粘るような汗が、メアリの頬を伝い落ちる。  
原因はテーブルをはさんで目の前に座る少女。  
立花・ァという名前を、ついこの間、返上したばかりの少女であるが、  
しかし今のところ、便宜上は立花と呼ばれている。  
その澄んだ彼女の眼は期待に満ちていて  
「神代以前の時代、世界最大の避妊具ブランドは英国にあったと言い伝えられています。  
 その私たち等には及びもつかない先進国っぷりを、ぜひとも教授していただきたいかと」  
さらなる追い込みを加えられ、メアリはその白い肌に差す、困惑と羞恥による赤みをより深くしていった。  
 
 
 武蔵デカメロン その2  
 
 
 追いつめられて思うのは、自分を救ってくれた愛しくも頼りがいのあるスカーフに包まれた顔。  
 そう言えば数日前、点蔵様に武蔵で困った時の対処法を教えていただいたはず…!  
 メアリの記憶内の点蔵は、なぜか現実比300パーセント増し、オクスフォードTRUMPSのサイトに飾られた  
エリザベスの写真並みにキラキラ輝くという、無駄な美形効果を付加しながら  
「メアリ殿!武蔵で不測の事態に陥った時は、脳内で三択選択肢を作るで御座るよ!  
 武蔵の外道共の多くは、皆が皆エr――ゲーム脳で御座るゆえ、  
 やはりゲーム的選択肢を以て当たるのが正解に御座る!」  
 さらに話によれば、私との倫敦塔でのデートもその三択方式で乗り越えたとか…!  
 ならば自分もやってみるべきだと判断し、メアリがとっさに思いついたのは  
 
1:正純様のアドバイス通りに行動します!⇒眼を反らしても状況は改善しませんし逃げれる環境でもありませんね。  
2:淑女がそんなことを言うべきでないと諭します!⇒いきなり極東における求婚行動であるチューを迫った私が言える台詞ではありません。  
3:観念して告白します!⇒悶死してしまいますっ!  
 
 駄目だ。やはり私は不出来なのだろう。しかしどうせ死ぬならば点蔵様との甘やかな記憶を反芻しながら…。  
「…仕方がありませんね」  
 と、死因:エロ話により悶死、を覚悟したメアリの耳に、ァのため息混じりの声が聞こえてきた。  
 魔女裁判で罪状文を読み上げられた後、いきなり裁判官が無罪だと言われた被告のような、  
安堵と空振り感の入り混じった感覚をメアリは受ける。  
 一方のァは、その表情に浮かべる感情を、若干の失望から強い決意へとシフトさせ  
「では、提案者である私が先攻といたしましょう」  
 ――もしここで聞いてしまったら絶対に回避不能になります…!  
 交渉と同じだ。向こうがカードを切ったなら、こちらも同等のカードを切らねばならなくなる。  
 なんとか遮って、向こうがカードを切るのを止めなくてはならない。  
 こうなれば正純様級のセンスを発現してでも、と思いきろうとしたメアリを前に、ァは少しうつむき加減に  
「とは言っても、アレはあまりに凄過ぎて、途中から意識が飛んでしまい完全には報告できないのですが…」  
「…と、言われますと?」  
 ―――!?わ、私ったらなんてはしたない…!  
 思わず、本当に反射的に放ってしまった相槌に、メアリは目の前が真っ暗になる。  
 それは適齢期の女性としての本能が、混乱した理性の隙をついて言語野までぶち抜いた結果だった。  
 私、自分がこんなにもふしだらな女だったなんて思いもしませんでした…。  
 だがメアリは、凹みながらも、しかし同時に少しすっきりした気にもなる。  
 最早逃げ場がない。だとしたらもう毒食わば皿まで。  
 もしも無事に生きて帰ることができたら、今日ここで得た知識を活用して点蔵様にご奉仕してあげよう。  
 そんな心の余裕が出始めたところで、ァは続きを語りだす。  
 
「ことの始まりは…三河戦で宗茂様が負った心の傷を、癒そうとしたところから始まります」  
 
   ●  
 
 事は、複数の人間の名誉にかかわる。だからァは可能な限り明言を避ける方向で…  
「実は三河戦、極東君主奪回戦において、宗茂様は本多・二代に後方からレイープされましたようで…」  
「レッ…!?」  
「Tes.まあ、戦場での事。全てを賭けての戦いの果ての事です。とやかく言うつもりはありませんし、  
過ぎてしまったことに対して、こだわるつもりもありません。  
 ただ―――それでも宗茂様の心に傷が残ったのは事実でしょう。現にその件に対してそれとなく聞いてみても、  
宗茂様は憶えてないようで…。これがPTSDというものですね。」  
「…あ、あの?私に何かできることはありますか?精霊術には心理的外傷を癒す術式や、記憶に関するものも…」  
 気遣わしげに訪ねてくるメアリを見て、ァはまなじりを僅かに下げる。その厚意を有難い物と思いながら、  
その感情を傷つけないように気を遣いつつ  
「申し出はありがたいのですが…お気持ちだけ。宗茂様を支えるのは私の役目ですから」  
「…Jud」  
 感謝に僅かな独占欲と自負を混ぜた返答に、メアリは僅かに微笑と励ましの混ざった表情で、ただ頷いた。  
 きっと、メアリは自分と宗茂様とのことを、自分とあの第一特務とに置き換えて考えているのだろう。  
 ァは目の前の、自分と同じように傍にいたいと思える相手に助け出された女性に、共感を覚える。  
 ―――互助会議を開催して良かったです。  
 そう思いながら、ァは互助会議の完遂に向けてさらに言葉をつなげていく。  
「ともあれ、宗茂様の深層心理に傷があるのはほぼ確実。後でどのような後遺症に発展するかわかりません。  
 そこで私は、逆の体験をもってして、その傷を穴埋めさせようという案に至りました。」  
「逆の…とおっしゃられますと?」  
 勘の良い者、あるいは知識のある者なら、気付くであろう結論に、メアリは気付かず問うてくる。  
 察してくれることを無意識に期待していたァは、自らの中の甘えに気付き、覚悟の不足に気付き、  
そして覚悟を改める。決然と、はっきりと、ァは自分の淫行を告白する。  
「――アナルセックスを…おねだりしました」  
 
 メアリが唾を呑む気配がした。白い肌をいよいよ紅くして、前のめりになりながら、ァの言葉の続きを待つ。  
「…まずは方法を通神帯で学び、拡張という手順が必要と分かりました。  
 本来はここの時点から宗茂様にしていただきたかったのですが、まだ宗茂様が本復されてないことと、  
拡張中に封じられた記憶が、中途半端に蘇ってもいけないと判断し、本番可能まで自力拡張を試みました。」  
「…どのような、方法で?」  
「Tes.まずは浣腸と釣る瓶打ちによって直腸、肛門を洗浄し、その後、器具を用います」  
「器具…」  
「Tes.主に使うのは、プラグ、という栓のようなものと、ペニスを小さく、細長くしたような張り子。  
そしてアナルビーズという、数珠のようなものです」  
「そ、それを…挿入するんですか?どのような感じでしたか?その…痛みとか…」  
「痛みは…ありませんでした。ただ違和感と……それと、後半には前の方とは違った快楽があり、それの制御に苦労しました。  
 具体的には、夜は無理なく入るサイズのビーズや張り子で神経系を開発し、  
昼間は入るぎりぎりのサイズのプラグを挿入して過ごす、という具合です」  
「ひ、昼間も…!」  
「Tes、継続は力なり、です。ともあれ、それら不断の努力の結果、サイトでは一月必要と言われた準備期間を、6日間に圧縮することが  
可能となりました。もっとも終盤2日間は、プラグがもたらす刺激で、ばれないように日常生活を送るのに難渋しましたが…」  
 動いたり走ったり、あるいは下腹部に力を入れるのは大変だった。  
「特に最終日は、その夜に宗茂様をお誘いするため、最終調整として、プラグではなくビーズを入れるという  
難行を以て自らの試験といたしましたから―――正直、何度か気をやってしまいました」  
 その時、実はメアリに会っている。若干不審がれたが、その時周囲で梅組のメンバーが騒いでいたので、  
意識がそちらにそれ、結果として気付かれることはなかったが、今思えば…  
「まさか…あの時?」  
「おそらく、Tesだろうと思います」  
降りる沈黙。全身で恥ずかしさを表現するようなメアリと、まるで事務的な話をしているかのようなァ。  
一見すれば対象の二人だが、その肌の色は、すでに同じとなっている。  
 ともに逃げ出したいほどの羞恥心。だがもっと聞きたい、もっと語りたいという感情が、それ以上に強く、  
二人をこの場につなぎ止めていた。  
 猥談というものの魔力に、二人のうら若き乙女は囚われていた。  
 しゃべりすぎ以外の理由で喉が渇き始めたァは、コップに残った水を一気にあおって、  
「ともあれ、その日の夜、私はついに決行したのです」  
 
 
 
 
つづく  
 

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