日付があと少しで変わろうとする深夜。  
 原川の部屋は珍しく蛍光灯の灯りがついていた。  
 白い光の下、いつもの如く寝巻き代わりに原川のシャツを1枚借りて羽織っただけのヒオがいる。  
 彼女は真剣という色を表情に浮かべ、拳を握り締めつつ力説していた。  
「ヒオが思うにやっぱり覚悟した事は早めに済ませておくほうがいいと思いますの。その覚悟が無駄にならないうちに。ええ、日本語ではこういうんですよね? 据え膳食わぬは恥」  
「その言葉は色々な意味で間違っているだろう、ヒオ・サンダーソン、というか、覚悟云々の話が現状の何に繋がる?」  
 言われ、ヒオは原川を見下ろした。普段ならば見上げる事で見える筈の彼の顔は今、ヒオの下方に位置している。  
 原川は仰向けに倒された状態で、ヒオは丁度彼の腹の辺りに馬乗りになっていた。  
 平たく言えば原川はヒオに押し倒された状態だった。しかも、後ろ手に縛られた状態で。  
 縛られた手に自分とヒオの重みがかかっているが、後ろは布団なのでそれほど苦痛はない。  
 ……そういう問題じゃないんだが。  
 そう思った原川を見下ろし、ヒオは頬、むしろ顔全体を上気させ僅かに首を傾げてみせた。  
「……わかりませんの?」  
「分からないな」  
 短く答えると、ヒオの眉がわずかに下がった。  
  抗議の表情で見つめてくる彼女に、原川は無言で説明を要求する。  
 数秒の攻防。  
 負けたのはヒオの方だった。  
 く、と小さく息を吐き、揃えていた両手を握り締めつつヒオは言う。  
「原川さんが、悪いんですのよ? ヒオはちゃんと覚悟してましたし先生も最後の一歩は相手の方に  
リードして戴くのが心遣いと言ってましたから、ちゃんとヒオは待っていましたのに、原川さんたら  
主導を握るどころか、ここ何日のヒオの覚悟を全く無視されてたじゃありませんの。ですからヒオは  
決めました。原川さんが主導を握るつもりが全くありませんのならヒオがイニシアティブをとるべきだと」  
「……ちょっと待て」  
 一気にまくし立てるヒオを止めた。原川は問うのはやめた方が良いと危険信号が点滅するの  
を感じつつも、ゆっくりと問う。  
 
「その、君の覚悟というのは何の覚悟のことだ? ヒオ・サンダーソン」  
 原川にしてみれば当然の疑問に、ヒオは何故か焦った様子だった。  
 顔の朱の色を深め、ええと、と小さく意味のない事を呟きつつ数秒の迷走の後、うん、とちいさく頷いて、けれどもようやく聞き取れるくらいの小さな声でヒオは告げた。  
「――ヒオの初めてを貰って戴く覚悟ですの」  
「馬鹿かー!!」  
 反射的に走った思考のまま、原川は叫びを放った。  
 いきなりの大声に腹の上のヒオがひゃん、と小さく肩を震わせる。  
 だがそれで良い。遠くに飛びかけていた意識に力が戻ってくる。  
「薄々感じてはいたがやはり君は痴を最上級でいく女らしいなヒオ・サンダーソン」  
「え、チの最上級って……ヒオはチェストなんですの?」  
「違う。……というか、君はまだ子供だろうが。君の国ではどうだかは知らんがな、この国じゃ  
どっちが襲ってようが子供と事に及んだ男は立派に犯罪者なんだ。覚えておけヒオ」  
「それは米国でもそうですけれど……って、ヒオと原川さんは2つしか違わないじゃないですのっ。  
それで子ども扱いなんてあんまりですわ!」  
「俺の2つ下ば充分子供の領域だよ。分かったか。分かったらいい加減そこを退いてくれないかヒオ。  
それともどうあっても俺を逆レイプする気か?」  
「それはもう双方の合意は得られてますから大丈夫ですわ」  
「いつ俺が同意したよ?! 頼むから会話をしてくれヒオ・サンダーソン!」  
「だって初めて泊めてもらった時原川さん、ヒオにこう言いましたわ。もし俺が君に  
何かしたらどうするって。それに対してヒオはこう答えたはずですわ」  
 一息。ぎこちない笑みを浮かべ、ヒオは絶句している原川の顔を覗きこんだ。  
 
 
 
「――お願いします、と」  
「ちょっと待――」  
 て、という言葉はヒオの唇の中に消えた。  
 キスをされている。その事実に今度こそ原川の意識が硬直する。  
 だがそれも一瞬の事。  
 恐々、といった動きでヒオの舌が原川の唇を割ってくる。  
 舌と共に吹き込まれたヒオの吐息は酒の匂いして、原川は眉をひそめた  
 ……言動おかしいからまさかとは思っていたが、コイツ完全に酔っ払ってやがる……!  
 舌の口内への侵入を拒もうと、原川は歯列と唇を閉じた。  
「ん――」  
「――――」  
 それは、図らずもヒオの舌先を咥え込む、とういう形になってしまう。  
 だがヒオは諦めない。  
 舌先を力を込めて唇と歯列の間に送り込み、歯列をなぞり、唇の裏をくすぐるようにして舐めた。  
「ん、ふ――」  
「っ――」  
 歯と歯肉の境目をなぞられ、原川は息を詰めた。  
 それだけでは終わらない。シャツのボタンが上から一つずつ、外されている。ヒオの左手だけの、不慣れな手つきで。  
 首から胸元、そして更に下へ、外す邪魔になる腰を少しづつ後ろへじりじりと下げ、体を密着させながらヒオは原川のシャツの前を開いていく。  
 抵抗のために原川は体をよじるが、無駄だった。  
 ならば、とヒオの唇から逃れようと原川は顔を横にした。  
「ふ、ぁ」  
 こちらは意外とあっさり引き離せた。  
 は、と止めていた息を大きく吐き、深呼吸。そして原川はヒオを見た。  
「おい、ヒオ――」  
 

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