「いらっしゃい」  
 
───ドアの中の空間は、それこそ異世界だった。  
 
様々な骨董品、オカルトグッズ、古ぼけた本、干した薬草や怪しげな瓶・・・・・・。  
およそ一般人が好んで入るような店では無い。  
オカルトな趣味のある者か、はたまた映画の小道具を求めて足を運ぶ業者ぐらいかしか縁の無さそうな、そんな雰囲気の店だった。  
そこに不釣合いな一般人である、どこにでもいるようなサラリーマンの男が立ち寄った。  
 
男にはちょっとした下心があったのだ。  
 
いつも仕事帰りに帰路についている途中、この人けの無い裏通りを行くと、暗闇の中にぽつんと灯かりがともった店がある。  
店は、古美術や各国の民芸品を扱うような、個人営業の店舗だった。  
それだけなら大した事は無い。別段取り立てるような話でも無い。  
だが、その店は違っていた。  
通りすがりに何気無く見やると、窓越しに店内の様子が見て取れる。  
中では、髪の長い美しい女が店番をしているのだ。  
普段の生活では滅多にお目にかかれないような美女で、凛とした涼しさのなかに気品を漂わせ、それでいて冷たさを感じさせない。  
その女は不思議な色気を湛え、例えば10人の男が彼女と会ったならば、10人が10人とも夢中になるであろう魅力を持っていた。  
この男も例外では無い。  
男は瞬く間に彼女の虜になってしまったのだ。  
 
あわよくば美味しい目に・・・・・。  
 
男はそんな欲望を抱きながら、休日の昼下がりに彼女の店に行った。  
鼓動の激しさはやまない。  
だが、もんもんとしながら毎日を過ごすよりは、当たって砕けてしまう方を男は選んだ。  
勇気を出してノブに手をかけ、思い切ってドアを開ける。  
 
ドアに取り付けられた真鍮の鈴がチリン、と鳴ると美しい女店主は顔を上げ、男を迎えた。  
男はその声を聞き、どうしようも無く胸が高鳴ったが、努めてすました風を装う。  
彼女目当てで足を踏み入れた事を、見透かされたくなかったのだ。  
 
店内にはお香か何かが焚かれたらしく、クラクラするような甘い香りが充満している。  
その嗅いだ事の無いエキゾチックな香りに、男は溜め息を漏らしそうになったが、必死に自分を取り戻した。  
まるで、コンビニで雑誌をチェックするような顔を作り、店内を見て回る。  
 
当初の計画では何か小さな置物でも買って、それについてああだこうだと店主に話し掛けるつもりでいた。  
そして”インテリアの置物収集家のマニアな客”として、足繁く通う。  
そのうちに仲良くなって・・・・・・・・・・むふふ・・・・・・・・・・。  
男の脳内では、絵に描いたような都合の良い展開が出来上がっていた。  
だがそう上手くはいかなかった。  
 
店内の物には、どれここれも目の飛び出るような値段が付けられていたのだ。  
コンビニの雑誌群とはケタが違う。  
ほんの小さな石のかけらのような置物ですら、男のサラリーを優に超える。  
とてもとても手の出せる代物では無い。  
頭の中に詰め込んで来た彼女との会話のやり取りも、あっという間に真っ白になってしまった。  
もう何も考えられない。  
後は冷かしとして店を去るしか無いのか、などと思いながら落ち込み始めていた所、視界の端が3ケタで買える商品を捕らえた。  
 
なんと400円だ。  
 
そのリンゴは、アンティークな香りのする猫脚のキャビネットの上に置かれていた。  
何だか良くわからないが、商品名は「健康なリンゴ」とある。  
背の低いキャビネットの上に大きめの果物籠があり、中に色々な色のリンゴが入っていた。  
赤、黄緑、黄、薄い赤、ドス黒い赤、白っぽい赤、何色も混ざった赤・・・・・。  
男は腰の辺りにある籠に手を伸ばし、全身が真紅、といった印象のリンゴを1つ手に取った。  
 
「チッ!」  
 
どこからか小さく舌打ちするような声がして、男は思わずキョロキョロと店内を見回す。  
自分の他に客がいたのか確かめたのだ。  
だが他には誰もおらず、レトロでいながらおしゃれな作りのキャッシャーの横に、店主がいるだけだった。  
店主は籐でできたイスに腰掛け、長い足を組み、肘掛に頬杖をつき、微笑むようにして男を観察している。  
男は店主と目が合うと、焦りながら目を逸らした。  
 
男にしてみれば、無防備な所に不意打ちを喰らわされた気分だった。  
気になる女、それもとびきりの美女に見つめられ、あろう事かかすかな笑顔さえ投げかけられている。  
身悶えて転げ回りたいくらいに嬉しかった。  
意志とは無関係に顔が熱くなってくるのがわかる。  
男はこれではいけないと思い、冷静さを取り戻そうとするがそれもままならない。  
スポーツ新聞の通販で買った事のある、DVDのパッケージが思い出されて仕方が無い。  
内容は、5流お耽美動画といった感じの、5分おきにセックスしてるような子供騙しDVDだったが、パッケージだけは一流だった。  
籐椅子に腰掛けた全裸のエッチな夫人が、意味有りげな眼差しでいるというものだ。  
その淫靡さに激しく妄想を掻き立てられ、男は思わず買ってしまったが、感想は”騙された”だった。  
 
男はそのパッケージを思い出し、傍らで微笑む女店主とダブらせた。  
無意識に、だ。  
店主は、籐椅子には今一つしっくり来ないボンテージルックでいるが、やはり籐椅子には全裸が似合う。  
男は想像の中で店主の服を勝手に剥き、籐椅子に座らせてみた。  
 
・・・・・・・・・・良い。とても良い。  
 
だが、敢えてミスマッチなボンテージのままも捨て難い。  
ようするに、セクシーで露出が多ければどちらでも良いのだ。  
願わくばその格好で、クズ! とか、ゴミ! とか言われながらムチでブッ叩かれたい。  
男はふしだらな妄想を広げつつあったが、妄想が果てしなく広がって行く前に思い留まる。  
真っ昼間の外出先で、あらぬ所を脹らませてしまう訳にもいかなかったからだ。  
 
・・・・・今日の俺はダメダメだ・・・・・家に帰ってサクッと抜こう・・・・・。  
 
男は取引先からのクレームの件を思い出し、無理矢理に下半身を鎮める。  
知らずに、リンゴを持つ手にも力が入っていたようだ。  
昨晩あれだけ抜いたのに、おかしい・・・・・。  
頭のどこかで自分の股間に疑問を抱きながらも、男は財布を取り出して会計を済ませるべく、店主の方へ行った。  
 
「いらっしゃい」  
 
ゾクゾクするような店主の声・・・・・。  
男は「健康なリンゴ」と500円玉を台に置き、わざとそっぽを向いて店主を見ないようにした。  
天井から釣り下げられている、干し首様の物に興味を引かれている、といった演技に励む。  
 
「このままで良いかしら」  
「え? あ? ・・・・ぇえ?」  
 
男はまた不意打ちを喰らわされた。  
店主の方を見ると、リンゴとおつりを持ってにっこりしている。  
どうやら、リンゴを袋に入れるかどうかと言う事らしい。  
 
「袋に入れましょうか?」  
「あ・・・・ゃ・・・・・この! このままで良いです・・・・」  
 
男は噛みまくりながらも答える。  
店主はそんな男の挙動を見てフフッと笑い、リンゴとおつりを手渡した。  
 
「ありがとうございました」  
 
男は店主の顔も見られず、そそくさと店を出ようとする。  
自分の顔が真っ赤であろう事が、自分でも良くわかったからだ。  
ドアの鈴が鳴るのと同時に、またいらしてね、と言うのが聞こえたような気がした。  
 
この場から早く立ち去ろう。  
 
男は恥ずかしいのと嬉しいのとがごっちゃになった感情のまま、早足で大通りへ向かう。  
憧れの人と声を交わしてしまった・・・・!  
その喜びで一杯になり、男は8割方満足していた。  
あんな美人と話せただけ自分はラッキーだった、これ以上に欲をかいたらバチが当たるのでは無いか、と小心者なりに自分を納得させる。  
向こう1ヵ月はこれだけで抜ける、とおかしな計算までしていた。  
 
とりあえず一服でもして落ち着こう。  
 
男はポケットを探るが、どうやら煙草は家に置き忘れて来たらしい。  
仕方が無いので、煙草の販売機横にあるポストの上にリンゴを置き、財布の小銭を見た。  
だが、小銭はさっきのおつりと10円玉が幾つかあるだけだ。  
そこで男は紙幣を取り出し滑り込ませようとしたが、つり切れのランプがついている。  
男は唸りながら、煙草を諦めた。  
その代わりに、炭酸ジュースでも飲んでスカッとしようかと思ったが、面白いように殆んどのジュースが売り切れている。  
 
「補充しに来いよ!」  
 
などと販売機に向かって毒突き、1つだけ売り切れていなかったペットボトルのジュースを買った。  
男としてはあまり興味の無い、アミノ酸だの食物繊維だのビタミン各種だのが詰め込まれたものだ。  
今日は良い事があったんだし、まあいいかと割り切って飲み干すと、自宅への帰途につく。  
男は買ったリンゴの事などカラッと忘れてしまっていた─────────  
 
───  ── ─ ─  
 
「おマヌケめ」  
 
男が見えなくなってしまうと、ポストの上のリンゴはコロコロと転がり始めた。  
ポストから落ち、道路を2、3バウンドしてから、ものすごい勢いで転がって行く。  
段差があればみずからジャンプするようにして上がり、下り坂も上り坂も転がり続ける。  
 
「やれやれだぜ!」  
 
リンゴは店の前まで戻って来ると、ドアに体当たりをかましてノックする。  
その音を聞いた女店主が立ち上がり、優雅な動作でドアを開けた。  
 
「あら、おかえり。早かったのね」  
 
真紅のリンゴは引き続き転がって行き、大ジャンプをすると元居た籠の中に入って行って、おさまった。  
女店主はドアにあるOPENのカードをひっくり返して、CLOSEDにするとドアに鍵をかける。  
そしてイスに腰掛け直すと、先程いれたばかりの熱い紅茶に手を伸ばす。  
それをひと口飲み、カップを皿に戻すと店主はリンゴの方を向いて言った。  
 
「お疲れさま」  
 
リンゴ達は口々に何か言って返して来る。  
・・・・・・・・・・・・もう重々承知とは思うが・・・・・・・・・・・・、  
リンゴはただのリンゴでは無く、この女店主──名はミザリィという──が魔法を施して生命を与えたものだった。  
買われて行った先から自分で帰って来られるようにしたのだ。  
 
「なんでいっつもオレばっか!」  
 
真紅のリンゴがグチる。  
「あんた、”美味そう”なんだよ」と、腐ったような色をしたリンゴ。「おいら、買われた事無いし」  
「ふざっけんな! オレは苦いし、酸っぱいし、渋いしッ! ちっとも美味かねンだよ!! 人を見かけで判断すんじゃねーッ!!!」  
真紅のリンゴはその身を震わせて籠全体を揺らした。  
 
「やめろよこの真っ赤っ赤!」  
 
大人しくしていた白っぽいリンゴが叫んだ。  
「うるせえ! お前ら俺の苦労を知らな過ぎるッ。あのヤロー、この俺を握り潰そうとしたんだぜ!?」  
あぁ〜、惜しかったなぁ〜とリンゴ達が囁き合う。  
 
「・・・・・・喰われりゃ良かったんだ」  
 
と呟くアップルグリーンそのもののリンゴ。  
このリンゴは固そうなイメージがあるのか、あまり買われないのだ。真紅のリンゴに嫉妬している。  
「なんだとぅ!? この青ビョータン、もいっぺん言ってみやがれ!」  
「喰われっちまえば良かったのにって言ったんだよ。聞こえなかったのか? このトーヘンボク」  
「何ィ!? 貴様!」  
他のリンゴ達はやんややんやと囃し立て、その2色のリンゴを煽っている。  
 
「もうよしなさい。悪ふざけしないで」  
 
ミザリィが制すると、リンゴ達はぶつくさ言いながらもすぐに大人しくなった。  
主人には逆らえないのだ。  
あまりおイタが過ぎると、ナイフでサックリ切られてデザートにされてしまう。  
そうして何個かが目の前で死んで逝くのを、リンゴ達は見てきている。  
だから尚の事、内輪モメで騒ぎ過ぎないようにそれぞれが努力していた。  
 
「さ、みんな。今日はもう店仕舞いよ。お手入れを始めてちょうだい」  
 
リンゴ達はへーいだのふぁーいだの言って、体をむずむずさせ始めた。  
その間にミザリィは店内のカーテンを全て閉め切る。  
少しするとリンゴ達に変化が起きた。  
リンゴの体から細い手足がニョキッと生えてきたのだ。  
生えきった者から我先にと、籠から床へ飛び降りる。  
怖がりのリンゴはキャビネットの角に抱き付き、器用に滑り降りて行く。  
 
「せーの」  
 
そして2、3個が協力し合い、キャビネットの扉を開けた。  
開くとリンゴ達は中に入り、奇麗にたたんであるシルクのスカーフを手に取る。  
みな思い思いの柄を選び、キャビネットから飛び降りた。  
次に、スカーフをクルクルと筒状にしてから捻じると、両端を持ってキュッキュキュッキュと体を磨き始める。  
その姿は、人で言う所の乾布摩擦だ。  
胴体を擦る者、頭を擦る者、股ぐらを擦る者・・・・・。  
リンゴ達は、体に滲み出たあぶらを満遍無く拭き広げ、艶を出した。  
 
「おいちょっとそこの! ヘタんとこ拭いてくれよ。届かねぇんだ」  
「・・・・・・・」  
 
ヘタのある窪みの部分をお互いに拭き合っているリンゴを見て、自分もそこを手入れしようと思った真紅が、黄色に話し掛ける。  
だが黄色は聞こえて無いフリを決め込んだ。  
 
「お前だそこの! 聞こえてんだろ? チョイチョイとやってくれよ」  
「・・・・・・・」  
「てめえこの真っ黄っ黄! やれっつってんだろが!」  
「それが人にものを頼む態度か! いいかげんにしたまえキミ!」  
 
真紅の暴言にカチンときた黄色は、ついついまともに相手をしてしまった。  
 
「よして」  
 
ミザリィは少し強めの視線でリンゴ達を見た。「次は言わないわよ」  
 
黄色は真紅に向かって鼻でフンと言い、真紅はもごもごと口の中で呟く。  
賢明な事に、2人ともその場は退く事にした。  
そんな折、柱時計を見たどす黒いリンゴが言う。  
 
「おっともうおネムの時間だ」  
 
時計は2時半を回った頃だろうか。  
リンゴ達にとっては大事な、シエスタの時間なのだ。  
 
「ああもうそんな時間か」「寝よ寝よ」「寝不足はお肌がカサカサになるからね」「ふぁ〜あ」  
 
めいめいひとり言ちながらスカーフを広げて畳み直す。  
そしてキャビネットの中に飛び乗ると、元あったように奇麗にディスプレイしてから、籠に戻った。  
体をむずむずさせて、手足を引っ込める。  
 
「あ、俺も」  
 
真紅のリンゴもスカーフを戻すと、籠へ大ジャンプした。  
いつも通り、一番上のど真ん中に収まろうとするが、ふと気が付いた。  
・・・・・自分は取りやすい所にいるからいつも選ばれるのだ・・・・・。  
 
「オイお前らどけッ! 俺は一番底に控える事にした」  
 
真紅は底へ向かって無理矢理割り込んで行くが、底へ来てみてやっとわかった。  
 
「重い! お前ら重いぞ! 苦しいッ! ダメだ、やっぱり俺は一番上だ!」  
 
リンゴ達はブーブーと文句を言い、籠はざわついた。  
もうすでに半分寝始めていたリンゴなどは、本気で嫌そうにする。  
ミザリィはそんなやり取りを見て、深い溜め息をつく。  
額に手をやり、頭を振りながらその場を後にした。  
 
店内と家とを区切るドアを閉めると、ミザリィは諦めたように唇を噛みながら、書斎へと向かった。  
 
店の奥は生活スペースになっており、大きな本棚をずらすと(月並ながら)隠し通路が現れるのだ。  
その先はお約束通り、地下深くへの階段が続いている。  
ミザリィはランタンを手にして地下への螺旋階段を降りて行った。  
 
「はぁ・・・・・」  
 
思えばここの所、ずっとイライラしている。  
理由は自分でも良くわかっていた。  
ただ、その問題に正面切って向かい合いたくはなかった。  
というのも、問題の解決に必要な”事”は、ひどく彼女を悩ませる事だったからだ。  
 
今、彼女は魔力が落ちてきているのだ。  
 
それは、ここ暫らく魔力の充填をしていない為だった。  
魔力が弱まると、実に様々な弊害が出て来る。  
生活上で使うちょっとした魔法──火を付けたり、触れずに物を動かしたり等──ですら、使えば息が切れる。  
空を飛ぶなんて事は以ての外だ。  
ドッと疲れる。  
それだけじゃない。  
結界が弱くなるせいか、人間界に紛れ棲む魔の類がちょっかいを出して来たり、なんの霊眼も無い一般人に店を見つけられたりするのだ。  
店内の曰く付きの商品が暴走を始める事もある。  
自分で創り出した、あの「健康なリンゴ」程度の物でさえも、制御が甘くなってきた。  
魔力が満ち満ちているならば、大人しく、従順で、みな仲良くリンゴをやっているものの、  
力が弱ってきた今は、減らず口を叩き、強くなってきた個性を主張し、仲違いし合い、好き放題やっている。  
そんな彼らにイラつきはしていたが、魔力のバロメーターにもなっていた。  
 
そろそろ補給をしなければ・・・・・。  
 
だが気が進まない。  
階段を降りる足取りも重くなる。  
黒でロングのレザーブーツが刻む、カツカツという響きもだんだん間が空いてきた。  
 
行きたくない・・・・・。  
 
しかし行かねばならない。  
今までだってずっと、”そうして”魔力を吸ってきた。  
人間界でも稀に見る、5流ぐらいの自称魔術師がとる方法や、巷に溢れるような魔力補給方法では時間ばかり掛かり過ぎる。  
その上、肝心の魔力の方は大して蓄えられないときている。  
彼女としては、いつも行っている即効性のある補充法をやめる気は無かった。  
心とはうらはらに・・・・・・・・。  
 
───最下層に着いた。  
 
そこはちょっとした広間になっており、天井も高い。空気もちゃんと入って来る。  
と言うのは、地下水の通り道が外界と繋がっているからだ。  
広間の脇をちょろちょろと流れる地下水を辿って行くと、水路はどんどん幅が広がって深くなり、天井は洞窟か鍾乳洞のようになって来る。  
もっと先へ進むと、入り組んだような地下の空洞が続き、澄んだ水はやがて黄色っぽくなり、下へ流れて行く。  
まだまだ進むとそのうちに洞窟を抜け出、外界が広がる。  
 
外界と言ってもそこは魔界なのだが。  
 
最下層の広間は異世界に繋がる空間、アウターゾーンなのだ。  
ミザリィはその広間を拠点にして、魔界と人間界を行ったり来たりしていた。  
専ら人間界にばかりいるが、それは魔界に飽いていたからだ。  
勝手知ったる魔界よりも、ドラマのある人間界の方がずっと面白かった。  
 
自分の店から”曰く付き”を買って行く、欲望の強い客が転落して行く様を見届けるのだ。  
 
客によっては坂道を転がり落ちて行き、客によっては一発逆転で夢のような人生を送る。  
ミザリィはそれを、まるで映画でも見るようにして楽しんでいた。  
所詮ひと事だからだ。  
自分はただ雑貨を売っているだけで何もしない。  
いや、何もできないのだ。  
結局は、吉の道を行くか凶の道を行くかは本人次第で、周りがどんな働きかけをしようが同じである。  
転落して行く者は、好き好んで堕ちて行くのだ。  
 
中でも、欲の過ぎた人間の見せてくれるドラマは、それなりに楽しいものだった。  
中途半端に欲のある者は、目も当てられない。  
後味の悪いドラマになる。  
・・・・・何事も、中途半端は良くないと言う事だろうか・・・・・?  
 
一方無欲な善人には、クセのある商品と縁ができないように配慮はしていた。  
善人と言うのは、良くも悪くも強いパワーに振り回される。  
個性的な”物”が手に渡って、その”物”の思うままに振り回されて行く、というドラマはもう見飽きていた。  
だからパワーのある物には法外な高値を付け、買えないようにする。  
と言っても、可も無く不可も無いような善人は、毒にも薬にもならないような物を買っていく傾向があるのだが。  
高値は、曲物を間違って手にしない為の保険でもあった。  
 
───話がだいぶ逸れてしまった。  
 
ミザリィはこの地下広間に魔力を充電しに来たのである。  
手にしたランタンを少し掲げて、壁に向かう。  
そして、石壁に等間隔で取り付けてある松明に、ランタンの火を移して回った。  
油を染み込ませた木には火がすぐに燃え広がり、広間は程無くして薄明るくなる。  
パチパチという木の燃える音が断続的に聞こえ、時折揺らめく炎はがらんどうの広間と彼女を照らし出した。  
 
「・・・・・・・」  
 
ミザリィはランタンの火を消し階段に置くと、石壁の方に戻る。  
そして小さなマークの入った箇所を見付けると、少し強めに壁を押した。  
するとドア程の面積の壁がゆっくりと回転して、物置棚が現れた。  
棚にはたくさんの頭蓋骨と、太いが短めの赤黒いロウソクが並んでいる。  
その中から頭蓋を3つ、ロウソクを3本取ると傍らに置き、棚を回転させて戻した。  
ミザリィはそれらを両手で抱えるようにして、広間のど真ん中に歩いて行く。  
 
上から見るとわかるが、広間の石畳には大きく魔方陣のようなものが描かれているのだ。  
 
ミザリィは円の中心からぐるっと円を見渡す。  
そしてドクロをそれぞれ、何かのマークの描かれた3ヵ所に置いて回る。  
続いて、軽く背伸びしながら松明を抜き取ると、3つのドクロの脳天に立てたロウソクに火を灯した。  
 
さあこれで準備が整った。  
 
ミザリィは陣の中央に戻るとおもむろに横たわる。  
それから目を閉じてぶつぶつと呪文を唱え始めた。  
呪文は長い事続き、ロウソクがだいぶ短くなった頃には、ミザリィはすっかりトランス状態に入っていた。  
やがてロウソクが消えてしまうと、魔方陣に変化が表れる。  
それぞれのドクロの下辺りから鈍い光が射し、光はどんどん強く大きくなっていく。  
かと思うとドクロは宙に浮くようにして上がり、ひび入って砕け散った。  
散った骨はまるで気化でもするかの如く消滅して、石畳から盛り上がり出た光はひときわ強い光を放つ。  
 
3つの光が消えると、3匹の悪魔が現われた。  
 
魔方陣は、魔界から悪魔を呼び出す為のものだったのだ。  
ミザリィは自ら魔界に出向いて、どこをうろついているのかもわからない悪魔を探すよりは、手っ取り早く召喚してしまう方を選んだ。  
そして召喚した悪魔に自分を抱かせて、吐き出された魔力を吸収する。  
これがミザリィ流の魔力補充方法だ。  
 
3匹の悪魔はこれから”儀式”を執り行うべく、ゆっくりとミザリィに近寄った。  
3匹と言ってもうち2匹は人に化けている。ミザリィが望んだ為だ。  
化けられなかったやつはおぞましい姿をしている。  
ミザリィは、魔力の塊のような威圧的な気配を痛いほど感じ取っていたが、目を開けて見ようとはしない。  
始めから終わりまで、目を閉じていようと思っている。  
希望としては始めに気絶してしまって、気付くと終わっているというのが彼女の理想だったが、いつもその期待は裏切られた。  
 
今日もいつも通りだ。  
 
悪魔達はミザリィの周りに座ると、彼女の手を取り足を取り、そっと触り始める。  
まるで、怖がりの処女をリラックスさせるかのような動きだ。  
あるいは、大事な恋人を丁寧に扱うようでもある。  
ミザリィはそんな触られ方をして虫唾が走る思いだったが、嫌がりもせず、声も上げず、身動きもせずを心掛けた。  
人形のように無反応のままでいる。  
そんなミザリィにはお構い無しで、悪魔達は溜め息をつきながら触り続けた。  
 
そしてそのうちに肌を舐め始める。  
 
胸の谷間から耳にかけて舐めている奴はいいが、残りの2匹は脚と腕だ。  
脚は膝の上まであるロングブーツのせいで、少しのももしか舐め回せない。  
腕も同じで、腕袋とでも言えるような長い、肘の上まである手袋のせいで二の腕をほんの少しと、腋を味わえる程度。  
 
もちろん脱がしにかかろうとする。  
 
人間界の大男を、もう一回り大きくしたぐらいの体躯で出現した醜い悪魔にとっては、力で引き破る事も可能だったが、それはしなかった。  
勢い余って、ミザリィまで傷付けてしまうといけないからだ。  
ミザリィの細いウェストを締めているレザーのベルトを外し、タイトなレザーワンピースのジッパーにごつごつした手をかけた。  
胸の谷間からももまである一直線のジッパーは、悪魔によって容赦無く下げられる。  
始めに、ブラジャーをしていない形の良い胸が露わになり、次にへそ、パンティ、と晒された。  
 
だがミザリィは微動だにしない。  
 
服を脱がす為に少し身を起こされても、脱力し切ってされるがままだ。  
3匹の視線が痛く、よだれを啜っては飲み込む音に嫌悪感を抱いたが、これは義務なのだと自分に言い聞かせる。  
と、  
前振り無しに、醜い悪魔がミザリィのパンティを脱がし、なんと頭に被った。  
そしてしきりにそれを嗅ぎ、悦に入っている。  
おかげでパンティは伸びきってしまう。  
その上、悪魔の唾液が染み渡って、もう使い物にならなくなってしまった。  
 
また、他の1匹などは、ミザリィの太い革ベルトを彼女の首に巻き付け、犬の首輪のようにしてみせた。  
残りの1匹は先程からずっと、ミザリィの豊かな胸のラインを舌でなぞるようにしながら、舐め続けている。  
他の2匹の事など眼中に無い。  
それぞれが好き勝手に楽しんでいる中、パンティにご執心だった醜い悪魔がミザリィの股に顔を埋めた。  
パンティの香りの元に興味が移ったのだ。  
ミザリィの女性器にむしゃぶり付く。  
ピクリとだけミザリィの反応があったが、すぐにだらしなく股を開いて脱力してみせた。  
 
感じた方が負けなのだ。  
 
いよいよ醜悪なモノがなかに挿入って来た際には、これでもかと言う程締め付けてやるつもりでいる。  
悪魔達の袋から、もう出す物が無いと言うくらい絞り取り、最後の最後まで自分は声を一切上げない。  
上げれば悪魔達の責めは執拗になり、図に乗ってキリが無くなる。  
そうわかってはいるものの、体はいつも裏切った。  
 
徐々に濡れてきてしまったのだ。  
 
性器に夢中の悪魔は、嗅いでは舐め、嗅いでは舐めを繰り返す。  
ミザリィの一番敏感な頂点を舌先でやさしくまさぐり、愛液が溢れ出すのを楽しんでいる。  
性器は生き物のようにヒク付き、蜜をとどめようとしても内部から溶け出してきてしまう。  
このままでは悪魔達の思う壺、対等な立場でいられなくなる・・・・・・。  
そんな焦りをよそに、ミザリィの頬はだんだんと紅潮して来た。  
 
胸に執着している悪魔が、ミザリィの乳首にこだわり始めたからだ。  
 
悪魔はまるで飴玉か何かを味わうように、乳首を唇で柔らかく挟み、舌で転がして弄ぶ。  
次第にしこって起き上がるのがわかると、悪魔は嬉しくなって、両の乳首を交互に転がしにかかった。  
固い毛の生えたごつい手は常に胸全体を揉みしだき、柔らかさを楽しんでいる。  
そんな中、ミザリィは不覚にもハァッと甘い息を漏らしてしまった。  
 
残りの悪魔が耳を舐めて来たからだ。  
 
首輪を作ってニヤニヤ眺め、大人しくしたままでいる訳が無かった。  
悪魔はしつこく耳の穴を舐め回し、乱れた呼吸を撒き散らす。  
そうかと思えばミザリィの両手首を纏めて、拘束した。  
ミザリィが逃げも隠れもしない事をわかっていて、わざわざ体の自由を奪う。  
そうして征服感に浸っているのだ。  
 
こうなって来ると悪魔たちの夢中度合いにも拍車が掛かり、ミザリィはもうお手上げになる。  
女性器を舌でこねくり回していた奴が、息を荒くしてペニスをあてがってきた。  
この悪魔は今回他の2匹と違い、人間の姿で現れる事ができなかった。  
 
今は太陽が南の星座に位置して居ない為だ。  
 
「彼」としては愛しい彼女、ミザリィの為に、人間界で言う”ハッとするような色男”に化けて来てやりたかったのだが、  
太陽がそれを許さなかった。  
変身する事もできず、いつも通りの──蝙蝠の羽にツノ、鉤爪、爬虫類じみた不健康な皮膚etc.──絵に描いたような悪魔の姿でいる。  
この姿でいると本性が剥き出しになる嫌いがあり、ゆっくりじっくりロマンスを演出すると言う事ができなくなってしまう。  
ただもう、挿入れたい! 出したい! のみである。  
おまけに人間に化けている時よりもなりが大きいので、性器の方も図体相応だ。  
それは凶悪にまがまがしくそり上がり、暴れたがっている。  
悪魔は本能のまにまに突っ込み、揺さぶり、腰を回して彼女を鳴かせ、のたうち回らせたかった。  
 
だがそんな事をしてしまっては、彼女から”お呼び”がかからなくなってしまう。  
 
次の宴では自分抜きで、他の悪魔たちが彼女の体をおもちゃにして、存分にいじくり回し、味わい尽くして楽しむ。  
そして魔界に戻った奴らはいやったらしく自慢話を始める。  
『おれさまの時が一番感じてた』などと言って、カッと見開いた邪眼を赤く光らせてみせるのだ。  
それだけは絶対に避けたかった。  
それを避ける為に彼は、チワワの肉球ほどしか残っていない理性を働かせ、魔法でもって自らのペニスを小さくしたのだった。  
 
「ひっ・・・・・・!」  
 
あてがわれたものがいよいよ侵入してくると、ミザリィは息を飲むような声を上げてしまった。  
入ってきたものが人間サイズだったとは言え、強引にねじ込まれたからだ。  
固くこったそれは無遠慮に肉をかき分け、押し広げる。  
そして根元まで差し込まれてしまうと、悪魔は口元を歪ませて蕩けんばかりの顔をした。  
ミザリィは必死に下唇を噛んで、自分の内部で悪魔の先端が頭をゆっくりと振る為に与えられる波紋に耐えた。  
それは人間の男にはできない──ありえない──動きだった。  
ペニスの頭が尺取虫か何かのように小刻みに動き回っているのだ。  
まるでそれ本体が意志を持っているかのように、頭を反らし、振り、ぐるりとまわってみせる。  
そいつはだんだんと強引になっていき、”からだ”全体をグラインドさせ始めた。  
ミザリィは頭の隅で、卑猥な動きをするマシンを思い出していた。  
 
きっとあれを開発した人間は、悪魔と寝たんだわ・・・・・。  
 
ミザリィの内部の尺取虫は、今や”無人島に漂流した人が上空の飛行機にオーイオーイと手を振るような動き”(あらゆる動き)をする。  
おかげでミザリィの腰が浮いたりついたりして、落ち着かない。  
突っ込んでいる当人は、ミザリィの腰が逃げないようにがっちりと掴んで離さないでいる。  
無理矢理な快感に昇華させられそうな体を持ち堪える為に、ミザリィは下唇を痛いほどに噛んだり、歯を食い縛ったりした。  
それを見た他の悪魔2匹が、”自分のテクに酔っているのだ”と都合の良いカン違いをし、得意になって舌の動きを余計に激しくする。  
悪魔達は彼女の乳首をぴんと立たせて休む事を許さず、彼女の頬に鳥肌が立とうが立つまいが耳を舐め回し続けた。  
ミザリィはもう限界だった。  
”私の負け・・・・・”  
 
「ぃやあぁぁっ」  
 
それからはもう止まらなかった。  
押し殺していた声が勝手に漏れ、快感は止め処も無く押し寄せてくる。  
身を捩って3匹の責め苦から逃れようとするも、無駄な努力だった。  
悪魔たちの方では、ミザリィが”その気になってくれた”ものだと勘違いし、放出の用意に入る。  
突っ込んでいる奴は、ちょっとピストンをしてみせるとあっと言う間に飛び出した。  
胸が好きな奴は、もう人の姿でいるのをやめて、グリフォンの翼と大蛇の尾を出して、オオカミに戻りつつある。その息は熱い。  
顔を舐めまわしている奴も、どんどん馬の姿に戻ってきた。  
ミザリィのなかで弾けた奴は、抜き取ろうともせず、なかで続けざまに出し続けている。  
 
腰を打ち付けつつ射精するというのを、ずっとだ。  
 
人の射精が5、6回程(時にはもっと)の山場を迎えて汁が出、だんだん落ち着いてくるのと違い、悪魔のそれは射精が止まらないのか、  
脈打ち、20回も30回も、いやそれ以上に吐き出されている。  
悪魔のはちきれんばかりだった袋が、──間違ったクルミさながら──キュッと強張る度に小さなシワを作っていくのを見ると、  
”ギリギリまで溜め込み、無力になったハーフエルフの美女に怒涛の如く発射するのも、なかなかオツなもんです”  
と言っているかに見える。  
彼は他の2匹が本当の姿に戻りきってしまうまで精を注ぎ続け、快感の為しわがれた声で唸り通しだった。  
彼女を解放したのも、オオカミが大蛇の尾っぽをぶんぶん振り回し──或いは噛み付き──早くよこせと催促した為にしぶしぶ渡したのだ。  
 
巨大なオオカミはハッハッとはしゃいで、ミザリィを鼻先で転がしてうつ伏せにすると、細い腰に取り付いた。  
そして爪が当たらないように細心の注意を払いながら、口紅か何かを思わせる形をしたペニスを挿入する。  
すすり泣くようなあえぎは細く続き、時には途切れ、ミザリィは眉を寄せて髪を振り乱した。  
だがその顎をとる者がいた。  
 
馬だ。  
 
人のような馬のような悪魔(いや、ほぼ馬だ)は、彼女のあごを指でそっと引き、そのやさしい唇を亀頭へと持って行った。  
そして柔らかい唇に触れられるや否や、途端に爆発した。  
馬はフヒィ〜ンといななくような声を出してみせる。  
ミザリィは顔に飛んだ”魔力”を無駄にしてはならないと、舌を伸ばして頬に付いた白いものを舐めて飲み込んだ。  
馬は再度爆発の兆しを見せる。  
2度手間を省く為、彼女は口に入りきらない位の馬のものを頬張り、舌を動かして爆発を促した。  
馬は彼女の事が、”かわいくて仕方が無い”といった風に、前脚ならぬ人の手でミザリィの髪を撫でて、口内にばら撒く。  
 
びゅい、びゅぃ、びゅ、び、び  
 
馬の袋にしても同じである。  
”いやあ、実に。実に待ちくたびれました。やっとここから出られると思うと、まことに感慨深いものがありますなあ”  
放出の瞬間は”ィヤッハァ”などの喜び狂った奇声が聞こえるようだ。  
一息つく間も無くひり出される魔力を、漏らさず飲み干すのに間に合わず、ミザリィの口の端から精が流れてゆく。  
それは顎から首筋を伝い、首輪を模した革のベルトを汚し、白い胸を流れて乳首から床へと落ちる。  
精を飲みきれなかった理由は、後から後から放出される為だけでは無い。  
ミザリィを後ろから攻め立てているオオカミの、骨のように固いものから魔力が弾けたのみならず、例によって頭を振り始めたからだ。  
亀頭が動き回っているくせに、腰を振るのを止めないときている。  
彼女は何度目かの頂点に引っ張り上げられようという所だ。  
 
馬の精を飲んでいる余裕など無い。  
 
ミザリィは馬の亀頭から顔を離し、仰け反りながら下腹部の高まりを一身に受ける。  
彼女の達する声とオオカミの裏返った声、馬の放出が一気に来て、ミザリィは膣でオオカミの精を引受け、顔には派手に馬の精を受けた。  
おかげでミザリィの美しい顔は、つんとするあお臭いものでけがされてしまった。  
オオカミは興奮と満足の為か、大きな羽を羽ばたかせてしっぽを鎌首にしてみせる。  
意外な事に、オオカミはすぐに彼女を解放した。  
しっぽを振りながら彼女の前面に回り、汚れた顔をぺろぺろと舐めてキレイにしてやったのだ。  
萎みきっていないオオカミの睾丸はこう語る。  
”こうして八分目で抑えておくのも、まんざら悪くありません。いえ、出し惜しみなどではなくて”  
オオカミは暫らく目を細めてミザリィを舐めていたが、急に耳をそばだてた。  
 
向うで作業中の蝙蝠羽の悪魔がオオカミを呼んだのだ。  
オオカミは飛ぶようにして走って行き、蝙蝠羽の悪魔の作業を手伝い始めた。  
蝙蝠羽の悪魔は、自らのしっぽの先端の固い部分をチョークのようにして指で抓んで持ち、1u程度の小さな魔方陣を幾つも描いている。  
オオカミもそれに習って、前脚で魔方陣を描き始めた。  
”宴は盛大にやろう”と言う事なのだ。  
 
”やっと2人きりになれたね”  
と言わんばかりに彼女の前に立ちはだかると、馬はまた亀頭を唇の前に差し出した。”さぁさ、召し上がれ”  
ミザリィは赤いルージュの引いた唇を目一杯広げ、頭を咥え込んだ。”いただきます”  
口内では早速、閉じ込められていた精が飛び出し、彼女に飲み込まれて行く。  
 
馬は大きな黒い目を潤ませてしばたいた。  
 
鼻をぶるると鳴らし、舌をぺろっと出して首を振り、短く唸る。  
立派なひづめのある後ろ脚だけで立ち、赤黒く変色したペニスを押し付けて、不思議な色に輝く彼女の髪に節くれだった指を絡ませた。  
そして幸せそうに半目になりながら、しっぽをぴしゃ、ぴしゃと振ってみせるのだ。  
ミザリィは馬がさっさと全部出し切ってしまうように、馬の引き締まった触り心地の良い尻を撫で回し、尿道を舌先で責めた。  
玉袋をやさしく指先でさすってやると、──”まったくもって、至福の至りです”──びくんびくんと勢い良く飛び出して来るのだった。  
 
向うで作業を手伝うオオカミが、時折ちらと2人を見やる。  
四つん這いになったミザリィが片手で馬の玉を撫で、こっち側を向いたあけすけの性器からは白濁の魔力を止め処も無く溢れさせて、  
精がレザーブーツの中に伝い流れていくのも構わず、ひだをヒクつかせているのが良く見えた。  
薄く生え揃っている陰毛は、精液と彼女の愛液や汗で濡れてまとまり、床にぽとぽと汁を滴らせている。  
オオカミの視線にはどことなく”いいなあ”と言う色が見え隠れしたが、”帰り際にもう一発させて貰えればいいさ”と思い直したのか、  
床に視線を落として作業に戻った。  
 
幾つもの光が床から発せられたのは、馬が両の手で彼女の頭を捏ね繰り回している最中の事だった。  
 
光はそれぞれの小さな魔方陣の中心から発して、やがて大きく、広間にまばゆいばかりの輝きを放った。  
そしてそれが収まる頃には、数々の醜悪な姿態を晒した悪魔達が実体化されているのだった。  
それらは様々な醜い生き物に乗っていたり、人外の姿であったり、勇敢で逞しい戦士や礼儀正しい騎士を思わせるいでたちであったりした。  
ぐげぐげぐげと愉快そうに笑う者や、かすれ声で話す者、ラッパを鳴らす御付の者、鳥のような声で叫んでみせる者もいる。  
みな、宴の招待客だ。  
 
蝙蝠羽の悪魔は魔界語で、召喚された大勢に何やら説明した。  
その説明が終わると、悪魔たちは向かい合ってざわざわと小声で話したり頷き合ったりしてから、静かになる。  
そしてそれぞれ、変てこな指の形をとったり、妙ちきりんな身振り手振りをしてみせると、ぶつぶつと唱え、変身した。  
人の姿に、だ。  
蝙蝠羽の悪魔は招待客に、”彼女は人の姿を好む”と教えてやったのだ。  
自らも経験からようく理解していた。  
醜い本来の悪魔の姿そのもので現れるよりも、人間界で言う”セクシーな男”の特長を大いに取り入れた姿の方が、彼女のウケが良いのだ。  
その方が嫌がらずに体を開いてくれ、楽しんでくれる。(少なくとも彼にはそのように見えた)  
                     、、  
悪魔達は連れて来た側近や悪霊と、乗って来たあしを魔界に帰らせてしまうと、改めてミザリィの方へ向き直った。  
ほとんどの者が人の姿にへんげできたが、へんげできない者はせめてもの配慮で、その姿を消した。  
 
姿を消した───というのは、半分だけ正しかった。  
見ようと思えばミザリィには見えたからだ。  
いつも髪で隠れている方の目、そちらの目だけで悪魔達を見ると、消えている者も化けている者も真実の姿がバッチリ見えるのだった。  
これは私自身にも良くないと思ったのか、ミザリィは彼らをいつも通りに目を閉じて──または両目で見て──いく事にする。  
 
彼らも人間界を勉強しているのか、彼らが化けたひとかたはメディアを通して良く見掛ける顔が多かった。  
セクシーな見た目でファンを虜にしている映画俳優に似ていたり、はやりの歌手や人気のモデルに似せていたりした。  
或いはCGの世界、アニメの世界のヒーローに似ていたりもする。  
鍛え上げられた美しい体に化けた者、気品と威厳を漂わせる風格に仕上げた者、眩いばかりの天使のような美少年に化けた者もいた。  
その穢れを何も知らない、世界は善意に満ちているといった晴れやかな顔の美少年、ぼく童貞ですと言わんばかりの無邪気な美少年、  
”几帳面なキレイ好きが掃除し終わったあとの和式便所”  
のように澄んだ心を持っているであろう美少年、(そう、あの顔が映り込みそうに磨き上げられた、金隠しのように澄み切っている)  
だがその美少年も、下半身に目をやると皮はズル剥けで、コブだらけのそれは凶暴そうに反り上がり、頭痛がするほどの魔力を発している。  
 
この悪魔だけではない。  
 
堂々たる王族のように化けた悪魔も牙が生えているし、美しい肌をした男に化けた悪魔もしっぽが出ている。  
ツノが見えている者や、足がひづめの者、鉤爪の者、文句無しの人間に化けているが、影に悪魔の本性が出てしまっている者───。  
悪魔というのはこういったもので、本人が完璧に化けたと思っていてもどこかに必ず1つ、真実が顕れているのだ。  
悪魔達は努めて”飢えちゃいない”ふうに装って見せるが、歩み寄るその足は速く、口元には微笑のついでに垂れた涎が見えている。  
 
ミザリィは馬の、出の悪くなった汁を吸い込みながら目を固く閉じた。  
 
悪魔達は彼女の周りに群がると、葦毛馬のももや胴に取り付き、彼女からひっぺがした。  
馬は抗議の嘶きを鋭く浴びせたが、新着者たちが聞くはずも無い。  
ミザリィを囲むようにしてたくさんの手や舌が、押し合いへし合い体中を撫でまわし、舐め回している。  
幸運にも彼女の陰部に辿り着けた者は、濡れた割れ目に無理ぐりペニスを突き込む事に成功した。  
悪魔は2重になった汚らしい声で、せっぱつまったような喘ぎを漏らし、犯しては出していく。  
 
ミザリィはしなやかな体を反らし、ねじり、悪魔達が気も狂わんばかりに喜ぶ、切ない声をあげた。  
 
その間もいやらしい手たちは、彼女の尻やももの肉感、ことに胸の柔らかさを念入りに楽しんだ。  
抜けるように白く、張って盛り上がった胸をもてあそび、ひねくり回す。  
舌はバケモノのように(バケモノだという自覚はあるが)伸ばし、”責め苦”の為に震える唇を開いている彼女の口に滑り込ませる。  
そういった舌は幾重にも繰り返され、彼女の舌と絡み合った。  
かと思えば、我慢できずに自らしごいた者の魔力が彼女の体に降り注ぐ。  
ご丁寧に彼女の口元で出していく者もいる。  
 
緩くウェーブした彼女の美しい髪は、汗なのか唾液なのか、はたまた精なのか(その全てでもいい)わからない何かの為、頬に張り付く。  
ミザリィの女性器はいつ休まるとも知れず、ペニスが抜き取られてはまたすぐに入って来るという具合に、常に埋められていた。  
 
何度ペニスが入れ替り立ち替りしたか知れない。  
 
舐め上げられても舐め上げられても尽きる事無く、膣から精液が流れていく。  
立たされ、寝かされ、或いは抱き上げられ、常に無数の手に遊ばれ、舌で嬲られる。それがどのくらい続いたのかわからない。  
ミザリィは時間の感覚が無くなっていた。  
ただわかるのは、自分が弱々しい悲鳴じみた喘ぎを漏らす度に、悪魔達を夢中にさせているという事だけだった。  
あらゆる体勢をとらされ、突き刺され、出され続けた為か、局部から漏れ伝った精は長い革ブーツの中に溜まっている。  
それはぐちゅぐちゅと粘り付き、彼女の足の先まで不快感でコーティングしてみせた。  
もちろん長い革手袋の中も汗で蒸れ、張り付いている。  
が、「不快」だとか「不潔」だとかの感情に気を割いている余裕などミザリィには無かった。  
 
悪魔たちが悪い相談をしているのだ。  
 
魔力を使えない状態──召喚中は魔力を使わないと言う契約で呼び出している──の彼女には、全て聞き取れなかったが、予想はできた。  
それは、多分こうだろうとの想像で補完した通りの事だった。  
その昔彼らが魔女たちに精製方を教えた、それを使うのだ。  
みなにアスタロスと呼ばれている者、姿を消しているが”見れば”偉大な天使の姿をしている者が、自らの羽の間から小瓶を取り出した。  
通説には魔女の軟膏と呼ばれるものだ。  
 
”だめ、それだけは許して・・・”  
 
ミザリィは別のやつに陰部を盛大に犯されながら、息も絶え絶え、悲願するような目で小瓶を持つ者を見た。  
だが悪魔たちはお構い無しに、ミザリィを石畳に仰向けにさせると大の字にして押さえる。  
そして小瓶の中のどろりとした液体を手に取り、ミザリィの体のあちこちに擦り込み始めた。  
唇、鼻の下、眉間、わき、耳の裏、乳首、性器には特に入念に擦り込まれる。  
まだミザリィと致していない者は、手に付いた軟膏をペニスに塗って貰っていた。  
そうしているうちにも、ミザリィの体には軟膏の効果が表れ始めた。  
 
体がふわふわして、火照るように熱いのだ。  
 
そしてどういう訳か、自分を取り囲む悪魔たちが恐ろしくハンサムに、悩殺されそうなほど色気が溢れているように見えるのだった。  
悪魔とは思えないくらいに官能的で美しく、ひと目で魂を奪われそうな、完成された肉体がそこにはあった。  
その美しい男たちの1人がミザリィの内部に入って来ると、ミザリィは快感の為に身をのたうたせ、悲鳴を上げた。  
頭の奥がじんじん痺れて何も考えられない。  
身も世も無く乱れて、獣のように長々と吼えた。  
悪魔が彼女の中で出し切ってしまって、抜き取ったあとも、体中で快感が波を、鼓動を打ち続けた。  
 
ミザリィはもう耐えられなかった。  
 
入ってきた途端一気に上まで連れて行かれ、9合目を引きずり回される。それが何度も何度も何度も何度も・・・・・・・。  
ミザリィはあらゆる努力を振り絞り、必死でいやだとかやめてとかお願いとかの言葉を口走っていた。  
全身が性器になってしまったようで、入れられる事はおろか、右に左に逃げる淫核を舌先で追い回されるのも勿論、  
乳首に軽くキスされたり、耳たぶをいじくり倒されたりするだけで絶叫し続けた。  
髪が後ろに引っ張られるのに似た感覚と、歯ががちがち言って何も聞こえなくなる感覚───どれほど果てたか知れない。  
頂上を迎えたかと思うその直後にまた波が来るのだ。  
だが形勢が逆転、と思うような事が起こった。  
 
彼女を四つん這いにさせ、キツツキのような動きで犯していた者が、ペニスを抜き取ったのだ。まだ発射もしていないのに。ただの一度も。  
 
ミザリィは巻き起こるような快感の渦から開放され、上気した顔を、うなじを垂れた。  
”助かったのだ”と彼女は思いたかった。  
と言うのも、悪魔たちはもう体に纏わり付く事はせず、彼女を観察しているだけなのだ。  
目を閉じたまま周囲の音から察するに、どうやら魔力を出し切ってスッキリした者から順に帰って行ったようだ。  
いっときのあの、むんとする男臭さ、獣臭さもだいぶ薄くなった。  
 
やがて息が落ち着いて来ると、ミザリィはゆっくりと目を開けて広間を見渡してみた。  
 
今出し損ねたやつが自分の後ろにいる他は、最初に召喚した3匹、あとは片目で見てやっと見える奴が1人いるだけだった。  
蝙蝠羽の悪魔は、食後の中年が良くするように横になって肘枕を作り、  
空いた方の手は一定のリズムを取るようにして、ももの上でぱたぱた動かし、飼い猫を眺めるような目でミザリィを見ている。  
馬はひづめで、小さな魔方陣を消して回っている。  
オオカミはスフィンクスのように構えている。  
そしてミザリィと目が合うと耳をきりっと前に向け、飼い犬が良く見せる顔、  
”え? 何? 遊んでくれるの? ”  
というような顔をして全身全霊をミザリィに集中させた。  
その状況を見て、ミザリィはぺたんと座り込んでしまった。  
気が抜けたのだ。  
 
いつまでも気が抜けていればよかった。  
 
だが体はそうもいかなかった。  
魔女の軟膏はまだまだ体を駆け巡り、ミザリィを良い気分に、夢見心地に引っ張り戻していく。  
体が再度熱を帯び、理性がきかず、気付くか気付かないかするうちに、ミザリィは丸い尻を突き上げて、悪魔の方に差し出していた。  
もう、したくてしたくてどうしようもなかったのだ。  
さっきまで散々、いやだのなんのと取り乱していたくせに、今はしたくてたまらない。  
だがどうしても悔しくて、入れてとは言いたくなかった。  
 
悪魔の方でも、そんな事は先刻お見通しだった。  
 
だから彼女が何か言う前に、後ろからずぶりと突っ込んだ。  
悪魔達はミザリィがほんとに嫌がってるのか、見ただけ、試しただけだった。  
ペニスを待ちわびていた膣は喜び震え、抜けてしまわないようにしっかりと咥え込んだ。  
絶え間無く後ろから突き立てられる度に、ミザリィは脳天がひっくり返りそうな快感に襲われた。  
尻だけを持ち上げられた姿勢で石畳にひれ伏し、頬をくっつけ、いつの間にか涎を垂らしていた。  
悪魔は悪魔で、しんがり近くまで待たされた思いをぶっつけてやろうと言う気でいて、なかなかミザリィを離そうとしない。  
脳髄も脊髄も痺れるような快感に、ついに泣き出してしまったミザリィを見ても責めるのをやめなかった。  
”随分待たせたじゃないか”やめるどころか一層激しくしたほどだ。  
             、、、、  
ミザリィの声はかすれ、気がいきそうになった頃、悪魔はやっと精を出しきった。  
悪魔の方でも出してしまえば気が済むもので、わけのわからない快感にむせび泣くミザリィに、キスの雨を降らせて余韻を楽しんでいる。  
それを見た消えているやつは、世界中を慈しむような顔をして悪魔と会話を始めた。  
消えているやつは、いやに物腰が柔らかくやさしげな雰囲気で、キスに興じる悪魔と話しているが、やっている事と物腰は関係無かった。  
ベリアルと呼ばれる消えているそいつは、1人に見えたが実は2人の美しい天使で、  
帰って行った悪魔に譲り受けた小瓶の中身を全部──そう、全部!──直にペニスに垂らすと、それを2人して塗ったくって馴染ませた。  
 
あやすようなキスの嵐でミザリィを泣き止ませた悪魔は、帰って行った。  
 
高い所から下へ飛び降りる者がするようにして、悪魔は自分が出て来た魔法陣に飛び込んだ。  
客が1人帰っていなくなると馬は魔法陣を消しにかかる。  
ミザリィはすでに次の客に取り掛かっていて、まず手始めに、自分の顔の前に立った方の天使のものを舌で愛撫し始めた。  
舌も脳も痺れて方向感覚が怪しくなって来る。  
そうしながら腰を浮かせて、もう1人の天使に挿入を催促するのは、さして苦でもなかった。  
頭はとっくに考える事を止め、体だけが正直に、雄弁に、ものを言った。  
何も入っていない膣でも内部はちりちりと熱く、何かが弾け続けていつになっても醒め遣らない。  
軟膏まみれのペニスでもいい、”何か”を入れておかない事には気が狂いそうだった。  
 
そこへその”何か”がやっと入って来た。  
 
神殿の柱のように真っ直ぐで太く、固いものだった。  
せっかく泣き止んだのに、ミザリィはまた泣かされる事になる。  
ただ、今度はいつ泣き止んだのか覚えていなかった。  
後ろから貫いてきたそれは、時速240qで走る車の、エンジンルーム内のピストンもかくやと思われるほどの速さで動いた。  
そこへ持ってきて魔女の媚薬ときている。  
犯されながらも体は宙を揺蕩っているようで、性器からズンズンと全身に響く衝撃は、心地良いバイブのようにも思えた。  
一瞬、広間の天井から輪姦わされている自分が見えたような気がしたが、ほんの一瞬の事だった。  
すぐに螺旋状に何かに吸い込まれて、視界も意識も真っ暗になっていった───。  
 
ミザリィは気を失ったのだ。  
 
2人の美しい天使がすっからかんになってしまうと、燃え盛る戦車が彼らを迎えに来て、彼らを乗せると魔法陣の中に帰って行った。  
始めに召喚された3匹が、心置き無く彼女を楽しんだのはそのあとの事だ。  
彼らのそれぞれの玉袋が、  
”皮とボール、あとはなんも無し!”  
というところまで「仕事」を終えてしまうと、馬は鬣を引かれる思いで帰って行った。  
蝙蝠羽の悪魔は、いとおしくて仕方が無いといった様子でいつまでもそこを、──彼女の上を──離れようとしないオオカミに手を焼いた。  
オオカミは失神してだらりとなったミザリィを飽きもせず舐め続け、しっぽの大蛇を彼女の体に絡ませて密着している。  
その顔は恍惚そのものだ。  
蝙蝠羽の悪魔は、オオカミの大蛇尾を自分の体に巻き付けるようにして、引きずりながらミザリィから離した。  
怪力のオオカミに何度も引き戻されつつも、2匹はなんとか帰って行った。  
魔界のねぐらに戻る道すがら、”まあとにかく、しこたま精を溜めようや、兄弟”などの事を言って、オオカミをなだめた事だろう。  
 
ミザリィの横たわる広間には静寂が舞い戻って来た。  
 
 
 
                           、、、  
何十分何時間、或いは何日───どれぐらいの間そうして(とんで)いたのかわからない。  
 
ミザリィは意識が戻ろう起きようとする中で、石畳に横たわったまま、周囲の音を聞くとも無しに聞いていた。  
当然ながら、とうの昔に消えてしまった松明の燃える音はしない。  
今はまっくろけな炭だけがそこに寝ている事だろう。  
遠くの方ではかすかに、水の滴る音が聞こえる。  
ちょっと集中して音を集めてみると、水滴の音の他に静かに湧き流れる水や、のろのろと動く水路の音すら聞こえた。  
気持ち良く熱を奪ってくれる、冷たい石畳についていない方の頬──右の頬──では、広間を柔らかく循環する空気の流れを感じられる。  
 
ミザリィは諦めたように、けだるく身を起こした。  
 
案の定、広間は真っ暗だ。  
体はプールからあがった時のように、どことなく心地良い疲労感が漂っている。  
ミザリィは、ひどい性夢の狂乱から帰ってきた体に注意をやった。  
ついた手がじかに石畳を触っている事に気が付き、手袋もブーツもベルトもいつの間にか無くなっているのがわかった。  
良く「茶腹」と言うが、「精腹」と言っても良いくらいに胃袋に居据わっていた精は、気化して(或いは吸収されて)無くなっている。  
体の向きを変える為に、ほんの少し動いただけでも溢れ出していた膣内の精も気化したようだ。  
汗が乾いた後の皮膚なので体はさらっとはしていないが、精のべたべた感は無かった。ぷんと来るニオイさえ無かった。  
魔力を吸われたあとの精は、ただ気化するのだ。  
こうあっては、あれはただの夢だったのではないかという気持ちになって来る。  
だがそういった気持ちになっているだけだ。  
ミザリィの頭の隅では、状況を良く理解して飲み込んでいる冷静さがあった。  
 
ミザリィはそっと立ち上がり少しよろけると、水路に向かって歩き出した。  
素足のままぺたぺたと行き、水路の急に何mも深くなっているポイントまで来ると、水の中にどぼんと飛び込んだ。  
そして、澄んだ水がすっかり汗を流しきってしまうまで、水に浮いて身を任せていた。  
体には内側からみなぎって来る力があり、ミザリィはそれを内側に留めようと試みたが、勝手に溢れて来るのだった。  
吸収した魔力だ。  
なにせ今回は72匹も相手にしたのだ。  
勝手に溢れ出そうが魔力の無駄遣いをしようが、そうそう枯れそうに無い。  
あの悪魔達ときたらまるで、”根城に帰らない土鳩が勝手になつき、仲間を芋づる式に呼ぶ要領”で他の寂しんぼうの悪魔を召喚する。  
ミザリィの方では魔力が枯れる度に、どんどん増えて行く頭数をこなさなければならない。  
おかげでその都度、魔力のキャパシティが上がっていくというオマケ付きではあるが。  
 
ミザリィは水から上がると魔法で髪を乾かした。  
 
心の中は、また便利な生活に戻れる事を噛み締めて、喜びを押さえられないでいる。  
瞬間移動で広間まで戻ると、ミザリィはハンドボール程の大きさを手でかたどり、その中に光の玉を作った。  
そしてそれを広間の天井──自分がぷかぷか浮いていた辺りだ──に放り、固定し、広間を明るく照らしだした。  
満月が7つ8つ集まったらこんなだろうと思われるあかりの下で、ミザリィは宝箱の蓋に手を掛ける。  
宝箱は悪魔達が置いていったものだ。  
それはいつも意識が戻ると置いてある宝箱で、海賊だの盗賊だのが抱え込んでいるようなデザインの、無駄にでかく、重いしろものだ。  
 
ミザリィはそれを──3つあるうちの1つを──ひょいと開けると中を探った。  
 
中には様々な、魔界由来の骨董品や宝石、魔術に使う杖や天然石、本などがぎっしりと詰め込まれている。  
無いわねといった様子で次の宝箱を開けると、装身具に埋もれた中にきわどい服の数々があるのを見付け、ミザリィはそれを身に付けた。  
最後の宝箱を開けると、小悪魔の干物のような物がたくさん並べられている。  
これはいわゆる使い魔の一種で、面倒で自分が動きたくない場合の時など重宝するものだ。  
あるエキスを水に垂らして魔界の水を作った所にこいつを沈め、もどして蘇らせ、命令を下しててきぱきと働かせる。  
ミザリィはこの贈り物が割と好きだった。  
言いつけは必ず守るくせに、要求してくる見返りというのが見返りらしからぬもので、定期的に魔界の水に浸してやれば良いだけだからだ。  
 
ミザリィは干乾びた使い魔をかきわけ、宝箱の底に手を伸ばした。  
 
あったわというような顔で引っ張り上げたそれは、松明用の薪だった。  
しっかり油まで染み込ませてある。  
苦笑いしながら用意が良いこと、と呟くと、ミザリィはそれらを次回に備えるべく石壁の松明に置いて回った。  
あとは宝箱を閉じて地上の店内に転送し、それを終えると自らも上へとテレポートした。  
 
地上の世界は夜だった。  
 
ちょうど、明日早起きする予定がある者は床に就いているような時間だ。  
ミザリィは電気も付けず、自宅から店内へ入った。  
店内には小さな天窓からの月明かりがうっすらと差し込んでいて、磨かれた壷や水晶でできた置物等を暗闇に浮き上がらせていた。  
月明かりだけなら静かで良かったのだが、そうではなかった。  
どすん、ばたんという埃の舞い上がりそうな音と、罵声が飛び交っている。  
籠の中のリンゴ達と、天井に吊るされた干し首がやり合っているのだ。  
きっかけは干し首が歌う下手っ糞な歌だった。  
もう寝ていたリンゴ達はそのがなり声で起きてしまい、あとはシナリオ通りと言うところだ。  
 
「どうした、このオカマのウジ湧き毒リンゴども。もう言い返して来ないのか」  
「毒リンゴって言うな!」紫のリンゴが泣きそうな声で言う。  
「毒リンゴ毒リンゴ毒リンゴ」  
「黙れ首ちょんぱ! 店長が帰って来たら言いつけてやる」と青リンゴ。「覚悟するんだな」  
「ハ! 店長は今頃アップルパイのレシピーでも確かめてるだろうよ」干し首はけたたましく笑った。「パイになりゃ食ってやってもいい」  
そこで真紅のリンゴがブチ切れた。「ブッ殺す!」  
「フン、どうせ届きゃしない」と、干し首は高を括っていた。  
 
だが届いたのだ。  
 
リンゴたちは収納されていた手足を出し、協力し合って真紅のリンゴを勢い良く放り投げた。それにはスクリューがかかっている。  
「へぶ」  
干し首は真っ向からパンチを喰らったような衝撃に、鼻がつーんとなった。ザマミロ! 死ね! 等の野次がやかましく飛んだ。  
首を吊るしている紐は振り子のように揺れ、回転し、干し首の吐き気を誘った。「おヴえェぇ」  
リンゴ達はくるくる回る干し首を指差しては、膝を叩いてヒーヒー笑っている。  
 
その様子を見守っていたミザリィは、音も無く店の電気を付けた。  
 
すると店内の笑い声は一瞬で止み、リンゴ達は高速で振り返ってミザリィの姿をみとめ、みな青くなっていった。  
全てのカーテンが開けられ、CLOSEDのカードがOPENになる頃には、リンゴ達は籠の中に戻り、油絵のように静止した。  
4日ぶりに帰った主人の、只ならぬオーラに気おされたのだ。  
ミザリィは天井の干し首を取ると掌の中で凝視した。  
そして、唇の上下にジグザグに縫われた紐を引っ張ってから結び、吊り下げ直した。  
 
宝箱の中の品を店に並べ終え、軽く食事を済ますと、ミザリィはお茶を片手に一息つく事にした。  
 
その一方、外では人けの無い通りを歩く者がいた。  
 
終電を後にし、駅から自宅に向かうありふれたサラリーマンだった。  
男は、初めてミザリィの店に入った時のインパクトが忘れられなかったのだ。  
店でまた買い物をする気でいた。  
今度はリンゴを1つと言わず、ひと籠まるまる買うつもりだ。  
ただ、念の為に──使わないとわかっているのに──常に10万円余分に持ち歩く事にしていた。不測の事態、万が一を思っての事だ。  
そうしてここ数日店の様子を窺っていたが、店は閉まったままだった。  
男はほっとする反面残念でもあり、彼女はどこかに旅行にでも行ってるのだろうと自分を納得させ、店が開くのを待っていた。  
 
そしてやっと店が営業を再開したのだ。  
 
男は物陰で呼吸を整えるとミザリィの店に向かって行った。  
向かいながら、俺は色に狂って道を踏み外すのだと頭のどこかでぼんやり思う。  
このままどしどし金を注ぎ込み、考える事といっては店主の事だけ、仕事も手につかず、生活に支障を来して行く事は容易に想像できた。  
それまでそこそこマジメにやって来たせいか、一度女に嵌るとなかなか抜け出せない。  
男自身ですらゆく末が見える。  
だがどこか他人事のように、沈んで行く船を遠くからのんびり眺めるような気分で、己を分析していた。  
 
男は立ち止まってタイを締め直した。  
 
再び歩き出すが、頭では新車購入資金の事を考えていた。  
上司からマイカー通勤にしろとくどくど言われ続け、のらりくらりとかわしながらも無意識に貯めていたものだ。  
男は新車を買いたくは無かった。  
買ってしまえば、それで通勤してしまえば最後、サビ残は果てしなく続き、朝まで帰して貰えなくなる。  
買わないでおけば終電がどうのと言い訳がたつ。  
 
だが男は長い事迷い続けていた。  
 
いずれ所帯を持ち、家族が増えていくのだ。  
ありふれたセダンか、ありふれたワンボックスでも買っておくべきだとの心の声が聞こえていた。  
その無視しきれなかった声は、暗闇に浮かぶ店を目にした直後に──いとも簡単に──心の中から追い出されてしまう。  
もう迷いは無く、俺はあの300万あまりを骨董店に貢ぐのだと男は確信した。  
店のドアノブに手を掛けながら、株を残らず売っ払い、定期にも手を出している映像がチラつき、男は笑い出したい気分でドアを開ける。  
真鍮の鈴がチリ、と男を迎えた。  
 
「いらっしゃい」  
 
ちくしょうめ、どこに行ってたんだ、などと思いながらも声を聞けば嬉しかった。  
長くてかっこいい足も拝めて気分は上々。  
”ストーカー”にもなり切れない男の、4日に及ぶ”張込み”のどうにもならないハラハラ感は、  
アウターゾーンの本物の”ストーカー”によって終止符を打たれる事になった。  
店主は、様々なデザインのネックレスや指輪を台の上にたくさん並べ、どれを身に付けようか迷ってるというような顔をして眺めていた所、  
客として男が来たので一瞬だけ驚いてから──結界を張り直した気でいたのだ──もとの落ち着いた雰囲気に戻った。  
 
店主は前に合った時よりもどことなく若々しく、それでいて妖艶で、匂い立つようなみずみずしさをたたえていた。  
艶めかしい仕草で台の上のアクセサリーを片付けると、店主はそれを台の下にしまい込んだ。  
男は目の端で店主をちらちら見ながら、店内もそれとなくチェックした。  
店内は模様替えをしたのか、以前見掛けなかった品物がたくさんあるようだ。  
吊り下げ場所の変わっている干し首を見上げると、口は金庫のようにぴったり閉じ、苦虫を噛み潰したような顔をしている。  
男はぐるっと回ってキャビネットの前に立つと、リンゴを数え始めた。”1ヶ400円だから、ええと?”  
 
「選ぶんじゃねえぞ、オレをよ」  
 
本当に本当に小さな、囁くような声で何かが聞こえた。  
男はどこか既視感を覚えながらも店内をキョロキョロと見回す。  
だがすぐに我に返って考え出した。  
 
”まさか、幻聴・・・・・”  
 
そして、向こう側に足を踏み入れかけている──ことによると、すでにそっちの住人になっている──同僚の事を思い出した。  
同僚は仕事のハードさとストレスから不眠症になり、寝不足が祟って幻聴を聞くようになったのだ。  
しょっちゅうしょっちゅう携帯の着信音が聞こえると言ってはばからず、お前が鳴らしてるんだろうと言って身体検査を始める。  
そのやり取りを見た者は、捕まった殺人犯が両手を上げている所にFBIが武器の有無を調べているシーンを回想する事だろう。  
男はその同僚の事を思い、次いで、遂に自分の番が回って来たのだと戦慄した。  
レジ横に座る店主に話し掛けられたのはその時だった。  
 
「お客さんにぴったりのものがあるのよ。いかが?」  
 
男はハッとして、レジの店主を見た。  
店主はにっこりとしていたが、その笑顔を向けられても男はもう目を逸らさなかった。  
自分の目がべらべらと語る事から、心に秘めた思いを見抜かれても一向に構わない覚悟でいた。  
男は、俺の為にチョイスしてくれる物は何だろうと、嬉しいながらもはおっかなびっくりな気持ちでレジに寄った。  
 
「これ・・・・どうかしら」店主は台の下から小さな箱を取り出すと男に差し出した。「あなたの為にとっておいたの」  
自分にぴったりかと思われるものを”選び”、いつ来るとも(もう来ないかも)知れない客の為に”わざわざ””取り置き”してくれた。  
それだけでもう、男は箱も開けず買っても良いと思った。  
が、開けて中の物を取り出してみた。  
 
「シャー・・・・・・ペン?」  
 
それはなんの変哲も無いシャープペンだった。  
ただ、ありふれたものより少しだけ重く、指には吸い付くようにフィットした。  
良く見るとデザインも色も形容し難く、斬新なようでありふれていて、古めかしいようで新しくも思えた。  
こんなシャープペンには出会った事が無い。  
 
「本来なら10万円のところだけど・・・・・」店主は髪をかき上げた。「3万でいいわ。お得意様だから」  
 
”まただ”  
 
男の視線は手の中のシャープペンと、店主の胸の谷間を行ったり来たりした。  
ほぼ一見さんであるにもかかわらず、”お得意様”扱いは最高に気持ちが良かった。  
気持ち良さはすぐに嬉しさに変わり、即買いと相成り、  
──”俺が惚れてるのを知ってて・・・くそう、この商売上手、どうしてくれよう”──  
気付くと男はスキップするように帰途についていた。  
心なしか記憶が薄らぼやけている。  
体も気持ちもふわふわするのは、会社を出たあと寄り道して一杯引っ掛けたせいだと、男は信じて疑わなかった。  
アルコールらしきものなど、ただの一滴も口にしていないのだが。  
 
───  ── ─ ─  
 
男が見えなくなってしまうと、ミザリィは店から出て外に結界を張り直した。  
今度は頑丈に、3重にも4重にも。  
これで道行く人には店は見えず、外資系のビルが建っているように見える事だろう。  
通りからは、門と強面の守衛がちらと見えるだけだ。近寄る者はいない。  
 
あとはアウターゾーンに迷い込んだ者だけが、吸い寄せられるようにして店を訪れる。  
 
          、、、、  
陳列されている品物に呼ばれるのだ。  
 
 
 
次はあなたの番かもしれない。  
 
 
 
───その後男がどうなったか?  
 
どうと言う事はない、男はありふれた男だったのでありふれた結末にしかならない。  
いや本人にとっては、結果に至る道のりはありふれたものでは無かったかもしれない。  
はたで見てありふれたように見える出来事というのは、本人にとっては重大な、ドラマラスな出来事だからだ。  
 
 
 
 
男はと言うと、背広のポケットにシャープペンが入っているのを見付け、メモ書きや何か、事あるごとにそれを使うようになった。  
 
そうしているうち、ある日諦めていた夢を思い出し、会計士になる為の勉強を再開した。  
睡眠を削るのは楽では無かったが、ほんの少しの空き時間を利用したりもして、復習にも励んだ。  
面倒なもので、どうかすると挫けそうになったりもしたが、例のシャープペンを使うと不思議とはかどるのだった。  
たまに気晴らしに酒やタバコに手が出るが、そんな時にはいつもリンゴの幻影が目の前をチラつき、嗜好品を楽しむ事ができなかった。  
実際に飲んだりしてみても、リンゴの味しかしないので不気味なだけで後味が悪い。  
 
男にはわけがわからなかった。  
 
それは暗示か呪いのようにいつまでも付きまとい、男はだんだんと嗜好品から遠ざかって行き、終いには怖くなってやめてしまった。  
それではギャンブルをと思うが、いざ出掛けるとなると途端に具合が悪くなる。  
仕方無しに家にいる事にし、諦めてシャープペンを手にしたりするとケロッと治るのだった。  
 
シャープペンは男の生活をじわじわと侵食していった。  
 
なぜか手放せず、どこにでも持ち歩いた。  
おまけに、勉強したいという思いが発作のように襲って来るようになり、電話の代わりに勉強道具を携帯するようにまでなった。  
謎のシャープペンを使っていると勉強も苦では無く、書いた事も気味が悪いほどに覚える事ができるのだ。  
 
そこからは全てが駆け足だった。  
 
あっと言う間に会計士の資格を取得してしまうと、男は電車を乗り換えるかのように転職を果たす。  
間も無く独立してありふれた事務所を構え、ありふれた女の子と一緒になり、ありふれた家庭を築く。  
そしてそのうちにありふれた行政書士になり、ありふれた子供を2人ばかりこさえ、ゆくゆくはありふれた司法書士になる。  
 
こうして男はありふれた──人よりもちょっとだけ幸せな──人生を歩んでゆくのだが、それはまた別のおはなし。  
 
 

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