというに」  
幾度となくこの腕で抱き、この手で染めていった晴明の身体は、  
何処を如何すれば悦を感じるのか余す所無く熟知している。  
だが其処には一向に触れられず、もどかしさに晴明の身体は身悶え、  
結合部分からは止め処なく蜜が溢れ出し、腿を伝って零れ敷布に染み込んだ。  
頼光は二人の身体を包んでいた掛布を跳ね除け、蝋燭の仄かな灯りに  
照らされる晴明の白い裸体を抱き寄せる。  
其処には、先程つけた赤い印が深雪を踏みにじる足跡のように  
幾つもの散らばり、其ら一つ一つを愛しおしむかのように、重ねて吸い上げていく。  
 
散々に焦らされるも暫し耐えていた晴明だが、己に宿る欲望を抑えきれずついに観念したのか、  
頼光の身体を太腿で挟み、腰を押し付けるようにしてその先を強請る。  
それが、彼女にできる精一杯の誘惑だった。  
「……頼光、どうか…っ…私を……私を…―――――――――――……」  
彼女の必死の願いは、雨の音に掻き消されそうな程小さな声だったがそれでも充分だった。  
返事をする代わりに涙に濡れた目元に口付け、晴明の両脚を掴んで大きく開かせると  
彼女が待ち望んだ滾りを最奥まで一気に貫いた。  
「くぅ……ああぁぁぁっっ………!!」  
熱い楔が晴明の内を満たし、背筋から脳天まで突き上げる快楽に身を仰け反らせ、  
悲鳴に近い嬌声が上がる。  
晴明は己の発したあられもない声に恥らうものの、冷静な思考は快楽に溶かされていく。  
「はぁっ……あ…ぅ…っん……あっ……あっ…!」  
溜息とともに溢れる悩ましげな喘ぎに頼光の欲望は揺さぶられ、怒張は晴明の中で膨れ上がる。  
螺旋を描くように腰を律動させ、豊満な乳房を揉みしだいてやれば益々声を荒げ、乱れる。  
日頃の高貴な彼女を知る者が、斯様な姿を見たら如何思うだろう。  
そして、彼女を淫らに染め、支配しているのだという優越感に  
頼光は微かに口元を歪めた。  
 
本能の欲するまま、互いの身体を交わらせ、貪り合い。だがそれは永遠のものでは無く。  
やがて迎える頂に、晴明が縋るように手を差し出した。  
「…頼、光…っ…もう……もう…っ…!」  
「嗚呼、共に……果てようぞ……」  
差し出された手に己の指を絡ませ、床に縫い留める。晴明の脚を肩に掛けると、  
頼光は深く深く腰を抜き差し、彼女の好い処を的確に突き限界へと促す。  
互いの肌と肌がぶつかり合う音と、湿った卑猥な水音が擦り切れそうな意識の  
中ではっきりと響く。快楽に溺れた思考は互いを求める以外、何も考えられない。  
「ぁあっ…!はぁっ……あ…っ…あぁあっ…!頼光…ら、いこ…う…っ!」  
嗚咽にも近い嬌声を上げ、晴明が爪を立てて頼光にしがみつく。応えるように頼光を  
晴明の身体を強く抱きしめ、そして―――――――  
「あっ…くっ…ぅあっ…あああぁぁ――――……!!」  
「……ぐっ……ぅっ……っ!!」  
晴明の身体が仰け反り、緩急する。合わせるように頼光も動きを止め、己の熱を再奥へと  
放った。強い解放の余韻に、荒い息を整えながら暫し浸る。  
長い間互いの身体を繋いでいた楔を引き抜くと、大量の蜜と白濁の混じりあった愛液がどろりと  
零れ、滴り落ちた。  
 
「晴明…?」  
名を呼んでも返事は無い。強い快楽にどうやら意識を手放したらしい。  
汗で顔に張り付いた黒髪を梳いてやりながら額に、目元に、頬にと口付けを落とし、  
艶やかな黒髪に顔を埋める。  
「………晴明」  
―――――其方と、離れとうはない。  
この想いを言葉にできれば、どんなに楽だろうか。  
いっそ憎まれれば、別離を恐れる事もなかろうに。  
 
「ん……」  
母に抱かれる幼子のように安堵しきった寝顔で身を預ける晴明を、  
暫し複雑な表情で見つめていた頼光だったが、雑念を払うようにゆるりと頭を振ると  
そっと目を閉じ、眠りに付いた。  
 
雨はまだやまない。  
 
雨が雪を解かしたら、花の季節がやってくる。  
彼が黄泉に帰るその時は、刻一刻と迫りつつある。  
 
 

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