常闇の淵に待っていたのは、かつて晴明と共に朝廷を守護するはずの立場であった者―――芦屋道満。  
だが、仮令九尾の力を与えられたとはいえ、封じた光り岩を全て解き放たれ、力を削がれてしまっては最早頼光の敵ではなかった。  
神薙の剣が一閃し、かつて高名な巫術士であった男に致命の傷を負わせる。  
『晴明よ……黄泉にて待っておるぞ……!』  
呪詛の言葉を吐き終わると同時に石と変じ、崩れ落ちていく道満の姿を晴明は黙って見つめていた。  
「……道満……。」  
俯く晴明の口から哀しげにぽつりと呟かれた名が、頼光の胸中に細波を立てる。  
 
―――ざわざわと心を掻き乱す……この感覚は、何だ?  
 
己の変調を訝しがる頼光には気付かず、晴明は静かに顔を上げた。  
「頼光……地の浄化、頼みましたよ。」  
事の顛末が、かつての同胞の背信であったという後味の悪さの為か、力なく頼光を振り返った晴明の貌には物憂げな影が落ちている。  
「……承知した。」  
頼光は黙って頷くと、湧き上がった得体の知れない不快さに苛まれつつも、澱んだ常闇の気を祓うべく祭器を手に取った。  
 
「……光。頼光……。」  
不安げに名を呼ばれている事に気付き、頼光ははたと我に返った。  
―――此処は、晴明に与えられた己の寝所。傍らには晴明が酒の入ったひさげを持って控えている。  
「具合でも悪いのですか?頼光……。」  
「……否。大丈夫だ。」  
己の顔を覗き込みながら心配そうに尋ねる晴明に、嘆息して首を振り答えた。  
「左様で御座いますか……ならば良いのですが。今日の修祓でも、貴方には苦労をかけました。」  
晴明も小さく息を吐くと、酒を杯に注ぎながら頼光への労いの言葉を口にする。  
「あの鵺……芦屋道満はかつて、私と同じく朝廷の巫術士であった者。ある時を境に行方知れずになっておりましたが、あのような形で再びまみえる事になろうとは……。」  
目を伏せたままぽつり、ぽつりと呟く晴明の言葉を聞いているうちに、先刻の不快な感覚が再び湧き起こってきた。  
「……。」  
頼光の浮かべる渋い表情を、晴明が哀しげな光を湛えた瞳で見つめる。  
「以前から、彼が私の力に対して羨望の念を抱いている事……私を忌々しく思っているであろう事は感じておりました。」  
 
それは晴明の『力』に対するものだけではない、と頼光は思う。  
 
『妖しの女に惑わされ、闇に足を踏み入れた愚か者が一人……か。傀儡を踊らせ高みの見物か、晴明……どこまでも賢しい女よのう。』  
其処に込められしは、傀儡である己に対する揶揄、そして我が力を利用する晴明への嘲笑のみならず。  
晴明は気付かなかったのだろうか?……あの時、道満が憎悪の感情を向けていたのは、晴明に対してではない事に。  
其れは寧ろ……彼女の傍らに在った、己にこそ向けられていた。  
―――何故、貴様のような男が晴明の隣に立っている!?  
―――何故、貴様のような男を晴明は拠り所にしている?  
―――何故、貴様は晴明の為にその身を、力を供する?!  
人外の存在と成り果てた、彼女の同胞だった男は怒気も露に頼光を見据えていたのだった。  
 
己に討たれた彼の者が、今わの際に晴明と交わした言葉。  
『そなたの如く、儂も高みへと……。』  
……目的は、ただ強大な力を手にする事だけではなかったのだ。  
力を得る事によって晴明と同じ場に立ち、そして恐らくは―――  
 
其処まで思いを巡らせた頼光は、胸の内にあるわだかまりが再び大きくなるのを感じる。  
 
……一体何なのだ、先刻から燻るこの不愉快な感覚は。  
 
其のの正体が分からず一人煩悶する頼光だったが、晴明は彼の葛藤に気付くこともなく言葉を続けた。  
「しかし……よもや、力を欲するあまり九尾に与し鵺に身を窶し、あまつさえ護るべき朝廷に仇なすとは……。私への敵愾心が道満を闇に向かわせたなら、此度の件は私にも責の一端があると思いませぬか?」  
眉根を寄せて頼光を見やる晴明に、頼光はゆっくりと首を振る。  
「……思わぬ。」  
即答した頼光の言葉に一瞬瞠目した晴明だったが、すぐに再び眉を顰めた。  
「頼光……。」  
「強大な力など……それを律し、正しい方向に使えねば何の意味もない。力に溺れ、身を滅ぼしたのは全て彼の者自身の責であり、咎だ。」  
強い意志を秘めた声で答えた頼光の言葉に、それでも晴明は食い下がる。  
「それは……私も貴方も、生まれながらに力を持つ者であるからこその言葉ではありませぬか?道満は、持たざる者であった。それ故に力を妄信し、固執してしまった……。」  
「……力を持つ者が、持たざる者より幸運とは限るまい。」  
 
―――斯様な力、無ければ良かったと何度思ったことであろう。  
 
持って生まれた力ゆえに、この手で人々に数多の『死』を齎した己を鑑みて、頼光は理不尽な思いに駆られる。  
「確かに貴方自身のその力も、私のこの力も、当人にとっては畏れ、忌むべき物。……ですが、道満は……。」  
「……くどいぞ、晴明。」  
彼女の口から、彼の男の名をこれ以上聞きたくなかった。苦々しげに一言低く呟き、そして―――  
 
かしゃん、と晴明の手からひさげが落ち、中に入っていた酒が床に水溜りを作る。  
 
……頼光は衝動のままに晴明の両手首を押さえつけ、続く言葉と共に唇を封じていた。  
 
「……ふっ…んぅっ……。」  
貪るかの如き深い口付けを繰り返しながら、晴明の身体を其の場に組み敷く。  
突然の行為に戸惑う晴明の衣の帯を解き、胸元に掌を差し入れた。  
「…ぁ……頼光っ、…何を…っ……。」  
何とか頼光の腕の中から逃れようとする晴明だったが、何時になく強引な様子に気圧される。  
「頼光、一体……っ……くっ!!」  
些か乱暴に衣を剥ぐと、露になった白い肌に唇を寄せ、きつく吸い上げて幾つもの紅い痕を刻んでいった。  
……あたかも、己の物だという印を残すが如く。  
「っ……あっ…!」  
豊かな胸を大きな掌に包み込まれ、ゆるゆると揉みしだかれながらその頂に軽く歯を立てられた晴明の身体がびくり、と震える。  
静かに怒りを湛えた様子の頼光に晴明は困惑し……そして、一つの考えに至った。  
 
―――滅多に感情を表に出さないはずのこの男が、斯様な行動を執る理由は、まさか……。  
 
「頼光、もしや貴方は……道満に、嫉妬していらしたのですか?」  
頼光の顔を見やりながら恐る恐る問う晴明の言葉に、頼光はようやく得心する。  
 
―――ああ、そうか。  
 
胸の内に湧き起こっていた、道満という男に対する不快な感情の正体は……嫉妬、だったのだ。  
微かに自嘲の笑みを浮かべると、頼光は晴明の唇に触れるだけの口付けを落とす。  
「その通りだ。……我ながら、浅ましい限りだな。」  
昼間まみえた鵺、芦屋道満の姿が頼光の脳裏を過ぎる。  
朝廷の巫術士として、晴明と浅からぬ因縁を持っていた男―――己の知らない晴明を知る、男。  
「彼の男が、我よりも貴女と永き時を共に在ったと思うと……矢も盾もたまらなかったのだ。」  
そっと晴明の手を取り、其の白い甲に赦しを乞うが如く口付けた。  
悋気を露にした頼光の言葉に、微かに眉根を寄せた晴明であったが、直ぐに花が綻ぶかのような笑みを見せる。  
「頼光……斯様に、私を想って下さいまして……嬉しゅう御座います。」  
そうして頼光の首に腕を回し、甘えるように縋りつく。  
「ですが、せめて続きは……褥でお願い致しまする。」  
「……分かった。」  
からかうように耳元に囁かれた頼光は、苦笑しながら晴明を抱き上げると、几帳の向こうに用意された褥へと運んでいった。  
 
月輪を間近に控えた月明かりに照らされた褥の上、うっすらと浮かび上がる白い裸体を掻き抱きながら頼光は考える。  
 
芦屋道満―――晴明と共に朝廷に仕えし男。  
……だが、彼の者は知るまい、斯くも艶やかな晴明の様を。  
 
熱を持ち、しっとりと汗ばんだ滑らかな肌の感触が掌に心地良い。  
身体から立ち上る雌の香気が、焚き染められた香の匂いと相俟って鼻を擽る。  
「ふぅっ……んっ……くっ…っ…。」  
背筋を走り抜ける快楽に耐え、必死に声を押し殺す唇を貪れば、漏れる吐息すらも甘く感じられる。  
黒曜石の瞳に涙を滲ませ、白き頬を朱に染めた、男の欲を擽る表情が目を楽しませる。  
一つになった処が奏でる淫らな水音が、絶え絶えに漏れる喘ぎが酷く頼光の情欲を煽る。  
「やっ……あ…っ……はぁ……。」  
五感の全てで晴明を味わいつつ、頼光は次第に抽送を早めていった。  
「あ…っ…頼光……あ、あっ……っ……!!」  
達する寸前に上げる、妙なる嬌声が一際甘く、切なく響く。  
 
此れは……他の誰も、決して知りえない。  
彼女を真に『女』として目覚めさせてしまった、己だけが知る晴明だ。  
 
己が手で咲かせた大輪の花を胸に抱き、頼光は満ち足りた思いで眠りの淵へと誘われていった―――  
 

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