不可解なことにあったら、逃げるか目線をそらすかする。  
 さっそく不可解に出会ったメアリは、ついこの間正純から聞いた対処法を思い出す。  
 だが、この場合のような―――  
 向かい合って二人きりという状況下においてもはたして有効なのでしょうか?  
 内心首をかしげるメアリ。その彼女の対面に、テーブルを挟んで座る立花・ァは  
「ではこれより、第一回女だらけの武蔵留学者互助会議を始めたいと思います」  
 メアリの内心など無視して、互助会議なる会議の開催を宣言した。  
 
武蔵デカメロン  
 
「文字通り、これは互助会です」  
 メアリが尋ねると、返ってきたのは理にかなった返答だった。  
「私は襲名を返却した身、あなたは正式に亡命、留学した身であったとしても、  
 やはりこの武蔵においては余所者です。  
 もちろん武蔵にも、それぞれの出身地、宗派による共同体は存在しますが、  
 彼らはあくまで「武蔵の中」の英国出身者の集まりや  
 「武蔵住民がつくった」三征西班牙出身者の集まりで、いわば帰化者です」  
 それはわかる、とメアリは思った。  
 日常生活においては点蔵様がフォローしてくださりますが…。  
 時折、ここが英国――自分の故郷でないことを強く感じることがある。  
 能動的に迫害や差別を受けたわけではないが、それでもどこか、疎外感の伴った  
違和感が存在する。それは、転校の手続きや新生活への順応のためにとられる時間が減り、  
自由な時間が増え始めることで、強く感じるようになってきている。  
 まるで、服を着た状態で寝るような感じですね。  
 布団の中に自分以外の存在がある、というのが、今一受け入れられない。  
 点蔵様は例外ですが…  
 と、考えたところで、メアリは自分の思考の不埒さを思い、戒める。  
 こんな想い、点蔵にも今、目の前のァにも失礼である、と。  
 思い直して、ァの話に傾注する。  
「この武蔵において、私たちはいわば特別な立ち位置にあります。  
 それぞれの教導院の中枢とかかわりを持ちながら、しかし武蔵にいる者という  
 特殊性です。  
 それによって、他の同郷、同宗派の者達とは同じ項でくくりにくい関係であり、  
 言いかえれば――」  
 と、ァはいったん言葉を区切り、メアリが付いてきていることを確認。  
 メアリは、小さく首肯。それを見たァは意見の伝達というより、同意の確認を取るように  
「言いかえれば―――私たちは経緯は違えど、この武蔵の上では同じ項にくくることができる、  
いわば数少ない同類、ということになります」  
「だから…一種の共同体を、と?」  
「Tes」  
 答えて、ァはテーブルの上におかれたコップの水を、その大きな義手で器用に飲む。  
 メアリが意見を言うためにあえて設けた時間だろう。  
 そう考え、メアリはァの意見を確認する。  
 確かに、そういった物を持つのはいいことです。  
 かつて暮らしていた第四階層の集落にも似たようなものがあった。  
 その共同体の枠は、人手の要る大きな仕事をこなすのに有用だったりして、  
 農耕や住居の改修建築などに不可欠であったが、それ以上に、  
 情報収集、という意味で重要ですね。  
 定期的に意思交換を持つ相手がいるということは、それぞれのアンテナを共有することになる。  
 見ず知らずの土地で生活していく場合のみならず慣れているはずの土地でさえ、  
情報の欠乏は、時に致命的なものになる。  
 そういった意味で、同じく留学生ということで必要とする情報が近しく、また立場的にも近しい者たち同士の連合は、  
有意義だと言えるだろう。  
 だが、その説明では不足している要素があった。  
 
「ァさま?あの、留学者による互助会、とおっしゃいましたが…」  
「何か御不審な点でも?」  
「留学生というならば、なぜ宗茂様はここにいらっしゃらないのですか?」  
 
 これが単なる留学生の互助会だというなら宗茂もいなくてはならない。  
 さらに、場所もいささか不穏だ。  
 ここは教導院から出た先の、とある喫茶店。  
 店の奥、角の所に置かれたその席は、ソファ二つと椅子一つで構成されている。  
 二つのソファのうち一つは、席に接している二面の壁のうち、一つに背を付け、  
 もう一面は、それに向かい合うように置かれている。  
 フリーの壁には窓と、その上に棚。それを飾るドライフラワーとグラス類。  
 残りの一面は通路と面し、そこに椅子が一つ。  
 かりに席を立ち通路に出て右を向き、その先をまっすぐ目で追うと、そこには表通りに面した入口があるはずだが、  
 しかし、通路に置いた観葉植物や、わずかに張り出した柱、そして改築しての後付けなのだろうか、  
少し出っ張ったカウンターのせいで表は見ることができない。  
 そして、壁にある窓も、位置が高いために空しか確認できない。  
 つまり、この席は外の様子を確認することが困難であり…言いかえれば、  
表からもこちらを確認するのもまた困難な環境だ。  
 あからさまに怪しく閉鎖されているわけでなく、かといって偶然ののぞき見等あり得るはずもなく、  
故意にのぞくことさえも難しい―――ありていに言って、密談には最善の環境。  
 誤解だったら申し訳ないと思いながらも、しかしメアリは警戒心を以てァに対する。  
 一方のァは、その反応さえも予想道理だというように  
「Tes、当然でしょう。なんといっても今から私たちは――」  
 と、ァは少し言葉を探す様に言い淀んでから  
「そう、英国式にいうなればガールズトークをするのですから」  
「ガールズトーク?」  
 首をかしげるメアリ。意味はわかる。文字通り、女の子同士のとりとめのない会話のことのはず…。  
 今一、会話の全貌がつかめないメアリに対して、ァは三度目のTesを重ねてから  
「英語で言うならそう。極東弁でいえば――――猥談ですね」  
「わ…っ!」  
 通訳術式によって言語野経由で叩き込まれたイメージに、メアリは白い肌を紅潮させ  
「ち、違います!ガールズトークとは女子同士の世間話でありそ、そんなはしたないことでは…」  
「おやおや、適齢期の女性が男性抜きで集まって話すことなど、エロ話以外ないではないですか?」  
 世の男どものフルーツな妄想を粉砕する本音トークを、まるで疑問に思うこともなく言うァ。  
 その自身の言動に対して全く疑いを以てなさそうな返答に、同年代のよく話す同性が妹おらず、  
また最近増えた同性同年代の知り合いも、いきなりエロトークで脱ぎ始めたり、相方の乳を揉んだり、  
授業中の作文が官能小説だったりと所構わずである事実を思い出し、自分の培ってきた常識が揺らぎかけ…  
「い、いえ!それはいいとして、なぜその猥談を?それに宗茂様は…」  
「なぜ猥談かといえば、それはこの書籍からの知識です」  
 ァが取りだした書籍に、メアリは見覚えがあった。梅組の者達の内、何人かが話題にし、持ってきて、  
そしてなぜか巫女によってズドン却処分された本。タイトルは  
「デカメロンがいっぱい…」  
 帯に書かれた文句は、「あっちがボイーン、こっちもボイーン!」だ。  
「胸部が大型の果実程もある女性たちが、それぞれの性体験について語りながら友情を育むという筋書きです。  
 この本の内容が正しければ、猥談をすれば自動的に友情が育まれます」  
「そ、それは…」  
 何かが間違っているような気がするが、どこが間違っているかと明確には言えない不思議な感覚。  
 強いて言うなら全体的に間違っている。  
 ともあれ、相手をいきなり全否定するのも良くないだろう。  
 そこでメアリは残ったもう一つの疑問について問うてみる。  
 
「では、宗茂様がいらっしゃらない理由は…?」  
「それはもっと単純です。宗茂様は…」  
 ァは、今までとは違った形の区切り―――今までのが、相手を待つための区切りであったのに対し、  
今度は自分を待つための、つまりは躊躇いのための沈黙を置いてから。  
「宗茂様は、お一人でも周囲との関係を築かれていますし・・・」  
「あ…」  
 言われて、メアリは気づく。  
 ときどき町で見かける宗茂は、必ずと言っていいほど、誰かといる。  
 一番頻度が多いのはァだが、それでも自分やァと比べると、はるかに多くの交友関係をもっているのがわかるほどに、  
 多くの人と笑顔や言葉を交わしている。  
 その事と、今のァの躊躇いから、メアリは一つの推測をする。  
 ――ァ様は、宗茂様に心配をかけぬようにと…。  
 自分は大丈夫だ。あなたに寄りかからないと立っていられないのではなく、自分の足で立ちながらも  
あなたのそばに立っているのだ、と。  
 きっと、そう言いたいのだと、メアリは確信に近い想いを得る。  
 だって、私もそうなのだから…。  
 守って欲しいと思う。傷つけて欲しいと思う。  
 だが同時に、自分のせいで気づ付いてほしくないとも…思うのだ。  
「…Jud、わかりました。  
 では、その互助会、私も参加させていただきます」  
「Tes、ありがとうございます」  
 その、自動人形のように無表情なァの顔に、わずかにほほ笑みのような物が差したように見え、  
メアリも自然と顔を、春先の花の蕾のようにほころばせ  
「…では言質もとれた所で、まずは最近一番気持ちよかったプレーから語っていきましょうか。  
 まずそちらからどうぞ」  
 次の瞬間、ァの口から零れた言葉は、春先に急に戻ってきた寒波のように、  
メアリの表情を、ほころびのままに氷漬けにした。  
 
つづく  
 

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