「まったくもう、なんで私が…」
ぶつくさと文句を言いながら、りんごは宿の階段を上がっていった。
りんごの背中には、ぐったりとした赤ずきんが背負われていて、すうすうと寝息をたてている。
ときおり赤ずきんから漂ってくる酒の臭いに、りんごは顔をしかめた。
ファンダヴェーレワインの名産地リゼルの町は、とても活気にあふれている。
その極上のワインを求めて国中から人が集まり、町の大通りは人通りの絶えることがない。
そんな中で、すんなりと宿を見つけることができたのは、赤ずきんたちにとって運がよかった。
しかし、その宿が酒場の二階に位置していたのが、よくなかった。
酒場の客がふざけて赤ずきんに酒を飲ませたのだ。
たった一杯のファンダヴェーレ・ワインで、赤ずきんはすっかり酔っぱらってしまって、
りんごや白雪に絡みはじめたり、急にけたけた笑い出したり、ヴァルにしがみついてめそめそ泣き出したりした。
しまいには酒場の男たちに腕相撲勝負を挑み、冗談と思った男たちがその申し出を笑い飛ばすと、
赤ずきんは四葉騎士団の証であるエレメンタルクローバーを見せびらかそうとしたので、ヴァルと草太があわてて止めた。
そのときに暴れた赤ずきんのかかとが頭を直撃して、草太は気絶してしまった。
今は白雪が大騒ぎで草太の手当てをしている。
ヴァルは酒場の主人に、騒ぎを起こしたことを謝っていた。
いばらはいつものように寝ていた。
そんなわけで、騒ぐだけ騒いで眠ってしまった赤ずきんを部屋まで運んでいくのは、りんごの役目となった。
「ふわわぁ〜、もう食べられないよ〜…」
「いばらみたいな寝言言ってるんじゃないの!」
赤ずきんが身をよじったので、りんごはずり落ちた赤ずきんの体を背負いなおした。
(…にしても…)
自分の背中に当たる感触に、りんごはかすかな優越感を覚えた。
(赤ずきんって、ホントにないのねー、胸…)
赤ずきんの特徴的な革のかぶととローブ、それにエレメンタルクローバーは今は身につけていない。
薄地のタンクトップにハーフパンツという、とても女の子とは思えない格好だ。
赤ずきんの体は細身な外見とは裏腹に、触るとがっしりとしていた。筋肉はしなやかで、よく鍛えてあるのがわかる。
(こうして見ると、赤ずきんってまるで男の子みたい)
そんなことを考えながら、部屋のドアを開けた。
「ほら、起きて。着いたゾ」
りんごは赤ずきんを揺さぶって起こした。
「んん〜…」
赤ずきんを背中から下ろしたが、ふらふらして危なっかしい。
赤ずきんをベッドに寝かせようとすると、突然赤ずきんがりんごにもたれるように倒れ込んできた。
りんごは急なことに反応できずに、赤ずきんと一緒に折り重なるようにベッドに倒れ込んでしまった。
「いたた…ちょっと赤ずきん、どいてよ!重いゾ!」
赤ずきんの下じきになったりんごが抗議の声を上げる。
「ん〜…」
赤ずきんはモゾモゾと体を動かすと、首を回してりんごの方を向いた。
息がかかるほどの至近距離で赤ずきんの顔を見て、りんごは少しドキっとした。
ふーん…普段はずっきゅーんとかなんとかうるさくって気付かなかったけど、赤ずきんって意外と整った顔立ちしてるのねー…
などと思っていると、りんごはふと、赤ずきんの顔が近づいているように感じた。
いや、それは気のせいではなく、じっさいに赤ずきんはりんごに顔を近付けてきていた。
(え、なんで?なんか顔近くない?ちょっと…)
りんごが混乱していると、そのまま赤ずきんはりんごに唇を重ねてきた。
「んっ…!…!??」
りんごには、一瞬なにが起きたのかわからなかったが、状況が理解できると顔を耳まで真っ赤にして、叫んだ。
「な…ななななななにすんのよーーーーッッ!!」
りんごはベッドから飛び起きると、力の限り赤ずきんを突き飛ばした。
赤ずきんはその勢いでベッドの上をごろごろ転がって、そのままベッドの下に落ちた。
ぐしゃっ、となんだかいやな音が部屋の中に響いたが、りんごはそんな赤ずきんのことには全くかまわずに
(今のは女の子同士だからノーカウント…今のは女の子同士だからノーカウント…!)
と自分に言い聞かせるようにひたすら繰り返していた。
りんごは、ずりずりとベッドに這い上がってきた赤ずきんを、涙目で睨みつけた。
「なんてことすんのよッ!!私…は、初めてだったのに…!」
りんごの怒りはおさまらず、何か投げつけてやろう、と近くにあった枕をつかんだ。
しかし、ベッドの上で四つんばいになってこちらを見ている赤ずきんを見て、りんごの手が止まった。
赤ずきんは、とろんとした目でりんごを見つめていて、そのようすは、いつもの天真爛漫な彼女とはまったく違っていた。
「えへへぇ〜…りんごー、りんごはこういうの、キョーミなーい…?」
口元に妖しい笑みを浮かべながら、赤ずきんがりんごににじり寄ってきた。その異様な雰囲気に、りんごは思わず後ずさった。
しかし次の瞬間、赤ずきんに腕をつかまれてベッドに押し倒されてしまった。
「りんご〜いっしょに遊ぼうよ〜…」
色っぽく赤ずきんがささやきかけた。りんごは赤ずきんの言う「遊ぶ」の意味をなんとなく悟って、あわてた。
「じょっ…冗談じゃないゾ!って寄るな!触るな!顔近付けるなー!」
りんごは必死で抵抗したが、赤ずきんは万力のような力でりんごを押さえつけていて、体をぴくりとも動かすことができなかった。
一体この小さな体のどこにこんな力があるのだろうか。
りんごが不思議に思っていると、赤ずきんがまた顔を近付けてきて、りんごにキスをした。
軽く触れるだけだったさっきのキスとは違って、今度のはもっとねちっこくて、熱っぽいキスだった。
「む〜!ん…!ふぅっ、んふ…」
りんごは必死で首を動かしていやいやをしたが、赤ずきんは唇を離さなかった。
りんごの体から力がだんだんと抜けていくのを見て取ると、赤ずきんは舌をりんごの口に差し入れて、りんごの歯を舐めた。
りんごはびくっと体をすくめたが、もう抵抗する力は残っていなかった。
赤ずきんは、息ができないほどはげしいキスをしたり、自分の舌をりんごの舌にからめたり、りんごの下唇を甘噛みしたりした。
技巧を凝らした情熱的なキスに、りんごの意識は蕩けていった。
(なんでっ…赤ずきん、こんなに上手いの…!?)
ぼんやりした意識の中で、りんごはぼんやり考えた。
やがて、赤ずきんが唇を離すと、どちらのものともわからない唾液がつうっと細い糸を引いた。
「…ぁ……」
りんごは名残惜しそうな声を上げた。そして、自分がそんな声を出したことに驚いた。
(違う、違うゾ…今のは、そんなんじゃなくて…)
りんごは頭の中で必死に否定したが、蕩けた頭では、うまい言葉が浮かんでこなかった。
赤ずきんはしばらくの間、頭をゆらゆらさせていたが、一度大きなしゃっくりをすると、モタモタとりんごのベストを脱がしはじめた。
りんごはすっかりぼうっとしていたので、赤ずきんがブラウスのボタンを半分まで外してしまうまで、そのことに気がつかなかった。
「や…」
りんごは形ばかりの抵抗を試みたが、まるで力が入らなかった。
赤ずきんははだけたブラウスに手を差しいれ、簡素なスポーツブラをずらすと、りんごの胸を乱暴にまさぐった。
「いたッ…!」
「ふぇ?…ごめん」
りんごが抗議の声を上げると、赤ずきんは呂律の回らない口で謝った。
それからしばらく間を置いて、手を離して、りんごの首に口付けた。
「!…」
りんごの背筋に、ぞわぞわとした感覚が走った。
そのまま赤ずきんは、首筋から肩、胸、腹部へと舌を這わせた。
「あんた、どこで…ふぅっ、こんなこと…覚えっ、んっ…!」
りんごはなんとか赤ずきんから逃れようと、身をよじった。
恥ずかしくて、くすぐったくて、りんごの目じりに涙が浮かんできた。
「もう…ほんとに、やめてよッ…こんなの、おかしいゾ…!」
りんごが涙声で訴えると、赤ずきんはきょとんとしたようすで、顔を上げてりんごを見た。
「…あれ?りんご〜…きもちくなかった?」
「こんなの、気持ちいいわけないでしょ…ばかぁ…!」
しゃくりあげるりんごを前に、赤ずきんは怪訝な顔で首を傾げた。
ん〜…と少し考え込むと、赤ずきんはりんごの下腹部に手を伸ばした。
「…やっ!?」
突然の刺激に、りんごは間の抜けた声をあげてしまった。
指先に湿った感触を感じて、赤ずきんはにへら、と笑ってみせた。
「えへへぇ〜、…りんご、うそつきだぁ〜…」
赤ずきんが下着の上から撫で摩ると、りんごの体がびくっと跳ねた。
「りんごのここ、こんなになってるよ〜…?」
「いやっ、違うもん…そんなの、うそだもん…!」
言葉ではそう言っても、体に篭ってしまった熱は、りんご自身よくわかっていた。
赤ずきんがりんごの身体に舌を這わせたときに、くすぐったさのほかに、もっと違う感覚があったことも…
そのことを必死で否定するように、りんごは両手で顔を覆って、小さな子供みたいにいやいやをした。
赤ずきんはそっぽを向いてしまったりんごを見ると、りんごの上に覆いかぶさって、囁きかけた。
「ね、りんご…私、りんご好きだよ」
「っ…!?」
突然の赤ずきんの言葉に、りんごは驚いて赤ずきんを見た。
「りんごはおいしい肉じゃが作ってくれるし〜…クレープやケーキも買ってくれるし〜…それにやさしいから〜…」
「きゅ、急になに言いだすのよ…それに、やさしいって…」
言われ慣れない言葉に、りんごが気恥ずかしさから言葉を濁らせると、赤ずきんは、優しい顔でにこっと笑ってみせた。
「学校でさ、グレーテルが襲ってきたとき、…りんご、白雪のために泣いてくれたでしょ」
赤ずきんはあいかわらず酔っぱらったしゃべり方だったが、それでも、その言葉にはどこか真剣な響きがあった。
「あれは…その…」
「普段は白雪とはケンカばっかりだけどさ、でも、りんごって、そういうことができるひとなんだよ。…だから、私りんご大好き」
赤ずきんは、まっすぐりんごを見つめながら、言った。
「〜〜…!」
顔がかあっと熱くなるのがわかった。
こんなふうにまっすぐに、誰かから「好き」と言われるのは、りんごには初めてのことだった。
同性同士のこととは言え、りんごの心臓はは早鐘のように鳴り響いた。
赤ずきんは、もう一度りんごに軽くキスをした。
一度にいろんなことが起こりすぎて、混乱していたりんごは、それを拒めなかった。
「えへへ…だからさ、りんごのこと気持ちよくしてあげたいな…ね、いいでしょ〜…?」
赤ずきんは甘えた声で囁くと、そのままりんごの胸に顔をうずめて、薄い乳房に口づけた。
「や…だめ、だってば…ん、ぁ…」
赤ずきんが舌で愛撫を始めると、りんごはだんだんと切なくなって、思わず赤ずきんの頭をかき抱いた…
と、そのとき突然、部屋のドアが乱暴に開けられた。
「赤ずきん、ドタバタとうるさいですわよ!気分がよくなったんだったらあなたも酒場の片付けを…って、あら?」
階下からこの騒動を聞きつけて、文句を付けにきた白雪は、部屋の中の光景を見て言葉を失ってしまった。
目をまんまるに見開いた白雪の姿を見て、りんごは、夢心地から引き戻された。
火照った身体の熱が、さあっと急激に冷めていくのを感じた。
「いやーーーッ!!」
りんごは隣三件にまで響くような悲鳴を上げると、ベッドから跳ね起きて、その勢いのまま上に覆いかぶさっていた赤ずきんを突き飛ばした。
赤ずきんはベッドの上をごろごろ転がって、そのままベッドの下に落ちた。
りんごはあわてて乱れた衣服を直した。
どうしよう。一番見られたくない姿を、よりにもよって一番見られたくない相手に見られてしまった。どうしよう。どうしよう。
「これは、違うの…違うの!」
りんごは白雪に、なんとか今の状況の言い逃れをしようとしたが、すっかりパニックになってしまっていて、何も言葉が出てこなかった。
りんごが今にも泣きだしそうになっていると、白雪がゆっくりとベッドの方に近づいてきた。
そして、りんごと、頭から床に突っ伏している赤ずきんを交互に見やると、やがて口を開いた。
「んもぅ!赤ずきん、二人だけで楽しむなんて、ずるいですわ!」
「…はい?」
りんごは、白雪の発した言葉の意味を理解できずに、頓狂な声をあげた。
赤ずきんはむくりと上半身を起こすと、とろんとした目で白雪の姿を認めた。
「あ〜、白雪ぃ…おはよー」
「おはようじゃありません!まったくあなたって人は、好き勝手騒いでおいて、後始末も付けずに遊んで…」
「えへへ、ごめ〜ん…そだ、白雪も混ざらない?うん、そうしようよ」
「…まあ、そういうことならお誘いを受けるのもやぶさかではありませんけども…」
ちらりとりんごの方を見ながら、白雪が言った。
ろくでもないことになりそうな気がして、りんごは後ずさって逃げ出そうとしたが、いつの間にか背後に回り込んでいた赤ずきんに捕まってしまった。
にこにこ笑いながら近づいてくる白雪に、りんごはすごくいやな予感がした。
「しッ、白雪あんた、そういう趣味だったの!?」
「あら、私は草太さん一途ですわ〜…ただ、こういうのは淑女のたしなみでしょう?」
「どんな淑女よ!?」
「まあまあ、白雪の指ってば、とっても素敵だから。りんごもきっと気に入るよ〜」
赤ずきんがうっとりとした目で白雪を見つめる。
「あらあら…そういえば赤ずきん、あなたといっしょにするのは久しぶりですわね〜…」
「えへへ〜」
「あ、あんたか!あんたが赤ずきんにこんなこと教え込んだのかー!」
「だって、四つ葉騎士団に入団したばかりのころの赤ずきんったら、とってもかわいらしかったんですもの…つい、ですわ」
あんなに可愛かったのに、今じゃこんな生意気な娘になってしまって…と、白雪がわざとらしくため息をつくと、むぅー、なによぅ、と赤ずきんが口を尖らせた。
「ま、いいですわ。ここのところ戦い続きでストレスたまってましたの、今夜は思いっきりいきますわよ〜」
「うわーい、やったぁ〜♪」
「いーーーやーーー!!助けてーーーーーーー!!」
りんごの災難は始まったばかりだった。