窓から射す夕日夕日の色が、白いはずの紙面を紅く色づかせている。ふと顔をあげて机  
上の置時計をみれば、  
「もう、こんな時間か」  
 今日の仕事としてはこのあたりで切りをつけてもいいだろう。別段、火急を要する仕事  
は抱えていない。  
 椅子から立ち上がり、本棚の上から頭を出して、二つ、向かい合わせに繋がったデスク  
の向こうに座る相方に、そろそろ終わりにしようと声を掛ける。  
「二代。そっちはどう? 私はそろそろ切り上げてもいいと思うのだが」  
 ここは武蔵アリアダスト学院の総長連合・生徒会の統合居室。だが、今ある人影は二人  
のものしかない。会長兼総長の葵は基本的に仕事などしないタイプだし、残りの生徒会の  
メンバー、総長連合の特務たちはいまはそれぞれの生業・部活動・あるいは趣味に従事中  
だ。自然、副会長、副長をほとんど専業状態の自分たちだけということは別に珍しくもな  
いことではある。なにより自分たちは会長及び総長の実務を請け負っていると一手も言い  
状態だけに、他のメンバーより幾分仕事は多くなるのが常だ。  
「Jud.そうで御座るな。では書類仕事はこのあたりで止めとするで御座る」  
 相方からも、肯定の返事。  
「では、鍵をかけてくるで御座るよ」  
 つづいて、余人が聞いたら首を傾げたくなるような台詞。  
そーだよなー、ここのところご無沙汰だったしなー。  
そんなことを思いながら、正純は個人用の私物入れからロールマットとシーツを取り出  
し、手早くなれた手つきで部屋の一角に即席の寝床をこしらえる。この部屋を、副長レベ  
ルのパスコードでロックしてしまえば、葵がまず来ない以上、二人だけの城になると気づ  
いたのは、果たして自分だったか、二代だったか。おまけにここは本来の役割上防諜にも  
余念がない。中で何が起こっても、他人がそれを知ることはない。  
 とてつもない公私混同かつ職権乱用のような気がして、躊躇したことはあるものの、金  
銭的にあまり余裕がない自分にとって、これだけの環境が只で得られることは抗い難い魅  
力であった。  
 結果的に、二人だけで残った日はそのままこういうことになる。  
 結構ながされるほうだなー、私。  
 以前の自分は、真面目で、役得など求めないと思っていたのだが。  
「正純? どうしたで御座るか? 遠くなど見つめて」  
 扉をロックして戻ってきた二代が、正純の躰に腕を回しながら、顔を寄せて問う。  
 付き合ってみると、二代は意外とスキンシップの激しい方であった。最初はイメージと  
違うこともあって戸惑いもあったが、慣れた今では大型犬みたいでかわいいと、そう思  
う。人前では以前と変わらないので、これは二人だけの秘密だ。  
「いやまあ、ちょっと考え事かな。それより、はい、これ」  
 そう言いながら、ロールマットなどと一緒にしまってある、体を拭くための、薬剤付き  
のウエットペーパータオルを渡す。さすがにシャワーなどは望めないので、その代用だ。  
 ちなみにこのタオル、キャッチコピーは『さっと拭けて、即ヤれる!』らしい。なんと  
も身も蓋もない、わかりやすいキャッチコピーだ。以前オーゲザヴァラーあたりから何か  
の機会に聞いたのを覚えていたので、それが役に立った格好だ。  
「では、正純、服を脱ぐで御座る」  
 いつの間にやら、相手の体を互いに拭くのが、当たり前になっていた。  
 
 服を脱いで、互いに身を清めて、互いの腰に手を回しながら、寝台へと向かう。  
 シーツの上に、相対して座り、互いに相手を求めるように掻き抱いて、始まりのキスを  
交す。唇だけでなく、身体全体を押し付けあって、相手の存在を確かめ合う。自分は、性  
別が定まらない時期が長かったせいで、男女両方に対して、あまりスキンシップをとらな  
いようにしていた。なので、こういう気持ちよさを、長らく忘れていた。今は確かめ合え  
す恋人に恵まれたことを、素直にうれしく思う。  
 ずいぶんと長い時間をかけて、存分に相手の存在を確かめたのち、引かれ合いながらも  
ゆっくりと身を離した。  
「今日は、拙者がするで御座るか? それとも、正純にしてもらえるので御座るか?」  
 互いの役割など特に決めていない。言うなればその時次第だ。  
「じゃあ、二代、お願いしていいか?」  
 今日は何となくそういう気分だ。  
 頼むなり、Jud.という答えとともに肩に手を置かれて、シーツの上に押し倒された。  
 
「……と言う風になってるんじゃない? 中で。どう思う、マルゴット?」  
「いやさすがに、そういうのは現実的にありえないとおもうの。ガッちゃんのお話は、毎  
回おもしろいと思うけど」  
 居室の前で、二人の有翼の少女が立ち話をしている。  
「そうよね。現実はあんまりおもしろくないわ。…………あれ? 鍵がかかってて開か  
ない!?」  
 閉ざされた室内は閉鎖空間として、他者を拒んでいた。  
 

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