涼一の家は、河川敷のさらに下流だった。  
 高校受験の頃から桜が通いつづける塾は家から遠く、あいだに大きな川をはさんでいる。涼  
一の住まいは、桜が塾通いに使う橋よりさらに一本下流の橋を渡った少し先にたたずむ、官舎  
風のすっきりした建物だった。  
 エレベーターを上がっていくと、めざす部屋の前の外廊下で、長身の少年が息を乱していた。  
こちらに気づかず、隠すように靴らしきものを持っている。声をかけると、気の毒なぐらいに、  
びくっと青い顔でふりかえった。  
 やはり、この少年が携帯にかけてきた片桐涼一だった。あいさつをかわし、中へ通される。  
 玄関に入ると、涼一が靴箱を開けているあいだに毛玉のような子犬が奥から飛びだしてきて、  
僕の足のあいだを走りまわった。  
 この犬が死体の第一発見者なのかと思いつつ、やけに人なつこい子犬の頭をなでてやる。  
「こら、ジューシー。ちゃんと食事しなさい‥‥あら?」  
 出てきた母親に礼儀正しく声をかける。犬を褒めると母親はうれしそうにしたが、名前の由  
来になった好物のウェットフードを食べようとしない子犬に手を焼いているようだった。  
 桜は、奥にある涼一の部屋のベッドに伏せっていた。  
「兄さん‥‥。ごめんなさい、呼び出して」  
 いつものように、死体を発見したあとの症状で桜は青ざめていたが熱はなく、むしろ涼一と  
比べても元気そうだ。僕の顔を見てたちまち体を起こす。  
 大丈夫かとたずねるとなぜか頬を赤くし、うんとうなずいて涼一をちらりと見た。  
 涼一はこのアイコンタクトにも気づかずに、どこかうわのそらだ。  
 少しの間、雑談をまじえて詳しく発見の状況を聞いたが、たいして成果はなかった。  
 桜は一瞬しか死体の足を見てないし、パニックになった涼一は桜を自転車にのせると猛烈に  
土手を駆けあがったのだという。桜を休息させてから自分の荷物を忘れたことに気づいて戻り、  
さきほど玄関で僕と鉢合わせしたらしい。  
 桜より一つ下の学年ながら、はきはきした物言いで陽気な少年だという印象をうける。  
 そのときノックがあり、涼一の父親が盆の上に飲み物をもってあらわれた。休日で家にいた  
父親も、桜が倒れた事情は知っているようだ。  
 もっとも、涼一の母親はただの熱中症だと思いこんだようで、死体の話に興味をもったのは  
父親だけらしい。もともと涼一にいたずら好きな少年らしく、桜の才能を知らない以上、そう  
した反応も仕方ないと言えた。  
「君はどう思う? これが涼一のいたずらか、本当に死体があったのか」  
 父親の問いかけを聞くかぎり、やはり、すぐには涼一の話を信用できないようだ。  
 少し考え、隠す必要もないと判断して、足首のまわりには血痕も飛び散っていましたと見て  
きたままを告げると、父親の様子が変わった。  
 いや、父親だけではない。桜も涼一も、なぜか、いちように奇妙な顔つきになる。  
 だが、理由をたずねる前にゆっくりしていきなさいと言い残して父親が退出し、僕はひとり  
首をかしげたまま取り残された。  
 妙な沈黙につつまれて、桜も涼一もとまどっているようだ。  
 それ以上は死体の話を聞き出せだせそうになかったので、あとは適当な話題に終始し、30分  
ほどで片桐家にいとまを告げ、桜と出た。  
「ねえ、兄さんはどう思う‥‥」  
 帰り道、傾いた夏の陽射しを浴びる土手を走りながら、桜が声をかけてきた。  
 はずみで死体の感想を口にしかけたが、すんでのところで目的語が不明だと思い直し、何の  
ことだいと聞きかえす。  
「‥‥涼一君のこと。あの子、塾じゃ女の子に人気あるんだよ」  
 どう思う、と桜がたたみかけてくる。  
 意外な返事に、どう答えるべきか一拍遅れた。そうだね、と言い、つづけて、陽気な子だね、  
と言う。あたりさわりのない返事をどう受けとったのか、自転車をこぐ桜の横顔は少し夕日を  
照りかえしていた。  
 桜が塾通いに使う巨大な橋の袂まで来たところで涼一の父親に出会う。どうも買い物に出て  
いたらしく、肩がけのクーラーボックスについて質問すると、冷えたビールが飲みたくてね、  
と手酌のジェスチャーで苦笑まじりに教えてくれた。  
 
 携帯電話風の灰皿でくわえた煙草を消し、桜にほほえみかけ、また遊びにおいでとうながす。  
 桜も、心なしか嬉しそうだ。  
 温和な父親に別れを告げ、涼一と桜の関係を思いながら、黙って自転車を走らせる。これと  
いった感慨は特にわかなかった。桜だって日に日に成長しているし、彼氏を作りたいと思うの  
かもしれない。それは、とても自然なことに思える。  
 一瞬、森野と僕とのかかわりが頭をよぎる。  
 世間的にどう見えるのであれ、僕と森野は、恋人同士と言うには少しひずんでいる。それを  
思えば、桜はうらやましい境遇にあると言えるのだろうか。少なくとも、桜の彼氏候補は普通  
の少年なのだから。  
 兄さん‥‥。  
 どうしたの、そんなに私の顔ばかり見つめて‥‥。  
 赤い顔をして、併走する桜が僕を見つめていた。去年の夏場は少年のように短くしていた髪  
も、今はまた伸びてきて肩のあたりで風にはためいている。くるくるとよく動く目は愛らしく  
素直な桜の性格をあらわしているようだ。  
 なんでもないよ、と桜に言い返し、夕日に伸びる影をふりきって自転車の速度をあげる。待  
ってよーと追いすがる桜は、さっきまで寝込んでいた少女とは思えないほど生き生きしていた。  
 
 
 帰宅したとき、まだ親は出かけていて、桜はめざとく森野の靴に目を留めたようだった。  
 あ、森野さんが‥‥と口ごもるので、気を使わなくていいからと言い、もう少しリビングで  
安静にするようにと指示してから部屋に戻っていく。  
 桜に、森野の姿や、写真を取りこむところを見られないようにするためだ。  
 そっと階段を上がり、音をたてずに自分の部屋にすべりこむ。  
 人の字に拘束されたまま、森野夜は身じろぎもせず、ひっそり死んでいた。ゆるやかに上下  
する胸が目に入らなければ、血の気のうせた裸身は屍蝋と見分けがつかない。  
 律儀にくくられた両手の指を手錠の鎖にからめ、捕らわれの無力さを孤独に味わっている。  
 家を出てからすでに6時間、彼女はひたすら機械的になぶられ続けていた。  
 手錠と足枷で磔にされた森野からは、頭の先にあるドアなど見えず、僕が帰ってきたことも  
気づいてはいない。ただ、受け身のままで快楽に興じている。  
「ン、ンッ」  
 どこかかわいらしい、小さな呻きがこぼれた。  
 単調でしずかな振動は、彼女の下腹部から響いている。辱められ、半ばまでずり下げられて  
お尻をむきだしにされた大事な谷間には、縄で固定されたバールローターが肉芽をむきあげる  
形で固定されていた。  
 ローターのスイッチは森野の腹部に置かれている。  
 すぐ目の前に転がっていながら、自分では止めることも操作することもできない。  
 手錠の鍵と同じ仕掛けだ。そうした惨めさが、彼女を燃えたたせる。  
 ここからでも分かるほど少女の股間はじっとりと粘つき濡らしていた。シミの具合にぞくり  
とする。いったい何度、強制的に追い上げられ、達したことだろう。今も発作的に太ももが痙  
攣し、ひくひく跳ねている。  
 足をしのばせて近づき、死角から森野の乳房に指を這わせた。  
 こりこりにしこった二つの乳輪の頂を、力をこめてぎりりっと絞ってやる。  
「あんっ」  
 それは、僕の方がびっくりしてしまうほどの悩ましい、艶めいた森野の吐息だった。  
 氷を握ったかのようなしびれと冷気が掌に残り、その手の中にすっぽり柔らかくおさまった  
乳房が、バクバクと壊れそうな勢いで鼓動を刻みだす。  
 頬に朱がさし、生き返った森野が、水分をためた瞳で情緒的に僕を見上げている。  
 お互いにあいさつする習慣がない以上、森野が僕の不意打ちを責めることなどできないのだ。  
 一粒のしずくが水面に落ちるように、森野の声が耳を打つ。  
 ねえ、止めないでよ‥‥もっと‥‥痛くして‥‥。  
 こらえきれるはずがない。直截なおねだりは一瞬で僕をたぎらせた。  
 
 顔を傾け、彼女の前髪をすくって凍土のように冷たい肌にぬくもりを移してやり、そのまま  
唇と唇をふれあわす。色を失って閉ざされていた唇がしだいに開き、凍てついた口腔をまさぐ  
るように僕は舌を差し入れていった。  
 ぬちゃり、と雪解けにも似た水音がまじわりをつなぐ。  
 凍った体を熱心にあたため、歯並びのよい前歯の裏のくぼみを濡らしてやり、口移しで僕の  
体液を嚥下させてやりながら口の中をなぞりまわす。ふっくらした歯茎をくすぐり、逃げ腰の  
舌をからめとり、きつく吸引しながら歯で擦りたてる。  
 もちろん手は休めることなく、彼女のクレヴァスを苛烈に虐めたおす。  
 刺激の上に刺激を重ね、肉芽をさすり、ローターに緩急をつけ、あふれる蜜をすくいだして  
むきだしのおなかに塗りつけ、痛みと喜びで交互に彼女を堕としていく。  
 股間をいじられ、悶えさせられ、閉じることのできない下肢が断末魔のように震えていた。  
出かけ前に足枷でベッドの左右につないだ足首は、無防備な裸体を残酷に開脚し、割り裂いて  
いる。力まかせにあらがったところで森野は数センチたりとも足を閉じられず、濡れそぼって  
蠢く浅ましい女の羞恥をかえって見せつけることになるのだ。   
 ぷっくりと土手は充血し、ローターと縄をくわえ込んだ女の源泉をさらけだしている。  
 その下方、ぴくぴくしている不浄な穴に、つぷりと指先をめり込ませた。  
 ぎり、と強い怒りを溜めた瞳が燃えあがり、威圧して僕を睨みつける。だが抗議を発しよう  
と開いた口はぐずりと蕩け、抵抗もむなしく森野の躯は瞬時に堕ちた。  
「んぁ、は‥‥ぁンッ!」  
 刹那にアクメまで昇りつめ、楽器のような嬌声が悦びを奏でだす。  
 お尻の穴までいいようにこじられる屈辱。  
 今の森野はそれさえ喜びにすりかえてしまう。異常な愛撫をほどこされて反発しつつも体は  
屈服してしまう。日に日に森野の感度は上がっていき、与えられた刺激をいじらしいほど熱心  
にむさぼってくれる。  
 それはまさしく、未熟な躯を開発していくマゾの調教にも近しいものだった。  
 恋人同士というより、奴隷のように扱われていると知りつつ、その惨めさが彼女をとらえて  
離さないのだ。  
 体内の疼きをとめられるまま、恥辱の焔は森野の瞳のなかでバターのように悦びへと溶けて  
いき、第一関節まで埋もれさせた僕の指をきゅうきゅうと、疚しく食い締める。鉤のように、  
くいと指を曲げてやると、反応がすさまじい。  
 女の部分はほとんど未開発のまま、倒錯した愛撫ばかりに馴らされていく。  
 それがどのような感覚なのか、ただ森野は瞳をうるませて刺激に溺れ、クリトリスとアナル  
だけで何度もイかされることを切望してくるのだ。  
「すご‥‥い、ソレ‥‥ん、ンッッ」  
 どろどろに糸を引く喘ぎは、甘いささやきとななって僕にねだりかける。  
 被虐の炎に灼かれ、濁った森野の瞳がさらにどろりとみだらに溶けていく。だが、頂上まで  
登りつめようと怜悧な顔がゆがんだ最後の刹那、僕は耳元で意地悪くささやいた。  
 妹が帰ってきたから、それ以上声を上げてイクと気づかれるよ‥‥。  
 細まっていた瞳がぎくりと見開かれる。  
 切なげに、苦しげに森野が口を開き、閉じ‥‥声もなく、足をつっぱらせて弓なりに反った。  
 下半身がさらに熱をおび、悩ましくうねりだす。  
 声を出してはいけないという単純なこの命令だけで彼女の躯はさらに焦らされ、イきそこな  
って逆に昂ぶってしまったのだ。  
 僕は、満足がいくまで何度も彼女をなぶり、喘がせ、愉悦の海におぼれさせた。  
 
 
「バラバラ殺人かしら」  
 正気を取りもどして最初に森野の口をついたのがこれだった。身なりをととのえた森野は、  
あつかましくも僕の椅子と占拠したまま、パソコンに取りこんだばかりの写真を食い入るよう  
に眺め、拡大したりスクロールしていた。  
「そんなに興味津々なら、一緒にくればよかったのに」  
「いやよ。こんな真夏日の、それも一番暑い時間帯に外出なんて莫迦のすることだわ」  
 即答だった。  
 森野や僕のような人間は、やむをえない時をのぞき、体を動かしたり汗をかくといった健康  
的な行為にほとんど逆ギレのような憤りをおぼえる。僕はどうも森野のカメラ役として良いよ  
うに扱われたらしい。  
 ストローでアイスコーヒーを啜り、クッキーをつまみながら、森野は熱心に断面の色つやな  
どを調べている。  
 ちなみにそのコーヒーと茶菓子を用意したのは僕だ。  
 廊下へ出たところで桜に出くわし、彼女がわたわたお茶を用意しだすので今日は休むように  
いさめたのだ。当然、そうした僕の気くばりに気づく森野ではないし、桜は桜で人が良すぎる  
ため、倒れたばかりの体で無理をしかねなかった。  
「本当に、手首とか上半身とか、他の部分は残っていなかったのね?」  
 もう一度問われ、何もなかったよともう一度答える。  
 森野の問いは当然だった。今のところ足のない死体がこの近辺から見つかったという話題は  
ない。となれば遺体は身元を隠すためバラバラに切り刻まれたと考えるのが普通だ。  
 ただし、僕自身は違う感想を持っている。  
「これはバラバラ殺人とは違うよ。猟奇性を秘めている」  
 なぜ、と森野が瞳で問いかけてくる。返事をする代わり、僕は横から手を伸ばしてマウスを  
奪いとり、デジタルで取りこんだ新聞記事のリストを表示させた。  
 長い黒髪からかすかな香りが鼻をくすぐり、頬を寄せるように密着してパソコンを操作する。  
じきに目当ての記事は見つかった。  
 死体から足首だけを切り離し、別々に遺棄する‥‥。  
 こうした、犯人の意図がまったく分からぬ事件は、実はここ十数年で3件ほど発生していた。  
事件の間隔は不規則で、殺害現場は日本中に点在している。被害者同士に接点がなく、目撃者  
もいないのが特徴だ。そもそも、県ごとに縦割りの警察がこれを一連の事件として見ているか  
どうかも疑わしい。  
「いずれも足を切り離す必要のない事件なんだ。今回もその猟奇殺人犯ならば、真相は逆で、  
足を切り落とす目的で殺したのかもしれない」  
 指摘してやると、森野の瞳がきらりと誘われるように光を増した。  
「切り落とすところを見てみたいわ」  
 熱心に記事を読みながら ぶつぶつ呟く森野の横で、考えを進めていく。  
 体の一部を切断するという手口は、去年、世間を騒がせたリストカット事件を連想させた。  
あの犯人もいまだ特定できていない。少なくとも公式にはそうなっている。だが、あれと対比  
してアンクルカット事件とでも呼ぶべきこちらの猟奇殺人には、正反対の特色があった。  
 ‥‥切り落とされた足首が、すぐに発見されているのだ。  
 つまり、殺人犯は足首を愛でるような倒錯したフェティシズムとは無縁だということになる。  
 むしろ僕は事務的な冷酷さを事件から感じとっていた。  
 いずれにせよ、事件の切り抜きと生々しい現場の写真は、森野をいたく刺激したらしい。  
 日の高くないあいだならという条件で、翌日の探索を彼女は了承してくれた。  
 
 
 蝉の声がひどくやかましく、林立する草の壁を揺らしている。  
 僕の隣には、黒いワンピースを身につけた森野が、同じように腰をかがめて露出した地面を  
見つめている。  
 すでに今朝早く、この川が流れこむ湾内で足首のないOLの死体が発見されたとニュースが  
報じていた。水に浸かっていたため損壊は激しいが、死後2日程度だという。間違いなく遺棄  
された足首の持ち主だろう。  
 しかし、だからこそ納得がいかない。  
「間違いないわ。ここと、ここ‥‥地面の血痕の位置は、写真とまったく同じだもの」   
 写真を手に森野が指さす先、昨日まで足首の置かれていた場所には、ヒールでえぐられた2  
つの窪みが並ぶばかりだった。  
 ‥‥赤いヒールもろとも、腐敗の進んだ足首は消えていたのだ。  
 血痕などはそのまま露出した土に残っていた。ただ、遺体だけが見あたらない。  
「まさか、ドッキリ?」  
 あなたがやったんじゃないでしょうね‥‥。  
 ひややかに睨む森野の非難をほったらかして、地面に視線を這わせ、くまなく調べていく。  
めったにないことだが、僕は動揺していた。それを森野に悟られたくなかった。  
 こんなはずがない。  
 この殺人犯は足首を切り落とすのが目的であって、足首を持ち運ぶことなど考えられない。  
「じゃあ、待ち合わせに遅れたのはなぜ? 先回りしてここに来たんじゃないの?」  
 死んだOLのことを調べていた、と正直に答える。  
 家を出るぎりぎりまで、僕はネットでニュースを検索していた。いまの時代、事件の速報は  
数時間で人々のあいだを駆けめぐる。死体が見つかったのは昨夜だが、すでにスティレットと  
いう刺突専用の短剣が凶器らしいという話まで出ていた。  
「消えた足とその話はどう関係あるの」  
「足首が見つかったというニュースは、今朝の時点で、どこにも流れていない、ということさ。  
だから、僕らはここにいられるんだ」  
 ようやく、意味することの重みを知ってか、森野の瞳が細くなっていく。  
 もしも、通りすがりの近隣住人が足首を見つけたならば、喜んで持ち去ったりするだろうか。  
それはありえない。まず通報するだろうし、足首は検死にまわされ、この広場でも警察の検証  
がはじまるはずなのだ。  
 そうした状況がまったくないにもかかわらず、足首だけが持ち去られ、消えてしまった。  
 これはどういうことなのか。  
 ‥‥この丸い広場に安置されていた足を持ちさった者がいる。  
 少なくとも、その者は昨夜の時点で死体の一部が放置されていることを知っており、意図的  
に足首を回収したのだ。そうしたことのできる人間は、犯人を含めて、ごく数名に限られる。  
より正確に数えるなら、6人しかいない。  
 
・僕。  
・森野夜。ただし、森野は広場の位置を知らず、どこにあるか僕は教えていなかった。  
・片桐涼一。その父親。母親。  
・‥‥。そして、桜だ。  
 
 桜はいつも朝早く飼っている犬の散歩にでかける。今朝は特に長かった‥‥。  
 並んで地面を探りつつ、おたがい顔を見やることもない。  
 徐々に昇っていく真夏の陽射しの下で、鳴きやまない蝉の沈黙だけが僕と森野を包んでいた。  
 

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