向井・鈴がその行為を覚えたのは中等部に上がった直後のことだ。  
ある日、ちょっとした偶然から彼の手を握ってしまい、  
その感触が手のひらからどうしても消えず、気がつけば衝動のままに自分の体を触れていた。  
当時はまだその行為についての知識が薄かったが、  
どうしようもない罪悪感と、そんなものを伴う行為に彼を利用してしまったことが申し訳なくて、  
布団の中で独りすすり泣いたことを覚えている。  
あれからもう六年が経ち、  
高等部に上がった頃は週一回と決めていた回数が週三回に増えた今でも、  
鈴は行為中、彼に対する謝罪を止められない。  
「ごめんなさい……ッ、く、ふ、ごめんなさいっ……あ、っ」  
 
                                     ――トーリ君。  
 
ようやく家に帰り着き、布団に入るころには日付が変わっていた。  
祝勝記念というか、告白成功記念というか、ともあれ一応の区切りがついた祭りの後の大騒ぎだ。  
鈴も割と長い時間拘束され、気がつけば普段の就寝時刻を大幅に過ぎていた。  
前日から続く精神的疲労に加え、極度の緊張感から開放されてうとうとと船をこぎ始めていたら、  
トーリが気付き、帰宅を促してくれた。  
そしてボディーガード代わりとして送ってくれた浅間に礼を言って家の前で別れたのが二十分ほど前。  
風呂に入るまで半分寝ているようだったが、自室で布団に入る頃にはなぜか眠気が消え去っていた。  
試験前など、たまにあることだ。身体は睡眠を欲しているのに、神経が昂ぶって眠れないのだ。  
むしろ焦って眠ろうとすればするほど感覚が鋭敏になり、頭が冴え渡ってしまう。  
――早く、寝ないと。  
何しろ姫は取り戻したが、問題はまだ山積みだ。  
教導院は明日から本格的に忙しくなる。聖連との戦いもこれから先激化していくだろう。でも、  
――よかった。  
鈴は思う。  
宴の席、トーリの笑い声が絶えることはなかった。  
彼の放つどんな言葉にも、どんな行動にも必ず口を挟む声が彼の隣にあったからだ。  
――よかったね、トーリ君。  
あの頃、喜美が連れ戻してくれた時から行なうようになった隙間を埋める補間の笑いでなく、  
何もかもが満ち足りているからこそ溢れ出る満悦の笑み。  
目の見えない鈴だから分かるその微細な違い、それを取り戻してくれたことが嬉しくて仕方なかった。  
鈴はトーリの声が好きだ。  
冗談を言って笑う声、  
よくわからない価値観を大声で吹聴する声、  
浅間やネイト、オリオトライに粛清されてあげる悲鳴のような声も全てが好きだ。  
目が見えず、触覚と聴覚で世界を捉える自分にとって、人の声とはその人そのものといっていい。  
そしてトーリの発する声の中で一番好きな声は、  
『――おいおいベルさん』  
『なあ、ベルさん』  
『なあベルさん』  
――ほんとうに、よかった。  
自分に、呼びかけてくれる声。  
あ、と、トーリの声を思い出す内鈴は気付く。  
昼間の出来事だ。  
あの時自分はホライゾンを救い出しに行ってくれるよう彼に懇願し、そして、  
……胸を。  
触らせたことに後悔はない。ずっと、ずっと触れて欲しかった。  
あの暖かい手、自分のそれより大きく、力強さを感じる男の手だ。  
ずっと昔、もう十年以上前になる入学式のあの日、自分の手をとってくれたあの手に、  
ずっと、触れてもらいたかった。  
気がつけば、頬は熱く、吐息は湿り気を帯びている。  
両手を薄い膨らみに当てれば心臓が早鐘のように鳴っているのが分かる。  
 

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