「――帰ったよ」  
「おう、お帰り」  
 今日の部活を終え、自宅のちゃぶ台に茶など置きつつのんびり瓦版を読んでいると、相方が帰ってきた。  
 見ると、彼女――直政は、やたらと疲れた表情をしている。  
 何事かとさらに観察。よくよく見れば、今日はいつもより油汚れが激しい。両の腕だけでなく、顔や制服まで機械油で汚れている。  
「なんだ、大変だったみたいだな、今日」  
「今日の瓦版の話さね?」  
 言われ、ついついさっきまで読んでいた記事のことが口に出た。  
「ああ、学園の農耕部で作ってた新種の稲『きらら0083』がついに実ったそうなんだが、試食の段階で問題が出たそうでな」  
 味は良かったのだが、食い終わってしばらくの後、食した者がいきなり  
 「私は帰ってきた!!」  
 と叫びつつかんしゃく玉を破裂させたり、女生徒が  
 「いやぁ! 私の千歯こきがぁ!!」  
 と泣き叫んだり、急に人参を嫌いだしたりしたそうであり。  
「結局米の中に謎の幻覚物質が生成されてるのが判明して、品種改良用に苗だけ残して後は廃棄処分になるそうでな――  
 と、そういうんじゃなくて」  
 それた話題を引き戻す。  
「そっちの話だよ。ずいぶん疲れてるみたいだし、汚れ方も凄いしな。今日の仕事、大変だったんだろ?」  
 直政は納得がいった、とばかりに頷き、  
「なに、配管の整備にちと手間がかかってね。――疲れたと言っても、気疲れの類さね。心配されるような物じゃないさ」  
「なら良いんだけどな。こちとら、機関部の仕事はまったく畑違いだからさ。出来る事って言ったら心配するか感謝するかだけだからな」  
「……感謝かい? あたしらは仕事でやってるだけだってのに?」  
 その問いかけに、おう、と答え、  
「なんせこの武蔵が飛んでいられるのは機関部の奴らが頑張ってる御陰みたいなもんだしな。感謝のひとつもしたくなるさ」  
「なるほどねぇ。――なら」  
 直政はそこで、にやり、と悪戯を思いついたように笑い、言った。  
「なら、その感謝の意とやらを示してもらおうじゃないさ」  
 
「感謝の意、ねぇ……」  
 言われて、つらつらと考える。感謝の意、つまりは『ありがとう』の思いを伝えるには。  
 ――なんだかんだ言わずに、喜んでもらえれば良い訳で。  
「マサ、ちっとおいで」  
「? なんさね?」  
 立ち上がり、ちゃぶ台を蹴り押して隅に寄せる。何事かといぶかしげな直政の前に立ち、  
「うりゃ」  
 思いっきり抱きしめた。  
 彼女の体が一瞬緊張し、しかし直に吐息とともに脱力する。  
「――汚れちまうよ?」  
「気にすんな。今日の分の洗濯当番は俺なんだし」  
 直政の言葉にそう返すと、もう一度腕に力を込める。  
 この制服はまったく良く出来ている。防寒能力も備えておきながら、こうしている時には相手の体温が伝わるのだから。  
 ――何かのゲージが振り切れたらしい。思わず彼女に頬ずりした。顔についていた油の感触と、彼女の皮膚の感触が同時に伝わってくる。  
 しかし。  
「――まだまだ。この程度じゃあ、物足りないさね」  
「足りないか。ふむ」  
 ならもうちょっと踏み込もうかと、正面から顔を覗き込み、  
「ん――」  
 唇を重ねる。直政の唇の柔らかさを十分に堪能した後、舌を進入させた。  
 彼女の舌のぬめった感触を楽しみ、歯茎の滑らかな感触を楽しみ、歯の硬く鋭い感触を楽しみ、唇を離す。  
 しかし。  
「もう一声、ってとこかねぇ」  
「ぷは」  
 思わず吹き出した。  
「――何が可笑しいんさね?」  
「何がってお前、余裕ぶってるつもりなのかも知れんけどさ――顔、真っ赤だぞ」  
「ーーーーーーっ!!」  
 直政が、ついに恥ずかしそうに肩をすくめた。  
 ……勝った!!  
 何に勝ったのかは正直よく分からないが、とりあえず達成感を得たので良いことにする。  
 部屋の隅に畳んでいた布団を蹴っ飛ばし、乱雑に広げると、その上に直政を横たえる。  
「もうちょっと雰囲気とか、どうにかならないもんかね?」  
「今から取り返すって。――腕はずして」  
 その言葉に直政が頷き、小さな表示枠が浮かぶと、空気の抜けるような音と共に彼女の義碗が外れる。  
 それを丁寧に持ち上げ、ちゃぶ台の上に置いた。  
 準備完了。後顧の憂いは絶ち尽した。  
「――さて、じゃあ脱がすぞ」  
 言うと同時、直政の制服の合わせへ手を伸ばした。  
 
 
 

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