肌寒さを感じる11月某日。それは届いた。  
多少の緊張を持って封を切る。  
中にあるのは絶望か希望か。  
中身を取り出し、開く。  
軽い安堵のため息。  
その紙は、一般推薦入試による僕の私立##大学薬学部合格を通知していた。  
 
 
 
大学合格を知らされた翌日、教室前の扉の前で僕はたたずんでいた。  
これを引かなければ教室には入れない。当然だ。  
しかし、扉の前に来た時、非常に嫌な予感がしたのだ。  
その予感を思い、しばらく逡巡する。しかし、ここまで来た以上、選べる選択肢は多くはない。嫌な予感だけで早退はできない。  
早退の理由などいくらでも思いつくが、本質として、予感だけでそのようなことをしたというのは自分自身が納得いかない。  
僕は意を決して扉を引いた。  
 
予感は…当たった。  
数日前から多くの人間の希望と絶望の声が入り混じる空間だったそこは、今一人の人間の意思に支配されていた。  
中央から放射状に拡がる暗黒のオーラ。その爆心地である椅子の上に彼女、森野夜は座っていた。  
机の上で指を絡め、見たことがないほどはっきりと見開いた目は深い濁りを見せており、全身から漂う虚脱感と共に結果を表していた。  
もし、同じ境遇の人間が声をかけられれば そのまま手に手を取って屋上から地面へ向かう姿が見られるだろう。  
頭が潰れてしまえば醜くなるが、この高さなら首がぽきりと折れるぐらいで済むだろう。  
そうなった時の彼女の姿は中々魅力的な気もした。  
ともかく、去年のように僕の席が彼女の前でないのは幸いした。さすがにあの死神の視線に背中を焦がされて1日耐えきれる自信はない。  
左斜め後ろのこの席から森野の行動は観察させてもらおう。  
しかし、不思議だ。森野は僕と同じく##大学薬学部志望のはずであり、一般推薦入試における試験科目の成績は僕よりいささかよかったと思ったのだが…  
 
………………………  
 
面接か。  
 
いったい何を語ったんだ。森野は。  
 
まあ、まだ一般試験もセンター試験も残っているので落ちるとは思わないが…  
万が一に備えて、もはや必要なくなった授業時間を利用して彼女の殺害計画を練っておこう。  
離れることになれば、僕が「あの手」を入手することなく、森野は自身の特技によって肉体が消え去ってしまうかもしれないのだから。  
授業が全て終わると、彼女は夢遊病者のような足取りで帰宅の途についた。  
 
 
 
 
 
 
12月初頭、天気は雪。灰色がかった窓の外とは裏腹に、それまで暗黒のオーラに支配されていた教室は、快晴を記録していた。森野は中央の席でうっすら笑みすら浮かべている。  
ここまで判りやすいと、(僕のような人間が感じるにはいささか奇妙な心境だが)いっそすがすがしいとすらいえる。  
放課後、二人きりの教室。そういえばあの日以来直接会話を交わしていない気がした。  
「おめでとう」  
「…よく、わかったわね。」  
「そりゃもう。昨日までと顔つきからして違ったからね。」  
「ふぅん、そう」  
今まで見せたことのないほどの優しげな光を帯びた瞳が僕の眼前に近づく。  
「ところで…あなたは独立するつもり?それともまだ同居?」  
「独立…というか一人暮らしはするよ。部屋ももう見つけた。通学1時間超は中々厳しくてね」  
瞳がさらに近づく。彼女の瞳の中に僕が写っているのがはっきり見てとれる。僕は言葉を続ける。  
「近いところが見つかってね、徒歩五分少々。内装もよくて、人気も高くて、僕が申し込んだ時には空く予定の部屋はあと一つだった。」  
 
…突然回りの空気が凍りつく。  
森野の魂の温度は僕と同じくプラスマイナス0度と思ったのだが。  
青白く光輝く彼女の瞳に漂う温度はそれを大きく下方に修正し周囲に拡がる。  
慣れていない者が見つめられれば瞬時に心臓はその機能を停止するかもしれない。  
周りに人がいないのがせめてもの救いだった。  
しかし正直これは僕でもキツい。  
なぜここまで周囲の温度が激変する。僕がなにか拙いことでもいっただろうか。  
彼女は背筋を伸ばすと、無言で踵を返して去っていく。出口の扉を開くその直前、わずかに振り向いたその瞳は、複雑な感情の色が幾重にも重ねられたようにも見えた。  
僕はいささか釈然としないまま、あの瞳は、彼女の死後に保存すべき部位に追加しようかという思いを胸に帰途についた。  
 
12月24日  
小包が届く。こんな日に、ご苦労なことだ。日付指定でもされていたのだろうか。  
宛名は僕。  
 
…なんというか、非常に重い。持ち上げるのも一苦労だ。  
 
送り主の名は「伊多 木里」  
こんな名前は身に覚えがないが、万が一のことを考えて家族の揃うリビングで開けるのは危険だ。  
僕の本性を暴露するような品が入っていないとも限らない。  
家族…特に妹の冷やかしの視線を受けながら、苦労して二階の自室へと運び、中を開ける。  
 
重いはずだ。  
箱詰めされた問題集。  
奥の方には我が校の指定教科書、ノートも散見する。  
受験の終わった高校生には邪魔にしかならない、非常に無意味な群体である。  
わざわざ名指しで送りつけておいて、これである。これはもう、なんらかの非常に悪質な嫌がらせとしか考えようがない。  
ノートの中身を見る。  
持ち主の名前が書かれていたと思われる箇所は全て丁寧に消されているか、ホワイトを塗られていた。  
涙ぐましい努力だ。しかし。  
一度見たら忘れられないような特徴ある字が全面に渡って書かれているのだ。一度でも見たことがある人間なら間違いはしないだろう。  
筆跡鑑定するまでもなく、犯人は判明した。  
残る問題は動機だ。  
ここまで意味不明な嫌がらせを受けることを僕は何かしただろうか。やはりあの日の事か。  
しかし何がそれほど凍りつかせたのだろう。  
電話を掛ける、という手もあるが今日はまだ早い。そろそろこれが届くということがわかっているだろうから無視される可能性が高い。休みが明けた後、直接問うのが一番だろう。  
さて、家族には何といってごまかすか…そんなことを考えながら僕は一階へ降りていった…  
 
つづく  
 
 
 

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