箪笥から落ち、上を向いて転がる写真立て。  
入室時に気付かなかったのは、箪笥と同色だからだろう。  
簡素な形状のそれの中には、当然写真が入っていた。  
そこに写る人物に、そして八号がその写真を持っているという事実に、新庄は驚く。  
 
――何で、八号さんが佐山君の写真を?  
 
写真の中の佐山は、いつものスーツ姿で何やら談笑していた。  
何かのイベントで撮られたスナップ写真だろうか。彼にしては珍しくカメラ目線でない。  
写真という一つの絵の中に納められた彼は、ひいき目抜きにしても格好良いと思う。  
――黙ってた方が女の人にウケいいもんね。  
学校では、ある特殊な趣味の女子生徒にばかり  
人気のある佐山――それに自分――のことを思い、知らず顔がわずかにほころぶ。  
その次の瞬間、新庄は突き飛ばされていた。  
「ぅわあっ!!」  
勢いよく押された新庄の体は、向かい側の壁にぶつかり強制停止。  
一体何が、と思い振り返る。その視界に入ったのは、  
「――八号、さん……?」  
顔をうつむかせ、小さな写真立てを抱きしめるように胸に押し当てる八号の姿だった。  
押し黙る八号。聞きたい事は確かにあるのに、口を開くことが出来ない新庄。  
見てはいけないものを見てしまった。その後悔の念が、新庄の体を支配する。  
沈黙は長く続かず、新庄と八号、二人以外の声によって打ち壊された。  
 
「――八号様は、佐山様に心酔して御座いまして」  
 
ハッと顔を上げ、声の主――シビュレを見据える八号。  
「シビュレ様! 何を申されるのですか!?」  
八号の――人形にあるはずのない――感情のこもった叫び声を、  
シビュレは聞き流し、言葉を続ける。  
 
「八号様は、こちらに異動された日から色々となさっていましたね。  
佐山様の写真を集めたり、閲覧に部長以上の権限が必要なレベルの個人情報を集められたり」  
「それは、自動人形の統括として、  
全竜交渉部隊の長である佐山様の詳細を知る必要が――!!」  
八号の叫びは誰の耳にも届かず、ただ室内に木霊するだけ。  
「新庄様は御存知でしたか? 佐山様がこちらに来られる時、  
必ず八号様が出迎えに向かわれていること」  
「それも、要職にある佐山様の警護のために……」  
 
「八号様、随分笑うようになりましたね? 佐山様とお話しする時」  
 
ただ驚くしかない新庄。顔にはそれが表れるが、声を出そうとする口が動かない。  
「とても良い事だと思いますよ? 本来持ち得ぬ機能を、経験により習得するというのは」  
シビュレの言葉が途切れた。それを語りの終了と判断し、八号はシビュレに話しかける。  
「……まるでストーカーですね、シビュレ様」  
非難する八号の声は、か細く、とても無力だった。  
「これでも情報の使い手と呼ばれる身ですので。  
それに他人の事を知ろうとする理由は、貴方がおっしゃる建前と同じ、興味本位に過ぎません」  
わずかに表情を硬くする八号。シビュレの声は常に穏やかだ。  
「得た知識を脅迫に使おう、なんてこれっぽっちも思っていませんわ。  
その証拠に、私、八号様に私が知っていることを全て告げたではありませんか」  
――それって……。  
新庄はその言葉の意味するところを想像し、怖気を感じる。  
自分は何でも知っているんだぞ、と、ただそれだけを教えることの意味。  
シビュレは言葉を続ける。  
「通常なら、ただ胸の内に秘めておくだけです。そう――」  
一度言葉を切り、顔に深く優しい笑みを、――風見を犯した時と同じ笑みを浮かべた。  
 
「――八号様の、佐山様への想いのように」  
 
その空間は、そこだけ世界から切り取られたように静かで、動いていなかった。  
新庄は言い知れぬ恐怖に体をすくませ、  
八号は自らの体を支配する経験したことの無い衝動に混乱し、  
シビュレはただ微笑みを浮かべ、  
風見はかすかな寝息を立てていた。  
――何で、シビュレさん……そんな話を……。  
何故自分の前で。佐山の正逆に立つ相棒であり、お互いの事を相談しあう親友であり、  
そして――自意識過剰かもしれないけど――互いの体を知る、恋人である自分の前で。  
八号は、顔を伏せたまま動かない。人間ならば、こんなことをされて動かずにいられるはずが無い。  
しかし、皮肉にも彼女は人形であり、人に仕える立場であった。  
もし彼女に人間と同じ感情があったら、もし彼女が涙を流せたのなら、  
今一体どんな表情をしているのだろうか。  
ただ、沈黙の時が過ぎる。わずかに聞こえるのは、風見の静かな寝息だけ。  
 
そして沈黙を破ったのは、またしてもシビュレだった。  
「……八号様、今の御気分は如何ですか?」  
顔を上げうつろな瞳でシビュレを見つめる八号と、  
何故そんな質問を、と驚きの目でシビュレを見つめる新庄。  
「ひそかに恋い焦がれる殿方の、その隣を自らの居場所とする人間に  
自分の想いを知られるということを、どのように感じますか?」  
「!? シビュレさん何を――」  
「新庄様は黙っていて下さい」  
シビュレの視線が、言葉が、新庄の心を貫く。  
いつもと同じようで、全てが異なるシビュレ。  
彼女が変わったのはいつだろう、と新庄は思う。  
「どうですか八号様。自分は絶対に敵わないと理解している恋敵に、  
秘め続けていた自分の恋愛感情を知られるという感覚は」  
「……恋敵? 恋愛感情?」  
 
変わらぬ無表情で、シビュレに問いを返す八号。  
「そう。貴方が佐山様に感じていたのは、紛れも無く恋愛感情です。  
貴方は、それを恋愛感情だと理解する事無く、その感情に従いました。  
そして、今までは何も問題無かった。自らを律せずとも、全てが上手く行きましたね。  
ですが、解っていた筈です。貴方のその想いは誰にも、  
――特に、佐山様と新庄様に知られてはいけないと。  
知られれば、今自分が快いと少なからず感じている居場所が、  
別の物に変化してしまうからだと」  
「私は、そのような……」  
「人間は、経験によりこれを悟ります。ですが八号様。  
貴方は人ならざる身であるがゆえに、人間以上に秘す恋心を理解していたようですね」  
「私には、……解りません。シビュレ様のおっしゃる事も、  
私の中に今存在する不可解な衝動を表現する言葉も」  
変わらぬ無表情で、シビュレに問いを返す八号。  
「そう。貴方が佐山様に感じていたのは、紛れも無く恋愛感情です。  
貴方は、それを恋愛感情だと理解する事無く、その感情に従いました。  
そして、今までは何も問題無かった。自らを律せずとも、全てが上手く行きましたね。  
ですが、解っていた筈です。貴方のその想いは誰にも、  
――特に、佐山様と新庄様に知られてはいけないと。  
知られれば、今自分が快いと少なからず感じている居場所が、  
別の物に変化してしまうからだと」  
「私は、そのような……」  
「人間は、経験によりこれを悟ります。ですが八号様。  
貴方は人ならざる身であるがゆえに、人間以上に秘す恋心を理解していたようですね」  
「私には、……解りません。シビュレ様のおっしゃる事も、  
私の中に今存在する不可解な衝動を表現する言葉も……」  
「自分を自動人形とするのなら、思考停止をせずに考える事です。  
自分が何をしたいのか。自分は何を言いたいのか。  
自分は何を求めてるのか。そして、――それらを成すにはどうすれば良いのか」  
 
 
――それは、おかしいよっ!  
新庄は思う。今のシビュレの言葉は間違っている。  
どこがどう、と自動人形のように論理的に答えることは出来ない。  
ただ、違うと叫びたかった。しかし口を開いても言葉は出てこない。  
息が詰まる。呼吸が苦しい。何故。  
八号に向けられているはずのシビュレの言葉は、新庄にも多大なプレッシャーを与えていた。  
また顔を伏せて、押し黙る八号。シビュレは、そんな彼女に助言を与える。  
人を堕落へと誘う、悪魔の囁きに等しい助言を。  
「……佐山様と共に在りたいのでしょう?」  
シビュレの言葉に、もはや八号は反応を返さない。ただその言葉を受け入れている。  
「佐山様と共に在りたいとすれば、そのための障害は何ですか?  
……解っているのでしょう? それが誰なのか」  
誰、とは人を指す言葉だ。八号が佐山と共に在ることの、障害となる人間。  
「一つ、解決策を教えて差し上げましょう。とても簡単なことです」  
――シビュレさん、また、その顔……!  
シビュレは微笑み、八号の目を覗き込む。  
知識も経験もない現状に混乱している八号へ、静かに語りかける。  
 
 
「壊してしまえばよろしいのです。その障害を」  
 
 
八号は、生を受けてから初めて3rd-Gの自動人形ではなくなった。  
ただ己の欲求を満たそうとする、醜い人形になった。  
もしかすると、彼女は人間に、――『女』になったのかも知れない。  
 

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