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 さてどうしたものかと、航空系半竜のキヨナリ・ウルキアガは思案した。  
 年末にと皆で騒いでいたわけだが、初詣は各自でとオノレカップルどもという流れになり、一時解散となった。  
 年が明けてから、集まりたい連中で集まってバカをやるという話だ。  
 それはいい。  
 ただ問題は、昨年最後のバカで、どちらかといえばバカに分類分けされそうな女教師が、酒と肉をかっくらって眠りこけたということだ。  
 本来は生徒の保護者役として参加していたはずが、途中でドロップアウト。解散時になっても眠ったままだというので始末が悪い。  
 放置しておいてもいいのではないかと皆は思ったがが、教導院の恥を来年一番の話の種にするのも問題だなということになった。  
 放置すれば風邪はひかないものの、恥(教導院の)。起こそうとすれば鉄拳。――寝相悪いなこの暴力教師! と総ツッコミを受けた後、  
「じゃあカタくてデカいのがいいな! ジャジャ馬イキ遅れの相手は!」  
 とウルキアガに指名がくだった。次の瞬間、トーリが吹っ飛んでいったのは記憶にしかと刻まれている。  
 女教師は寝相最悪! 間違いなく記憶に刻んだ。トーリがどうなったのかは記憶にない。  
 さて指名に対し、露骨に嫌な顔をしてみたものの、ウルキアガの代わりに暴力教師を背負って帰れる他の人物――  
 ペルソナ君は、既に疲れて寝た鈴を起こさぬように背負い、彼女を家まで送り届けている最中であり。  
 ……向井と高速暴力型女教師とでは、向井が優先であるな!  
 と至極まっとうな判断であると納得し、優先順位の低い己の担任教師を担当することを承諾した。  
 そして今に至る。  
 万年ジャージ女、オリオトライ・真喜子は今もなお寝ていた。ウルキアガの目の前で。  
   
           ●  
   
 寝るのはいい。ここは彼女の家だからだ。  
 問題はオリオトライが寝こけたままにもかかわらず、ウルキアガが入ってこれたことだ。  
 つまりオリオトライ宅の玄関の鍵がかかっていなかったことだ。  
 ……無用心な。  
 生粋戦闘民族オリオトライならば、たとえ寝ていたとしても、侵入者を撃退できるであろう。  
 だがまぁ、盗人は入るだろうし、万が一、億が一にでも、鍵がかかっていなかったため、何かあれば――  
 そうたとえば、侵入者や報復にきたヤクザを、オリオトライがその寝相の悪さで手加減できず、相手を殺してしまったとしたら――?  
 ウルキアガの背中に寒気が走った。  
 ……人死を出してはいかん!  
 オリオトライを放っておくのは簡単だ。だがそれが原因で殺人に発展した場合、世間の目は野獣の檻の鍵を閉め忘れた、哀れな半竜を責め立てるだろう。  
 もっとも、鍵が開いていたとはいえ、野獣の折に飛び込む方が愚かなのだが。  
 ……不祥事は避けねばならん! 実家は寝具の生産販売をしている。事実はどうあれ、息子が女教師を野放しにしたためにと、客商売に波風を立てては!  
 
 誓いも新たにウルキアガはオリオトライの家の鍵を探す。  
 オリオトライといえば玄関あたりで降ろしたにも関わらず、いつのまにやらこたつに潜りこんで寝ている。  
 ……起きてるのではないのか?  
 いや、これは習性なり物理法則に違いない。『・――堕落とはおちゆくこと』みたいな。駄目教師は駄目に特化していく生物!  
 ネシンバラあたりにこの発見を報告すれば、小遣い稼ぎになりるだろうかとも思ったが、二束三文になればいいほうだと思考を打ち消す。  
「むにゃ……」  
 オリオトライが寝言を呟きながら、寝返りをうった。  
 こたつ布団が形を崩し、オリオトライの肩が露出する。  
 ウルキアガはため息をつきながら、こたつ布団をオリオトライにかけなおした。  
 こうなると、こたつではなく普通の布団まで運んで寝かせなおしたほうがいいのではあろうが、布団をしくためのスペースは別のものに占有されている。  
 万年床ではなく、起床ごとに布団をたたんでしまっていることは評価してもいいのかとは思うが、その度そのスペースを他のものに奪われていては意味がないとも思う。  
 ……だからこたつで寝るような進化が起きたのか!  
 納得! 誰得! と頷きながら見下ろす、オリオトライの寝相は無防備でありだらしない。  
 ……これで教師だというのだから。  
 再びため息をつく。  
 オリオトライの口元についたよだれが気になり、あとでこたつ布団の染みにでもなったらアレだなと、しゃがんみ、オリオトライの唇へと指を伸ばした。  
 あたりで新年を告げる鐘が鳴った。  
 不意打ち気味な鐘の音に、びくり、と身を震わせウルキアガは行為を中断した。  
 もうそんな時間か。  
 時計で時間を確認してみれば、確かに。そして次の鐘の音が鳴る。  
 ……できるならば、年が変わる前に自宅に戻っていたかったのだが。  
 過ぎてしまったものはしかたがないと諦めながら、ふと気付く。  
 ……確か、このコタツで寝こけている者の誕生日は今日でなかった、と。  
 絶賛行き遅れがまたひとつ齢を重ねて誰が得をするのだろうかというのはさておいて――  
 記憶の糸を手繰り寄せるが間違いない。  
 数年前、お年玉を握り締め、K.P.A.Italiaの付録付パートワーク形式雑誌“収監 拷問活躍勤!”の一年間購読料を振り込みに本屋に行く道でランダムエンカウントしたオリオトライに、  
「あけましておめでとうございます。略してあけおめ!」  
 と台詞と同時に軽く鉄拳を入れられつつ、いい一撃をもらい崩れ落ちたウルキアガに蹴りをいれ地面に寝転がし、  
「先生ねー。三日前、誕生日だったのよー。でも誰も祝ってくれなかったのよ。よし、勉強になったわね。はい授業料ー!」  
 曰く、誕生日プレゼントと称し、意識が朦朧とする中、お年玉以下金品その他を強奪されたものだ。  
 ……よし間違いない!  
 記憶と一緒に、その時に殴打された翼のつけねの痛みが蘇ったが、間違いなくオリオトライの誕生日が今日であると確信できる。  
 ……飛行中に急旋回すると時折軽く痛むアレはそうかあれが原因であったか。  
 つまらないことを知ってしまったと思いながら、担任の誕生日についてどうするかを考える。ついでに言えば、年も明けた。  
 寝ているとはいえ、目の前にいる相手に何もしないのも問題がある。そう、また金品を強奪されるやもしれん。  
 ……新年の挨拶が先か、誕生日祝いが先か。  
 一応、相手は担任、目上であるからして礼は欠くわけにはいかず、あわよくば今度こそ向こうからこちらにお年玉――という下心もなくはない。いやないな。皆無だ。  
 まあそれはなくとも、おせちなりなんなりを振舞ってもらえるかもしれない。ありえないが。  
 部屋を軽く見渡す。散乱するゴミ。――これが女の部屋だろうか?  
 得られる印象は自炊はしていなさそうだということ。導かれる結論は自炊してたとしても、こんな部屋で作られた料理はパスしたい。  
 ともかくとして、神職を志すもの礼節を忘れてはならない。  
 しばしの逡巡のあとウルキアガは妥当であろう折衷案を述べた。  
「としましておめでとうございます。略して年増め!」  
 振舞われたのは鉄拳であった。  
   
           ●  
   
「神よ。異教徒とはこんなにも――いや、この女教師だけが絶滅危惧種であり、文明を知らぬ最後の蛮族なのですが、神という文明を知らぬラスト・オブ・バーバリアンよ滅びよ! と言っていいでしょうか? 異端審問官希望としては褒められたことではありませぬが」  
「うるさい。もっかい殴るわよー」  
「起きたのなら拙僧は殴られる前に退散したいところではあるが。鍵かけて寝ろと言って良いか?」  
「待て。帰るな。一応、お礼もしたいしちょっと待ってて。なんか食ってけってことよ。いい?」  
「……どのくらいで?」  
「んー? 軽くシャワーで汗を流す程度」  
 待つこととなった。  
 よく待つ日ではあるな。とウルキアガは思う。  
 しかしこれでまたシャワー室で寝落ちされでもしたらたまらんな。また待つことになるのか。  
 現在のオリオトライの住居は最下層にあるものの、キッチン付シャワー付とそこまで悪くない物件だ。  
 シャワーが付いていない住居であれば、あの女教師はめんどくさがって一週間以上たっても汗を流さないのではなかろうか?  
 ……実際、汗臭い時ないでもない! 女として発するのなら性フェロモンとかではないのか!  
 それができないから行き遅れているのだろうなと判断。警報フェロモンバリバリで男を威嚇しているのが、彼のものの現状だ。  
 ……が、遅いな。  
 かれこれ半刻ほどになる。軽くシャワーとはこんなにも時間がかかりるものだろうか?  
 男と違い女は入浴や身だしなみに時間をかけるものとは知ってはいるが、アレは女教師であっても生物的に女ではないからな!  
 ともなれば、オリオトライのシャワー室で寝落ちの可能性を検討し、ウルキアガはシャワー室へと足を向けた。  
 水音、確認。  
 シャワーから水なりお湯なりは流れているようだ。だがそれが蛇口を開きっぱなしで、オリオトライが寝ている可能性もある。  
 ……さてどうしたものかな。ノックすべきか、今は待つべきか?  
 と昨日にかけ、本日何度目かの思案をウルキアガは行う。結果としてオリオトライに関する思案ばかりだと、軽く苦笑。  
 ……なんとも手間をかけさせてくれる年上だ。  
 だがまあ不快ではない。と、思考のため顎に手をあてるポーズをとる際に、ウルキアガの視界にはいってきたものがある。  
 ……なんぞ?  
 ジャージだ。  
 
 無造作に脱ぎ捨てられたジャージだ。いつからここにあるのだろうか? 家主ではないウルキアガの身ではあるが、洗濯物であれば洗濯籠に入れるが道理。  
 普段ならば捨て置いていたであろうが、何分慣れてきてしまった現状では、ウルキアガは自然な動作としてそれを行った。  
 ……まだ温い。まだ近くにいる!  
 ジャージを直触りし、体温の残りを確認し、これがオリオトライがシャワーのために先ほど脱いだであろうブツと判断。  
 ……ものぐさ教師め。  
 ウルキアガはジャージを拾い、洗濯物籠の所在を探す。  
 ……インナーもちゃんと脱げ!  
 ジャージとまとめて脱いだのであろう、ジャージの中にはインナーが納まっていた。  
 このまま洗濯しては、ジャージもインナーも双方きっちり洗濯できない。臭いも染み付くというもの。  
 あきれながらウルキアガはジャージとインナーを分離させる作業を行おうとして、ふと手を止めた。  
 ……しかしアレだな。女性用制服やジャージというものは。  
 ジャージとはいえ、下半身部は女性型制服系列にありがちなハイレグ構造のアレである。  
 常々思うのだが、あの服装は特にインナーがムレないのであろうか?  
 ひょっとすると通気性抜群なのかもしれないが、男であり半竜人あるウルキアガには判断がつかない。  
 オリオトライの脱いだこの服を身に着ければ答えはでるかもしれないが、そんな真似はトーリだけで充分であろう。  
 貴重なヘンタイ枠は貴重であるからしてひとつなのだ。  
「うむ、拙僧ってば謙虚であるな」  
 己をそう評価し、衣服の見聞に入る。  
 ……やはりムレている。  
 汗での湿り気、それに加え体臭が鼻につく。……不快、というわけではないが心地良い香でもない。  
 ……ここまで体臭が染み付いているのは、ムレからくるものだろう!  
 と結論付けた。拙僧は教師思いの生徒であるからして、ムレなしでここまで汗をかき強烈な体臭を放つのは女としてどうよ!?   
 とウルキアガは自画自賛を交え、オリオトライの体臭をそう判断する。  
 ……しかしムレによる残り香か。  
 世間的にはこれをなんと呼称するのであろうか? ヘンタイ王、トーリであれば即答できそうなものだが、生憎とウルキアガは敬虔な教徒だ。  
 言葉や呼称とは的確な組み合わせによって生まれる。だとすれば試しに組み合わせてみるのなら、  
「ムレ残り?」  
「誰が売れ残りだ!」  
 声がした。  
 いつの間にか何者かに背後まわりこまれていたようだ。  
 くだらぬ戯れに思考を割いていたとはいえ、迂闊――!  
 この家にはウルキアガとオリオトライしかいない、何もない女を捨てている女教師の家ではあるが、不埒な侵入者を捨て置くわけにはいかない。  
「――女教師、怪しげな賊が!」  
「怪しいのはお前だ! 君は誰の何を手にとって眺めているか理解してる!?」  
 振り向いた背後に立っていたのは、今しがたウルキアガが警告を飛ばしたはずの人物、オリオトライ。  
 ……シャワー中であるはずの彼女が何故?  
 疑問はあったが、先に相手の質問に答えるのが筋であろう、そう簡潔に述べるべきだとウルキアガは礼節を通した。  
「このヨゴレ教師! 」  
 飛んできたのは鉄拳であった。  
   
 

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