「おっはよー! 今日も元気にじゅ〜しぃ〜!」
ヴァルの言うとおり一晩で全快した赤ずきんは、朝からやたらハイテンションだった。謎の行進曲を口ずさみながら、意気揚々と先頭に立って森の道を歩いていく。
「やっぱり赤ずきんはああでないとね」
後ろの方を歩く草太が苦笑しながら呟いた。そのすぐ傍らをりんごが歩いている。
「……ちょっとりんごさん。今日は何だか草太さんにくっつきすぎではありませんの?」
前を歩いていた白雪姫が振り向いて眼鏡を光らせた。
「そ、そんなことないゾ」
答えながらさりげなく草太と半歩距離を取るりんご。ごまかしがバレバレだった。
「あやしい……昨晩、ずいぶん長い時間二人で夜のお散歩をしてたそうですけど、まさか何か――」
「なっ、何も無い! 何も無いよーっ!」
慌てふためくりんごのその反応は「何かありました」と言っているにも等しかったが、
「ふわわ……白雪。二人は本当に何も無かった」
「いばら?」
思わぬ所から助け船が出された。
「ふーん……いばらがそう言うのなら、まあ信用しましょう」
一抹の疑惑を残しているようだが、白雪姫は大人しく引き下がった。その背中にいばら姫がまた声を掛ける。
「みんな、ちょっと先に行ってて」
「どうしたんですの?」
「私は草太に少し話があるから」
いばら姫と草太は、赤ずきん達よりだいぶ後方をゆっくり歩いていた。
「いばら。話って何なの?」
「草太とりんご……」
「?」
「ゆうべはおたのしみでしたね」
「!?」
草太はぎくりと顔を引きつらせる。いばら姫がエルデで有名な台詞をまんま使ったのはただの偶然だろうか。
「若い男女が夜に二人きり……そういう流れになるのも致し方のないこととはいえ……」
「ちょ、ちょっと待ってよ、いばら……何で知ってるのさ?」
「何を?」
「へ?」
「私は二人がナニしてたなんて一言も言ってないけど? ……ふわわ」
「あ――」
カマをかけられたと。気付いた時にはもう遅い。
実際は、草太以上に植物の声を聞く能力に長けるいばら姫が、今朝のうちに周りの森から伝え聞いていたのだが。
「別に責める気は無い……ふわ……でも一言だけ、しっかり伝えておくべきことがある」
「な、何……?」
「草太……」
不意に、いばら姫の目が鋭く光る。覚醒モードだ。
次の瞬間、いばら姫の手から鞭が飛び、草太の足下を一閃。土を弾き、甲高い音を立てた。
「うわっ……!?」
「女を大事にせず、何が男か」
いばら姫の口から、低く、地を這うような声が響いた。
「婚前交渉を否定はしない。だが避妊はちゃんとしろ。分かったな?」
「は、はいっ!」
あまりの迫力に草太は即答する他なかった。グレーテルあたりがこの場にいたら腰を抜かしそうだ。
「よろしい。エルデの物ほど精巧ではないだろうが、ファンダベーレにも避妊用の道具はある……必要なら次の町ででも探してみろ」
「はい……」
「うむ」
鞭を仕舞い、いばら姫は草太に背を向け歩き出す。
あの豹変ぶりは心臓に悪い……心底そう思いながら、草太は後について歩いていった。