300年前――正確にいえば324年前のサンドリヨン城。  
 
不気味な“浮かぶ城”の中にある薄暗い部屋。サンドリヨンは籐椅子に座り部屋の中心を見つめている。  
そこにあるのは紫色の炎が揺らめく幾本ものロウソクに囲まれた魔法陣。その中に一人の女が横たわっ  
ていた――賢者シルフィーヌ。  
サンドリヨンに倒された彼女はこの城へ拉致され二日も意識を失ったままだった。その頭上には姿見くらい  
の大きさの鏡が浮かんでいる。サンドリヨンに向いている鏡面には、しかし彼女の姿は映っておらず、ただ  
暗闇が広がっていた。  
 
(ふむ……ひとまず休んで……いや…もういいか…)  
 
サンドリヨンが鏡に向かって手を振る仕草をすると、鏡面から暗闇が徐々に消え、彼女の姿が映った。  
その直後に鏡は何処へともなく消えた。  
 
「さすがに一日座り続けるのは体にこたえるな……」  
 
そうつぶやくとサンドリヨンは癒しの力を全身に送り凝りをほぐした。回復を確認し深く深呼吸をする。  
サンドリヨンは先ほど消した鏡を媒介にしてシルフィーヌの記憶を読み取っていた。賢者クラスの者なら、  
フェレナンド城――今は世襲の同じ名を持つ幼い王子がいる――に関する有用な情報を持っていると  
考えたからである。だがシルフィーヌは万が一に備えていたらしく、魔法で自分の記憶に防御壁を張って  
いた。それを破りながら記憶を探るのは思いのほか手間が掛かった。一日がかりで過去6年分の記憶。  
だがサンドリヨンにとってはそれだけでも十分過ぎる収穫があった。  
 
「フッ……王め……随分と気前よく宝の入った肉袋を私に投げてよこしたものだ……」  
 
サンドリヨンは籐椅子から立ち上がるとその肉袋――シルフィーヌの傍らへ歩み寄った。  
 
「……貴様が『エルデの鍵』を産んでいたとはな……」  
 
愉快げにそう言うとサンドリヨンは空中に手をかざした。その手の中に大鎌のような杖が現れる。  
彼女は杖の石突き部をシルフィーヌのやや開いた両脚の間に入れ、装束の裾に引っ掛けてゆっくりとめく  
り上げていった。シルフィーヌの白く柔らかな脚が徐々に露わになってゆく。  
 
「…この脚の付け根から『鍵』をひり出したのだな、お前は……どんな気分だったろうな?」  
 
そう言いながらサンドリヨンは先ほど読み取ったシルフィーヌの記憶を思い返した。  
 
ファンダヴェーレに帰還する前、何も知らぬまま眠る我が子にしばしの別れを告げるシルフィーヌ。  
クレヨンでつたない絵を描く我が子の姿を、写真機に似た小さな機械で記録するシルフィーヌ。  
滅多にしないケンカをして一日中、夫と口を利かなかったシルフィーヌ。  
詫びながら後ろから抱きしめてきた夫に少しだけすねてみせ、その後首を廻して口付けをするシルフィーヌ。  
その夜、寝具の上で自身も詫びながら大きく脚を開き、夫を迎え入れるシルフィーヌ――。  
 
「ぬうっっ!!……」  
 
カッと目を見開くとサンドリヨンは両手で杖を握って振り上げ、石突き部をシルフィーヌの喉元に突き付けた。  
 
(……私はあの少年と再会する事すら許されなかったのに、この女は……!!)  
 
瞳の中に憎悪の炎を燃え立たせながらサンドリヨンはしばしの間考えていた。このまま喉を突き破れば  
千年前に封印された怨みは晴らせる。しかし――。  
やがてサンドリヨンは思い直したように杖を戻した。  
 
「見せしめの為に五体バラバラにしてやろうと思ったが……お前の面白い使い道を思いついた」  
 
そう言うとサンドリヨンは再び杖をシルフィーヌに向け、石突きの先で胸元を小突いた。  
 
「二つの世界は交わってはならない……それが神の定めだ……こやつはその定めを破り、文字通りエルデ  
 の男と交わって子供までもうけた……こやつだけではない。それを命じた王も、それを許した重臣たちも、  
 そやつらを担ぐ臣民たちもだ!……定めを破った者は裁かれねばならぬ……そうであろう、神よ!!」  
 
サンドリヨンはそう叫ぶと挑むような表情で天を振り仰いだ。引き結んだ唇にやがて笑みが浮かぶ。  
 
「…なぁに、お前は黙って見ておればよい……お前に代わって私がこやつらに罰を与えよう。邪魔立ては  
 させぬぞ……私の行いが正しくないというのなら、お前は自らの定めをたがえる事になるのだぞ……!!」  
 
サンドリヨンは勝ち誇ったように微笑むと杖を傍らに浮かせ、シルフィーヌの脇に膝をついた。  
 
「弱き者シルフィーヌ……お前はこれから何故自分がこんな目に遭うのかという思いにさいなまれる事になる  
 だろう……だが仕方ないのだ……お前は私と同じ罪を犯した。いや、私以上かも知れぬな……だからお前  
 には私以上の罰を受けてもらうぞ……」  
 
サンドリヨンは妖しい笑みを浮かべてかがみ込み、シルフィーヌの顔を両手で挟んで口付けをした。そして  
顔を少し離した後、彼女の上唇をやや強く噛んだ。シルフィーヌがかすかに顔をしかめる。  
そう、こやつは罰を受けなければならない。サンドリヨンの胸の内に憎悪の火がゆらめく。  
穢れない娘の願いが踏みにじられ、しこたま男をくわえ込んだあばずれが女の幸せを掴む――そんな理不尽  
な事があっていいはずがない。  
 
 
あれから小一時間、土砂降りだった雨は小止みになっている。屋敷に戻ったサンドリヨンは毛布にくるまって  
暖炉の前でへたり込むように座り、赤々と燃える焚き木を力の無い目で見つめていた。  
何故私がこんな目に遭うのか――324年前、連日のように拷問に掛けられるシルフィーヌがさいなまれていた  
はずの思いを今、サンドリヨンは苦渋と共に味わっている。  
 
(これは神の意趣返しなのか?……あの時私に丸め込まれ、面子をつぶされた事を根に持っていたのか)  
 
「自意識過剰だな。神は今の君など鼻にも引っ掛けていないさ。それに僕は神の使いなんかじゃないよ」  
 
サンドリヨンの背後で青年の声が聞こえた。彼女は目線をチラとだけ後ろに送り、再び暖炉を見つめた。  
 
「それにしても無茶な事をするなぁ……肺炎になったらどうするんだ?」  
 
お為ごかしを言うな――サンドリヨンは胸の内で毒づいた。お前が気にしているのは肺炎ではなく私が流産  
する事だろうが。  
 
「……大事な話を忘れていた。子供の父親は僕じゃない。フェレナンド王だよ」  
 
青年のその言葉にサンドリヨンの毛布をかき合せている指がピクリと震えた。  
 
「……話せ……一体どういう事だ?」  
「強い魔力を持つ者はその血液や精液にも魔力が宿る……知っているね? 彼は君が体を直接繋いで  
 『ファンダヴェーレの鍵』の力を奪いに掛かる可能性に掛けた……あの儀式の時、彼は『鍵』の力と共に  
 魔力で保護した精液を君の体に送り込んだのさ。精液に込めた魔力を使って『鍵』を取り返すために」  
 
サンドリヨンの背後に立っていた青年は語りながら一人掛けのソファーを彼女の方に向けて腰掛けた。  
 
「だが一つ問題があった……彼も予想はしていたが、監禁部屋に張られた結界は思いのほか強力だった。  
 これだと彼の意思で魔法を発動させる事は難しい。かといって自動実行させるにはリスクが大き過ぎる。  
 チャンスは一度だけ……そこで僕の出番さ」  
「お前の?……そういえばお前はどうしてそこまでフェレナンドの事を知っている?」  
「……死んだ後も僕は君の事が気掛かりだった……だからこの世界に留まり君を見守っていた。だけど  
 どんなに呼びかけても君は僕の存在に気付いてくれなかった……」  
「……“呪詛[じゅそ]返しの術”のせいだな……あの頃の私は大勢の恨みを買っていた……負け犬や  
 亡者どもの怨み言などいちいち聞いていられぬ」  
「……だけどあの城で一人だけ僕の存在に気付いてくれた人がいた……それがフェレナンド王さ。まあ、  
 出会った場所が場所だからすぐには信用してもらえなかったけどね」  
 
サンドリヨンはいぶかしんだ。時折フェレナンドの様子は“見通しの鏡”を使って覗き見ていたが、彼が誰か  
と話をしている所など見た事がない。どうやって言葉を交わしていたのかとサンドリヨンは訊ねた。  
 
「彼も君に監視されている事は薄々気付いていた。だから霊体の僕を自分の中に取り込んで会話していた  
 のさ。魔法の使い方も彼の記憶から学ばせてもらった……もちろん君の記憶からもね」  
「……で?」  
「僕が助っ人を買って出た事で彼は当初の計画を変更した……精液はそのまま使って君の卵細胞に受精  
 させる……胎盤を通して君と繋がった胎児は君と一心同体のようなものだ。その胎児に僕が入り込んで  
 君の魔力の制御を奪う……僕は君の魔力を利用して『鍵』を抜き出したのさ」  
「待て……そうか、さっきお前が言っていた“いるべき場所”というのは……お前なのか?……私の腹の中  
 のいるのはお前なのだな!?」  
 
サンドリヨンはそう言ってキッと振り向いた。青年は睨む彼女に臆する事なく微笑んでいる。  
 
「そうだよ……この体は君の記憶から学んで作った分身さ」  
 
フェレナンドに妊娠させられた事もショックだったが、青年が自分の子宮[なか]に宿っている事はそれ以上に  
サンドリヨンにとって衝撃的だった。あのエルデの少年が今、自分の中に――。  
 
「…何故だ……よりによってお前が……何故フェレナンドに手を貸した!?」  
「……さっきも言ったけど、君が七賢者に封印された後、僕は何度か生まれ変わりそれぞれの人生を生きた  
 ……そうやって君が復活するのを待ったんだ……だけど千年経って蘇った君は何も変わっていなかった…  
 何の反省もせず改心する事もなく、再び『鍵』の力を求めて暗躍し始めた…」  
「当たり前だ!! 私は王の走狗[いぬ]どもに無理矢理封印されたのだぞ!! 改心などできるものか!!」  
 
サンドリヨンは弾かれたように立ち上がり、青年に向かって怒りを吐きつけた。かき合わせた毛布の下の  
隙間から彼女の裸身がのぞく。しかし青年は動じる事なく彼女を見据えている。  
 
「だからといって彼らが説得したとしても君はそれに応じる事が出来たかな? 彼らも君を悪霊化させるのは  
 忍びないと思って殺さず封印したんだ……」  
「知るものか!!……どのみち結果は同じになったろうがな……」  
「ああ、そうだろうね……君はファンダヴェーレに仇[あだ]なす者……1300年前とあの10年間、君は僕にとって  
 恥ずべき存在だった」  
「何ッ!?……言わせておけば…」  
「僕の話はざっとこんなもんさ。今度は君の話を聞きたいな」  
 
ソファーにふんぞり返っていた青年は前にかがみ込んで肘を膝につき、顎を手の甲に乗せて言葉を続けた。  
 
「……何となく分かってはいるが、あえて君の口から聞きたい……何故悪の道に走った?」  
「フン……記憶を読めるのにわざわざ聞きたいというのか……いいだろう」  
 
サンドリヨンはここぞとばかりにマレーンが今の自分に変わった過程を語り始めた。  
エルデの少年にもう一度会いたいという思いに駆られ、二つの世界を繋ぐ方法を捜し求めた事。  
ようやくその願いをかなえる魔法を見つけ、ガラスの靴を履いて彼の元へ向かった事。  
だが辿り着いた先で少年が見知らぬ娘と踊っていた事。  
裏切られたという思いが世界を二つに分けた神への憎しみに変わり、心を闇に染めた事。  
そして暗黒魔女になって悪事を働く自分の元に、今更のように少年が現れた事。  
人々に危害を加えようと放った暗黒魔法の光弾を止めようと少年が立ちふさがり、帰らぬ人になった事。  
後悔と絶望でマレーンの心が壊れ、闇に飲み込まれた事――。  
 
「…“サンドリヨン”はいわばお前の死がきっかけで生まれたようなものだ……あの時お前がのこのこ現れ  
 たりしなければ、二つの世界は災いをもたらされる事もなかったろうにな……」  
 
良心の呵責にさいなまれるがいい――サンドリヨンは暗い期待を抱きながら言葉を結んだ。だが青年の  
反応は意外なものだった。うつむき黙りこくっていた彼はやがて搾り出すような含み笑いを漏らした。  
 
「何がおかしい!?」  
「……笑わずにいられないよ……あまりにも馬鹿馬鹿しくて腰が抜けそうだ」  
「何だと!?」  
「僕が君の知らない娘と踊っていたのを裏切りだと? ダンスで男が女性をエスコートするのは当たり前  
 の事だろう!? そんな事も分からないほど君は田舎育ちだったのか!?」  
「!!……貴様……」  
「その事が気に入らなかったのなら何故僕に直接言わなかった? 目と鼻の先まで来ていたんだろう!?」  
「ぐっ……!!」  
 
青年とサンドリヨンの間に張り詰めた空気が流れる。  
『エルデの鍵』――鈴風草太にサンドリヨンが見せた少女マレーンの白日夢。その中に描かれながら草太  
が見過ごしたサンドリヨンの心の傷。その最も奥深い場所にあるものに青年は触れてしまった。  
 
“僕に考えを読まれるのが嫌なら、なるべく心穏やかでいる事だ”  
 
先ほどの青年の言葉を念頭に置いていたサンドリヨンはできるだけその事を意識しないよう勤めていたが、  
もう抑える気にはならなかった。暖炉の焚き場の横に立て掛けられている火かき棒――。  
それはサンドリヨンの無言の警告だったが、青年は構わず口火を切った。  
 
「あの二つの戦争での君とその手下の行いの為に、大勢の人が命を失い、大切なものを奪われた……」  
「…黙れ……」  
「マレーンという娘の意気地の無さがその根底にあると知ったら、彼らはどれほど嘆き、君を呪う事か…」  
「黙れッ!! 黙れぇぇッ!!!」  
 
サンドリヨンは振り向きざま暖炉の横の火かき棒を引っ掴み、渾身の力を込めて青年に殴りかかった。  
頭上に力いっぱい振り下ろされたそれを青年は座ったままわずかに頭をかわし、右手で受け止めた。  
 
「私にそんな事を言う資格があるのか!? すべてお前のせいなんだぞ!!」  
「……何もかも僕が悪いというのか…」  
「ああそうさ!!……あの日お前が現れなければ、私は二つの世界を繋げたいなんて思わなかった……  
 お前をこの手に掛けさえしなければ、私だってこんな生き方をしなくて済んだんだ!!」  
 
胸も張り裂けんばかりの激しい怒りをぶつけるサンドリヨン。青年は彼女と睨み合い、火かき棒を掴んだ  
まま、ゆっくりとソファーから立ち上がった。サンドリヨンは火かき棒を奪い返そうと激しく腕を振った。  
 
「離せ!! 離せッ!!」  
「自分から離せば済む事だろう!? こんな物に頼らなければ戦えないほど君は臆病な人間だったのか!?」  
「貴様にそんな事言われる覚えは!!……」  
 
そこまで言った時、サンドリヨンは何かが焦げる匂いに気が付いた。火かき棒を掴む青年の手の平だ。  
暖炉のそばにあった為に火かき棒の鉄製の部分が高熱を帯びていたらしい。彼女は慌てて手を離した。  
 
「……むうぅっ……」  
 
相当我慢していたのだろう、青年がうめきを漏らした後、その手から火かき棒が滑り落ちた。  
 
「……頼む……火かき棒を拾ってくれ……絨毯が焦げるぞ……」  
 
左手で火傷を負った右手を押えながら青年は苦しげにサンドリヨンに言ったが、サンドリヨンはおろおろし  
ながら絨毯の上に転がる火かき棒と青年の右手を交互に見るだけだった。  
 
「早く拾え!! 加熱が続いたら火が点くぞ!! この家が燃えてもいいのか!?」  
 
青年の怒鳴り声にサンドリヨンは我に帰った。彼女はどうにか火かき棒を拾い上げると暖炉に向かい、焚き  
場のそばのスタンドに立て掛けた。彼女が恐るおそる振る向くと青年はうずくまる様に再びソファーに座って  
いた。どうすればよいか分からぬままサンドリヨンは拾い上げた毛布をはおり、沈んだ気持ちで青年の脇を  
通って長椅子のソファーに腰掛けた。暖炉の焚き木が燃えるパチパチという音だけが居間の中に響く。  
 
「…………済まな…かった……傷薬なら……あるぞ……」  
「いや、いい……治癒魔法を使っている……どのみち手の骨も痛めたから……」  
「…わざわざ治しているのか?……分身の体なら一旦消せば済むことだろう?」  
「君が使う自律行動型の分身と違って、この体は僕が直接入って動かしている……体を消せば負ったダメ  
 ージをそのまま本体に持ち帰る事になる……胎児の僕はその痛みに耐え切れないはずだ……」  
 
そこまで言った青年はうつむいていた頭を少し上げてサンドリヨンの方を見ないまま言葉を続けた。  
 
「……今、死ねばいいのにと思っただろう?」  
 
言って悪いか、という言葉が喉まで出掛かったのをサンドリヨンはすんでの所で抑えた。意に反して身ごも  
らされた彼女が妊娠の事実を抹消したいと思うのは当然の成り行きである。だがサンドリヨンはそれを口に  
出して言ってはいけないような気がした。  
 
「……自分の大切なものの為なら他人の大切なものなどどうなってもいい……そういう所、マリーセントに  
 そっくりだな」  
「何を言う! あんな奴と一緒にするな!」  
「彼女を見くびるな……君は彼女を小ばかにしているようだけど、根っこの部分は似た者同士だ……」  
「……お前はあの女の事が分かるというのか?」  
「彼女だけじゃない……僕には何故かファンダヴェーレ中の事を知る力がある……君とフェレナンド王の  
 血を引いているだけの事はあるかな」  
「……ではあの女の正体も分かっているのだな?」  
「……ザーロフという商人の娘テレジア……それがマリーセントの正体だ……ザーロフは闇組織と繋がりを  
 持っていて御禁制の薬草の売買で財を成した……親に禁じられていたのにも関わらず、彼女はその薬草  
 に手を出して見なくてもいいものを見るようになった……」  
 
青年はそう言って溜息をついた。君と同じ救いようのない馬鹿だとサンドリヨンは言われたような気がした。  
 
「でもこの力は当てにしない方がいい……今までの経験からいって、生まれ変わったら僕は新しい人格に  
 くるみ込まれ自分の言葉を表に伝えられなくなるはずだ……トゥルーデの中のシルフィーヌのようにね」  
 
「……お前はそれでいいのか? 私の子になる事にためらいは無いのか?」  
「いいんだ……1300年待ってようやく君とじかに言葉を交わす事が出来た……それに君が産んでくれさえ  
 すれば、これからはずっと一緒にいられる……それで充分さ」  
 
青年はそう言って微笑みながら振り向いた。だがサンドリヨンにはまだ迷いがあった。  
 
「無理だ。諦めてくれ……私は暗黒魔法を手に入れるのと引き換えに闇に魂を売った……今更、光の世界  
 では生きられぬ……まして子供を育てるなど……」  
「ふーん、闇の魂ねえ……暗黒魔法がなくても何食わぬ顔で光の世界で生きている、ドス黒い魂の持ち主  
 なんて腐るほどいるけどね」  
 
青年はソファーから立ち上がると軽く右手を振った。どうやら負傷が回復したらしい。彼は長椅子へ歩み寄り  
サンドリヨンの横に座った。  
 
「子育てに不安があるならグラムダを頼ればいい。彼女は本心から君の事を案じている……」  
「それだ、分からぬのは……周りからとやかく言われているだろうに、何故あやつは私の世話をいとわぬ?  
 何の繋がりもないのに……」  
「手当てを弾まれているから、というのは冗談だけど……まるっきり繋がりがない訳じゃないんだ……彼女  
 の祖国ブロブディングナグは……トゥルーデと闇の三騎士に滅ぼされた」  
「!!……聞いてないぞ、私は……少なくとも聞いた憶えがない……」  
「辺境の小国だ……君の興味の外にあったとしても不思議じゃない」  
 
青年にそう言われてもサンドリヨンは動揺を隠せなかった。かつて配下の者からどこかの国や町を滅ぼした  
という報告を受けても何の痛痒[つうよう]も感じなかったのに。  
 
「だったら尚更だ……何故……」  
「君が彼女を専属にしたいという話を出した時、もちろん彼女の家族は猛反対した……だけど彼女はそれを  
 押し切った……あの方もいずれは死ぬ……罪深い人ではあるが、見苦しいものを残して逝かせる訳には  
 いかない……誰もそれをしないなら自分があの方にその事を伝えなければならない……とね」  
「……見苦しいもの……」  
「それが何なのかは彼女の口から聞いてくれ。僕から話せるのはここまでだ」  
 
青年は毛布の上からサンドリヨンの腿に手を置いた。他人に触られるのを嫌うサンドリヨンだが、この時は  
もう嫌がる素振りを見せなかった。  
 
「本当は君も分かっていたんだろう? 自分のしている事がどんなに馬鹿げているか……だからさっき  
 “こんな生き方をせずに済んだ”って言ったんだろう?」  
「そんな事は……いや、お前に誤魔化しはきかぬな……私は許されざる者……死ねば間違いなく地獄へ  
 送られるだろう……だがそうなったのは神が世界を二つに分けたせいだと今でも思っている……ただ地  
 獄を送られるのは癪[しゃく]だから、神が創ったこの世界をとことん踏みにじりたいと思ったまでだ……」  
「その意味では僕も同罪だ……君に道を誤らせるきっかけを作ったんだからね」  
「いや違う!……お前こそ許されるべきだ……神の定めを知らぬままこの世界に迷い込んだだけのお前  
 を裁くなど、それこそ間違っている」  
「いいんだ……君を無理矢理犯しただけでも僕は罪びとさ。もう天国へ招かれる資格はない……」  
「……神は何をしたいのだろうな……定めを破った者が許せないならその時点で滅ぼせばよかろうに…」  
「さあね……僕たちにやり直す道がないのは確かだ……せめて残りの人生、より良く生きるしかないさ」  
 
青年の言葉の最後の部分を聞いてサンドリヨンはふと思った。グラムダが言っていたという“見苦しいもの  
を残すな”とはそういう意味なのだろうか? 答えを知っているはずの青年はしかし、その事については  
何も語らない。やはりグラムダに直接聞くしか無さそうだ。  
 
「そういえばお腹は空いてないかい? 僕が現れたせいで何も口にしてないだろ? 一緒に食べよう」  
「一緒にったって……グラムダは私の分しか用意していないぞ」  
「二人で分ければいいさ。足りない分は僕が何か適当に作るよ。それくらいの材料の用意はあるだろう?」  
「まったく……お前という奴は……」  
 
サンドリヨンは苦笑した。笑いをかみ殺そうと右手を口元に持っていった時、かき合わせていた毛布が  
ずり落ち、乳房が露わになった。顔を赤らめた彼女は慌てて毛布を羽織り直し青年を睨んだ。  
 
「おっと……勝手に怒られちゃたまらないよ。仕度は僕がしてるから何か着ておいでよ……君のオッパイを  
 眺めながらする食事というのも悪くはないけどね」  
 
幼いヘンゼルとグレーテルを手なずける為にしていたのを除けば、1300年前も300年前もサンドリヨンが  
誰かと食事を共にした事はほとんどない。この屋敷に来てからもテーブルに着くのは一人きり。  
下女の身をわきまえているグラムダは給仕以外、主人が食事をする時は厨房に引っ込んでいた。  
それはサンドリヨンが望んだ孤独であり、そして耐えなければならない孤独でもあった。決してグラムダの  
腕が悪い訳ではないからそれについての愚痴はこぼさなかったが、彼女が用意を終えて帰った後、この  
屋敷の一人で過ごすにはやや広い食堂で口にする料理はひどく味気ないものだった。  
だが今夜は違った。グラムダが仕度をしていった夕食を二人分に分け、副食の足りない分は青年が作った。  
ジャガイモとハムと豆を炒めただけの大雑把な料理だったが、食べてみると思いのほか美味かった。  
何より青年とテーブルを共にしているだけでいつもと気分が違った。誰かと語らいながら食事をするひと時  
がこんなにも料理の味わいを変えるのか――サンドリヨンは久しくなかった温かな気持ちに満たされた。  
だから料理を平らげた後に青年が改めて体を求めてきても、さほど拒む気にはならなかった。  
 
 
「んんっ……んむ……あふぅっ……」  
 
サンドリヨンの寝室。広いベッドのをきしませ、青年と彼女は体を絡め合い互いの唇をむさぼっている。  
口の中に入ってきた相手の舌と自分の舌をもつれ合わせ、唇をしゃぶり、唾をすすり合う。  
同時に青年はサンドリヨンの豊かな乳房を揉みしだき、サンドリヨンは青年の怒張したペニスを柔らかく  
手の平で包み込み、上下に撫でさする。  
 
「……熱いな、お前のもの……吸ってやろうか?」  
「頼むよ……君の口の中も穢したい」  
 
サンドリヨンは一旦体を離すと青年の股間の上にかがみ込み、ペニスに唇を寄せた。  
 
「まったく女というのは因果なものだ……赤の他人の逸物はおぞましいだけなのに、気持ちを通い合わせた  
 男のものは愛おしくてたまらない……」  
「闇の女王でもそんな風に思えるのかい?」  
「……嘘だ……男の気に入りそうな言い方をしたまでだ」  
 
そう言いながら妖しい笑みを浮かべサンドリヨンは青年のペニスを口に含んだ。舌でたっぷりと唾をまとわり  
つかせ、上下に頭を動かす。  
 
「んっ…んっ…んん……んふ……」  
「はっ……はっ……はぁ……あぅん!……」  
 
サンドリヨンの上下する唇に包み込まれ青年のペニスはビクビクと痙攣する。その様子に愉悦を感じながら  
彼女は舌を絶妙に動かし、更に青年の分身を攻め立てた。  
 
「はぁ…はぁ……はあっ、はあっ……駄目だ、もう我慢できないっ…出すからそのまま動かし…ウッッ!」  
「んぶっ!……んんっ……」  
 
青年の熱く白い高まりがサンドリヨンの口の中でほとばしった。喉の奥に直撃をくらいむせそうになるサンド  
リヨン。どうにか精液を飲み下した彼女は不服そうに顔を上げた。  
 
「早いぞ……もう少しどうにかならなかったのか」  
「仕方ないじゃないか…君の口技が上手過ぎるんだ。何百年もブランクがあるとは思えないよ」  
「一言多いぞ……掃除してやるから待ってろ」  
「どうせなら僕の顔を見ながらしゃぶって欲しいなぁ」  
「断る」  
 
そう言ってサンドリヨンは青年の顔の上に跨り、体を互い違いにする形で彼の上に覆いかぶさった。そこで  
彼女は間違いを犯した事に気付いたが、もう遅かった。青年の目の前には腫れた肛門があった。  
 
「あらら〜、お尻の穴が可哀想な事になってるね〜」  
「よっ、よせ、そんな所見るな!」  
 
サンドリヨンは慌てて腰を浮かそうとしたが、青年はすかさず両腕で彼女の腰を抱え込んだ。  
 
「もう手遅れだよ。でもこうなったのは僕の責任だ。治してあげるよ」  
「そんな事しなくていい……あ……あぁ……何だ、この感触……」  
 
サンドリヨンは肛門の周りに温かな感触が広がるのを感じた。青年が治癒魔法を使っているらしい。  
 
「どう、気持ちいい? もっとしてあげるよ」  
「え?……お、おい、何をしている!?」  
 
サンドリヨンは戸惑った。生温かいゼリー状のものが肛門の中に潜り込んでくる。  
 
「何だそれは!? おかしなもの入れるな!」  
「何って、実体化した癒しの力だよ。中も治してあげないとね」  
「よせ、そんなもの……んんっ、あうっ……」  
 
サンドリヨンは堪らず腰をくねらせた。潜り込んできた不気味なものが直腸内でうねうねとうごめいている。  
 
「いっ、嫌だ、こんなの……あっ……あうんっ……はうっ!……」  
「恐れないで素直に感じるんだ……だんだん気持ちよくなってきただろう?」  
「そんなこと言ったって……あぅ!……ああ……」  
 
確かに青年の言うとおり括約筋や腸内に癒しの力が働き、柔らかな感触が広がる。だがサンドリヨンは  
肛門や腸内の怪しいうごめきに快感を覚える自分に戸惑っていた。  
 
(……そういえば……前にもこんな事があったような気が……)  
 
サンドリヨンは思い出した。確かに以前もこんな事があった。だがそれは彼女自身の経験ではない。  
 
 
 
「……んっ、んっ、んっ! むうっ! あうっ!」  
 
324年前。サンドリヨン城の奥にある石造りの拷問部屋。その中に女のくぐもった悲鳴がこだまする。  
部屋の中には数人の男と一人の女がいた。全裸の女は口に棒状の猿ぐつわを噛まされ、手首足首に  
巻かれた皮製のベルトを鎖に繋がれて仰向けに吊るされていた。彼女の両脚は大きく広げられ、その  
間に男の一人が陣取っている。男は女の腰を両手で抱え、秘裂に挿入した男根を激しく出し入れして  
いた。  
 
「へっ、へっ、へっ……そうら、そろそろイクぞ! たっぷり飲みな!」  
「んんっ!? んぐっ、んぐっ!! むぐぅっっ!!……あうぅっ……!!」  
 
苦しげにむせび泣き、そして諦めたように力なく嬌声を上げる女――賢者シルフィーヌ。彼女の膣内に  
汚らわしい白濁液が男根の脈動と共に注ぎ込まれる。  
 
「俺たちからの挨拶は一通り済んだな……下ろせ。台を持って来い」  
 
リーダー格の男が命じる。シルフィーヌは両脇を抱えられ、吊り下げていた鎖が緩められた。床に立った  
まだ息の荒い彼女の前に、男たちが“犬の診察台”と呼ぶ座卓のような台が運ばれてきた。男二人掛り  
で持ってきたところを見るとかなり重そうだ。鎖を外されたシルフィーヌはその台の上に引っ立てられた。  
“診察台”の天板にはリング付きの金具が取り付けられていた。男たちはシルフィーヌを台の上に押さえ  
つけ、手首足首の皮ベルトに付いているスナップをリングに繋いだ。シルフィーヌは手足を縮こまらせた  
形で四つん這いの格好になった。むき出しになった秘裂から男たちに注ぎ込まれた精液が溢れ出し、  
天板に滴り落ちている。シルフィーヌは猿ぐつわを噛みしめながら恨めしげに男たちを睨んだ。  
 
「次の用意が出来るまでこいつと遊んでてもらおうか」  
 
睨むシルフィーヌをせせら笑いながらリーダー格の男はそう言って、彼女の目の前に透明のワインボトル  
のような一本の瓶を突き出した。瓶にはゴム栓と針金で封がなされていて、中に黄緑色の粘液状のもの  
が入っていた。それを見たシルフィーヌの目におびえの色が走る。それを尻目に男の一人が彼女の後方  
に回った。露わになっている彼女の肛門を覗き込みながら男はニヤニヤしながら言った。  
 
「俺たちの出したのでヌルヌルになってやがるが、一応な」  
 
男は手にした細身の張形にワセリン状の潤滑剤を塗りたくり、それをシルフィーヌの肛門にねじ込んだ。  
 
「ふぐぅっ!……あ……あうぅ!…」  
「この感触に慣れておけよ。後でゴツイのが来るからな」  
 
男はそう言いながら潤滑剤が括約筋の内側に行き渡るよう張形をグリグリとねじ廻す。  
 
「……それくらいでいいだろう…暴れそうだから押えておけ」  
 
リーダーが命ずると男の一人が台に横座りしてシルフィーヌの腰を抱え込み、もう一人が彼女の両肩を  
台に押し付けた。シルフィーヌも一応抵抗する素振りは見せるものの、拘束され魔力も封じられた身では  
出来る事は限られている。それに吊り下げられながらの輪姦は思いのほか体力を奪っていた。リーダー  
は手早く封を外すと先ほどの張形の男に瓶を渡した。  
 
「今日は用足しの壷に跨らなくて済みそうだな。 こいつが綺麗にしてくれるぜ」  
 
そう言うと男はカリの張った男根のような瓶の口をシルフィーヌの肛門に突き入れた。潤滑剤の塗りたく  
られた肛門に注ぎ口がズブズブとめり込んでゆく。  
 
「はぐぁっ!! は…はっ…あむっ!…あがぁぅっ!!」  
 
シルフィーヌは目をむき体をもがかせた。ちゃんと押さえてろと瓶の男が怒鳴り、二人の男が暴れるシル  
フィーヌの動きを止めようと力を込める。瓶のカリが括約筋の内側まで入った時、中の粘液が動き出した。  
瓶が揺れるからではない。それは自らの意思を持って注ぎ口へ移動し始めた。瓶の中に入っていたのは  
排泄物を吸収分解する性質を持った流体生物だった。  
 
「いはぁっ!!…あぅ、あふっ!…はぶぅっ!!…んはぁぁっ!!」  
 
おぞましい生き物が体内に入ってくる感触にパニックに陥るシルフィーヌ。屈強な男たちに押さえつけられ  
身動きもならない彼女は猿ぐつわの縁から声にならない悲鳴を漏らすだけだった。瓶の底から流体生物  
が完全に腸内[なか]に入ったのが確認されると瓶は抜き取られた。そして流体生物を排出できないよう、  
短めの張形が肛門にねじ込まれ、さらにきつめの貞操帯がシルフィーヌの下半身に嵌められた。  
 
「よし……両手を外して吊るせ」  
 
シルフィーヌを押さえつけていた男たちは彼女の両手首の皮ベルトのスナップを天板のリングから外し、  
上から垂れ下がっていた鎖に繋ぐとシルフィーヌを起こして再び引っ張り上げた。両腕を上に上げる恰好で  
立たされるシルフィーヌ。荒い息が口から漏れる。両足首の拘束ベルトは台に繋がれたままだった。  
 
「そろそろ餌にありついたかな……?」  
 
リーダーが期待を込めて薄ら笑いを浮かべた時、シルフィーヌの体がビクンと動いた。  
 
「んんっ……んっ、んうっ!……んあぅっ! あうぅっ! ふぁああっっ!!」  
 
シルフィーヌは痙攣したように震えた後、大きく体をのけ反らせた。更に二度、三度と弾かれる様に動く。  
足を持ち上げばたつかせようとするも、重い台に繋がれていて自由にならない。男たちは次の拷問の準  
備をしながら、うめき身をよじるシルフィーヌに嘲笑と罵声を浴びせかける。体内の流体生物のうごめきに  
反応して体をくねらせるシルフィーヌは抗議の声も上げられず、ただひたすら喘[あえ]ぐしかなかった。  
 
(……随分と悪趣味な責めを受けていたな、シルフィーヌ……)  
 
青年が使う擬似流体生物のような癒しの力に肛門を疼かせながらサンドリヨンはぼんやり思った。  
あの時の彼女は自分の部屋から拷問部屋のそれまでの様子を“見通しの鏡”を使って覗き見ていた。  
シルフィーヌが悶絶している様はそれなりに面白かったが、彼女の体内で起こっている事を想像すると  
気分が悪くなり、覗き見るのを途中でやめた。  
あの後、拷問部屋でどのような狂宴が繰り広げられたかサンドリヨンは知らない。彼女にとってはシルフィ  
ーヌが苦しんでいるという事実さえ確認できれば充分だったし、それにシルフィーヌがなぶり者にされるの  
は別にあの日に限った事ではなかった。とはいえサンドリヨンはここにきてあの時のシルフィーヌの事が気  
になった。てっきり流体生物による責めで苦悶していると思っていたが、今の自分の状態を考えると快感  
も味わっていたのではという疑念が湧いてきた。  
 
「どう? このウネウネという感じが堪らないだろう?」  
「何を言ってるっ……お前、わざとやっているだろう!?」  
「もちろんさ。あの日のシルフィーヌの事を思い出してたね?」  
「やっぱり……私は違うぞ! あんな気味の悪い生き物で感じていたあいつとは違うっ……私が感じて  
 いるのは……」  
「…感じてるのは?……」  
 
この動きがお前の愛撫だから――そう口に出して言うのをサンドリヨンはこらえた。体を許しているとはい  
え、この男の悪趣味な手段に悶えている事を認めたくなかった。どのみち青年にこの気持ちは見透かされ  
ているだろう。  
 
「知らぬっ……そういえばお前、私の中にいるのにどうして魔力を使えるのだ?」  
「あ、話をそらしたな?…まあいいか。ヘンゼルがアクロバティックなやり方をしたからさ。君の子宮と性器  
 の内側には魔力封じの力は及んでないんだよ」  
「何?……それじゃ……あいつ、知っていたのか? 私が妊娠している事を?」  
「知っていた、というより知らされていたんだろうね、フェレナンド王から。君が自分の子を宿してる事を」  
「……あやつめ、だから私に体調管理にうるさかったのか……肝心の事は何も言わずに……」  
「あの頃はまだ本当に妊娠してるか確定できなかっただろうからね。君を悩ませたくなかったのさ……  
 それより! 話してるうちにお尻の穴治っちゃったよ。もう痛まないだろう?」  
「あ?……あ、ああ……もう済んだのか……助かった……どうなるかと思ったぞ」  
 
「それにしても本当に綺麗だよ、君のお尻の穴……形がよくて皺も整っていて……」  
 
サンドリヨンはひゃっと小さく悲鳴を上げた。青年が舌を肛門にねじ込もうとしている。  
 
「よ、よせ! 汚いだろう!」  
「大丈夫だよ。魔法で臭いも残りカスも消し飛ばしたから……今の君のここは世界一綺麗なお尻の穴だよ」  
 
青年は舌を離すと改めて肛門の周りを舐め回した。自分がその感触に快感を覚えている事にサンドリヨンは  
慌てた。シルフィーヌとは違うといったばかりなのに、尻の穴を責められて悶えている――。  
 
「あ……ああ……や、やめ……はぁっ……は、はんっ……」  
「いいじゃないか。ここで感じるのは下品でも恥ずかしい事でもないよ」  
「私にとってはそんな……あぅんっ……んはっ……ふうぅんっ……」  
「……よし、濡れてきた……受け入れ態勢は整ったね。そろそろいただくよ」  
 
陰部から愛液が溢れてきたのを確認すると、青年はサンドリヨンの下から抜け出し彼女の後ろに回った。  
 
「そのままうつ伏せでいて……今度は痛くしないよ。気持ちよくさせるから…」  
「今度はって……お前まさか、またそっちに入れるのか!?」  
「そうだよ……まだ怖いのかい?」  
「そういう事ではないっ……私は女だぞ!……入れるならしかるべき場所があるだろう!……」  
 
振り向きながら青年に訴えるサンドリヨンだったが、内心複雑な気持ちだった。先刻青年に尻の穴を強姦  
された時の痛みと恐怖心。まだそれが残っているにも関わらず彼女の胸の内には、いましがた味わった  
未知の快感をもう一度という未練が芽生えていた。だが今はあのエルデの少年と――かなり変則的では  
あるが――ようやく本当の意味で結ばれる時。その大事な時に面妖な事はしたくなかった。  
 
「……それじゃ普通にしていいんだね?」  
「ふざけないでくれ……今のお前の前では私は身も心も裸なのだぞ! 私の望みくらい分かるだろう!?」  
「極力、心の覗き見はしたくないのさ。だから心で訴える前に言葉にしてよ」  
「…………普通に抱いてくれ……」  
「いいよ。こっちを向いて……」  
 
サンドリヨンはシーツの上で体を捻り、仰向けになった。青年が彼女の閉じた両脚をMの字に開き、その間  
に入る。正座するような形で座った青年は目の前にあるサンドリヨンの股間を熱く凝視した。  
 
「……ずっとこの光景を夢見ていたんだ……」  
 
青年はサンドリヨンの濡れそぼった黒く艶やかな陰毛をしばし見つめ、ゆっくり撫で回した。顔を上げるにつ  
れて目に入る二つの豊かな乳房。そして彼を見つめる、ほんのりと頬を赤く染めた白い顔。  
 
「…これで『いいわよ、来て』って言ってもらえたら言う事ないんだけどなぁ……」  
「能書きはいいから早くしろ」  
「…………うん……まあ、夢のままで終わる夢ってのもあるよなぁ……」  
 
青年は苦笑いしながらサンドリヨンの股間に迫り、ペニスを彼女の秘裂にあてがった。サンドリヨンも胸を  
高鳴らせながら二人が繋がろうとしている部分を緊張気味に見つめている。  
 
「いくよ……う…ううんっ……」  
「んぅっ……ふっ……ふうぅっ……」  
 
ぬめる膣内に青年のペニスが進入していく。サンドリヨンは小さく震えその感覚に身を任せた。青年は更に  
腰を押し進め、ペニスは根元までサンドリヨンの中に入った。  
 
「ああ…入った…入ったよ! やっと君と一つになれた!! ありがとう!! 今日まで生きててくれてありがとう!!」  
 
感極まった青年はサンドリヨンの体に覆い被さり強く抱きしめた。サンドリヨンもその言葉に戸惑いながら  
青年の背中に腕を廻した。  
 
「…生きててくれてありがとう……?」  
「そうじゃないか! この時が来るのを1300年間も待ち続けたんだ!!」  
 
青年はそう言って体を前後に動かし始めた。強く荒々しい抽送がサンドリヨンの膣内を刺激する。  
 
「あっ、あ……はっ…はっ…あんっ…あふ……はぅ…あぅんっ……」  
 
青年の情熱的な律動に合わせてサンドリヨンもあえぎ声を漏らす。ペニスの動きをより滑らかにしようと  
秘裂のぬめりが更に増す。それを感じながらサンドリヨンは天井をぼんやりと見つめていた。  
 
(…この男はずっと待っていたのか……私とこうなるのを……1300年も……)  
 
サンドリヨンもまた千年もの間待ち続けた――復讐の時を。怨みと憎しみだけが心の拠り所だった。  
しかし青年は千年もの間、彼女と再び触れ合う事を待ち望んでいた。何度も生まれ変わっていれば妻や  
恋人もいたはずだ。心のすさんだ昔の女の事などいくらでも忘れられたのに、それでも彼は彼女との再  
会をひたすら夢見て転生を繰り返してきた。一人の男をそれだけ長い間思い続ける自信はさすがのサン  
ドリヨンも持てなかった。  
 
(何とむなしい時を過ごしてきたのだろう……こいつの言うとおり、嫌われてもいいからあの時詰め寄れば  
 よかったのだ……そうすれば互いに道を踏み外す事もなかった……)  
 
そう思った時、サンドリヨンは本気で暗黒魔女になった事を後悔した。だが青年の言うとおり、もうやり直す  
事はできない。償[つぐな]おうにも許しを請う相手はほとんど残っていまい。サンドリヨンの脳裏に300年前、  
封印される前に鈴風草太が彼女に呼びかけた言葉が蘇った。  
 
“僕は信じたいんだ……どんなに憎しみにとらわれていても、優しさを閉じ込めた心の扉を開きたいという  
 気持ちはあなたにもあるはずだ……そうだろう? マレーン!”  
 
優しいかどうかは知らないが、せめてこの男だけはこの世に送り出さなければ――サンドリヨンは青年の  
背中に廻した腕に力を込めた。  
 
「すごいよ……君の中、とっても熱い……熱くて気持ちいい……」  
「高まってきたか?……構わんぞ……思う存分放って果てるがいい……」  
「分かった……最後まで思いっきりいくよ、マレーン」  
「い、いや、ちょっと待て……その名前はやめてくれ…」  
「どうして?」  
「…もうその名前では呼ばれたくない……私にとってはいろいろ苦々しい思い出がある……300年前も  
 エルデの小僧にその名で呼ばれた事にひるんで、封印される隙を作ってしまった……」  
 
「う〜ん、でもサンドリヨンてのもベッドの上で呼ぶには何か長ったらしいなぁ……じゃあサニーってのは?」  
「……それも嫌だ。尻軽女みたいに聞こえる」  
「我がままだなぁ……じゃあもう、前倒しでママって呼ぶよ」  
「おい! それこそベッドで呼ぶ名前じゃないだろう!?」  
「いいんだよ。どうせ生まれ変わって成長したら君に僕の子供を産んでもらうんだから」  
「何ッ!?」  
 
サンドリヨンは青年の正気を疑った。よりによって母親になろうとする女に子を産んでもらいたいとは。  
 
「だって君の息子になって、それからまた他人に生まれ変わるったら何十年も先になっちゃうよ。君に僕  
 の子供を産んでもらうのにそんなに待てないよ。近親交配の血の乱れは魔法で補正できるでしょ?」  
「1300年も待ったのだろう!? ならばあと数十年くらいどうという事はなかろうが!!」  
「君自身が待てないだろう? 第一、君がその頃まで子供を産める体かどうか分からないじゃないか」  
 
何でこんな馬鹿げた押し問答をしているのだろう――サンドリヨンは腕を放し、青年の胸を押し返した。  
 
「……やっぱりやめるっ……お前みたいな変態なんか産みたくないっ……」  
「そんな事言わないでよ。君だけが頼りなんだ。心から愛する人に自分の子供を産んで欲しいと願うのは  
 男として当然じゃないか」  
「知るものか! 大体お前、生まれ変わってもその願望を持ち続けられるのか? さっき別の人格で生ま  
 れて来るとか言ってただろうが!」  
「例えそうだとしても君は素敵な人だ……成長した僕が欲望を抱かないはずがない……きっとこうやって  
 腕を掴んで押さえ込んで…」  
 
青年は暴れるサンドリヨンの手首を掴みベッドに押し付け、腕立ての状態になった。  
 
「ベッドに押し倒して、こんな風に腰を波打たせるよ……ほら、はっ、はっ、はっ!」  
「やっ、やめろっ……あっ、あっ、あっ、あぅ! あぅっ!」  
 
気持ちでは拒みながらもサンドリヨンは自分の花芯が更に濡れるのを感じた。息子の子を産む――その  
背徳的なイメージを受け入れている自分が信じられなかった。青年はより激しく腰を前後に揺する。  
 
「あっ、ああっ、あんっ、あぅんっ……ま、待ってくれ……本当にやめてくれ……」  
「お願いだよ、僕の子供を産んで……君を愛しているんだ」  
「そうではない……胸が揺さぶられて苦しいのだ……押さえてくれ……」  
 
サンドリヨンの言うとおり、彼女の豊満な乳房は青年の動きにブルンブルンと激しく上下している。  
 
「そうなの?……オッパイがこんな風になってるのも男には目の保養なんだけどなぁ……でも君がそう  
 言うなら……」  
 
青年は掴んでいた手首を離して体を下ろし、サンドリヨンの乳房を押さえつけた。二人の汗ばんだ胸が  
重なる。サンドリヨンはすかさず青年の背中に腕を廻し、しっかりと抱きしめた。  
 
「僕の願いを受け入れる気になったかい?」  
「勘違いするな……万が一、私が死ぬまでここに幽閉される事になったらお前も同じ運命になるはずだ  
 ……息子が一生、女を知らぬままなのは不憫だからな……」  
「それでもいいよ。それじゃ、このまま最後まで行くよ。早く出したくてたまらないんだ」  
 
青年はサンドリヨンの両肩を抱くと再び抽送を開始した。深く、強く、熱情に満ちた動きがサンドリヨンの  
秘肉を刺激する。自分を求める牡[おす]の射精を促そうと膣内は更にねっとりとした温かい蜜を溢れさ  
せる。  
 
「あぅ…あっ…あっ……はんっ…はっ…はっ……あぁ……」  
「素敵だよ、その声……僕のもこんなにヌルヌルが絡み付いて動きを止められない…我慢できないよ」  
「あんっ、あっ、あっ……精を放つなら…絶対…私の名を…あっ…呼ぶなよ……」  
「分かってるよ、ママ」  
「だからそれはやめろっ……はぁっ! あぅ! あっ! あっ! あっ!」  
 
青年の動きのピッチが上がった。それと共にサンドリヨンの嬌声も短く激しくなる。体が受け入れ態勢に  
入ってゆくのをもう彼女自身も止められなかった。もう何でもいい。早くこの男と一つに溶け合いたい――。  
 
「はあっ、はあっ、はあっ、もうイク! イクよママ! ママの膣[なか]にいっぱい出すよっ!!…」  
「い、いや…ああっ! ああっ!! はぁあああぁんっ……!!」  
 
口で拒みながらサンドリヨンは力いっぱい青年を抱きしめ、白く熱いほとばしりを受け止めた。彼女の中  
に放ちながら青年は尚も腰を動かし続ける。まるで心臓そのままのように肉棒は脈動を続け、更に精液  
が注ぎ込まれる。  
 
「ま、待て……もうよせ……そんなに出されたら、もう一人妊娠してしまうっ……!!」  
 
狼狽しながらもサンドリヨンは青年の律動に身を任せた。肩を震わせながら青年は徐々に動きのピッチを  
落としていった。  
 
「はあっ…はあっ…はぁ……はぁ……はぁ……ありがとう、すっごくよかったよ……」  
「はぁ……はぁ……はぁ……重いぞ……満足したならさっさと降りろ……鬱陶しい……」  
「ああ……ごめんよ……」  
 
青年は汗でぬめるサンドリヨンの体から滑り落ちるように横に転がった。しばしの間、二人は無言のまま  
息を荒くしていた。  
 
(……流れ出している……)  
 
サンドリヨンは股間に青年が注ぎ込んだ精液が溢れ出し、尻に向かって伝い落ちているのを感じた。  
不快感を覚えはしたものの、頭の中にもどろりとした感覚が溜まっていて後始末する気になれなかった。  
 
「…あれほど呼ぶなと言ったのに……後でもう一度相手しろ……あんな終わり方じゃ収まりつかん……」  
「いいよ……今度は四つん這いになってくれる?……それとも上になる方がいい?」  
「……好きなようにしろ……」  
「君のオッパイが揺れる様も見たいけど、やっぱり後ろがいいかな……バック責めは男のロマンだよねぇ」  
「知るか、馬鹿者……」  
 
サンドリヨンは毒づくと青年のいない方に頭を向けた。習い性とはいえ、素直になれずつい高飛車な態度  
を取ってしまう自分がもどかしかった。彼女はしばしためらった後、おずおずと青年の方に手を伸ばし彼の  
手を握った。青年は何も言わずその手を握り返した。こんな口の悪い女でも受け入れられていると感じ、  
サンドリヨンは安堵した。  
 
(……息子の子を産む、か……シルフィーヌはあれからどうしたのだろう……まさかあのまま身籠ったとは  
 思えぬが……)  
 
女にとって意に沿わぬ相手に孕まされる事ほど酷い拷問はないだろう。あの時のサンドリヨンは必ずしも  
シルフィーヌが妊娠する事を望んでいた訳ではなかった。何の抵抗も出来ないまま実の子に犯され精液を  
注ぎ込まれる事で彼女の心がより深く傷つき絶望に打ちひしがれる様を見たいだけだった。彼女のその後  
についてヘンゼルもいばらもサンドリヨンには何も語っていないしサンドリヨン自身も特に関心がなかったから  
彼らに訊ねてはいない。第二次サンドリヨン戦争後のファンダヴェーレ史を記した書物にも“サンドリヨンの手  
に落ち、その後手先となった彼女は王室付きの賢者衆を除名、追放され以後消息不明”とあるだけだった。  
ただその書物には賢者シルフィーヌと暗黒魔女トゥルーデが同一人物である事には触れられていなかった  
から、その記述に政治的な関与があったのはサンドリヨンの目にも明らかだった。  
 
(戦略的な判断ミスを犯したフェレナンドの父の名誉を守るためだろうな……そもそも私から最も遠ざけて  
 おかなければならないあやつを前線に立たせたのが間違いなのだ……哀れな奴よシルフィーヌ……  
 『エルデの鍵』などという途方もないものを産むよう命令されたばかりに…)  
 
そこまで考えた時、サンドリヨンの脳裏に衝撃的なひらめきが浮かんだ。あの女は『エルデの鍵』を産んだ。  
『エルデの鍵』――二つの世界を繋ぐ途方もない力――『ファンダヴェーレの鍵』。  
ヘンゼルは言っていた。フェレナンドが崩御して以来『ファンダヴェーレの鍵』の行方が分からないと。  
千里眼魔法の使い手たちが全力を挙げてもその在り処を突き止められずにいると。  
そう、見つかるはずがない。『ファンダヴェーレの鍵』がサンドリヨンと共に封印されていたとは誰一人思うまい。  
サンドリヨンは恐るおそる青年の方に振り向いた。  
 
「……なあ……ひょっとして……お前は『ファンダヴェーレの鍵』なのか?……」  
「ん〜?……さあ……どうなんだろうねえ……」  
 
青年はとぼけた様に答えただけで肯定はしなかったが否定もしなかった。しかしサンドリヨンは確信した。  
こいつは『ファンダヴェーレの鍵』だ――。  
この男が持つ世界中の事を知る力――胎児のうちからそんな途方もない力を使えるというのは、フェレ  
ナンドと自分の血を引いているというだけでは説明が付かない。今、自分は『鍵の力』を宿している――。  
あれほど望んでいたものが手に入った事を知ったにも係わらず、しかしサンドリヨンが感じたのは歓喜や  
高揚感ではなく、むしろ『鍵の力』の所有者となった重圧だった。  
何故こんな事になったのか――おそらく仕組んだのはフェレナンド王だろう。  
 
(……お前は私に『鍵の力』を託したのか……この私に『ファンダヴェーレの鍵』を守れというのか……どう  
 なのだ? 答えろフェレナンド!!)  
 
天井に、その向こうの虚空に向かってサンドリヨンは心の中で叫んだ。しかしいくら待っても何も返っては  
こない。決して彼の事を愛していた訳ではないし、それはフェレナンドも同じだったろう。分かってはいたが、  
それでも自分の呼びかけに何の反応もない事にサンドリヨンは一抹の寂しさを覚えた。  
 
(……私はお前の子を産む事になるのだぞ……それなのにお前はもう……)  
 
 
 
二日後。  
 
「まったくもう……こんなに焦がしてしまって……一体何をやったらこうなるんですか?」  
 
昼食後、居間へ入ってきたサンドリヨンが見たのは四つん這いになって絨毯の焦げあとをナイフでこすって  
いるグラムダの姿だった。一昨日、青年が落とした火かき棒は絨毯の黒い刺繍の部分を焦がした。あまり  
目立たないだろうと放置していたが、二ヶ月もここで働いているグラムダはめざとく見つけてしまった。  
 
「言われたくないでしょうけど、寝室も様子がおかしゅうございましたね。いえ、あえて聞きませんけど」  
「だったら聞くな………なんだと思った?」  
 
グラムダは焦げをこする手を止めて身を起こした。皮肉っぽい目をサンドリヨンに向け溜息をつく。  
 
「人の手で作り出したものは人の手で壊せる……結界破りという手もない訳ではないですからね。そんな手  
 間を掛けてまでここへ入り込む物好きがいるとは思いたくありませんけど」  
「何だお前……私が夜這いを掛けられたと思っているのか? だからといってお前がそんなに不機嫌になる  
事はなかろう?」  
 
サンドリヨンはばつが悪そうに苦笑した。青年とはあれから一日使って何度も交わった。おかげでベッドの  
シーツは皺がより、あちこちに染みを作っていた。とりあえず青年が再生魔法で元の状態に戻したものの、  
グラムダは主人の寝室の様子が何かおかしい事に気付いたらしい。  
 
「馬鹿にされるじゃありませんか!! あのサンドリヨンがどこかの馬の骨に孕まされたとか言われますよ!!」  
「やはり妊娠していると思うか?」  
「私の師匠におりものの試料を送って調べてもらいました。まず間違いなかろうと……手が空かないとかで  
 今日は来られませんけど、近いうちに詳しく検診してもらいます」  
「その必要はない……もう自分でも分かっている」  
「そうですか……そうなるとここに住み込みで世界一ぐうたらな魔女のお世話をしなければなりませんね。  
 新しい運搬係の手配もしませんと」  
 
呆れたようにそう言うとグラムダは再び絨毯の焦げを落とす作業に没頭した。以前のサンドリヨンであれば  
無礼な物言いに腹を立てただろうが、それが主人の身を案じていればこその悪態であるのが分かっていた  
からむしろ微笑ましく思った。サンドリヨンはワンピースの上から下腹部に触れ青年に頭の中で問い掛けた。  
 
(こやつはお前の父親がフェレナンドとは知るまいな?)  
(……ああ、ヘンゼルは彼女にはまだそこまで話していないみたいだよ)  
 
親子という形になってしまったが青年――かつてのエルデの少年が自分と共にいてくれるのは心強かった。  
魔力を封じられている身では尚更そう思う。そして青年と和解した事で二つの世界を滅ぼしたいという願望  
もどうでもよくなりつつあった。しかしその一方でサンドリヨンには悩みの種が増えてしまった。  
ここでの暮らしは退屈なものだったが、彼女が身籠ったのがフェレナンド王の子であり『ファンダヴェーレの鍵』  
である事が明るみになれば状況は一変する。現王室はその扱いに苦慮するだろう。そしてサンドリヨンが今、  
一番気を揉むのはマリーセントの事だった。ここにサンドリヨンが軟禁されている事は世間には秘密になって  
いるが、人の口に戸は立てられない。伝え聞いた彼女はいずれこの場所を突き止め『鍵の力』の扱い方を  
訊ねに姿を現すかも知れない。彼女がどれほどの力を持っているかは知らないがサンドリヨンとしては丸腰  
で対峙したくなかった。  
 
(せめて邪眼の力さえ取り戻せば……手始めにこの……グラムダを手なずけ……それから結界術士を……  
 そしてヘンゼル…)  
(それでいいのかい? グラムダやヘンゼルに対する裏切りになるし、下手すると王室まで敵に回す事にな  
 るよ。何よりそんなやり方は…)  
(分かっている……マリーセントと同じだと言いたいのだろう? だが世界を知る力がお前が生まれるまで  
 のものである以上、早めに先手を打たねば……)  
 
自身でも焦りを感じているのはらしくないと思う。それでもサンドリヨンは早く魔力を取り戻したかった。懊悩  
するサンドリヨンの前でグラムダが身を起こし、辛そうにやれやれと腰を叩いている。  
 
(許せグラムダ……お前のような者がいてくれて私も大分気が楽になった……そのお前の心を奪い手駒に  
 するのは卑劣だと私も思うが、『ファンダヴェーレの鍵』を守るには…)  
 
“それが分かっているのならズルはいけないよ、サンディ”  
 
「サ、サンディ!?」  
 
出し抜けに聞こえたその言葉にサンドリヨンは驚き思わず声を上げた。青年のものではない。だが聞き覚  
えのある声――。  
 
「え!? 雷撃魔法[サンデ]!? やめて下さいこんな所で!!」  
「い、いや、何でもない……こっちの事だ……」  
 
驚いて振り向いたグラムダにサンドリヨンは慌ててかぶりを振った。  
 
「……お願いしますよ!……魔力封じのほころびを確かめるなら他のやり方があるじゃないですか」  
「する訳ないだろう!……人聞きの悪い事を言うな……」  
 
動揺しつつ抗弁するサンドリヨンにグラムダはいぶかしみながらも作業に戻った。  
 
(お、おい……今のはまさか…)  
(ああ……パパだよ。フェレナンド王だ……驚いたな)  
(どこにいる? まだ近くにいるのか?)  
(……いや、もう行ってしまったようだ……僕にも捉えきれなかった……)  
(…………)  
(でもよかったじゃないか。ちゃんと見守ってくれているんだよ、僕たちの事……)  
(…見守っているだと?……私をふざけた名で呼びおって! あの卑怯者め!!)  
 
「サ、サンドリヨン様!?」  
 
急にドスドスと足音も猛々しく居間を横切っていった主人にグラムダは何が起こったかと顔を上げた。  
 
(私をこんな体にして……私がどんな目にあっているか知ってて黙っていて……許さん、許さんぞフェレ  
 ナンド!!)  
 
サンドリヨンは叩きつける様に玄関のドアを開けた。そのまま森の外へ通じる道を進み、途中でその  
片側に広がる草地に足を踏み入れる。  
 
「……サンディだと……今頃になって声を掛けるな、たわけ者……」  
 
なおも悪態をつくサンドリヨンだが、その顔は熱く火照り、笑みがこみ上げていた。  
決して彼の事を愛していた訳ではない。しかし今、フェレナンドがわざわざそばまで下りてきて声を掛け  
てくれた事で、彼が自分を突き放しているのではない事をサンドリヨンは知った。その胸には奇妙な嬉し  
さと安堵感が湧いていた。熱い気持ちに包まれながらサンドリヨンは目の前の広場を見た。  
本来なら花壇にでもなっていたはずなのに元の持ち主に放置され、彼女がここへやって来た時は荒く草が  
刈られたばかりのむき出しの土地。今は再び雑草が生い茂っている。だが手入れさえすれば――。  
 
(そうだ……その手がある)  
 
「サンドリヨン様!……大丈夫、ですか?」  
 
主人の後を追ってきたグラムダが心配そうにおずおずと声を掛けてきた。  
 
「一体どうなさったのです? いきなり飛び出されて…」  
「案ずるなグラムダ……そこらを見てちょっといい事を思いついたのだ」  
「いい事?……」  
「来るかどうかは分からぬが、いばらがここへ訪ねてきた時に度肝を抜いてやろうと思ってな……」  
 
サンドリヨンはそう言って草だらけの荒地に向かって片手を広げてみせた。  
 
「!!……育てられる気になったのですね、花を……でも何故急に?」  
「私は魔力を取り戻したい。その為には王室の者たちの覚えをよくせねばならぬ。老いぼれたちは自分の  
 分かる範囲で物事が進むのを好む……恭順の意思を示す為にはしおらしいマネをしてみせねばな……」  
「……でも返してくれるかどうか分かりませんよ……女の浅知恵だと足元を見られるかも……」  
「まあ、その時はその時だ。まず一歩を踏み出さねば何も始まらぬ……それにその事を人づてに聞いた  
 マリーセントに私が腑抜けになったと思い込ませる事も出来る」  
 
サンドリヨンのその言葉にグラムダは息を呑んだ。この方は囮[おとり]になる気だ――そう考えているような  
表情が浮かんでいた。  
 
「……彼女は来るでしょうか、ここに……」  
「ああ、来るはずだ……私から『鍵の力』の扱い方を聞き出すためにな。その時が来たらお前を危ない事に  
 巻き込むかも知れぬが、私は助けぬぞ」  
「構いません……かつてのあなたもそうでしたが、人心を操り自分の野望をかなえようとする者に正義は  
 ありません。私のせいで今のあなたが彼女に屈服する事などあってはならないのです……」  
「いい心掛けだ……」  
 
これは自分と息子の事。この娘には関係ない。暇を取る口実を与える為にあえて冷たい言い方をした  
サンドリヨンだったが、思いのほかグラムダは気丈だった。  
戦士の目をしている。下女にしておくには惜しい――決意を語るグラムダの表情を見てサンドリヨンは思っ  
た。そうでなければ魔力を封じられているとはいえ、稀代の暗黒魔女に仕える事は出来ないだろう。  
サンドリヨンは不意にあの事について訊ねてみたくなった。“見苦しいもの”の意味を。遠まわしに。  
 
「なあグラムダ……お前は私にどんな人間であって欲しい?」  
「……そうですね……今は保留させて下さい……いつか、あなたが本来の力を取り戻した時に改めてお  
 話します……大事な事なので」  
「そうか…本来の私にか……耳障りな話ならお前を花畑の肥やしにするぞ」  
「やめて下さい! あなたとお子様のお世話が出来なくなるじゃありませんか!」  
「冗談だ……さ、戻るぞ」  
 
微笑みながらサンドリヨンは片手でグラムダの背を押して屋敷の方へ促[うなが]した。青年が愉快そう  
に話しかける。  
 
(何だかにぎやかになりそうだな……こういうのも悪くないだろう?)  
(さあ……どうだかな)  
 
歩きながらサンドリヨンは空に目を向けた。白くかすんでおよそ快晴とはいえない。だが閉ざされた暗闇  
よりはマシだろう。  
 
(悪く思うな鈴風草太……お前が気に掛けていたマレーンはもう戻らぬ……今の私はサンドリヨンとして  
 生きたいのだ……とうの昔にエルデの土に還ったお前にはどうでもいい事であろうがな……)  
 
 
 
  (終わり)  
 

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