真新しい傷口を舌先でなぞると彼女は眉根を寄せて小さく抗議の声をあげた。
「……くすぐったいわ。」
僕はくすりと笑って顔をあげる。
「ごめんね。…ねぇ、君も見て欲しいと思うのかな?この傷を」
「……そんなの、わからないわ。」
彼女らしくない歯切れの悪い返答だった。
それは多分、彼女が抱える『狂気』だからだと推測する。僕の中に育ってる『狂気』とはとても似ていて 全く別のものだった。彼女の『狂気』があまりに似ていたから、僕の『狂気』とうまくやっていける気がしていたが、全くの別ものではどうしようもない。
でも、生け贄ぐらいにはなるかな…と思い、作成変更を素早く計算する。
生け贄なんて言ったらあいつと一緒になってしまうな。
静かに僕は、自分で自分を嘲った。
彼女の耳元に口を寄せると、自然と抱きついてるような体制になった。
「…君は、サミシイノ?」
低く、響く声で囁くと、ピクリと彼女の肩が揺れた。彼女の高いプライドを傷つけたかと思い、顔を確認する。
眉をひそめて不機嫌そうな表情だったが、目に浮かんでいるのは困惑だった。
もう一度彼女の手をとり、舌を這わせたが 彼女は無抵抗のまま、不思議そうにこちらをながめている。
ちゅっと音を立てて口を放す。彼女の白い頬には赤みが差し、困惑の瞳が不安を混ぜている。
僕はそんな彼女を強く強く抱きしめてあげた。
「ボクハ、サミシイ。キミモ、サミシインダロ?」
彼女の腕が恐る恐るといった感じで持ち上がり、僕の背中に回される。
触れ合っている頬に水気を感じた。彼女は泣いていた。
「淋しい…よ…」
彼女が小さくつぶやくのをしっかり聞いてから、体を離して唇を重ねた。
大きく見開いた彼女の瞳はやがて静かにとじていた。
彼女から溢れた体内水分がスッキリとした鼻筋を伝わって唇まで届いた。
ゆっくりと舌を彼女の口に差し入れると、彼女は薄く口を開き僕の舌を受け入れた。
淋しい者同士 傷の舐め合いでもしている気分なんだろう。彼女は比較的協力的だった。
比較的消極的でもあったが。
右手を制服の上に這わせ、柔らかい膨らみの上で手を止め優しく揉みしだく。
「…ふっ…んっ……。」
合わせた唇からくぐもった声が聞こえた。
刹那、『狂気』が薄く目を開けた。
僕は彼女の体を勢いよく貯水タンクに押し付けた。ドンッと鈍い音を立てた彼女の体に僕の体をさらに密着させる。
「んっ!!!んんっ!!」
彼女が驚きと痛みにあげた悲鳴を口内に閉じ込め、更に激しく舌を絡める。
唾液が流れ彼女の白い喉を濡らす。足の間に強引に僕の足をねじ込んで開かせた。
引きちぎらんばかりに制服の上を脱がせようとすると、彼女の腕が背中を叩く。
腕の中で暴れる彼女を抑えつけながら、ぼんやりと性犯罪について考える僕は冷酷なのか。
暴れる彼女の白い喉に手を当てて思考の渦にしずんだ。
手に力をこめて…皮膚に指が食い込み…涙を湛える目が剥き出して…脳が酸欠を訴えるのが先か…首の骨が悲鳴をあげるのが先か…
突然ぱぁんっという音が近くではじけた。思考の渦から顔をあげると水分をぼろぼろと流しながら震える彼女がいた。
「な…んで…??なんでこんな…」
僕を凝視しながらくずおれる彼女をだきとめてやる。僕の『狂気』はずいぶん酷いことをしたようだ。
上半身はほとんど下着だけになった彼女を見て冷静に対処する。きゅっと抱きしめて頭を撫でて
「ごめん。ごめんね。」
耳元で囁くと正面から泣きそうな面を見せた。自分もつらいんだという誇示だ。普段強がってても根は優しい彼女なら、とゆうか女性ならば、罪悪感を感じる顔をする。
「嫌…だよね。僕なんかじゃ…」
普段絶対に見せない弱気なところと表情。優しくいたわるように服を着せる。
「ごめん…」
そう言って彼女をもう一度見た。
「……乱暴なのに、驚いた、だけよ」
睨みつけるようにして声を絞りだす。彼女の目から怒りは薄れていた。
「ありがとう森野。……好き、だよ?」
優しい声で言うと、コクリと彼女は人形のように頷いた。
ざぁぁっと木が音を立てる。生暖かい風が2人の間を埋めてくれる。朝通った森の道はもう目の前だ。
服を着せて、彼女と教室に戻るとそこには誰もいなかった。下校時刻をとっくに過ぎて日が落ちてきた空は、光源としての役割を止めようとしていた。
「薄暗い学校。誰もいない教室。時計の音。猟奇的でミステリアスで、好きだわ。」
彼女は立ち直りが早かった。トイレに行って帰って来るといつもの彼女なのだ。なんとなくつまらない。僕の行動にもっと大きなリアクションがあると良かった。
「あなた、今夜あいているかしら」
わけがわからない上強い女だ。
「まぁ…予定はないけど」
「泊めてね」
一方的に言って教室を出ようとする。……わけのわからないあたりが計画を進めてくれてありがたいが。殺された人間の服を着ていた時も思ったが、彼女は僕の理解が及ばないところに住んでいる。
そんな経緯を経て、僕たちは一緒に下校していた。
「真っ暗な森」
嬉しくてたまらないといった顔で呟くと、あの手帳のときの話をし出す。生返事を返しながら森に目をやった。
朝見たものの辺りは暗くて見えなかったが、ふと彼女があの手首を見たらなんと言うか考えてみた。
…じっと観察して帰る彼女と、袋にいれて持ち帰る彼女と、いろんな彼女が浮かんでは消えた。
もうすぐ家につく。彼女は次はなにをやらかしてくれるのか…手帳についてまだ話している彼女を見て、僕は考える。