「…それで、何を作ってるんだっけ」
「トートバッグ」
珍しく悔しさを顔に滲ませた彼女の手の中にあるものは、敢えて言うならイソギンチャクに似ていた。
取り敢えずそうは見えないことを柔らかく伝えてみると、じろりと睨まれる。
「気付かないの?宿題になっていたじゃない」
もちろん、僕はとっくに提出済みだった。家庭科の教師は期限に宿題を出さない生徒に厳しいことで有名なのだ。
「……まあいいわ、私ももうすぐ仕上がるし」
トートバッグという名をつけられた布は完成に近いらしかった。まあ、実技教科で課題を提出したのなら、成績が「3」を下回ることはないだろう。
僕は肘をついて、炬燵越しに布と格闘する森野夜をぼんやりと眺めていた。
見慣れた部屋の見慣れた時計の針が、一定のリズムで動いている。
放課後に真直ぐ僕の家に来たので、彼女は黒い制服のままだった。
「あ」
黙々と作業をしていた彼女が唐突に声を上げる。
見ると、森野は指先を顔の前に出してどこか不思議そうに見つめている。
針で指を刺したらしいということは、細い指の先端で膨らむ紅い球で知れた。
「見せて」
大して痛くもないらしい。素直に手を差し出す森野の返事を待たずに、僕は今にも滴り落ちそうなその液体を口に含んだ。
自然と、人差し指の第二間接のあたりまでをくわえる形になる。
「ちょ、何……っ」
何か言いたそうな彼女を無視して、舌先で傷口をそっと舐める。鈍い、鉄の味が広がった。人形のような彼女でも血の味は普通らしい。
「……っ、」
呻く森野を上目遣いで見上げつつ指の腹を甘噛みする。
華奢でもしっかりと弾力を持った森野の皮膚の感触が心地よく、僕は舌を指の間に進めた。
きめの細かい皮膚をなぞり、指だけでなく掌全体をぬるりと舐めてゆく。
「ん……ッ、う」
透明な液体に塗れた森野の右手を解放した頃には彼女はすっかり大人しくなり、白い頬をうっすらと上気させて僕を見つめていた。
無言のまま僕は森野の唇を塞ぐ。
彼女は抵抗もしなければ、腕を僕の首に絡めることもしない。ただ、きつく目を閉じてじっとしている。
目元に影を落とす長い睫毛が見える。
僕は目を閉じずに、薄い唇の間に舌を入れた。
森野を床に倒した後、出しっぱなしの針の存在にふと気付いた。
針を針山に戻して、彼女がトートバッグと呼んでいたものを見る。ぺしゃりと潰れて糸の飛び出た布は、なんだか哀愁らしきものを漂わせていた。
「……絵だけじゃなくて、手作業が苦手なんだね」
正直な感想を口にすると、森野の眉間に皺が寄る。機嫌を損ねたようだった。
ーーーーそういえばペアになって似顔絵を描く美術の授業でも、彼女は彼女なりにモデルを再現しようと努力していたように見えた。
苦手でも嫌いではないということなのだろうか。
ただし、出来上がったものはどう見ても抽象画だったが。
誤魔化すために、浮いた鎖骨に口付けを落とす。セーラー服を捲り上げて下着を上にずらすと、森野の身体がこわばった。
「恐い?」
そう言うと、真下から睨まれる。
「そんな…わけ、ないじゃない」
顔を横に逸らして森野が言う。ならば遠慮なく、と僕は桃色の突起を舐めあげた。
「やっ、ぁ……っ!?」
突然の刺激に驚いた森野の二つのふくらみを、僕はやわやわと揉みほぐす。
丁度僕の手に納まるか納まらないかという大きさの白い胸が、心地よい弾力で指を跳ね返した。
「……ん、っ……」
暫くそうして胸を弄びながら耳を噛んだり、時折先端の突起を摘んだりして森野の反応を楽しんだ。
森野はあまり声を出さない。恥ずかしいのかいつも唇を噛んで、何かを堪えているような顔をしている。
上気した白い肌と荒くなった呼吸は、隠しようがないというのに。
森野は下着が濡れるのを嫌う。風邪を引きそうだし、気持ち悪くて嫌なのだそうだ。
だから僕は早々に彼女のスカートに手を入れて邪魔な布を取り払った。控えめなレースのついた黒い布は、既に湿り気を帯びている。
「濡れてる」
開いた細い脚の間に頭を入れ、端的に状況を報告してみた。森野が反論する前に、僕は肉襞に舌を差し込む。
「ーーーーっひ……」
割れ目を舌でなぞりながら、頬に触れる彼女の腿を撫でてやった。滑らかな肌が心地良い。
「っ、は、やっ」
ぎゅ、と頬の圧迫が強くなる。羞恥か快感か、あるいはその両方によるものか。
森野の身体で一番敏感で脆いその部分はたっぷりと蜜を湛え、蛍光灯の明かりを鈍く反射している。
指を差し込んで掻き回すようにすると、彼女の反応が強くなった。
反らした喉からもし真っ赤な血が吹きだしたとしたら、どれほど美しいだろうかとふと思った。
ーーーー初めて森野とこの行為をした時から、僕は何度頭の中で彼女を殺しただろうか。
少なくとも今の森野が、最も無防備な状態であることは間違いがない。
おそらく僕が何をしようとも、彼女は黙ってそれを受け入れるだろう。
あの時もーーーー初めて僕と身体を重ねたあの時も。
森野は身じろぎもせず、僕のものが入っていたそこから流れ出る血を舐めとっている僕を、ただ見ていたのだから。
「ーーーーんあぁっ!」
指を締め付けているが強くなり、脚の力が抜けていく。
「……いった、んだ」
白みがかった液体が指に絡み付いている。体を起こしてまだ少し痙攣している森野を見下ろすと、頬に透明な雫が一滴伝っていた。
当然ながら、鉄の味はしない。
「……入れるよ」
僕は避妊具を装着すると、森野の中にゆっくりと入っていった。
「っあ、は……んっ、ん……」
森野の胸が大きく上下し、僕は柔らかな肉の中に深く呑み込まれてゆく。
眉根を寄せた彼女の表情は、何処か苦しんでいるようにも見えた。
奥まで辿り着いたので、僕は腰を動かし始める。僕の先端が子宮に当たるたびに、森野は切なそうな息を漏らした。
ーーーーふと、森野が拾ってきたあの手帳のことが頭をよぎる。あの中には確か、子宮の色艶についての記述もあった筈だった。
今、僕が触れているこの臓器もそんな色をしているのだろう。
「や、っ……あ、はっ…は、ぁっ……!」
背中に森野の爪が立てられる。皮の剥ける、ひりついた感覚。
僕は想像する。
例えば、今僕が入っている場所にあのナイフを突き立てたなら。
例えば、今僕の目の前で白く脈打っている首筋を掻き切ったなら。
いや、そんな真似をする必要もないだろう。
僕はただ、この細い首に手を掛けて、ほんの少し力を込める、だけでーーーー
「……い、つき、君っ……!!」
僕の意識を現実に引き戻したのは、絶頂を迎えた森野の、おそらく無意識の呼び声だった。
「……っく、ぅあ……っ!!」
収縮する森野の内部に、僕も少し遅れて精を吐き出す。
惚けた瞳でこちらを見る彼女が、僕を初めて名前で呼んだことにふと気付く。
今のは正直危なかった。けれどまだ、その時ではない。
だから、僕は森野の耳元に口を寄せて嘘を吐いた。
「…………好きだよ、
夕」
頬に触れた手のひらに素直に従って、僕は森野と二度目の口付けを交わした。
きっと僕はこうしてずっと、森野を繋ぎ止めておくのだろう。
君を殺すのは、僕だけでいい。
了