会社へ続く路上で立ちどまり、原田はため息をついた。この時期、営業は地獄だ。汗だくで  
得意先を回り、戻れば戻ったで残業、夜は寝苦しい熱帯夜だ。つかれた肩を鳴らし、ビルの谷  
間から暗くにごった空をみる。  
 その空の一角から、死体が降ってきた。  
 ‥‥正確には、一秒後に死体となるべき犠牲者が、降ってきたのだ。  
 目があった。顔をそむけたが遅すぎた。少女と視線がからまりあい、原田は呪縛された。  
 原田を見とがめた少女の瞳孔が恐怖と絶望で裂けんばかりにみひらかれる。落ちゆく少女は  
長い黒髪をさかしまに広げ、全身から呪詛と無念をまきちらした。  
 
 死にたくない‥‥。  
 死にたくないの‥‥助けて‥‥。  
 たすけて‥‥見てないで‥‥たすけてよ‥‥!!  
 
 少女のきゃしゃな全身は黒づくめの革で縛りあげられ、ほとばしる無音の絶叫は口枷に吸い  
つくされている。  
 骨と肉のくだける音が、彼の鼓膜を打った。  
 2回ほどの高さで少女の体が首から跳ねあがり、バウンドする。首を吊っていた縄が切れ、  
おぞましく音をひしゃげさせ、アスファルトの路上にそれはたたきつけられた。原田の立って  
いた場所からほんの数メートルのところだ。縛めの一部が千切れ、茶色の汚物が狂ったように  
ふきあげる。  
 病的に青白かった少女のうなじは衝撃でほとんど切断され、あざやかな真紅の噴水が汚物の  
濁流とまざりあった。鉄分と排泄物の匂い、ぼろぼろになった肉の匂いが路上にたちこめる。  
裂けた頭蓋は、原田につぶれたいちじくを連想させた。  
 無傷の顔に残る魔術的なほくろに目が吸いよせられ、彼は呆けていた。  
 遠くからサイレンが近づいてくる。  
 ようやく、ひとごとのように騒ぎを認識しながら彼はその場にしゃがみこみ、ゆっくりと、  
はげしく嘔吐しはじめた。  
 
 
 夏休みをひかえた期末テストも終わり、天高くうだるばかりの炎天にさらされた教室から、  
次々に生徒たちが飛び出していく。  
 遊びにいこうと誘うクラスメイトを無視して、僕は椅子に座っていた。といっても黙ってい  
たわけではない。急に彼らが笑いだしたのを見ると、気づかずに冗談を口にしたらしかった。  
何の話題かも分からない僕をあとに、彼らが帰っていく。この異様な光景が、いつも変わらぬ  
僕の日常だった。  
 僕にとって、クラスメイトとの会話は、自動的な反射にすぎない。  
 長いことこの作業を続けてきたため、今では無意識のうちにジョークを言い、陽気な会話で  
クラスにまじることができる。しかしそれは、僕が人として社会に溶け込むための擬態でしか  
なかった。  
 たとえば、カマキリが草葉にまぎれて獲物を狙うように。  
 一人きりになってから、廊下へ出る。  
 予想どおりそこには、漆黒をまとう少女の背があった。袖の白い夏用のセーラー服にもかか  
わらず、ゆっくりゆっくり歩を進める森野夜は、星明かりのない、ガラスのように平らな夜の  
湖面を思わせる。  
 前を向いたままこちらをうかがっている気配があったので追いつくと、森野はちらりと視線  
を流してよこした。僕を待っていたのだろう、足取りを普通に戻して歩きだす。  
 この猛暑のさなかにあって、そよともなびかぬ長いつややかな黒髪は冷気を発しているかの  
ようだ。左目の下にある黒いほくろは、昏く無機質な彼女の印象に、さらに神秘性を付加して  
いた。  
 
「やっぱり変わっているわ、あなたは。全然興味もない話題に、あれだけ楽しそうな顔で参加  
できるなんて。まるでペテン師よ」  
 さっきのクラスメイトとの会話を聞いていたのだろう、と僕は推測する。  
「それにしても残酷な事件よね。本当、やりきれないわ」  
 森野の口調は、天気の話かなにかのように無感動だ。どちらの発言も僕に向けたものではな  
い、と判断し、特に注意をはらわなかった。ややあって焦れたように森野が言う。  
「持ってきたんでしょ。早く見せて」  
「図書室に行ってからの方が良いな。人に見られないほうがいい」  
「‥‥そうね」  
 おたがい無表情に用件を交わし、それきり会話はとぎれた。  
 この寡黙さゆえに、森野はクラスでもきわだって目立つ存在だ。僕と違って人と交わること  
もなく、笑顔や愛想などの擬態を拒み、深海に沈む宝石のように沈黙を守りつづける。森野が  
僕に話しかけてくるのは特定の話題のみで、それも僕のまわりにクラスメイトがいないときに  
限られていた。  
 クラスメイトとの会話を演技だと見破ったのは、今までに森野ただ1人だ。  
 無表情に森野と会話をしている間だけ、僕は欺瞞的な表情づくりを破棄し、いっときの安ら  
ぎを得る。それは森野と僕、どちらにとっても心地よいひややかな関係だった。  
 閑散とした図書室の一角で、急かされるまま携帯を取りだす。  
 近々と身を乗りだし、興味ぶかげに森野が数点のサムネイル画像をのぞきこんできた。スト  
レートの髪がさらさらと音をたて、僕の頬をくすぐっている。  
「それが事件の画像なの」  
「違うよ」  
 イアフォンを携帯に差し、イアーピースの一方を彼女にさしだして、僕は告げる。  
「2人目が死ぬまでを撮影した動画さ」  
 再生ボタンを押し、片手で携帯を操作しつつ森野を盗み見る。  
 長い髪をかきあげてイアフォンを装着した森野の瞳は、しずかな愉悦のきらめきに揺らいで  
いた。僕と似通ったもの‥‥何も感じず、何にも動じない、±0℃の魂がそこにある。  
 
 
 流れだす映像は最初激しく手ブレし、けたたましい人々の声が入り乱れた。3階建ての校舎  
を見あげる私服の生徒たちの黒々した頭が、視界を埋めつくしている。  
「なんだ!」「原口先生が吊られて」「ひでぇ‥‥」「助けろよ!」  
「119番が先だろ、俺らでどうやってさ!」  
 学生たちの怒号にまじって女子生徒の悲鳴、近所の住人らしき会話、ひきつった教師の声が  
聞き取れる。  
 すぐにフォーカスが合い、幾多の目に視姦される女教師‥‥原口英里沙という名はニュース  
で知っていた‥‥の姿があらわになった。それは誇張でもなんでもなく、視姦というほかない  
凄惨さで、犯人のもくろみは明白だった。  
 原口英里沙は、校舎の壁に設置された丸時計の上に、爪先立ちで立っていた。  
 正確には立たされていた、というべきだろう。  
 スーツからストッキングにいたるまで着衣はズタズタに切り裂かれ、彼女はほぼ全裸だった。  
その肢体を縄が搾りあげ、肘を抱くように胸を寄せあげるポーズで、手首から二の腕まで上半  
身を縛りあげている。  
 棒のようにまっすぐ伸びきった下半身には、踵のないピンヒールが履かされていた。  
 開いた下肢は太ももからくるぶしまで金属のフレームで拘束されている。彼女は外壁に背を  
おしつけ、丸みをおびて傾く10センチ足らずの時計のふちで懸命に爪先立ちのバランスを取り、  
落下の恐怖におびえながら放置されていた。  
 
 じりじりとアップで移動するカメラが、彼女の苦悩を舐めるように映しこんでいた。  
 無数の瞳の前で晒しものにされた原口英里沙は、ぞっとするほど濃密な、死と背中あわせの  
妖艶さをただよわせていた。息苦しいのか呼吸もせわしない。あやうい瀕死の獣をおもわせ、  
肩で息をついている。  
 全身には汗がにじみ、肌はうっすら桜色に上気し、紅くなった頬をうつむけて必死になにか  
堪えつつ口枷の嵌められた唇を噛みしめる。U字型の金具があごをこじあけ、クリップで固定  
された舌は言葉を奪っていた。  
 ときおり甘くかぼそい悲鳴があふれだす。  
 女教師の絶叫は、口紅の剥げた小さな唇を割り裂く嵌口具のせいでくぐもった呻きになって  
いたが、何を叫んでいるかは聞きとれた。  
「いやあ‥‥やめへぇ‥‥壊れちゃ‥‥たすけ、助けて‥‥」  
 無常にもカメラは撮影をつづけ、ついに、ニュースでは伏せられていた核心に迫る猟奇性が  
レンズの前にさらけだされる。  
 原口英里沙は、下腹部にバイブレーターを咥えこまされ、犯されつづけていた。  
 彼女は凌辱されつつ、転落死の恐怖と戦っていたのだ。  
 汗としずくで濡れそぼった下腹部へ、冷徹にカメラが寄っていく。太ももはパンパンに張り  
つめ、痙攣さえみてとれた。あるいは媚薬の類を犯人に打たれたのか。いずれにせよ、深々と  
沈みこんだバイブレーターに意識を削がれれば、待っているのは転落死だ。  
 運動部らしき生徒や教師が、3階の教室や屋上から手を伸ばすが届かない。取りつけられた  
丸時計は窓から遠すぎ、屋上からも半階分低いデッドスペースにあるのだ。触れられた彼女が  
バランスを崩す可能性もかなり高い。  
 ようやく、遠くから緊急車両のサイレンが近づいてくる。救助の到着を知り、ざわめきの輪  
にほっと安堵が広がりだす‥‥。  
 異変が起きたのはそのときだった。  
「だ、だ、ダメェェェ‥‥止めヘぇ‥‥!」  
 唐突にうめき声がうらがえり、女教師の体が震えだす。ぎょっとしたのか騒ぎがやみ、静寂  
が校庭をつつむ。その場の誰もが食いいるように彼女を見ながら、彼女のためになに一つして  
やれないのだ。  
「しにはふない、ひにはくはい‥‥!!」  
 命乞いをするような絶望のまなざしで叫んだ次の瞬間、彼女は決壊した。  
 股間を責めるバイブレーターの後ろからドッと茶色の奔流が流れだす。どろどろの排泄物は  
みるまに女教師の足場をベタベタに汚し、滑稽すぎるほど勢いよく爪先で踊った原口英里沙は  
足を滑らせた。  
 一拍遅れて、見上げる人々から悲鳴がわきあがる。  
 足を裂かれつつ腰を落とした女教師は時計に股間を打ちつけ、反転して地べたまで落下した。  
直後、ガクンと反動がかかり、地面から数センチのところで首から体が吊りあがる。  
「死にた‥‥ぎひッッ!!」  
 それが、原口英里沙の最期の台詞だった。  
 時計から伸びきったワイヤーに縊られ、女教師は死んでいた。荒い映像では気づかぬほどの  
細いロープが首に巻かれており、彼女を絞首刑に処したのだ。映像の流れはニュースで報じら  
れた内容と一致していた。  
 ビデオの撮影者はたくみな技術を持っていたらしい。  
 携帯のカメラフレームからはみだすことなく、死の瞬間の絶叫と慟哭にゆがんだ女教師の顔  
を最後までみとどけ、動画は彼女の死に顔で終わった。  
 
 
 このところ、県をまたいだ近隣のX市で、日本全国を震わす異常殺人が起きている。  
 これはその最初の衝撃的な瞬間を、目撃者の1人が携帯で撮影したものだ。テレビでの発表  
のほかにも、この事件については様々な憶測や情報がみだれていた。  
 ほんの3分足らずの動画だ。  
 しかしここには、まぎれもない1つの死の結末が封印されている。  
 今月に入ってついに4件目が起きたばかりの連続猟奇殺人は、その独特な手口から、DOA  
殺人と呼称されていた。  
 犯人に襲われるのは女性ばかりで、その場で殺されることはない。被害者は性的な暴行を受  
け、特殊な状況下で放置される。そのさい犯人は必ず被害者の目につくところにD.O.Aと  
書き残していた。それが『今からおまえを殺すぞ』という、犯人からの殺人予告のメッセージ  
なのだ。  
 最初の被害者は主婦だった。  
 近くのオフィス街からくりだす人々で商店街が混雑しだす昼頃、山口真奈美はアーケードの  
ドームを突き破り、10メートル下の路上へ墜ちてきた‥‥ボーリングのピンのように頭を下に  
して。  
 現場は大混乱となり一時封鎖された。  
 死因は脳挫傷だが、縛られてバイブを挿入されていたことが後で分かった。被害者はドーム  
上部の補修用足場に放置されていたらしい。目ざめた彼女は犯されていると知ってパニックに  
陥り、不自由な体でもがきはじめ、足場から落ちたのだった。  
 DOAという謎のメッセージも公開され、その解釈をめぐって世間をにぎわせた。  
 2件目がこの女性教師、原口英里沙だった。  
 司法解剖によって、彼女は薬で眠らされ、夜中の3時ごろに放置されたらしいと判明した。  
つまり、DOAの文字を見た原口英里沙は、すぐに自分が猟奇殺人の獲物にされたとさとり、  
パニックを抑えてひたすら救援を待ちつづけていたのだ。  
 1件目と違い、朝になって教師や用務員に発見されるまで彼女が生きていられたのは、その  
おかげなのだろう。たとえそれが犯人によって仕掛けられた、永遠にひとしい恐怖と凌辱の時  
だとしても。  
 3件目の被害にあったのは帰宅途中のOLだった。  
 気絶させられた大野涼子は細くめだたない鋭利なワイヤーで縛りあげられ、何重にも猿轡を  
噛まされて、道路わきの側溝に寝かされていた。ホームレスの多い一帯で、激しい豪雨だった  
こともあり、その夜、汚れた服装で寝そべる彼女に注意をはらう者はわずかだった。  
 ふりそそぐ雨で目覚めた彼女は、道路からそそぎこむ濁流で溺れかけ、パニックにかられて  
跳ね起きると駅へむかうサラリーマンの列へ飛びだしていった。  
 残念なことに、彼女は1歩も進めなかった‥‥。  
 立ちあがると同時に、腰から上が39の肉片に分割されていたからだ。  
 細切れになった大野涼子は10人ちかい通行人にぶちまけられ、痙攣する下半身だけがよろめ  
きつつガードレールまで走っていって、そこで転倒した。永遠に取りもどしようのない、切断  
された首は側溝に転がったままだった。  
 彼女の全身を縛っていたのは戦場でゲリラなどが使う首切りワイヤーで、不幸にもワイヤー  
の端は側溝の蓋に結ばれていた。大野涼子はたちあがった勢いでワイヤーを引き絞り、自分自  
身を輪切りにしたのだった。  
 
 さらについ先日、4件目が発覚している。  
 被害者、田辺ありさは女子高生だった。彼女が放置されたのは、繁華街の一画にある雑居ビ  
ルの、屋上から張りだす看板の真裏だった。雑居ビルは入居者もテナントもごくわずかだった  
ため、ビル屋上の、しかも死角になったそんな場所に人が監禁されているなどとは誰も気づか  
なかったという。  
 今までの3人とは違い、彼女は濡れた革で全身を締めあげられ、棒のように固く拘束されて  
いた。  
 折りしも梅雨明け宣言が出たばかりで、さえぎるものもない猛暑が、身動きできぬ田辺あり  
さから水分を奪っていった。寝かされたビルの真下は大通りだが、水道栓のような口枷を噛ま  
され、悲鳴はどこにも届かなかった。  
 脱水症状に苦しみつつ、それでも彼女は一日目は耐えぬいたらしい。  
 けれど翌日の夜明けまえ、彼女は不自由な身をよじり、ビルから飛び降りた。死を選んだ、  
いや、選ばされたのだ。反動でロープを巻かれた首は折れ、死体はアスファルトに叩きつけら  
れた。なぜ田辺ありさが死を選んだのか、そして詳しい死の理由などは、まだ公表されてはい  
ない。  
 犯人は被害者を生かしてかえすつもりなどない。  
 それは何度となくマスコミが憤りをもって断じていた。たとえばOL殺人については、首を  
ワイヤーにつながれた範囲でじっとしていたとしても、まず溺死しただろうというのが専門家  
の判断だ。  
 したがって、DOAのメッセージは単純な「Dead or Alive」、生か死かを選べ、ではなく、  
速やかに死ぬか緩慢に死ぬかを選ばせる二択だった。  
 どちらの選択が正しいかは、自分が犠牲者になるまで分からない。  
 ただし、その場、その瞬間、冷静に判断すれば、あるいは生き延びるチャンスが、この世で  
生きていられる残りの時間がわずかながら伸びるかもしれない。そう思わせるのが犯人の目的  
なのだ。  
 たしかに、これはやるせない事件だった。森野の言葉通りに。  
 4件の事件に共通するのは、殺人者が持ちうる飛びきりの残酷さの発露であり、そこには許  
しも慰藉のかけらもない。指のなかでつぶれていく昆虫を観察している子供と同じだ。犯人は  
人の死を形にして収集している。希望がじわじわ圧壊し、絶望が侵食していくありさまを熱望  
するのだ。  
 そのありよう、死の運命をもたらすことでしか暖かみを得られない犯人の心のありように、  
僕も森野もいやおうなく惹きつけられていた。かって僕が出会った殺人者も、ある瞬間、人と  
してのフィルターが外れた瞳で僕を見た。無機質なその感覚は、僕にとっては、とても近しい  
ものなのだ。  
 大多数の社会が目をそむけて関わるまいとする人の昏みに触れたがる僕らのような人間は、  
ヴィクトリア朝で流行った退廃的な文化になぞらえてGOTHと呼ばれている。  
 森野も僕も、人の死にひきつけられてやまないGOTHだった。  
 
 冷房の効いた図書室にもかかわらず、窓越しのうだるような熱気が、僕と森野の背中におし  
かぶさってくる。  
 額をくっつけるようにして画面に魅入っていた僕らは、ようやく顔をあげ、おたがいを見た。  
森野の口元は呆けたまま、ただ瞳の色だけが失われていた。どうやらかなり気に入ってくれた  
らしい。  
「‥‥残酷だわ」  
 しばらくして、森野はようやく小声で呟いた。  
 発言とはうらはらに、声には陶酔とも賛嘆とも畏怖ともつかぬ余韻が残っている。  
「ひどいわ。ひどい殺し方。あんなにも、いまわのきわに生を実感させて、絶望を舐めさせて  
殺すなんて‥‥たまらない」  
 被害者を自分にだぶらせたのか、しみじみと反芻するように森野が呟く。  
 テレビ報道では、警察の要請もあるのだろう、ごく断片的な話題しかあがってはこなかった。  
そのぶん週刊誌は大々的にDOA殺人を取りあげ、ネットではあまたの情報や画像が流れた。  
実際、2件目の校庭に居合わせた者の多くが携帯で画像撮影などをしており、一部はインター  
ネットでも出回っていた。ねばりづよい交渉のすえに匿名の撮影者から手に入れたこの映像も  
その1つだった。  
 もしかしたら、犯人自身の撮影記録も、闇で流れたり取引されるのかもしれない。殺し方に  
見世物的な要素が含まれていることからも、可能性は高いだろう。  
「これ以上ないほど生を渇望させて、けど、決して許さない。犯人の手のひらでもてあそばれ、  
転がされて、屈辱に震えながら死んでいかなきゃいけないなんて、みじめだわ」  
「そうかもしれない」  
「ねえ、あなたもそう思うでしょう? この連続殺人」  
「どうだろう。犯人は手間をかけすぎだね」  
 簡潔に印象を述べると、森野からかすかに不機嫌な空気が発散された。  
 森野が浸るのは自由だが、僕はこの殺人に彼女ほどは没頭できない。僕が共感するのはより  
シンプルな手段だ。例えばナイフの一閃であり、例えば生き埋めであり、例えば野獣のような  
残忍な殺しの手口だ。  
 もちろん、異常な動機につき動かされる犯人を観察したり、犯行の痕跡を見いだすことを僕  
は好んでいたし、そこに暗い悦びも見いだしていた。  
 けれど、被害者の葛藤や選択ばかりクローズアップするこの殺人は、手の込んだ複雑さに感  
心するものの、妙なもどかしさを感じてしまう。犯人自身が被害者の気分でレンズをのぞいて  
いるような戯劇性をおぼえるのだ。  
 森野と僕の決定的な違いでもあると言いかえてもいい。  
 すなわち、事件を目にしてどちら側に感情移入するか、の問題でもある。  
 イアフォンをしまい、携帯電話のスロットから動画を記録したデータ媒体を取りだし、約束  
どおり森野にわたす。  
「で、交換条件にきみが持ってきた情報というのは、どんな内容なの?」  
「現場、見に行きましょう」  
 それきり黙ったので、さらに説明を求めて森野を見つめる。その僕に向け、森野がにぎった  
拳をのばした。指を開くと、銀色の鍵が僕の手のひらの上に落ちる。  
「立ち入り禁止になっている、4件目の雑居ビルの合鍵よ」  
 僕をのぞきこむような挑発的なまなざしで森野は呟き、小さく口元をほころばせた。  
 彼女には彼女で、特殊な情報源があるようだ。  
 
 
 

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