食後もぽーっとほろ酔いかげんの桜をソファーに休ませて部屋に戻る。
パソコンを起動させネットを巡回するが、目新しい情報はない。公式に死亡推定時刻が発表
されていたが、それも夜9時から12時前後と予想通りだ。
あらためて写真をチェックしていたとき、扉がノックされ、返事する前に開いた。
「あの‥‥兄さん、少しいい?」
椅子を回転させてシャットダウンしたパソコンを背後に隠し、ああ、と答える。まだ酔いが
さめていないのか、桜はほんのり目をうるませ、伸ばした両手を後ろで組むようにして左右に
揺れていた。
寝そべっていて乱れたのか、ヘアピンで髪をまとめている。服はさっきと同じ、カットソー
にデニムのミニスカートだ。
「ねえ、兄さんは事件のことが心配で、いろいろ調べているんでしょう?」
そうだよ、と答える。
「私も‥‥。ソファーで横になってね、少し考えていたの」
さっきはきつく言っちゃったけど、それで気まずいのも嫌だし‥‥うつむいてそんなことを
ごにょごにょ口にしながら、桜は、僕の反応をうかがっている。
「だからね‥‥。兄さんの質問に答える代わり、私のお願い、聞いてもらえない?」
お願いの内容にもよるねと言うと、桜は、おねだりしようか迷った子供のような顔をみせて
から、少し小声になって、その、デートの作法を教えて、と口にした。
よく分からないまま、とりあえずはベッドに腰かけさせる。
桜はいつになく落ち着かなげにきょろきょろ部屋を見渡したりしていたが、やがて、涼一の
家に運ばれたとき、男の子の部屋で寝るのが初めてで、どうしたらいいか分からなかった、と
告白をはじめた。
「そういう時、男の子って、どんなリアクションを期待するのかなって」
じっと寝っぱなしだったことを悔いているらしい。病人だったんだから仕方ないよと諭すが、
桜は納得のいかない様子だ。
「そうじゃなくて‥‥。私は、初めて2人きりで男の子の部屋にお呼ばれして、悪い雰囲気で
もないし、でも、女の子の方から迫るのって変かなって、だから‥‥その、うーん、なんて言
うんだろ」
肝心の言葉を言いだしかね、羞じらうように首をかしげる。
桜の逡巡を見やりつつ、ふと、涼一のどこを好きになっただろうと思う。
そもそも2人は付き合っているのだろうか。こういうことは恋人かどうかでも変わるはずだ。
質問をぶつけると、え、え、と桜がおどろいたように目をしばたたかせた。
「まだ、付き合ってはいない‥‥よ?」
しかし、涼一に惹かれているのは事実らしい。前も、涼一をどう思うか僕に質問していたの
を思いだす。
らちがあかないので、彼のどこが気に入ったの、と矛先を変えることにした。
「うん? その‥‥。ね。えっと」
またしても桜はごにょごにょと口ごもった。
困るような質問だったのか、なんともいえない微妙な笑顔を浮かべた桜の視線がすうっと僕
から離れていく。照れているような、嬉しそうな‥‥あと、多少はごまかしも含まれているの
だろうか。
成分分析を試みていると、桜の頬がまた少しつやを増した。
「話が面白くて、陽気で、ときどき頼れる男の子なの‥‥。すごく、似てるなぁって」
誰に? と問うと、桜の表情はいっそう分かりづらいものになった。
笑みが大きくなり、けれど視線は逸れている。
返事がないので重ねて問うと、ようやくぼそぼそ彼女は答えた。
「あのね‥‥。兄さん。涼一君と一緒だと、兄さんといるみたい。安心できるの」
「うん」
特になんの感想も浮かばないまま時が流れ、気づくと、桜のひかえめな両手がぎゅっと僕の
腕を握っていた。誘われるまま引っ張られ、もつれあってベッドへと倒れかかり、あやうく両
手で体を支える。
浮かせた上体の下で、ベッドに沈みこんだ桜はまっすぐ僕を見上げていた。聖母のように、
胸の前で手のひらを重ね、黒髪がシーツにあやを描きだす。
「好きな女の子に、こうしたいんでしょ、男の子って」
しなやかにのびる細い腕が、森野にも負けないほど白く透明な輝きをたもっていることに、
いまさらながら僕は気づいた。その腕が差し伸べられ、僕の首元にきゅうとからみつく。甘い
動きは、獲物を引きこむイソギンチャクを思わせた。
「だから、リードして。兄さんに教えてほしいの。どうやってキスして、どうやって、その」
‥‥その先に、進むのか。
声のつたなさとはうらはらに、まぎれもない意思を持って桜の言葉は室内にひびいた。
かすかに体を緊張させている桜に目を落とす。
いくらデートのシミュレートとはいえ、突発的な桜の行動はやりすぎではないだろうか。
落ち着かせようと思い、デートの手順は僕でも教えてあげられるけど、これは行きすぎだよ
と告げる。
顔を伏せ、静かになったのを見はからって体を起こそうとするが、果たせなかった。
首にかじりつくようにして、桜の両手が離れようとしない。
「なによ‥‥」
むーと唇をゆがめ、たまっていた息のありったけを桜は吐きだした。
「森野さんとは、してたじゃないの‥‥! いつも、ここで、遊びに来るたびに! 彼女には
できて、どうして自分の妹にはできないの!?」
酔った勢いで桜が爆発する。
何を言っているのとおどろいてオウム返しするが、桜はふいっとむくれてしまう。妹だから
駄目なんじゃないか、論理が破綻しているよと冷静に告げるが、彼女はさらに逆上するばかり
だ。
「あんなに声だして、聞こえないと思ってた? 兄さんは、森野さんを愛しているんでしょ。
妹の私と、どっちが大事なのよ‥‥?」
この調子ではこちらの冷静な意見など、とうてい聞いてもらえそうにない。
感情におぼれた酔眼を見やり、しばし計算した。
本来なら、兄貴という立場上からも、僕は桜の申し出を断固として拒否すべきなのだろう。
けれど拒絶は、酔った勢いで部屋を訪れた桜を情緒不安定にしかねない。
死体の話を聞きだすのはさらに遅れ、今なお腐敗の進行している足首が発見されるおそれも
高まるだろう。それはひどく不愉快な、避けたい未来だ。
「兄さん‥‥。」
気づけば、黙りこんだままの僕を見ていて不安になったらしい桜がなにか訴えかけていた。
離れないでというジェスチャーか、振り放すのはたやすい腕に力がこもる。
兄と妹としてあるべき家族の境界を考えた。
僕は、家族に対して、血のつながりがもたらす愛情を感じたことはない。
家族とは、社会が生みだす基本システムだ。人為的に線引きされたそれらの区分は、日々を
平穏にすごす上で重要な働きをになう。ルールにしたがう限り、僕は人々のなかに混ざりこみ、
目立たず生きてゆける。
けれど、そこから外れて客観視したとき、発展途上とはいえ桜がとても魅力的な女の子であ
るのもまた事実だった。
切実な桜の要求を飲むことで、こちらの目的も達成されるなら‥‥そう計算する。
「‥‥。分かったよ。でも、途中までだ。兄妹なんだから」
そんな類のことを口にしたように思い、後悔の色をにじませかけていた桜はぱぁっと表情を
ほころばせた。素直な反応を見せられ、かわいいな、柄にもなく思った。
腕の力を抜き、彼女の上に体重を預ける。
ん、とも、あ、ともつかぬはかない声をあげて桜は呻き、重いよ兄さん、とささやいてくる。
飲酒のせいばかりではないのだろう、彼女の体が親密に熱を帯びている。腰の下に腕をまわ
すと、目の色をくるくる変えながら、それでも従順によりそってきた。背中にしがみつく手が
いじらしい。
体をずらすように密着し、桜の顔をのぞきこむ。
鼻が触れ合うほどの距離で、子供のときみたいねと桜はくすくすと笑う。
‥‥桜との思い出は、あまり記憶に残っていない。
一度、桜お気に入りのぬいぐるみが角に引っかかり、お腹が裂けたときがあった。
泣きじゃくる桜に直そうと持ちかけ、僕は念入りに傷をえぐったのだ。
親には叱られ、桜は新しいぬいぐるみを買い与えられたが、それからしばらく、桜のぬいぐ
るみは僕の宝物になった。わたをすべて抜き取ったぬいぐるみが干からびた皮になってしまう
まで、僕は飽きずに破れた腹をかきだした。
そのときのことを思いだす。
すりよってきた拍子に、桜のカットソーがまくれあがっていた。
目にしみるほど白く滑らかな腹部がさらけだされ、フリルのついたデニム地のミニスカート
とのきわで、思わず触りたくなる腰つきをあらわにする。
少女特有の大胆なくびれに、少しづつ女性らしい肉づきがのっていく過程に目を奪われる。
視線に気づいて、エッチ、と桜が口をふくらます。
かわいいよ、と言い、さわりたくなるね、と告げて、じかに彼女の腹部に指をつけた。
ひぁ、と一瞬だけ声を漏らし、あわてて口を押さえるようにして、真っ赤になった顔が僕の
掌の動きを注視している。ぴたりと手のひらを密着させてすりすりさせると、ビクンビクンと
彼女の体が跳ねた。
思っている以上に桜の体は興奮し、人からの刺激を望んでいるらしい。
「気持ちよかったら、声をあげてくれないと」
「ん、んーー」
ぷるぷると桜が首を振っている。触れるかどうかのやわらかいタッチで掌を動かすと、その
首の動きがはげしく乱れ、くうくうと呻きが漏れた。意地らしいこらえかたに、イタズラ心を
刺激される。
「敏感なんだね、桜は。森野よりも反応がすごいよ」
「うっ、うぅぅ!」
「怒ることはないさ。それだけかわいいんだから、ほら、口を押さえていないで」
キスできないだろ?
問いかけながら、顔を寄せ、抱き寄せる手を肩へスイッチングさせ、2人の間にはさまった
掌をカットソーの内側にもぐりこませ、どんどん胸のほうへ這い進めていく。
「ひゃっ!? ‥‥まっ、待って兄さん、そんな駄目」
あわててカットソーを押さえつけるが、敏感な胸へとにじりよる指の感覚に悶えさせられ、
桜はキスをしようと迫る僕に集中できずにいた。裾をつかんだ両手のあいだをくぐって胸の谷
間まで指を進入させ、焦ってカットソーの生地越しに僕の手首をつかむ桜のおでこに、吐息を
ふきかけてやる。
「ほら、こっち向いてごらん」
「ひゃっ‥‥。いやぁ」
泣き声のようだが、拒絶の色はかけらもなく、迫られることへの優越感が声ににじんでいた。
僕のささやきがあまりに近かったのだろう。おずおずと顔が上がっていく。
鼻先をうずめるようにして前髪をかきわけ、額にキスをした。
わざと大きめにチュッと音をたてて、吸いつくように唇をつけてやる。上目づかいにこちら
を見やる桜は、瞳から煙でものぼりそうなほど沸騰し、湯気をあげんばかりだ。
「やぁん、なに‥‥。なに、コレ」
「キスだよ。こういうのは、きらい?」
親密に語りかけると、びくんと桜の体が跳ねた。ややあって、肩まで伸びる黒髪をうねらせ
ながら、左右に首が動く。
数センチをへだてた瞳がお互いの顔を映しこんでロックされた。背中を抱く手に力をこめて
やると、柔らかな体を押しあててくる桜のたしかな感触をおぼえる。胸のすぐ下で僕の手首を
はばんでいた細い両手がゆるみ、するりと自然にほどけていた。
大きな瞳をまたたかせ、桜が目を閉ざす。
伏せたまぶたを痙攣させながら、酔いしれた言葉がつむぎだされていく。
「すごい‥‥して。もっとして、兄さん」
「望みどおりに」
そのまま、鼻をかすめるようにして顔をかたむけ、僕は、妹の唇を奪った。
舌は差し入れず、ただ、強く唇を吸っていく。
かりにディープキスを強いたところで、ほのかに開いた桜の口腔はすべてを受け入れたこと
だろう。けれど、そこまでするにはさすがにためらいがあった。
唾液の交換ができない分、卑猥な音をたて、桜を満足させようとする。
ふわ、ふわ、と舌足らずな声を残して桜の顔が遠のき、酸素をもとめて何度も胸が上下した。
未知なる情欲に目ざめた瞳が僕を射抜く。
触れあった感覚を忘れまいとしてか、滑りだした舌が、とろんと自分の唇をなぞりまわす。
「あたたかいんだ‥‥」
初めての味が、兄さんのものなんだね‥‥。
ふふ、と熱い息を僕の口に送りこみ、鼻と鼻をくっつけたまま桜は口元をほころばせている。
抱きあう体勢は、すでに、言い訳のきかない状況へもつれこんでいた。
もつれたイタリアンパスタのように、下半身はぐちゃぐちゃに重なりあっている。
ひりひり熱をおびた桜の太ももの裏側は、幾重にもまきついてみっちり僕の下半身を圧迫し、
割りこませた足のつけ根に彼女の秘めたショーツが接着している。
膝からくるぶしにかけての肉づきが僕を甘く挑発し、解けるどころか、なおいっそう淫らに、
雫をしたたらせた若木のつるのように激しくきつく密着してくるのだ。
ひとときも止まっていられないのか、桜はたえまなく下半身をもぞもぞさせ、なまなましい
触感が僕を楽しませる。未熟ながらも‥‥いや、未熟でつたない動きだからこそ、桜の仕草に
僕は魅せられた。
のぼせている様子の桜の頬をなで、ブラジャーに手をかける。
バージスラインまで侵入した手のせいで、カットソーは、ほとんど鎖骨の下までまくり上げ
られていた。
桜色に火照った肌が外気になぶられ、淡く翳った胸の谷間がさらけだされている。
レース入りの愛らしいブラを鑑賞して、背中側の手でホックを外した。肩紐を脱がすかわり、
カットソーと一緒にずりあげていく。
異性に触れられたことのない瑞々しい下乳が、最初に目に飛びこんできた。
そのまま、ふるんと上下に弾みつつブラから解き放たれ、ふくらみかけのヴィーナスの頂で、
ほのかに色づく乳輪が僕のものになる。
想像どおり控えめな印象の中心で、ツンと乳首が愛らしく尖っていた。たまらず手を伸ばす。
「さ、触っちゃう‥‥の?」
寄り目になった桜の瞳は、今にも摘まれようとする自分の胸に釘づけだ。
親指と人差し指でひねるようにさすると、あん、と甘やかな喘ぎが桜の鼻先から抜けていく。
反応をみながら、じょじょに右の胸全体を掌ですっぽり覆い、指を這わせた。
「あ、痛っ‥‥。」
思春期特有の、しこりになった箇所を揉んでしまったらしい。謝って注意しつつ、ほどよい
優しさを探りながら乳房に愛撫を加えていく。じきに桜の目はうるみはじめ、感度もみるまに
昂ぶって、一撫でごとに間断なく鼻声が洩れるようになった。
火傷しそうなほど熱にまみれた乳房は血色を集め、灼りつくような敏感さでしっとりと掌の
なかに収まってくる。押せばたわみ、離せば吸いついてくる、甘い弾力が手の中にすっぽりと
おさまってしまうのだ。
「ひゃ‥‥っ!」
桜があわてたような悲鳴をあげた。
びっくりして飛びのきかける肩をぐっと押さえつけ、チノパンの生地ごしに輪郭がつかめる
ほどたぎった股間を彼女に押しつけた。えぐりつつ腰をずらし、ショーツごしに桜の下腹部へ
なすりつけていく。
「お、男の人のって‥‥。こんなになるんだ‥‥」
最初の悲鳴がおさまると、桜の手がそっと伸び、僕のそこを手でおずおずとさすった。びく
んと反応したのにむしろびっくりして、焦ったように手を離す。
けれどその直後、ひどく妖艶な色が、瞳孔の奥深くで濁ったようにうずまいた。
「ふふ、そうなんだ」
感じてるんだね‥‥兄さんも、私で‥‥。
うれしそうに微笑んで、僕の上半身を脱がせにかかる。Tシャツを脱ぎ捨ててしまうと、桜
の手は裸になった僕の胸からおなかにかけてを、いとおしむように手でなぞった。
兄さんばかり私を攻めて、ずるい‥‥。
だから、今度は私の番ね‥‥。
宣言するように口をとがらせつつ、僕のうえにまたがりだす。桜はいつのまにか、当初の目
的を忘れてしまったらしい。
わざとなのか、屹立した僕の下腹部に敏感な箇所をくっつけて馬乗りになる。
ショーツを通しても、妹の大事な場所がかすかに蜜を吐いているのがはっきりわかり、それ
はさらに僕を不安定にさせた。
「うふふ‥‥ね、兄さん。いいよね?」
許可を求めてこちらを見やり、すぐに大胆になった手がチノパンの中までもぐりこんできた。
細い5本の指が、螺旋を描くように僕自身をなぞっていく。森野の手とはまったく違っていた。
もっとうぶで、もっと親密で、たどたどしい。
卑猥でいやらしい無垢な献身が、理性を超えて僕を反応させ、ぞくぞくと脈打たせた。
「ダメ。私がしている間は、じっとしてて‥‥」
あまった両手で桜の体を抱きしめようとするが、断られてしまう。
体を倒すようにして、なかば脱ぎかけの桜がぴたりと僕の上体によりそってくる。片手は僕
のものをたどたどしく梳きながら、もう片手をゆるゆるもてあそび、男の人ってこんなに胸板
が厚いんだ、などと感心している。
桜は上体を起こし、なぞり、また密着してはしっとりとやわらかい2つの裸の胸をコリコリ
こすりつける。ほっそりと波打つラインは、まるで人魚だ。
天井のライトが逆光になり、存外平板な桜の裸身を黒々とうきたたせていた。
しっとり汗に濡れた肌が、悩ましく僕を捕らえて逃がそうとしない。
少しだけ、目を閉じていて‥‥。
請われるがまま、目を閉ざし、だらりと両手を横たえた。
はらりとくずれた髪がさらさらと体をくすぐり、ぴくりと腹部が弾んでしまう。
視覚情報をシャットダウンしたことで、ささいな刺激がいくえにも増幅され、おどろくほど
奇妙な快感をもたらすのだ。
あれこれ受身で弄られていくのは意外にも心地よく、次にどうなるか絶えず気になって桜を
意識してしまう。妹に愛撫されるのは、セーブが利かない与えられるだけの刺激である分より
感覚を昂ぶらせた。
唐突に、火照ったやわらかい重みがかぶさってきた。吐息が首筋を湿らせる。
桜が覆いかぶさり、耳たぶに口を寄せる。
「ねえ‥‥。さっきの話、おぼえてるかな? 私が犯人だったら‥‥って」
濡れた吐息が耳をくすぐり、たぎる僕をためす。
殺されたOLはね、正面から抱き合った状態で、胸を一突きだったんだって‥‥。
とうとうと言葉をつむぎながら、ほっそりした桜の腕が宙を動き、さわさわと踊るように刺
激をつむいで僕の胸の上をすべっていく。
妹の手が、妹自身のものではないかのようにくねり、うねり、僕の急所に探りを入れてくる。
「死んだOLの人、不倫していたんだって」
不実の愛にふけっていたんだよ。だから、天罰だったのかもね‥‥。
無邪気なようでいて、酔いのまじった一言一言はどろりどろりと粘ついていた。最初のメス
を切りこんでいく医者のように、少しづつ、呟きが重みをましていく。
「許されない愛でしょう? だから、やむにやまれず愛人を殺したのかも‥‥。兄さんはそう
思わない?」
どうだろうね。慎重に返事をした。
桜がさらに身を乗りだし、ふくらみかけの双丘が僕の胸板をくすぐっていく。
「禁忌を犯して、もうどうしようもなくなって‥‥愛するがゆえに、殺したのかもしれないね」
そういうの、純粋だよね‥‥。
子供だし、私にはまだ、遠すぎて分からないけど‥‥。
桜の手は、いつか僕の左胸にぴたりとあてがわれていた。弾むように動悸を早めていく心の
臓を、指で測るかのように押さえつけている。
私たちみたいだね‥‥。
タブーに触れて、心の闇を抑えきれなかったのかな‥‥。
酔いにまかせて耳ざわりな笑みをもらし、桜が僕の上半身を、筋肉のつき具合を調べていく。
その間も、たぎった下半身をなぞる手はゆるめない。
新鮮なおどろきにみちた指使いはさらに大胆にいやらしさをまし、好奇心のおもむくままに
エラの張った怒張の裏を人差し指の腹でくすぐり、先走りのぬめりを指にまぶしつつ、スジに
そってシャフトを下り、強く絞るようにうごいてゆく。
ときおり不器用にまじる痛みさえもが、僕を雄々しく昂ぶらせた。脈打つ鳴動が、上半身と
下半身で同調していく。桜の手がそれをもたらす。
丁寧に肌をまさぐる指の動きは、なにかを触診し、正確に割りだそうとしているかのようだ。
それでね、殺されたOLって、胸を一突きなんだって‥‥。
ここの、肋骨の下端‥‥。
ぴたりと指が止まり、肋骨の下、スティレットの刃を通す最適の位置をポインティングした。
なにか冷たい金属が、正しく一突きできる場所にあてがわれる。
桜は何をしようとしているのだろう。
目を開け、桜を押さえこむのはたやすいことだ。けれど何もせず、無防備に横たわって僕は
桜の決断を待っている。その刹那の間が、途方もない快楽で僕を押し流していく。
勝手に死体を見つけてしまうのは、桜のきわだった才能だ。
昔から、桜について、思うことがあった。
人の死をつきつける異能は、持ち主の心をじわじわ暗黒の衝動でむしばみはしないだろうか。
たとえば‥‥。
報われない愛情を抱きつづけるぐらいなら、いっそ殺せ、と。
十分にありえるのではないか。
それが、今の僕がいだく推論であり、おそれでもあり、最大の期待でもあった。
桜の吐息が、耳たぶから流れこんでくる。正常ではない、いつもの理性のたがが外れた声が、
僕を試すように問いかける。
「私には、殺せるのかな‥‥。兄さんはどう思う?」
僕は口を開き、とくに意識しないまま、なにかを答えたようだった。