「無礼をお許し下さいサンドリヨン様……これをしておかないと私たち以外の者が安心できませんので…」
ファンダヴェーレ、封印の地。
開放された封印の寝台に横たわるサンドリヨンに魔力封じの術を施しながら、賢者ヘンゼルは済まなそう
に言った。その言葉を上の空の面持ちで聞きながら、サンドリヨンはゆっくりと視線を周囲に巡らした。
姿は視界に入らないが、やや離れた所から聞こえる数人のささやき声。そして寝台を挟んでヘンゼルの
向かい側に立つ、人間でいえば20代半ばくらいの容姿のエルフ――賢者いばら。
「……あれから何年経った…?」
「314年と……細かい日数は忘れた」
物憂げに訊ねるサンドリヨンにいばらはポーカーフェイスで答えた。
「……相変わらず何考えてるのか分からん女だ……お前は中々いい男になったな?」
「恐縮です……」
久しぶりに賜[たまわ]る主人――いや、“元”主人の褒め言葉にヘンゼルは当惑気味に微笑んだ。
その眼差しに少年の頃の面影はあるものの、今の彼は30絡みの中性的な雰囲気の青年の容姿に
なっている。
「延命魔法を使っているのか……少々疲れているように見えるが?」
「かつてあなたを封印した七賢者もいまや私といばらだけになりまして……封印を維持するのが困難に
なってきました」
「それでこんなに早く封印を解いた訳か……賢者とは名ばかり、所詮付け焼刃に過ぎなかった訳だ」
鼻で笑うかのようなサンドリヨンの物言いにヘンゼルは表情を曇らせた。
「確かにそれもあります……ですが、それだけではありません」
「この時代で、あなた以外にも『鍵の力』を狙う者が現れた」
「何?…」
ヘンゼルの後を受けたいばらの思いがけない言葉にサンドリヨンは眉をひそめた。
「白雪の孫とその弟子たちが、その不埒者の行方を追っているのですが、いかんせん神出鬼没の奴でし
て……中々尻尾をつかめず、我々も追及に乗り出さざるを得なくなったのです…」とヘンゼル。
「…ぶっちゃけた話、私たちもあなたにばかり構っていられなくなった」
見も蓋もないいばらの言葉にサンドリヨンは少しムッとなった。
「……つまり……そっちの方で忙しくなるから封印の安定に力を割[さ]くより、思い切って開放した方が気
が楽だと……そういう事だな?」
皮肉っぽく言うサンドリヨンにヘンゼルは沈痛な面持ちで答えた。
「はい……さらに厄介な事にフェレナンド王が亡くなられてからこっち、『ファンダヴェーレの鍵』の所在が
不明なままなのです……確保の為、そちらの方の捜索も同時に進めている状況なのです…」
「……死んだのか……フェレナンドは……」
「はい……200年も前に……最後まであなたの事を気に掛けていらっしゃいました」
「……フフッ…そうであろうな……奴の在位中の最大の汚点であったろうからな、私は……で、これから
私をどうする? 地下牢にでも入れるのか?」
「いえ、軟禁……という事になりますが、しかるべき場所に住まいを用意致しました。当面はそこで過ご
していただく事になります……悪いようにはしないつもりです……」
サンドリヨンにとってヘンゼルのその言葉は意外なものだった。かつてしてきた事を思えば、もっと悪い
扱いでも不思議ではなかったのだが。
「随分と気前がいいな……だがそれでいいのか? 隙を見て逃げ出してしまうかも知れんぞ?」
不適に微笑むサンドリヨンに、いばらは半ば祈るような面持ちで見つめ返した。
「……封印される前、あなたは鈴風草太の心を受け取ったはずだ……そのあなたを今は信頼したい」
「鈴風草太……はて、誰の事かな?」
「サンドリヨン様!……」
からかう様にとぼけるサンドリヨンをヘンゼルは動揺を隠しつつたしなめた。いばらもやや険しい顔になる。
「そう怒るな……要はその身の程知らずを捕らえるまでの事であろう? そして事態が収集した後で改め
て私を封印すると…」
「いや……おそらく封印する事は……もう無い…」
「ん?……どういう事だ?」
またもいばらの口から出た意外な言葉にサンドリヨンはいぶかしんだ。その一方で封印される事を半ば
当たり前のように思っている自分自身に呆れていた。
「…再封印しようにも七賢者の欠員を補ってくれる人材がいない」
「いばらの言い方は少々大げさかも知れませんが…あなたを押さえ込む強い魔力とそれを維持する為
に何十年、何百年も封印に付き合う覚悟の両方を併せ持ってくれる者が見つけにくくなったのは事実
です……大昔に暴れ回った魔女の事など自分には関係ないからと……」
「……ファンダヴェーレも変わったな……私が言うのも何だが、嘆かわしい事だ……」
「今後の生活態度によっては“特赦”もあり得ると現ファンダヴェーレ王もおっしゃっている……私たちも
あなたと再び戦うのは望まない……」
真剣な眼差しのいばらの言葉を聞きながらサンドリヨンは身を起こし、フンと鼻を鳴らした。
「いいだろう……『鍵』の行方も分からず、魔力も使えない……大人しくしてるしか無さそうだ……」
二ヵ月後。
封印の地から山一つ超えた所にサンドリヨンの身は移されていた。
百エーカーほどの広さの森の真ん中に切り開かれた土地があり、そこに平屋建ての簡素な屋敷がある。
昔、どこかの貴族が保養の為に建てさせたらしいが、何らかの理由で屋敷だけ建てたところで放置され、
庭にあたる場所は更地になっていた。ここの存在を知った王室が接収し、サンドリヨンの軟禁場所として
補修、改装を施したものである。現在、サンドリヨンはこの屋敷に一人で住まわされていた。
森の周りには結界が張られ、中から外へ出る事は出来ない。二日に一度、通いの下女が食料と日用品
を荷車で運び込む時に、屋敷へ続く道の部分だけが開放される。
この日も下女が訪れ、サンドリヨンは二日ぶりに入浴した。
「グラムダ、ブラシを取ってくれ。背中が痒[かゆ]い」
「それなら私がお掻きします」
「……頼む」
バスタブに身を預けていたサンドリヨンは下女が近付くと共に上半身を起こし、彼女に背中を見せた。
「失礼します……肩甲骨の間ですか?」
「さすがだな……ああ、そこだ……」
猫のように――とまでは言えないが、下女の指先が丁寧に痒みを解消するにつれ、サンドリヨンは気持ち
良さげに目を細めていった。
下女のグラムダという名は通称で、本来はグラムダルクリッチと呼ぶ。サンドリヨンが異国調の風変わりな
名前の由来を問うた事があったが、意味は本人も知らないと言う。ただ、先祖がブロブディングナグという、
サンドリヨンも聞いた事がないような辺境の国の出自だとは語った。
「もういいぞ……ところで、さっき触診で私の女陰をぬぐった指先をしげしげと見つめていたが、何か異常が
あったか?」
「はい……最近ちょっとおりものの色や量が変わってきたような気がして…失礼ですけど先ほどは特に
具合の悪い所は無いとおっしゃいましたが、本当に何もございませんか?」
「……そうだな……微熱とか、少し体のだるさは感じる……問題ないとは思うが……」
「少しでもそういう症状があったらちゃんと教えて下さい! 悪い兆候を見逃してこの前みたいになったら
どうするんですか!」
早春の森の冷涼な空気が良くなかったのか、この屋敷に移って早々サンドリヨンは風邪を引いて寝込んで
しまった。その時の看病に当たったのがこのグラムダルクリッチである。彼女は医師見習いでもあった。
サンドリヨンは他人から体を触られるのを極端に嫌う。グラムダは嫌がるその彼女を臆する事なくたしなめ
ながら熱を測り、汗をかいた体を拭き、食事を与えた。決して他人を信用しないサンドリヨンではあったが、
グラムダの献身ぶりには感じるものがあるようだった。この一件によりヘンゼルから体調管理を厳重にする
ように言われたが、それを受け入れる代わりにサンドリヨンは自分の世話をグラムダに一任するよう求めた。
当初は何人かの下女が持ち回りで担当する事になっていたが、サンドリヨンとしてはもうグラムダ以外の
者に体を診たり触ったりさせたくなかった。
「魔力があればあの程度の風邪など、どうという事はなかったろうにな……」
「防疫魔法に頼るのもどうかと思います……免疫力だけはなるべく自然な状態で身に付けませんと……」
「お前もそうだがヘンゼルも神経質すぎる……私が病いにかかったところでどうという事はなかろうが」
「そんな事おっしゃらないで下さい……あなた一人の体ではないのですから」
「……私を必要としている者がいるのかな? このファンダヴェーレに」
「…………」
少なくとも私は必要としています――忠実である事をアピールしたがる下僕ならそう言っただろう。しかし、
お為ごかしを言えばサンドリヨンに見透かされ揚げ足を取られる事になる。それを分かっているからグラムダ
は何も答えずにいた。逆にいえばそれはグラムダが魔力を封じられていてもサンドリヨンを侮[あなど]って
いない証しでもあった。自分が仕えているのは、かつてファンダヴェーレを震撼させた暗黒魔女なのだと。
「で、この症状をどう思う? また風邪か?」
「え、ええ……今は何とも……失礼ですが他の家事がありますので……タオルここに置きますね……」
グラムダはそう言ってそそくさと浴室を後にした。その後ろ姿を不審の目で見送るサンドリヨン。
(言葉を濁すとはあやつらしくない振る舞いだな……気に入らぬ……)
とはいえサンドリヨンにとって目下もっとも気に入らないのは例の『鍵の力』を狙う者だった。
ヘンゼルによればその者はマリーセントと名乗る若い女だという。もっとも、サンドリヨンやシルフィーヌを例に
挙げるまでもなく、この魔法世界では外見と実年齢が必ずしも一致しない者もいるが。
『鍵の力』を狙う素性の知れない者という意味ではかつてのサンドリヨンに似てはいるが、一つだけ決定的な
違いがあった。サンドリヨンが『鍵の力』でエルデとファンダヴェーレ、二つの世界を滅ぼそうと目論んだのに
対し、マリーセントは世界を新生させる為に『鍵の力』を求めている事だった。
フェレナンドが治めていた頃に比べると、今のこの世界は時代を逆行するかのように大きく乱れていた。
ならば腐敗と暴力と閉塞感に満ちた現状を正したいと思う者が現れても不思議ではない。問題はマリーセン
トが『鍵の力』でそれを行おうとしている事だった。彼女は『鍵の力』をまるで奇跡をもたらす希望の光のよう
に思っている節があるらしい。
(まったくお笑い種[ぐさ]だ……そのような都合の良いものでは無いのだがな……)
そんなマリーセントにも賛同者はいる。中には世界の新生を大義名分に荒っぽい事をしでかす者たちもいる。
そこまで行くと王室も看過できない。それゆえヘンゼルやいばらまでが駆り出される事になった。
当のマリーセントといえばそんな事態には何の責任も感じていないようだった。全てはこの世を一からやり
直す為、その為には多少の犠牲も止む負えないと。
(愚か者が)
そうサンドリヨンが胸の内で毒づく。それはマリーセントだけでなく、このような状況を招き寄せたフェレナンド
や新七賢者たちにも向けられたものだった。三百年前、エルデでのあの戦いの中で彼らも『鍵の力』の片鱗
を見たはずだ。にもかかわらず、彼らは当時の戦いの記録に『鍵の力』の事を正確に書き記さなかった。
異世界での出来事をいい事に、滅多に見られない『鍵の力』の恐ろしさをきちんと後世に伝えなかった。
もっともその記録にはフェレナンドではなく臣下の者の“政治的配慮”が介入しているのかも知れないが。
だから『鍵の力』に対して妙な幻想を抱く者も現れる。秩序と親愛を望みながら無法を省みないマリーセント
の矛盾した行いはフェレナンドたちの見通しの甘さが招き寄せた災いだ――サンドリヨンはそう考えていた。
(とはいえ、な……)
サンドリヨンの世界を滅ぼしたいという気持ちは今でも変わらない。だが他の者の手でそれを成されるのは
面白くなかった。マリーセントのように夢見心地で世界を新生したいと思っている者なら尚更だ。そもそも
『鍵の力』を手に入れたところで扱い方を分かっているのかどうか。
(『鍵』は世間知らずのお嬢様には過ぎたオモチャだ……世界を二つに分かつ忌まわしい力は、闇と共に
生きる者にこそ相応しい……)
入浴後にサンドリヨンは昼食をとる。一般的にはおかしな順番だが、グラムダがいるうちに風呂の後片付け
をしなければならない為、そうせざるを得なかった。サンドリヨンがほとんど家事をしない為グラムダのここで
の一日は目が回るほど忙しい。到着早々、井戸から水を汲んで水がめに溜め、風呂の湯を沸かし、昼食の
支度とサンドリヨンの入浴前の検診、昼食の給仕と後片付け、掃除と洗濯。ここへの行き帰りは馬車を使う
が、それでも彼女が常駐している町まで片道2時間は掛かる。それゆえ夕刻前にそれらを終わらせなけれ
ばならない。その間サンドリヨンがしている事といえばヘンゼルが差し入れた本を読んでいるだけで、気晴ら
しに森を散策したりもするが、虫にたかられたり靴が汚れるのが嫌なのであまり外へは出ない。
「何だ? これは」
サンドリヨンが昼食後の読書にふけっている所へ別の部屋の掃除をしていたグラムダが現れ、忘れないう
ちに、と言って彼女の前に小さな巾着袋を差し出した。
「花の種です。お城から届いたいばら様からの便りに付いていました。お屋敷の前の土地も遊んでいるし、
どうせ暇を持て余しているだろうから花でも育てたらどうかとお便りに……」
「分かった……後はお前に任せる」
「ご自分で育てなければ意味ないじゃありませんか! いばら様に笑われてしまいますよ!」
「要らぬ世話だと返事に書いておけ。どのみち花になど興味はない」
「……考えてみたらここ、園芸用の道具ありませんものね。今度持ってきます」
「だから要らぬと言っている………ところでお前……私に何か言いたい事があるのではないか?」
主人の抗議を聞こえない振りをして居間からそそくさと退場しようとしたグラムダがはたと足を止めた。
「……何か、と申されますと……?」
「さっき風呂から上がろうとした時、めまいを感じた……食事の時も軽い吐き気を覚えた……これをどう
思う? 医者の卵なら心当たりがあるのではないか?」
「……それなら伺[うかが]いますが……ここへ来る前……つまり封印される前は生理の時どうされてまし
たか?」
「……わずらわしい思いをしたくなかったのでな……魔法で処理していた……」
「……生理痛だけでなく経血もですか?」
「ああ……」
「無礼とは存じますが仕事柄必要な事なので毎回、用足しの壷の中身をあらためさせていただいています
……この一ヶ月の間、経血を流された形跡がありません……洗濯する下着にも……」
「……何が言いたい……」
厳しい表情でグラムダを見据えるサンドリヨンだが、その声にはわずかに緊張が滲[にじ]んでいた。
「……妊娠なさっている可能性があります……ここへ来る前に誰かと性的な関係を持たれましたか?」
「人聞きの悪い事を言うな!……ある訳ないだろう……」
「失礼いたしました……念の為、本職の医者に診てもらう事になりますが、くれぐれも嫌がらぬようお願い
いたします」
穏やかだがグラムダの口調には有無を言わせぬ強さがあった。そしてサンドリヨンも流石に今度ばかりは
要らぬ世話だとは言えなかった。
グラムダが不用品や用足しの壷を荷車に積んでいる頃から足早に厚い雲が西の空から流れていた。
そして彼女が屋敷を辞去して小一時間後、ポツリポツリと雨が窓ガラスを叩き始めた。
「降ってきたか……」
居間の窓辺からサンドリヨンはグラムダが帰って行った森の外へ通じる小道を見つめる。道中は長いが、
グラムダには森の外で待機している結界術士が同行している。術士が気を利かせれば天気が荒れ模様
になっても濡れずに済むだろう。
「それにしても一体どういう事だ……」
サンドリヨンはそうつぶやいて、えんじ色のワンピースの上から下腹部に手を当てた。
確かにグラムダに言ったとおり、封印から開放されてからこの屋敷に入るまでに男と関係を持った事は
ない。だが封印される前なら話は別だ。
三百年前、エルデでの戦いの前にサンドリヨンは二人の少年と肌を合わせた。フェレナンドと鈴風草太
である。だがそれはいわゆる性行為ではなく、彼らが持つ『鍵の力』を奪う為の儀式だった。
あの時は儀式に支障をきたさないよう、あらかじめトゥルーデの口淫で射精させておいたし、儀式の後に
も念の為に避妊魔法を使った。手抜かりなどなかったはずだが――。
「……冗談ではない……だが仮に孕んでいたとしても、魔力さえあれば……」
ヘンゼルの施した魔力封じは確かに強力だったが、本来の調子を取り戻せばそれを破る自信がサンドリ
ヨンにはあった。それに今回は何も労せず封印から開放された。ほころびの見え始めた封印を破る為に
全力を使い、結果として魔力が全回復するまで10年近くかかってしまった前回と違って、眠っていた力が
完全に覚醒するまでそれほど時間は掛からないだろう。
(魔力さえ取り戻せば、胎[はら]の中にいるうちに……いや、たとえ生まれたとしても…)
そこまで考えた時、不意にサンドリヨンの背後で人の気配がした。
窓ガラスの内側に目の焦点を合わせたサンドリヨンは思わずピクリと体を震わせた。
窓に映る背後の影。後ろにあるソファーに誰かが座っている――。
「……誰だ」
恐れが出ないようサンドリヨンは慎重に声を絞り出した。
「初めまして……一応、そう言うべきかな?」
返ってきたのは若い男の声だった。幻聴ではない――はずだ。サンドリヨンは不自然過ぎない程度に
ゆっくりと、体を後ろに向けた。ソファーに座っているのは20代前半くらいの金髪の青年だった。
一体いつ室内に侵入したのか。ドアが開く音を聞き漏らしたはずがない。そこまでぼんやり外を見ていた
訳ではない。そもそもこの屋敷の周りの森には結界が張られている。外部から侵入する事も不可能なの
だ。結界術士がグラムダが出た後、結界を張り忘れない限り――それか? いや、まずあり得ない。
あり得ない事だが――。
「招かざる客だな……雨宿りのつもりかも知れんが、この屋敷はフェレナンド城の管理下にある。市井
[しせい]の者がみだりに踏み込んでよい所ではない。その旨を記した触れ書きがここへ至る道に立っ
ていたはずだが、気付かなかったのか?」
「ん〜?……ああ、そんなものもあったかな? まあ僕には関係ないけどね」
青年は穏やかな笑みを浮かべながら脚を組み替えた。不遜な態度にサンドリヨンは不快感を覚えた。
「あいにくだがここに客をもてなす用意はない。温かいものが欲しければ手近な町へ行くがいい」
「冷たい人だなぁ……お茶くらい出してもバチは当たらないだろう? 知らない仲じゃないんだから」
「……私が誰だか分かっててここへ来たというのか? 悪いがお前の事など知らぬ」
「そりゃそうさ……少なくともこの姿で会うのは初めてだからね」
サンドリヨンはいぶかしんだ。封印の地からこの屋敷に来るまでの間、この青年とおぼしき男は見覚えが
なかった。それにこの姿で会うのは初めて、とはどういう意味なのか――。
「私をからかうつもりで来たのなら早々に立ち去れ。お前と遊んでいられるほど暇ではない」
「よく言うよ。食っちゃ寝してるだけ、本を読んでるだけだろ? おまけにいばらがくれた花の種もグラムダ
に丸投げしようとしてたじゃないか」
「……何故お前がそんな事を知っている……」
「君の事は他の誰よりも知っているよ……さっき何を考えていたか当ててやろうか? 妊娠しているなら
早いとこ魔力を取り戻して、お腹に宿った命を処分したい……そうだね? 恐ろしい人だ……」
サンドリヨンは肌が粟[あわ]立つのを抑えられなかった。恐ろしいのはこいつの方だ――。
「……お前は何者だ……」
「……得体の知れない相手にもてあそばれる気持ちはどうだい? でもかつて君は大勢の人にそんな
思いを味あわせてきた……鈴風草太やその母親のシルフィーヌもそうだ……」
その言葉に息を呑むサンドリヨン。彼女の動揺を見透かしたかのように青年は不敵な笑みを浮かべた。
「とりわけシルフィーヌは可哀想だったな……君は彼女を捕らえた後、手下にした連中に苛烈な拷問を
加えさせたね……」
「……ああ……『鍵』を持つ者の所在を吐かせようとしたが、しぶとく抵抗したのでな…少ししつけをして
やろうと思ったまでだ」
「そうかい? でも本調子でなかったとはいえ、君の邪眼の力を持ってすればそれほど難しい事では
なかったんじゃないかな? 術が掛かりづらいフリをしてわざと拷問に掛ける方向へ持っていったんだ
ろう?」
「…………」
「おまけに心がくじけて洗脳された彼女をトゥルーデに仕立ててファンダヴェーレ中を襲わせたばかりか
息子の筆下ろしまでさせた……トゥルーデの中にシルフィーヌ本来の意識を蘇らせた上でだ……
草太にしても犬のような恰好で脚を開き自分を誘っていた女が、よりによって10年ぶりに再会した
自分の母親だとは夢にも思わなかっただろうさ。彼にとっては悪夢のような初体験だったろうね……」
それがトラウマになってその後の彼は不能にならなかったのかな? と続けて青年はクスクスと笑った。
自分が仕組んだ母子相姦の見世物をその時は面白がったサンドリヨンだが、しかし今は笑えなかった。
あの時の様子を知る者が当事者以外にいるはずないのだ。自分とシルフィーヌと鈴風草太以外は。
シルフィーヌと草太があの忌まわしい出来事を事細かく他の者に語るはずがないし、勿論サンドリヨンも
あの事は誰にも話していない。何故この見ず知らずの青年がそれを知っているのか――。
「さて……そういうふざけた遊びが好きな性悪女にはお仕置きが必要だと思うんだが、君はどうして欲し
いかな?」
「なっ…何をだ!?」
「胸倉を掴んで往復ビンタか、腰を抱えて尻を叩くか……それともシルフィーヌみたいに裸にして縛り上げ
て荒くれ男たちに好きにさせるか……それは無理か。ここには君と僕しかいないからね……」
ここにきてサンドリヨンは自分がどれほど危険な状況にいるか思い知った。この屋敷は森の中の一軒家。
周囲に他の民家は一つもない。自分の身に何かが起こり、助けを求めても誰一人来てはくれない。
そして今の自分は魔力を封じられた普通の女。賊に抗[あらが]う術はない――。
「……ひとり暮らしの女の家に男が侵入したら、その後何が行われるか君にも分かるだろう?……」
青年はいやらしさのにじむ笑みを浮かべながらソファーからゆっくりと立ち上がった。
身の危険を感じたサンドリヨンは思わず後ろへ下がった。
「……こっちへ来るな……」
「駄目だなぁ、男の前で後ずさりしちゃあ……ますますいけない気分になるじゃないか……」
目の前まで迫り、伸びてきた青年の手をかわしてサンドリヨンは手近なドアに向かってへ駆け出した。
飛び込んだ先は食堂の中。サンドリヨンは大急ぎでドアを閉めた。だがこれで終わりではない。
居間には他の部屋に通じる廊下へのドアがある。そして食堂にもその廊下へのドアがある。それに、
食堂のドアにはいずれも鍵が付いていない。
(包丁だ!……)
ドアを守るより武器の確保を最優先すべきだと判断したサンドリヨンは厨房へ向かおうと振り向いた。
「ゥアアゥッ!!」
サンドリヨンは素っ頓狂な悲鳴を上げてすくみ上がった。いつの間にか青年が侵入していた。
素早く周囲をチェックするサンドリヨン。廊下へのドアは開いていない。窓も破られていない。一体どこから
入り込んだのか――瞬間移動? この男は魔法を使えるのか?
「さすがにこの手はズルかったかな? じゃあハンデをあげるよ」
そう言って青年は目をつぶりその場でくるくる回り始めた。
(馬鹿にするな……!)
サンドリヨンは激高したが構っている暇はない。早く厨房へ――そう思った時、ふと閃いた。
暖炉の火かき棒――まさかここへ来て居間に戻るとは思うまい。彼女はすぐさま後ろへ向き直った。
そして居間へのドアを開けようとしてノブに手をかけて驚いた。ドアが開かない。鍵は掛かってないのに。
いや違う――手も腕も動かないのだ。ノブに手を掛けたまま固まってしまっている。
「くっ……どうなっているっ……ハッ!?」
自分の異常の意味に気付いてサンドリヨンは思わず振り向いた。青年が意味ありげに手をかざしている。
「君は慣れているだろうから、こんな事しなくても楽に動かせるんだよね? でも僕もじきにマスターする」
そう言って青年はサンドリヨンに向かってかざした手をはらうように動かした。同時にサンドリヨンのドアノブ
に掛けた手がフッと離れた。
「操り人形の術か!……やはりお前も魔法を……だがいつの間に…」
「さっき居間で君が僕をかわして逃げた時さ。背中に向かって打ち込んだのに気付かなかったのかい?
まあ、あれだけ無我夢中じゃ仕方ないか…」
微笑む青年が誘うようにサンドリヨンを招き寄せる仕草をする。彼女の体は自分の意思に背いて動いた。
「あっ……はぅっ……」
じりじりと見えない糸がたぐり寄せられるようにサンドリヨンは青年に接近していった。歯噛みしながら
抵抗を試みる彼女だが、青年の魔法の力の法が勝っていた。あと数歩で青年の手に届きそうになった時、
不意に体の動きが止まった。
「どうする気だ……」
「野暮な事を聞かないでよ。下着を脱いでもらうよ」
サンドリヨンはワンピースのスカート部分の裾[すそ]をからげ、下着に手をかけた。ゆっくりと下へ引き下ろ
していく。勿論、彼女の意思でしている訳ではない。サンドリヨンは歯ぎしりしながら青年を睨み続けた。
「こんな事をしてただで済むと思うな……!!」
「そういえば君はこの術で草太にトゥルーデの正体が母親である事を見せつけた後、さらなるイタズラを
仕掛けたね」
青年はサンドリヨンの恫喝[どうかつ]に耳を貸さぬまま語り始めた。
「ベッドの上で動けなくされている母親に再び彼を伸し掛からせ、二人を抱き合わせた。そしてゲームを
持ち掛けた……もう一度親子で交わり、二人が同時に絶頂に達すれば操り人形の術は解けると……
憶えてるかい?」
膝上まで下着を下ろしたサンドリヨンは青年を睨んだまま何も答えなかった。青年は構わず続けた。
「しかも君は卑怯な時間制限を設けた……自分はこの“浮かぶ城”と共にエルデに行く、そしてナイトメア
リアンに草太の父親を探させ城に連行すると。それまでにクリアできなければ父親を処刑するとね」
「ああ……そんな事も言ったかな……」
「ヘンゼルの報告書で既に草太の家の場所は割り出してたね。状況は君に有利だった…君は空間転移
の準備で部屋を出たから、あの後の二人の様子は知らないだろう? 見ていられなかったよ……覚悟
を決めた草太が言ってたよ…『一回で終わらせるよ、お母さんをこれ以上苦しめたくないから』って……
シルフィーヌも夫を死なせたくない一心だったんだろう、『私たち、一時[いっとき]だけ親子である事を忘
れましょう』と言って息子に応じた……」そう言って青年は悲しそうに目を伏せた。
「なるほど……それでお前は最後まで見ていたのだろう? あの親子の惨めなまぐわいを……」
苦々しい笑みを浮かべながらサンドリヨンはそう言ったが、かの時の彼女の目論みは実際には半分しか
果たせなかった。ナイトメアリアンたちは鈴風純太朗を捕らえたものの、サンドリヨン城を追ってエルデに
飛び、東京上空を飛び回るナイトメアリアンたちの動きがおかしい事に気付いた大賢者サルタンが助けに
駆けつけた為、純太朗の拉致には失敗した。そして皮肉にも最後の最後で仕掛けたそのゲームのつま
ずきが、サンドリヨンの二つの世界を滅ぼす計画を次第に狂わせていく事になる……。
「……いや」青年は目を開き、やや厳しい表情でサンドリヨンを見据えた。
「一回で決められるよう、二人はただの男と女になってゆっくり、じっくりお互いの気持ちを高め合っていた
……さいわい成り行き上、僕のいるべき場所が急に出来たのでね、その光景をそれ以上見なくて済ん
だよ……結果、二人がどうなったかは君が一番よく知っていると思うが……」
「いるべき場所?……まあ残念だったな……シルフィーヌのあえぐ声をもっと聞いていたかっただろうに」
あざ笑うように言うサンドリヨンは脱ぎ終えた下着を青年に差し出した。無論、自分の意思ではない。
青年はそれをひったくるように取り、サンドリヨンを睨みながら自分の顔をうずめた。
「……いい匂いだ……匂いだけなら君は素敵な女性だよ……だが今は不快な臭いだ。吐き気がするよ」
青年は後方のテーブルに向かって下着を放り投げ、脇へ体をどけた。サンドリヨンがそのテーブルに向か
って再び歩き出す。ぎこちない足取りでその前に着いたサンドリヨンは天板の上に上半身を突っ伏した。
目の前には今しがた投げ捨てられた自分の下着がある。
「脱ぎたての自分の下着を見ながらするのも乙なもんだろ?」
そう言いながら青年はサンドリヨンの後ろに付き、ワンピ−スのスカート部分を腰まで捲り上げた。白い
臀部が青年の目に晒される。サンドリヨンの両足が肩幅くらいに広げられた。
「よろしく頼むよ……女性を強姦するのは初めてなんだ」
「それは光栄だな……これで自信をつけて他の女にも挑むつもりか?」
背後でズボンのベルトを緩める音を聞きながらサンドリヨンは毒づいた。これから行われる事を想像して体
が小刻みに震える。
「まさか……こんな事をするのは相手が君であればこそだよ」
ズボンを半脱ぎにした青年は自分の腰をサンドリヨンの尻に密着させた。屹立[きつりつ]したものが尻の谷
間に埋まる。その熱く怒張した感触にサンドリヨンは身を硬くした。
「ああ、最高だ……できればもっと良い形でこうしたかったよ……それじゃ行くよ……」
青年は腰を引くとサンドリヨンの陰部――の上の皺[しわ]のある穴に亀頭を押し付けた。
「なっ!?……貴様、そこは…!!」
「言ったろう? これはお仕置きだ。君を悦ばせてどうする?」
「やっ、やめろ!! そんな所に入れるな!!」
必死に抵抗するサンドリヨンだったが体の自由が利くはずもなく、青年の侵入を許さぬよう力を込めて肛門
を締めるのが精一杯だった。
「往生際が悪いなぁ……早く力を抜かないとお尻の穴が可哀想な事になっちゃうよ?」
「黙れッ! お前こそ……お、おい……何をしている!?」
サンドリヨンは亀頭を押し付けられている辺りに違和感を覚えた。肛門がじんわりと温まってきている。
「…確か女性のあそこや肛門に、焼けた鉄杭[てつぐい]を突っ込むという残忍な拷問があったよね……」
青年がそう語るうちに彼の亀頭は次第に高熱を帯びてきた。熱く、さらに熱く――。
「貴様ッ, 何のマネだ!? やめろッ!!」
「このままじゃ用を足す度に辛い思いを味わう事になるよ? 諦めて力を抜くんだ」
「……この薄汚い下郎が!……」
そう毒づいたサンドリヨンだったが治癒魔法を使えない以上、これ以上の抵抗は賢明とはいえなかった。
「逸物の熱を下げろ!……好きにするのはそれからだ…」
「さすがサンドリヨン様、話が分かる」
肛門に押し付けられた青年のものの温度はみるみる下がっていったが、それでもサンドリヨンはその部分
に痛みや違和感を感じた。もしかしたら火傷を負ったかも知れない。青年はそれに構わず改めてペニスを
サンドリヨンの肛門に突き入れた。じりじりと亀頭が穴の中に潜り込んで来る。
「うっ……ぐ……くぅっ……」
サンドリヨンにもそれなりに男経験はある。だがアヌスへの侵入を許した事は一度もなかった。
こんな形で尻の処女を奪われるとは――痛みと屈辱感に震え、彼女は下唇を噛んだ。
そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、青年はじらす様にゆっくりと砲身を突き進める。
やがて亀頭のカリが括約筋の内側に入るとそこで彼は一呼吸置き、続いて一気に腰を叩き込んだ。
衝撃でサンドリヨンの尻の肉がぷるんと波打つ。
「あぐぅぅッ!!」
一つになったサンドリヨンと青年。しかしそれは言葉ほど甘美な姿ではなかった。
二人が繋がっているのはおよそ男女の交わりには似つかわしくない場所――。
「ああ……久しぶりだ……生身の女性の中は温かいな……それじゃ始めるよ……」
青年はサンドリヨンのくびれた腰を掴み、ゆっくりと抽送し始めた。愛液のような潤滑剤がない為、出し
入れする度に引きつれるような痛みを覚え、サンドリヨンは苦悶の表情を浮かべる。
「うっ……ハァッ……ひっ……ぐっ……」
「痛いかい? そういえばアレについては感心してたよ…シルフィーヌの事さ。拷問係の連中に彼女を
過度に傷つけないよう厳命してただろう?」
「ああ……あやつの体には利用価値があったからな……五体満足でいてもらわねば意味がない……
さりとてあんな奴に必要以上に治癒魔法を施すのも癪[しゃく]だったからな……それよりお前、やけに
あやつの肩を持つな……惚れていたのか?」
「まさか……千年以上生きてた大年増だろう?…ただ運命のいたずらか、彼女には妹を助けてもらった
恩があるんだ…」
「妹……?」
「僕の“その頃の親父”が悪徳商人に借金を作ってね……妹をカタに取られたんだ……」
昔の記憶を掘り起こしてるのか、そう言って青年はさらに抽送のペースを落とした。
「裏で汚い事を色々やってる連中だった……密輸や横流しに高利貸し、果ては人身売買……そういう
被害が訴えられても金を掴まされてたのか弱みを握られてたのか、町の長は動く気がなかった……
そこで悪い噂を聞きつけた中央が実態調査の為にシルフィーヌを送り込んできたのさ」
「ほう……」
「彼女は女商人になりすまして奴らに近付いたけど、すぐにバレたらしくてしばらく戻ってこなかった…」
「フン…間抜けめ……猿芝居もまともに打てんとはな」
「でもそれがシルフィーヌの策略だったんだ。彼女はもう一人の魔法使いと組んでいた…自分が連中を
引き付けている間にもう一人に悪事の動かぬ証拠を探らせていたのさ……かくして連中はお縄になり、
囚われていた女たちと共に妹は救い出された……残念ながら既に味見をされてて妹は綺麗な体では
なくなってた……」
「それは気の毒にな……まあ女なら避けられん運命だ……」
「シルフィーヌはそれを我が事のように悲しみ、助けが間に合わなかった事を詫びていた……その彼女の
服からのぞく首筋や手首にもアザがあった……囚われている間、色々されたんだろう…それこそ縛られ
て鞭で打たれたり、媚薬を飲まされて男たちに代わる代わる慰み者にされたり……」
「女の苦労話は真に受けぬ方がいいぞ。同情を買う為なら嘘も平気でつくからな……あうッ!」
サンドリヨンの物言いが癇[かん]に障ったのか、青年は彼女の尻に乱暴に腰を叩き込んだ。
「あくまで僕の想像さ。彼女は自分の身にあった事は一言も話さなかった……慣れているから平気だとし
か言わなかった……そういう君はどうなんだい? 鈴風草太の夢に忍び込んで見せた過去の君の幻影
はどこまで本当の事だったのかな? ふんッ!」
「うぐッ!……知るか…はぅっ!…お前に話すいわれなど…」
「いや、違うな……君の場合むしろ隠していた事の方が多いんじゃないかな? 気を引く為に見せた幻影
で彼の嫉妬心を呼び覚ましたんじゃ元も子もないだろうしね」
「嫉妬だと?……」
「たとえば……出会ったばかりのエルデの少年と恋に落ちてその日のうちにキスを交わした事とか」
「なっ!?」
「そういえば彼との思い出の鏡はあれからどうした? 忌まわしい記憶と共に捨ててしまったのかい?」
青年に貫かれるまま体を前後に揺するサンドリヨン。その顔には驚愕の表情が凍り付いていた。
彼女の娘時代。ファンダヴェーレに迷い込んだエルデの少年との出会い。それが全ての始まり――。
だが彼と口付けを交わしたのは二人だけのひと時だった。その事を知る者は絶対に誰一人いない。
自分と、あの少年以外は――そこまで考えた時、サンドリヨンの体に戦慄が走った。
「……まさか……お前、まさか……」
サンドリヨンは恐るおそる振り向いた。何故かその時だけ体の自由が利いた。彼女の尻に腰を押し付けて
いる青年の顔に浮かんでいるのは女を犯す暴漢の下卑た笑みではなく、懐かしさをたたえた優しい微笑
だった。
「そうだ……僕だよ、マレーン」
そう呼びかけられたサンドリヨンは慌てて頭を戻した。誰の目にも明らかなほど動揺している。
この男が――あの時の少年――?
「……嘘だ……嘘だッ!! お前があいつであるはずがない!! あいつはずっと昔に死んだんだ!!」
「そうだよ……僕はずっと昔に死んだ……君の手に掛かって死んだんだ……」
「あ……あぁ……」
嘘だ。この男は嘘をついている。サンドリヨンは頭を振りながら自分にそう言い聞かせた。金髪という以外、
あの少年とこの男には共通点がない。大体少年のうちに死んだ彼が何故こんな姿をしているのか。
「疑っているようだけど僕は偽者でもかたりでもないよ。紛れもなく本人さ」
「だったら何故魔法を使える!? エルデの人間のお前が!?」
「あれから僕は何度か生まれ変わった……この姿もそのうちの一人さ。今はれっきとしたファンダヴェーレ
の人間だよ。あえて金髪のこの姿を選んだけどピンと来なかったみたいだね」
「分かるものか!! 大体、どうして今頃になって現れた!? これはあの時の復讐か!?」
青年は不意に抽送を止め、根元までペニスを肛門に押し込みサンドリヨンの尻に密着した。
「……今更復讐なんかしたって仕方ないだろう?……君がお腹の子を始末したいなんてろくでもない事を
考えるからさ、釘を刺しに来たんだ……」
「……さっきから妙だと思っていたが……お前、私の心が読めるのか? それもお前の魔法か!?」
「まあ、そうかも知れないね。なまじ近くにいると強く意識している考えは嫌でも読めちゃうんだよね。
読まれるのが嫌なら、なるべく心穏やかにしている事だ」
「落ちたものだな、のぞき屋風情に成り下がるとは……なるほど、どんな手を使ったが知らぬが魔力を封じ
られた私を気付かれぬように手篭[てご]めにした訳か。だから腹の子にこだわるのだな? 諦めろ。貴様
の赤ん坊など生む気はない! たとえ貴様の子でなくても、誰の子であろうとな!!」
サンドリヨンはそう言い放った後、後ろを振り向こうとしたが今度は体の自由が利かなかった。青年が操り
人形の術で押さえ込んでいるらしい。ややあって青年は搾り出すような低い声で言った。
「……それが君の答えか……分かったよ。やはりお仕置きを完遂する必要がありそうだ…」
青年は再び抽送を、今度は暴力的に始めた。前よりも強くサンドリヨンの体が前後に揺すられる。
「ひっ……ぎっ……こ、こんな事をしても……私は屈せぬぞっ……!」
「好きにするがいいさ。もうすぐ君の腸内[なか]に射精する……せっかく炎熱魔法を覚えたんだ、溶岩の
ように煮えたぎった精液をくれてやるよ」
「何ッ!?」
「その後で君の女の穴も犯して、そっちにも熱い精液を注ぎ込んでやるよ。子供も死んで一石二鳥だろ?」
「やっ…やめろ…」
「子供なんか産みたくないんだろう!? 男もいらないんだろう!? だったらそんなもの必要ないじゃないか!!
膣も子宮もめちゃめちゃにして誰からも相手にされない体にしてやるよ!!」
サンドリヨンはその言葉に息を呑んだ。誰からも相手にされない女にされる――彼女はかつてない恐怖心に
とらわれた。確かに今の彼女にとって子供も男も必要のないものだった。しかし自分の意思で女を捨てる事
と一方的に女の機能を奪われる事は別の問題だ。まして魔力を封じられた彼女が青年のこれからの行いに
よって与えられる苦痛は逃れようのないもの――青年に思いとどまるよう懇願しなければと彼女らしからぬ
あせりがその胸に生じたが、しかし暗黒魔女としての矜持[きょうじ]が口に出すのを許さなかった。
(引き下がってたまるかっ…グラムダが来るまでの辛抱だ…あやつが医者を連れて来さえすれば…)
「君ともあろう者が人の助けを当てにするとは……屋敷飼いのブタになって随分とヤワになったものだね」
「貴様ッ、また!?」
「さあ、そろそろ射精[だ]すよ。覚悟を決めて歯を食いしばるんだ。みっともない悲鳴を上げないでくれよ。
何せ君は天下の暗黒魔女サンドリヨンなんだからね!!」
「…言われなくとも……!!」
自ら進んで絞首台のロープに首を突っ込むのは愚かしい事だとサンドリヨンは思う。だがここまできた以上、
耐えて見せるしかなかった。青年は彼女の葛藤もお構い無しに更に激しく肉棒を突き入れた。
「あっ!! あぐっ!! んぐぅっ!! はぅっ!!」
「ああ、はあ、君は尻の中までいやらしい女だ…気持ちよくて高まりを抑えられない…ああ、アア!!」
「ぐっ!…ふぅっ!…貴様の方がよっぽど…みっともない声を漏らしているぞっ……」
「勿論さ……こんな素敵な体でイケるんだからね……君は素晴らしい尻の女だ!! はあっ! はあっ!!」
青年の身も世もない嬌声に嫌悪感を覚えながらサンドリヨンは緊張した。出入りする青年のものが再び熱
を帯び始めている。
「んぐっ!! あぅっ!!……今の貴様に褒められても…少しも嬉しくないぞっ……!!」
「それでも構わないよ……さあイクよ!! 君の腸内[なか]に出すよ!!」
「ぐ……くうぅっ……」
直腸内を焼けただれさせる高熱の襲来に備えてサンドリヨンは歯を食いしばった。恐怖と緊張でガタガタと
体が震えるが、青年の手前でももはや抑える気にはならなかった。
「ああ凄いよ! 僕の動きと君の震えが合わさって、この世のものとも思えない気持ち良さだ!! アア!!
アアアッ!! イクイクッ! イクよぉッ!!……ゥアアアアアッ!!」
「うっぐ…ぁああああああっ!!」
たまらずに悲鳴を漏らすサンドリヨン。激しく出入りする青年の熱い肉棒からほとばしった精液が直腸内に
激痛をもたらす――はずだった。だがサンドリヨンが感じたのは腸内を穢す生温かい液体の感触だった。
「あうっ! あうぅっ! はっ…は……はぅん……ふぅ……はぅ……ありがとう、すごく気持ちよかったよ…」
クイッ、クィッと青年が残り汁を搾り出すように腰を動かす。サンドリヨンの体はまだ小刻みに震えている。
「……貴様……どういうつもりだ……」
「…僕が君の体を取り返しの付かないほど傷つける訳ないだろう? それにそんな事して一番困るのは
僕だ……」
「……フッ…フフ……私をたばかったのか? それとも後々の事を考えて怖気づいたのか? 臆病者め」
サンドリヨンは気力を振り絞って弱々しくも青年をあざ笑ったが、彼は挑発に乗る事なく肉棒を抜き取った。
「……ちょっと飛ばし過ぎたかな……頭がクラクラする……後でまた来るよ……」
「また、だと……?」
腰から青年の手が離れた途端、サンドリヨンの体を抑圧する力が消えた。彼女は恐るおそる振り返った
が、青年の姿はもうどこにもなかった。サンドリヨンだけが取り残された食堂の中に、屋根を叩くくぐもった
雨音が響いている。
「……あいつめ……どこへ逃げた……来るなら来てみろ……殺してやる……」
憤怒とまだ残る恐怖に声を震わせながらサンドリヨンは身を起こした。捲り上げられたスカート部を直そうと
したその時、足元の床から何かが滴る音が聞こえた。
「……!!」
サンドリヨンはその音に慌てて後ろに跳びすさった。彼女が押さえつけられていた場所の床に白濁した液
体がこぼれ落ちている。サンドリヨンの肛門からあふれ出した青年の精液だった。しかもその精液には所々
赤い色が混じっていた。それを見つめるうちにもサンドリヨンの足元からさらに精液が滴る音が続いた。
「……うぅっ……嫌だ……嫌だっ…!!」
パニックに襲われたサンドリヨンは死に物狂いでワンピースと残る下着を脱ぎ捨て、屋敷の玄関に向かった。
扉の外は土砂降りの雨。サンドリヨンは裸にガーターとストッキングだけの姿で雨の中に飛び出し、濡れる
体をかきむしる様に洗った。
「うっ……ぐ……くぅっ……」
腕を、乳房を、腹を死に物狂いでこすり、そして下腹部に手を伸ばして陰毛に触れた時、指先が止まった。
犯された女は本来ここを洗うべきなのに――。
「痛[つ]ッ!……」
鈍い痛みを感じてサンドリヨンは我に帰った。その部分を意識した彼女はしばらく立ち尽くし、やがてゆっくり
としゃがみ込んだ。恐るおそる後ろに手を伸ばし、指先で肛門に触れた。明らかに腫れている。
その肛門からぬめる物が漏れ出した。サンドリヨンは手を戻して指先を見た。指にまとわり付く赤い粘液。
青年の精液と彼女の血だった。青年の激しい抽送で肛門が裂傷を負ったらしい。
「…おのれっ……!!」
サンドリヨンは手の平に降り注ぐ雨水を溜めると尻の方へ持って行き、痛みを堪えながら肛門を洗った。
(私に……こんなマネをさせて……許さぬ……許さぬぞ……!!)
サンドリヨンの胸の内に憤りの言葉が渦巻く。だが何度も尻を洗う内にその怒りは惨めさに変わっていった。
(どうして……どうして私がこんな事を……)
両手と両膝を泥の上に付いてへたり込み、屈辱感に震えるサンドリヨン。その背中に滝のように冷たい
雨が降り注ぐ。その頬に明らかに雨水とは違う熱いものが流れ落ちる。
「うぅっ……うっう……ぐうぅっ……」
どうして――どうして私がこんな目に――。
(続く)