ブラックアウトしていくモニタを、5人目の殺害の一部始終を、僕らは熱心に魅入っていた。  
 檻にとりつけられた浮きが一つづつ潰れていき、湖面に没するまでを。  
 屋上を吹き抜ける生暖かい風が、肌をねぶっている。  
 あれから数時間がたち、コンビニで買ったスポーツ飲料を与えたことで、森野も多少は正気  
をとりもどしているようだった。あまりそうは見えないにしても、だ。くたびれきってはいる  
が、命には別状ないようだ。  
 いま目にした、奥井晃の殺害現場がどこかは知らされていなかった。  
 人里はなれた暗い湖に、生きたまま水葬された奥井晃の檻が沈んでいるのだと思うと、胸が  
おどる気がする。目撃者は真犯人と、あとは檻にとりつけたカメラで中継してもらった画像を  
みせてもらった僕たち2人きりなのだ。  
 当分、奥井晃の遺体は上がってこないだろう。もしかしたらずっとかもしれない。  
 こうして最後の事件をモニタで見せてくれたのは、奥井晃の注意をそらし、彼の仕事をやり  
やすくした僕への感謝なのだろう。あるいは、最後の最後まで、人に見せるということに執着  
した彼の方法論なのかもしれない。  
 彼の手を借りて立ち上がったときのことを思いだす。  
「どうして私が真犯人だと分かったのですか。さきほどは時間がありませんでしたから」  
「二人目の動画がありますよね。あれをネットで入手して森野に渡したのは、僕なんですよ」  
「‥‥では、私たちはネットですでに顔を合わせていたんですね」  
 ええ、とうなずく。  
 つまるところ、僕がネットで映像を譲りうけた匿名の情報提供者こそ、この店員だった。  
 気づいたのは夕方、SMショップで店員の話を聞いてからだ。  
 そもそも、教師の死にざまを撮ったあの動画は、犯人が撮影したものだった。  
 それは早くから推測がついていたことだ。  
 時計の近くから撮れば、必ず映像は見上げる視点になる。だが、映像はほとんど真正面から、  
つまり遠距離から撮影されていた。そうした極端なズーム撮影にもかかわらず、映っていない  
細い首吊りロープのことまで計算して、一瞬たりとも教師が死ぬまでフレームから外さなかっ  
たのだ。  
「撮影者は、あの混乱した現場で、彼女がどのように死ぬかあらかじめ分かっていたんです‥  
‥そんな人間は、犯人だけでしょう」  
 また、校舎の外から撮っていることから、学校関係者ではないと推測もつく。前庭に入れる  
のなら、迷わず間近で撮影するだろうからだ。  
「少なくとも僕ならそうしたい。でも、犯人は校庭に入るわけにはいかなかった。だから目立  
たぬよう、人ごみにまぎれて遠くから撮影していたわけです」  
「でも、それだけでは映像をわたしたのが私だと‥‥殺人犯だと分からないはずですが」  
「簡単な消去法でした」  
 田辺ありさの情報は、4件目の模倣犯、奥井晃しか知らない事実だった。  
 口と尻をホースでつながれて死んだというあの発言だ。  
 パソコンやネットを嫌う奥井晃がわざわざインターネットで情報を流すはずがない。あまり  
ネットを使わない森野も同じだ。にもかかわらず、今朝になってひとりだけ、田辺ありさの話  
を知っている者がいた‥‥例の、匿名の情報提供者だ。  
「昨夜の時点で奥井晃から話を聞かされたのは、僕、森野、そしてあなたです。3人のうち、  
森野と僕はネットに情報を流さない。となれば奥井晃からじかに情報を聞き、それをネットに  
流せたのは一人しかいない」  
「私以外の従業員にも同じことを話したかもしれません」  
「それはないでしょう。というのも、ネットを使えない奥井晃はあなたを通して‥‥皮肉にも  
真犯人その人から、ということになるのですが‥‥ネットに流出した映像を手に入れていたか  
らです」  
 ネット嫌いの奥井晃がどこで情報を仕入れ、森野に近づくことができたか。だれか、奥井の  
かわりに、ネットから情報をひろいだす者がいたからにほかならない。  
 
 さらに別の協力者がいる可能性は低かった。  
 猟奇犯罪の情報さがしに手を貸す従業員が何人もいるとは考えにくい。  
 警察に疑われた経緯もある以上、奥井晃は注意ぶかく相手をえらぶだろう。店員自身の語っ  
た話からも、それは明らかだ。  
 この寺井という店員が4人目の死に方を聞かされたということは、すくなくとも、彼は奥井  
晃に信頼されていたことになる。おそらく、彼は手足としてネットで情報を集めるふりを続け、  
なにも知らない奥井晃はそれを森野に提供したのだ。  
 そして‥‥このことは、必然的にひとつの結論をもたらす。  
「でも本当は逆だった。あなたは森野に情報を流すためネットを使ったのではない」  
 そうですよね。  
 問いかけながら、店員の瞳に浮かんだ無表情を、興味深く観察する。  
「あなたは、奥井晃に情報を渡したくて、ネットで拾ってきたふりをしたんです‥‥最初から、  
奥井晃に被害者の死にざまをみせつけるのが、あなたの目的だった」  
「どうしてそうしたと思いますか?」  
「うん」  
 考えるまでもない。答えはすぐに出た。  
「DOAのメッセージは、実は、被害者に出されていたわけじゃない。あなたは、最初の一件  
目から、ただ奥井晃を殺したくて、彼女に死をイメージさせたくて、ずっと殺人予告を送りつ  
けていたんです‥‥違いますか?」  
 マニッシュないでたちを好む奥井晃は、その気の強さが魅力的な女性だった。  
 ショップでの二人のやりとりを見て、SM的な関係をイメージしたことを思いだす。彼にと  
って奥井晃こそが特別だったのだ。  
 店員の反応を見て、僕は深い満足をおぼえた。  
「完璧な推理です。あなたと私は友達になれそうですね」  
「かも、しれません」  
 にっこりと店員が笑い、僕に手をさしだす。  
 彼と僕はよく似ている。  
 もっとも身近なところに、もっとも魅力的な生贄が連れ添っていたいう、その一点において。  
店員と僕の違いは、のどが渇いたから冷蔵庫を開けたか開けなかったか、その程度のささいな  
差にすぎないのだ。  
 さいしょのころ、奥井晃と店員をコンビとして考え、森野と僕になぞらえたことがある。  
 あのとき気分が悪くなったのも当然だ。たしかにそれは、けっして僕が検討してはならない  
禁忌のひとつだった。  
 彼はおそらく、僕にとって鏡写しの、ひとつの可能性だったのだ。  
 黒々と奈落の穴のように、太陽の黒点のように光にぬりこめられた瞳を深くのぞきこみ、僕  
は、DOA殺人の真犯人と固い握手を交わした。  
 
「ン、んンーーー!!」  
 どこやらともない抗議声明に回想を中断され、僕は本当に気まずい思いで腰かけた自分の足  
元に目をやる。  
 それが器具で、フェイスクラッチギャグという名称なのは、奥井晃の店で聞いていた。  
 フェラチオ強制するため奴隷の調教用に噛ませる口枷だということも。  
 ‥‥つまりは、この拘束具はこのように使うのだ。  
「ンク、チュ‥‥っ、ッパ、ンム‥‥」  
 ひたすら粘性の高い、湿りぬめった音が、あろうことか響いているのが僕の股間だ。  
 手すりのふちに腰掛けた僕の足のあいだに、後ろ手拘束の白い裸身をくねらせ、森野が屈み  
こんでいる。口枷に嵌められた太い金属のリングをつらぬいて、膨張しきった僕の股間を‥‥  
森野が熱心にしゃぶってくれている。  
 ぴちゃぴちゃと、染みるような水音がまとわりつく。  
 なぜこうなったのかは分からない。外壁から屋上に引きあげたときの森野夜は被虐的な性欲  
に呑まれたイきっぱなしの状態で、そんな彼女を慰めてどうにか鎮めようと努力するうち、気  
づけばこうなっていたのだ。  
 すぐに拘束をほどけばよかったのだろう。  
 けれど、あの時はさすがに、なまなましい思春期の女性の裸を目にして、どころか触れるた  
びにビクンビクン跳ねてはとろけそうな喘ぎを発し、汗だくのカラダをくねらせて擦り寄って  
くる森野を前にして、僕は混乱していた。優先順位さえつけられなかった。  
 おまけに革ベルトはことごとく施錠されていてどの鍵がどれか分からず、切り裂こうとする  
と森野がひどく嫌がるものだから‥‥。  
 全部もう無意味だろうな。ぼんやり頭で考え、残りの言い訳を放棄する。  
 仮にクラスメイトにでも見られたら言い訳など無駄だ。これはれっきとした性行為だし、し  
かも相当アブノーマルなプレイにふけるカップルそのものだ。いずれにせよ、森野に迫られて、  
拒めるほどのスキルなど僕は持ち合わせていなかった。  
 こういうのは、専門外なのだ。  
「ング‥‥お、ぶ」  
 じゅる、じゅるりと唾液をたっぷりまぶして、森野がからみつく。  
 ひどく甘美な触診を濡れた舌で行われている気分だ。これ以上ない扇情的なクラスメイトの  
口を、強制的に犯しているという事実。その実感。鈍器よりもナイフの一撃よりも鋭く、ひと  
舐めごとに腰が砕けそうになる。  
 たぎりきった僕の股間でみっちり口腔をふさがれ、森野は鼻息でどうにか呼吸しながらフェ  
ラチオに邁進している。普段とは違う。違うのだろう。こんなにも森野が情熱的だとは、両親  
でさえ知らないはずだ。  
 むろん、おたがい昂ぶっているだけなのは分かっている。翌朝になれば、森野は必ず顔色に  
出るだろうし、口を利いてもらえないかもしれない。薬と放置による色責めの後遺症であると  
主張するかもしれない。  
 けれど。  
 僕は、こうして森野夜を独占していることに、当然のような充足した悦びをおぼえていた。  
後頭部をつかんでわざと腰をふり、無理やりしゃぶらせる。あるいは、黒々とたれる長い髪を  
指ですきあげてやる。そうするたび、こちらに流し目をくれる森野は、なぜか喜んでいるかの  
ようだ。  
 
「んァ‥‥ン?」  
 ギシリと革をたわませ、僕の股のあいだで森野が姿勢を変えた。  
 ちゅくちゅくと熱心に奉仕しながら、森野は上目づかいに僕をみやり、ついでもう画面の消  
えたモニタに目を投げ、ふたたび問いかけてきた。言葉を使わずとも、不安そうな気配から、  
察することはできる。森野は、真犯人がふたたび自分を狙に戻ってくるかもしれないと思って  
いるのだ。  
「それはないよ、森野」  
「‥‥??」  
 どうして、と言いたげに首をかしげる森野。とたん、ねぶるような舌先が僕自身の一番弱い  
部分をずるりとなぞりあげ、あやうく舌を噛みそうになって僕はこらえた。隷属の愉悦と怜悧  
な色をまじらせた森野の瞳が、すっと刷毛をひいたように細まる。  
 それは、彼女がめったに見せない意地の悪い笑みだった。こういう表情を僕以外にみせてい  
るところを、僕は知らない。家族にさえみせたことのない僕だけの森野の横顔だと断言できる  
のだ。  
「う、うわ‥‥っ」  
 森野のことを思った直後、なぜか、こらえ性がはじけ、僕は、びゅくっとたわんだ砲身から  
ほとばしる精液をたっぷり森野の口唇にそそぎこんでしまっていた。なんともいえない気分で  
おのれの失態を見下ろす。  
 これで3度目だった。そして、あっというまに力を取りもどす自分自身に、なぜか逆に惨め  
さをおぼえる。自分をコントロールできていないのだ。  
 一瞬びっくりした顔で僕をみあげた森野だったが、なぜか優越感にみちた勝ち誇った表情に  
なり、ずるりと僕を引き抜いた。たっぷり漏れた白濁が口腔のリングからこぼれ、彼女は見せ  
つけるように舌先をリングからさしだしてみせる。  
 ねっとり汚濁のからんだ舌を指でつまむと、ン、ンン、とのど声をもらした。  
 指を離すと、真摯な瞳で僕をとらえたまま、舌を戻してコクコクとのどを鳴らしていく。  
 一滴残らずのみほした、ということを主張したいらしい。  
 もしかしたら、森野自身が目にした官能小説やビデオなどに、そうしたシーンがあったのか  
もしれない。僕が喜ぶと思ったのだろう。  
 彼女のお尻に手をまわし、股間に埋もれたベルトをつかんでなかば無理やりに膝立ちさせる。  
 ひどく甘い嬌声をあげた森野の顔が、間近にあった。  
 誘うようにリング中央から紅い舌がのぞく。  
 かすかな躊躇をふりきり、森野のあごに手をかけ腰に手をまわして引きよせた。舌を伸ばし、  
厳重な口枷のリングに差し入れる。すぐに熱狂的な返礼がかえってきて、僕たちはこれも何度  
目かの、いびつな形のキスをかわした。  
 リングの中でまとわりつく舌と舌はひどくもどかしく、ひどく切ない口づけだった。  
 交わるようで交わりきらず、味わうようで味わいつくせず、未練たっぷりに糸を引いた唇が  
離れていく。  
 一度きり、ちろりとリングのふちを舐めるように森野の舌が踊り、すぐに引っこんだ。再び、  
どこか挑発的なまなざしで、裸体を僕の胸にすりよせてくる。  
 ふふんと言いたげな表情がまた憎らしく、お返しに指でチェーンをひっかけた。彼女の乳首  
にほどこされた、残酷そうな外観の、金属の歯ではさみこむニップルクリップだ。小さな喘ぎ  
がこぼれ、森野の瞳が自分の胸と鎖と僕を交互に見る。軽く引いてやるだけで、森野のカラダ  
はピクンと反応し、切なそうに眉が下がった。  
 
 リズムをつけて刻んでやると、恍惚に呆けて、人魚のように森野は僕の腕のなかでカラダを  
くねらせはじめる。しばらく彼女好みにゆすっておいて、うっとり瞳を閉ざしたタイミングを  
みはからい、別の手でじかに乳首をつまみあげ、ひねった。  
「ふぁぁン、ンァ、アァァ‥‥はぁン!」  
 びっくりするほどのよがりようだ。  
 猫のおなかを掻いてやったときの反応を連想する。嬉しげにまぶたを閉ざし、ひくつかせる  
森野が面白くて、つい意地悪を口にしてみる。  
「クラスのみんながみたら仰天するだろうね‥‥森野が、こんなに」  
「‥‥‥‥」  
 硬質なガラスの瞳が僕を射抜いていた。冗談だよ、とあわてて釈明する。しばらくひえびえ  
と魅入っていたまなざしが、拗ねたようにふいっとそらされた。気のせいだろうか、森野の耳  
たぶが赤い。  
 それもつかのま、森野はさらににじり寄ってきた。不自由な口枷をあてがい、反り返った僕  
のものを受け入れようとする。頬に手を添え、後頭部をつかんで腰の根元まで突き入れてやる  
と、ふたたび蕩けるような舌での奉仕がはじまった。  
 乳首同士をつなぐチェーンをいじり、染みるような白い柔肌に両手を這わせ、熱をはらんで  
ぴたりと手のひらにすいつく乳房の弾力にしびれながら、僕は森野を抱き寄せていた。ふんと  
鼻を鳴らし、しなだれかかってくる森野夜を鳴かせながら、彼女のことをじっくりと凝視する。  
 ひどくなまめかしいと思う。  
 これが本来の森野ではないことはわかっていた。ただ、殺人犯に責められて消耗し、自制を  
失っているだけだ。  
 それでもいい。そう思う。  
 僕のような人間が人を愛することができるかどうか、それは、分からない。  
 その質を問わず、愛情というものに僕は重きをおいたことがないし、価値をみいだすことも  
できない。うわべだけのふりや欺瞞は簡単だろう。けれど、本質は何も変わらない。  
 僕は、死を惹きよせる側の人間なのだ。  
 森野だって本質的には分かっている。同じものを追い、同じものに惹かれながらも、僕たち  
が光と闇の両端にたたずんでいるということに。  
 だから僕の行為に、感情に、意味があるかどうかは分からない。そういう価値判断の根本が  
ごっそり欠けたまま、虚言の日常で闇をうずめてきたのが僕という人間だった。  
 森野夜が彼に狙われることはけっしてないだろう。あのとき、僕は真犯人にこう告げたのだ。  
犯人はその意味をただしく理解し、森野を預けて去ったのだった。  
 僕はこう告げたのだ‥‥彼女は、僕のものだと。  
「森野」  
 そっと呼びかけ、顔をなでる。頬をすぼめてきつく吸引していた森野が、さぐるようにこち  
らを見入った。汗で額にはりつく髪を梳かしてやる。口枷がなければ、彼女は僕になにかしら  
愛の言葉をささやくかもしれない。告白するかもしれない。けれど、それを許すつもりは僕に  
はなかった。  
 言葉での確認など必要ない。おたがいのことは、おたがいの心の中で理解したと感じている。  
口に出すことで歪んでしまう執着も存在するように思う。  
 ‥‥あの店員のように、避けることのできなかった未来を避けるためにも。  
 そんな関係が、僕らにはふさわしいように思った。  
 
                              (了)  
 

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