羞恥心が心の疲労だというならば、ハイになっていて気付かなかった疲労が、テンションがある一点を超えて  
下がった時、一気に感覚として覆いかぶさってくるのもまた通りである。  
「はぅ…」  
「どうしました?」  
「い、いえ…三十分前の自分の様子を思い出してしまいまして」  
 道端にしゃがみ込んだメアリは、顔を両手で覆いながらそう答えた。  
 
 
 
 ァが思うには、この互助会議は成功だった。  
 少なくともァ側としては金的という新たな技を手に入れたわけだし、メアリ側としても、何らかの思うところが  
あったはずだ。論拠としては、会議の閉会を告げた後にメアリが小さく  
「…よし。今夜も頑張ります…っ」  
 と呟いていた点が挙げられる。  
 その後、次回の会議開催日程を決めてから、二人は喫茶店を出た。  
「いつの間にか、だいぶ遅くなってますね」  
「Tes,日照がないので判断が鈍りますね」  
 二人が並んで歩くのは、高尾の中層、商店街だ。  
 多摩の喫茶店から、向かう方向が同じということで、一緒に歩いてきたのだが…  
「そういえば…ァ様はどちらまで?私はここの商店街で点蔵様と会う予定なのですが…」  
「奇遇ですね。私も宗茂様と…」  
 と言いかけたところでほぼ同時に、二人はそれぞれの探し人が雑貨店の陳列棚の前で――  
『て、手を握り合って―――っ!?』  
 
 
 ●  
 
 
 同じ商品に手を伸ばした時、他の客にかち合うというのは、ままあることだ。  
 しかしその相手が知り合だったとなると、なかなかに稀なことである。  
「む、宗茂殿?」  
「た、たしか…点蔵さん、ですよね?」  
 お互い呼びあった声がやや上ずっていたのは、二人が同時に伸ばした製品の名称が為の気まずさだった。  
 棚は栄養ドリンクが並ぶコーナーであり、二人が手を重ねるようにして差し伸べた瓶のラベルには  
英国の陸上選手詩人ベン・ジョンソンがプリントされている。  
 製品名は『エピシーンV』、売り文句は『どんな妻でも黙って納得!』。販売元はオクスフォード会計である  
ハワードが所属する商会である。  
 ちなみにそのすぐ隣には、クラスメートのインキュバスが、爽やかな笑顔でラベルを飾る、  
『怪しい飲み物ではありません!』という製品名の謎ドリンク。ポップには『インキュバス完全監修!効果抜群!』  
と記されている。販売元は○べ屋となっているからして、  
 ――本当に効果抜群なんで御座ろうなぁ。  
 ならば隣に対抗するように置かれたこれも、見合うだけのこうかなのだろうと、思いながら、改めて点蔵は状況を  
確認する。  
 
 自分はこの元服ドリンクを買おうとしている所を知り合いに見られた。しかしその知り合いは昔からよく知る  
外道共とは違って、どちらかと言えばトーリ殿や喜美殿側より、ノリキ殿や鈴殿側に近い人間であり、さらには…  
「…宗茂殿も、コレを?」  
 探るように尋ねる点蔵に、宗茂は僅かに安堵したような笑顔を浮かべ  
「そういう点蔵さんもですよね?」  
 Jud.と頷きながら点蔵は気付いた。  
 宗茂は、顔こそ微妙にやつれつつあるが、どこか満足げな物であることに。  
 それが意味する所と、自分もまた同じように見えているのだろうかいう推測を踏まえながら  
「……お互い、大変で御座るなぁ」  
「……Tes,ですが、幸いでもありますよねぇ」  
 ははは、と笑顔を交わしたところに  
「点蔵様」  
「宗茂様」  
 声とともに、やや強引に手が引かれた。  
 
 
 ●  
 
 
「ァさん?」  
「メアリ殿?」  
 語尾が上がり気味になったのは、二人の女性の行動が、妙に強引さを感じるものだったからだ。  
 だが点蔵の抱いた違和感は、その二の腕に押し当てられた柔らかな感触に  
「ほぉふ!?」  
 とされる。一方の宗茂は、疑問と違和感を拭いきれず、ァとメアリの表情を比べ見るが  
「では、ァ様。今日はこの辺で…」  
「Tes,また明日…」  
 優雅と言える動きで会釈を交わすと、それぞれ別方向に歩きだす。  
 宗茂は、ァとメアリの間に何らかの不和が生じたのかとも思ったが、二人の、というよりァの物腰からは  
剣呑なものは感じられなかった。ただその代わり、若干のあせりの様なものが、今のァには感じられる。  
 何があったのだろうか、と聞き出そうとは思うが、どう切り出すべきかわからない。  
 引きずられるようにしながら、言葉を選ぶ宗茂。  
 その選定が終わるより先に、ァの方から話しかけてきた。  
「宗茂様」  
「なんです?」  
「私は間違っていました。やはり代償行為は根本的な解決にはならないのですね」  
「…えっと、何のことです?」  
「何もおっしゃらなくても結構です。  
 宗茂様。大丈夫。あなたの深層心理に刻まれた50回のトラウマは、私が埋めて差し上げます。  
 忍者のカノン砲など、私の『四つ角十字』の敵ではありませんとも」  
「はあ…」  
 何かはわからないが、ァはやる気のようだ。  
 ――けど、ァさんの全てを受け止めるのは、私の特権ですから。  
 肩越しに点蔵とメアリの方を振り向くと、  
「準備なしなので厳しい戦いかもしれませんが…点蔵様、私、耐えてみせます」  
「よ、よくわからないで御座るが、無理はいかんでござるよ?」  
 あちらでも女性側が意気込み、男性側は首をかしげながらもしっかりとその隣を歩いている。  
 うん、今夜も頑張ろう。  
 宗茂は、意気込みながら話しかけてくるァに頷き返しながら、武蔵の町を歩いて行った。  
 
 
 
 
 武蔵デカメロン 終  
 

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