GOTH  ::::1::::  
 
僕と森野の間で、一般的な感情は欠片も存在していない。  
寧ろ在るのは、同じ人種だという希薄な意識と、それについて語らうという義務感だけだった。  
それでも僕は森野が思っている以上に、森野の存在に義務を感じているのだろう。  
例えば、森野の手首を切るなら、僕で  
森野を殺すのも僕だ。  
彼女と僕は同じ人種でありながら、常に逆の立場にいる。  
これは彼女自身が言った言葉だが、彼女がこの言葉の意味をどこまで理解し、知っているのかは分からない。  
或いは全て理解した上で、僕の冷淡な執着と義務感を目視しているのかもしれない。  
 
「そこのジュースはどれも不味くは無いと思うよ」  
 
僕は自動販売機からジュースの缶を取り出している森野を横目で見下ろした。  
基本的に人の好みにとやかく言う趣味は無かったが、自販機にしゃがむ森野が取り出してくる  
ジュースが頑なに蜜柑ジュースだったので、そろそろ手が黄色くならないかと心配だった。  
森野は僕が話しかけたことで一瞬動きを止めたものの  
自分の手に取ったジュースと自販機に並んでいるジュースの見本を交互に睨みつけただけて  
僕の言葉は綺麗に無視した。  
さして珍しい事でも無いので、僕もそれ以上何も言わず無言で差し出されたジュースの蓋を強く引いた。  
プルトップに指が食い込む感じが好きじゃないと、森野は自分で自分のジュースを開け放つ事は無かった。  
いつからか僕は森野のジュースを開ける役回りになっていたが、もしも森野の手首を切り落としたら  
やはりジュースの蓋を開けなければならないので、あとにも先にも同じなのだろう。  
既に歩き出して居た森野にジュースを手渡す時、僕は悟られない程度に森野の手を見つめた。  
日が落ち始めて赤くなった周りの色から、ボンヤリと浮き立った白が目立つ。  
誰にも触れられず、手首には自傷の痕だけが残されている。それは視覚的に、存在感さえも美しく  
いつでも僕の内にある「義務」を強くさせた。  
自傷の傷跡に血に飢えたナイフを突きたて、貫くのはどんな感触なのだろうか。  
そして、森野を殺してみるのは、どんな光景なのだろう。  
森野は元々整った容姿をして居たが、白と黒と赤でしかなくなった森野も、今以上に僕を惹きつけてくれるに違いない。  
 
ゾクリと粟立つものを感じ、背筋が凍りつくように冷えたのが分かった。  
 
森野を殺したい  
 
 
 
 
僕は収拾のつかなくなった思いに少し動揺したが、最終的には  
森野がジュースを自ら開けて、プルトップの先端で指先を挟み、苦痛に眉をしかめて怒り狂う様を想像することで  
何とか気持ちを落ち着けた。  
 
「手が黄色くならないかな」  
 
僕がそう聞くと、森野は別に困らないと答え、着色料の塊を豪快に流し込んでいた。  
 
衝動が僕を困らせているわけでは無い。  
寧ろ衝動の中で森野を傷つけるのは楽しかったが、実際に殺すとなると話は別だ。  
森野を殺し、犯罪者として生活を規制されるのはあまり良いとは言えなかった。  
見知らぬ人間なら別だが、僕と森野は他人から見れば「付き合っている」らしいので  
殊更人間関係の狭い森野が死ねば僕が真っ先に疑われる。  
それどころか、いつか来るだろうジュースのプルトップで指先をはさみ、苦痛に眉をしかめて怒り狂う森野が見られる日を期待できなくなるのは、  
それはそれで辛いことなのだ。  
 
 
GOTH ::::2::::  
 
 
強くなっていく衝動を抑えるために行動したのはそれから間も無くの事だった。  
 
 
「途中で嫌になるわ、お互い。」  
 
森野は僕の提案に複雑な表情を作った。森野の表情について大まかな違いは分かるようになったが  
些細な違いは僕にはまだ分からない。  
 
「そうかもしれない。」  
 
僕は適当に答えながら、教室の扉という扉の鍵をチェックして回った。  
しかし、頭の中では最終的な時間の割り当てと、もしも見付かった時にどんな表情でどう言い訳するかを何通りか考える事で忙しかった。  
 
「それに、やり方が分からないじゃない。あなたは分かったの?凹凸が適当に被さっただけの絵で」  
 
森野は文句を言い始めると、しばしば止まらないことがある。  
適当に被さっただけの絵とは一体なんの事だろう。  
僕が「何の?」と聞くと、彼女は以前保健の授業で説明を受けた時の事を語った。  
何故そこで保健の授業を持ち出すのかと言えば、恐らくその知識が保健の授業でしか得られなかったからだろう。  
そして森野は、僕がこれまで会ったことも無いような絵心の無い人間だった。  
 
「写真が載ってしまっても問題だと思う。多分大丈夫だよ。嫌になったらやめてもかまわないし。」  
 
僕は中学の頃何度か経験したが、今までその存在すら思い出さなかったのは、それ程印象に残らなかった行為だったからだ。  
クラスメイトと無意識に会話している時に何か役立ったことがあったかもしれないが  
実際の僕が欲しているものはいつも流れにさからっている。  
今もその行為自体を欲しているわけでは無い。僕は森野が欲しいのだ。  
女である森野を、僕は価値のある人形に近いものを見ていた。  
それがもがき苦しみ、血を流す姿を想像し、渇望する。  
それに近いものが何か無いかと考えたとき、僕はようやくセックスの存在を思い出した。  
中学の頃目にした様は僕の理想とは違っていたが、森野は僕の欲している物を裏切ること無く満たしてくれるような気がした。  
 
 
「一つ聞いておくけど、私の事が好きなの?」  
 
森野はあまり腑に落ちない様子だったが、何か諦めた様子で机の上に腰掛けていた。  
僕は何となく黒板に凹凸の文字を書きながら、少し考えて「いや、別に」と答えた。  
間も無く、上靴が物凄い勢いで黒板にぶち当たって落ちたので、僕は拾って森野に渡さなければならなかった。  
 
 
GOTH :::3:::  
 
 
夕暮れが近いのもあったが、教室は暗幕に覆われて薄暗く、その中で僕達の制服は周りに同一化しつつあった。  
森野と僕は広い教室の片隅で座り込み長い間キスをしていた。  
森野の唇は思いの外温かく、一応血は通っているらしい。  
口内は更に人間味のある暖かさと感触が交じり合っている。  
僕は人と口をくっつける時、深追いするのがあまり好きでは無かったが、森野の口内に舌を入れる事は何かもっと別の行為のように感じられる。  
森野自信もそう思っているのか、最初こそ何度も反らしては拭っていた口で今は大人しく僕を受け入れていた。  
 
止ます事無く口付けを交わしながら、少し強張ったように僕の服を握る森野の手を取り  
防音使用にいくつも穴の空いた壁に押し付けた。  
白く細い森野の手は、僕が圧をかけて掴むと、その部分だけ少し赤く染まった。  
指先で手首の傷跡をなぞると、むせ返るような欲が頭を満たした。  
 
「殴ったり切ったりは興味あるかい」  
 
僕は森野から唇を離して、思いついた事を思いついたまま言った。  
森野は少し息を切らして「嫌よ。そんなの痛いじゃない」と呟いた。  
自傷の痕とおおいに矛盾があったが、森野独特の言い方に僕は言い返すことを諦めた。  
 
「あなたがサディストだったなんて知らなかったわ。」  
 
「ふと思っただけだよ。気にしないで」  
 
本当は殴ったり切ったりしてみたかったのを気づかれないよう  
僕は軽快に嘘をついて、そのまま手首に口を寄せた。  
 
目を閉じると、唇にふれた肌と傷跡の違いが鮮明に感じられる。  
森野が手首を切ったときは、ここから真っ赤な血が流れ、白い肌を伝っていたのだ。  
見たことすら無いフラッシュバックに僕は自分の想像力を褒め称えた。  
傷跡を舌先でなぞると森野が声を噛み殺したように肩を震わせる。  
僕はそれを知っていながら、もう片方の手で制服の間を探り、森野の胸に触れた。  
森野の肩が再び振るえ、持っていた手首が抵抗するようにぐっと前に引っ張られた。  
いちいち様子を聞くのも面倒だったので、少し強引に自分の体で森野を壁に押し付け、抱きかかえるように  
背中に手を回した。  
 
森野は驚いたように声をあげ、顔を盗み見ると不機嫌そうに眉をひそめていた。  
 
「嫌ならやめてもいいけど。」  
 
「あなたがいちいち確認するのならやめるわ。」  
 
「僕も同じ事を思ったかもしれない。」  
 
 
GOTH :::4:::  
 
僕は森野の性格上、「やめてもいいけど」などと言われてやめることは無いだろうと分かって確認し、  
予想通りのやりとりをしてから作業に戻った。  
手探りで下着を外すのに数秒かかり、森野が納得行くやり方で下着を体から取り外すのに数分かかった。  
下着を取り払い、地下に森野の肌に触れる。  
制服を着ていてもわかることだが、森野は酷くやせている。触った感触もあばらのあたりと背骨のあたりは  
まるで骨に直接触れているのとあまり変わらなかった。  
しかし、そのピタリと骨に張り付いたような肌は悪くないつくりだ。  
そして胸の辺りは僅かに肉付きが良くなり、手の平でおおえるほどの胸はしっとりと柔らかかった。  
その下で控えめに大きくなりつつある鼓動は森野にも心臓があることをおざなりに主張している。  
僕は一度手を抜き取り、正面からもう一度制服をたくしあげた。  
闇が色濃く周りを埋め尽くす中、森野の体は白く発光しているかのようで、見れば見るほど不思議な肌質をしていた。  
 
「白い」  
 
僕は小さく呟いてひたりと胸をおおった。  
どうにかあつかおうと思ってもすぐに肉が手から逃げてしまったが、手を滑らせるように撫でていると  
先端にある突起が僅かながら浮きあがった。  
僕はそれについて一言二言森野に話しかけたが、  
森野は先ほど顔を横に逸らしたきり、固定されたかのように動かなかった。  
仕方なく僕は無許可で突起に口を寄せ、手首の傷を舐めたように舌を使った。  
 
「・・・っん」  
 
小さな突起に舌を絡ませていくと森野は体に力を入れて、逃げるように背を九の字に曲げた。  
長い黒髪が背中と壁の間で行き場を失い、森野が体を動かすと、やがて乱れて絡まっていく。  
 
「ちょっと、足を広げてくれる」  
 
僕は森野が逃げないように肩を壁に押さえつけて言った。  
 
「そう。足」  
 
森野は唇をかみ締めながら頭を振っていたが、僕は無視して足を広げてくれないかと頼んだ。  
しかし、森野は顔をそらしたまま動かなかった。  
やや呼吸を乱し、混乱しているようにも見える。  
息をする度鎖骨が怖いくらい浮き出ていたのでこのまま呼吸困難で死んでもらっては元子も無いと、  
僕は森野を助ける思いで足を広げてやった。  
 
 
GOTH :::5:::  
 
「痛い・・」  
 
すると森野はもっと死にそうな顔で文句を言ったが  
今から痛いと言っていたら、何も出来ないと説明すると森野は不愉快そうに床を睨み付けた。  
よく考えたら、やる側がやられる側に「足を開け」というのは少し不躾だったかもしれない。  
 
僕はどうでもいいことを考えながら控えめに開いた森のの足からスカートを巻くり上げ、下着の中に手を入れた。  
薄い恥毛を沿うと、そこは僅かに湿っている。  
割れ目を手で探って指を立てたが、濡れていると言っても森野の体に力が入っている所為かとても指を入れられるとは思えなかった。  
少し考えてから森野の耳元で僕の好きなマザーグースを口ずさんでみたが、それもそんなに効果があるとは言えない。  
最終的に、指をずらして行き当たった部分を控えめに摩った。  
 
「ぁっ・・ん」  
 
森野の体は更に強張ったが、強弱をつけてそこをさすり続けると、やがて割れ目はたっぷりとした体液でぬめりを帯びてきた。  
一指し指を立ててもそれ程圧迫感は感じられない。  
僕は指をゆっくり中に差し入れる。  
 
「や、ぁ・・・ぁっ」  
 
森野はうずくまるように背を丸めたが、僕は指が入りにくいと告げ、森野の答えを待つより先に  
森野の体を床に押し倒しておいた。  
足を床に立てさせると、森野は顔を真っ赤に染めて呻いた。  
しかし、何か文句を言おうとした口からは僕の指の動きによる力ないあえぎ声しか出ない。  
直立歩行大好きで、お辞儀すらまともにしない森野の卑猥な体制は世にも珍しかった。  
 
「中は無感覚らしいから、切り刻んでも痛くないと思う」  
 
僕は森野の機嫌をとるように魅力的な話をしたが、やはり今日の森野にはどれも効果が薄いようだった。  
仕方なく、黙々と指を入れ、全て入ったところでゆっくりと動かしてみた。  
でこぼこと生温かい肉壁は森野の一部でありながら、何か森野とはかけ離れたモノのようだ。  
しかしそこは潤いを増し、森野の体は的確な反応を見せる。  
痩せた太ももがピクリピクリと不定期に痙攣し、森野の吐く吐息が熱っぽく感じられた。  
森野は声を我慢するのに相当な努力をしていたようだったが、時折こらえ切れなかった声が吐息と混じって聞こえた。  
それは普段の森野の声からは想像できない程、高く、細い。  
苦痛に耐える表情と振り乱れる髪は僕が求めていたものに少しづつ近づいていく。  
 
 
GOTH :::6:::  
 
「んっ・・んっ・・っ・・あっ・・いや・・」  
 
乱れ始めた森野の姿に無心の欲を感じていた僕は、森野の様子にもかまわず指を動かしていた。  
そこは既に音が出るほどぬめっていて内壁は太ももと繋がったように同じ様な痙攣を繰り返す。  
森野は床で背をそらせ、「いや」という言葉を繰り返していた。  
僕はやっと我に帰り、動かしていた指を止める。  
 
森野は小さく声をあげてぐったりと息をついた。  
 
「ぁ・・ぁ・・」  
 
しかし、森野の体は熱を帯びたまま、割れ目はまだひくひくと痙攣している。  
僕は自分の制服のボタンを外しながら「森野」と声をかけたが、返事は返ってこない。  
上着を脱いでベルトを緩めた後、真っ白なゴム人形のような森野の体に覆いかぶさり、耳元でもう一度名前を呼んだ。  
森野の顔は熟した桃のような色で口からは僅かな声が意味をなさないあえぎ声となって漏れている。  
僕はその頬に長い口付けを落とし、力なく放り出された手首にもキスを落とした。  
それから、森野の乾きが癒えないうちに自分のモノを取り出し  
何かいう事も無く、森野の中に押し付けた。  
 
「ぃっ・・あっ!・・あぁっ・・」  
 
横たわっていた森野の体がびくりとはね、反射的に森野の手が僕の胸を押し返した。  
僕はその小さな抵抗を程なく無視し、やや押し返される割れ目に強引に突き立てた。  
 
「中は無感覚らしいから・・」  
 
 
「切り刻んでも痛くないと思う」と続けようとしたが、森野の悲鳴ににた声にかき消されてしまった。  
しかし、僕の自身は少しずつではあったが、森野の中に入りこむ。  
 
僕の求めていたものが森野と重なりつつあった。  
 
 
「やめ・・っ痛い、いた・・っぁ」  
 
手首の傷にナイフをねじ込む瞬間を想像した。森野は同じ様に苦痛に泣いて、もがくだろう。  
内側の肉がナイフの冷たさに固まり、血は噴き出し、森野が悲痛に叫ぶ。  
それはもう一種の快楽だった。  
予想以上に感動を覚えた僕は全てが森野の中におさまった時、森野の姿をしっかりと目に焼き付けた。  
足の自由を奪われ、床に這う体と髪は、幼い頃興味のあるフリをして読んだ「人魚姫」の挿絵に似ていた。  
 
僕は森野の中で一旦停止したまま、少し体を屈めて僕と森野の接触部分に手をやった。  
するとそこは、ピタリと森野が僕を覆っていて、そこにあるべくしてあった、という感じが指から伝わってきた。  
そして、森野からつたう僅かな液体は綺麗な赤に染まっている。  
僕は指に付いたそれを浅い呼吸を繰り返す森野の唇にさすりつけた。  
森野の瞳に僅かな軽蔑が混じり、それもまた心地良く思う。  
その唇にキスを落としてから、僕はゆっくりと動き出し、床で苦痛を訴える森野を存分に楽しみ、  
そして愛おしく感じていた。  
 
 
GOTH :::E:::  
 
僕は翌日、森野にジュースを奢る約束をしたが、森野が自販機から取り出したのはいつもの蜜柑ジュースでは無く  
ミルクココアだった。  
 
「冗談だよ。君の見てないところでつけた」  
 
「ええ。そう。でも今日はココアが飲みたいの」  
 
 
森野はそう言い放つとジュースを僕に渡さず、自分で蓋を開けようとした。  
しかし、細い森野の指はプルトップの力に押し返され、パキッとプルトップが戻る音と共に  
蓋と缶の間に挟まっていた。  
 
「ぁ痛っ!」  
 
森野は嫌いな感触と挟まれた痛みから、眉をしかめ1人怒り狂っていた。  
 
 
本当のところ、僕は避妊をしていなかったが、森野の手が黄色くなる心配が減った上  
期待していた森野を早々見ることが出来たので満足だった。  
僕と森野の間で生命なるものが生まれるとは思えないが、  
僕が子どもを得るなら、それはきっと森野の子どもであることは間違いない。  
 
僕達の位置関係はいつだって逆、なのだから。  
 
 
 
 
 
終  
 

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