早朝。霧の街である倫敦はいささか趣を変えていた。  
時間はいつも通りに流れるが、外に出た者が外に出た順に気付き驚きを隠さない。  
 
霧が晴れている。  
 
湿気の国とも言われるこの英国――倫敦という都市から、今日は何故かその個性が失われていた。  
怪奇現象、異常気象とも取れるこの現象を、しかしある一人の住人は  
……これはきっと、神様も祝福して下さっているのでしょう。  
と、酷く前向きに考えていた。  
彼女は目を覚ました後、筋を解すような動作で一度体を伸ばし、すぐさま準備に向かった。  
店の表に立て看板を用意していると、石食いの青年が通りすがりに笑顔を向け、親指を立ててきた。  
今日何があるかは知っているらしい。と、彼女も笑顔でそれに応じる。  
立て看板にはこうあった  
 
『1週間の臨時休業』と。  
 
何日までと明確な日付を書いていない所を見ると、店を休みにすることに恐らく慣れていないのだろう。  
しかし、空の色と同じ瞳を持つ自動人形は至って上機嫌で、眩しい程の朝の陽に、目を細めた。 
 
……さて、そろそろアモンさんを起こさなくては。  
何しろもう一人の今日の主役は、未だ何も知らずに寝ているのだ。  
知らせないようにしたのはフィルの助言が原因ではあるが。  
――事前にアイツに知られたら逃げ出しかねないからね。  
流石に逃げ出しはしないだろうが、サプライズというのは悪戯をしている様で少し、ほんの少しだけ楽しかったと思う。  
今日の主役である彼女――クラウゼルが、この計画を立て始めたのは半年ほど前になる。  
6月に挙げるために、各所に予約を取り付け、「アモンさんには絶対内緒」という遊びまで加えたこの計画は、ほぼ完璧に  
進んできた。  
自然と、踊るような動きでクラウゼルはアモンの寝室の前にまで行き、扉をノック。  
反応が無い事を確認すると、一切の躊躇無く事前に作っておいた合鍵で寝室に侵入する。  
 
「アモンさん、起きて下さい。アモンさん」  
右肩を上にして寝ているアモンを背中から軽く揺さぶる――が、起きる気配は無い。  
揺する揺する。10数秒続けたところで反応があった。  
「ぅお、お、おお起きた起きた何だ?どうした?」  
ひとまず目は覚めたらしい。揺さぶるのを止める。  
「お早う御座いますアモンさん」  
「……ああ、確かに早いな。で、どうした?何かあったか?」  
「朝です」  
皮肉は流されたらしい。まだ覚醒しきっていない頭でアモンは自分の発言を繰り返した。  
「……それは嫌でも判る。で、どうした?何かあったか?」  
「晴れの舞台なんです」  
「意味が解らないぞクラウゼル。晴れの舞台と俺が早く起こされるのと、何の関係がある」  
「ですから、私達の晴れの舞台なんです」  
ここで初めて脳が起動したらしい。  
アモンが問う。  
「待て。今、私達の、と言ったな。どういう意味だ」  
と、自覚無しに地雷を踏んだ。  
それを聞いたクラウゼルは、満面の笑みを浮かべ、  
 
「ええ、私達二人の結婚式です!」  
 
――爆発した。  
 

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