剣道場の裏側にある男子トイレ。人気のないそこでぼくは、心置きなくタバコを吸い、そして名前も顔も知らない連中との、奇妙な雑談に興じる。
(…現れなくなったな)
この個室のタイルに書かれた落書き…ぼくや名も知らぬ生徒たち、そして数々のぞっとする粛清を行った最も得体の知れない老婆との会話は最近活気をなくしていた。
ほんの2週間前、ぼくや宮下昌子を襲った老婆はその夜完全に姿を消し、他の者も受験やその他の理由であまりここに寄らなくなっている様だった。
「ここらが潮時、かな?」
といっても、タバコを吸い続ける限り、まだしばらくこのトイレにお世話になりそうではあるが。
使い道のなくなったサインペンをクルクル回す。バランスを失って指からペンが零れ落ちてカタカタと音を鳴らす。
それを拾おうとして、黒いソックスを履いた二つの足に気付く。
「上村、こんなとこで吸ってたのね」
宮下昌子だった。ドアのカギはかけてない上に、さっきの声で気付かれたようだ。
「なんだよ、別にチクろうってわけでもないだろう?」見上げるような形で答える。
「タバコはきらいだ、って前にも言ったでしょ。人気がないからってのうのうと吸ってるのは見過ごせないの」
「それで殺されかけたしな。ごもっともだ」
タバコを大便器に流す。水の音が空ろに響く。宮下は右眉を引きつらせ
「皮肉で返すなんていい度胸ね。あたしを怒らせてもいいのかしら?」
「なに?コンビニのときみたいにグーでなぐ・・!?」
そこで会話は中断された。宮下の唇がぼくの口を塞いだので。
本気で何がなんだかわからなくなってるぼくは、彼女のされるがままに壁のタイルのほうへと追いやられて、そのまま背中がタイルをこすった。
カチャ…。どうやらカギをかけたらしい。このいきなりの挙動に反論しようとするのだが、なにしろ口は塞がれていて、そこで
『なにするんだ』
と、ペンでタイルに書きなぐる。それを見た宮下は、ニイッと堕天使のように笑み、
『おしおきよ あなたの口、タバコくさいもの』
ぼくに倣ってそう書く。
この状態は、まずい。いまだ正常な思考を取り戻していないが、本能で危機を悟り、一歩足を踏み出す。力で宮下昌子に負けるわけはない。
しかし、宮下は手や足を艶かしく這わせてぼくに絡み付こうとしていたので、その一歩は二人のバランスを崩す引き金となってしまう。
「…ぷはぁっ!!」
あっけなく体は傾げ、自分の体重が宮下に襲い掛かる。彼女は唇と手と足の緊縛を解く形となって、そのまま大便器の中にお尻を突っ込む。
便器の水が跳ね、彼女の顔を水滴がアレンジする。
ぼくはさっきよりわずか数cm離れた彼女の顔を見つめ、事態を把握する。
「ぁ…みやした、」
不機嫌そうに睨む顔にぼくの影が降りて、それがとても綺麗だったので、言葉をなくす。
「抜いてよ」
一瞬何のことかわからず首をひねる。「お尻」と言われてやっと彼女の腕を引っ張って便器から彼女を引き上げる。
「濡れちゃったじゃない、どーしてくれんの?」
さっきまでの艶のある瞳ではなく、本気で攻め立てているらしい。
物足りない。そう思う。もっと、みたいな
「そうだな……下、寒いだろ?」
「?…」
ぼくは今度は自分から彼女に接近し、後ろに手を回すようにして、スカートのすそに手をかける。
「ぁっ!…なにして!?ッ」
立場は逆転した。彼女の口を塞ぐと、左手で抱きとめ、右手は不器用な手つきでスカートを脱がそうとする。
湿ったスカートと、急に上がった彼女の体温で、冷たいのか温かいのかよくわからなかった。