めじりと革がきしみ、不自由にはじけた森野夜のカラダが重力の束縛から解きはなたれる。
強烈な電気ショックが森野を悶絶さた。
目の裏から火花がでるような衝撃が花芯をゆさぶり、神経をつらぬいて少女をうちがわから
甘く灼きつくす。全身が浮きあがり、感覚が溶けていく。
たえられるはずがなかった。
どろりと爛れきって感覚さえ麻痺しかけていた双の乳首とクリトリスに、金属のクリップを
通じて断続的な電撃がほとばしったのだ。
一撃ごとに乳首が跳ねあがるような、くるおしい衝撃。
肉芽を揉みつぶすような力強い律動が、自分では触れることもまさぐることもできぬ性感帯
をビリビリと感電させ、しびれるほどの刺激と痛いばかりこりこり歯をたてる金属の甘噛みを
もたらす。ひとりでに腰はよじれ、首とつま先だけでブリッジのように裸身をのけぞらせ、完
全にバランスを崩す。
甘くわいせつな電気ショックとともに、森野を手すりにつなぐ金具がパージされていた。
リモコン操作ではずれた足枷と首輪の鎖が、勢いよく床に落ちる。
一度バウンドした鎖は外壁のかなたへすべりだし、無抵抗の森野夜を奈落へ引きずりこんだ。
あっと思う間もない。跳ねおどる下腹部を制御しきれず、縛めの鎖にたぐりよせられて、あら
がうまもなく汗ばんだ裸身が宙に放りだされる。
「‥‥ァ、ひ‥‥ひぁァァ!!」
転落の刹那、森野夜をとらえたのは噴きあげる絶頂だった。
かってないほどの、およそ普通の少女が知りうるはずもない、残酷で華美なエクスタシー。
イク。なんどとなくイく。瞬間的にイく。強制的にイかされる。
あれほど切羽つまって届くことのなかった絶頂の高みへと軽々とつきあげられ、さらに絶息
するような快楽の波濤にイかされ、イった余韻すらあじわうことを許されず拷問のように、ど
こまでも果てもなく延々とイキつづけていくのだ。
長時間にわたる調教をほどこされ、苦悩の果てになめつくす被虐の桃源郷だった。
ひときわ高くいやらしい嗚咽をこぼし、口枷をきりきり噛みしぼって発情した牝猫のように
むせび鳴く。焦がれつづけ、ひたすらに抑圧されてきた官能がマグマの奔流となって全身を溶
かす。上も下もなく、ほとんど気死したまま、一気に解放されたアクメの濁流が、死を自覚し
た森野夜をなだれのようにうずめつくし押し流す。
犯人の手で突き落とされ、重力をふりきった裸身が、ひどくいとおしく思えた。
これで死ぬ‥‥。
殺されて‥‥今度こそ、助からないのだ‥‥。
イきながら‥‥こんなにも気狂いのように悶えながら‥‥死ぬの‥‥?
彼に死に顔を‥‥見られ、て‥‥。
深々と錐のように心を刺しつらぬく悪寒。黒々とした絶望の眺め。
ぬりつぶされた森野の心は、くらく濁った疚しい恥辱に溺れきり、狂おしく小刻みな痙攣を
起こしていた。一秒か‥‥数秒か‥‥のたうつことも悶えることもできぬ革拘束に緊めあげら
れて憔悴したカラダに、なすすべもない奴隷としてできあがっていた受け身の裸身に、容赦な
い快楽の焔が灯されていく。
強烈な電気ショックが、ひきつる躯を外壁に打ちつけて‥‥。
タナトスの裏返しとなったエロスにみたされた森野夜は、永い永いアクメをむさぼりつづけ、
下半身からはとめどなく甘く匂いたつ透明なしずくを零し、深々とアナルに打ちこまれた太い
バイブをほぐれきった括約筋でしっかり噛みしめながら、上気したお尻を自動的にひくひくと
震わせていた。
「低周波‥‥パルス‥‥ですね。違いますか?」
「まさか、最初から知って‥‥」
「ええ‥‥ですから、僕は彼女が‥‥ないように‥‥」
呆けた森野の耳にはなにも聞こえてはいない。
ものすごい衝撃が、快楽の余波をともなって森野夜のきゃしゃな裸体を蹂躙していく。
森野は気づいていなかった。
死んだ自分のカラダが、実は少年が胴体にまきつけられたロープに引き戻されてかろうじて
宙吊りを保っていることを。
つい先刻、夕暮れ時の屋上にあらわれた少年は、落下しかけていた森野を介抱していたのだ。
複雑な束縛に手をやいた少年はとりあえず腰に命綱をまきつけ、それが彼女の転落死をふせい
だのだった。
ギィィン、ガキン、と、金属の調べが屋上になりひびく。
鋭いその音は容易に死を連想させた。
殺される側。
殺す側。
森野は被害者になりかわりたいのではない。そんなうわべだけのごっこ遊びでは、もはや、
我慢できなくなっていた。
森野は、被害者として、殺されてみたかったのだ。
嫌がる体に無理強いをされ、自由意志を剥奪され、切なく厭わしい残忍な方法で殺されてい
く。それが殺人犯の手でむきだしにされた彼女の昏い業、初めて情欲としてカラダに刻みこま
れた、やるせない被虐の悦びだった。
手枷をきしませ、上半身をうねらせて、汗ばむ肢体をつつみこむ革に身悶える。
とらわれの篭女だった。直接、肉芽の裏から快楽につながる神経を引きずりだされ、そこを
ライターで炙られているかのような衝撃、しかも無力な森野自身にはどうしようもない衝撃に
翻弄され、もっとも原始的な喘ぎを汲みだされていく。
つきせぬ蜜がこんこんとクレヴァスをぬらし、革ベルトをべたべたに湿らせ、太ももをじわ
じわ伝っていく。乳房は天をうがつようで、きりきりとそそりたつ乳首の頂点がとほうもなく
悦楽にしびれかえっている。
体の芯からつきあげる甘い叫び。喘いでも喘いでもわきあがる淫らな悲鳴。
とどまることなく嬌声を洩らし、肌を嬲りたてる痛みを懸命にむさぼっていく。啜りつくす
快感はとめどなく、押し流されるだけの奔騰する官能を身のうちに溜め、子宮であじわい、不
自由な裸体のすみずみまで味わいつくしていく。
そうして幾度となくイきつづけながら、奴隷の愉悦にうっとり酔いしれた森野は、無限の連
鎖でこわれた人形のように、ひくりと手足をきしませていた。
うつろな瞳に、目線すれすれの屋上であらそう二人の足が映っている。
なにをしているか認識はできず、ただ、飴のように引きのばされた快楽の海に溺れながら、
ぶつかりあうナイフとロッドの重みを聞いた。
少年は、森野を救うために戦っている。そんな気がする。それが嬉しい。
本当にそうなのかと疑念をいだくだけの思考力は、いまの森野には備わっていなかった。
だん、と重たく鈍い衝撃音が鉄柵を揺らす。
突然間近で起きた音は、気をやりつつ惚けて涎をこぼす森野の理性を、手荒に引きもどした。
果てしない電気的な凌辱に身を焼かれながら‥‥。
大きく目をみひらいた森野の目の前、手すりのすぐ向こう側で、奥井晃が少年を押し倒すと
馬乗りになり、警棒をふりあげた。
警棒の一撃をナイフでうけた衝撃で吹きとばされ、コンクリートの上を転がる。
もともとナイフは切り、裂き、突くものであり、鈍器として力まかせの殴打をおこなうもの
ではない。奥井晃のロッドを受けきれないのも当然のことだ。
なまぬるく汗のにじむ熱帯夜のなか、握るナイフだけが死の予感に冷めきっていた。
この争いにけりをつけるのは、さほどむずかしくはない。ナイフの思うとおりに動けばいい。
以前にも刃の輝きに導かれたことはあったし、ナイフの先が人のからだに埋まっていく感触も
僕は知っている。
ただの一閃、ただの一撃だ。だが、だがそうできない理由が僕にはあった。
‥‥森野が見つめている。
彼女のまえで人を殺している僕を見せる。それは、決定的にまずいという気がした。
倫理的によくないとか、目撃者を残すのがまずいとか、そういうことではない。森野も僕も
残忍な事件に心躍らせ、死を通じて世界とわかりあう。
僕らはある面で似ているし、とても近しい部分でつながっている。
だからこそ‥‥‥‥。
駄目なのだ。
むろん、それだけが理由ではない。けれど、攻めることができない以上、必然、防戦一方と
なり、追いこまれていく。よって、待ちうけるのは当然の結末だった。
「勝負あったな。え、そうだろう?」
奥井晃が馬乗りになる。振りおろされた一撃を、今度ばかりはしびれる両手でうけとめた。
利き手はナイフの柄を握り、逆の手で刃背をささえ、渾身の力でロッドを押しかえす。たがい
の武器がせりあい、膠着状態が生まれた。
くぐもった悲鳴があがる。
首をかたむけると、森野が噛まされた口枷の下から懸命になにかを叫んでいる。彼女の顔は
涙でぐしゃぐしゃだった。なぜ僕を見て泣いているのだろう。不思議に思う。僕が死ねば次は
自分の番だからだろうか。
奥井晃は馬乗りになり、完全に勝ちを確信して全体重をのせ、ロッドを首におしつけてくる。
ギロチンのように窒息させる気らしい。
苦しい息の下で、僕はつとめて普通に奥井晃に問いかけた。
「‥‥ところで、真犯人は誰に見せるために人を殺してきたと思いますか?」
「はぁ?」
なんだ、こんなときに。そんな顔を奥井晃がみせる。時間かせぎだと思ったのか返事はない。
かまわずにしゃべりつづける。
「分かりませんか。では質問を変えます。奥井さんは、真犯人を知っていますか」
「さぁね。すごい奴だとは思うが、ここでそんな話題は無意味だ。どっちみちお前は殺すよ?」
「そうですか」
ますますロッドの圧迫がきつくなる。あまり猶予はないようだ。
一度だけ深く息を吸い、すべてを吐きだした。
「こうは思いませんか‥‥」
DOA殺人の真犯人は殺しの美学をもっている。人に見せるため、メッセージをこめて死を
展示する。ならば模倣犯は、本物のプライドを傷つけはしないだろうか。偽者が誰かわかれば、
犯人は偽者を『清算』するために訪れるのではないだろうか。
「そいつぁいい。楽しみだな。私も、犯人とはぜひ語りあいと思っていたんだよ」
「なら、最後にあなたに告げておかなければなりませんね。でないと僕は後悔を残しますから」
「‥‥言ってみな」
にやり、と唇をゆがめた奥井晃に、僕はしごく真面目な顔で事実を告げた。
「あなたの後ろに真犯人がいるんです」
「は。下らん」
おそらくこの答えを予想していたのだろう。下らんと言いたげに舌打ちした奥井晃はナイフ
をにぎる僕の腕をひざでつぶし、ちゅうちょなく警棒を振りあげる。致命的なロッドをかわす
手段はもうなかった。
だから、いまにも頭部を叩き割るだろう一撃をみあげて言葉をつむぐ。
「屋上の鍵を、僕がどうやって開けたと思いますか」
「‥‥‥‥」
「そこにいる、彼から、預かったんですよ」
奥井晃の返事はなかった。
バチバチっと、奥井晃の首の後ろではげしい放電が火花をちらしている。衝撃にふりむく暇
もなかったのだろう。ふりあげた腕から警棒が落ち、白目をむき、ゆっくりと脱力した肉体が
倒れていく。
気絶した彼女をおしやり、ようやく上体を起こした。
呼吸はみだれ、しびれた利き手はろくにナイフも握れそうにない。
背後で、またしても森野が悲鳴をあげた。奥井晃のからだをまたぐようにして、4人目の登
場人物があらわれからだ。
スタンガンを手に、真犯人が無言で僕をみおろす。
僕は、彼を見つめかえした。
首すじに走る痛みに、奥井晃は意識を取りもどした。
バンジージャンプのあとに宙吊りになっているかのような浮遊感があり、全身がぴくりとも
動かない。無理に手足に力をこめると、ギシリギシリ不吉な音をたてて縄がきしみ、奥井晃は
完全に目を開け‥‥巨大なボールギャグを噛まされた口で絶叫した。
彼女は全裸に剥かれていた。
くもの巣のような縄目によって、小さな立方体の檻の天辺から吊られており、均整のとれた
モデルのような柔らかな肢体には異常な量の緊縛がほどこされている。腕は高手小手に厳しく
縛められ、カエルのように膝を折りたたんだ両足はぐるぐる巻きにされていた。
檻の床を暗い波が洗っている。
直前までの少年との諍いと、不気味な口調で彼がつぶやいたひとことを最期に、奥井晃の記
憶はブラックアウトしていた。
‥‥犯人は偽者を『清算』するために訪れるのではないでしょうか。
‥‥模倣犯は、本物のプライドを傷つけはしないでしょうか。
予言めいた科白が、くりかえし脳裏をリフレインする。
では、まさか。
おそるおそる周囲に目をやり、怜悧に吊りあがった彼女の瞳が裂けそうなほどみひらかれる。
うなだれている首をもたげた奥井晃の正面、皮肉にもそこには、彼女が森野夜にしかけたのと
同じ仕掛けが残されていた。
‥‥D.O.Aの血文字が書きなぐられた、全身を写しだす鏡が。
事態をつかみきれず、混乱と恐怖が心をかきむしる。
全身の毛穴が開き、しとどな汗とともに 全身が狂ったように熱をおびはじめる。
冗談ではない。こんな形で邂逅したくはなかった。違うのだ、私は真犯人を侮辱するつもり
なんてなかった、逆なのだ、あざやかに死を切取るその手口にあこがれただけなのだ‥‥。
パニックにおちいって全身がひきつり、暴れだしそうになる。
そこで思いだした。
この文字が記されたときには。すでに犯人と被害者の接触は終了したあとだということを。
奥井晃が殺す場合とことなり、犯人は二度と犠牲者に顔をあわせることはないのだ。
揺らぐ湖面に奥井晃自身が写りこんでいる。
丸出しにされた股間をひろげっぱなしのまま、後ろ手に縛り上げられ、敏感な3点にピアス
をうがたれて、チェーンで結びあわされた、本来の彼女と真逆の姿を。
自由気ままなSMの女王から、哀れをもよおす緊縛奴隷に貶められた自分自身を。
すでに、奥井晃は死を待つばかりの第五の犠牲者。
死をもって模倣犯の罪をつぐなう、屠られたあわれな供物だった。