窓が無く、家具もほとんど無い部屋。
八畳ほどのそう広くない板敷きの密室。
その中に存在するのは、鍵の掛かった扉と、椅子に座る少年のみ。
眠っているのか、目を閉じ微動だにしない。
――んっ……。
体を震わせ、潤んだ目を開く。
そして周囲を見渡し、自分の体を見、彼は叫んだ。
「な、何で裸!? しかも縛られてるって、どういうことっ!?」
少年――新庄・運切(切モード)は、全裸で椅子に縛り付けられていた。
椅子の背に回った両手は手首のところで固く縛られ、
両足は椅子の足に縛り付けられ、膝を合わせ前を隠すことも出来ない。
「え、えーと……『緊縛女子高生』っ!!!」
錯乱した切は他作品ネタを声高く叫んだが、室内にこだまするだけだった。
――……えーと、一体どういうことなんだろう……。
体のどこにも怪我は無く、全裸であることと緊縛中であること以外に異常は無い。
体を見下ろせば、平坦な胸に、無毛の股間。
――なんか、恥ずかしいなあ……。
思わず目をそらし、何故自分がこうしているのかを考える。
しかし、自分がどうしていたのかすら覚えていないことに気付く。
「えっ、これってもしかして……」
――記憶喪失? わあい初体験。
ドラマや小説の中の出来事でしかないと思っていたので、少し喜ぶ。
「って、そうじゃないって!!」
目を覚ませば全裸で縛られていて、しかも記憶が無い。
「ゆ、誘拐とか、されたのか、な……」
言ってみて、初めて恐怖を覚える。
ひとしきり暴れたり叫んだりを済ませ、疲れて動きを止めてしばらくの後。
鍵の開く音がして、左手側にあるドアが開いた。
入ってくるのは、眼鏡を掛けた着物の女性。手には三脚とビデオカメラ。
「切ちゃん、落ち着いたかしら?」
「りょっ……」
――遼子さん!?
田宮家現当主、田宮・遼子。
普段から奇行の多い、狭山寄りの人間だと切は認識していた。
「あらあら、可愛いらしい」
頬に手を当て目を細める遼子。彼女の視線は切の下半身に向いている。
「ちょっと、見ないでよ遼子さん! てゆーか何でこんな状況っ!?」
「状況はね、私がしつらえたの。切ちゃん可愛いから」
「遼子さん、が……?」
誘拐された切を遼子が助けに来た、というわけではないらしい。
「可愛いからと言うか、ちょっとした嫉妬? ほら、おねーさんまだ若いから。
それに、ほら、私ね」
三脚を立て、カメラを設置する。
振り返って切と目を合わせ、薄く微笑み。
「――若のことが、世界で二番目に大好きなの。だから、近づく虫は排除したいんだけど。
切ちゃんは良い子だし、若も大切にしてるみたいだから、味見だけ。ね?」
「味見って、な、何を……」
カメラのランプが点灯し、撮影開始を示す。
「あ、上手く出来た〜。孝司に一ヶ月みっちり教わった甲斐があったわぁ」
手を叩き喜ぶ遼子。対照的に、切は顔を青ざめて叫ぶ。
「遼子さん!? 何で、と、撮ってるの!?」
慌てて膝を合わせようとしても、硬く縛り付けられた足はそれが出来ない。
後ろに回った手を動かしても、椅子がわずかに揺れるだけだった。
「ん〜? それはねぇ〜」
ゆっくりと切に歩み寄る。遼子は大きく口を開き、一文字一文字強調して放つ。
「お・や・く・そ・くっ♪」
――違う。いつもの遼子さんじゃない……。
隙無く着込んだ着物も、結い上げた髪も、物腰、言葉遣いも、
常に柔らかい表情もいつもと同じ。
でも、言葉の端々に言い知れぬ狂気が漂う。
「大丈夫、痛くしないから。あ、でも切ちゃん痛い方が好きな人?
それなら色々取ってくるけど……」
「いえいえ結構ですから!」
慌てて首を振る。
「そう? 良かったあ〜。遼子さん加減苦手だから、たまーに壊しちゃうのよねえ」
――壊しちゃうって、何を?
「とりあえず今日は何も無くていいわね? それじゃ、始めましょうか」