一緒に暮らして、半年が過ぎようとしていた。  
 アキヒロは小さな町工場に勤めを得た。  
一緒に働くのは普通の会社ならば定年といった風貌の男性ばかりで、だが彼等は生き生きと誇りをもって仕事をこなしていた。  
彼等は無愛想ではあるが根は真面目で素直なアキヒロを息子のように可愛がった。アキヒロも工場の親父たちに随分心を開いて話ができるようになっていた。  
何カ月か前までが嘘のように仕事をする事が楽しかった。  
一日一日頑張れば頑張るだけ自分が仕事を覚えていくこと、仕事に関しては厳しい親父達がそれを時折褒めてくれることが嬉しかった。  
 ミチルは白杖を使って外へ出る事に大分慣れた。近くのコンビニならばもう問題無く1人でいく事ができる。  
彼女はそこの店員さんと仲良くなったのだ、と嬉しそうにアキヒロに言った。アキヒロはまだ会った事がないが柔らかい声で丁寧な話し方をする女の人だとミチルは言った。  
その人はコンビニがすいている時間を教えてくれ、その時間ならば買物を手伝えるから、と優しく言ってくれたのだという。  
そして買ってきた菓子の類をやたらとアキヒロに勧めた。せっかく買ってきたのだから自分で食べればいい、と彼は言いかけたが思い直して「ありがとう」と返事をした。自分ひとりで外へ出られた事を自慢したいのだろう、と思ったからだ。  
 
 半年の時間はゆっくりと2人を近付けた。  
初めのうち、並んでコタツに入り話をしていて、ふいに手が触れることがあっても2人はお互いにすぐに手を引っ込めてしまっていた。  
そして気まずい空気に思わず少し体をずらして距離をとるのだ。でもしばらくすると2人は触れたその手をどちらからともなく握り合うようになった。  
孤独の中で生きてきた2人にとってこうして身近に触れる事が許された存在は家族以外では初めてだった。恐る恐る触れれば相手も遠慮がちに、でもちゃんと手を差し出してくれる。そっと力を込めればその分だけ温かさが返ってくる。その感覚は幸せなものだった。  
 また、アキヒロが感じていた他人と自分との絶対的な距離感をミチルの存在は縮めてくれた。今までは笑いながら楽しそうに街を歩く人間達を嫉妬と羨望の目で眺めていた。その気持ちすら押し殺し、別の生き物だとすら思って生きてきた。  
 でも例えば、ミチルと買物へ行く時。  
2人で一緒に歩幅を合わせて歩くだけ、導く為に繋いだ手の感触があるだけで、街の人々が自分と変わらないように見えた。  
錯角だろう、そんなはずはないと思っていたある時、たまたま目をやった傍らの商店のガラスに映るものにアキヒロは驚いたものだった。手と手を携え、歩く自分たちはあんなに羨んだ街の彼等と同じように堂々として見え、そして彼等と同じ表情をしていたのだ。  
その時思わず繋いだ手に力を込めてしまい、ミチルが疑問の声を上げた。アキヒロは自分が泣いているのを悟られぬようなるべく普通の声を装って答え、空いている方の手で涙をぬぐった。  
 

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