夜の静寂を破るように、それは唐突に聞こえてきた。
ボーン…ボー……。
どこか取り繕った感のある、合成された鐘の音。
一週間ほど前に、妹がバザーで買ってきた時計の音だ。
柱時計を小さくしたようなもので、1時間ごとに時刻を知らせる鐘が鳴る。
しかし、中の機械が壊れているのか、4時と9時だけ鐘が鳴らない。
……ン…ボーン……。
鐘の数は3……午前3時だ。最初は少し煩わしかったが、
深夜にフッとこの音が聞こえると、中々に乙なものだ。
特に、今日のような夜には。
ガチャリ………。
僕はクローゼットの扉を開け、その中でうずくまっている少女に目を落とした。
生まれてから一度も日光を浴びたことがないような、青白い肌。
それとは対象に、闇をそのまま塗りこんだかのような黒くて長い髪。
枯れ枝と見間違うほど細く、それでいて絹のようにしなやかな肢体。
その細い体は荒縄で拘束され、口には猿轡を噛まされている。
学校の制服は閉じ込める際にナイフでズタズタに引き裂いたので、原型は留めていない。
ふと彼女の下腹部に目がいく。拘束するとき、わざわざ下着を取り去り――よく気絶させた人間の着せ替えをするのは難しいと言われているが、
脱がすだけが目的ならナイフ1本あれば事足りる――そこを荒縄が通るように縛り、
もがけば荒縄が下腹部を刺激する仕掛けを造った。
しかも、クローゼットの中は息苦しく、季節のせいもあって熱がこもりやすい。
猿轡を噛まされた状態では呼吸も困難であり、
時間と共に彼女の思考力は削がれていく。
酸欠の苦しみと被虐による悦び。苦痛を裏返した快楽は、
彼女の下腹部に大量の雫を生み出していた。
彼女は長時間の拘束で衰弱しているのか、ぐったりとしている。
顔を上げてみると、目が半ば死んでいた。2日も放置すれば、
人間はほとんど人形と化すらしい。だが、僕は気づいていた。
今にも光を失おうとしている瞳の奥で、羨望するような輝きがか細く、
しかしはっきりと輝いていることに。
囚われることへの期待。虐められることへの期待。弄ばれることへの期待。その先に待つ……殺される快感、たった一度の絶頂感。
僕は逸る気持ちを抑え、隠してあったナイフを取り出した。
それに気づいたのか、彼女はモゾモゾと身をよじらせる。
その結果、自分の秘部が責められると知っていながら。
だから、僕はあえてナイフの先端を彼女の青白い肌に立たせ、
緩慢な動作で細い体をなぞった。くぐもった声がクローゼットの内壁に反響し、
彼女は身をよじる。刃先が通った後からは真っ赤な血がじんわりと滲み出てきた。
一度では終わらない。二度、三度、何度でも往復し、彼女を赤く染めていく。
そそり立つ2つの突起も、痩せ細った腹も……彼女の全てを蹂躙する。
それでも、彼女は願っていた。渇望していた、欲していた、求めていた。
自分に止めを差す、その一撃を。
愛しているよ…………。
名残惜しそうに彼女を見つめ、今日まで溜め込んだ思いの全てを込めて。
僕は、窓から差す月明かりで、鈍い銀色に輝くナイフを振り上げた。
「………それで?」
話を切った僕に、森野は先を促した。
「ここで終わりだけど」
続けようにも、その先はない。お話はここで終わっているのだ。
さっきまで話していたのは、僕が先日ネットで見つけた小説の件だ。
登場人物の立ち位置が僕たちと似ていたため、何となく覚えてしまったのだ。
「他に何かなかったの?」
「ないよ………」
電車を乗り過ごした僕たちは、偶然にも今いる場所が先日起こった高校生殺害事件の現場に近いことを知り、そこに行ってみることにした。
その途中、森野がバスの待合所で「待っている間…暇ね」と呟いたため、こんな話をしたのだ。だが、森野はこの話をお気に召さなかったようだ。
それからしばらくの間、森野は一言も喋らず、考えに没頭しているようだった。
話しかけて機嫌を損ねられるわけにもいかないので、僕は何をするでなく宙を見つめていた。
「ねえ………」
だから、何気なく言った森野の言葉が、研ぎ澄まされたナイフのように易々と僕の中に入り込んできた。
「あなたなら………もっと上手く殺してくれるでしょ」
そのときの森野の瞳は、狂おしいまでに欲望の光を宿した、とても美しい黒を帯びていた。
(了)