銀盆のような月が、空高くに浮かんでいる。  
 夜の帳が落ちた森。月光に浮かぶ木々の合間。風をしのげる程度の窪みに、赤ずきんとヴァルが寄り添っていた。  
「三銃士に就任早々、災難だな……」  
 焚き火を見つめながら、ヴァルが呟いた。  
「そうだねー……」  
「夜明けまでは、まだ相当時間があるな……」  
「そうだねー……」  
「天気が荒れなきゃいいな……」  
「そうだねー……」  
「……一足す一は?」  
「二」  
 ちゃんと聞いてはいるらしい。ヴァルは深いため息をついた。  
「そんなに落ち込まないでよ、ヴァル。敵もこの辺りからはほとんど退いたみたいだし、朝まで待てば何とかなるよ」  
「分かってる。落ち込んじゃいねえ。自分の不甲斐なさに呆れてるだけだ」  
「……ごめんね」  
「お前のせいじゃない。むしろ謝るのは俺の方だ」  
 ヴァルは自分の後ろ足片方に目をやる。軽くない負傷をしていた。全く動けないわけではないが、いざ戦闘になれば足手まといになるのが目に見えていた。  
 
 この日、四つ葉騎士団は領土へ侵入したサンドリヨン軍に対して、三銃士に就任したての赤ずきんを含む、大隊規模の戦力を投入。  
 戦端が開かれると同時に、赤ずきんはヴァルと共に先陣を切って敵戦列へ突っ込んだ。突進力と機動力では他の追随を許さない、このコンビならではの行動だった。  
 それまでも四つ葉騎士団は、赤ずきんを始めとする先駆けの猛者が錐で穴を穿つように攻め入り、後列の部隊がその穴を押し広げて敵を分断していく戦法で、幾度も勝利を収めていた。  
 だが今回は事情が違った。  
 敵は重装甲の甲殻類型と、高機動の飛行型ナイトメアリアンを主として編成されていた。前者が壁として突進を押し止め、後者がヒットアンドアウェイで攻撃を繰り返す。  
 敵も戦法というものを学んでいるのだ。四つ葉騎士団は徐々に苦戦の様相を呈してきた。  
 敵陣深く入り過ぎていた赤ずきんとヴァルは、混戦の最中、本隊と離ればなれになり、いつしか孤立無援となってしまう。  
 一人と一匹は、互いに庇い合いながら、戦場を切り抜けるべく奮戦した。  
 日暮れになってようやく、戦闘は四つ葉騎士団の辛勝で幕を閉じた。  
 だが、孤立していた上にヴァルが負傷したため、赤ずきん達は帰還が遅れ、やむなく野宿することになってしまった。  
 
 そして今に至る。  
「……赤ずきん。やっぱりお前だけでも戻れ」  
「ダメだよ。ヴァルを置き去りになんて出来ない」  
 きっぱり言い返され、ヴァルは何度目かのため息をついた。  
 凍死するような時期ではないが、やはり夜は寒かった。小さな焚き火だけでは辛い。互いに身を寄せ合い、少しでも暖を取ろうとする。  
 赤ずきんのためにも、自分が毛皮持ちの生き物で良かった……そんなことをヴァルは思う。  
「はぁ〜、お腹空いたなぁ……」  
 赤ずきんが緊張感の無い声を上げた。さっきその辺で採った木の実を食べたばかりだが、育ち盛りな上に食いしん坊の赤ずきんがそんな物で足りるわけがなかった。  
「俺もだ……辛抱だな」  
「うん……」  
「寝てろ。疲れてるだろ」  
「うん……」  
 頷いたきり、赤ずきんは黙り込む。やがてうつらうつらと微睡みだしていた。  
 ヴァルは空を見上げる。雨が降らないかが最も心配だったが、幸いにも満天の星空だった。  
 視線を落とす。赤ずきんは小さな寝息を立てていた。戦場での獅子奮迅ぶりが嘘のように、あどけない寝顔だった。  
 
 一刻ほど過ぎた頃。  
 不意に赤ずきんが目を見開いた。  
「どうした?」  
「静かに。火を消して」  
(敵か)  
 赤ずきんは無言でグリムテイラーを手に取り、立ち上がる。ヴァルも反射的に立とうとして、足の痛みに顔をしかめた。  
「数は多くないみたい。行ってくる」  
 ヴァルが何か言う間もなく、赤ずきんの体は闇中へ掻き消えていた。  
 
 音を立てないよう細心の注意を払いながら、赤ずきんは木々の間を縫うように進んでいく。  
 気配の塊に対して風下に位置して身を沈め、前方に目を凝らした。  
 影が二つ、月明かりに浮かび上がった。ナイトメアリアンだ。  
 二匹とも虫型の雑魚だった。始末は容易いが、仲間を呼ばれたら厄介だ。同時に仕留めなければいけない。  
 月と樹木の作る陰影に溶けながら、赤ずきんはそろりと歩を進めていった。  
 二匹はまるで警戒心の無い足取りで、のろのろと歩いている。  
 赤ずきんは息を殺し、グリムテイラーを構えた。月が傾き、青い光が差す。張りつめた横顔が、淡く浮かび上がる。  
 低く地を這うように、影が走った。  
 刃が閃く。  
 二匹のナイトメアリアンは声もなく息絶え、光の塵となって消えた。  
 
「済んだよ」  
 小用を済ませたような調子で、帰ってきた赤ずきんが言った。ヴァルは、心配しなかったと言えば嘘になる反面、これが当然と頷いた。  
 赤ずきんは軽くズボンを払ってから、ヴァルのすぐ隣に腰掛けた。火を起こす準備をしながら、小さく呟く。  
「ナイトメアリアンはさ、楽だよね」  
「……何がだ?」  
「死骸が残らないから」  
 淡々とそんなことを言う赤ずきんの横顔は、いつもと変わりない。だがヴァルには、どこか言い様の無い影を感じさせた。  
 ようやく点いた赤い火が、ちろちろと闇を舐める。  
「なあ、赤ずきん……」  
「何?」  
「お前、この先もずっと四つ葉騎士団で……戦いを続けていくつもりか?」  
「それはそうだよ」  
 何で今さらそんなことを? と問いたげに、赤ずきんは首を傾げた。ヴァルは黙ってその目を見ている。  
 無邪気で明るく、食い意地の張った、どう見ても年相応の女の子でしかない赤ずきん。  
 そんな彼女が、戦場においてはどんな騎士にも劣らぬ果敢の働きを見せる。数々の武器で敵の群れを屠り、駆逐する。  
 四つ葉騎士団に入ってから、短い期間に活躍を重ね、ついには三銃士の一角にまでなってしまった。  
 確かに彼女は強い。学童の頃から、剣術には非凡な才を見せていた。  
 だが、戦場の赤ずきんは、そんな上辺の強さでは測れない、半ば異常とすら言えるものを漂わせていた。  
 焚き火がパチリと爆ぜ、火の粉を散らせる。  
「俺はな、赤ずきん……」  
 枯れ枝を折って火にくべる赤ずきんを見ながら、ヴァルは言葉を続ける。  
「恐いんだよ」  
「……あたしが?」  
「違う。お前がじゃなくて……戦いを重ねるたびに、俺が昔から知ってるお前が、どこかへいなくなってしまいそうで……恐い」  
 また、火の粉が飛んだ。  
「……いつまでも子供のままでなんて、いられないよ」  
「そういう意味じゃない……お前ぐらいの年の女の子なら、もっと他の道だってあるはずだろう」  
「……ヴァルはあたしが戦うのに反対なの?」  
「お前が決めるべきことを、俺が止めたりは出来ない。だが、俺は……」  
 それきり、ヴァルは口を噤む。  
「…………恐いのは、あたしもだよ」  
 ぽつりと、赤ずきんが呟いた。視線を沈めて、言葉を続ける。  
「戦いの時……敵の群れが迫ってくる。色んな方向から、何匹も……あたしは一瞬で、その動きを全て捕らえる。  
 そして考えるの。素早く敵を倒すため、どう体を動かして、どう剣を捌くか……考えるのとほとんど同じに、体が動いてる。剣を通して、敵を倒す感触が手に伝わってくる。  
 それをあたし……心のどこかで楽しんでる。戦って、敵の命を奪うのを、楽しんでるの。それに気付いたら、何だか、自分が恐くなってきた……」  
「……そうやって悩むのなら、お前は善い人間なんだ。まともな証しだ」  
「……」  
「一度でいい。戦い以外で、自分の道を考えてみろ。俺はお前が嫌と言わない限り、どうなっても付いていてやる」  
「……うん」  
 赤ずきんは、組んだ腕に顔を埋めて、眠るように目を閉じた。  
 長い沈黙が流れた。火の粉の散る音だけが、時折思い出したように響く。  
 
「ふふ……」  
 不意に赤ずきんが笑みを漏らした。  
「どうした?」  
「あのね、考えてみたんだ。四つ葉騎士団に入らなかったら、あたしが何になってたか」  
「何なんだ?」  
「ヴァルのお嫁さん」  
「なっ……」  
 悪戯っぽい笑顔を向ける赤ずきん。ヴァルは一瞬硬直して、すぐからかわれていると思い、口調を荒げた。  
「あのな、俺は真面目な話を――」  
「真面目だよ。ヴァルが言う他の道って、つまりそういうのでしょ」  
「確かにそういうのも含めてだが……俺を例に出すな。冗談でもびっくりするだろうが」  
「冗談か……」  
 赤ずきんはどこか遠くを見るように、視線を宙に浮かべた。  
「あたしとヴァルじゃ、やっぱり冗談にしかならないの?」  
「当たり前だろ」  
「あたしがまだ子供だから?」  
「そんなんじゃなくてだ。お前は人間で、俺は狼族だろうが」  
「じゃあもし、あたしが狼族だったら? ヴァルが人間だったら?」  
「それは……」  
 ヴァルは言葉を詰まらせた。そのまま、また長い沈黙が流れる。  
「ヴァル、黙ってるのはずるいよ」  
「お前が答えにくい質問をするからだろうが……ったく」  
 ヴァルは一際大きなため息をついた。  
 赤ずきんは視線を真っ直ぐヴァルに向け、答えにくい質問を繰り返す。  
「ねえヴァル……もし同じ種族なら、あたしを貰ってくれる?」  
「他に貰い手が無いならな」  
 すげなく言い捨てて、ヴァルはそっぽを向く。その背中を、赤ずきんが優しく抱きしめて、毛皮に頬ずりした。  
「ありがとう、ヴァル……」  
「よせ。俺は――って、痛い痛い! 足触るな、足!」  
「あ、ごめん」  
 うっかり負傷中の後ろ足に触れていた。赤ずきんは慌てて身を引き、傷の具合に目をやる。  
 包帯を巻いただけの応急処置。無事に帰還できたら、すぐ本格的な治療を受けなければいけない。  
「こんなことなら、ちゃんと回復魔法を習っておけばよかった……」  
「人には向き不向きがあるんだ。お前は無理せず、自分に出来ることをすればいい」  
「それって、あたしに魔法は向いてないってこと?」  
「ま、そうだな。魔法に限れば、白雪やいばらには逆立ちしても敵わないだろ」  
「むー……厳しいこと言うなぁ」  
「俺の性分だ。旦那にはもっと優しい男を選ぶんだな」  
「…………でも、あたしはヴァルがいいよ」  
 
「……もうよせ。本気にしちまうぞ」  
「本気にしてよ」  
 赤ずきんはそっと体を寄せ、ヴァルの頬に口付けた。  
「ねえ、ヴァル……」  
 赤ずきんはヴァルをじっと見つめる。ヴァルは目をそらして、体を離そうとした。  
「赤ずきん、俺はお前を――」  
「何も言わないで。一度でいいから、あたしを女の子として見てくれないかな……人でも狼でも、心は同じはずだよ」  
「…………後悔しても知らねえぞ。俺だって雄なんだからな」  
「あたしだって女だよ」  
 もう一度、赤ずきんから口付けた。今度は頬ではなく、牙の覗く大きな口に。  
 端から見れば、少女と獣の、微笑ましい光景かもしれない。  
「んっ……んぁ……」  
 だがこれは違った。一人と一匹が、熱い呼気と舌を絡ませ合う。  
 ヴァルはのし掛かるように、赤ずきんを押し倒した。後ろ足の傷が痛んだが、気にはならない。  
 赤ずきんは抵抗せず、されるがままに受け入れていた。  
「ん……ふふっ……」  
 ヴァルの体毛がチクチクと肌を刺す。痛いよりもくすぐったい。赤ずきんはつい笑い声を漏らした。  
「……萎えるぞ、おい……」  
「ごめん。でもくすぐったくて……ひゃっ!?」  
 ヴァルは鼻先で赤ずきんのタンクトップを捲り上げ、控えめな乳房に舌を這わせる。  
「ヴァ、ヴァル……余計にくすぐったいってば……あっ、く、う……あははは!」  
「でかい声を出すな」  
「わ、分かってるけど……く……ふふっ、ちょっと、やめ……くぅ」  
 赤ずきんは目の端に涙を溜めながら笑いを堪える。  
 やめてと言われても、ヴァルは行為を止めなかった。外気に触れて固くなった乳首を舌で何度も舐る。しなやかな肌は微かに汗ばみ、しょっぱい味がした。  
「ふふっ……ふぁ……あっ」  
 くすぐったいのは、それだけ敏感ということだ。ヴァルの舌で執拗に舐め回されるうち、赤ずきんの反応が変わってきた。吐息に甘い喘ぎが混じる。  
「あっ、はぁ……はぁ……んっ」  
「まだくすぐったいか? 赤ずきん」  
 舌を止めてヴァルが尋ねると、赤ずきんは顔を真っ赤にして、潤んだ目をしながら首を横に振った。  
「ううん……でも、変なの……何だか、すごく切なくて……うぁっ」  
 ヴァルがもう一度舌を這わせると、赤ずきんは全身を震わせて反応した。  
 股間に鼻先を近付けると、そこが湿っているのが生地を通して分かった。  
「脱いでくれるか」  
「うん……」  
 赤ずきんは頷いてから、ズボンに手をかけて下着ごとずらした。  
 まだ幼さを残すその場所が露わになる。毛は僅かに陰るほどだが、ふっくらとした、艶のある秘所だった。未成熟な桃色の核が僅かに覗いている。  
「うぅ……」  
 見られている羞恥か、赤ずきんは顔をますます赤くして目を背けた。そんな様子に構わず、ヴァルは割れ目を掻き分けるように舌を這わせる。  
「ふぁっ、あっ……んっ!」  
 舌先で中を刺激するたびに、赤ずきんの体が震える。かわいらしい喘ぎ声が響く。  
 
 そこはもう十分に潤んでいた。  
「入れるぞ」  
「う……うん。あ、後ろからするの?」  
「いや、どっちでもいいが」  
「前からでいい? ヴァルの顔が見えないと、不安だから……」  
「……分かった」  
 仰向けの赤ずきんに、ヴァルが前から覆い被さった。  
「いいな」  
「うん……きて」  
 赤ずきんはヴァルのものに手を添え、先端を膣口にあてがう。  
 ヴァルはゆっくり腰を沈め、半ばまで赤ずきんの中に入っていった。  
 血はほとんど出なかった。それでも初めてには変わりない。赤ずきんは歯を食いしばって痛みに耐えた。  
 ヴァルは今さら、自分が取り返しの付かないことをしているのではないかと、後悔に胸を痛くした。たとえ赤ずきんが望んだことであったとしても。  
 その気持ちが表情に出ていたのだろう。赤ずきんは涙を浮かべながら微笑むと、ヴァルの首に腕を回して優しく抱きしめた。  
「ヴァル……」  
「赤ずきん…………俺は、お前を傷付けたくなかった。守ることをいつも考えていた。その俺が、お前を傷ものに――」  
「好きな人と結ばれるのが、どうして傷になるの?」  
「……赤ずきん……」  
「好きだよ、ヴァル……もう分かってるくせに、はっきりこう言わないとダメなの?」  
「……すまん。俺も……好きだ。赤ずきん」  
 繋がりあったまま、二人は二度目のキスをした。激しく、熱く。思い合う同士、胸の底で疼く気持ちを、唇に込めるように。  
「辛いなら、言えよ」  
「大丈夫だよ……痛いけど、嬉しいから」   
 ヴァルが動き出してからも、赤ずきんはずっと抱きしめる手を放さなかった。やがて疼痛に快感が混じり、体の芯が熱くなってくる。体が内側から溶けていくような錯覚を感じた。  
「ふ、あっ……あっ……ヴァルっ……ヴァルぅっ……!」  
「く……赤ずきん……いくぞっ」  
「う、ん……きてっ……ヴァル……あたし、あたしっ……」  
「うぅっ……!」  
 赤ずきんの奥深くで、ヴァルは果てた。精液が脈打って溢れ出てくる。  
 抱きしめる腕に力を込め、赤ずきんはヴァルを最後まで受け入れた。  
「ヴァル……あたし、大丈夫だから。ヴァルが傍にいてくれれば、ずっと――」  
 耳元で呟かれたその言葉が、ヴァルの耳に透き通った余韻を残していた。  
 
 空は相変わらず満天の星空。ヴァルの大きな体に埋まるようにして、赤ずきんは目を閉じていた。このまま眠るのを惜しむように、呟き声で語りかける。  
「ねえ。どうしてヴァルの背中はこんなに大きいの?」  
「お前を乗せて、どこまでも走れるようにだ……」  
「どうしてヴァルの体はこんなに温かいの?」  
「お前が寒くないようにだ……」  
 他愛も無い問い掛けを繰り返す。そのうち、声は小さくなり、やがて寝息に変わった。  
 月を仰ぎながら、ヴァルは大きく息を吐いた。安堵ともため息ともつかない。  
 目の前には赤ずきんの無邪気な寝顔がある。  
 安らかな眠りの中で、どんな夢を見ているのだろう。  
 そんなことを考えながら、ヴァルもまた微睡みに落ちていく。  
 夜明けはまだ遠かった。  
 

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